おしらせ

DDR PANCOLAR展ご案内

DDR PACOLAR展
会場 オールドレンズフェス2025秋 渋谷モディ丸井
会期 2025.10/4-10/13

2025/09/21

Angénieux Paris Type S21 50mm F1.5




オールドレンズの本質は作品の様式を形づくり、作品の美はオールドレンズに新たな価値を与えます。こうした相乗効果が半世紀もの時を経て、写真家の実験的な創作活動と新たな美の探求を支えてきました。フランスのアンジェニューが世に送り出した高速レンズのType S21は、このような写真文化の営みの中で高く評価されるようになったオールドレンズの代表的な存在です。

オールドレンズ界の至宝

Angénieux Paris Type S21 50mm F1.5  1st and 2nd model

映画用ズームレンズやレトロフォーカス型広角レンズの開発で世界の光学分野を牽引してきたフランスの光学メーカーAngénieux(アンジェニュー)。同社は技術革新と市場開拓を重ねながら、写真・映像分野における光学設計の歴史を塗り替えてきました。

同社が35mm判スチル用レンズに初参入したのは1938年で、スイスのピニオン社が製造した一眼レフカメラのALPAFLEXに交換レンズを供給したことが、その第一歩でした。1942年にはライカマウントに対応したレンズの製造を開始し、1948年からはレクタフレックスマウントに対応する標準レンズのType S1や望遠レンズのType Y1、P1を展開。さらに1950年には、画期的なレトロフォーカス型広角レンズのType R1を発表し、一眼レフ用交換レンズの本格的な製造に乗り出します。

今回取り上げるTYPE S21 50mm F1.5は同社から1953年に発売された高速標準レンズです。M42、EXAKTA、レクタフレックスといった一眼レフ用モデルに加え、少量ながらライカマウントに対応したモデルも供給されました。大口径でありながら、一眼レフカメラへの適合に必要な十分なバックフォーカスを確保しつつ、焦点距離を50mmに抑えた設計は、当時としては非常に珍しいものでした。58mmや55mmが標準とされていた時代にあって、真の標準画角である50mmを実現したこのレンズは、まさに時代を先取りした存在だったのです。

描写についても、このレンズならではの個性が光ります。ピントが合っている部分の中央は緻密で繊細な像を描きますが、周辺に向かって優しく滲むように溶けていく描写が印象的です。また、画面全体が淡い色彩とともに柔らかなベールに包まれ、まるで夢の中にいるかのような幻想的で現実離れした浮遊感を醸し出します。前景のボケはフレアに包まれて滑らかに溶け、背景には粒状の光源が軽やかに煌めき、画面に詩的な奥行きをもたらします。このような収差が生み出す不安定で不規則な揺らぎは、現代のレンズでは排除されがちな要素ですが、TYPE S21ではそれがむしろ魅力として機能し、唯一無二の雰囲気を漂わせます。美しさと詩情を宿すこのレンズの描写は、写真表現に自由と深みを与え、現実と幻想の狭間に新たな物語を紡ぎ出してくれるのです。

Angenieux Type S21の構成図(同社カタログからのトレーススケッチ):設計構成は 4群6枚のガウスタイプ。50mmの焦点距離をF1.5の口径比で実現させるため正レンズはすべて分厚く曲率もきつい。バックフォーカスを長くとるという目的のため、前群の負レンズはかなりの曲率に設定され、大きな屈折力を持っている。

TYPE S21の光学設計は、F1.5クラスの大口径レンズとしては珍しい6枚構成(4群6枚構成)のガウスタイプを採用しています。このクラスのレンズでは一般的に正レンズを後群に1枚追加し、収差の補正を強化した7枚構成の変形ガウスタイプとするのが主流です。ただし、この種の構成を採るレンズは既に多く存在しており、描写傾向が画一化しやすいため、独自性が埋もれてしまう懸念があります。TYPE S21は、そうした一般的な設計構成を採らず、収差の補正パラメータが限られる6枚構成をあえて選択しました。背景にはコスト面の制約もあったかもしれませんが、結果としてこのレンズならではの描写が生まれています。とくに開放時に見られるフレアの扱いは絶妙で、柔らかく光を包み込むような描写は、他のレンズにはない大きな魅力となっています。

Type S21(前期型, 発売年1953年): 最短撮影距離  約2.5feet(0.8m前後), 絞り F1.5-f22, 絞り羽 10枚構成, プリセット絞り,  フィルター径 51.5mm, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, シリアル番号 No.2848XX (1953年製), 本品はライカM(距離系連動)に改造されている
Type S21(後期型, 発売年1954-1955年頃):最短撮影距離 0.8m, 絞り F1.5-F22, 絞り羽  10枚構成, プリセット絞り, フィルター径 51.5mm, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ,   シリアル番号 No. 4346XX( 1956年製), 本品はM42マウントに改造されている

 

レンズの市場価格

30年前までは今ほどの人気はなく、8万円程度で入手できたそうですが、現在の国内外での相場価格は前期モデル・後期モデルとも9000ドル〜10000ドル程度と大きく高騰しました。また、数年前まではeBayで常に1~2本は流通していましたが、ここ最近は全く見なくなり、希少性も増しているよう思えます。

今回ご紹介している前期型の個体は2021年2月にeBayを介してチェコのcameramate (eBay名leica-post)という、業界では有名なセラーから、10000ドル(105万円)で購入しました。このセラーはかつて公式オンラインストアも運営していましたが、今は閉鎖され、facebookやinstagramに残されているアカウントも更新が止まっています。

後期モデルは知り合いのlense5151さんからの一時的な預かり品です。私が仲介し、購入希望者を探しています。

 

撮影テスト
このレンズは、諸収差を巧みに活かすことで、幻想的な雰囲気を見事に描き出します。とりわけ非点収差とコマ収差が複雑に干渉し合うことで、背景の光源が軽やかに弾け、空気に溶け込むような煌めきで被写体を包み込みます。
ピント部はかろうじて現実感を保ちつつも滲みが入り、まるで薄いベールに覆われたような柔らかな質感となります。中心部は緻密かつ繊細な像を描きますが、周辺に向かって溶けるように滲み、空間全体に浮遊感をもたらします。
一方で、僅かに絞ることで中央部の収差が抑えられ、像はすっきりとクリアに描写されます。ただし、周辺部には依然として収差による柔らかな描写と光の揺らぎが残り、幻想性を保ちます。絞り操作によって、現実と幻想の境界が繊細に変化し、表現の幅が広がります。
レンズの収差特性を理解し、意図的に使いこなすことで、写真表現に深みと詩的な余韻がもたらされます。
 
Lens: Type S21 前記型(Early  Model)
 CAMERA: Nikon Zf / Fujifilm GFX100S
Lens: Type S21 後期型(Late Model)
CAMERA: Nikon Zf / Fujifilm GFX100S
Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Fujifilm GFX100S(WB:Auto)
Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日陰)
Type S21(Late model)@F1.5(開放)+ Fujifilm GFX100S (WB:自動)




Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Fujifilm GFX100S(WB:自動)

Type S21(Late model)@F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日陰)






Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日陰)
Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日光A)

Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日光A)

 

期型による写真は、後日追加します。お楽しみに

2本のレンズの描写比較

前期モデルと後期モデルを同じ場所、同じ撮影条件で撮り比べ、写真を詳細に比較しました。しかし、差はほぼ無く、両者の光学系は同一設計であろうという判断に至りました。参考までに比較写真を何枚かお見せしておきましょう。いずれも絞りは開放です。

Type S21(前期モデル) @F1.5(絞り開放) + Nikon Zf(WB:日光)


Type S21(後期モデル) @F1.5(絞り開放) + Nikon Zf(WB:日光)


Type S21(前期モデル) @F1.5(絞り開放) + Nikon Zf(WB:日光)





Type S21(後期モデル) @F1.5(絞り開放) +Nikon Zf(WB:日光)


2025/09/19

YASHICA TOMINON /SUPER YASHINON-R 10cm F2.8 (Yashica Pentamatic mount)

 

画質最優先で設計された

富岡光学の中望遠レンズ

YASHICA TOMINON / SUPER YASHINON-R 10cm F2.8

富岡光学といえば、かつてYASHICA傘下でコンタックス用カールツァイスレンズの製造を担い、高性能かつ明るいレンズの設計において国内外で高い評価を受けた名門光学メーカーです。とりわけ標準レンズや広角レンズにおいては、その供給実績と描写力の高さが広く知られていますが、実は中望遠レンズのOEM供給となると、事例は極めて限られています。今回取り上げる TOMINON 10cm F2.8(SUPER YASHINON-Rとのダブルネーム)は、まさにその希少な一例であり、富岡光学の技術力が垣間見える逸品です。このレンズは、YASHICA初の35mm一眼レフカメラ「Pentamatic」に対応する交換レンズとして、1960年から富岡光学がOEM供給したもの。市場に出回る数が少なく、存在自体を知らない写真愛好家も多いのではないでしょうか。

ガウスタイプを採用──画質へのこだわり

一般的に、焦点距離100mm F2.8クラスの中望遠レンズでは、トリプレット型やテレゾナー型、あるいはクセノタール型といった構成が採用されることが多く、これらはコンパクトさや製造コストとのバランスを重視した設計です。しかし本レンズでは、なんと4群6枚のガウスタイプが採用されています。

この選択は非常に珍しく、わざわざ望遠比の大きなガウスタイプの構成を導入した背景には、ポータビリティよりも画質の追求を優先した設計思想が見て取れます。設計思想としては、ライカの初期型 SUMMICRON 90mm F2 にも通じるものがあり、富岡光学が当時から高度な光学設計力を有していたことを示しています。

しかもSUMMICRONよりも一段控えめなF2.8という口径比は、一般的な望遠タイプのマクロレンズに見られる仕様です。本品はマクロ撮影に特化した製品ではないものの、非常に余裕のある設計のため、近接域から遠景まで破綻の少ない、端正な描写が期待できそうです。

静かに際立つ描写力

実際に撮影してみると、開放から非常にシャープでコントラストも良好。光量落ちや歪みはほぼ皆無で、逆光耐性も優れています。近接撮影においても遠方撮影においても、滲みは全く見られません。口径比はF2.8と一見控えめですが、焦点距離が100mmであることを忘れてはいけません。50mmの標準レンズに換算すれば、F1.4相当のボケ量が得られ、これで物足りなさを感じる人は少ないでしょう。

鏡胴の作りは素晴らしく、プラスティックがカメラ製品に普及する前の時代のレンズですので、ライカ製レンズのような高級感があります。工業製品としてみても、非常に魅力的な一本です。

このようなレンズが、Pentamaticという短命なカメラシステムのために供給されていたのはたいへん驚きで、オールドレンズ界の忘れられた傑作とも言える、孤高な一本ではないでしょうか。

YASHICA TOMINON / Super Yashinon-R 10cm F2.8: 重量(実測) 452g , フィルター径 52mm, 最短撮影距離 1m, 絞りF2.8-F22, 絞り羽 9枚構成, プリセット絞り, 4群6枚ガウスタイプ, 1960年製造

参考文献・脚注

[1] クラシックカメラ専科No.26「特集ヤシカ・京セラ コンタックスのすべて」(朝日ソノラマ)P.73 座談会「ヤシカ・京セラ・コンタックスを語る」

[2]  YASHICA Pentamatic Model-II: ヤシカペンタマティックII型の使い方: ここに4群6枚との記載がある

[3] Instruction Booklet for Super Yashinon R: ここにも4群6枚とある

[4] 望遠比と収差量は反比例の関係にありますので、鏡胴を短縮するためパワー配置を前群側に移動して望遠比を小さく抑えると、球面収差の膨らみが増し、解像力が犠牲になります。これは言い方を変えればポータビリティと解像力がトレードオフの関係にあるということです。本品は画質最優先で設計されたモデルだったわけです。

 

レンズの流通状況

Pentamaticが短命なカメラシステムであったこともあり、本レンズは中古市場でほとんど見かけることがなく、定まった相場価格はありません。加えて、専用のマウントアダプターが市販されていないため注目されることも少なく、静かに埋もれた存在となっています。とはいえ、誰もマークしていませんので、運が良ければ思いがけず手頃な価格で入手できる可能性もあります。国内ネットオークションでの出品頻度は一年に1本程度です。

今回はレンズ使用するにあたり、マウントアダプターを自作しました。Pentamaticの故障品を探し、カメラ本体からマウント部を取り外して、ライカM用のアダプターの一部として再構成しました。

 

レンズの描写について

正直なところ、ずっと絞り開放のままでもまったく問題ありません。予想通りに全方位的に安定した描写を見せる高性能なレンズです。特に驚かされたのは色収差の補正がかなり良好な点です。望遠レンズを現代のデジタルカメラで使用する際に、多くの場合に問題となるのが色収差で、被写体の輪郭部が色づいて見えるわけですが、本レンズの場合には、これが全く目立ちません。発色も鮮やかでスッキリと写り、現代のデジタル環境でも違和感なく使えるほどの完成度を感じます。このレンズが製造された当時は、まだモノクロ撮影が主流だった時代です。それにもかかわらず、ここまで色再現に優れた設計が施されているのは、まさに予想外の成果と言えます。

シャープネスやコントラストも、絞り開放からすでに申し分のないレベルです。滲みはまったく見られず、歪曲収差や周辺光量の低下もほぼ感じられません。焦点距離が100mmと長めであるため、グルグルボケのようなクセは出にくく、背景の処理も自然で品のある描写が得られます。

総じて、たいへん高性能な一本であり、1960年に既にこれほどの完成度を実現した富岡光学の技術力には、ただただ驚かされます。このレンズには、同社の卓越した設計思想と製造技術が息づいており、その底知れぬ実力が静かに伝わってきます。

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)強い反射を取り込んでゴーストの発生を狙ってみましたが、高い逆光耐性に阻まれました
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nuikon Zf(WB:日光) ど逆光でも発色はしっかりとしています


F2.8(開放) Nuikon Zf(WB:日光)