Pancolar(パンコラー)の前期モデルと言えば黄色く変色したガラスを持つことから、いわゆる「放射能レンズ」の代名詞的な存在となっている。カラーフィルムでの撮影時にみられる黄色転びの激しさが容易には受け入れられず、かつては安値で売買される時期もあった。しかし、デジタルカメラの登場が窮地のレンズに救いの手を差し伸べている。カメラの画像処理エンジンに組み込まれているカラーバランスの自動補正機能が発色の癖を強力に補正し、写真の仕上がりが大きく改善したのである。長い間、死蔵品のような扱いを受けてきたレンズの価値はここに到って見直され、もともと温調な発色を好む欧米人からはノスタルジックな写りが素晴らしいと評価は上々である。経年による材質変化を長所に変え、デジタルカメラとのコラボレーションで見事な復活を遂げたのである。
ハイテンションな色ノリで世界を華やかに写しとる
温調レンズの決定版 PART1:
Carl Zeiss Jena Pancolar 50mm F1.8
Pancolar 50mm F1.8は旧東ドイツのVEB Zeiss Jena社が戦前から続くBiotarの後継製品として1965年に投入した高速標準レンズである。高性能な新種ガラスを用いてBiotarのアキレス腱とも言える像面特性の弱さを改善させ、戦後のZeiss Jenaブランドを象徴する看板製品となっている。レンズの設計したのはH.Zöllner (ツェルナー)とW. Dannberg (ダンベルグ)という人物で、Zöllnerは他にもFlektogon 35mm F2.8, Tessar F2.8(戦後型), Biometar F2.8, DannbergはFlektogon 20mmと同25mmの設計開発を手がけている。
Pancolar 1.8/50のルーツは4群6枚構成のFlexon 2/50 (1957-1960年Praktina/Exakta用)および同一設計による後継のPancolar 2/50 (1959-1969年Exakta/M42/Exakta用)である。Pancolarは後の設計変更で口径比がF1.8となり1965-1970年まで製造され、シリアル番号8552600 (1970年生産)あたりで再び設計変更されている。この設計変更では構成を5群6枚とすることで描写性能を維持したまま放射性物質(酸化トリウム)を用いない安価な硝材に置き換えられた。この置き換えにはコストの削減以外にも2つのメリットがあり、1つは後年、F1.8の前期モデルに対して発覚した経年によガラス硝材の黄変(α線の照射が原因でおこるガラスの結晶構造の破壊、格子欠陥でブラウニング現象あるいはソラリゼーションと呼ばれている)を回避できること、もう一つは光の透過率がやや向上するため、画像の中央部から四隅にかけてコントラストの画角特性が均一にできるという点であった。ゼブラ柄のPancolar最後期バージョン(1970-1975年)と黒鏡胴のMC Pancolar (1975-1981年)にガラス材の経年黄変がみられないのはこのためである。なお、誤解してはならない点として強調しておくが、5群6枚構成への設計変更はブラウニング現象が発覚する前から計画されていたことであり、同現象が引き金になったわけではない。台帳の記録では5群6枚の新設計が完成したのは1963年5月とあるが、この時点でZeissはブラウニング現象に気付いておらず、その証拠にZeissは同年12月に同じくブラウニング現象が顕著に見られるPancolar 55mm F1.4をリリースしている。
MC Pancolar 1.8/50の5群6枚設計はMC Prakticar 1.8/50のごく初期のバージョンまで継承されるが、セカンド・サードバージョンでは採用されずPancolarの血統はここで途絶えている。
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Pancolar各モデルの生産時期と生産本数をブロック形式で表した。各ブロックの面積は生産本数に比例するよう描いている。Pancolarのルーツはプロ用一眼レフカメラのPraktina、およびExaktaの交換レンズとして供給されたFlexon(フレクソン) 50mm F2で、このレンズは1957年から1960年までの3年間に19400本が生産されている。Flexonは1959年にPancolar 50mm F2へと改称され、その後1969年までの10年間で133500本が生産されている。更に1964年の再設計で口径比F1.8(4群6枚)のモデルも用意され、1965年に登場、本稿ではこのレンズを「前期モデル」と称することにする。前期モデルはM42とExaktaの2種のカメラマウントに対応し、1970年までの5年間で39420本が生産された。しかし、ガラス材に10-30%程度含有させる酸化トリウムが原因で製造時に無色透明だったガラスが後に黄色に変色する進行性の組成変化が発覚し、酸化トリウム不含ガラスを用いた別設計へのモデルチェンジを余儀なくされている。再設計後のシリアル番号8552600以降のモデル(本稿では後期モデルと呼ぶ)でガラス材に黄変がみられないのはこのためである(ちなみにFlexonとPancolar F2でも黄変はみられず、おそらく酸化トリウムは未使用のようである)。この再設計ではガラス材の性能のダウンを補うため、レンズの構成が4群6枚から5群6枚に変更されている。空気と硝子の境界面が1面増えるものの酸化トリウムを含んだガラス材よりも光の透過率がやや向上するため、デメリットはそれほど大きくはない。なお、前期モデルよりも後期モデルの方がボケの拡散が柔らかいとの世評である。これは恐らく空気レンズの導入が球面収差の中間部の膨らみ(輪帯球面収差)を効果的に叩いているためであろう。事実なら解像力も後期モデルの方が向上しているはずである。後期モデルは1970年に市場投入が始まっているが、デザインや仕様の異なる幾つかのバージョンが存在が知られている。これらは大きくわけて1970年から1975年まで生産され174280本が市場供給されたゼブラ柄鏡胴で単層コーティングのバージョンと、1975年から1981年まで生産され171008本が市場供給された黒鏡胴でマルチコーティングのバージョン(MC Pancolar)の2種に区分できる。更にゼブラ柄のバージョンには絞りリングのデザインが異なる2種のバージョンが存在し、また、黒鏡胴のバージョンにも名盤の字体やマルチコーティングの表記が異なる幾つかのバージョンが存在している。後期モデルの5群6枚設計はMC Pancolarを経て、1980年代に生産されたCarl Zeiss Prakticar 1.8/50の初期バージョンに継承されている。ただし、Pancolarの血統はここまでで、Prakticar 1.8/50のセカンド・サードバージョンからは旧Meyerのゲルリッツ工場での生産に切り替わり、設計もMeyer Oreston 1.8/50(4群6枚)のものが採用されている |
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Pancolar 50mm F1.8の前期モデル(1964年設計)のレンズ構成。「東ドイツカメラの全貌」(朝日ソノラマ)からトレーススケッチした。左が前群で右が後群(カメラ側)。4群6枚の典型的なダブルガウス型である |
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左はFlexon 50mm F2の構成図(1954年設計)。典型的なダブルガウス型(4群6枚)である。右はPancolar 50mmF1.8の後期モデルの構成図(1967年設計)である。後群に負の空気レンズを持つ5群6枚の構成である。これらの硝材の黄変はみられない |
★ガラス材の進歩と放射能ガラスの登場
明るく高性能なレンズを開発するには光学系全体として大きな正のパワーを稼ぎながら、同時にペッツバール和を最小にさせることが重要である。そのためには光学系の凸レンズに可能な限り屈折率の高いガラスを用いることが必要になる。こうした要求に対する最初の大きな進歩が1886年に登場したイエナガラス(新ガラス)で、ガラス材の原料にバリウムを加えることで屈折率の大幅な向上に成功したのである。ガラス材の進歩はレンズ設計の可能性を押し広げ、その直後からプロター、ダゴール、プラナー、テッサーなど重要なレンズ構成(アナスチグマート)が次々と登場している。その後、硝材の性能は1930年代に再び飛躍的な進歩をみせる。希土類金属の酸化ランタンを原料とし、低分散ながらも屈折率を大幅に向上させた新種ガラスが登場したのである。このガラスを用いて1946年に再設計されたTessar F2.8(H.ツェルナー設計)では球面収差とコマ収差の補正力が改善し、戦前のイエナガラスで設計されたテッサーF2.8(W.メルテ設計)に対し、解像力とヌケの良さで大幅な性能の向上を遂げている(Jena Review 2/1984 P.78参照)。その後、1950年代には酸化トリウムを10-30%含有させた新しい新種硝子(いわゆる放射能ガラス)が開発され屈折率は更に向上、1965年に新型レンズPancolar 50mm F1.8(前期モデル)を登場させている。しかし、硝材に含まれる酸化トリウムがα線を放射し、ガラス内の含有物の組成を化学変化させることが発覚した。このためZeissは1970年発売の後期モデルから、この種のガラス材の使用を中止し、5群6枚の新設計へと移行している。
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ゼブラ柄・前期型(1965-1970年製造39420本): フィルター径 49mm, 絞り F1.8-F22, 最短撮影距離 0.45m, 重量(実測)200g, 絞り羽 8枚, 設計 4群6枚(シリアル番号8552600からの後期型は5群6枚、絞り羽根は6枚に変更), M42マウントとEXAKTAマウントの2種のバージョンが存在する。ガラス面にはZeiss所属のウクライナ人物理学者Olexander Smakula博士が1935年(特許開示は1937年)に発明した光の反射防止膜(Tコーティング)が蒸着されている |
★入手の経緯
本品は2008年6月にeBayを介し英国の中古カメラ業者から135ドルの即決価格にて落札購入した。商品の状態はエクセレントとの評価で「カビ、クモリ、傷はなく、僅かに若干ホコリの混入がある。絞り羽根はクリーンでスムーズに動作する」とのこと。届いたレンズは大きな問題こそなかったが、ヘリコイドリングがカチコチに重かった。当時のeBayでの相場は100ドル~120ドル程度、ヤフオクでは15000円位であった。現在は相場が若干上がっており、綺麗なものだとeBayでは150-200ドル前後、ヤフオクでは1.5~2万円程度の値段で出ている。
★撮影テスト
4年半ぶりにPancolarを使ってみて、とても特徴がつかみやすいレンズだと改めて実感した。コントラストは高く、発色はコッテリと濃厚。ただし、階調には適度な軟らかさがあり絞り込んでも硬くはならない。変色したガラス材の影響で発色が黄色に引っ張られ、フィルム撮影時、特にカラーポジフィルムでの撮影時にはその影響を顕著にうける。一方、デジタル撮影ではカラーバランスの補正機能が自動で働き、発色はやや黄色い程度で許容範囲におさまる。偶然の産物とも言えるこのレンズの温調な発色にはノスタルジックな演出効果があり、ウィスキーの「熟成」にも似た組成変化をうけ完成、製造から長い年月を経ることでオールドレンズならではの描写特性を堪能できる別のレンズに生まれ変わっている。ピント部の解像力は開放から良好で四隅まで実用的な画質である。ただし、1~2段絞っても解像力の向上は限定的で抜群さには欠ける。コマやハロなどの滲みは開放からキッチリと抑えられており、前ボケ側にモヤモヤとしたものがみられる程度で、ピント部と背景はスッキリとしていてヌケが良い。逆光には弱く、撮影条件が悪いとフレア(内面反射由来)が発生し、発色が淡白になったり濁ったりもする。グルグルボケや放射ボケは激しくならず、四隅でも像が僅かに流れる程度である。開放ではポートレート撮影時に後ボケが硬く、像がゴワゴワと騒がしくなり、2線ボケもよく出る。反対に前ボケは滲みを纏いながら柔らかく綺麗に拡散する。他の一般的なガウス型レンズと同様に近接撮影では球面収差がアンダー(補正不足方向)に変化しており、近接撮影時では後ボケが柔らかく綺麗に拡散する。
このレンズは絞った時の画質の立ち上がりが鈍いので、やや大きな輪帯球面収差があるように思える。これが解像力の足を引っ張ると同時にボケ味を硬くしているのであろう。こうした傾向は今回取り上げるパンカラーF1.8の前期バージョンにみられる特徴であるが、後期モデルでは後群に空気レンズが導入され、こうした性質は改善、ポートレート域でも後ボケは柔らかく綺麗に拡散するようになっている。私は前期モデルの温調な発色の方が好みである。以下作例。
撮影機材
デジタル撮影: Sony A7(AWB)
フィルム撮影: Fujicolor SuperPremium 400 (Pentax MZ-3)
2014年3月某日午後、鎌倉・長谷にて
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F1.8(開放), sony A7(AWB): 色褪せた古いプリント写真をみているようなノスタルジックな色合いである |
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F1.8(開放), sony A7(AWB): 後ボケはゴワゴワと硬いが、反対に前ボケはモヤモヤとしたフレアをまといながら綺麗に拡散している。ピント部に滲みは無くヌケはよい |
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F4, sony A7(AWB): 2段絞ればボケは綺麗だが、開放ではこちらに示すような2線ボケ |
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F1.8(開放), sony A7(AWB): 2線ボケも目立つ。ゼブラ柄の後期モデルは設計変更によって導入された空気レンズが球面収差の膨らみを叩いているためか、このあたりに改善がみられ、背後のボケは柔らかいとのことである |
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F1.8(開放), sony A7(AWB): 開放付近でのこの温調さが気分を高揚させる。日差しの戻った暖かい春先に使うと最高にいい写りだ |
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F2.8, sony A7(AWB): 少し絞るとボケは大人しくなる。過剰補正型レンズの場合、少し絞ると解像力は急激に向上し素晴らしいキレを見せるのだが、このレンズの場合は可もなく不可もなく |
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F4, sony A7(AWB): もう少し絞るとカラーバランスはかなりノーマルに近づく |
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F8, sony A7(AWB): ここまで絞り込んでも階調は適度に軟らかい |
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F1.8(開放) Fujicolor SP400(ネガ): 最後にフィルムでの作例を一枚。デジタル撮影の時とはまた違った発色だ |