おしらせ

2025/07/18

Chiyoko Super Rokkor 5cm F2 Leica screw(L39) mount



千代田光学の標準レンズ 2
残酷な宿命を背負ったズミクロンコピー
Chiyoko Super Rokkor 5cm F2 

レンズの特徴や性能を知るには、先ずは構成図に目を向けるのが手っ取り早いわけですが、本来はガラス硝材にも目を向けなければならない事をこのレンズは教えてくれます。伝説の名玉で知られるライカ・ズミクロンMの構成を模倣したことで知られる、千代田光学のSuper Rokkor 50mm F2です。レンズの構成は下図・右のような67枚で、下図・左のズミクロン初期型(1953年登場)と全く同じです。ただし、手本にしたズミクロンがランタン系の新種ガラスを何枚も使用したいへん高性能であったのに対し、スーパー・ロッコールは新種ガラスがまだ使用できず、ショット社からの買い入れも社内では認められませんでした[1]。やむを得ず新種ガラスを用いずに設計されたスーパー・ロッコールの性能に対しては社内からも不満が噴出し、社外でも雑誌の評価では良いところがありませんでした[2]。レンズを設計したのは「梅鉢」の愛称で知られるSuper Rokkor 45mm F2.8を手がけた斎藤利衛と天野庄之助の師弟コンビです。千代田光学精工がレンズを発売したのは1955年ですので、日本におけるズミクロン神話が生まれる少し前のことでした。レンズは1958年に新型カメラのminolta 35 IIB用と後継モデルのSuper Rokkor 50mm F1.8(設計者は松居吉哉氏)が登場したことで、発売から僅か3年で生産中止となっています。

この時代の日本製品は海外の製品を模倣しつつも、同等の製品を消費者に安く提供することにより評価されました。海外市場でどうにか受け入れられたのはオリジナル製品をただコピーするのではなく、研究と改良を重ね、本家と同等かそれ以上のものに練り上げる日本的なモノづくりの流儀があったからこそです。今回取り上げるスーパー・ロッコールはオリジナルの性能に遠く及ばない製品でしたが、こうした製品に対する世間の目は冷淡でした。


 
参考文献
[1] 「ミノルタ35用ロッコールレンズとその頃の裏舞台」小倉敏布, クラシックカメラ専科 No.58 朝日ソノラマ
[2]  ニューフェース診断室:ミノルタの軌跡  朝日カメラ(2001)
 

入手の経緯

レンズは2018年に国内ネットオークションを介して香川県のセラーから14000円で手に入れました。レンズは美品との触れ込みで、完璧なコンディションのはずでしたが、届いた個体に強い光を通して検査しますと、後玉端部のコーティングに若干の肌荒れ(微かなカビ跡?)がみられました。ただし、写真には全く影響の出ないレベルですので、これで良しとし、静かに引き取ることにしました。レンズの国内ネットオークションでの中古相場はコンディションにもよりますが、10000円から15000円あたりです。このクラスのライカマウントの標準レンズの中では、値段的に最も買いやすいレンズだと思います。


重量(実測)268g,  絞り羽根 10枚構成, 絞り F2-f22, 最短撮影距離 1m, フィルター径 43mm, ライカスクリュー(L39)マウント, 光学系 6群7枚ズミクロン型 
 
撮影テスト

さて、先入観を外してレンズの描写と向き合いましょう。使ってみた正直な第一印象としては、一見線が太いようにも見えるのですが、拡大像にはフレアが乗っており、どっち付かずの中庸な感じがします。個人の好みにもよりますが、せっかくガウスタイプなので、フレアは多少出ても中央部だけはもう少し緻密な像を吐いてほしいと思います。ただし、コントラストは悪くない印象です。ボケは周囲が僅かに流れるものの、ズミクロン同様に大きく乱れることなく、どのような距離でも概ね安定しています。

本家のズミクロンは全方位的に高性能で文句のつけどころのない優秀なレンズとして知られています。模倣した相手が優秀すぎたことが、このレンズの評価に過度な期待をかけてしまいます。しかし、そうした先入観を排除して考えるならば、こうしたレンズがあっても、決して悪くはないとおもいます。

 

F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)
F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)

F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)

F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)


F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)

F2(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2(開放) Nikon Zf(WB:日光)



















2025/07/01

Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica L mount)


千代田光学の標準レンズ 1

愛称は「梅鉢」、花弁紋のデザインが映える白銀レンズ

Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica Screw mount)

このレンズが「梅鉢」と呼ばれるようになった経緯について、いつ誰の発案で広まったのかを示す記録は残されていません。しかし、ピントリングの形状が日本古来の伝統文様「梅鉢紋」に似ていることから、その愛称で親しまれるようになりました。平凡なスペックながら独特の外観を備えていたため、古くから人気を集め、工業デザインの重要性を改めて実感させる製品の一つといえます。

このレンズは1947年に登場した Minolta-35I型)1953年の Minolta-35II型前期) に標準レンズとして供給され、19544月に後継モデル Super Rokkor 50mm F2.8 が登場したことで生産を終えました[1]。その間に推定約46,000本が製造されたとされます[2]

製造時期によって前期型と後期型に大別され、外観の細部に仕様変更が見られます。さらに光学設計にも小規模な改良が加えられたとする報告が複数あり、肉眼で比較すると前玉の曲率に差が認められることから、後期型では描写面に何らかの改善が施された可能性があります。構成は前期・後期ともにトリプレットを発展させた 35枚構成 で、前玉が珍しい3枚張り合わせとなっています。

同種の構成を持つ例としては、富岡光学がリコー社レンジファインダー機 Ricoh 35 DeLuxe に供給した固定式レンズ Ricomat 45mm F2.8 が挙げられます。Ricomatはシャープでコントラストが非常に高く高性能でしたが、Super Rokkorはコントラストが控えめでボケに独特の癖を持つなど、描写の個性が際立ちます。なお焦点距離が50mmではなく45mmと中途半端に設定されたのは、戦後間もない日本製フィルムがライカ判より一回り小さい 24×32mmの「ニホン判」 であったためです。

設計を担ったのは千代田光学の 斎藤利衛天野庄之助。斎藤氏については文献[4]に詳しい経歴が残されており、Super Rokkorに関しては小倉敏布氏による興味深い証言があります[3]。それによれば、斎藤氏は「設計しても設計しても満足のいくレンズができない」と嘆いていた時期があり、後に非点収差の計算式に誤りがあったことに気づいたといいます。部下に頭を下げて謝罪したという逸話も残されており、そのためか本レンズは非点収差が大きいとされます。

仮に設計上の誤りを抱えたまま世に出たとしても、このレンズが一定の人気を得ている事実は注目すべき点です。レンズの真価は数値的な性能だけでなく、写真家の作風との調和にあることを示しており、高性能・高スペックが必ずしも支持を保証するわけではないという教訓を、この「梅鉢」は語りかけてくれます。


文献[3]に掲載されていた後期型の構成図をトレーススケッチしたもの


参考文献・資料

[1]  クラシックカメラ専科No.12:ミノルタカメラのすべて   (朝日ソノラマ)

[2] 見よう見まねのブログ:Minolta-35の調査(5)交換レンズ

[3]  郷愁のアンティークカメラ Ⅲ・レンズ編 朝日新聞社(1993)

[4] 「ミノルタ35用ロッコールレンズとその頃の裏舞台」小倉敏布著  クラシックカメラ専科No.58(朝日ソノラマ)


入手の経緯

ネットオークションでの中古相場は、大きな問題がなければおおむね 2万円台前半 に落ち着いています。私は20189月、ヤフーオークションにて状態の良さそうな後期型を 18,800円 で落札しました。届いた個体は絞りリングがグリス抜けで軽く回りすぎる状態でしたが、それ以外には大きな不具合はなく、実用上は問題ありませんでした。ピントリングが一般的な一眼レフ用レンズに比べやや重いのは、距離計連動式レンズの特性として自然なものといえます。

前期型については比較のため知人から借用しました。この個体には軽いバルサム切れが見られたため、撮影テストの結果は参考程度にとどめています。後期型との間に顕著な性能差は認められず、コンディションの違いによる大きな影響は出ていないように思われます。

 


上段・下段とも左が前期型で右が後期型: 前期型:フィルターねじ無し,, 絞り F2.8- F16, 絞り羽 9枚構成, 最短撮影距離 1m(3.3ft),  3群5枚 変形トリプレット,  ライカスクリュー(L39)マウント, 定格イメージサークル 24x32mm(ニホン判) ;  後期型:フィルター径 34mm, 重量(カタログ値) 164g,  絞り F2.8-F16, 絞り羽 9枚構成, 最短撮影距離  1m(3.3ft), 3群5枚 変形トリプレット型, ライカスクリュー(L39)マウント, 定格イメージサークル 24x32mm(ニホン判) 

  

撮影テスト

私がこのレンズに関心を持ち、取り上げようと思った理由は、設計者が非点収差の計算ミスを自ら認めたという驚くべき逸話と、それにもかかわらずレンズ自体が人気を博しているという、一見矛盾する二つの事象がどのように折り合いをつけているのかを見極めたかったからです。

非点収差の設計ミスが大きく影響するならば、四隅の像が甘くなり、いわゆる「グルグルボケ」が顕著に現れることは容易に想像できます[1]。しかし実際に撮影してみると、両モデルとも確かにグルグルボケは目立つものの、意外なほどしっかりと写ります。開放から中央部は非常にシャープでコントラストも良好、発色にも癖がなくすっきりとした描写です。ただし周辺に向かうにつれてフレアが目立ち始め、シャープネスやコントラストはやや低下します。中央と四隅の画質差が大きいレンズといえるでしょう。

歪みに関しては、文献[3]にほぼ皆無とする検査データが公開されていますが、実写ではわずかに糸巻き型の歪みが確認できます。口径食や周辺光量落ちはそれなりに見られますが、もともと本レンズのイメージサークルがライカ判(フルサイズフォーマット)より小さかったことを考えれば、性能そのものが劣っていると断じるのは適切ではありません。

極端な近接撮影や広大な風景撮影を主体としない限り、通常のスナップ用途においては大きな問題とはならず、むしろ個性的な描写を楽しめるレンズといえるでしょう。

後期モデル+ Nikon Zf

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F4 Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf(BW mode)

F4 Nikon Zf(WB:日光)




F2.8(開放)

F2.8





前期モデル+ Nikon ZF

今回入手した前期型の個体はコンディションが良好とは言えず、クモリはないもののバルサム剥離が確認されました。撮影結果への影響は小さいと考えていますが、作例については参考程度にとどめたいと思います。

実写では後期モデルと同様に、非点収差に起因するグルグルボケが見られました。ただし、ピント部中央はシャープでヌケが良く、すっきりとした描写を示しています。設計変更が加えられているとの情報から、前期型と後期型の間には画質面で大きな差があるのではないかと予想していましたが、実写からは明確な違いを感じ取ることはできませんでした。

機会があれば、より状態の良い前期型を入手し、改めて後期型との比較を試みたいと考えています。

  

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF


F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF
F2.8(開放) Nikon ZF
F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF


















 

このレンズの人気と、設計ミスが存在したという事実がどのように折り合いをつけているのかという疑問には、いまだ明確な答えを見出せていません。ただ一つ言えるのは、商品価値を左右する要素の中で 工業デザインの重要性 が極めて大きいということです。

「梅鉢」は外観の美しさに優れ、現代のブラックカラーを基調とするデジタルカメラに装着しても、見事に調和し格好良さを際立たせます。この点については、私の周囲のレンズ愛好家たちも口をそろえて同じ意見を述べ、「梅鉢は良い」と賛同してくれます。

人間にたとえるならば、外見が魅力的であれば多少の欠点があっても世間から称賛される、ということに相当します。あなたはそのような在り方を許容できるでしょうか。