おしらせ

2021/06/20

LOMO OKC1-56-1 56mm F3 and OKC4-75-1 75mm F2.8 (70mm film lenses)


LOMOの映画用レンズ part 10

ワイドスクリーン用の70mmフィルムに対応した

LOMOのシネレンズ

LOMO OKC1-56-1(OKS1-56-1) 3/56 and OKC4-75-1(OKS4-75-1) 2.8/75

かつて商業映画は35mmフィルムでの撮影が標準規格でしたが、1960年代に入るとワイドスクリーンへのニーズが高まり、70mmフィルム(52.5x23mm)と呼ばれる大きく横長なフィルムによる撮影規格が普及しました。70mmフィルムを用いた史上初の上映映画は1955年に米国で上映されたフレッドジンネマン監督によるミュージカル映画の「オクラホマ!」で、更に「ウエストサイドストーリー」(1961年)、「クレオパトラ」(1963年)、「サウンドオブミュージック」(1965年)、「2001年宇宙の旅」(1968年)などの名作が続きます。ロシア(旧ソビエト連邦)では1961年にユリア・ソーンツェア監督によるドラマ映画の「戦場(Chronicle of Flaming Years)」が公開され、これが70mmフィルムによる最初の上映作品となりました。この映画は同年にカンヌ映画祭で最優秀監督賞を受賞しています。

今回紹介するOKC1-56-1 56mm F3とOKC4-75-1 75mm F2.8はロシアのLOMOが旧ソビエト連邦時代の1960年代中頃に70mmフィルム用に開発した映画用レンズで、1966年の映画機材のカタログ[2]に掲載されています。1963年のGOIのレンズカタログ[1]には未掲載ですので、この間に発売されたようです。設計構成は両レンズとも下図のようなガウスタイプの発展型(4群7枚構成)で、後玉を2枚の貼り合わせにすることで被写体の輪郭部が色付いて見える色収差を効果的に補正するとともに、無理のない口径比F3/ F2.8で画角端でも30線/mmを超える良好な解像力を維持しています。

これらは通称RUSSIAと呼ばれたスタジオ向け映画用カメラの1СШС(1エス・シャー・エス)や70CΚ(70エス・カー)、ハイスピード用の70KCK (70カー・エス・カー)、小型ハンドシネカメラの1KCШP (1カー・エス・シャー・エル)などに搭載する交換レンズとして市場供給されました。これらカメラには他にもKino RUSSAR-10 3.5/28, OKC4-40-1 3/40, OKC2-100-1 2.8/100, OKC1-125-1 2.8/125, OKC2-150-1 2.8/150, OKC1-200-1 2.8/200, OKC1-300-1 3.5/300など70mmフィルム用の多数の交換レンズ群が用意されています。

OKC1-56-1(左)とOKC4-75-1(右)の構成図:GOIレンズカタログからのトレーススケッチです。設計構成は両レンズとも4群7枚の変形ガウス型

 

70mmフィルムのフレームサイズは52.5x23mmで、35mmフィルム(ライカ判)に対し面積比1.57倍の大きさを持ちます(下図)。中判デジタルセンサー(面積比1.69倍)を搭載したGFXシリーズとの相性がよさそうです。

撮影フォーマットの比較

参考文献

[1] レンズは1970年のGOIのレンズカタログに既に登場しています。1963年のカタログには未だ登場していません。

[2] 70mm CINEMATOGRAPHY CAMERAS AND EQUIPMENT, MOSCOW (1966-1967年頃の書籍)

[3] wikipedia: 70mm film, wikipedia : List of 70mm films

 
OKC1-56-1(OKS1-56-1) 56mm F3: 解像力 中心65LPM,画角端 32LPM,  重量(カタログ値) 101g, 透過率0.76, マウントネジ径 33mm, 絞り羽枚  7枚構成, 絞り F3(T3.3)-F16, 設計構成 4群7枚(変形ガウス型)   

OKC4-75-1(OKS4-75-1) 75mm F2.8(T3.2):解像力 中心55LPM, 画角端 40LPM, 重量(カタログ値)120g, 透過率0.76, マウントネジ径 36mm, 絞り羽枚構成 16, 絞り F2.8-F16, 設計構成 4群7枚(変形ガウス型)






 

レンズの入手方法とマウント改造

両レンズとも国内での流通はまず無いと思ってください。映画用のプロフェッショナル向けのレンズです。私自身は2020年秋にeBay経由でロシアのセラーから入手しました。相場はOKC1-56-1が40000円~50000円、OKC4-75-1が40000円程度で、数は多くないですがeBayには常時出品されている様子です。両レンズともレンズヘッドの状態ですので、写真用のカメラで使用するにはアダプター経由で直進ヘリコイドに搭載します。アダプターはロシアのRafCameraがeBayにて特製品を販売していますが、なかなか高額なので、近いネジ径のステップダウンリングを据え付ければ安上りでしょう。私はeBayで購入したM36-M39変換リングをOKC4-75-1に、M33-M42変換リングをOKC1-56-1にそれぞれ用いて、レンズを直進ヘリコイドに搭載しました。OKC1-56-1はM42-M39ヘリコイド(17-31mm)に搭載してカメラ側をライカLマウント(もちろん距離計には非連動)に変換、OKC4-75-1はM42-M42ヘリコイド(21.5-49mm)に搭載してカメラ側をM42マウントに変換して用いました。



撮影テスト

両レンズともイメージサークルはGFXシリーズに搭載されている中版デジタルセンサーを余裕でカバーでき、暗角は全く出ません。画質的に驚いたのは開放で白い被写体の輪郭部が色付いて見えるパープルフリンジ(軸上色収差)が全く出ない点です。両レンズとも素晴らしい性能のレンズです。

今回はメンズポートレートですが、念願がかない以前から撮りたかったヒューさん(Hugh Seboriさん)を撮影させていただくチャンスに巡り会えました。Fujifilmのフィルムシミュレーションのエテルナ・ブリーチバイパスを使い、ヒューさんを映画用フィルムの「銀残し」の世界にお連れしました。男前ですわぁ

OKC1-56-1 56mm F3 + Fujifilm GFX100S

GFXシリーズでは35mm換算で焦点距離43mm 口径比F2.3と同等の写真が撮れます。開放からシャープネスが高くコントラストも充分、スッキリとした透明感のある画作りができます。中央はGFX100Sの1億画素を活かせる高解像な画を出してくれます。広い中判センサーを用いた場合でも写真の周辺部まで滲みのない充分な解像感が保たれています。ボケには安定感があり、グルグルボケや放射ボケが目立つことはありません。輪郭が強調される硬めのボケ味で質感のみを潰した描写のため、背景が絵画のように画かれます。スナップ向きのたいへん高性能なレンズです。

F3(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 ) 被写体のモデルさんを拡大しても、かなりの解像感です

F3(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )

F3(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )
F4 Fujifilm GFX100S(Film Simulation: Standard, WB:⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Standard, WB:⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Nostalgic Neg. Shadow Tone -2, COlor:-2, WB:⛅)

F3(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Nostalgic Neg., Shadow tone:-2, Color:-2 )




 

OKC4-75-1  75mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

GFXシリーズでは35mm換算で焦点距離58mm 口径比F2.15と同等の写真が撮れます。開放ではOKC1-56-1よりも若干柔らかい描写ですが、中心解像力は驚くほどあります。コントラストは良好で色濃度も充分です。ボケには安定感があり、背後のボケはとても綺麗。トーンはとてもなだらかで、やや柔らかい開放描写と相まってポートレート向きの美しい質感表現が可能なレンズです。

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )


F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

2021/06/15

Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm F2.8 Contax RF mount

オールドレンズの評論家達がこの広角レンズを、言葉を尽くして褒めたたえます。BIOGONを手にすると、ツァイスがレンズ設計の偉大なイノベーターであることを実感できるというのです。いったい何がそんなに凄いのか、BIOGONの秘密を紐解く手がかりがレンズ構成にありました。

ベルテレの広角ゾナー part 1

カメラの都合など考えもしない大きな後玉が
レンズマニアたちの心をグラグラと揺さぶる
Cael Zeiss Jena  BIOGON 3.5cm F2.8

BIOGON(ビオゴン)は、カール・ツァイスが1936年に同社の高級レンジファインダー機 CONTAX IIIII 型のために開発・発売した広角レンズです。先代の CONTAX I 型(19321936年)には間に合わず、I 型には暗めの広角レンズ TESSAR 28mm F8 が供給されていました。したがって、明るい広角レンズの登場は手持ち撮影を可能にする画期的な出来事であり、BIOGON の登場は CONTAX ユーザーに熱烈に歓迎されたのです。同時期の Leica に搭載されていた広角 Hektor 2.8cm F6.3やELMAR 3.5cm F3.5と比較しても、F2.8 の明るさは他社を圧倒する異次元の性能であり、BIOGON は当時世界で最も明るい広角レンズでした。

この革新を成し遂げたのは、SONNAR(ゾナー)の設計者として名高い Zeiss の天才技師 L. Bertele(ベルテレ)です。BIOGON SONNAR を起点として開発され、その描写特性を色濃く受け継ぎました。これらのレンズに共通する普遍的な描写は、写真画質に対する Bertele の揺るぎない理念の表れといえるでしょう。

ただし SONNAR は、画角を広げすぎると非点収差が急増するという弱点を抱えていたため、標準から中望遠域に適した設計でした。広角化には基本構造の大幅な改良が不可欠であり、優れた性質を維持しつつ弱点を克服することが BIOGON 開発の核心でした。Bertele は研究を重ね、後玉を大胆に大型化するという新たな発想に到達します。これにより、従来の常識を覆す特異なレンズ構成を打ち出し、SONNAR を広角レンズへと適合させることに成功したのです。まさに彼の天才性が遺憾なく発揮されて生み出されたのが、この BIOGON でした。

BIOGON といえば、ストリートフォトグラファー Robert Frank の存在も忘れてはなりません。彼の代表作『The Americans』(1958年)は、1950年代アメリカの姿を批判的に切り取った歴史的名作として知られています。Frank は改造 BIOGON 35mm をライカにマウントして使用しており、その鋭い視線と BIOGON の描写力が融合して、写真史に残る作品群を生み出したのです[2]。



BIOGON の原型は戦前の1934年に誕生しました。この試作設計は、SONNAR の各レンズエレメントのパワーバランスを変更したもので、構成自体は SONNAR と全く同一でした(上図・左から2つめ)。その後、1936年に製品版 BIOGON が登場します。このモデルでは、前群の3枚接合ユニットが2枚に簡略化され、さらに後群には貼り合わせレンズが1枚追加されることで、後群側の設計自由度が大きく補強されました(上図・左から3つめ)。この完成形は戦後も継続して製造され、長く写真家に愛用されることになります。

戦後には、西ドイツの Zeiss-Opton からも別設計の BIOGON(通称「オプトン・ビオゴン」)が発売されました。このモデルでは後群のガラス厚を積極的に利用して屈折力を確保し、同時にレンズエレメントの構成枚数を6枚へと削減しています(上図・右)。

参考文献

[1] Marco Cavina’s wonderful HP: marcocavina.com

[2] 田中長徳 「ロバート・フランクとカール・ツアイス・イエナ・ビオゴンを語る」御茶ノ水のギャラリー・バウハウス(2013)

[3] Zeiss Ikon社 公式カタログ(1938) 内の構成図

Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm f2.8: フィルター径 40.5mm, 重量(実測) 115.5g, 絞り羽 5枚構成(F2.8-F22) , 最短撮影距離 0.9m, 4群7枚BIOGON型, Contax RF/マウント, Tコーティング

入手の経緯

現在のビオゴンの相場は500ドル前後です。製造から半世紀もの歳月が経ちますが、まだまだ流通量がありますので、コンディションの良い個体をじっくり探すことをおすすめします。今回ご紹介している個体は2019年夏にドイツ版eBayにて、コレクターと称する個人の出品者から落札しました。レンズのコンディションは大変よく、拭き傷すらない美品でした。


デジタルミラーレス機へのマウント

BIOGON は後玉が大きく飛び出しているため、使用できるカメラは限られています。フルサイズのミラーレス機であれば問題ありませんが、APS-C 機(リコー製を除く)やマイクロフォーサーズ機では後玉がカメラ内部に干渉し、物理的に装着できないので注意が必要です。

使用するマウントアダプターは、コンタックス RF(レンジファインダー機)用レンズに対応したものを選びます。この種のアダプターには、ヘリコイドを内蔵した外爪・内爪両用タイプと、外爪のみのタイプがあり、どちらでも使用可能です。前者は価格が高めのため、後者の方が実用的でしょう。アダプターには、カメラ側をライカ M マウント(距離計非連動)へ変換する製品と、E マウントなどミラーレス機に直接変換する製品があります。おすすめはライカ M マウントに変換するタイプで、これをライカ M からミラーレス機へ接続するヘリコイド付きアダプターと組み合わせる方法です。この構成により、BIOGON の最短撮影距離(0.9mとやや長め)を短縮でき、近接撮影にも対応可能となります。

 

撮影テスト

解像力よりは階調描写やコントラストで押し切るタイプのレンズです。開放から中央はハッとするほどシャープでヌケもよく、画面全体のコントラストもたいへん良好、発色もたいへん鮮やかですが、ピント部の四隅では解像力が極端に落ち、ピントがあっていないように見えるレベルです。これはデジタルカメラ機でこのレンズを用いたときに生じる、像面湾曲の影響であるという解説を目にします。すなわち、センサーの四隅に浅い角度で入射する光と、センサーのカバーガラスやローパスフィルターとの相互作用で非点収差や像面湾曲が増大してしまうというわけです。確かに、背後のボケにも非点収差の影響がみられ、四隅の点光源には放射方向(サジタル方向)にツノが生えていますので、サジタル像面が大きく曲がってしまったのかもしれません。また、滲み(倍率色収差)も出ています。もちろん絞れば良像域は拡大し画面全体で高画質になります。歪みは微かに糸巻き状ですが、よく補正されています。レンジファインダー機用の広角レンズでは周辺部に光量落ちが見られることが多いのですが、このレンズでは、それが殆どありません。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:⛅) 開放からコントラストは高く、スッキリとヌケの良い描写です



















F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) ポートレートの距離で使う場合は、四隅の画質はそれほど気にはなりません
F2.8(開放) sony A'R2(WB:日光)

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2.8(左)とF5.6(右)での画像の比較: SONY A7R2(WB:⛅) 点光源が四隅でコマ収差の影響をうけ尾を引きます。開放から中央はシャープですが、遠方撮影時に四隅に目を向けると非点収差の影響が目立つようになります。どうせ引き画なんだから絞ればいいわけですが