おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
大変感謝しています。是非御覧ください。こちらです。

2019/09/12

LOMO HYDRORUSSAR-8 21.6mm F3.5
















水中撮影用カメラと言えば1963年に登場した日本光学のNikonos(ニコノス)が有名ですが、ロシア(旧ソビエト連邦)ではその10年前にカメラとレンズを防水・耐圧プロテクター(ハウジング)に入れて使用する技術が確立されており、水中撮影用レンズのHydrorussar(ハイドロルサール)シリーズが開発されました。Hydrorussarには1番から23番まで23種類ものモデルが設計され、その一部がLOMOにより製品化されています[0]Hydrorussar 8は同シリーズの中でも市場流通量の多い、最もポピュラーなモデルです。

LOMO特集 Part 4 
深海のドラマに光をあてる
ロモの水中撮影用レンズ

LOMO HYDRORUSSAR-8  21.6mm F3.5

Hydrorussar-8(ハイドロルサール8)は1950年代初頭に旧ソビエト連邦(現ロシア)のレニングラード州サンクトペテルブルグにあるLITMO(レニングラード機械光学研究所)で設計され、同州のLOMO(レニングラード光学器械合同)で製造された水中撮影用レンズです。ダイバーがカメラと共に耐圧防水ケース(ハウジング)に入れて用いたり、潜水艦に搭載され動画撮影に使用されました。焦点距離は21.6mmですが、水中で使用する際には4/3倍の28.8mm換算になります。レンズを設計したのは広角レンズの名玉Russar(ルサール)の開発者として知られるM.Rusinov(M.ルシノフ)博士[1909-2004]です[3]
Rusinov博士は戦前に光学デザイナーとしてLOMOKMZ393番プラント、航空測地学研究所に勤務し、戦後はITMO大学の研究機関で様々な種類のレンズを開発した人物です。ITMO大学では1958年にロシア初の大型コンピュータLITMO-1の運用が始まり、レンズの自動設計も行われるなど先駆的な研究が行われていました。Rusinov博士の設計した代表的なレンズには超広角のRussar MR-2(1956年完成) 20mmをはじめ、映画用のKinorussar、水中撮影用のHydrorussar、特殊ミラーレンズのRefleksrussar、核物理学用の写真計測システム、そして双眼鏡のBinorussarなどがあります[1,3]。ちなみに、今回紹介するレンズ名のHYDRO(ハイドロ)はギリシャ文字由来の「水」を表す接頭語です。
博士は作曲家でもあり、ピアノの達人でもありました。父親が高校の数学教師、母親がピアニストでしたので、両親の才能を余すところなく受け継いでいたのでしょう。真偽まではわかりませんが、彼のレンズ設計には作曲のノウハウがいかされているそうです[3]Rusinov博士には深い海の音が聞こえたのかもしれませんね。

参考文献・資料
[0] Underwater Photographic Lenses HydrolensPhotohistory.ru, G.Abramov
[1] Wikipedia: Mikhail Rusinov
[2] Outstanding Scientific Achievements of the ITMO Scientists, ITMO University
[3] Russar+(歴史), Lomography
 
入手の経緯
本品はロシアのレンズ専門業者が2018年秋にeBayに出品していたもので、360ドルの即決価格で購入しました。オークションの記載は「光学系はMINT(美品)。カビ・クモリ・バルサム剥離・傷などはみられず、コーティングの状態も良い。レンズヘッドのネジは32mmのスクリューマウント。純正の真鍮キャップが付属している」とのこと。めちゃくちゃ格好いいので、反射的に即決購入のボタンを押してしまいました。ガラスは記載どうりに拭き傷ひとつなく、ホコリもないクリーンな光学系でした。思っていた以上にバックフォーカスが長かったので、ヘリコイドに搭載しM42マウントレンズとして使用できるようにしました。後ろ玉が出ていないので一眼レフカメラでもミラー干渉なく使用できます。

重量(実測)774g, 絞り羽 8枚, フィルター 52mm,  マウントネジ 32mm(0.75ピッチ), 定格撮影フォーマット 35mmフルサイズ, 焦点距離 21.6mm(水中撮影時は換算28.8mm), 口径比 F3.5, 対角線包括画角 2β=70°









HYDRO RUSSAR-8の構成図:左が被写体側で右がカメラの側。光学系は4群6枚のレトロフォーカス型。耐圧ガラスの向こうは水中。水中用プロテクター(ハウジング)に格納して用いられた



撮影画テスト
このレンズが真価を発揮できるのは水族館などの耐圧ガラス越しに水中を撮影する時です。大気中での通常撮影の際は樽状の歪みと四隅で被写体の輪郭部が色付く現象(色収差)が目立ちます。ただし、中央は開放から十分にシャープで発色も鮮やかですので、全く使い物にならない描写ではありません。水中撮影時なら歪みはだいぶ収まり、色収差も気にならないレベルまで改善します。まずは水中撮影、続いて街中のスナップ撮影の写真をお見せします。
 
F5.6 水上部分(水槽の枠)は樽状に歪んでいるのに対し、水中部分のポールは少し糸巻き状に歪んでいます。水中撮影用レンズの補正の秘密を垣間見た気がします
F5.6 sony A7R2(AWB, ISO6400)  開放からとてもシャープで発色は鮮やかです
F5.6 sony A7R2(AWB, ISO6400) 水中撮影時は四隅の色滲みが収まり、歪みもよく補正されています


F5.6 sony A7R2(AWB, ISO6400) 近接時になると再び四隅で色滲みが目立つようになります
F3.5(開放) sony A7R2(AWB, ISO6400) 





F3.5(開放)sony A7R2(AWB)
F3.5(開放)sony A7R2(AWB)

F3.5(開放)sony A7R2(AWB) 開放でも大変シャープな像です

通常の撮影(水中外)で用いた場合
F8 sony A7R2(WB:日光) 歪みは大きく、電柱が曲がって見えます


F5.6, SONY A7R2(WB:曇天): 四隅での色滲み(倍率色収差)が大きく、被写体の輪郭部が赤っぽく色づいています

F5.6, SONY A7R2(WB:曇天): 

F5.6, sony A7R2(WB:日陰):ただし、全く使い物にならない描写というわけではありませんね

2019/08/19

FUJI PHOTO FILM CO. EBC FUJINON SF 85mm F4 (M42 mount)


F11まで絞るとレンコン絞りが普通の絞り羽(虹彩絞り)に完全に隠れます




日本ではオールドレンズで創作活動を行うカメラ女子の人口がここ最近になって急増し、オールドレンズに対する需要に幾らか変化の兆しが表れています。彼女らの多くはレンズをブランドや希少性で評価しません。「忠実に撮れるレンズ」よりも「美しく撮れるレンズ」を求め、柔らかく繊細、印象的で幻想的、レトロでお洒落な描写を好みます。美しいソフトフォーカスレンズの世界が再評価されてもよい時期にきているのかもしれません。

女子力向上レンズ part 5
キラキラ、フワフワ
ソフトネスコントローラーが繊細で美しい世界を描く
伝説のレンコンレンズ
FUJI PHOTO FILM CO. EBC FUJINON SF 85mm F4 (M42 mount)
ソフトフォーカスレンズとは滲みを意図的に発生させ軟調描写を実現したレンズのことで、軟焦点レンズと呼ばれることもあります。この種のレンズが目指す軟調描写とは、いわゆるピンボケとは異なり、被写体の1点から出た光がイメージセンサーやフィルム面で像を結ぶ時に、その点像が周囲にハロと呼ばれる滲みを纏いながらも、中心には鋭く強い明るさの核(結像核)を持ちます[文献1]。この核があるおかげでピントの合っている部分はしっかりと解像され、周囲のハロと相まって、ぼんやりとした柔らかく幻想的な味付けの中に緻密な像を宿した、繊細な描写表現が得られるのです。今回紹介するソフトフォーカスレンズのEBC FUJINON SF 85mm F4には更に「ソフトネスコントローラー」という特殊な機能があり、結像核とハロのバランスを微調節することができます。大小様々な大きさの穴があいたレンコン状の板を絞りの直ぐ後ろに内蔵し、絞りの開閉によってハロの発生量をコントロールすることができるのです。このレンズはFUJI PHOTO FILM CO.(FUJIFILM CO./富士フィルム株式会社)のフジカSTシリーズ(M42マウント採用の35mm一眼レフカメラ)に搭載する交換レンズとして1970年頃から1979年まで市場供給されました[文献2]EBCElectron Beam Coating)コーティングが登場するのは1972年ですので[文献2]、ごく初期には単層コーティング(モノコート)のモデルがあったものと思われます(←未確認)。レンズの設計は下図に示すような4群4枚のエルノスターI型に近い構成で、高度な収差補正も可能な設計自由度の高いレンズであることがわかります[文献1]。ソフトフォーカスレンズには構成がもっとシンプルなものも多数あり、収差の幾つかを補正せずに放置することで軟らかい描写を実現していますが、本レンズならばもっと緻密で繊細な描写表現が可能なのかもしれません。

EBC Fujinon SF 4/85の構成図(トレーススケッチ)左が被写体側で右がカメラ側。構成は4群4枚で、第2レンズが正ならばエルノスター型に近い設計となります

ピント微調整リング
古典鏡玉やソフトフォーカスレンズなど球面収差の大きなレンズで写真を撮る方なら薄々気づいているかもしれませんが、一般にピントの合う位置(=像がシャープネスに見える位置)と解像力(分解能)が最高になる位置は同じではありません。このズレが大きいと、普通にピントを合わせても緻密な像が得られず「ピンぼけ」をおこしてしまいます。この場合はコントラストが最大になる位置を狙うのではなく、像が最も緻密に描かれる場所を探りながらピントを合わせる必要があります。デジタルカメラのフォーカスピーキングは全く使い物になりませんので設定を切り、ファインダー像を拡大して自分の目でピント合わせをおこないます。実際に解像力を意識しながらピントあわせをおこなうと、像が最も緻密に見えるのはジャスピンを少し通り過ぎた位置であることがわかります。ピント合わせのコツを掴めば、フレアに中に繊細な像が得られるようになります。
Fujinon SFにはピントの合う位置から解像力が最高になる位置まで、フォーカスを誘導してくれる補正機構があります。下の写真をご覧ください。まずは普通にファインダーでピントを合わせます。その後、ヘリコイドリングと銀色のリングを一緒に握り、←の方向に止まるところ(黄矢印の位置から赤矢印の位置)まで回します。Thanks to efunon!
 
Fujinon SFについているピント位置の補正機構

参考文献
[1]「写真レンズの基礎と発展」小倉敏布著 クラッシックカメラ選書2 朝日ソノラマ 2003年・第6刷
[2] The History of FUJINON -the heritage of XF Lenses- / FUJIFILM

EBC Fujinon SF 85mm F4: 焦点距離 85mm, 絞り F4-F16, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, M42マウント, 重量(実測)285g, 対応イメージフォーマット 35mmフルサイズ, マウント部に絞り連動ピンがついているので、マウントアダプター経由でデジカメに搭載して用いる場合には、ピン押し天板のついたアダプターを用いなければ絞りの開閉ができない

   
入手の経緯
流通量こそ豊富ではありませんが、ヤフオクやeBayなどのネットオークションには常に何本か出ており、取引相場はコンディション良いもので6万円前後です。私は20195月にヤフオクでマニアと思われる個人の出品者から6万円の即決価格で手にいれました。オークションの解説は「外観は美品、光学系も美品。マウント部の爪が削られている。」とのこと。レンズにはフードとキャップがついていました。マウント部の爪はフジカSTシリーズ独自のもので、ペンタックスSPなど一部のカメラやアダプターは対応しているものの、これ以外のM42カメラで使うには自分で棒ヤスリなどを使い削り落とさなくてはなりません。入手後に削り落とす予定だったので手間が省け好都合ですし、無限遠点のズレくらいなら自分で直せます。届いたレンズは鏡胴、レンズとも大変状態の良いものでしたが、ヘリコイドが重くグリスを新しいものに入れ換えなければなりませんでした。他に問題はなく、よい個体が手に入りました。



撮影テスト
レンズは35mm一眼レフカメラに搭載する交換レンズとして設計されましたので、デジタル一眼カメラで用いる場合にはフルサイズセンサーを搭載した機種が最も相性の良い組み合わせです。
開放ではピント部をハロが覆い、ぼんやりとした柔らかく幻想的な描写になりますが、被写体の細部に目を向けると細部までキッチリと解像していることがわかります。ハロの出方は四隅まで偏りがなく均一で、美しいソフト効果が得られます。バックのボケは大きく柔らかい拡がりを持つのに対し、手前は通常のレンズよりも被写界深度が深く、ボケ味もやや硬いのが特徴です。背後に点光源が入るとレンコン絞りの副作用から打ち上げ花火のような面白いボケが発生します。通常、ハロの多いレンズではコントラストが低下気味になり発色が淡白になるケースが多いのですが、このレンズはそのあたりもよく練られており、開放での激しいハロにも関わらず鮮やかな色ノリが維持されています。個人的には一段絞ったF5.6の描写がハロの発生量としては好みです。繊細な描写を楽しむことのできる、とても高性能なソフトフォーカスレンズだと思います。なお、開放でのピント合わせは困難なので、1~2段絞ったあたりでピントを合わます。


F5.6 sony A7R2(WB:日光)ピント部は緻密に解像している

F5.6 sony A7R2(WB:日光)背後のボケはキラキラとして独特。レンコン絞りの効果のようです
F4(解放) sony A7R2(AWB) つづいて開放F4でハロの発生量を全開にして撮影しました。右の写真は一部を拡大したものです。細部までとてもよく解像されており、分解能の高いレンズであることがわかります




F4(解放) sony A7R2(AWB) ハロの多いレンズはコントラストが低下し発色は淡白になりがちだが、本レンズの場合には十分に良好な色ノリが維持されていることがわかる。背後のボケは柔らかく大きくボケる

F4(開放) sony A7R2(AWB) 滲みは四隅まで均一。こんなに綺麗なハロが出るレンズは、そう滅多にないとおもいます
F4(開放) sony A7R2(AWB) 

F4(開放) sony A7R2(AWB) 







 
写真作例:先ずは開放絞り
目黒雅叙園「和の明かり x 百段階段」にて

F4(開放) sony A7R2(WB:auto)

F4(開放) sony A7R2(WB:auto) 前ボケは硬く、点光源の周りには光の集積(火線)が生じる


F4(開放) sony A7R2(WB:auto) 発色はとても良い

F4(開放)+F5.6の多重露光,  sony A7R2(WB:auto)


F4(開放)+F5.6の多重露光,  sony A7R2(WB:auto)

F5.6+F5.6の多重露光,  sony A7R2(WB:auto)

F4(開放)+F5.6の多重露光,  sony A7R2(WB:auto)

F4(開放), sony A7R2(WB:auto)

F4(開放) sony A7R2(WB:auto)

F5.6+F5.6の多重露光,  sony A7R2(WB:auto)

  
続いて一段絞ったF5.6での写真
昭和記念公園 オールドレンズ・ポートレート写真教室にて
モデル 菅彩夏子さん

F5.6 sony A7R2(WB:日光)
F5.6 sony A7R2(WB:日光)



F5.6 sony A7R2(WB:日光)


F5.6 sony A7R2(WB:日光)
F5.6 sony A7R2(WB:日光)


F5.6 sony A7R2(WB:日光)