おしらせ

2026/01/26

KOMZ URAN-27 100mm F2.5

冷戦期を見つめた眼 part 2 

MiG戦闘偵察機にも搭載された旧ソ連の航空撮影用レンズ

KOMZ URAN-27 100mm F2.5

冷戦期、西側 NATO 軍の ELCAN に対抗する東側陣営の航空用レンズとして、偵察任務や測量で重要な役割を果たしたのが、今回取り上げる旧ソビエト連邦の Uran‑27Уран‑27100mm F2.5 です。Uran‑27 KMZ 製航空カメラ AFA‑39RA‑39)に装着され、MiG 戦闘偵察機をはじめ、可変翼超音速戦闘爆撃機 Su‑17、その前身である Su‑7B、さらには輸送ヘリ Mi‑8 など、旧ソ連の主力航空機に幅広く搭載されました。

また本レンズは、ソ連初期の宇宙開発計画にも投入されたことで知られています。1957年には人工衛星スプートニク1号に搭載されて地球表面の撮影に用いられ、1959年のルナ3号では人類史上初となる「月の裏側」の撮影に成功しました。Uran‑27 は、まさに冷戦期の軍事技術と宇宙開発の最前線を支えた光学系と言えます。

このレンズが開発されたのは1952年で、ソ連を代表する光学研究機関 GOIState Optical Institute)が設計を担当し、製造は国営工場 KOMZKazan Optical‑Mechanical Factory)が担いました。高度5005000mからの地上撮影を前提に、可能な限り高い解像力を引き出すことを目的として設計されたと伝えられています。

レンズとカメラが搭載されたジェット戦闘機MiG-17F(左)と人工衛星LUNA-3(右)

光学系は下図のような 5 群 7 枚構成で、ガウスタイプの絞り直後に薄い凸メニスカスレンズを配置した特徴的な設計となっています。対応フォーマットは中判よりやや大きい 80mm × 80mm で、対角線画角約 59 度をカバーする準広角レンズとしてまとめられています。設計者は、タイール系レンズの開発でも知られる David Samuilovich Volosov 博士です。

Rodion Eshmakov 氏のウェブサイト RADOJUVA には、本レンズについて極めて詳細かつ質の高いレビューが掲載されています[1]。同氏によれば、本レンズの基本設計は 1944 年にまとめられ、先代の Uran‑10 100/2.5(1943年~)の後継として開発されたそうです。まったく同じ構成をもつ西側の ELCAN や SUMMILUX よりも早い時期に完成しており、Uran‑27 が当時いかに先進的なレンズであったのかがよく分かります。Uran ファミリーには Uran‑9 250/2.5 や Uran‑25 200/2.5 など複数の派生モデルが存在していますが、Uran‑27 が最も広く流通したモデルだそうです。また、製造年代によってコーティング仕様が大きく異なる点も特徴として挙げられます。

Eshmakov 氏は Uran‑27 の光学性能について、次のように評価しています。「開放からすでに非常に良好な画質を示し、フレーム中央の解像度は、同氏が所有する Belar‑2 90/2.5 や MC Rubinar 2/100 とほぼ同等の水準に達する。使用条件によってはわずかな球面色収差が観察されるものの、画角全域のシャープネスは主に小さなコマ収差によって制限される程度で、その性能は Belar‑2 と同等、同じ絞り値の 5 群構成 Rubinar 2/100 を大きく上回る」。

さらに同氏は、「画角によって解像度が複雑に変動する特性からも分かるように、Uran‑27 は 3 次収差と 5 次収差の相互補償を巧みに利用して補正されており、その結果として画面周辺部で解像度がピークに達するという、現代の一般的なカメラレンズではほぼ見られない特性を備えている。絞りを F/3.5〜F/6.3 に設定すると、小型フォーマットにおいて極めて優れた描写性能を発揮する」と述べています。

また、Uran‑27 のボケ描写は非常に独特で、「油のように滑らか」と形容されるほど特異な性質を示すそうです。これは複数の要因が重なり合って生じるもので、より単純な構成のレンズでは得られない描写特性だと考えられています。

URAN-27の構成図(文献[2]からのトレーススケッチ)

参考資料

[1] RADOJUVA:place for very fast lenses by Rodion Eshmakov

[2] GOI lens catalog;  設計特許 Pat.SU68727A1

[3] photohistory.ru  PHOTOHISTORY (G. Abramov) 

[4] "First Pictures of Earth from a Soviet Spacecraft", Space Chronicle, Vol. 71, pp.1-40, 2018

[5] Dan Fromm, "Unlikely lenses on 2¼ x 3¼ Graphics Part 2 : Lenses useful out-and-about at normal distances", Mod.2011

 

GFXマウントへの改造

今回は市販の部品のみでレンズをGFXマウントに改造しました。使用したのは下記の部品です。広角レンズ用のメタルレンズフード(67mmフィルター径用)を使用しているところが工夫点です。ルータを使いフードの内側を0.5mm程度削りました。使用したヘリコイドはM65の間口を持つ17-31mmのタイプです。

 

入手の経緯

軍用レンズとしては比較的流通量が多く、eBayなどでも安定して見つけることができます。中古相場はおおむね 250ドル前後 からで、この価格帯は10年前からほとんど変動していません。

私自身は約10年前にeBayを通じてウクライナのカメラ店から300ドル弱(250ドル+送料)で購入しました。出品時のコンディション表記は MINT(美品・保管品) で、実際に届いた個体も記載どおり極めて良好な状態でした。軍用光学機材のわりに保存状態の良い個体が比較的見つかる点も、このレンズの特徴と言えるかもしれません。

ただし、現代のカメラで使用するには マウント改造が必須 です。残念ながら、改造済みの個体は市場にほとんど出回っておらず、基本的には 自分でDIY改造できる人が手を出せるレンズとなります。鏡胴が重厚で構造も特殊なため、改造の難易度は決して低くありません。単に「珍しい軍用レンズを試してみたい」という軽い動機では手を出しにくいものの、工作に慣れた方にとっては非常に魅力的な素材となるでしょう。

KOMZ URAN-27 100mm F2.5:  絞り F2.5-F16, 設計構成 5群7枚, イメージフォーマット 80x80mm, 絞り羽枚数 12枚, 鏡胴はフルメタル構造の軍用仕様で、弾丸をも跳ね返し、重量は1kgを軽く超える堅牢なつくりです

撮影テスト

オールドレンズとしては、とても面白い描写です。開放から良好な解像力を備えつつ、ピント面にはごく僅かな滲み(コマフレア)が重なり、質感を繊細に描き出します。1段絞ると滲みは消え、描写は一気にクリアで端正な表情へと移行します。ただしコントラストは絞っても殆ど変化せず、軟調で豊かなトーンが一貫して保たれます。発色も鮮やかになるというよりは、むしろ開放から一定です。黒つぶれを意図的に避けるような設計思想が感じられ、この種の特性は航空撮影用レンズに有利に働くという話をどこかで耳にした記憶があります。

光には非常に敏感で、逆光では盛大なハレーション(グレア)が発生しますが、むしろその特性を積極的に活かして描写をコントロールする楽しさがあるレンズです。ボケは撮影距離に左右されず安定しており、二線ボケやバブルボケの傾向も見られません。Eshmakov氏の表現を借りるならば、このレンズの背後のボケは油絵のように絵画的であるそうです。発色はかなり温調気味なので、気になるようでしたら、デジタルカメラの設定で少し補正を加えるとよいと思います。

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(FS:St, WB: 日光)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(FS:St, WB: 日光)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(FS:St, WB: 日光)
F6.3 Fujifilm GFX100S(WB:日光) 絞っても黒つぶれはありません。コントラストもあまり変化しません


F6.3  Fujifilm GFX100S 絞っても繊細なトーンが維持されています。おもしろい描写ですね   

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) 軟調にふって意図的に黒つぶれを避けているような印象をうけます。シュールな写真にはもってこいの、とても面白いオールドレンズです
F2.5(開放)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)
F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)
F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)

2026/01/15

Cooke SPEED PANCHRO and its Origins

スピード・パンクロとその源流を辿る

プロローグ

テーラーホブソン社のスピード・パンクロ(Speed Panchro)は、1930年代から50年代にかけてハリウッドの映画業界を魅了し続けた、英国生まれの伝説的シネマレンズです。いわゆる “Cooke Look” と称される温かみのある描写、なだらかなトーン、美しいフレアは、人物の肌を自然かつ上品に引き立てることで知られ、今日に至るまで映画制作者たちの憧れの存在であり続けています。

2026年の新企画では、このスピード・パンクロに焦点をあてます。同社が生み出したシネマ用レンズを取り上げ、その魅力を紹介したいとおもいます。ブログで扱うモデルは、以下の6本です。

  • KINIC 76mm(3 inch) F2
  • Speed Panchro Series I 50mm F2
  • Deepfield Panchro 100mm F2
  • Speed Panchro Series I 25mm F2
  • Kinetal 50mm F2
  • Speed Panchro Series II 75mm F2

2026/01/02

Sida GmbH, Turf EXTRA Anastigmat 7cm F3.5


シーダ社のフォールディングカメラ用レンズ

Sida GmbH, Turf EXTRA Anastigmat 7cm F3.5

大晦日の我が家の大掃除で、もう一本珍しいレンズが姿を現しました。その名も「Turf EXTRA Anastigmat 7cm F3.5」。一般にはあまり知られていないレンズですが、調べてみると、1939年にドイツのSida GmbH(シーダ社)が発売した中判フォールディングカメラ「Turf EXTRA」に標準搭載されていたものだと判明しました。シーダ社は1934年にフリッツ・カフタンスキーという人物によりベルリンで設立されたカメラメーカーです[2]。

Turf EXTRAは、4.5×6cm判のフィルムを使用する中判カメラで、ベークライト製の流線形ボディとストリームラインを特徴とする、当時としては先鋭的なデザインでした。技術的挑戦とモダンスタイルの融合を体現したこのカメラは当時の工業製品の最前線を走る特筆すべき存在の一つです。

レンズのバリエーションは 1938年に登場した初期モデル「Turf」用にTurf Anastigmat 7cm F3.5およびF4.5が市場供給されており、翌年の「Turf EXTRA」では、Turf EXTRA Anastigmat 7cm F3.5F3.8F4.5が供給されています。レンズの設計はいずれも3群3枚のシンプルなトリプレットで、前玉回転式のフォーカス機構を備えています。


 

 

デジタルカメラでの使用例

上の写真のように、シャッターのマウント部に25mm-M39アダプターリング(下段・右)とM39-M42アダプターリング(下段・左)を装着し、M42直進ヘリコイド25-55mm(上段・左)にのせればM42レンズとして使用することが可能です。レンズ本体にもヘリコイドがありますので、これでダブルヘリコイド仕様となります。レンズ側のヘリコイドを操作すると前・後群の間隔が変化し、それに伴って描写も変わります。遠距離側では過剰補正、近距離側では補正不足となり、ボケ味やコントラストを意図的に変化させることができます。こうした“可変描写”を楽しめるレンズは使いこなし甲斐があります。


参考情報

[1] FEX: FOTOFEX CAMERA; Fritz KAFTANSKI  

[2] Camera Wiki: SIDA GmbH 

 

入手の経緯

このレンズは、ずいぶん前にチェコのフォトホビーから7080ドルほどで入手したものです。状態の良い美品との触れ込みで、何かのついでに同封していただいた記憶があります。本命の購入品に気を取られていたせいか、そのまま存在を忘れ、我が家の棚の奥でタイムカプセルのように長らく眠っていました。

eBayでは時折見かけるものの、流通量は少なく、特にカメラとのセットではそれなりの価格が付くと思います。そうした中で、レンズ単体で手に入れられたのは、今思えばなかなかの幸運だったと思います。

Turf Extra Anastigmat 7cm F3.5: 絞り F3.5-F32, フィルターネジなし, 絞り羽 10枚, 重量(実測)58g, 設計構成 3群3枚トリプレット, フォーカス機構 前玉回転式


 

 

撮影テスト

ピント面はトリプレットらしい高い密度感を備えつつ、戦後型のトリプレットよりも柔らかく繊細な描写で、非常に魅力的です。背後のボケは硬質でざわつきがあり、明確に過剰補正寄りの設計であることがうかがえます。撮影距離によっては非点収差由来のグルグルボケが現れ、荒々しさと繊細さが同居する、まさにオールドレンズらしい個性を存分に味わえる一本です。コントラストは控えめで発色も淡泊ですが、トーンは柔らかく、階調の移ろいを丁寧にすくい上げます。

逆光では太陽光が画面に直接入ると一気に白飛びするため、木々や建造物で光源を隠すなど、フレーミングにひと工夫が求められます。 

F3.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB: 日陰)

F3.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB: 日陰)

F3.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB: 日陰)

F3.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB: 日陰)
F5.6  Fujifilm GFX100S(WB:日光)










2026/01/01

RICOH COLOR RIKENON 35mm F2.8


ミノックスもどきの国産カメラから摘出した

ミノタールもどきの広角テッサー

RICOH COLOR RIKENON 35mm F2.8(Converted to Leica L39)

大晦日に家で大掃除をしていたら、コンパクトカメラのRICOH FF-1が出てきました。シャッターの切れないジャンク品です。家族が紅白歌合戦を見ている間に内蔵レンズを取り出し、デジカメで使えるよう改造してみました。搭載されているCOLOR RIKENON 35mm F2.8は広角レンズとしては珍しいテッサータイプで、しかもイメージサークルはフルサイズセンサーを余裕でカバーする設計です[1,2]。これは試さずにはいられません。直進ヘリコイドに換装し、ライカL39マウントにしました。

このカメラ自体は数年前、ヤフオクで何か別の機材を落札した際にオマケとして付いてきたものです。外観がドイツのMINOX 35EL(レンズはColor-minotar)に酷似していると指摘された歴史がありますが、実際にはRICOH側の設計・試作の方が早かったため、単なる偶然の一致として落ち着いたという経緯があります。こういう一致はKONICA EYEとロシアのMicron 1などにも見られますが、どうして似てしまうのか不思議でなりません。

レンズのCOLOR RIKENONは前玉回転式のフォーカス機構を採用し、絞りはシャッター羽根が兼用するというコストダウン方式て作られたモデルでした[2]。カメラから取り外すと絞りの制御はできなくなるため、開放固定での運用となります。また、外部ヘリコイドに載せるとダブルヘリコイド構成になります。

L39マウントへの改造方法は至って単純で、冒頭の写真のようにM32-M42変換リングを鏡胴に嵌めエポキシ接着剤で固定、そのままM42-M39直進ヘリコイド(10-15mm)にマウントするだけです。翌日に元旦の北鎌倉を撮ってきました。

[1] RICOH FF-1 instruction manual
[2] RICOH公式ホームページ フィルムカメラ全機種リスト

 

撮影テスト

コントラストは良好で、中央部のシャープネスも十分に確保されています。一方で四隅の描写はやや甘く、総じて解像力・シャープネスともに中庸といった印象です。本来、中間階調の豊かさを前提としたフィルム用途のレンズであるため、デジタル環境では中間調の情報量がもう一段欲しく、トーンの拾い方に物足りなさを感じる場面もあります。

周辺部の最外縁では像面湾曲が大きく、ピントの甘さが目立ちます。背景ボケはややザワつきがあり、硬質な表情を見せる傾向です。発色はカラーフィルム時代のレンズらしくニュートラルで癖がなく、扱いやすい色再現といえます。屋内ではわずかに光量落ちが気になることもありました。逆光耐性は良好で、ゴーストやフレアが目立つことはありません。

総じて、可もなく不可もなく、中庸な描写を示すレンズという印象です。フィルム写真のほうがこのレンズには合っていると思います。

F2.8(開放) Nikon Zf


F2.8(開放) Nikon Zf
F2.8(開放) Nikon Zf


F2.8(開放) Nikon Zf


F2.8(開放) Nikon Zf 

F2.8(開放) Nikon Zf
F2.8(開放) Nikon Zf

F2.8(開放) Nikon Zf
F2.8(開放) Nikon Zf



















F2.8(開放) Nikon Zf

Zeiss-Opton Biogon 35mm F2.8 T (Contax-RF mount)


 

洗練を極めた戦後型ビオゴン:その長所と短所

Zeiss-Opton Biogon 35mm F2.8 T (Contax-RF mount)

だいぶ前の記事となりますが、旧東ドイツ製 Carl Zeiss Jena BIOGON 35mm F2.8 をデジタルミラーレス機に装着して使用した際、周辺部につよい画質劣化を感じました。具体的には非点収差と像面湾曲が顕著に現れ、四隅の最端部で像が流れ、同時に急激に甘くなるというもので、広角レンズとしてやや許容できないレベルでした。BIOGONの別の個体を試写する機会もありましましたが、この性質は個体差という見解で解決できるものではありませんでした。

一時はレンズ構成に原因があるのかとも考えましたが、興味深いことにBIOGON を祖とするロシア製コピーのJUPITER-12 では、ここまで強いクセはなく、設計の新しさを反映しているためなのか、四隅でも安定した描写が得られました。ただし、JUPITER-12が優れたクローンであるとはいえ「本家を凌ぐ」とまでは納得しがたい事でもあります。

設計構成の観点から見れば、BIOGONの基盤となったゾナー型は広角化に不向きな設計で、画角を広げすぎると非点収差が急激に増大するという性質を持ちます。また、バックフォーカスの極端に短いこの種のレンズをデジタルカメラで使用する場合、センサー端部に浅い角度で入射する光線が、センサーのカバーガラスやローパスフィルターと相互作用し、像面湾曲を増大させてしまうとも言われています。また、同様の原理でサジタル像面が影響を受け、非点収差が増大してしまうという事も考えられます。

一方で、この種の設計には明確な長所もあります。前群にパワーが集中しているためバックフォーカスが短く、レンズ全体をコンパクトにまとめることが可能なのです。BIOGONもまた、この利点を保持しつつ広角モデルとして成立させるため、さまざまな工夫が盛り込まれています。

画質的な側面からみてもオールドレンズレンズ評論家から高く評価されているレンズですので、やはり納得がいきません。

とはいえ、日本の光学メーカーは戦後、この設計を模倣することなく、BIOGON 35mmを手本とした製品を一切生み出しませんでした。なぜ日本のメーカーがここまで徹底して、このレンズから距離を置いたのか、その理由は今なお興味深い謎です。

こうした疑問を整理し、自分なりの答えを見出すために、今回は戦後に旧西ドイツの Zeiss-Opton 社 が設計したBIOGON(オプトン・ビオゴン)35mm F2.8に注目することにしました。その描写性能を検証することで、過去に抱いた違和感を再考し、より前向きに BIOGON の魅力を理解したいと考えたわけです。

BIOGON は、もともとカール・ツァイスが1936年に同社の高級レンジファインダー機 CONTAX IIIII型 用として発売した広角レンズです。先代の CONTAX I型(19321936年) には間に合わず、I型には暗めの広角レンズ TESSAR 28mm F8 が供給されていました。そのため、F2.8という明るさを備えたBIOGONの登場は、手持ち撮影を可能にする画期的な存在としてCONTAXユーザーに大いに歓迎されました。同時期のLeicaには Hektor 2.8cm F6.3ELMAR 3.5 F3.5などが供給されていた事かわもわかるように、F2.8というスペックは他社を圧倒する異次元の明るさであり、BIOGONは当時世界で最も明るい広角レンズとして位置づけられました。

戦後には旧西ドイツの Zeiss-Opton社からも、通称オプトン・ビオゴンと呼ばれる新設計の後継モデルが登場します。今回取り上げるのはこのモデルで、設計は下図のような46枚構成です。戦前からのBiogonを改良し、より洗練された設計へと変化を遂げています。後群に使われている極厚のレンズエレメントが、とてもよく写りそうな強いインパクトを与えます。

レンズの設計を担ったのは、SONNARの生みの親として知られる ルートヴィヒ・ベルテレ(L. Bertele) です。BIOGONはゾナー型を起点に開発され、その描写特性にはゾナー由来の性格が色濃く受け継がれています。これらのレンズに共通する普遍的な描写傾向は、写真画質に対するベルテレの揺るぎない理念を体現しているといえるでしょう。

設計構成は4群6枚のBIOGONタイプ(ゾナー変形型)。後群の極厚エレメントが目を引きますが、このモデルの大きな特徴といえるでしょう



中古市場におけるレンズの相場

旧西ドイツ製であるオプトン・ビオゴンの現在の中古市場での相場は、クモリのある個体で250300ドル、健全なコンディションの個体で500ドル程度からです。ちなみに、東側で製造されたツァイス・ビオゴンの中古相場も同程度です。レンズは国内・海外の中古市場で豊富に流通していますので、入手は比較的容易です。現在は円安の影響からか、国内市場の方が安値で取引されている印象です。コンディションの良い個体を5万円くらいで探すのが狙い目でしょう。

Zeiss-Opton BIOGON 35㎜F2.8: フィルター径 40.5mm, 最短撮影距離 3feet,   絞り F2.8-F22, 絞り羽 8枚構成,  設計構成 4群6枚BIOGON戦後型, CONTAX RFマウント, 重量(実測) 238g



 








 

撮影テスト

シャープネスとコントラストは明らかに良くなっており、戦前設計の先代 Jena BIOGON  Jupiter-12 を明確に上回っています。開放から抜けの良いクリアな描写を見せ、ピント面中央には鋭いキレがあります。発色も鮮やかで被写体を力強く描写します。設計の成熟度が一段と高まっており、1950年代のレンズとは到底思えない、信じがたい性能です。

一方で、中央と四隅の画質差は大きく、像面湾曲の影響で四隅では像が大きく崩れ、光量落ちもやや目立ちます。四隅のボケは接線方向と同心方向で大きく分離し、非点収差の存在がはっきりと確認できます。この傾向は Jena BIOGON とも共通しており、デジタルカメラとの組み合わせでは使いこなし方に注意が必要なレンズといえるでしょう。

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) 開放からコントラストは高く、中央部のシャープネスは素晴らしい水準ですが・・・。四隅はこの通りに、広い領域で急激にピンボケしてしまいます









F2.8(開放) Nikon Zf(WB:曇り空) 今度は遠景を開放で。中央はとても良いのですが、やはりある一定の画角から急激に画質の低下が起こります






F5.6 Zikon Zf(WB:曇空)もちろん、絞れば何でもないことではあります







F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日陰) こういう構図なら開放でも何ら問題はないです

F5.6 Nikon Zf(WB:日陰) 絞れば弱点なし

F4 Nikon Zf(WB:日光) 
F5.6 Nikon Zf(WB:曇空)先ほどの空撮は、ここの上空からでした
F5.6 Nikon Zf(WB:日光)コントラストだけ見ると現代レンズとあまり変わらないレベルです






















































































































































 

BIOGON 35mmは少し絞って使うか、もしくは旧CONTAXなどフィルム機で使うのが正解のようです。今のところデジタルフルサイズ機との相性は良くありません。

2025/12/30

Carl Zeiss Jena BIOTAR 8cm F2



戦前のCarl Zeissにはゾナーやテッサーといった主力レンズがありましたので、ガウスタイプのビオターが活躍する余地は限られていました。ビオターがこれらと肩を並べるようになるにはガラス性能の向上とコーティング技術の実用化を待たねばなりませんでした。

写真用ビオター初の量産モデル

Carl Zeiss Jena BIOTAR 8cm F2 (Nacht Exacta)

今日私たちが知るビオターの原型が登場したのは1927年のことで、W・メルテが映画撮影用に設計したBiotar 4cm F1.4がその最初のモデルとされています[1]。レンズにはショット社が新開発した高屈折率のバリットフリントガラスBaf9が使用され、球面収差とコマ収差の補正効果が飛躍的に向上、色収差の補正は依然として劣悪でしたがガウスタイプの可能性が大きく拓かれたのでした。じつは、それ以前にもビオターの名称を冠したレンズは存在しましたが、いわゆるダブルガウス型ではなく、光学系譜としては全く異なる設計思想に基づくものでした[1]。

写真用ビオターに注目が集まり始めたのは1929年頃からで、ショット社が高性能なランタン系ガラスの開発に成功した時期と重なります。写真用モデルの開発のカギは、実用画角45度程度をいかにして実現するかでした。この時期にWメルテは焦点距離5cm35mmライカ判に対応した最初の写真用ビオター(Biotar 5cm F1.4)を試作しており、根拠資料は見当たりませんが、おそらくこのレンズには新開発のショット社製ガラスが使われていると予想できます。ただし、広い包括画角にわたって良好な画質を得るにはガラス硝材の更なる進歩が不可欠であり、当時の技術水準ではまだ時期尚早だったようです。製造本数は約100本にとどまり、量産には至っていません。1931年にはCONTAX用にも同様に約100本が製造されましたが、これも試作的性格が強く、量産品とは呼びがたいものでした。

W・メルテが写真用ビオターの開発に本格的に着手したのは1931年頃とされており、口径比をF2に抑えたモデルの設計に取り組み、同年夏にはBiotar 5cm F2の試作品が登場しています。ただし、このモデルも製造本数は僅かで量産化には至りませんでした。依然としてゾナーやテッサーに対するアドバンテージを見出せなかったのでしよう。メルテによる改良は続きます。

ようやく量産品と呼べるモデルか登場したのは1933年で、Biotar 8cm F2が市場に投入されたのが最初です(構成図は下図)。この量産化を後押ししたのが、1930年に登場したランタン系特殊光学ガラスBaF10であり、光学系に組み込むことで、実用的な包括画角を従来の30度から50度へと拡大することが可能となりました[1]。とはいえ、1930年代のドイツは経済的混乱と政治的緊張の渦中にあり、特殊光学ガラスの安定供給は技術的にも体制的にも困難を極めました。供給体制の確立には、1939年にショット社が導入した新たな製造技術の登場を待つ必要があり、ランタン系ガラスはビオターの光学系の一部(後玉)に限っての適用にとどまりました。このガラスの本格的な実用化がはじまるのは第二次世界大戦の終結後です。

左:設計者Wメルテの似顔絵,  右:BIOTAR 8cm F2の構成図, 構成図は文献[3]に掲載されていたものをトレーススケッチした。左が対物側、右がカメラの側。レンズの設計構成は4群6枚のガウスタイプで、1933年10月に設計されました


 

今回取り上げるBIOTAR 8cm F2は、中判645フォーマットを採用した一眼レフカメラのナハト・エキザクタに搭載する交換レンズとして、1934年から1938年にかけて供給されたモデルです[3]。このモデルは下の写真のようなアダプターを介して、少し後に発売された35mm判のキネ・エキザクタ(1936年発売)にも流用されました。ただし、この流用は場繋ぎ的なもので、同年に新設計されたBiotar 75mm f1.5が1939年に登場したことで役割を終えています。市場にはナハトエキザクタ用とキネエキザクタ用が、合わせて1500本供給されました[4]。ちなみに、このキネ・エキザクタには標準レンズのBIOTAR 5.8cm F2も市場供給されています。また、1938年には中判6×6フォーマット対応のエキザクタ66用としBIOTAR 10cm F2が登場、約400本が市場供給されています。1937年頃からガラス面に単層コーティング(Tコーティング)が蒸着されるようになり、光学性能の一層の向上が図られています。こうして徐々にではありますが、ガウスタイプレンズの発展に必要な技術的基盤が、Carl ZeissではBIOTARを基軸に整えられていきました。

終戦後はビオター58mm F2と75mm F1.5の2つのモデルのみ残されます。これらは後継製品のパンコラー50mmF2と75mmF1.4が登場するそれぞれ1959年と1969年まで生産が続けられました。

35mm判一眼レフカメラののキネ・エキザクタに搭載(流用)するための純正アダプターを装着したところ。このアダプターにはフォーカッシング機構(ヘリコイド)が標準装備されています。純正フードも装着しました。カメラの側はエキザクタマウントに変換されます。ただし、このアダプター経由ですと、中判デジタルカメラのGFXでは写真の四隅がケラレてしまいます
 















レンズの市場価格

流通量は非常に少ないものの、eBayには時々出てくるレンズです。オークションにおける個人売買の取引額は、状態の良い個体で8001100ユーロ、海外の専門店での取引額は12001400ユーロあたりです。流通している個体の大半はコーティングのないモデルですが、今回取り上げるレンズのようにコーティング付きモデルもあり、第二次世界大戦前の僅かな期間に少数のみ生産されたものと考えられます。レンズは2本ともlense5151さんからお預かりした個体です。

参考文献・資料 

[1] zeissikonveb.de; BIOTAR

[2] DRP Pat. 485,798(1927)

[3] Jhagee cameras, STEENBERGEN&C9 (1939) 構成図が掲載されている

[4] Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I/II

Carl Zeiss Jena BIOTAR (ノンコート) 8cm F2: 1934年製・最初期, 絞り F2-F16,  絞り羽 18枚, マウント径 M39.5(Nacht EXAKTA), 重量(実測)356g , フィルター径 48mm, 設計構成  4群6枚ガウスタイプ
Carl Zeiss Jena BIOTAR  T (シングルコーティング)  8cm F2:  1937年製・最後期, 絞り羽  13枚, 絞り F2-F16, マウント径 M39.5(Nacht EXAKTA), 重量(実測) 404g, フィルター径48mm,  設計構成  4群6枚ガウスタイプ
 
 

撮影テスト

モノクロ時代に設計されたレンズらしく、階調の中間域を丹念に拾い上げる描写が印象的で、やはりモノクロ撮影においては卓越した表現力を発揮します。一方、カラー撮影では淡く控えめな発色が特徴で、あっさりとした色調が写真に独特の味わいを添えます。

開放ではピント面にわずかな滲みが生じ、柔らかく穏やかな質感描写となります。そのためコントラストは低めで、全体として軟調な印象を与えますが、一段絞ることで滲みは解消され、シャープでキレのある描写に変化します。

屋外での撮影時には逆光でハレーション(グレア)が顕著に現れ、画面全体が白く飛ぶことがあります。これを避けるには、フードの使用が不可欠です。

ビオターといえば、58mm F275mm F1.4に見られる特徴的なグルグルボケが知られていますが、本レンズ(8cm F2)ではその傾向は控えめです。近接からポートレート域にかけて、四隅にわずかな像の流れが見られる程度で、全体としては落ち着いたボケ味となります。

 後期モデル(Tコート付)x Fujifilm GFX100S

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空, FS: CC)


F4  Fujifilm GFX100S(WB:曇空, FS: CC)





F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)  
F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)


F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)


F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)

F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)
F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto)





F2.8  Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS:CC)


F2.8  Fujifilm GFX100S(WB:曇空,FS: CC)










初期モデル(ノンコート) x Fujifilm GFX100S 

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)
F5.6  Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)


F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)























F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto, FS :Standard)