洗練を極めた戦後型ビオゴン:その長所と短所
Zeiss-Opton Biogon 35mm F2.8 T (Contax-RF mount)
だいぶ前の記事となりますが、旧東ドイツ製 Carl Zeiss Jena BIOGON 35mm F2.8 をデジタルミラーレス機に装着して使用した際、周辺部につよい画質劣化を感じました。具体的には非点収差と像面湾曲が顕著に現れ、四隅の最端部で像が流れ、同時に急激に甘くなるというもので、広角レンズとしてやや許容できないレベルでした。BIOGONの別の個体を試写する機会もありましましたが、この性質は個体差という見解で解決できるものではありませんでした。
一時はレンズ構成に原因があるのかとも考えましたが、興味深いことにBIOGON を祖とするロシア製コピーのJUPITER-12 では、ここまで強いクセはなく、設計の新しさを反映しているためなのか、四隅でも安定した描写が得られました。ただし、JUPITER-12が優れたクローンであるとはいえ「本家を凌ぐ」とまでは納得しがたい事でもあります。
設計構成の観点から見れば、BIOGONの基盤となったゾナー型は広角化に不向きな設計で、画角を広げすぎると非点収差が急激に増大するという性質を持ちます。また、バックフォーカスの極端に短いこの種のレンズをデジタルカメラで使用する場合、センサー端部に浅い角度で入射する光線が、センサーのカバーガラスやローパスフィルターと相互作用し、像面湾曲を増大させてしまうとも言われています。また、同様の原理でサジタル像面が影響を受け、非点収差が増大してしまうという事も考えられます。
一方で、この種の設計には明確な長所もあります。前群にパワーが集中しているためバックフォーカスが短く、レンズ全体をコンパクトにまとめることが可能なのです。BIOGONもまた、この利点を保持しつつ広角モデルとして成立させるため、さまざまな工夫が盛り込まれています。
画質的な側面からみてもオールドレンズレンズ評論家から高く評価されているレンズですので、やはり納得がいきません。
とはいえ、日本の光学メーカーは戦後、この設計を模倣することなく、BIOGON 35mmを手本とした製品を一切生み出しませんでした。なぜ日本のメーカーがここまで徹底して、このレンズから距離を置いたのか、その理由は今なお興味深い謎です。
こうした疑問を整理し、自分なりの答えを見出すために、今回は戦後に旧西ドイツの Zeiss-Opton 社 が設計したBIOGON(オプトン・ビオゴン)35mm F2.8に注目することにしました。その描写性能を検証することで、過去に抱いた違和感を再考し、より前向きに BIOGON の魅力を理解したいと考えたわけです。
BIOGON は、もともとカール・ツァイスが1936年に同社の高級レンジファインダー機 CONTAX II/III型 用として発売した広角レンズです。先代の CONTAX I型(1932~1936年) には間に合わず、I型には暗めの広角レンズ TESSAR 28mm F8 が供給されていました。そのため、F2.8という明るさを備えたBIOGONの登場は、手持ち撮影を可能にする画期的な存在としてCONTAXユーザーに大いに歓迎されました。同時期のLeicaには Hektor 2.8cm F6.3やELMAR 3.5㎝ F3.5などが供給されていた事かわもわかるように、F2.8というスペックは他社を圧倒する異次元の明るさであり、BIOGONは当時世界で最も明るい広角レンズとして位置づけられました。
戦後には旧西ドイツの Zeiss-Opton社からも、通称オプトン・ビオゴンと呼ばれる新設計の後継モデルが登場します。今回取り上げるのはこのモデルで、設計は下図のような4群6枚構成です。戦前からのBiogonを改良し、より洗練された設計へと変化を遂げています。後群に使われている極厚のレンズエレメントが、とてもよく写りそうな強いインパクトを与えます。
レンズの設計を担ったのは、SONNARの生みの親として知られる ルートヴィヒ・ベルテレ(L. Bertele) です。BIOGONはゾナー型を起点に開発され、その描写特性にはゾナー由来の性格が色濃く受け継がれています。これらのレンズに共通する普遍的な描写傾向は、写真画質に対するベルテレの揺るぎない理念を体現しているといえるでしょう。
中古市場におけるレンズの相場
旧西ドイツ製であるオプトン・ビオゴンの現在の中古市場での相場は、クモリのある個体で250~300ドル、健全なコンディションの個体で500ドル程度からです。ちなみに、東側で製造されたツァイス・ビオゴンの中古相場も同程度です。レンズは国内・海外の中古市場で豊富に流通していますので、入手は比較的容易です。現在は円安の影響からか、国内市場の方が安値で取引されている印象です。コンディションの良い個体を5万円くらいで探すのが狙い目でしょう。
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| Zeiss-Opton BIOGON 35㎜F2.8: フィルター径 40.5mm, 最短撮影距離 3feet, 絞り F2.8-F22, 絞り羽 8枚構成, 設計構成 4群6枚BIOGON戦後型, CONTAX RFマウント, 重量(実測) 238g |
撮影テスト
シャープネスとコントラストは明らかに良くなっており、戦前設計の先代 Jena BIOGON や Jupiter-12 を明確に上回っています。開放から抜けの良いクリアな描写を見せ、ピント面中央には鋭いキレがあります。発色も鮮やかで被写体を力強く描写します。設計の成熟度が一段と高まっており、1950年代のレンズとは到底思えない、信じがたい性能です。
一方で、中央と四隅の画質差は大きく、像面湾曲の影響で四隅では像が大きく崩れ、光量落ちもやや目立ちます。四隅のボケは接線方向と同心方向で大きく分離し、非点収差の存在がはっきりと確認できます。この傾向は Jena 製 BIOGON とも共通しており、デジタルカメラとの組み合わせでは使いこなし方に注意が必要なレンズといえるでしょう。
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| F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) 開放からコントラストは高く、中央部のシャープネスは素晴らしい水準ですが・・・。四隅はこの通り急激にピンボケしてしまいます |
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| F2.8(開放) Nikon Zf(WB:曇り空) 今度は遠景を開放で。中央はとても良いのですが、やはりある一定の画角から急激に画質の低下が起こります |
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| F5.6 Zikon Zf(WB:曇空)もちろん、絞れば何でもないことではあります |
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| F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日陰) こういう構図なら開放でも何ら問題はないです |
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| F5.6 Nikon Zf(WB:日陰) 絞れば弱点なし |
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| F4 Nikon Zf(WB:日光) |
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| F5.6 Nikon Zf(WB:曇空)先ほどの空撮は、ここの上空からでした |
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| F5.6 Nikon Zf(WB:日光)コントラストだけ見ると現代レンズとあまり変わらないレベルです |
BIOGON 35mmは少し絞って使うか、もしくは旧CONTAXなどフィルム機で使うのが正解のようです。今のところデジタルフルサイズ機との相性は良くありません。










