おしらせ

2025/12/10

Angénieux Paris Type Y1 90mm F2.5


フランスのアンジェニューが描き出す風景には、過度な演出や誇張はありません。設計された時代の制約や、実験的な試み、光学的な弱点が、そのまま写真の描写に反映され、独自の情緒を形づくっています。それは特別に劇的ではありませんが、現代のレンズには置き換えにくい、味わい深さを備えており、とりわけ古いモデルほど、そういう要素が色濃く表れます。

今回はアンジェニューの最古参モデルの一つで1941年に登場した、焦点距離90mmの中望遠レンズ、TYPE Y1を取り上げます。

アンジェニュー初期のポートレート用レンズ

Angénieux Paris Type Y1 90mm F2.5

近年、アンジェニューの人気は世界的に高まり、物価上昇も相まって入手は一層困難となっています。日本や中国、東南アジアではオールドレンズ人気が根強く、アンジェニューを用いて街並みや田園風景を撮影することが、アマチュア写真家の洗練された趣味として、広く受け入れられています。  

今回取り上げるTYPE Y1は、アンジェニューらしさを語るうえで欠かせない「軟らかい描写」を備えたポートレート用レンズです。穏やかで安定感のある表現力は、現代的なシャープネスとは一線を画し、落ち着いた雰囲気を写真にもたらします。この特徴は同時代に用いられたガラス硝材の性能や、同社の古いモデルに共通して見られる薄いブルーの単層コーティングに由来しており、控えめなコーティング性能が豊富な中間階調と、なだらかな階調変化を生み出しています。

設計を手がけたのは創業者のピエール・アンジェニューです。光学系には下図のような4群4枚のエルノスター型を採用、トリプレットの前方に正レンズを配置することで屈折力を強化し、明るい光学系を実現しています。なお、レンズ設計にコンピュータが導入されるのは1950年代半ば頃からですので、この時代のアンジェニュー製品は完全に人の手による設計でした。 シンプルな構成ながらも「洗練され尽くしていない良さ」がこのレンズの魅力を際立たせています。

TYPE Y1は戦時中の1941年に市場投入され、同時供給されたガウスタイプ標準レンズのTYPE S1 50mm F1.8と並び、同社の黎明期を象徴する存在となりました。レンズの生産は終戦後の1953年まで続き、アルパフレックス、ライカL39、CONTAX、RECTAFLEX、ALPA ALFITARなど多様なマウントに対応しています。1954年に後継モデルのTYPE Y12 90mm F2.5が登場したことで役割を終え、生産中止となっています。

 

中古市場での相場

ライカカメラ社の公式オークションハウスであるLeitz Photographica Auctionにて、L39マウントの個体の最近の売買歴が参照でき、コンディションBの並品が800ユーロ(14万円〜15万円)前後、コンディションB/Aの良品が1100ユーロ(20万円)程度で取引されています。コンディションAならば、たぶん1300ユーロ程度の値がつくものと思われます。 eBayでの個人売買の場合にはもう少し安く取引されており、10万円から15万円くらいです。

今回の記事で使用したレンズは、知り合いのlense5151さんからの一時的な預かり品です。私が仲介し、購入希望者を探しています。製造から80年が経ちますが、カビ、クモリのない良好なコンディションを維持しています。

今回の個体はレンズヘッドに特製のカプラーをはめた状態でM52-M42ヘリコイド(25-55mm)にマウントし、M42レンズとして使用できるようになっています

Angénieux Paris Type Y1 90mm F2.5: 絞り F2.5-F22, 構成 4群4枚エルノスターI型, フィルター径 43mm, 絞り羽 12枚構成, 最短撮影距離 1.2m

 

 

撮影テスト

望遠エルノスター型の設計に基づくため、描写は素直で安定感があります。開放ではピント部の前後に滲みを伴う色収差が顕著に現れ、これがコントラスト低下の一因となります。しかしながら、中間階調の再現は豊かで、トーンを丁寧に拾う緩やかな変化が得られ、絞り込んでも硬質化しない点は特筆すべき点です。発色はやや淡白ですが、軟調描写を最大限生かした美しい写真表現が可能です。

ボケは画面四隅まで安定しており、いわゆるグルグルボケや放射状の乱れは見られません。イメージサークルには十分な余裕があり、周辺光量の低下はなく、四隅まで均一な明るさを保ちます。さらに、中判イメージセンサーを搭載したGFXシリーズにおいてもケラレは全く生じません。歪曲収差も実用上気にならない水準に抑えられています。ただし、GFXでは少しグルグルボケが目立つようになります。

穏やかな結像、微かに滲むピント部、破綻のないボケ、軟調で緩やかな階調描写――このレンズは鋭利に未来都市を切り取るようなレンズではありません。情緒あるボンヤリとした街並みや田園風景の長閑な佇まい、日だまりの心地よさや温もりを写し取るレンズだと言えます。

Nikon ZFとFujifilm GFX100Sで写真を撮りました。

F2.5(開放)GFX100S(35mm mode, WB:日光, FS:Standard)

F4  GFX100S(35mm mode, WB:日光, FS:Standard)

F4  GFX100S(35mm mode, WB:日光, FS:Standard)
F2.5(開放)GFX100S(WB:日陰, FS:Standard)


F2.5(開放)GFX100S(WB:日陰, FS:Standard)

F2.5(開放)GFX100S(WB:日陰, FS:Standard)
F4 Nikon ZF(WB:クモリ)

F2.5(開放) Nikon ZF(WB:クモリ)

F2.5(開放) Nikon ZF(WB:クモリ)
F2.5(開放)  GFX100S(WB:日陰, FS:CC)

F2.5(開放)  GFX100S(WB:日陰, FS:CC)
F2.5(開放) GFX100S(WB:日陰, FS:Standard) GFXではこの通りにグルグルボケ(非点収差)が目立つようになります

2025/12/03

LZOS VEGA-11U 50mm F2.8 (Enlarging lens)

部屋の片づけをしていたら、古い箱の中からロシア製の引き伸ばし用レンズが4個も出てきました。これは以前、EBAYでロシア製レンズを買ったときに、ついてきてしまった製品個体です。せっかくなので、ヘリコイドにのっけて写真撮影に転用してみました。

ロシア製 引き伸ばしレンズを使う

LZOS VEGA-11U 50mm F2.8 (Enlarging lens)

フルサイズミラーレス機の登場によりエンラージングレンズ(引き伸ばしレンズ)の活躍の場は大きく広がりました。この種のレンズには、テッサー型のようにバックフォーカスが長いモデルに加え、クセノタール型やダブルプラズマート型といった比較的短いバックフォーカスを持つ高級モデルも存在します。前者のテッサー型は一眼レフカメラにも適合しやすく、古くから撮影用に転用されてきました。しかし後者は、50mmの標準画角において一眼レフには装着できず、長らく用途を失った「死蔵レンズ」として扱われてきたのです。こうした背景のもと、フルサイズミラーレス機の登場は、これまで活かされることのなかったこの種の標準レンズ群に新たな可能性を切り拓いています。しかも、人知れず静かに・・・。

VEGA11Uの構成図:4群5枚の変形クセノタールタイプで、前群の構成配置が通常のクセノタールタイプとは大きく異なります

今回ご紹介するVEGA-11Uは、ロシアのリトカリノ光学ガラス工場が1980年代から1990年代に製造した変形クセノタール型の光学系をもつ35mm判の引き伸ばし用レンズです(上図)。ただし、1970年のGOIカタログには焦点距離54mm F2.8で既に登場しています。設計から発売までの間に仕様変更があったのかもしれません。なお、アゾフ光学機械工場(Azov Optical Mechanical Plant)で製造された同一設計の個体や、ミンスク機械工場(MMZ)製で54mm F3の個体もあるなど、規格がバラバラです。中古市場では用途がないなどの理由から値段がつかず、日本の市場で売買されることは多くありません。しかし、近年流通し始めた市販の薄型M42ヘリコイドに乗せSONY Eマウントで使用してみたところ、なんと無限のフォーカスをギリギリ拾うことができました。使えるではないですか・・・。出番が来るのを、ずっと隠れて待っていたかのようです。少し写真を撮ってみましたので、報告します。

レンズのマウント部はM39ネジになっており、市販のパーツの組み合わせのみでSONY Eマウントにできます。用意した部品はM42ヘリコイド10-15mm, M42-SONY Eスリムアダプター, M39-M42変換リング
 


 

撮影結果

もともとの用途から考えると、リバースリングなどで逆向きにマウントすれば、近接撮影に向いたレンズとなるようですが、本レンズにはフィルターねじがついていませんので、リバースマウントはできません。普通にカメラにマウントして使いました。

とてもシャープに写りますが、本来の使い方ではないためか、思ったほど解像力は高くはありません。ただし、画角特製は良好で、四隅まで安定感のある均一な画質です。開放でもスッキリと写り、コントラストも良好です。背後のボケは硬めの結像でザワザワとしたボケ具合です。

F4  (Wb: 日陰)

F2.8(開放) (WB:日陰)

F2.8(開放) (WB:日陰)

F2.8(開放) (WB:日陰)