おしらせ

2024/12/28

Kowa Co. LTD., KOWA 28mm F3.2 (KOWA SW)


興和光器の写真用レンズ part 6

「レンズはカメラの生命である!」

名機KOWA SWに搭載された至高の広角レンズ

KOWA 28mm F3.2 (KOWA SW)

コーワが会社のカラーを最も強く印象付けたカメラといえばやはり同社35mmカメラの初号機カロワイド(1955年発売)とカロワイドの長所を練り上げ1964年に登場した名機KOWA SW(スーパーワイド)ではないでしょうか広角レンジファインダー機であるという独自性、パンフォーカス撮影の利便性、軽くコンパクトな携帯性、流線形を基調とする美しいボディデザイン、0.5mまで寄れる最短撮影距離など、これらのモデルには数多くの長所がありましたが、中でも特にコーワが拘ったのは競合する他社製品の追従を許さない高性能なレンズを搭載したことでした。同社の広角機はこの点が高く評価され、プロ・アマチュアを問わずスナップシューターの幅広い層から支持されることとなります。カロワイドの登場から5年の歳月を経た1960年初頭、広角レンズファインダー機のブームは収まり、カメラ業界は一眼レフカメラ一辺倒となります。コーワもこの潮流の中でいったんはレンジファインダー機の開発から離れ、KOWAFLEXの開発と改良に傾倒してゆきます。どのメーカーも一眼レフを供給する中で同社が流れ着いたのは、激しい競合市場、血で血を洗うレッドオーシャンでした。各社消耗戦を繰り広げる渦中で新興カメラメーカーのコーワが取れる立ち位置といえば、中級機を他社より安い低価格で販売することくらいでした。レンズには定評のあるプロミナーとその後継のKOWA 50mmが付いており、世間はオリンピック景気に沸いていましたので、同社の一眼レフカメラはお買い得感の高いKOWA SEやKOWA SETなどを中心にそこそこ売れます。しかし、量産して沢山販売することが最も重視された時代でしたので、カメラの性能自然とありふれたものになってゆきます。この時代のコーワ製品には1950年代のような独自性はありません。KOWA SWの開発を率いた小澤秀雄氏はカメラの解説記事[2]の中で次のように述べています。

『最近のカメラはデザインは別として、強い個性がなくなりつつある。かつてはカメラといえば、それについているレンズの良否によって、ほとんど販売が左右されるほどであったが、レンズはカメラの生命であるという考え方はだんだんと薄くなり、全体のバランスによって判断されるようになってきた。(中略)これらのカメラに付いているレンズも平均以上の性能を持っているため、実用上なんら問題にする必要はないわけであるが、写真を少し心得ている人とかプロに近い人以上のレベルにある人から見れば、まったく食い足らないカメラということになる』。KOWA SWには直接関係のないカメラ業界の世情にまで言及していますが、何もかもを思うままに伝えようとする小澤氏の堂々とした文書からはKOWA SWに対する揺るぎない自信、開き直ったものだけが語ることのできる信念のようなものを感じ取ることができます。ここまで語るエンジニアは今となってはなかなかいないので、読み応えのある記事です。

コーワフレックスの供給開始から4年、コーワはカメラ事業の原点に立ち戻る一大決心のもと、カロワイドの特徴を練り上げた広角機KOWA SW(コーワ・スーパーワイド)を世に送り出します。一切の無駄な機能を省いた潔さと、美しいボディデザイン、カロワイドの長所を極限まで練り上げた強い個性がこのカメラにはありました。しかも、レンズ固定式レンジファインダー機では誰も作らなかった28mmのスーパーワイド・レンズがついており、内蔵ファインダーはレンズよりも多い7枚構成という拘りようです。コーワはこのファインダーのことをスペリオ式ファインダーと呼んでいました。時代は一眼レフカメラ全盛の1964年でしたが、この一見すれば時代に逆行するともとれる経営判断を今風に例えるのなら、スマートフォン全盛時代に機能を強化し長所を練り上げたガラパゴス携帯(フィーチャーフォン)で勝負をかけるようなものです。カメラの発売時期は不運なことにオリンピック後の不況と重なってしまい、ニッチなハイアマチュア向けに供給された製品ということもあり、販売台数は6000台程度と振るわない結果となります[4]。しかし、KOWA SWは同社の個性を強く印象付けた名機として、後世に長く語り継がれることとなるのです。

KOWA SWに搭載されたレンズは広角用に新開発された4群6枚のクセノタール変形型です。この種のレンズ構成が広角レンズとしての適正を持っている事はよく知られていましたが、製品化された事例はCarl Zeiss Jena BIOMETAR 35mm F2.8, UC-HEXANON 35mm F2, W-NIKKOR 35mm F1.8など数例に限られており、28mmのスーパーワイドに限っては言うならば、本品か唯一無二の存在でした、。クセノタールの構成で広角レンズを設計する場合、画角特性を向上させる観点から後群のメニスカスを極めて薄く設計しなければならず、このレンズエレメントの生産に高いコストを要したためです[8]。難しい製造工程を伴う採算性の悪いレンズ構成ではありましたが、敢えてこの設計を採用することがKOWA SWというカメラの最大の魅力になっているのです。解説書[2]の中で小澤氏はKOWA 28mm F3.2を『レンズにうるさい人を満足させるために開発されたレンズ』『KOWA SWの開発で最も力を注いだ部分がこのレンズであった』と述べています。また、周辺の光量不足を解消しようとするとその影響でレンズの解像力が低下してしまうため、28mmもの広角レンズで全画面にわたり一様な画質を実現しようというのは、かなり困難なことであったとも述べています。開発にあたっては当時発売されていたあらゆるレンズ構成を徹底的に検討し何度も試作をおこなって研究したようで、結果としてクセノタール変形型が解像力と光量不足解消を高いレベルで両立できる、最も良い成績を示したのだそうです。実際にレンズを設計したのが誰なのか明確にわかる文献や資料はありませんが、小澤単独による詳細な解説がありますので、おそらく同氏による設計であることは間違いないでしょう。同氏は映写機用PROMINARの設計者でもありました。興和がカメラ事業から撤退した後は同社を離れ、1971年に株式会社ニデック(本社・愛知県)を創業します[3]。一流のエンジニアであるとともに一代で事業を築いた名実業家でもありました。

KOWA 28mm F3.2構成図。構成図はKowa SWの取扱説明書[7]からトレーススケッチしました。設計構成は4群6枚のクセノタール変形型で、3群目に用いられている極めて薄い大きなメニスカスユニットが目を引きます

[1] カメラレビュー クラシックカメラ専科 No.40

[2] 新型カメラの技術資料V「コーワSW」, 小沢(小澤)秀雄, 写真工業145号 1964年6月 

[3] 株式会社ニデック 50周年サイト:https://www.nidek.co.jp/50th

[4] こちらの「見よう見まねのブログ」でシリアル番号による調査結果が報告されています

[5] 写真工業 1964年8月号「コーワSWをテストする」

[6] クラシックカメラ専科  1992年12月25日 no.23 名レンズを探せ!!

[7] Kowa SW instruction manual

[8] 「KOWA SW技術資料 写真工業147号 1964年8月号

KOWA 28mm F3.2(KOWA SW用): 最短撮影距離 0.5m, フィルター径 49mm, SEIKO-SLVシャッター搭載, 絞り羽 5枚構成, 絞り F3.2-F16, 画角74°、コーティングはアンバー
 

レンズの入手と改造

レンズはKOWA SWに固定装着されていますので、まずは修理不能のジャンクカメラを探すことになります。カメラ自体は中古市場に数多く出回っています。ただし、レンズの状態のまともな故障品を探すとなると、簡単にはいきません。KOWA SWはクラシックカメラとしてかなり人気があり、動作品には中古市場で5万円~10万円程度もの値が付きます。一方で国内のネットオークションには動作保証のないジャンク品が流通しており取引額は2~3万円程度です。このあたりから故障したカメラを入手するのが狙い目でしょう。ただし、ジャンク品を入手する場合はコンディションによらず返品のできない「博打買い」になるので、失敗するとかなりの損失です。故障品を実店舗で見つけ、レンズコンディションを自分の目で確かめるのがもっとも合理的な買い方ではないでしょうか。入手難度の高いレンズです。

今回私が手に入れたレンズは2023年11月にメルカリに出品されていた故障したカメラからの摘出品です。カメラのファインダーにはカビ跡があり、シャッターも機能していませんでしてが、レンズのコンディションは思いのほか良く、拭き傷すらありません。絞りに面したレンズにクモリがありましたので、前・後群をユニットごと取り外しガラスを拭いてみたところ、完全に綺麗になりました。いろいろな部品を組み合わせて摘出したレンズをM52-M42ヘリコイド(10mm - 15.5mm)に換装し、カメラの側をソニーEマウントに変換しました。こうすることでソニーのフルサイズミラーレス機に加え、ニコンZマウント機でも使用できるようになります。なお、レンズはシャッターを内蔵したレンズシャッター方式なので、あらかじめシャッター羽をスタックさせておく必要があります。かなりテクニックを要する改造である上に、ガタを取るための特製ワッシャー(M48x50x0.1mm)を下の写真のように絞り冠と光学ユニットの接合部分に組み込む必要があります。ワッシャーはオーダーメイドで業者に工作してもらいました。専門の工房でなければ改造は難しいかもしれません。デジタルカメラでの写真がネットに皆無なのも、このためでしょう。

絞り冠の部分でレンズをヘリコイドにマウントしますが、そのままマウントすると光学ユニットのとの接続部にガタが出ます。内部の構造を調べた結果、絞り冠と光学ユニットの接合部分にワッシャーを組み込むことでガタを取り除くことができました。使用したワッシャーは内径48mm、外径50-52mm、厚み0.1mmのステンレス製です

 

撮影テスト

レンズにうるさい人を満足させるという強気の製品コンセプトを掲げ開発されたレンズですから、描写性能は間違いなく一級品です。広角クセノタールというレンズ構成も私には未知の領域でしたので、これは楽しみで仕方ありません。

レンズの開発に際し設計者らは3つの目標を掲げました[2,8]。1つ目は画像のコントラストの向上、2つ目は全画面一様でしかも高解像であること、3つ目は周辺光量を多くすることです[2,8]。1つ目の目標に対しては球面収差に加えコマ収差、色収差を十分な補正レベルにするとともに、低い空間周波数に対するレスポンスにも充分に配慮し、コントラストを標準レンズと同等以上にすることで達成しています。2つ目の目標は3つ目とトレードオフの関係になっています。すなわち、周辺光量を多くするために開口効率を大きくとると解像力が低下してしまいます[8]。このレンズではシャッターのレンズホルダー保持部に改良を施すことでケラレを防ぎ、開口効率60%以上を達成しているそうです。この数値は実用上光量不足を感じることのないレベルです。さらにクセノタール変形型が開口効率と解像力を高いレベルで両立できるレンズ構成であることを突き止め、周辺部の解像力が中心部の2/3以上を維持できるようにしています。技術資料を掲載した文献[8]では各種収差曲線が公開されており、歪みは中間画角で僅かに糸巻き型になったあと、隅で樽型に戻りますので、全体としてはよく補正されています。非点収差についても像面を平らに維持したまま大きく開くことはなく、良好な補正結果が得られています。たいへんまとまりの良い高性能なレンズであることがわかります。

レンズを現代のデジタルカメラに搭載し試写してみたところ、やはり優れた描写性能であることが確認できました。開放からスッキリとした描写でヌケがよく、フレアや滲みのないシャープな像で、そのぶんコントラストは高く、発色も濁りなどなく良好です。四隅まで像を緻密に描ききっており、全画面に渡り安定した画質が得られます。歪みが少ない点も素晴らしいと思います。周辺光量は当時のこのクラスのスーパーワイドレンズとしては群を抜く明るさで、もちろんレトロフォーカスレンズ(開口効率70〜90%)には一歩及びませんが、室内での撮影においても四隅の光量落ちが大きく目立つことはありませんでした。逆光では見た事のない変わったゴースト(レンズ構成図がそのまま写ったかのようなゴースト)が出ます。

モデル:姫宮らん

F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)






F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

F3.2(開放) Nikon Zf(BW)

F5.6   Nikon Zf(WB:日陰)

F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰) レンズ構成図がそのまま写ったようなゴーストです
F3.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)










2024/12/25

ZUNOW OPT. Tele ZUNOW Cine 38mm F1.9






試写記録:dマウントレンズの活路を開くリミッター外しとマウント変換

ZUNOW Opt., Tele ZUNOW Cine 38mm F1.9

都内某所にあるオールドレンズ店の店長にこんなレンズがあるのだけれどデジタルカメラで使えるように改造できないかと相談されたのが、今回ご紹介するズノー光学(ZUNOW OPT)の8mm映画用レンズTele ZUNOW Cine 38mm F1.9です。ズノー光学と言えばかつて存在した日本の光学メーカーで、1930年に設立された帝国光学研究所を前身としています。1954年に帝国光学工業、1956年にズノー光学工業に社名変更し、1961年に倒産しヤシカに買収され消滅しました。同社のレンズはコレクターズアイテムとなっており、ライカ判レンズには現在100万円もの値がつきます。今回ご紹介するレンズはYashuca-8という8mmシネマ用カメラの交換レンズとして1960年頃のズノー光学倒産期に市場供給されていたモデルです。使用できるカメラが限られていることから、現在は中古市場でかなり安い値段で取引されています。同じレンズがヤシノンブランドでも流通しており、ズノー光学がヤシカに吸収された後も、ブランド名を変更し市場供給が続いていた事がわかります。レンズの構成図は見つかりませんが、前群2枚・後群2枚の4群4枚構成です。この製品を手にしたのも何かの縁ですし、dマウントのままでは活躍の場も無いでしょう。活路を拓くにはリミッターを外しイメージサークルを拡大させるとともに、ライカマウントなど汎用性の高いマウント規格に変換するのが有効です。改造方法と試写記録を公開しておくことにしますので、どなたかのお役にたてれば幸いです。

ZUNOW, Tele Zunow Cine 38mm F1.9: 重量(実測)135g, フィルター 径30mm, 絞り F1.9-F22, 絞り羽 10毎構成, 最短撮影距離 3 feet(約0.9m),  8mmシネマムービー用(dマウント), 設計構成 4群4枚, 製造 1960年代初頭 
  

改造レシピ

私がおすすめするマウント改造方法は下の写真のように、レンズのマウント部分とヘリコイド部分を取り外し、光学ユニットの鏡胴にM33-M42変換アダプターリングを取り付け、そのままM42-M39ヘリコイド(10-15.5mm)に搭載、ライカスクリュー(L39)マウントレンズとして用いることです。マウント部分を取り外すには側面のイモネジを外せばよいだけです。マウント部を外すと、こんどはヘリコイドを固定している真鍮製のリングが見えますので、それも外します。ライカL39マウントに変換後は各社のミラーレス機で使用できます。イメージサークルに制限をかけていたマウント部分が取っ払われ(リミッター外し)、定格よりも広いイメージフォーマットをカバーできるようになりました。改造後はAPS-C機でもケラレません。

改造に要した部品は写真で提示した2点のみです。鏡胴に取り付けるM33-M42アダプターリングは内側のネジ山を棒ヤスリで削り平らにしておき。そのあとエポキシ接着剤で固定します。固定時は光軸ズレが生じないよう工夫してください
 

撮影テスト

今回はAPS-Cフォーマットの富士フィルムX-PRO1で撮影しました。はじめにお約束ですが、四隅の像は本来は写らない部分ですので、画像の乱れが顕著に出ます。中央は開放からシャープでコントラストも良好ですが、像面湾曲のためピントの合う部分が四隅にゆくほど被写体前方側に外れてゆきます。近接撮影やポートレート撮影ではあまり問題にはなりませんが遠景を撮ると四隅のピンボケが目立つようになります。また、遠方撮影時にはコマ収差によるフレアも出始めコントラストが低下します。ボケはまるで嵐のようで、ピント面の背後には強いグルグルボケ、前方には穏やかな放射ボケが出ます。光量落ちは全く問題ありません。イメージサークルにはまだ余裕があります。ただし、フルサイズセンサーを完全にカバーすることはできず、四隅でしっかりとケラれました。

F1.9(開放) X-PRO1(WB 曇天, FS S)
F1.9(開放) X-PRO1(WB 曇天, FS S)


F1.9(開放) X-PRO1(WB 曇天, FS S) 遠方撮影時にはコマ収差が出てくるみたいです。点光源のボケが尾を引き、開放では少しフレアっぽくなります