戦前に生産されたダルマイヤーを
現代のカメラにマウントする!!
世の中には戦前のレンズを愛し、改造して現代のカメラで用いる猛者が国内外を問わずウヨウヨといる。戦前のレンズはシャキッとは写らないものが多いし、発色は淡白になりやすい。ピントは来ているのか来ていないのか定かでない時があり、開放絞りで良く写るのは中央部だけ。彼らはいったい何を望んで、そこまで古いレンズに走るのだろうか。彼らのブログをチラッと覗き見る限りでは、内容は至って真面目。特に変態というわけでもなく自虐プレーを楽しんでいるわけでもない。猛者達に共通しているのは、コントラストやシャープネスといった現代のレンズが得意としている描写性能への執着を捨て、画質的に厳しいはずの古いレンズから特別な何かを得ているようなのである。もしかしたら、彼らは画質として破たんするギリギリの境界線上にオールドレンズ遊びの「究極」を追い求めているのではないだろうか。今回の一本は英国の老舗レンズメーカーDallmeyer(ダルマイヤー)社が戦前の1930年代に製造したテレポートレンズのDallon(ダロン) 152㎜ F5.6である。
Dallonの鏡胴は真鍮でできており耐久性が高くズシリとした重量感がある。ガラスにはコーティング(光の反射防止膜)がないため逆光撮影ではフレアが盛大に発生する。屋外での使用時はコントラストが低下気味になる
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Dallonの光学系は2群4枚で古典的なBis-Telar型(1905年)の望遠基本形である
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絞り値 F5.6-F32, 最短撮影距離 約2.5m, 重量(実測) 435g, 絞り羽数 14枚,フィルター径 21.5mm前後。レンズには真鍮素材の純正フードとキャップがついていた。レンズが生産されたのは、おそらく1930年代半ばから1939年頃にかけてであろう |
John Henry Dallmeyer(1830-1883)は1830年にドイツWestphaliaのLoxtenに地主の息子(次男)として生まれたドイツ系英国人である。幼いころから科学の才能に恵まれ、1951年に英国ロンドンに来ると、Andrew Rossが1830年に設立したレンズと望遠鏡の会社で職を得た。DallmeyerはRossから優秀な部下として一目置かれていたが同社における待遇に満足することができず、また英語が堪能ではなかったことや控えめな性格が原因で、同僚達からは「紳士」と呼ばれ揶揄されていた。結局、組織に馴染むことができずフランスとドイツに拠点を持つコーヒー輸入業者に転職してしまう。しかし、一年後にRossがDallmeyerを連れ戻すため説得、一般労働者ではなく技術顧問として再びRossの会社に迎え入れた。その後、Rossの深い信頼を得たDallmeyerは彼の次女ハンナ・ロスと結婚する。1859年にRossが死去すると、その遺産の1/3と望遠鏡工場を相続、1860年にDallmeyer社(英国ロンドンが拠点)を創設し写真レンズの製造に着手した。彼はレンズの研究と改良に熱心で、1862年に色消しトリプレット、1866年には広角レクチニリアとラピッド・レクチリニアを開発し、風景撮影用レンズと人物撮影用レンズの分野に大きな功績を残した。ロシア政府は彼にORDER of St STANISLAUS賞を、フランス政府はCHEVALIER of the LEGION of HONOUR 賞を与えている。晩年のDallmeyerは病気の療養に専念し、会社は次男のトーマス(Thomas Rudolphus Dallmeyer)が引き継いでいる。その後、1883年に療養のための船旅の途上、ニュージーランド沿岸の船上で死去している。
★入手の経緯
今回紹介するDallonは2010年9月にeBayを通じて英国ロンドンの個人から入手した。出品時の商品の解説は「M42マウントに改造されたDallmeyer Dallon。ドリーミーなボケが得られ。ビデオワークにも適している。ヘリコイドリングはスムーズ、絞り羽にオイル染みはなく、目視できるクモリやカビはない。クリーニングマークもない。レンズは現在、コレクターが所持しており、コレクターは資金調達のために手放そうとしている。」とある。戦前のレンズにそんなきれいな品が残っているはずはなく、この解説には初めから半信半疑であったが、出品者は返品に応じるサインをだしていたので入札してみることにした。商品は200ドルの値からスタートし、これに4人が入札した。締切日の前日に390ドル(3万円)で入札し放置したところ、次の日に353ドル(2.7万円)で落札されていた。Dallmeyerのレンズは希少性が高く流通量が少ないため、Dallonについても正確な相場は不明だが、状態の良いものには800ドルの値がつき売られている。人間でいえば75歳を超えるお爺さんであり、経年劣化のシミやしわが出ていてあたりまえ。ピチピチでプリプリの爺さんを期待するのは大間違いであろう。かなりの痛みがあることは覚悟していたが、2週間後に届いた品は驚いたことに実用レベルの品であった。もちろん、強い光を通してチェックすれば、いくらでも粗はある。前玉表面にスポット上の薄い汚れ(多分、過去にカビを除去したあとであろう)があり、経年によるヤケもでていた。クリーニングマークも少々、ホコリの混入も当然あった。しかし、バルサムが切れておらずクモリも出ていない。イメージクオリティを大きく損ねる末期的な劣化症状がなく、まだ現役のスーパー爺さんである。
こんなフードの留め金具にまで特許申請がおこなわれているとは・・・。権利の国・英国の気質が伝わってくる
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★実写テスト
私のような戦前レンズのビギナーには画質的に優位なテレポートレンズで正解だったのかもしれない。Dellonは設計に無理がなく口径比も開放絞りでF5.6と控えめであることから、周辺部まで安定した画質を維持し、戦前のレンズにしてはなかなかよく写る描写力を実現している。開放絞りでもピント部にはしっかりとした芯と解像力があり、戦前のDallmeyer製レンズによくみられる像の滲みやハロなどは全く出ない。階調表現が柔らかくコントラストが低いため、淡白で古めかしい発色になるなど、古いレンズらしい、ゆる~い特徴がしっかりと出る。ただし、赤や黄色の原色が入ると、その部分だけが急に鮮やかな色づきをみせ、ある種のメリハリを生む。カラーバランスはハイライト部でやや赤みを帯びる点が特徴で、全体としては温調。古いレンズならではの異質な雰囲気を漂わせる癒し系レンズといえるであろう。ただし、ガラス面にコーティング(反射防止膜)がないことから逆光撮影にはきわめて弱く、屋外では常にフレアを気にしながら撮影することになる。F5.6の口径比には不満を抱く人もいるかもしれないが、考えてみれば焦点距離は152mmもあるので、有効口径は50mmの標準レンズに換算した場合にF1.82となり、ボケを堪能するには充分だ。ボケ味は硬く、時々ザワザワと煩くなることがあるが、2線ボケやグルグルボケなどが目立つようなことはない。以下にフィルム撮影とデジタル撮影による無修正・無加工の作例を示す。
★フィルムによる撮影による作例★
F5.6(開放) 銀塩(Fuji S400) こちらは最短撮影距離での作例だ。ピントがキッチリ合えばこのとおりにキレのある撮影結果が得られる。 発色はやや赤みを帯びる傾向がある
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F5.6(開放) 銀塩(Kodak SG400) コントラストが低く古めかしい発色だ。現代のレンズではこの色味はだせない。肌の色がやや赤みがかっている |
F5.6(開放) 銀塩(Kodak SG400) ボケ味に不思議な魅力があり、形が崩れず、まるで絵画の世界だ |
F8 銀塩(Fuji S400) 目に優しい緩やかな階調変化になっている。とても良く写るレンズだ
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F5.6(開放) 銀塩(Fuji S400) フレアを生かした淡い作例を狙うには好都合なレンズといえるだろう
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F8 NEX-5 digital, AWB: デジタル撮影においても少し赤みがかった発色が得られている
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F8 NEX-5 digital, AWB こちらの作例でも黒潰れが回避されている。階調表現力の高い優れたレンズだ
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