おしらせ

2025/06/15

Imaging of lens configurations with an X-ray CT system


X線CT装置で

レンズの構成を解明する

X線CTとはX線が物体を透過しやすい性質を利用し、内部構造を画像化することのできる撮影技術です。一般には人体内部の撮影に用いられる医療機器として認知されていますが、用途はもっと広範囲に及び、産業用に特化した装置もあります[1]。非破壊で内部構造を可視化できるため、よく知られている用途としては、貴重な仏像の内部を撮影し「像内納入品」を調べたり、ピラミットから出てきたミイラの撮影に用いた事例があります[2]。X線は物質の密度や組成によって透過度が異なります。密度が高くまた原子番号が大きいほど、X線は透過しにくくなります。この特性を利用して、X線CT法では異なる物質で構成された物体の内部構造を可視化することができます。ガラスと金属でできた写真用レンズはX線CT装置を活かすことのできるよい事例です。今回はガラスの部分を可視化してみることにしました。使用したレンズは長らく構成が不明だったアリフレックス版プリモプラン3cm F1.9です。

プリモプランと言えば、スチル用に供給された4群5枚(いわゆるプリモプラン型)が最も一般的な構成ですが、Cマウント用に供給された4群4枚のエルノスター型もあります。自分の知っているプリモプランはどれも収差が強く、グルグルボケがきつめに出るなどハッキリとした特徴がみられます。これに対し、今回取り上げるアリフレックス用プリモプランは収差による画質の乱れが殆ど見られず素直で高性能、業務用(映画用)の用途に耐えうる高い性能基準を満たしており、どこか毛色の異なる印象をうけます。おそらくガウスタイプかエルノスタータイプあたりではないだろうかと考えられますが、結果は後ほど。

 
レンズ構成が知りたければ、分解して直接確かめればよいではないかという意見もあり、ごもっともです。しかし、今回取り上げるような古い業務用レンズの場合には事情がやや異なり、鏡胴にレンズを収める組立工程において、レンズエレメントを光軸の周りで回転させ、ベストな描写性能が出る位置にレンズエレメントが固定されています。レンズの不用意な分解は性能を低下させてしまうリスクがあるので、できれば分解は避けたいところです。X線CT装置を用いる事には意味があります。それでは撮影結果を何枚かお見せします。
 





はい。プリモプラン型(4群5枚)です。どうもお騒がせしました🙇。レンズ構成が判明しスッキリしましたので、今回の記事はここで終わりです。撮影結果から構成図を起こすと、下のようになります。
  


参考資料

[1] ZEISS:  X線CT装置の内部構造と機能解説 

[2] 「X線CTスキャン装置を用いた仏像調査」文化財のトビラ084, 文化庁

謝辞

tailさんらのご協力に感謝いたします。

2025/06/11

Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica L mount)


千代田光学の標準レンズ 1

愛称は「梅鉢」、花弁紋のデザインが映える白銀レンズ

Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica Screw mount)

いつ、誰の発案で広まったのか記録はありませんが、このレンズはピントリングの形状が日本古来からの伝統文様である「梅鉢紋」に似ていることから、「梅鉢」の愛称で呼ばれるようになりました。独特な外観のため平凡なスペックのわりに昔から人気があり、工業デザインの重要性を改めて実感させてくれる製品の一つです。レンズは1947年に登場したminolta-35(I型)と1953年に登場したminolta-35(II型前期)に搭載する標準レンズとして供給され、1954年4月に後継モデルのSuper Rokkor 50mm f2.8が登場したことで生産終了となっています[1]。この間に推定約46000本が製造されたという調査結果があります[2]。レンズは大きく分けて前期型と後期型には大別されるようで、外観の細かなところに仕様の変更が見られます。また、一説によると光学設計にも若干のマイナーチェンジが施されているようで、再設計されているとの報告が複数あります。肉眼で両レンズを見比べると確かに前玉の曲率に差があるようにも見えます。残念ながら文献などによる確かな記録は見つかりませんでしたが、後期モデルは描写面で何らかの改良が施されているものと思われます。レンズ構成は前期型・後期型とも下図のようなトリプレットからの発展型(3群5枚構成)で、前玉が珍しい3枚の張り合わせ構造になっています。同種のレンズ構成としては他に富岡光学がリコー社レンジファインダー機のRicoh 35 DeLuxeに搭載する固定式レンズとして供給した Ricomat 45mm F2.8があります。このレンズについては過去に本ブログで取り上げ紹介しましたが、シャープでコントラストが非常に高く、たいへん高性能なレンズでした。今回取り上げているSuper-Rokkorの方がコントラストは控え目でボケに癖があるなど、描写面での特徴はわかりやすいと思います。なお、レンズの焦点距離が50mmではなく中途半端な45mmとなっているのは、戦後間もない当時の日本製フィルムがライカ判より一回り小さい24x32mmのニホン判だったからとのことです[3]。

レンズを設計したのは千代田光学の設計室長であった斎藤利衛という人物です。文献[3]にSuper Rokkorに関する小倉敏布さんの興味深いエピソードがあり、「斎藤さんはたしか、設計しても設計してもろくなレンズができない。頑張れば頑張るほど変なレンズになってゆくと言っていたそうですが、何年かして、その原因が、非点収差の計算式の間違いだということに気がついた。そこで部下のところに行って、頭を下げて『申し訳ない。僕が式を書き間違えていた』といったそうです。そのせいか、非点収差が非常に大きい。」とのこと。事実なら設計ミスのまま世に出たレンズと言うことになりますが、それでもこのレンズが世間で一定の人気を得ていることには、とても驚かされます。レンズが真価を発揮するのは写真家の作風に調和するときです。高性能・高スペックのレンズが必ずしも支持されるわけではないという事を、このレンズは教えてくれるのです。

 

文献[3]に掲載されていた後期型の構成図をトレーススケッチしたもの


参考文献・資料

[1]  クラシックカメラ専科No.12:ミノルタカメラのすべて   (朝日ソノラマ)

[2] 見よう見まねのブログ:Minolta-35の調査(5)交換レンズ

[3]  郷愁のアンティークカメラ Ⅲ・レンズ編 朝日新聞社(1993)


入手の経緯

ネットオークションでの中古相場は大きな問題がなければ2万円台前半あたりです。私は2018年9月にヤフーオークションにて状態の良さそうな後期型の個体を18800円で落札しました。届いた個体は絞りリングがグリス抜けでスカスカの状態でしたが、それ以外には大きな問題はありませんでした。ピントリングが一般的な一眼レフカメラ用レンズと比べやや重いのは、距離計連動するレンズなので、まぁこんなものでしょう。

前期型は比較のため知人からお借りしました。こちらの個体には軽いバルサム切れがありましたので、撮影テストの結果は参考程度にお見せしています。後期型との顕著な性能差はありませんでしたので、コンディションによる大きな影響は出ていないように思われます。


上段・下段とも左が前期型で右が後期型: 前期型:フィルターねじ無し,, 絞り F2.8- F16, 絞り羽 9枚構成, 最短撮影距離 1m(3.3ft),  3群5枚 変形トリプレット,  ライカスクリュー(L39)マウント, 定格イメージサークル 24x32mm(ニホン判) ;  後期型:フィルター径 34mm, 重量(カタログ値) 164g,  絞り F2.8-F16, 絞り羽 9枚構成, 最短撮影距離  1m(3.3ft), 3群5枚 変形トリプレット型, ライカスクリュー(L39)マウント, 定格イメージサークル 24x32mm(ニホン判) 

撮影テスト

私がこのレンズに興味を持ち、取り上げようと思ったのは、設計者が非点収差の設計ミスを自白したという驚くべきエピソードと、レンズ自体には人気があるという一見相反するように思える2つの事象が、いったいどう折り合いをつけているのかを見極めたかったからです。非点収差の設計ミスによる影響が大きく出るならば四隅で像が甘くなり、グルグルボケが出る事が容易に想像できます[1]。しかし、写真を撮ってみると両モデルともグルグルボケこそ顕著には出るものの、案外としっかり写ります。開放から中央は非常にシャープでコントラストも良く、スッキリとし写りで発色にも癖はありません。ただし、四隅に向かうにつれフレアがまぁまぁ出はじめ、シャープネスやコントラストはそれなりという感じになります。中央と四隅の画質的な落差が大きなレンズです。歪みは皆無に近いという検査データが文献[3]で公開されていますが、実写でみると糸巻き型の歪みが若干見えます。口径食と光量落ちはまぁまぁ出ていますが、本来のイメージサークルがライカ判(フルサイズフォーマット)より小さかったことを考えると、このレンズの性能自体が劣るというわけではなさそうです。極端に寄ったり極端に風景ばかりを撮るのでなければ、通常のスナップ撮影の用途に際しては、特段気にするほどのことでもないようです。

後期モデル+ Nikon Zf

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F4 Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf(BW mode)

F4 Nikon Zf(WB:日光)




F2.8(開放)

F2.8





前期モデル+ Nikon ZF

今回入手した前期型の個体はコンディションが悪く、クモリはないものの、バルサム剥離が出ていました。撮影結果への影響は小さいと考えていますが、こちらの作例は参考程度とさせていただきます。

実写では後期モデルと同様に、非点収差に由来するグルグルボケが見られました。ただし、ピント部中央はシャープでヌケのよいスッキリとした写りです。設計変更が施されているということですので、前期モデルと後期モデルでは画質的に大きな差があることを予想していましたが、実写からは明確な差を感じることはできませんでした。機会があればもう少し状態の良い個体を手に入れ、再度比較をしてみたいと思います。

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF


F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF
F2.8(開放) Nikon ZF
F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

さて、このレンズの人気と設計ミスの事実がどう折り合いをつけていたのかという疑問には、まだ何一つ答えを見出していません。一つ言えるのは商品価値を左右する要素の中で、やはり工業デザインは非常に重要であるということです。梅鉢は美しいレンズですし、現代のブラックカラーを基調とするデジタルカメラに搭載しても、格好良くきまります。この点に関しては、自分の周りのレンズマニア達も口をそろえて同じ意見を述べ、梅鉢はいいぞと賛同してくれます。人間に当てはめてみますと、格好良ければそれ以外の部分に何かしら欠陥があっても、世間でもてはやされるという事に相当します。あなたはそれを許すことができますか?

2025/05/07

CRANK TOKYO CM

 CRANK TOKYO  :  Jaguar XK150 SE -1959

急遽、モデルとしてCrank TokyoのCMに出演しました😀

クラシックカーとオールドレンズの共演

2025/05/01

DDR PANCOLAR展 AUTUMN 2025 <予告>



この秋、都内某所の管理区域に立ち上がる

DDR パンコラー展

予告


出展予定者
中耶 莉佐
よねやまみゆき
橘ゆう
 間宮
 nao
藤白
ta1l
シカクイパンダ
えいてつ
 有賀弘樹
momo
Chii
 spiral
 
オールドレンズ写真家13名による
史上最大規模のPANCOLAR写真展


確かなのはここが沼底であるということ

2025/04/27

Leitz Canada SUMMICRON 90mm F2(2nd), LEICA SUMMICRON-M E55 90mm F2(3rd) and Leitz Canada Summicron-R 90mm F2

解像力優先からコントラスト優先の時代へ

設計理念の変遷を3本のズミクロンが駆け抜ける

Leitz Canada SUMMICRON 90mm F2(2nd); LEICA SUMMICRON-M E55 90mm F2(3rd); Leitz Canada SUMMICRON-R 90mm F2

カラー写真時代の幕開け

1970年はカラー写真がモノクロ写真に代わって写真の主役となる転換点の年でした。同年に大阪で開催された万国博覧会(大阪万博EXPO'70)では記録映画の制作にカラーフィルムが積極的に使用され、宣伝キャンペーンが展開されています。その効果もあって、この年を境にカラーフィルムがモノクロフィルムの販売数を超え、写真と言えばカラー写真をさすまでになります[1]。1972年には米国のイーストマン・コダック社がカラー・ネガフィルムの現像処理方式であるC-41プロセスを採用し、現像処理における世界標準として広まりました。日本の富士フィルムもこの方式と互換性のあるCN-16プロセスを採用、現像処理の統一規格が定まったことで全国各地にカラー写真の現像所が整備され、カラーフィルムの急速な普及を後押ししたのです。写真撮影の中でカラー写真の占める割合は1965年に10%前後でしたが、1970年には40%を超え、1970年代半ばには80%近くまで達しています[1]。この動向はモノクロ写真が中心であったそれまでの写真業界に地殻変動とも言える大きな変化をもたらしたのでした。カメラメーカー各社はカラー写真に最適化された製品を作るようになり、特に写真用レンズにおいては、この時期に設計理念を根本から見直す機運がうみだされます。こうした変化の煽りを最も強く食らったレンズの一つが、ライカのズミクロンでした。

設計理念の変化

モノクロ写真からカラー写真への移行で大きく変わった点として、まず挙げられるのは、フィルムの解像度です。モノクロフィルムはカラーフィルムよりも粒子が細かく、記録密度が高く、3倍程度の高い解像度を持ちます。カラーフィルムの急速な普及により写真用レンズの解像力に対する性能要件は大きく低下し、代わりに発色の良し悪しを決めるコントラストが重視されるようになります。レンズの描写設計で言うならば、多少の解像力は抑えてでもフレアの抑制が優先されるバランス型の描写が求められるようになったわけです。もう少し言い換えると、解像力を重視し球面収差を僅かに過剰補正とするそれまでのトレンドから脱却し、コントラストにも配慮した完全補正または弱補正不足が好まれ、かつ色収差にも配慮した収差設計にする方が時代にニーズにあったレンズになるというわけです。解像力を活かし切ることのできない時代が後から到来してしまったわけですから、さぁたいへん。このような動向の中で、かつて高解像レンズの象徴とまで言われ称賛されたズミクロンに対しても、設計理念の見直しが行われていったのです。

高解像レンズの絶対王者

ズミクロンといえば標準レンズが有名です。特に1959年にライカM2用として発売された初期型の固定鏡筒タイプは、モノクロ写真全盛時代に設計されていることもあり、解像力に偏重した特徴のある画質設計となっています。このレンズの解像力をアサヒカメラのニューフェース診断室検査したところ、測定器の限界である280本(LP/mm)を超え計測不能と診断されてしまいます[2]。この記録はニューフェース診断室34年間の最高レコードとなり、日本におけるズミクロンの存在を特別なものとしていますただし、カラー写真時代の幕開けとともに1969年に登場したズミクロン第2世代ではコントラストにも配慮したバランス型の描写設計となり、解像力も180本程度とここまで高いものは作られませんでした[2]。今回取り上げる望遠タイプのズミクロンにおいても、このような設計理念の変遷を見ることができます。


ズミクロンの中望遠モデル

ライカはある時期からズマール、ズミタールなどの名称を改め、口径比F2のレンズをズミクロンで統一しています。ズミクロン・ファミリーには標準レンズに加え広角モデルと中望遠モデルがあり、今回取り上げる焦点距離90mmの中望遠レンズも口径比はF2ですのでズミクロンです。

ズミクロン90mmが登場したのは標準レンズの初期型と同じ1953年でした。度重なるモデルチェンジを繰り返し、現在も第5世代のAPO SUMMICRON-M 90mm F2が市場供給され現役モデルとして活躍しています。各世代の主な特徴は上の表のとおりです。

第1世代と第2世代はいずれも5群6枚の拡張ガウスタイプで、おそらく同一設計です(上図)。このクラスの長焦点モデルにわざわざ望遠比の大きなガウスタイプを導入したのは、ポータビリティよりも画質を重視したためであると考えられています。望遠比と収差量は反比例の関係にありますので、鏡胴を短縮するためパワー配置を前群側に移動して望遠比を小さく抑えると、球面収差の膨らみが増し、解像力が犠牲になります。これは言い方を変えればポータビリティと解像力がトレードオフの関係にあるということです。第1・第2世代は大きく重いレンズですが、画質最優先で設計されたモデルだったわけです。また、この世代のモデルには「空気レンズ」を導入し球面収差の膨らみを抑える工夫が施されており、加えて非点収差もほぼ完璧に補正されています。その結果、解像力は写真の中心部で140本(LP/mm)と長焦点レンズにしては非常に高く、画面平均でも100本と均一性においても優れています[2]。当時のモノクロフィルムの解像度が90本(LP/mm)程度でしたので、これはフィルムの記録密度をほぼ全面にわたり活かす事のできる性能といえます。ただし、カラーフィルムの急速な普及が始まった1970年前後からはMTF曲線にも配慮したコントラスト重視の描写設計に方針転換されており、第3世代・第4世代では基本設計が望遠比の小さなエルノスタータイプ(4群5枚)に変更、前世代よりも鏡胴は格段に短くコンパクトなレンズとなっています。エルノスタータイプといえば線の太い力強い画作りに加え、スッキリとした抜けの良い描写、安定感のある綺麗なボケが特徴で、解像力よりもコントラストで押すタイプの典型です。ズミクロンにおいても第3・第4世代ではMTF曲線が全画面で80%以上を維持しており、明らかにコントラストを重視した設計となっています[2]解像線の本数は写真の中心部で112本(LP/mm)、画面平均で80本と、やはり第1・第2世代には及びませんが、エルノスター・ベースのレンズとしては、かなり優秀な水準をキープしています。まぁ、当時のカラーフィルムの解像度は30本程度と言われていますので、これでもカラー写真で用いるには過剰な性能であったわけです。画面全体の平均解像度をみてやると、第1・第2世代は100本でしたが、第3・第4世代では80本に落ちています。これをマニアにはおなじみのKatzの公式[4]に当てはめ試算しますと、カラーネガフィルムに記録される像の解像度としては24本が21本に落ちる程度で済んでおり、たいした問題ではなかったようです。

AIが描いたマンドラー博士

今回取り上げる3本のレンズはいずれもライツのマンドラー博士(Walter Mandler, 1922-2005年)による設計です。マンドラー博士はマックス・ベレークから直接指導を受けた最後の弟子と言われています。ライカ在籍時に45を超えるレンズを設計し、ライカM/Rマウント交換レンズシステムの構築に大きく貢献した名設計者として知られています。博士の設計したレンズのデザインは総じてどれもマンドラー・デサインなどと呼ばれることがあるようですが、博士自身はコンピューターを援用したガウスタイプレンズの設計法で学位論文を書いていますので、やはりマンドラーらしさを象徴するレンズは今回のレンズの中では第1世・第2世代であろうと思います。ちなみに、博士自身にお気に入りの1本はどれかと尋ねたインタビュー記事があり、ズミルックス75mm F1.4であると答えています[5]。性能とポータビリティのバランスが絶妙だからとのこと。

 

Leitz Canada SUMMICRON 90mm F2(2nd, M-mount) : フィルター径 49mm, 重量 685g, 最短撮影距離 1m, 絞り F2-F22, 絞り羽 12枚, 設計構成 5群6枚(拡張ガウスタイプ), ライカMマウント, 組み込みフード, 販売期間 1963-1980年

Leitz Canada SUMMICRON-R 90mm F2(3rd, R-mount for Leicaflex): フィルター径 55mm, 重量 560g, 最短撮影距離 0.7m, 絞り F2-F16, 絞り羽 8枚, 設計構成 4群5枚(拡張エルノスター), ライカRマウント, 組み込みフード, 販売期間 1970-2000年

Leica SUMMICRON-M 90mm F2 E55(4th, M-mount) : フィルター径 55mm, 重量 695g, 最短撮影距離 1m, 絞り羽 11枚, 設計構成 4群5枚(拡張エルノスター型)  販売期間 1980-1998年, ライカMマウント, フード組み込み

参考文献

[1]「アマチュアカラー写真市場の拡大」富士フィルム50年のあゆみ

[2] アサヒカメラ ニューフェース診断室『ライカの20世紀』朝日新聞社

[3] Serial Number data set, Puts Pocket Pod.pdf

[4]  郷愁のアンティークカメラ III・レンズ編 アサヒカメラ増刊号 朝日新聞社 1993

[5] Viewfinder Magazine, Vol. 38, No. 2

[6] Leica M-Lenses: Their soul and secrets  by Erwin Puts

 

入手の経緯

今回取り上げた3本のレンズは2024年11月から2025年3月にかけて、いずれも国内のネットオークションで入手した状態の良い個体です。オークションでの取引相場はMマウントの第2世代が7万円〜9万円、Rマウントの第3世代が7万円〜9万円、Mマウントのモデルが13万円〜15万円程度です。私自身は第2世代を81000円、第3世代を91000円、第4世代を140000円で手に入れました。ライカのレンズは比較的高価であることに加えブランド力が高いため、ネットオークションには転売屋による取り扱い品が多く出回っており、値段の割に検査が甘い傾向にあります。また、初期不良など出品側の原因による返品であっても出品手数料を例外なく落札側に負担させるケースが横行しており、地雷を踏むと手数料だけで1万円も取られてしまいます。オークションの記載はしっかり読んでおくことをお勧めします。また、レンズは流通量が豊富なので、急がないのであれば中古店を回って探すのも良い手です。

撮影テスト

スペックデータから言ってしまえば、解像力は中央部・四隅ともに第1・2世代の方が第3・4世代よりも良く、非点収差も驚異的に小さいのでグルグルボケは全く出ないと考えられます。逆にコントラストや発色は第3・4世代の方が優れています。事前情報では第1・第2世代の方に何らかのクセがあり、第3・第4世代の方が現代的で大人しい描写という意見が多くありました。ここはガウスタイプとエルノスタータイプの性格の差なのかなと漠然と思い信じ込んでいましたが、実際に使ってみますと、いずれのモデルも開放からスッキリとしたクリアな描写でヌケがよく、解像力・解像感ともに満足のゆくレベルで、クセらしいクセはありません。第2世代は発色が若干落ち着いておりオールドレンズらしさを残しているのに対して、第3・4世代の方がコッテリと色が乗りコントラストの良い現代レンズ的な描写です。ボケはどのモデルも充分に綺麗で距離によらず安定しています。ただし、口径食は明るい望遠レンズ相応に出ており、四隅で点光源からの玉ボケが扁平しています。歪みは第1・第2世代が樽型、第3・第4世代が糸巻き型で、どちらも非常に少ないレベルです。デジタルカメラで使用すると色収差(軸上)がある程度目立ちます。これは第2世代のみならず、第3・4世代でも同様です。

SUMMICRON-M(2nd)+Nikon Zf
 
SUMMICRON-M(2nd) F2(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)

SUMMICRON-M(2nd)  F2(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)
SUMMICRON-M(2nd)  F2(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)








SUMMICRON-M(2nd)  F2(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)
F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)

SUMMICRON-M(2nd)  F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)

SUMMICRON-M(2nd)  F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)

F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光)

F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光)

F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光)
SUMMICRON-M(4th)+ Nikon Zf
 
F5.6  SUMMICRON-M (4th)  F4  Nikon Zf(WB:日陰)

SUMMICRON-M (4th) F2(開放) Nikon Zf(WB:日光A)
SUMMICRON-M (4th) F2(開放) Nikon Zf(WB:日光A)



SUMMICRON-R(3rd) + Nikon Zf

 
SUMMICRON-R(3rd) F2(開放) Nikon Zf(日光A)

SUMMICRON-R(3rd)  Nikon Zf(日光A)

SUMMICRON-R(3rd) F2(開放) Nikon Zf(日光A)