おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
大変感謝しています。是非御覧ください。こちらです。

2015/09/05

Pentax smc PENTAX soft 85mm F2.2 (PK)









被写体の前方にバブルを生み出す
大口径ソフトフォーカスレンズ
PENTAX  smc Pentax Soft 85mm F2.2 
オールドレンズの分野ではちょっとしたブームになっているバブルボケであるが、これを被写体の背後ではなく前方に出す方法を考えはじめた。バブルボケとは収差を過剰(プラス)に補正したレンズに共通してみられるシャボン玉の泡沫のようなボケである。ちょうど大小さまざまなコンドームが折りたたまれた状態のまま、空間内を集団浮遊している状況を思い浮かべてもらえると理解しやすい。今回はこれを被写体の後方ではなく前方側に発生させたいのである。理論上は収差を逆方向にマイナス補正(補正不足に)したレンズを用いればよく、ソフトフォーカスレンズが最適である。また、ボケ量がある程度大きなレンズであることも重要である。あまり耳にしたことはないが、大口径ソフトフォーカスレンズを使えばよい。はたして、そんなレンズは実在するのであろうか・・・。探しはじめると間もなく見つかった。smc Pentax Softである。
このレンズはPENTAX(現RICOH IMAGING)が1986年から1990年にかけて4年間だけ生産した焦点距離85mmのポートレートレンズで、口径比はこのカテゴリーとしては異例のF2.2とたいへん明るいのが特徴である。構成は下図に示すような1群2枚の色消しダブレットで、望み通りに球面収差がマイナス側(補正不足側)に大きく倒れる設計である[文献1]。この種のマイナス補正型のレンズは被写体の背後でフレア(ハロ)を纏う柔らかい良質なボケが得られるため、ソフトフォーカスレンズには好んで用いられている。ただし、これとは反対に被写体の前方側のボケは硬く、ざわざわと煩いボケになったり2線ボケが出ることも想定できる。今回期待しているのは、まさにこういう性質なのである。さて、バブルボケは本当にでるのであろうか。確証のないままレンズの入手に踏み切ることになった。

参考文献
文献1: 「レンズ設計のすべて」辻定彦著
smc PENTAX SOFT 85mm F2.2の構成図トレーススケッチ(見取り図)。構成は1群2枚の色消しダブレットで左が被写体の側、右がカメラの側である
入手の経緯
本レンズは2014年12月にヤフオクを介して大黒屋・久里浜店から落札購入した。商品の解説は「使用に伴う汚れや傷があるが目立つ傷はない。レンズ内部にはわずかなチリがある。中古品の為、格安スタートにしている。ノンクレーム・ノンリターンでお願い」とのことで前後のキャップが付属していた。開始価格10000円でスタートし3人が入札、返品不可なのでリスクも考え13500円に設定したところ11500円+送料1000円で私のものとなった。届いたレンズは外観にこそ僅かな傷がみられたが、ガラスにはホコリやチリなど全くみられず、素晴らしい状態であった。
重量(公式) 235g, フィルター径 49mm, 絞り羽 6枚, 絞り F2.2-F5.6, 最短撮影距離 0.57m, 製造期間 1986-1990年, レンズ構成 1群2枚, マルチコーティング(smc), Pentax Kマウント
撮影テスト
結論から言えば被写体の前方にハッキリとしたバブルボケが出ることが確認できた。使い方次第ではかなり面白い写真になるだろう。
ソフトフォーカスレンズは収差を意図的に残存させ、コマやハロなど収差に由来する滲みやフレアを積極的に利用することで柔らかい描写を実現している。本レンズも含め収差の残存方法は球面収差をマイナス側(補正不足側)に倒すのが一般的で、この場合は背後のボケがフレアに包まれるとともに大きく柔らかい拡散になるなど美しいボケ味となる。反対に前ボケは像が硬くなりシャボン玉の泡沫のような美しいバブルボケが発生する。絞れば徐々にフレアは収まりヌケもよくなる。最も深く絞ったF5.6では中心解像力も悪くない水準に達している。
少し絞っている, Sony A7(AWB): いきなり出ましたバブルボケ。背後のボケは前方のボケよりも柔らかく拡散している
F2.8近辺まで僅かに絞っている, Sony A7(AWB): 圧縮効果を利用すれば、このとおり大小不揃いのバブルボケも出せる



F2.2(開放), Sony A7(AWB): クラゲちゃん大集合!。コマ収差も大量に発生しており四隅でボケ玉がクラゲ状に変形している様子がわかる

F2.2(開放), Sony A7(AWB):楽しい!このレンズは遊べる
F4.5, Sony A7(AWB):深く絞めば中央には解像力がありヌケも良い







F2.2(開放),Sony A7(AWB): 絞りを全開にしフレアを最大にすると、こうなる





F3.5, Sony A7(AWB, ISO5000): フレアは多ければいいというものではない・・・みたい

2015/09/04

Nikon AI Nikkor 85mm F1.4S (Nikon F)





ゾナーとガウスの混血児
Nikon AI Nikkor 85mm F1.4S
AI Nikkor 85mm F1.4Sは前群にゾナー、後群にガウスの構成を配したハイブリット(折衷)タイプのレンズである。この種のレンズ構成として早期のものには1938年に特許が出願された東京光学の富田良次(Ryoji Tomita)氏設計によるSimlar(シムラー) 5cm F1.5(製品化は1950年)や、1942年に特許が出願されたDallmeyer(ダルマイヤー)社Bertram Langton (B.ラントン)氏の設計によるSeptac(ゼプタック) 50mm F1.5などがある[文献1,2]。また、1952年に登場したCanonのSerenar(セレナー) 85mm F1.5も同じタイプのレンズ構成である。レンズ設計者達の中には大らかで穏やかな描写傾向のゾナーと神経質なガウスを配合することで、両者の長所を受け継ぐ混血レンズを生み出そうという考えがあったのかもしれない。一方、富田良次氏が1938年に出願した特許資料[文献1]には非点収差と像面湾曲を良好に補正できるレンズとの記載がみられることから、折衷というアプローチではなくガウスタイプからの発展形態としていた意図が感じ取れる。ガウスタイプの第2群をダブレット(2枚玉)からトリプレット(3枚玉)に変更し、真ん中に挟まれている凸レンズを低屈折率硝材にすることでガウスタイプに対しペッツバール和の改善をはかったという考え方である。結果的には折衷案と同じになったわけだ。
ゾナーと言えば一般に解像力は控えめで線は太いが、ボケが穏やかで美しく、コマフレアが少ないためシャープでヌケの良い描写が特徴であり、対するガウスは高解像で線は細く色収差も少ないが、コマフレアがやや多く、ボケがやや不安定であるなどゾナーとは概ね正反対の特徴を持つ。レンズの配合が成功した事例としてはプロターとウナーからつくられたTessar、ガウスとトポゴンからつくられたXenotar /Biometar、ガウスとプラズマートからつくられたMiniature Plasmatなどがある。しかし、多くの場合には掛け合わせる両親の性質が混ざり合ってしまい、メンデルの優性の法則のように両親の形質と同等のものが受け継がれるわけではない。長所も短所も中庸化してしまうのが一般的で、都合よく長所のみが高水準で発現する可能性は遺伝子に情報を蓄える生物に比べると圧倒的に低いのである。しかし、それでもF1.5程度の明るさを実現できるレンズ構成が当時まだ数種類しかなく、ゾナーとガウスの配合にはそれなりの意味があったのであろう。
さて、本レンズにはゾナーの形質とガウスの形質がそれぞれどの様にあらわれるのであろうか。

SonnarタイプとGaussタイプの配合で生まれたハイブリットレンズたち。Nikonのみ文献3からトレーススケッチした見取り図で、他は特許資料からのトレーススケッチである

AI Nikkor 85mm F1.4Sは1981年に登場したNikonの一眼レフカメラ用レンズとしては初となるF1.4クラスの中望遠レンズである。フォーカッシングの際に光学系内部のいくつかのレンズ群をそれぞれ異なる繰出し量で動かす近距離補正(フローティング)方式を搭載しており、近接撮影から無限遠まで距離によらず良好な画質を得ることができるというのが特徴である。設計は下図に示すような5群7枚構成のSimlar/Septacタイプからの発展形態で、前群が空気層入りのゾナータイプ、後群がガウスタイプとなっている。前群の空気層には球面収差の膨らみ(輪帯部)を抑え解像力を高める効果があり、後ボケを柔らかくさせる二次的な作用もある。1995年には後継のオートフォーカスレンズAI AF Nikkor 85mm F1.4Dが登場するが、その後も生産は継き、2005年12月の生産終了まで24年間で合計約70000本が世に送り出された[参考1]。2010年には後継の新型レンズAF-S Nikkor 85mm F1.4Gが登場している。

★参考文献
文献1 Ryoji Tomita, JP Pat. no. S15-3014, 特許出願公告第3014号(Appl. date 1938)
文献2 Bertram Langton, Patent GB 553,844(Appl. date 1942)
文献3 「こだわりのレンズ選び part 2」 写真工業出版社 2006年
参考1 KenRockwell.com; Nikon 85mm F1.4
参考2 Nikon仕様表(公式)こちら
参考3  CANON CAMERA MUSEUM; Serenar 85mm F1.5 I
AI Nikkor 85mm F1.4Sの光学系: 構成は5群7枚のSimlar/Septacyタイプである。左側が前群(被写体側)で右側が後群(カメラ側)。文献3に掲載されていた構成図をトレーススケッチした


入手の経緯
レンズは2014年12月にレモン社銀座店の店頭で54000円(税込)にて購入した。商品のコンディションは同店の評価基準でAB+(極小の擦り傷があるが、目立ったキズのない美品)とのことで、純正フードとリア・キャップがついてきた。購入時は同店に同じモデルの在庫が3本あり、それぞれにA、AB+、AB+の評価がついていたので、一本一本ガラスを入念にチェックし光学系が最もクリーンな個体を選択した。私の選んだレンズにはホコリや汚れがあったが、これらは絞りの側の表面であったため、前群をユニットごと取り外せば光学系をバラさなくても美化できると判断、自宅に持ち帰り早速取りかかったところ読みは当たり、軽い清掃だけでレンズは素晴らしい状態になった。オークションでの中古相場は55000~60000円程度である。
重量(公式)620g , 絞り羽 9枚, フィルター径 72mm, 最大径x長さ 80.5x64.5mm, 最短撮影距離 0.85m, 5群7枚, 1981年9月発売(発表は1980年), 2005年12月生産終了, Nikon Fマウント,  絞り F1.4-F16, マルチコーティング(前玉と後玉でコーティングの種類が異なるようである), 近距離補正方式, 小売価格¥90,000(発売時)/¥107,000(販売終了時), 純正フード Nikon HN-20
撮影テスト
ボケの安定感やコマの少なさはゾナーの形質を見事に受け継いでおり、開放でもグルグルボケや放射ボケは殆ど検出できず、滲みやフレアも全く目立たない。穏やかで柔らかいボケ味となっている。ピント部は四隅まで充分に解像力があり、コントラストも良好で、スッキリとヌケのよい写りである。発色はノーマルで、絞りの開閉に対しても安定している。コーティングの性能が良いためか、よほど条件が悪くない限りゴーストやハレーション(グレア)とは無縁である。コマ収差は良好に補正されており、F1.4の開放では周辺部の点光源が僅かに尾を引く程度である。ちなみにF2まで絞れば拡大してもコマは全く検出できない[参考1]。歪みは全く目立たず、周辺光量落ちも開放においてさえあまり目立たない。階調描写は開放で適度に軟らかくトーンはなだらかで、少し絞るとシャープになり、更に深く絞るとカリカリな硬い描写へと変化する。デジタルカメラでの撮影時には開放でカラーフリンジが目立つ事があり、高輝度部に隣り合う低輝度部が色づいてみえる。これはフィルム時代のレンズにはよくあることで、レンズの収差設計がフィルムの感光特性に準拠していることに由来する。絞り込むとカラーフリンジは消滅するので、軸上色収差に起因するものであろう。もちろんフィルムでの撮影時には全く目立つものではない。最も驚いたのは、このレンズがゾナーとガウスの長所をかなり高水準で両立させている点である。そんな都合のよいことが本来は起こるわけがない。おそらく、本レンズに搭載された近距離補正(フローティング)方式と空気レンズの効果であるに違いない。いずれ機会があれば、これらを持たないSimlar 5cm F1.5(Topcor 50mm F1.5)やSerenar 85mm F1.5の描写を見てみたいと思う。
カラーフリンジの事を除けば、これといって取り上げるほどの弱点はなく、開放から完全に実用的な画質である。Nikkorにはよく写る(写りすぎる)モデルが多くオールドレンズ的な嗜好にはそぐわないため、本ブログではこれまであまり取り上げてこなかった。今回のレンズもやはり非の打ち所のない優秀なレンズである。あーあ。 
デジタル撮影
Camera: Nikon D3
Hood: Nikon HN-20 (純正)
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 「開放でここまで写るかニッコール」。写り過ぎるというのも困ったものだ。ピント部は解像力充分である
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 近接域でも滲みなどなくキッチリと写る
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 開放でも充分にシャープだ

F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 背後のボケは適度に柔らかく滑らかで安定感もある。階調も軟らかくなだらかだ
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): コントラストは高く発色も良い
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): コマもよく抑えられており、ピント部は四隅でも高描写である。とてもヌケのよいクリアな写りだ。オールの辺りで少しカラーフリンジを拾っている





F1.4(開放), Nikon D3(AWB): グルグルボケの出そうな状況だが全く問題ない。パドルのあたりにやはりカラーフリンジがみられる。パドルが好きなのか?



 
ここまで全てF1.4の開放絞りによる撮影結果だが、ややカラーフリンジが見られる以外は非の打ちどころのない素晴らしい描写性能だ。続いて絞って撮影した結果である。
 
F2.8, Nikon D3(AWB): 絞れば消えるのでカラーフリンジは軸上色収差に由来するようだ




F2.8, Nikon D3(AWB):
F2.8, Nikon D3(AWB):
F4 , Nikon D3(AWB):
F2.8, Nikon D3(AWB):
F5.6, Nikon D3(AWB): ここまで絞るとデジタルカメラとの組み合わせではカリカリ過ぎる階調描写で、シャドー部がストンと鋭く落ちてしまい硬い印象を与える。ニコンらしいと言えばニコンらしいが










銀塩撮影
Camera Nikon FM2
Hood: Nikon HN-20 (純正)

F2.8, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 厳しい逆光もなんのその。ゴーストも全く出ない

F4, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 少し青みがのるのはフィルムの特性である
F1.4(開放), 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ)カラーフリンジはフィルム撮影の場合には、ほとんど目立たない
F2, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 綿毛のようなボケ味だ。木にのっている方は本物の綿毛





2015/08/17

写真展のご案内
写真仲間の「ぽんちゃん」が開く個展「733℃」をご案内いたします。日時は2015年8月31日(月)-9月12日(土)13:00-22:00(日曜は定休)で、場所は代々木のcafe nook(こちら)です。私がM42マウントに改造しBlogで記事にした放射温度計レンズSpiral-733による写真作品が展示されます。

2015/08/10

Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 ( P6 /M42/Exakta)




こんなに凄いレンズが目の前に現れ自分めがけて突進してきたとしたら、避けずに正面から受け止めてしまいそうだ

駆け足プチレポート 4 
Zeiss Jenaのデラックス・ゾナー! 
Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 (Pentacon 6/M42/Exakta)
胴回りの長さはちょうどメガホンと同じくらいであろうか。旧東ドイツのVEB Carl Zeiss社が生産したプロフェッショナル向け望遠レンズのSonnar (ゾナー)180mm F2.8である。重量はレンズだけでも1.37kgありカメラに搭載し手持ちで撮影していると3分で腕が痛くなるが、本来の母機であるペンタコン・シックスに搭載した場合の画角とボケ量は35mm版換算で100mm F1.5相当という無敵のハイスペックを誇る。このレンズに心酔している愛好者は多く、シャープでヌケの良いピント部と安定感のある大きなボケを実現した非の打ち所のない写りが特徴である。先代は1936年に登場した有名なコンタックス用ゾナー 18cm F2.8(通称オリンピア・ゾナー)で、ナチス・ドイツがベルリンオリンピック開催にむけドイツの威信を諸外国に示すため造らせたレンズとして知られている[文献1]。世界最高の光学技術を駆使し、コストやポータビリティを度外視して生み出されたオリンピア・ゾナーは圧倒的な描写性能で当時の人々の常識を覆えし、驚きと感動を与えた歴史的名玉として今も広く認知されている。
Sonnar 180mm F2.8の構成図。VEB Carl Zeiss Jena社のレンズカタログJENA-S 2,8/180mm に掲載されていた構成図のトレーススケッチである[文献2]。レンズ構成はエルノスターから派生した3群5枚のテレゾナー型である。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがあるためである。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げることは困難になる。テレ・ゾナーは望遠系に適した設計なのである。ならば、後群を正エレメントにしたことでテレフォト性が消滅してしまうのではと心配される方もいるかもしれない。実は前群が強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体として十分なテレフォト性が得られるのである[文献3]
レンズ構成はZeissのL. Bertele(ルードビッヒ・ベルテレ)がエルノスターの発展形態として導き1929年に発表した3群5枚のゾナー[文献4]、およびこれをベルテレ自身が望遠仕様に再設計したオリンピア・ゾナー(1936年発売)を祖としている。戦後に旧東ドイツのVEB Carl Zeiss JenaのEberhard Dietzschがオリンピア・ゾナーの後継製品として35mm判カメラと中判カメラの双方に対応できるよう再設計したものである[文献1,4]。Eberhard DietzschはFlektogon 20mm F4や20mm F2.8の設計者でもある。少なくとも3種類のマウント(Exakta、M42、Pentacon Six)に対応していた。レンズは1956年から1990年初頭まで34年もの間生産され、大きく分けると4つのモデルが市場に出回っている。初代は1956年に登場し1963年まで製造されたアルミ鏡胴モデルで、ローレット部にレザーの装飾が施されているのが特徴である。続く2代目は1961年から1963年まで生産され鏡胴がブラック・アルマイト仕様に変更されたモデルで、プラスティック製フォーカスリングの周りにアーモンド形状の突起がデザインされているのが特徴である。このモデルはどういう由来か「スター・ウォーズ・エディション」と呼ばれている[文献5]。3代目は今回のブログで取り上げているゼブラ柄のモデルで、1963年に登場し1967年まで製造された。最後の4代目は1967年から1990年初頭まで製造された黒鏡胴のモデルである。このモデルには製造時期に応じて2つのバージョンが存在し、1978年を境にこれより前がシングルコーティング仕様の前期バージョン、これより後の製品は名板にMCのロゴのあるマルチコーティング仕様の後期バージョンとなっている。巨漢と引き換えに得た明るい開放描写なのだから、見かけ倒しであるはずはない。なんだか驚異的に写りそうな予感のするレンズである。
TripletからErnostarを経由し、Sonnarに発展する系譜。Sonnarは後群のレンズ枚数に応じ3種に大別される。下段・左から望遠レンズに特化した後群1枚構成のタイプ (Tele-Sonnar型とも呼ばれる)で、標準画角から中望遠まで対応できる後群2枚構成のタイプ、おなじく標準画角から中望遠まで対応でき球面収差の補正効果を向上させた後群3枚構成のタイプである。テレ・ゾナーは後群を1枚に省略し張り合わせを消滅させているので、後群2枚型とは、ちょうどテッサーに対するトリプレットのような関係に相当する。つまり球面収差のコントロールが容易なので中心解像力は2枚型よりも更に高い










Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8: 重量(実測) 1.37kg, フィルター径 86mm, 絞り値 F2.8-F32, 最短撮影距離 1.7m, 絞り羽 6枚, 構成 3群5枚, シングルコーティング, 対応マウント Pentacon six(本品)/ Exakta / M42 (ExaktaとM42はZeissの純正アダプターをP6マウントレンズに被せ対応),  鏡胴に三脚用の回転式台座が付属。本品は西側諸国への輸出用に造られた製品個体のためフィルター枠の名板にはCarl zeiss jenaの代わりにaus jenaの商標が用いられており、レン名も"S"となっている

入手の経緯
数年前に地元横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプター専門店のmuk select[脚注]でショッピングをした際、店主から「これ、使ってみる?」と誘われお借りしたのが今回のレンズである。ここまで巨大なレンズともなると自分では絶対に購入しないので良い機会をいただいた。ただ、よく写りすぎるレンズのためかBlog記事にするにはイマイチ論点が掴めず時間だけが過ぎてしまった。かなり使い込まれた製品個体であったがガラスの状態は悪くはない。eBayでの中古相場は250ドルから300ドル程度であろう。

文献1 Marco Cavina's Page;"ZEISS TIPO SONNAR ED IL GENIALE FILO CONDUTTORE CHE COLLEGA TUTTE LE VERSIONI DEL CAPOLAVORO DI LUDWIG BERTELE"
文献2 Lens Catalog "JENA-S 2,8/180mm", VEB Carl Zeiss Jena, 1961
文献3 「レンズ設計のすべて」 辻定彦著
文献4 L. Bertele, Patent DE530843 (1931)
文献5   Photography Obsession
 
撮影テスト
ゾナーシリーズは一般に中心解像力が控えめでシャープネスやコントラストなど階調性能で勝負するレンズが多いが、このレンズに関してはゾナーのわりに解像力は良好なレベルである。もちろんコントラストはたいへん良く、発色は鮮やかで力強い。カラーバランスは概ねノーマルで、開放で遠景を撮る際に希に黄色に転ぶ癖がみられたくらいである。この癖は同時代のツァイス・イエナ製レンズに多く見られるものである。ピント部は開放からきっちりと写り線が太く、ハロやコマなどのフレアは全く見られずにスッキリとヌケの良い描写である。ただし、遠景を撮影すると解像力がやや落ちるとともに前ボケがモヤモヤとフレアにつつまれる傾向がみられた。これは恐らくレンズが遠景用ではなく中距離で最高の画質が実現されるように最適化されており、遠方時は球面収差がオーバーコレクションに転ぶためであろう。少し絞るだけで解像力は急激に回復し、遠方でも緻密な描写が得られる。ボケは乱れることなく四隅まで安定しておりグルグルボケや放射ボケはみられない。前後のボケはポートレート域でも近接域でも滑らかで美しいが、遠方撮影時は背後のボケ味が少し硬くなり反対に前ボケはフレアに包まれモヤモヤすることがある。さすがにプロフェッショナル用レンズというだけのことはあり写りはまさしく一級品、たいした弱点が見当たらない。クラシック・ゾナーの系統の中ではContarex用Sonnar 85mm F2と並び、画質的にもっとも高水準なレンズではないだろうか。

撮影機材
Nikon D3(AWB), 純正フード使用, P6-Nikon Fマウントアダプター
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 開放にも関わらずいきなりの高描写。ノックアウトされそうになった。解像力もゾナー系統にしては悪くないレベルだ



F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 「忍び足・・・」 コントラストは高く、スッキリとヌケの良い写りで発色も鮮やか





F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 基本的には線が太くシャープな描写だ
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): ボケは四隅まで安定しており、グルグルボケや放射ボケはみられない。このレンズ構成の場合、2線ボケが出るとしたら遠方撮影時と言われているが(参考:「レンズ設計のすべて」辻定彦著)、通常の撮影で2線ボケが目立つことはまずない

F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 景色を開放で狙うのは定石ではないが、ここはあえてレンズの大きなボケ量とピント部のキレを信じて開放にしてみたところ、これは凄いと驚いた。この距離からでもピント部前方がよくボケており、超大口径レンズの底力を感じる1枚である。収差の補正基準点が無限遠方ではなく中距離のポートレート域に設定されているようで、遠方撮影時には、かえって解像力が落ちているようだ。また、遠方撮影時は球面収差が過剰補正のようで、開放で遠方を撮影すると前ボケにモヤモヤとしたフレア(ハロ)が発生する。その際、発色はやや黄色に転ぶが、コントラストは依然として良い。絞れば解像力は急激に改善しハロも収まる

F11, Nikon D3(AWB): ご覧のとおりに絞ると発色はノーマルである。このくらいの距離だと解像力・コントラストはともに良好でシャープな描写である。さすがにプロ用のレンズというだけのことはある
 
脚注
muk(エム・ユー・ケー) カメラサービス
http://blog.monouri.net
横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプターや撮影機材を専門とするお店です。横浜にお立ち寄りの際は、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。私の自宅からは車で10分のところにあります。

2015/07/31

Rodenstock Heligon 80mm F2.8 (Graflex XL)


知人からGraflex用のRodenstock Heligon(ローデンストック・ヘリゴン) 80mm F2.8を半日だけお借りし試写させてもらうことができたので軽く取り上げることにした。このレンズは2012年にeBayを介して写真機材専門業者から290ドルで入手したとのことだ。

 駆け足プチレポート 3 G.Rodenstock Heligon 80mm F2.8 (Graflex XL)
米国Graflex社が1965年から1973年にかけて生産した中判カメラのGraflex XLにはPlanarとHeligonの2本の交換レンズが用意された。勘の良い方は「オヤッ?」と思う事であろう。定番のXenotarではなくHeligonだからである。Xenotarと言えば質感を細密に写しとるシャープな描写で人気を博しRolleiflexやLinhofなどに供給され、Planarと双璧をなした名レンズである。ところが、Graflex XLではHeligonが選ばれた。理由を探るためGraflex XLの1967年のカタログを当たると「有名なZeiss Planarか新製品のRodenstock Heligonが選択可能だ。1本選ぶなら先ずは求めやすい価格で驚くほど高い性能を備えたHeligonをおすすめする」と当時の新型レンズHeligonを大きくとりあげ絶賛している。かつてプレスカメラ界の雄とまで言われたGraflex社が競合他社を相手に巻き返しをはかるには、独自色を強く打ち出しRolleiflaxやLinhof、Hasselbladに流れたユーザー達を呼び戻さなければならなかった。Rodenstockを採用したのは新型レンズの導入にその命運をかけたからではないだろうか。何だかとても良く写りそうな気配が漂うレンズである。
重量(実測)200g, F2.8-F32, 構成 6枚(Graflex xl catalog in 1967参照), 最短撮影距離 2.5ft (75cm), 推奨イメージフォーマット 中判6x7cm, フィルター径 40.5mm, 絞り羽 5枚構成, シャッター XL Compur (B,1-1/500s), レンズ名はギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせたのが由来とされている


撮影テスト
開放から破綻なくキッチリと写り、滲みやフレアはほぼみられない。コントラストが高くシャープでヌケの良いレンズである。シャープネスとコントラストはグラフレックス版Planarよりも高い印象をうける。発色は鮮やかで力強くカラーバランスも悪くないが、グリーンのハイライト域に粘りがなく黄色に転びやすい性質は以前取り上げたHeligon 50mm F1.9にもみられる共通の傾向である。解像力は良好であるが、背後のボケは開放でやや硬くザワザワと煩くなることがある。これは解像力を追求したことによる反動であろう。背後のボケがブワーッと力強く拡散し、前ボケが柔らかくとろけるようにみえるあたりは、いかにも大口径のダブルガウス型レンズにみられるボケ味であるが、この性質が中判用レンズでも観られたのはある意味で斬新であった。レンズ構成についてはGraflex XLの1967年のカタログに6枚という記載があるので恐らくダブルガウスであろう。今回は時間の関係により35mmフォーマットのみでの撮影だったので、周辺部の画質やグルグルボケについては評価できない。
F8 Nikon D3 digital,AWB: ブワ~ッと勢いよく拡散する背後のボケと、とろけるような前ボケ。ダブルガウス型レンズがなつかしい。発色は鮮やかで力強い
F4  Nikon D3 digital,AWB: スッキリとヌケが良くコントラストも良好である
F2.8(開放) Nikon D3(AWB): 開放では背後のボケがやや硬くザワザワと騒がしくなるが、ピント部はシャープで高解像だ
F2.8(開放) Nikon D3:解像力が十分にあり、開放でもキッチリと写るレンズであることがわかる