二兎追うものは一兎をも得ず
潔く四隅を捨て中央を活かしたクセノゴン
Schneider-Kreuznach XENOGON (Robot Royal 36) 35mm F2.8
画質のことについて誰も口にしないレンズが、このロボット版クセノゴン(Xenogon)である。レンズについて取り上げた記事は文献や国内外のウェブサイトでチラホラ目にするが、写真作例もなければ描写に対する解説もみあたらない。これはもう自分の目で確かめるしかないと使ってみたところ、その理由は概ね分かった。写真の中央は目を疑いたくなるほど高画質だが、ある画角を境に画質が急変し、周辺にむかって転がり落ちている。一枚の写真の中での画質的なギャップ(不均一性)が大きく、杓子定規で評価することができないのである。もう少しバランスをとるという選択もあったに違いないが、シュナイダー社の製品規格をクリアすることができなかったのであろう。四隅と中央をバランスさせた中庸なレンズを目指すことが唯一の正解ではない。四隅を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるということなのだ。
さて、今回取り上げるクセノゴンのはドイツのシュナイダー社(現Schneider Optics)が一眼レフカメラのロボット・ロイヤル36 (Robot Royal 36, 1955-1976年)に搭載する広角レンズとして1955年から1960年代前半まで供給した製品である。時代的にはコマ収差の補正に苦悩しながらも、これから発展期を迎えようとしていたレトロフォーカスタイプの第一世代に属している。クセノゴンには本品よりも前の1950年代初頭に作られたライカ版クセノゴン35mmf2.8もあるが、こちらの設計構成は本品とは異なるガウスタイプ(4群6枚)で、個体数もずいぶんと多い。
レンズの設計は公開されていないものの、光の反射面からは明らかに5群7枚構成であることがわかる。鏡胴は真鍮製クロームメッキ仕上げで造りがよく、大きさの割に重量があるので、手に取るとズシリとした感触が伝わってくるが、そうした武骨さを感じさせないカラフルな配色は、いかにもロボット用レンズらしい洒落たデザインで、手にする者を魅了してやまない。レンズの製造個体数は100本と極端に少ないため、コレクターズアイテムとなっている[参考文献:Großes Fabrikationsbuch, Schneider-Kreuznach band I-II, Hartmut Thiele 2008]。
Schneider-Kreuznach Xenogon 35mm F2.8(Robot Royal 36): 重量(実測)292g,フィルター径 58mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽枚数 8枚, 最短撮影距離2.5ft(76cm), Robot Royal 36マウント(取り付け部はM30ネジ,フランジバックは31mm), 設計構成 5群7枚レトロフォーカス型 |
★ソニーEマウントで使用するアダプター
クセノゴンはフルサイズセンサーをカバーできるレンズである。フランジバックは31mmなので、デジカメで用いるにはアダプターを介してLeicaまたはSONY Eマウントのフルサイズ機で使用するのがベストマッチであろう。Robot Royal 36のM30スクリューマウントをSONY Eマウントに変換するアダプターとしては日本の三晃精機が唯一の市販品を供給していたが、残念なことにここ最近になって受注を休止しており、アダプターを手に入れるルートがない。これには困る人も多いと思うので、本記事では市販で手に入る部品を使ったアダプターの自作方法を公開しておく。必要な部品は以下の通り。
- Robot Lens(M30) to M42 step up ring adapter 16ドル(eBay)
- High-Quality M42 Helicoid(12-17mm) 38ドル(eBay)
- M42-sony E(NEX) mount Slim adapter(1mm厚)1.5ドル(eBay)
これらを組み合わせると最短13mm丈のヘリコイドアダプターになり、SONY Eマウント(フランジバック18mm)のカメラに装着するとRobot Royal 36マウントのフランジバック31mmにピタリとハマる。1mmも余裕がないのが不安点なので、使用したM42ヘリコイドはこのクラスでは少し値の張るものを採用してある。安物(25ドル位からある)を選ぶと精度が曖昧なため、無限遠のピントを拾えない可能性がでてくるためだ。ダブルヘリコイドを同時に繰り出す時の最短撮影距離は約20cmと短く、近接での草花の撮影にも難なく対応できる。
★入手の経緯
今回のクセノゴンは知人からお借りしたと言ったらよいのか、実のところは使ってくれと一方的に手渡されたレンズだ。はじめアダプターをどうしたらよいのかと相談され、前述のようなヘリコイドアダプターのアイデアを提案したところ、気づいたらレンズが手元にあり、ブログで書いてもよいぞと・・・。まぁそんな調子で我が家に転がり込んできた迷える白兎ちゃんなのであるが、やはりマウントアダプターの問題からか市場では人気がなく、製造本数が100本と少ないにもかかわらずeBayには常時何本か出回っている。取引相場は700ドル~800ドル程度である。
★撮影テスト
冒頭でも述べたが中心解像力が高く、非常にシャープでスッキリとヌケが良いなど一見すると非常に高性能なレンズだが、開放では写真の四隅においてモヤモヤとしたフレア(コマフレア)が多くみられ、解像力も低い。写真の中央と四隅の画質的なギャップが大きく、ある画角を境に画質の変化が急激に進むため、高画質な領域と収差の豊富な領域の境界部がハッキリと区別できるのが、このレンズの開放における描写の特徴である。ポートレートや近接撮影で使う限りは四隅の大部分がアウトフォーカス部に入ってしまうので、至ってシャープで高性能なレンズという印象を抱くが、風景などの引き画になると開放では収差が顕著に目立つようになる。一段絞れば良像域は四隅に向かって広がり、二段絞ればメインの被写体を四隅で捉えても、力不足を感じることは無い。色ノリがよく階調描写は適度にマイルドで、とても使いやすいレンズだ。
F2.8(開放), SONY A7RII(WB:晴天) 中心部は解像力があり、シャープネスも充分。このようなポートレート域では四隅の収差が目立たないので、至って高性能なレンズにみえる。ちなみに現場で撮影中の私を偶然にも知人がBausch & Lomb Super Baltar 75mm F2.3+sony A7で撮影していた(こちら)。 |
F4, SONY A7RII(WB:晴天) 上の男の子はこれを覗いていた。発色のいいレンズだ |
F2.8(開放), sony A7RII(WB:曇り) 少し引いて中距離を撮ると途端に四隅での収差が目立ち始める。中心部は依然として解像力、シャープネスとも素晴らしい。中心を拡大クロップした写真を下に示そう |
ひとつ前の写真の中心部を大きく拡大したもの。緻密でシャープ、高画質だ |
F2.8(開放), sony A7(S.Shiojima) こういう撮り方が性能を余すところなく引き出せる一番オイシイ使い方になる |
F8, sony A7Rii(WB:晴天) このように隅にメインの被写体を入れる時には、F5.6以上に絞って撮る必要がある |
F8, SONY A7RII(WB:日陰) 逆光でもハレーションは出にくく、コントラストや発色はとてもいい |
F5.6 SONY A7RII(WB:AWB) |
F2.8(開放), SONY A7RII(WB:auto, iso6400) こういう被写体なら開放でもOKだ |
★四隅の開放描写を見ておく
1950年代に設計されたレトロフォーカス型レンズを評価するとき、私はいつもCarl Zeiss Jenaのフレクトゴン(Flektogon) 35mmを基準に考えている。クセノゴンはどうかと言えば、中心部は明らかにフレクトゴンよりも高解像でシャープであるが、四隅はフレクトゴンよりもフレアが激しく、解像力も低い。クセノゴンはポートレートや近接撮影など中央を使う写真には向いているレンズだが、風景などの引き画でメインの被写体を四隅に据える場合には、F5.6よりも深く絞って使う必要がある。粗さがしをするのは性に合わないが記事のタイトルがああなだけに、やはり、どれ程のものかを提示しておこう。
上段F5.6/ 下段F2.8(開放) SONY A7Rii(WB:晴天) 開放では四隅の画質がかなり厳しいことがわかる |