おしらせ

2024/01/08

Carl Zeiss Jena ERNEMANN-ERNOSTAR 5cm F1.9

ERNOSTAR特集 PART 2

シネマ用レンズとして供給された

焦点距離5cmのエルノスター

Carl Zeiss Jena ERNEMANN-ERNOSTAR 5cm F1.9

エルノスターを開発したエルネマン社でしたが、1926年にツァイス・イコン社の設立母体として他社と合併し消滅してしまいます。ただし、エルネマン社の一部のカメラやレンズは、合併後も短い期間だけCarl Zeiss Jena製品として生産されました。今回紹介するERNEMANN-ERNOSTAR 5cm F1.9もそうした製品の一つで、35mm映画用レンズとして同社がZeiss傘下で1930年頃まで生産したKino model E、およびCarl Zeiss Jena製品の35mm Kinamo N25というカメラに搭載され市場供給されています。注目すべきはこのレンズの設計で、エルノスターファミリーの遺伝子を受け継ぐ系統であることは確かなのですが、下図に示すとおり、これまで事例のなかった4群5枚構成なのです。よく観察しますと、この構成はよく知られている4群4枚の10cm F2と、4群6枚の10.5cm/8.5cm F1.8のちょうど間をとった関係になっており、開放F値が1.9である事が正にそれを暗示しています。この事実が計画的であったかどうかはわかりませんが、ベルテレは構成枚数を1枚づつ追加しながら開放F値を0.1刻みで明るくしたようです。同一構成のレンズとしては、戦後に登場したKOMURA 105mm F2.8, 135mm F2.3, 135mm f2.8などがあります。

 


入手の経緯

レンズは2023年の写真工学研究会グループ写真展で出展者としてご一緒したサンドさんからお借りしました。はじめからライカMマウントに改造されており、デジタルミラーレス機で使用できる状態になっていました。レンズはカビ、クモリ等ない良好な状態です。シリアル番号が94万番代ということで1930年に製造された個体のようです。中古市場で一体幾らで取引されているのかは個体数が少ないこともあり、わかりませんが、10万円~20万円で買えるようなものでは無いとだけは断言できます(さすがに100万円はしませんが)。 

Erneman Ernostar 5cm F1.9: 絞り F1.9-F22, 絞り羽 12枚, 4群5枚エルノスター1型変形, ノンコート, フィルターねじはないが34mm前後が緩くハマる  


撮影テスト

解像力といい、発色傾向といい、自分が求めるオールドレンズの感覚にスッと入り込むものがあり、すごく気に入りました。例えるならカラフルな折り紙を扱う創作表現の世界に一人和紙を用いて切り込んでゆくような感覚で、折り紙を現代レンズによる描写表現に例えています。

レンズは35mmシネマ用フォーマットが定格で、APS-Cセンサーを搭載したデジタルカメラで用いるのが相性のよい組み合わせです。ただし、イメージサークルには余裕があり、フルサイズセンサーはおろか、もう一回り大きな中判デジタルセンサーでも、どうにか使用できます。

ガラス面にコーティングの無いいわゆるノンコートレンズですので、コントラストは低めで、発色はあっさりと淡く、軟調傾向の強い描写ですが、開放でも滲みはなく、レトロな意味でおしゃれな写真が取れる類のレンズです。モノクロ撮影との相性もかなり良さそうです。今回はフルサイズ機での試写がメインでしたが、四隅まで良好に解像しており、ボケも素直で安定感があります。エルノスターの構成で気にしなければならない歪みや四隅でのピンボケ(像面湾曲)ですが、実写ではそれほど気になることはありませんでした。ちなみに、こういう個性丸出しのわかり易いレンズこそ、オールドレンズを始めたばかりの入門者に使ってもらいたいと、いつも思っています。正直、自分は欲しくなってしまいました。手頃な価格で買えるもんなら本当にオススメしたいです。

F1.9(開放)  Nikon Zf (WB:日光)

F1.9(開放)  Nikon Zf (WB:日光)















F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(35mm判フルサイズモード, WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(35mm判フルサイズモード, WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(35mm判フルサイズモード, WB auto, FS CC)





F5.6  Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 29mmx16mm[65:4からのクロップ], WB auto, FS CC)


F1.9(開放) Nikon Zf (WB:日光)















































続いて、中判イメージセンサー(44x33mm)を搭載したGFX100Sにてクロップ無しで撮影した結果です。絞ると四隅が少しケラれてしまい口径食も出ますが、開放ではケラれません。ただし、像面湾曲とぐるぐるボケ、糸巻き状の歪みが目立ち始めます。大きなボケ量は魅力ですが、安定した画質を求めるならば、おとなしくフルサイズセンサーまでにしておくのがよさそうです。

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F5.6  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)絞ると四隅がケラれます

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)

F1.9(開放)  Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)






































2024/01/06

Ernemann Ernostar 100mm F2 (converted M42)

ERNOSTAR特集 PART 1 

写真表現の新境地を切り拓いた

高速レンズの革命児
 
Ernemann Anastigmat ERNOSTAR 10cm F2

人間の目は素晴らしい機能を持っています。目の水晶体を変形させ、遥か遠くの海原を横切るヨットから手元の小さな印刷活字に至るまで、自在にピントを合わせることができます。目の虹彩を伸び縮みさせ取り込む光量を調整し、浜辺の陽光の下でも夜の薄暗がりのなかでも、不自由なく像を捉えることができます。写真機は後を追うように、こうした機能を獲得してゆきました。
薄暗い光のなかで撮影のできるカメラを写真家たちが手にしたのは1920年代になってからのことです。最初にあらわれたのは「目に見えるものなら何でも写せます」というキャッチ・フレーズで1924年に登場したERMANOX(エルマノックス)というレンズ固定式カメラで、今回ご紹介するERNOSTAR(エルノスター)100mm F2という高速レンズが搭載されていました。レンズの開放F値は当時としては格段に明るく、エルノスターの登場により、夜間や屋内でも三脚や特別な照明に頼ることなく、手持ちでの高速撮影が可能になったと言われています[1]。それまでの写真撮影といえば、三脚を立て、光量が少ない環境下ではフラッシュを発光させる必要がありました。たとえ目には見えても、それを暗い場所で写真に収めるのは容易なことでなかったのです。被写体はポーズを決め、そのまま露光の間静止していなければならず、このスタイルが当時の写真撮影の一般常識でした。時代は過渡期にあり、こうしたスタイルに風穴をあけたのがユダヤ系ドイツ人でフォト・ジャーナリストのエーリッヒ・ザロモンという人物です[2]。ザロモンはしばしば正装して外交官の会議や裁判所におしかけ、隠し持ったエルマノックスでヨーロッパの政治家達の活動や歴史的な瞬間を記録、当時のグラフ誌に写真を次々と発表していきます[3]。なにしろ外交官達は誰一人として自分たちが被写体の中心にいることを自覚していなかったので、自然な表情、ありのままの姿を写真にさらすこととなります。人間の真の姿を捉えた「ザロモンの隠し撮り」はヨーロッパ中の人々を熱狂させ、後のジャーナリズムのあり方を変える新しい潮流を生み出したのです[2,3]。
エルノスターを用いたザロモンの創作活動は写真術の可能性に対する人々の認識を広げる契機となり、「キャンディッド」という造語とともに写真文化に対する大きな波及効果を生み出しました。キャンディッドとはポーズを取るなど作為的に作り込んだ美しさではなく、自然な表情、気取らないありのままの美しさを表現することを指しており、現在のスナップ・ショットによる写真表現の原点とも言える思想です。写真文化にかつてこれほどまで影響を与えたレンズが、あったでしょうか?
フォトジャーナリストのE. Salomon(左)と レンズ設計士のL. Bertele(右)のイラストで、AIが写真から生成したものです。ザロモンのほうはイケメンに描かれすぎている感があります・・・


ERNOSTAR

レンズはかつてドイツに存在したERNEMANN(エルネマン)という光学機器メーカーから供給されました。同社は後の1926年にツァイス・イコン社の設立母体として他社と合併し消滅します。この会社でレンズの設計を行っていたのがベルテレ(Ludwig Bertele)という設計士で(上図・右)、後にツァイスでゾナーやビオゴンといった歴史的名玉を開発します。ベルテレはエルネマン社で同僚のクルーグハルト(August Klughardt)と明るいレンズを設計、1921年に「エルネマンの星」と名付けられたエルノスター(ERNOSTAR)を開発します[4]。レンズは1924年に固定レンズとしてエルノクス(後にエルマノクスに改称)に搭載され登場しました。

レンズの設計は下図に示すとおりで、1894年にCooke(クック)社のDannis Taylorが開発した3枚構成のトリプレット(図の青)の前方に凸レンズ(図の赤)を1枚追加し屈折力を強化した4群4枚構成です。追加した凸レンズ(図の赤)が球面収差とコマ収差を増大させないアプラナティック条件を満足するため、トリプレットを起点としながらも収差を増大させずに明るくできる合理的な構造になっていました。ただし、全体で見ると前群に正の屈折力が集中しすぎた構造になっており、歪曲収差や像面湾曲をなんとかしないといけません。エルノスターでは後群に1枚ある弱い正レンズを絞りから遠くに配置することで、実質凹レンズのような働きに変え、糸巻き状の歪曲を緩和するとともに、テレフォト性(光学系全長を焦点距離よりも短くする性質)も実現しています[5]※1。画角を広げさえしなければ歪曲収差と像面湾曲は目立たないレベルに抑えられているのです。少ない枚数ながら、高い合理性を持つ優れた設計構成といえます。


※1 トリプレットの前方に正の凸レンズを据えた構成としてはErnostarの登場よりも早い1916年にC.M.Minorが設計した米国Gundlach社のUltrastigmatの特許がある。ただし、Ernostarでは前方に据えた正の凸レンズがこの時代としては革新的なアプラナティック条件を満足しており、前群側に正パワーが集中したことによる糸巻き状の歪曲を補正するため後群が離れた位置に据えられているなど大幅な進歩が見られ、Ultrastigmatとは一線を画する設計であった。この種の構成がUltrastigmat型ではなくErnostar型と呼ばれるようになった所以はこうした事情からきているものと考えられる。

Ernostar 100mm F2の設計構成。文献[4]からのトレーススケッチです。左が前方で、右がカメラの側となっています


参考文献・資料
[1]ライフ写真講座『カメラ』
[2]Erich Salomon Photographien 1928-1938 (Berlinische Galerie 2004)
[3] Leica Barnack Berek Blog: Eric Salomon - The First Modern Photojournalist-
[4]イギリス特許GB186917(1921), Pat. DRP468499 (1924) DRP458499?
[5]レンズ設計の全て 辻定彦 電波居新聞社

Ernemann Anastigmat ERNOSTAR 10cm F2: 最短撮影距離 1m, 絞り羽 12枚, 重量(改造品)640g, フィルター径 54mm前後(特殊), 絞り指標 F2 - F36, 本品はマウント部はがM42に改造されている。焦点距離100mmのレンズにしてはバックフォーカスの短さが印象に残る




入手の経緯
レンズはオールドレンズ愛好家のlensa5151さんからお借りしたものです。経年を経た個体であるにも関わらず状態はたいへん良好で、はじめから現代のカメラで使用することを前提にM42マウントに改造されていました。レンズは希少性からか中古市場では高額で取引されており、eBayで購入する場合にはレンズ単体で2000ドル(2014年時点では1500ドルくらい)、カメラ(Ermanox)とセットでは少なくとも3000ドル程度は用意しなければなりません。eBayには常に数本が売り出されているので、1920年代はよく売れたレンズだったのでしょう。
 
撮影テスト
レンズの定格イメージフォーマットは昔のアトム判(45x60mm)という規格ですので、一回り大きな中判66フォーマット(56x56mm)か、もしくが一回り小さな中判645フォーマット(41.5x56mm)のカメラで用いるのがよさそうです。ただし、今回のお借りしたレンズははじめから35mm判(24x36mm)で用いることを前提にマウント部がM42ネジへと改造されていたので、デジタルカメラのSony A7と銀塩一眼レフカメラ(M42マウント)で使うことにしました。レンズを実写してみたところ、思っていた以上に素直で安定感のある描写であることがわかりました。
発色傾向は温調なうえ階調描写がとても軟調なため、古いレンズらしい奥深い味わいがあります。デジタル撮影、フィルム撮影を問わず、淡く優しい色の出方となりますし、モノクロにも合います。ただし、発色が過度に薄くなることはなく、開放でも力強い色の出方が保たれています。ピント部の解像力は中判レンズとはいえ開放でも十分なレベルで、細部まで緻密に描写しています。背後のボケに大きな乱れはなく安定感があり、稀に2線ボケがみられましたがバブルボケが出るほど硬くはならず使いやすいボケ具合です。なお、近接域では収差変動が起こり、柔らかく綺麗なボケ味になります。ピント部の画質は均一でコマ収差もとても良好に補正されています。開放から滲みは全くなく、スッキリとヌケの良い描写です。カメラが35mmフォーマットなので中央部のみの限定的な評価になりますが、歪みや像面湾曲は目立たないレベルでした。グルグルボケや放射ボケにも全く見られません。機会があれば、より大きなイメージフォーマットを持つFujifilmのGFXでも試写してみたいと思います。1920年代にこの明るさでここまで素直に写るレンズが登場していたのは大変な驚きです。
それでは、デジタルカメラと銀塩カラーネガフィルムによる撮影結果を御覧ください。

F2(開放), Sony A7(AWB): マクロ域で、しかも開放であるにもかかわらず、このとおりにシッカリと写る。なんだかスバラシい性能のレンズである予感がする
F4.5, 銀塩撮影(Fujifilm C200)+Yashica FX-3:ピント部には解像力がありカラーフィルムでの色のりも良い

F3.2, 銀塩撮影(Fujifilm C200)+Yashica FX-3: ほんとうに素晴らしいレンズだ

F3.2, 銀塩撮影(Fijifilm C200)+Yashica FX-3: 


F3.2,  銀塩撮影(Fijifilm C200)+Yashica FX-3: 

F2.8, 銀塩撮影(Fujifilm Vervia 400)+Yashica FX-3: 背後のボケには安定感があります







F2(開放), Sony A7(AWB): ピント部の解像力は開放でも十分にあります
F3.2, Sony A7(AWB):中央部を拡大したものが下の写真



上の写真のピント部の一部を拡大クロップした。やはり緻密な描写です。中判レンズのわりに充分な解像力が得られているのは大変な驚きです




2023/11/24

Konica Hexar AR 28mm F3.5: 中判デジタル機で35mm判広角レンズを使う



中判デジタル機で35mm判広角レンズを使う:

ローエンド製品が超広角レンズに化ける反則技

Konica Hexar AR 28mm F3.5 (Konica AR mount)

最近あまり話題にはならなくなりましたが、写真用語の一つに「35mm判換算」というものがあります。35mm判とは俗に言う「ライカ判(36mmx24mm)」を指す写真フィルムの規格で、デジタル撮影が全盛期を迎えた今では、フルサイズセンサーがこれに相当します。この用語が多く使われるようになったのは、APS-C規格やマイクロフォーサーズ規格のイメージセンサーを搭載したカメラが先行して普及したためです。

よく知られているように、50mm F2の標準レンズに対する35mm判換算での焦点距離はAPS-C規格のカメラで約75mm相当、マイクロフォーサーズ規格のカメラでは約100mm相当と、いずれも少し望遠寄りになります。要は50mm F2のレンズをAPS-C規格のカメラにマウントして使用すると、35mm判カメラ(フルサイズセンサー機)75mm F3(1.5倍を乗じた焦点距離と開放F値)のレンズを用いた場合と同等の写真(同じ画角、同じボケ量の写真)が撮れ、マイクロフォーサーズ規格のカメラにマウントして使用した場合には、35mm判カメラに100mm F4(2倍を乗じた値)のレンズを用いた場合と同等の写真が撮れるという意味です。用いるレンズが35mm判ならば、中心の良像域のみを利用した贅沢な使い方になるなんて言われた時期もありました。しかし、レンズは四隅まで均一な画質を得る目的から中心解像力を抑えるよう設計されているため、この認識は幻想でしかありません。四隅と中心は画質的にトレードオフの関係にあり、概して35mm判レンズの中心画質は、これより小さなフォーマットに最適化されたレンズの中心画質より劣るのが実情です。

さて、ここまでの理屈を中判イメージセンサー(44x33mm)を搭載したFujifilm GFXシリーズに当てはめると一体どうなるでしょうか。50mm F2の標準レンズをGFXにマウントして使用した場合の35mm判換算値は、0.78倍を乗じた39mm F1.56となります。35mm判レンズの場合にはケラれていまう可能性がありますが、運良くケラれずに使う事ができれば理論上はフルサイズ機で39mm F1.56の超ハイスペックレンズを使用した場合と同等の写真が撮れるという見立てになります。注目したいのは、このような使い方をした場合に中判用レンズを用いる場合に比べ、概して中心部の画質はより高く、周辺部の画質はより低くと、大きな「画質の勾配」が生じる点です。このような大きな画質勾配を持つレンズに個性の際立つものが多いのは、オールドレンズユーザの間では周知の事です。では、本題に入りましょう。


広角35mm判レンズを中判デジタル機にマウントする

広角レンズにはイメージサークルのマージンが小さなものが多く、35mm版レンズを中判デジタル機に搭載して流用する場合には写真の四隅が暗くなる、いわゆる「ケラレ」が生じるケースが多くあります。しかし、運良くケラレの出ない製品に出会う事ができれば、ある意味で穴場的な使い方ができます。先に経験的な事柄を抑えておきましょう。

1.焦点距離がより短い製品ほどケラレの発生頻度は高く、中判デジタル機での流用はより困難になる。

2.ケラレの出ない広角レンズに出会える可能性があるギリギリのラインは焦点距離28mm辺り。ただし、発見できる製品は少なく、全体の1/5にも満たない。

ちなみに、焦点距離28mmのレンズをデジタル中判機で使用した場合の35mm判換算値(焦点距離)は22mmです。運良くケラれない製品を見つけることができれば、かなり広大な画角を持つ超広角レンズとなります。焦点距離28mmのレンズに対しては、この焦点距離を好む愛好者が一定数いる一方で、「スナップ撮影にはやや広角過ぎる」「広角レンズとして使うにはパースが不足気味」など中途半端である点を指摘する声が昔から絶えずあり賛否両論でした。こうした評判に呼応しているのか定かでありませんが、28mmの広角レンズには不遇な扱いをうけている非常に安値の製品が現在の中古市場にゴロゴロとあります。一つの事例として今回の記事ではKONICA HEXAR 28mm F3.5を取り上げてみることにしました。このレンズのイメージサークルは広く、GFXのイメージセンサーを完全にカバーすることができますが、中古市場では極めて安値で取引されており、私は美品クラスの個体を国内のネットオークションにて2500円で入手しました。他にもMINOLTA W.Rokkor 28mm F2.8がケラれの出ない製品であるという事前情報を得ています。チープなレンズの代表格であるKOMURA 28mmとPETRI 28mmは残念ながらケラれてしまいました。焦点距離28mmの広角レンズは数多くのメーカーから製品供給されていますので、探せばGFXで使用できるレンズがまだまだ発掘できると思います。

 

重量(カタログ値) 195g, 最短撮影距離 0.3mm, 絞り F3.5-F16+AE, 設計構成 5群5枚, フィルター径 55mm, 絞り羽 6枚構成, 市場供給期間 1975-1978     

KONICA HEXAR AR 28mm F3.5の基本情報

HEXARはコニカのローエンド製品につけられたブランド名称で、上位のブランドにはHEXANONがあります。レンズは1975年に発売され、当時AEに対応した一眼レフカメラのオートフレックスT3(1973年登場)やAcom1(1976年登場)に搭載する広角レンズとして市場供給されました。1978年に後継製品のNEW HEXANON AR 28mm F3.5が登場したことで、発売から僅か3年で生産中止となっています。ただし、後継製品と光学系が同一ですので、ブランド名称が変わっただけで存続していたという見方もできます。設計構成は下図に示すように非常にシンプルな5群5枚構成のレトロフォーカスタイプです。製造コストの面から見ると、これで焦点距離28mmをカバーできたのは凄い合理性だと思います。

今日HEXAR 28mmは上位モデルのHEXANONと同等かそれ以上の値で取引されています。これは主に90年代にコニカのレンジファインダー機でHexarブランドが名声を得たことと、HEXAR 28mmがHEXANONの同等品より希少であるためです[2]。

KONICA HEXAR AR 28mm F3.5 構成図:KONICA公式パンフレット[1]からのトレーススケッチ。設計構成は5群5枚のレトロフォーカス型

参考文献・資料

[1] 公式パンフレット(2ページ折込):Englisch, Deutsch, Französisch, Schwedisch, Italienisch und Spanisch言語

[2] The Konica AR System: http://www.konicafiles.com/

[3] Aperturepedia "Konica Lens database"

 

撮影テスト

まずはカメラの設定でアスペクト比を65:24に変え、35mm判(フルサイズセンサー)に近い対角線画角で撮影してみることにしました。設計規格に近い使い方ですので、当然ながらケラれることはありません。こんな使い方ができるのは中判デジタル機ならではの醍醐味でしょうね。このアスペクト比であれば35mm判レンズのほぼ全てをケラレ無しで使用できます。いつか機会があれば、このクロップモードで超広角レンズのHOLOGON 16mmを使ってみたいと思います。

さて、HEXANONは開放からシャープに写るレンズです。歪みは樽型で少し目立ちますが、十分に実用的な写真画質が得られます。後半からは規格外のフォーマットで使いますので、性能評価についてはこのくらいにしておきましょう。写真作例をどうぞ。

F8, Fujiflm GFX100S(AWB, Aspect Ratio 65:24, FS: CC)


F8, Fujiflm GFX100S(AWB, Aspect Ratio 65:24, FS: CC)
F8, Fujiflm GFX100S(AWB, Aspect Ratio 65:24, FS: CC)

 

続いてクロップ無しのフルフレーム写真です。すぐ見てわかるように全くケラれていませんし、光量落ちも気にならないレベルに収まっています。

GFXシリーズでケラレ無しで使える広角レンズがありましたら、ぜひ紹介してください。その際は、こちらもご覧になってください。

F8,Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: CC) 
F8, Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: CC) 
F5.6, Fujifilm  GFX100S(WB:auto, FS: CC) 











F8, Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: CC) ちなみに開放F3.5での同じ場面ですとこんな感じになります。本来は写らない部分に滲みが出ていますが、本来の画角でカバーされる部分は滲みのない像で、開放でも十分にシャープですね。絞れば全画面でシャープ




F8 Fujifilm GFX100S(WB auto, FS CC)








2023/10/29

Meopta OPENAR 40mm F1.8 ( c mount )



ある日、私はこのレンズを手に口が開きっぱなしでした。手に入れたのは遡ること6年も前の事です。インターネット上に投稿されていたこのレンズによる写真を見て漠然と惹かれるものがあり、eBayでポチったまではよかったのですが、そのまま忘れ去っていたのです。そしてある日、防湿庫を整理していたら、奥の方ですまなそうに「僕のこと覚えていますか?」などと言い「にゅ~っ」と顔を出して来たのがこの子で、「あっ!」と口が開きっぱなしになったのでした。

チェコからやって来たシネマ用レンズ

MEOPTA OPENAR 40mm F1.8 (c mount)

OPENAR(オプナー)はMEOPTA(メオプタ)社の16mmムービーカメラAdmira 16 A1 electricに搭載する交換レンズとして1963年にカメラと共に登場しました。カメラはプロ向けに開発された製品ではなく、マチュアがホームムービーを撮影するためだとカタログに紹介されており、電動で動くのが売りだったようです。ネットには女性モデルがピストルグリップを片手で握りニッコリ笑って撮影している当時の広告写真が見つかりますが、これは間違いなく痩せ我慢。本体重量が2.1kgもあるので、かなり怪力なモデルを採用しているようです。カメラは旧ソビエト連邦に数多く輸出され、シンプルな操作性と信頼性で人気だったようです。交換レンズは今回ご紹介するOPENAR 40mm F1.8が豪華な5群7枚構成のガウスタイプで、イメージサークルはマイクロフォーサーズセンサーを完全にカバーでき、APS-Cセンサーでは四隅に光量落ちが出るもののケラれることはありません。焦点距離40mmはCマウント系レンズには珍しく、APS-Cで用いると標準レンズ、マイクロフォーサーズではポートレート用レンズの画角となります。一粒で二度美味しい、人気が出そうなモデルですね。これ以外には7群8枚の広角レトロフォーカスタイプLargor 12.5mm f1.8、4群6枚の標準レンズOpenar 20mm f1.8、3群5枚の望遠レンズOpenar 80mm f2.8があります。LargorとOpenar 20mmはマイクロフォーサーズ機で用いると大きくケラれてしまうので、Nikon 1など更に小さなセンサーを採用したカメラが適しています。望遠のOpenar 80mmはAPS-C機で用いると四隅に光量落ちがみられるものの、イメージセンサーをギリギリでカバーできるようです。

 

メオプタ社についてのおさらい

メオプタ社は1933年に旧チェコスロバキアの小都市Prerovにて地元工業学校教授Alois Mazurka博士の主導のもと設立されたOptikotechna(オプティコテクナ)社を前身とする光学機器メーカーです[2]。博士は就労先の工業学校に光学専攻を設立し若手を育成、それがオプティコテクナ社の設立に繋がりました。設立後は引き延ばし機、暗室具、暗室用コンデンサー、プロジェクター装置などの生産を手がけ、1937年には郊外に新工場を建設、事業規模を拡大してゆきます。1939年に6x6cm判の二眼レフカメラFlexette(フレクサット)を開発することでカメラ産業への進出も果たしています。ところが、間もなくチェコスロバキアはドイツ帝国による支配をうけることになります。第二次世界大戦が始まり、同社はドイツ軍の要求に応じ軍需品(望遠鏡、距離計、潜望鏡、双眼鏡、ライフル)を製造するようになります。そしてドイツは敗戦、大戦終結の翌年1946年にオプティコテクナ社はチョコスロバキア共産党政権の下で国営化され、現在のMEOPTA(メオプタ)へと改称されます。メオプタの由来はME(機械:mechanical) + OPTA(光学機器:Opical device)です。戦後間もなくメオプタ社は引き延ばし機の分野で世界最大規模のメーカーに成長し、また中東欧における唯一のシネマプロジェクター製造メーカーとなっています。しかし、戦後の東西冷戦体制が同社を再び軍需産業メーカーへと変えてしまいます。1971年にはワルシャワ条約機構軍への軍需品生産が売上高の75%を占めるまで増大、同社は正真正銘の兵器開発メーカーになります。国営企業が武器を生産し戦争や破壊行為に荷担する事への避難の声が国内外から高まっていきました。こうした企業体質を変えようとする動きは冷戦構造の崩壊と1989年のビロード革命による共産党政権の崩壊で大きく前進します。1988年にメオプタ社はライフルの減産を発表し、1990年に生産を0%とすることで兵器産業からの脱却を宣言しています。ただし、この数値にはライフル照準器や戦車の照準器などが武器としてカウントされておらず、同社は今現在も軍需光学製品を生産しており、軍需産業からの完全な脱却には至っていません。メオプタ社は1992年に民営化を果たし、今もチェコを代表する東欧最大級の光学機器メーカーとして企業活動を継続させています。

 

★参考 

[1] Adomira 16 A1 electric 公式マニュアル

[2] MEOPTA公式ホームページ

MEOPTA OPENAR 40mmF2.5: 絞り F1.8-F22, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.8m, フィルター径 35mm, 重量(実測) ,  Cマウント, 5群7枚ガウス発展タイプ


入手の経緯

eBayを経由しウクライナなど東欧のセラーから入手するのが一般的なルートです。私は2017年11月に状態の良さそうな個体をウクライナのセラーから総額114ドルで購入しました。商品はエクセレントコンディションとの触れ込みでカビ、クモリのないクリアなガラスとのことでした。届いた品はガラスこそ良好な状態でしたが、ピントリングがカチンコチンに固まっていました。自分で分解しグリスを入れ替えることに。Cマウントレンズはヘリコイドの構造がシンプルな製品が多くメンテナンスは慣れた人にはごく簡単です。現在の取引価格は最低150ドルからで、市場での流通量は今でも豊富です。ただし、相場価格は私が入手した頃よりも明らかに高くなっています

 

撮影テスト

ChatGPTは柔らかい描写のレンズと言っていましたが、彼は実際に試写していませんし、言っていることも間違いです。7枚玉の威力なのでしょうか、かなり高性能で、開放から滲みは無く、高解像でシャープな像が得られます。レンズは16mmシネマフォーマットが定格ですが、イージサークルには余裕があり、APS-Cセンサーでも写真の四隅に少し光量落ちが出る程度でケラれる事はありません。マイクロフォーサーズ機では四隅まで均一な光量が得られます。このクラスのシネレンズを規格外の大きなセンサーで使うと四隅の画質に無理が出るのが常ですが、このレンズは画質的に余裕があり、良像域がとても広く、APS-Cセンサーの四隅まで像面は平坦です。ボケは流石にグルグルしますが、避けたいならばマイクロフォーサーズ機で用いれば全く目立たないレベルになります。

F1.8(開放) Fujifilm X-T20(WB:日陰) APS-C機でのケラれ具合はこんなもんです


F1.8(開放) Fujifilm X-T20(WB:日陰)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(WB:日陰)



F2 Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8 Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8 Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)




F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)
F1.8(開放) Fujifilm X-T20(Aspect Ratio 16:9, AWB)

2023/10/21

Wollensak Raptar 3inch (76. 2mm) f2.5 cine telephoto



ウォーレンサック社

シネマ用 高速望遠レンズ

Wollensak Raptar 3inch (76.2mm) f2.5 cine telephoto

今の私はエルノスター型レンズの予想外の性能にどはまりしている最中です。高価なガラス硝材を使いコスト度外視で作れば、僅か4枚の構成でも凄い性能に到達できる事をエルノスターは教えてくれています。そこで今回取り上げたいのが、米国WOLLENSAK社が1950年代初頭に生産したラプター 3inch F2.5 (RAPTAR 3 inch F2.5 Cine Telephoto LENS)という望遠レンズです。ラプターという名はWOLLENSAK社の最高級ブランドで、名称の由来はRAPID(=高速な)だそうです。このレンズにはFASTAX-RAPTARという軍用・研究所向けに供給された裏バージョンが存在し、これを映画用に転用したのが今回のモデルです。鏡胴のつくりは素晴らしく、ただならぬオーラにつつまれており、このままデジカメにつけて撮ることに一瞬ためらいを感じてしまうほどです。レンズの構成図は見当たりませんが、オーバーホール時に確認したところ確かに4群4枚のエルノスター初期型でした。これまでの経験からも分かるように、エルノスタータイプのレンズはコントラストとシャープネスで押し通す性格のものが多く、写真の四隅まで安定感があり、ボケ味も素直で美しいのが特徴です。本家エルノスターを取り上げる前に少し寄り道しておきたい面白そうなレンズです。このレンズのF2.5という中途半端な口径比はエルノスター構成の設計限界なのでしょう。そういえば、同じエルノスター型レンズにPrakticar F2.4という製品がありました。
WOLLENSAK RAPTAR 3inch F2.5 CINE TELEPHOTO:フィルター径 40mm, 最短撮影距離 3 feet弱(約0.9m), 重量(実測) 270g/フード込み300g , 絞り F2.2-F22, 設計構成 4群4枚 エルノスター型,  c マウント, シリアル番号から本品は1953年に製造された個体であることがわかります

市場価格
2022年夏頃、eBayにて本品とCine Velostigmat 1inch F1.5がセットで出品されていたものを、競買の末にお買い得価格で入手しました。本命がCine Velostigmatでしたので、今回のレンズは意図せず入手してしまったわけです。届いた個体はオーバーホールが必要でしたが、ピントリングをグリス交換し、ガラスの清掃もしたところ、カビ・クモリのないなかなか良いコンディションとなりました。ちょうどCマウント系の望遠レンズが欲しいというオールドレンズ女子部の知人がいましたので、この記事を書いたらお譲りすることとなっていますレンズは主に米国内で流通しており、eBay経由で米国のセラーから入手するのが一般的な購入ルートです。取引価格はコンディションにもよりますが、200ドルから250ドルあたり(現在の為替で30000~40000円あたり)です。米国からの購入の場合、送料が高いうえガッツリと税金を取られるので注意が必要です。また、同社の3inch望遠シネレンズには外観がよく似たF2.8やF4のモデルがあるので、購入時の勘違いにも注意してください。
 
撮影テスト
さっそく試写してみたところ、やはり滲みのないスッキリと写る高性能なレンズでした。ピント部は解像感がたいへん高く、開放でも像の甘さは全くありません。コントラストも高く、シャドー部には締まりがあり、そのぶん発色は鮮やかです。色味に癖はありません。ボケは素直で距離に依らず安定しており、グルグルボケや放射ボケとは無縁です。イメージサークルには余裕があり、本来は16mmのシネマフォーマットが定格ですが、APS-Cセンサーでもケラれることなく使えます。
4枚構成のエルノスター初期型はやはり戦後に大化けしたようです。コーティング技術やガラス硝材の進捗が、この種のレンズ構成の潜在能力を大きく引き出してくれたように思います。
F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅,F.S.: ST)

F4, Fujifilm X-T20(WB:⛅, F.S.:ST)シャドー部の締りは良好です

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.: ST) ボケは距離に依らず四隅まで安定感しており、綺麗なボケ味が得られます

F4, Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.: ST) 最短撮影距離ではこのくらい

F4 Fujifilm X-T20(WB:⛅, F.S.:ST)

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST)

F4, Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST) 発色は濃厚かつ鮮やか

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST)

F2.5(開放) Fujifilm X-T20(WB:⛅ F.S.:ST) 逆光では写真全体が均一に軟調化し、いい雰囲気に写ります