秘密のベールに包まれた
ハンガリー製の大口径レンズ
MOM(Magyar Optikai Művek) TELOR 85mm F2 (RED O)
TELOR 85mm F2はハンガリーのブダペストに拠点を置くMOM(Magyar Optikai Művek=ハンガリー・オプティカル・ワークス)という総合機器メーカーが1963年から1970年代にかけて製造したレンズです[1]。社名のMagyar(マジャール)とは同国の言語で「ハンガリーの」という意味のですので、Magyar Optikaiは日本光学みたいな名称に相当します。創業者はナーンドル・ズュス(Nándor Süss:1848-1921)というドイツ人技師で、ズュスはハンガリーにおける精密機械産業の生みの親と称されています[2]。同社は1921年にCPゲルツからガラス研磨技術のライセンスを購入し光学産業に参入、戦後にはライカのコピーであるMomikonやMomettaというカメラを生産しています。このカメラにはYAMARという交換レンズが搭載されました。YAMARのガラスにはこのレンズと同じブルーの単層コート「Oコーティング」が施されています。
今回紹介するTELOR 85mmのレンズ構成は4群6枚のガウスタイプで多くはヘリコイドを持たないレンズヘッドの状態で市場に流通しています。絞り羽根が18枚と多く、ボケが真円の形状となることから、ポートレート撮影への高い適性がありそうです。マウント部に取り付けられている扇形の部品の形状から、何らかの映像用機器に使われていたことが判り、全く同じ扇形の部品が稀にKMZのシネマ用レンズPO4-4Mに使われていることがありました。TELORには28mm F2のモデルもあり、こちらにも同型の扇形の部品が付属していることから同様の用途に使われていたとことがわかります。他の焦点距離としては、100mm F2, 180mm F2.8などもあります。レンズ名からの推測になりますが、テレビジョン用であったとも考えられます。文献[3]にはTelor 85mm F2と称するゾナー型の構成図(3群7枚)が掲載されていますが、現物で確認を取ったところ4群6枚のガウス型でした。ガウスタイプの構成で85mm F2というのは事例の少ない珍しいケースですよね。
TELORに関する情報は少なく、日本でこのレンズを扱った記事は今のところ皆無です。エビデンスのある資料をお持ちの方や情報通の方からの情報提供をお待ちしています。
参考文献・資料
[1] こちらに掲載されているTELOR 85mm F2には銘板に製造メーカーであるMOMの刻印が入っています: USSRphoto.com:MOM TELOR
[2] MOMと創設者の歴史、ハンガリーの光学産業の歴史がコンパクトにまとめられた記事です: Internet Archive: Wayback Machine
[3] Forgács János, Kép-és Hangtechnika 1961.8 No.4
★入手の経緯
ハンガリーのメーカーが製造したカメラやレンズは流通量が少ないので、日本での入手は絶望的に困難です。レンズを探す場合にはeBayでウクライナやロシアのセラーを経由して間接的に購入するしかありません。流通量は常時5~6本程度で、取引額は200~300ドルあたりです。前玉のコーティングに深刻なダメージを持つ個体が大半で、綺麗な状態の個体には滅多なことでは出会えません。写りに影響のないレベルであればよしとするのが、妥当な落とし所だとおもいます。
私は2本入手しました。1本目は2021年6月にチェコのカメラ用品を専門に扱うセラーからで、ヘリコイドに載せM42マウントに改造された品が30000円弱(フリーシッピング)でした。ガラスやコーティングにキズのない綺麗な状態とのことです。状態の良いTELORはなかなか見つかりませんので、千載一遇のチャンスと思い迷わず購入しました。届いたレンズは素晴らしいコンディションでした。
もう1本は同年7月にベラルーシ共和国のレンズ専門セラーから20000円+送料で購入しました。レンズの状態は「エクセレントコンディション。ガラスはクリアーで、ホコリやカビはない。軽い拭きキズがある。フォーカスはスムーズ」とのこと。コーティングの拭きキズは実写へ影響のない軽度のレベルでしたが、強い光を通すと厳密にはガラスに軽微な薄いクモリが確認できました。
★改造のためのヒント(改造マニア向け)
本レンズはマウント部が特殊な構造ため、一眼レフカメラ等で使用するためには簡単な改造を施す必要があります。改造のためのヒントをお話しします。
まず、純正品にはヘリコイドが付いていますが、構造が簡素なため動きがスムーズではありません。使いにくいので私は光学ユニットを取り外し、別の直進ヘリコイドに乗せ換えて使用することにしました。下図のようにヘリコイドと光学ユニットを分離します。光学ユニットは絞りリングの直ぐ下からヘリコイドとつながっており、手で回せば簡単に外れます。
★撮影テスト
シャープネスやコントラストはたいへん良好で、絞り開放から2~3段絞ったあたりまで変化がなく安定しています。発色も悪くないレベルです。開放での解像力は高画素機の拡大表示には対応できない平凡なレベルですので、過度な期待は禁物ですが、大きく拡大さえしなければコントラストに助けられ、見た目の解像感でカバーできるでしょう。
フルサイズセンサーを搭載したSony A7R2で使用した感想ですが、像面湾曲がやや大きく、中心から少し外れた領域ではピントが外れてしまいます。これはおそらく設計上の定格イメージフォーマットが35mmライカ判(フルサイズセンサー)より、小さいためではないかと思われます。逆光にはそこそこ強く、ゴーストの出にくいレンズです。背後のボケはおおむねよく整っており、グルグルボケはポートレート域で僅かに検出できる程度です。トーンはなだらかで、中間階調はよく出ていますし、絞っても硬くはなりません。
F2(開放)SONY A7R2(WB:日光) F2(開放) SONY A7R2(WB:日光) F2(開放) SONY A7R2(AWB)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰) コントラストは大変良く、シャープなレンズです |
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰) |
F2(開放) sony A7R2(WB:⛅) |
F2(開放) sony A7R2(WB:⛅) |
F2(開放)sony A7R2(WB:日光) |
F2(開放)sony A7R2(WB:日光)このくらいの距離でようやくグルグルが見られます |
F2(開放)sony A7R2(WB:日光) |
F2(開放) sony A7R2(WB:日光) |
F2(開放) sony A7R2(WB:日光) |
F2.8 sony A7R2(WB:日光) |