解像力(分解能)を重視したTOPCOR(トプコール)は線の細い繊細な描写を持ち味としています。これに対し、コントラストを重視したマミヤのSEKOR(セコール)は線の太い力強い描写で、スッキリとした透明感のある写りと高いコントラストが持ち味です。解像力とコントラストを高いレベルで両立させれば優れた質感表現を可能とするシャープなレンズになりますが、これらをレンズ設計で両立させるのは難しく、突き詰めるとトレードオフの関係になってしまいます。両者のどちらにどれだけの重みを置くのかは光学メーカーそれぞれの設計理念で決まりました。この設計理念こそがオールドレンズの性格、描写の味を決める決定要因の一つとなっているわけです。ベストな解の無い事がレンズの描写設計に多様性をもたらしているというのは、たいへん興味深いことだと思います。さて、今回とりあげる2本は全く異なる性格のレンズですので、これらの比較からも様々な事が学べそうです。
トプコールとセコール
対極的な設計理念でつくられた2本のレンズ
Topcon RE/AM TOPCOR 55mm F1.7 vs Mamiya SEKOR CS 50mm F1.7
TOPCOR 55mm F1.7はTOPCON(旧・東京光学)が設計し、下請けメーカーのシマ光学(後のシィーマ)がOEM生産した標準レンズです。TOPCONはこのモデルを最後にカメラ事業から撤退していますので、実質このレンズが復刻版を除く最後のトプコールとなりました。レンズはシマ光学が製造した一眼レフカメラのTOPCON RE200(1977年発売)/RE300 & RM300(1978年発売)とともに市場供給されています。これらのカメラには異なるマウント規格が採用されており、旧来からのエキザクタ・マウントを採用したRE TOPCOR (RE200/RE300用)と、ペンタックスKマウントを採用しガラス面にマルチコーティングが施されたAM TOPCOR (RM300用)があります。
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AM TPCOR MC(左)とRE TOPCOR(右):デザインは同じだが、AM TOPCORはマルチコート化されている |
レンズ構成は下図のような4群6枚のオーソドックスなガウスタイプで、前玉に肉厚レンズを配置して屈折力を稼ぐことでF1.7の明るさを実現しています。このレンズ構成で口径比をF1.7まで明るくしたレンズは大きく膨らんだ球面収差(輪耐球面収差)を過剰補正で抑え込む設計が多く、反動で開放ではフレアが多めに出ますが、芯のある緻密で繊細な開放描写を特徴とし、1~2段絞ったあたりで極めて高性能レンズへと化けるなどの長所もあります。本レンズにもこうした性質が備わっており、解像力を重視した設計理念を公言していた東京光学らしい味付けとなっています。ただし、レンズ設計の潮流は解像力からコントラストやヌケの良さを重視する時代へとシフトしていましたので、このレンズに対するカメラ雑誌の評価は酷いものでした[1]。古臭い前時代的な描写設計といった評価だったのでしょう。
近年、デジカメの高画素化とともに、この種の線の細い描写設計が再評価されるようになりました。これは本当に素晴らしいことだと思います。高コントラストで高解像、レンズの描写が画一化してしまった現代において、オールドレンズを使う人々は、こうした古い描写設計のレンズにも価値観を見出し、活路を拓こうとしているのです。
続いてはMAMIYA SEKOR CSシリーズですが、このレンズはマミヤ光機(現マミヤ・デジタル・イメージング)が1978年に発売した一眼レフカメラのMAMIYA NC1000/ NC1000Sに搭載する交換レンズとして市場供給されました。マミヤの標準レンズと言えば1961年に登場したSEKOR FCが開放値F1.7で他社よりも早く登場しています。
レンズ構成は口径比F1.7のレンズの典型と言える5群6枚の拡張ガウスタイプで、前群の張り合わせを外すことで球面収差の膨らみ(輪帯球面収差)をある程度まで効果的に補正できます。写真用レンズの解像力に関してMAMIYA設計部には銀塩カラーネガフィルムの記録密度(25線/mm)を下回らなければ十分だという理念がありましたので、解像力よりもコントラストやその他の補正を重視している点が同社のレンズ設計のカラーなのかもしれません[2]。このレンズもバランス重視の安定した描写で、現代のレンズに近い高性能な製品となっています。レンズ設計のカラーについては、今後マミヤのレンズをいろいろ試す中で検証してゆきたいと思います。
MAMIYAは頻繁にマウント規格を変更したカメラメーカーでもありました。このNC1000シリーズにも独特でマイナーなバヨネットマウントが採用されており、アダプターの入手には一苦労しました。
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SEKOR CSを搭載したMAMIYA NC1000S(左)とAM TOPCORを搭載したTOPCON RM300(右)
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★参考文献・資料[1] カメラ毎日別冊『カメラ・レンズ白書1979年版』毎日新聞社
[2] 朝日カメラ(別冊)「郷愁のアンティークカメラIII」レンズ雑学辞典 1993年12月: 小穴教授のXenotarの記事中に参考になる情報があります
[3] カメラレビュー別冊「クラシックカメラ専科」36号「マミヤのすべて」
[4] MAMIYA NC1000 Instructions (製品カタログ)
[5] TOPCON CLUB
★入手の経緯
AM TOPCORは2020年3月にスペインのカメラ屋がeBayに一眼レフカメラのRE300とセットで出品していたものを入手しました。このカメラとレンズは海外への輸出用モデルでしたので、国内市場で見つけるのは困難です。購入価格は送料込みで15000円とややお高めの設定でしたが、カメラ・レンズともにオーバーホールされており、コンディションもMINT (美品)とのことでしたので迷わず購入しました。国内ではシングルコート版のRE TOPCORが流通しており、オークションでの相場はコンディションの良い個体(レンズ単体)で5000円~10000円程度です。
SEKOR CSは2020年3月にヤフオクにて一眼レフカメラのMAMIYA NC1000Sとセットで5000円で購入しました。カメラとレンズはともに綺麗な状態でしたが、レンズの方はヘリコイドがスリップするようなトルク感でグリス抜けの状態でした。ヤフオクでの相場はカメラとセットでも5000円程度、程度の良い個体でも10000円以内で買えます。アダプターの市販品が入手困難のため、あまり人気のない商品のようです。
★撮影テスト
TOPCON AM TOPCOR MC 55mm F1.7: 開放では前ボケ側にフレアがたっぷりと発生する柔らかい描写傾向で、ハイライト周りも滲みが出ますが、直ぐにこれが計算された描写である事に気づかされます。ピント部は中央のみならず広い範囲まできっちり解像しており、繊細な画作りができます。驚いたのはコントラストで、これだけフレアが出ているのにも関わらずコントラストは依然良好で発色も鮮やかです。有名な同社のRE TOPCOR 58mm F1.4にも通じる描写理念をこのレンズからも感じることができます。ボケには安定感があり、背後のボケは四隅まで乱れる事はありません。一段絞るとフレアが劇的に消滅しスッキリとしたヌケのよい描写に変わります。絞りのよく効くレンズです。
★両レンズの解像感(シャープネス)の比較
今回も木馬を使って両レンズのピント部の解像感(シャープネス)を比較しました。ポートレート域で人物を撮影する事を想定し、被写体までの撮影距離を1.5m程度に設定して撮影しています。マクロ用レンズではありませんから近接撮影で比較しても意味がありません。画質の評価には下の写真内の赤枠部を100%にクロップした拡大写真を用いました。高画素機として知られるSONY A7R2を使いましたので、画像の記録密度は一般的な銀塩カラーネガフィルムの4倍程度です。両レンズとも絞りは開放とし、シャッタースピード等の条件を固定して撮影しています。
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AM Topcor @ F1.7(開放) SONY A7R2(WB:日陰) |
コントラストが高ければ発色も鮮やかですし、スッキリとしたヌケの良い描写のレンズとなりますが、それだけではシャープな像にはなりません。今さら言うのも諄いのですが、高い解像力(分解能)とコントラストが両立した時に、はじめて解像感に富むシャープな像が得られます。
上の写真の一部を切り出したのが下の写真です。TOPCORほど解像力はありませんが、MAMIYAのカリカリ描写は見た目には十分な解像感を与えています。ただし、フィルムの記録密度を想定した解像力のため、例えば目の周りの質感に目を向るとトーンのつなぎ目が飛んでおり質感表現がベッタリとしているなど、既に分解能が限界に達しています。一方、TOPCORの解像力にはまだ余裕があり、もう一歩拡大しても緻密な質感表現を維持できそうです。コントラストも素晴らしいレベルです。
解像力はTOPCORの勝ち、コントラストは引き分け。TOPCORの方がトーンのつなぎ目がなく階調がよく出ており、細部までキッチリと描き切る解像感に富んだ像ですが、エッジの効いたSEKORの画も見た目には十分な解像感を与えます。SEKORは解像力がSONY A7R2の4240万画素を活かしきれずにサチっているようです。ただし、このように大きく拡大でもしない限り、両レンズのシャープネスに大きな差は見出せません。
評価は互角ですがトーナメント方式ですので、ジャッジしないといけません。フレアを容認しながらも解像力を重視したTOPCORでしたが、コントラストはMAMIYA CSと比べ遜色ありません。この点(踏ん張りどころ)は考慮すべきでしょう。TOPCORに軍配を挙げたいとおもいます。