ロシアの16mmシネマムービー用レンズ part 2
35mmフォーマットをカバーできる
ユニライトタイプの映画用レンズ
KMZ VEGA-9(ベガ9) 50mm F2.1(ライカL改造)
16mmフィルムの映画用カメラに供給されたレンズはイメージサークルが小さく、使用できるカメラが限られるため、35mmフィルムの映画用レンズに比べ手頃な価格で手に入れることができるが、中には16mmフィルムを大幅に超える広いイメージサークルを持つレンズがあり、マイクロフォーサーズセンサーやAPS-Cセンサーを搭載したミラーレスカメラでも撮影を十分に楽しむことができる。ロシアのKMZ(クラスノゴルスク機械工場)がソビエト時代の1965年から1989年にかけて映画用カメラのKrasnogorsk-1・2・3とともに市場供給したVEGA-9(ベガ9)50mm F2.1は、まさにそういう類のレンズであろう。このレンズを搭載したKrasnogorsk-3は生産台数10万台を超える記録的なヒット商品となり、映画撮影はもとよりテレビ局のニュース取材などにも使われた映画用カメラの名品として知られている。現在でも流通価格の安さからアマチュア映画界では高い人気を集めており、このカメラを取り巻く幅広い付属品と活動的なコミュニティが存在する。Krasnogorskマウントのレンズについては、ロシアのRafCameraやCameraGunからミラーレス機用のマウントアダプターが市販されており、eBayで手に入れることができる。
Vega-9のレンズ構成は下図に示すような4群5枚で、英国Wray社のC.G.Wynee(ワイン)が1944年にガウスタイプからの発展形として考案したUnilight(ユニライト)を源流としている。ガウスタイプよりレンズを1枚減らしコスト的に有利としながらも、口径比F2では収差的にガウスタイプに肉薄する高い性能を実現できる[文献1]。一般にユニライトタイプはガウスタイプに比べ、画角を広げる際に四隅で色滲み(倍率色収差)と像面湾曲が目立つ特徴がある。歪み(歪曲収差)についてもガウスタイプは樽型であるのに対し、ユニライトタイプは糸巻き型となっている[文献2]。
VEGA-9のレンズ構成図:GOI lens Catalog[文献3]に掲載されていた構成図からの見取り図(トレーススケッチ)である。設計構成は4群5枚のUnilight型で、ガウスタイプの後群側にあるはり合わせユニットが一枚の凹メニスカスに置き換わっている |
eBayにはかなりの数の個体が流通しており、相場は実用レベルが50~60ドル、美品が60~80ドル程度からとこなれている。本品は2017年12月にウクライナの個人セラーがeBayに出品していたものを4800円(送料込み)の即決価格で落札購入した。コンディションは「ガラスはクリーンで傷はない。新品のようなコンディション」とのこと。届いたレンズはホコリも少なく良好なコンディションであった。
VEGA-9を取り上げようと思ったのは、イメージサークルが一回り広いシネマ用35mmフィルム(APS-Cフォーマット相当)を包括できるという事前情報を得たからである。デザイン的にもゼブラ柄の絞り冠が美しく、スペックは50mm F2.1と申し分ない。ここまで条件の揃ったシネレンズならば、本来はもう少し高値で取引されてもおかしくないが、ユーザーレビューが極めて少なく、中古市場の取引相場は状態の良い個体でも3500円程度からとジャンクレンズ並みの扱いをうけている。いったい何が不人気なのかと試しに買ってみたところ、原因は何となく理解できた。最短撮影距離が0.9mと長いことに加え、これを克服するための直進ヘリコイドへの移植(改造)にかなり手こずるのである。レンズは後群側の鏡胴径が43mmと微妙に太く、バックフォーカスも短かいなど、このままの市販のM42直進へリコイドに搭載するのは不可能であることがわかる。代わりに太いM46ヘリコイドやM52ヘリコイドに搭載するという手もあるが、バランス的にみるとミラーレス機との相性が悪く、外観もヘリコイドの部分が大きくなるため、スマートな改造には見えない。通常、こういう場合にはレンズ本体のヘリコイドを捨て、レンズヘッドだけの状態にしてからM42直進ヘリコイドに移植するのだが、これは同時に美しいゼブラ冠を捨てることにもなる。スッキリとした解決策が見当たらない所に不人気の原因があるのだろう。それでも太いヘリコイドに乗せ不格好になるよりはマシなので、レンズヘッドのみをM42ヘリコイドに移植することにした。ところが、鏡胴からレンズヘッドを抜き出してみたところ、更なる困難が待ち構えていた。なんと絞り冠の制御をレンズヘッドに伝える連動部が前玉側ではなく後玉側についており、直進ヘリコイドに移植しても、このままでは絞りの制御ができないのである。久々にエグい難問を突き付けられプルプルと悶絶してしまった。何かよい改造方法はないものかとノギスを片手に試行錯誤を繰り返していたところ、メシを食べ終わったあたりで良いアイデアが浮かんできた。うまくゆけば一連の問題がいっぺんに解消できる。ならば、さっそく実践だ!
アイデアとはレンズヘッドをM42直進ヘリコイドの奥の方にマウントするというものだ。ヘリコイドの内部には新たにマウント用の土台を設置する必要があるが、こうすることで絞りの制御はフィルター枠を回すだけとなり、同時にフランジバックも稼げるので、カメラとの互換性において有利になる。計算上では直進ヘリコイドに乗せることで最短撮影距離を0.9mから0.4mまで短縮させることができ、ライカLレンズとして使用可能になる。素晴らしい!。そして、最後の極めつけはVEGA-9本体のヘリコイドからとりだしたゼブラ冠を、移植先である直進ヘリコイドのM42ネジ(レンズ側)に取り付けてしまうというアイデアだ。以下では改造手順のヒントを写真で示してゆく(あくまでもヒントなので細い所は質問せずにご自身で考えてください)。
★改造の手順
まずは、VEGA-9本体の鏡胴からレンズヘッドを抜き出す。鏡胴の後群側を手で押さえ、フィルター枠を持って前群側を手で回すと、鏡胴が真っ二つに分離でき、下の写真のようなレンズヘッドが取り出せる。
余談ではあるが、ステップアップリングを装着した分だけマウント部が嵩上げされているので、話題のAFアダプターTECHARTのLM-EA7に搭載した場合にもモーターカバーに干渉することなく、問題なく使用できる。
続いて、下の写真の左側のように直進ヘリコイドの内壁にフェルトを貼りつけ内径を少し狭くしておき、ヘリコイドの奥の天板にステップダウンリングを逆さ向きの状態でエポキシ接着する。接着の際は接着面にサンドペーパーをかけエタノールで油分を除去しておけば接着強度が向上する。エポキシ接着剤は軽金属用を用意し、安物ではなく溶接の代用にもなる最強レベルのものを使用することをオススメする。恐らくこれで大人が力いっぱい引っぱっても、あるいは木槌で叩いてもビクともしない耐急性になっているが、強度がまだ不安だという方はドリルで下穴をあけたあとハンドタップでネジ山を作り、ネジで固定するとよいだろう。さて、接着が十分に硬化したら、今度は写真の右側のように39-40.5mmフィルターステップアップリングとM39-M42マウント変換リングを組み合わせた部品を直進ヘリコイドのM42ネジに装着する。
そろそろゴールは近い。VEGA-9本体から取り出したヘリコイド冠を先ほど取り付けた39-40.5mmステップアップリングの上に被せ、ネジ止めまたは接着により固定する(下の写真・左および中央)。最後にVEGA-9のレンズヘッドを内部の27mm径のネジに据え付ければ完成だ。レンズヘッドとゼブラ冠の間に隙間ができてしまうので、40.5-38mmステップダウンリングをレンズヘッド側にエポキシ接着剤で固定しておくと仕上がりが綺麗になる(下の写真・右)。
VEGA-9(L39改):最短撮影距離(改造後)0.4m, 絞り羽 10枚構成, 絞り F2.1-F22, 重量(改造後) 164g, ライカLマウント改造, フィルター径 40.5mm |
[1] Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens/キングスレーク著「
[2]「レンズ設計のすべて―光学設計の真髄を探る」 辻定彦(電波新聞社)
[3] Catalog Objectiv 1970 (GOI): A. F. Yakovlev Catalog, The objectives: photographic, movie,projection,reproduction, for the magnifying apparatuses Vol. 1, 1970
★撮影テスト
ピント部のど真ん中はたいへん緻密で解像力があるものの、中央から少し外れると途端に描写が甘くなるのは、いかにもシネレンズらしい写りだ。線の細い美しい描写はこのレンズ最大の長所といえる。開放からすっきりとしていてコントラストは良好だが、トーンはなだらかで階調描写には適度な軟らかさがある。ボケは硬くザワザワとしており、フルサイズ機で用いる場合には距離によって背後に若干のグルグルボケが出ることもある。同じ硬めのボケでもペトリのレンズような質感を潰したボケではなく、表面の質感を残した細かいボケ味となっている。カラーバランスは癖などなく至ってノーマル。歪みは確かに糸巻き状であった。フルサイズ機で用いると四隅に僅かなケラれがみられるが、趣味で写真を撮る分には全く問題のないレベルであろう。光量の落ち方がたいへんなだらかなので、使い方ひとつで中央を引き立たせる素晴らしいグラデーション効果を得ることができる。欲を言えばもう少し立体感が欲しいところだ。まずはフルサイズ機のSONY A7R2による写真作例から見てみよう。
F2.8, sony A7R2(WB:日陰 ISO1600) 四隅の光量落ちは積極的に活用するのがよい。線が細い描写だ |
F2.8, sony A7R2(WB:日光 ISO1600) トーンもシャドーからハイライトまで全域でよく出ている |
F2.8(開放), sony A7R2(WB:日光 ISO1600) フルサイズ機で用いる場合、距離によっては少しグルグルボケがでることもある。 |
F2.1(開放) sony A7R2(AWB)+Techart LM-EA7: 開放でもスッキリとしていて透明感のある描写だ。背後のボケはザワザワとざわついている |
F8, sony A7R2(WB: 日光)+Techart LM-EA7: 充分に絞って遠方を撮るとケラれは顕著に目立つはずだが、この写真が示すようにVEGA-9では、それほど目立つものにはならない。フルサイズ機との組み合わせでも十分に運用できるレンズだ |
F2.1(開放), sony A7R2(WB: 日陰)+Techart LM-EA7: ど真ん中はシャープで緻密。開放でこのレベルとは大した性能だ |
続いて、APS-C機あるいはマイクロフォーサーズ機での写真作例だがレンズを貸している知人達から提供してもらう予定だ。