おしらせ

2025/08/25

YASHICA YASHINON-DX 45mm F1.7

名機ELECTRO 35の主力レンズを

デジタルミラーレス機で試す

YASHICA YASHINON-DX 45mm F1.7 

ELECTRO 35はヤシカが1960年代に市場供給していたレンズ固定方式のレンジファインダー機です。発売からすでに60年が経過し、電子回路の寿命によって故障した個体が、カメラ店のジャンクコーナーに数多く並ぶようになりました。そうした中から、レンズの状態が良好と思われる数台を拾い上げ、カメラ本体からレンズを摘出し、改造を施して再利用することにしました。

搭載されているレンズは、描写力に定評のあるヤシノンDX 45mm F1.7です。フィルム写真の時代には青みの強い独特の描写が人気となり、「ヤシカブルー」などと称されることがありました。かねてより気になっていましたが、ロモグラフィーの公式サイト[1]に掲載された作例写真を目にし、その青の深みや美しさ、粒状感との相性に心を奪われ、興味がさらに高まったのをよく覚えています。

このレンズは先代機YASHICA MINISTER 700に固定レンズとして初めて採用され、その後、Electro 35シリーズに継承されました[2,3]Electro 35は世界的なヒット商品となり、1975年の最終モデルまでに累計約500万台が販売されたとされています。往年の名機に搭載されていたこの名レンズを蘇らせ、現代のデジタル撮影に活用できるようになったのは、レンズ交換が可能なミラーレス機の登場による恩恵です。

レンズの設計者については確定的な情報はありませんが、藤陵嚴達氏によるものとされており[4]、藤陵氏自身も回顧録[5]の中で「ヤシノン交換レンズ群、エレクトロ35用レンズ等を設計」と述べています。藤陵氏は、八洲光学工業からズノー光学(旧・帝国光学工業)を経て、1961年にヤシカへ移籍。国友健司氏とともに、有名なZUNOW 50mm F1.1の後期型(1953年発売)の設計を手がけた人物としても知られています。


★参考文献・資料

[1]  Lomography : Yashinon-DX 45mm F1.7

[2] ヤシカ・ミニスター700 デラックス マニュアル 

[3] Electro 35 GT instruction manual

[4] 光学設計者 藤陵嚴達 ~ズノー、ヤシカ、リコー~,  脱力測定(2021) 坂元辰次著 

[5] 藤陵嚴達「六十年の回想」

Yashinon 45mm F1.7の構成図:設計構成は4群6枚のガウスタイプ

  

撮影テスト

定評あるレンズだけに開放からシャープで抜けがよく、すっきりとした描写が印象的です。発色は鮮やかで、コントラストの高さがその描写力を裏付けています。一方で、開放時には周辺光量の低下がやや目立ちます。ボケは大きく乱れることなく、ぐるぐるボケや放射ボケが目立つことはありません。歪曲収差は良好に補正されており、構図の安定感に寄与しています。逆光下では、角度によってシャワー状のゴーストが盛大に現れることがあり、使い方次第では印象的で遊び心のある画づくりが可能です。

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 日光)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8 Nikon Zf(WB:日光)
F1.7(開放) Niokon Zf(WB:日光) def








F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日光)abc


F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日陰)


F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

2025/07/18

Chiyoko Super Rokkor 5cm F2 Leica screw(L39) mount



千代田光学の標準レンズ 2
残酷な宿命を背負ったズミクロンコピー
Chiyoko Super Rokkor 5cm F2 

レンズの特徴や性能を知るには、先ずは構成図に目を向けるのが手っ取り早いわけですが、本来はガラス硝材にも目を向けなければならない事をこのレンズは教えてくれます。伝説の名玉で知られるライカ・ズミクロンMの構成を模倣したことで知られる、千代田光学のSuper Rokkor 50mm F2です。レンズの構成は下図・右のような67枚で、下図・左のズミクロン初期型(1953年登場)と全く同じです。ただし、手本にしたズミクロンがランタン系の新種ガラスを何枚も使用したいへん高性能であったのに対し、スーパー・ロッコールは新種ガラスがまだ使用できず、ショット社からの買い入れも社内では認められませんでした[1]。やむを得ず新種ガラスを用いずに設計されたスーパー・ロッコールの性能に対しては社内からも不満が噴出し、社外でも雑誌の評価では良いところがありませんでした[2]。レンズを設計したのは「梅鉢」の愛称で知られるSuper Rokkor 45mm F2.8を手がけた斎藤利衛と天野庄之助の師弟コンビです。千代田光学精工がレンズを発売したのは1955年ですので、日本におけるズミクロン神話が生まれる少し前のことでした。レンズは1958年に新型カメラのminolta 35 IIB用と後継モデルのSuper Rokkor 50mm F1.8(設計者は松居吉哉氏)が登場したことで、発売から僅か3年で生産中止となっています。

この時代の日本製品は海外の製品を模倣しつつも、同等の製品を消費者に安く提供することにより評価されました。海外市場でどうにか受け入れられたのはオリジナル製品をただコピーするのではなく、研究と改良を重ね、本家と同等かそれ以上のものに練り上げる日本的なモノづくりの流儀があったからこそです。今回取り上げるスーパー・ロッコールはオリジナルの性能に遠く及ばない製品でしたが、こうした製品に対する世間の目は冷淡でした。


 
参考文献
[1] 「ミノルタ35用ロッコールレンズとその頃の裏舞台」小倉敏布, クラシックカメラ専科 No.58 朝日ソノラマ
[2]  ニューフェース診断室:ミノルタの軌跡  朝日カメラ(2001)
 

入手の経緯

レンズは2018年に国内ネットオークションを介して香川県のセラーから14000円で手に入れました。レンズは美品との触れ込みで、完璧なコンディションのはずでしたが、届いた個体に強い光を通して検査しますと、後玉端部のコーティングに若干の肌荒れ(微かなカビ跡?)がみられました。ただし、写真には全く影響の出ないレベルですので、これで良しとし、静かに引き取ることにしました。レンズの国内ネットオークションでの中古相場はコンディションにもよりますが、10000円から15000円あたりです。このクラスのライカマウントの標準レンズの中では、値段的に最も買いやすいレンズだと思います。


重量(実測)268g,  絞り羽根 10枚構成, 絞り F2-f22, 最短撮影距離 1m, フィルター径 43mm, ライカスクリュー(L39)マウント, 光学系 6群7枚ズミクロン型 
 
撮影テスト

さて、先入観を外してレンズの描写と向き合いましょう。使ってみた正直な第一印象としては、一見線が太いようにも見えるのですが、拡大像にはフレアが乗っており、どっち付かずの中庸な感じがします。個人の好みにもよりますが、せっかくガウスタイプなので、フレアは多少出ても中央部だけはもう少し緻密な像を吐いてほしいと思います。ただし、コントラストは悪くない印象です。ボケは周囲が僅かに流れるものの、ズミクロン同様に大きく乱れることなく、どのような距離でも概ね安定しています。

本家のズミクロンは全方位的に高性能で文句のつけどころのない優秀なレンズとして知られています。模倣した相手が優秀すぎたことが、このレンズの評価に過度な期待をかけてしまいます。しかし、そうした先入観を排除して考えるならば、こうしたレンズがあっても、決して悪くはないとおもいます。

 

F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)
F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)

F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)

F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)


F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空)

F2(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2(開放) Nikon Zf(WB:日光)