おしらせ

2025/07/01

Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica L mount)


千代田光学の標準レンズ 1

愛称は「梅鉢」、花弁紋のデザインが映える白銀レンズ

Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica Screw mount)

このレンズが「梅鉢」と呼ばれるようになった経緯について、いつ誰の発案で広まったのかを示す記録は残されていません。しかし、ピントリングの形状が日本古来の伝統文様「梅鉢紋」に似ていることから、その愛称で親しまれるようになりました。平凡なスペックながら独特の外観を備えていたため、古くから人気を集め、工業デザインの重要性を改めて実感させる製品の一つといえます。

このレンズは1947年に登場した Minolta-35I型)1953年の Minolta-35II型前期) に標準レンズとして供給され、19544月に後継モデル Super Rokkor 50mm F2.8 が登場したことで生産を終えました[1]。その間に推定約46,000本が製造されたとされます[2]

製造時期によって前期型と後期型に大別され、外観の細部に仕様変更が見られます。さらに光学設計にも小規模な改良が加えられたとする報告が複数あり、肉眼で比較すると前玉の曲率に差が認められることから、後期型では描写面に何らかの改善が施された可能性があります。構成は前期・後期ともにトリプレットを発展させた 35枚構成 で、前玉が珍しい3枚張り合わせとなっています。

同種の構成を持つ例としては、富岡光学がリコー社レンジファインダー機 Ricoh 35 DeLuxe に供給した固定式レンズ Ricomat 45mm F2.8 が挙げられます。Ricomatはシャープでコントラストが非常に高く高性能でしたが、Super Rokkorはコントラストが控えめでボケに独特の癖を持つなど、描写の個性が際立ちます。なお焦点距離が50mmではなく45mmと中途半端に設定されたのは、戦後間もない日本製フィルムがライカ判より一回り小さい 24×32mmの「ニホン判」 であったためです。

設計を担ったのは千代田光学の 斎藤利衛天野庄之助。斎藤氏については文献[4]に詳しい経歴が残されており、Super Rokkorに関しては小倉敏布氏による興味深い証言があります[3]。それによれば、斎藤氏は「設計しても設計しても満足のいくレンズができない」と嘆いていた時期があり、後に非点収差の計算式に誤りがあったことに気づいたといいます。部下に頭を下げて謝罪したという逸話も残されており、そのためか本レンズは非点収差が大きいとされます。

仮に設計上の誤りを抱えたまま世に出たとしても、このレンズが一定の人気を得ている事実は注目すべき点です。レンズの真価は数値的な性能だけでなく、写真家の作風との調和にあることを示しており、高性能・高スペックが必ずしも支持を保証するわけではないという教訓を、この「梅鉢」は語りかけてくれます。


文献[3]に掲載されていた後期型の構成図をトレーススケッチしたもの


参考文献・資料

[1]  クラシックカメラ専科No.12:ミノルタカメラのすべて   (朝日ソノラマ)

[2] 見よう見まねのブログ:Minolta-35の調査(5)交換レンズ

[3]  郷愁のアンティークカメラ Ⅲ・レンズ編 朝日新聞社(1993)

[4] 「ミノルタ35用ロッコールレンズとその頃の裏舞台」小倉敏布著  クラシックカメラ専科No.58(朝日ソノラマ)


入手の経緯

ネットオークションでの中古相場は、大きな問題がなければおおむね 2万円台前半 に落ち着いています。私は20189月、ヤフーオークションにて状態の良さそうな後期型を 18,800円 で落札しました。届いた個体は絞りリングがグリス抜けで軽く回りすぎる状態でしたが、それ以外には大きな不具合はなく、実用上は問題ありませんでした。ピントリングが一般的な一眼レフ用レンズに比べやや重いのは、距離計連動式レンズの特性として自然なものといえます。

前期型については比較のため知人から借用しました。この個体には軽いバルサム切れが見られたため、撮影テストの結果は参考程度にとどめています。後期型との間に顕著な性能差は認められず、コンディションの違いによる大きな影響は出ていないように思われます。

 


上段・下段とも左が前期型で右が後期型: 前期型:フィルターねじ無し,, 絞り F2.8- F16, 絞り羽 9枚構成, 最短撮影距離 1m(3.3ft),  3群5枚 変形トリプレット,  ライカスクリュー(L39)マウント, 定格イメージサークル 24x32mm(ニホン判) ;  後期型:フィルター径 34mm, 重量(カタログ値) 164g,  絞り F2.8-F16, 絞り羽 9枚構成, 最短撮影距離  1m(3.3ft), 3群5枚 変形トリプレット型, ライカスクリュー(L39)マウント, 定格イメージサークル 24x32mm(ニホン判) 

  

撮影テスト

私がこのレンズに関心を持ち、取り上げようと思った理由は、設計者が非点収差の計算ミスを自ら認めたという驚くべき逸話と、それにもかかわらずレンズ自体が人気を博しているという、一見矛盾する二つの事象がどのように折り合いをつけているのかを見極めたかったからです。

非点収差の設計ミスが大きく影響するならば、四隅の像が甘くなり、いわゆる「グルグルボケ」が顕著に現れることは容易に想像できます[1]。しかし実際に撮影してみると、両モデルとも確かにグルグルボケは目立つものの、意外なほどしっかりと写ります。開放から中央部は非常にシャープでコントラストも良好、発色にも癖がなくすっきりとした描写です。ただし周辺に向かうにつれてフレアが目立ち始め、シャープネスやコントラストはやや低下します。中央と四隅の画質差が大きいレンズといえるでしょう。

歪みに関しては、文献[3]にほぼ皆無とする検査データが公開されていますが、実写ではわずかに糸巻き型の歪みが確認できます。口径食や周辺光量落ちはそれなりに見られますが、もともと本レンズのイメージサークルがライカ判(フルサイズフォーマット)より小さかったことを考えれば、性能そのものが劣っていると断じるのは適切ではありません。

極端な近接撮影や広大な風景撮影を主体としない限り、通常のスナップ用途においては大きな問題とはならず、むしろ個性的な描写を楽しめるレンズといえるでしょう。

後期モデル+ Nikon Zf

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F4 Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf(BW mode)

F4 Nikon Zf(WB:日光)




F2.8(開放)

F2.8





前期モデル+ Nikon ZF

今回入手した前期型の個体はコンディションが良好とは言えず、クモリはないもののバルサム剥離が確認されました。撮影結果への影響は小さいと考えていますが、作例については参考程度にとどめたいと思います。

実写では後期モデルと同様に、非点収差に起因するグルグルボケが見られました。ただし、ピント部中央はシャープでヌケが良く、すっきりとした描写を示しています。設計変更が加えられているとの情報から、前期型と後期型の間には画質面で大きな差があるのではないかと予想していましたが、実写からは明確な違いを感じ取ることはできませんでした。

機会があれば、より状態の良い前期型を入手し、改めて後期型との比較を試みたいと考えています。

  

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF


F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF
F2.8(開放) Nikon ZF
F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF

F2.8(開放) Nikon ZF


















 

このレンズの人気と、設計ミスが存在したという事実がどのように折り合いをつけているのかという疑問には、いまだ明確な答えを見出せていません。ただ一つ言えるのは、商品価値を左右する要素の中で 工業デザインの重要性 が極めて大きいということです。

「梅鉢」は外観の美しさに優れ、現代のブラックカラーを基調とするデジタルカメラに装着しても、見事に調和し格好良さを際立たせます。この点については、私の周囲のレンズ愛好家たちも口をそろえて同じ意見を述べ、「梅鉢は良い」と賛同してくれます。

人間にたとえるならば、外見が魅力的であれば多少の欠点があっても世間から称賛される、ということに相当します。あなたはそのような在り方を許容できるでしょうか。

2025/06/27

YASHICA Auto YASHINON 5.8cm F1.7 (pentamatic II)



1960年登場、時代を先取りした世田谷光機の大口径標準レンズ part 2

YASHICA (SETAGAYA Koki OEM Product) YASHINON 5.8cm F1.7  PENTAMATIC mount

前回の記事で紹介した SEKOR 58mm F1.7 は、世田谷光機がマミヤの一眼レフ Prismat NP1960年) および Prismat WP1961年) 向けに供給した、マミヤブランド名義の OEM レンズです。じつは同時期、このレンズと光学系がまったく同一の覆面レンズが、ヤシカにも YASHINON 名で OEM 供給されていました。それが、ヤシカが 1961 年に発売した PENTAMATIC II 用交換レンズ YASHICA YASHINON 5.8cm F1.7 です[1]。光学系が同一であるため描写も SEKOR と変わりませんが、残念なのは Pentamatic マウントが特殊規格であるため、市販のマウントアダプターが存在しない 点です。現代のデジタルカメラで使用するには、マウント部を改造するか、この規格に対応したアダプターを自作する必要があります。レンズ構成は下図に示すように、オーソドックスな 4 6 枚のガウスタイプ。開放 F1.7 を実現するため、前群には屈折力を稼ぐための厚みのある正レンズが用いられています。このクラスのレンズでは、貼り合わせを分離して空気層を設ける構成が採られることも多いのですが、本レンズではそのような処理は行われていません。

設計構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプです。左が被写体側で右がカメラの側となります.構成図はPentamatic II instruction manualからのトレーススケッチです
 

入手の経緯

レンズは特殊なマウント規格であるため、単体で市場に出回ることは少なく、ほとんどがカメラ本体とのセット品として流通しています。PENTAMATIC 系のカメラ自体は、国内の中古店やネットオークションで常に見かける存在で、相場は概ね 12 万円前後といったところです。

私が入手したのは、メルカリで見つけた 故障したカメラとコンディション不明のレンズのセットで、価格は 4,500 円でした。カメラ側からはマウント部を取り外し、アダプター自作の素材として再利用しています。一方のレンズは幸いにも状態が良く、ガラスも非常に綺麗でしたので、ヘリコイドグリスのみ交換して実用に供することにしました。

手に取るとレンズはずしりと重く、アルミなどの軽量金属がまだ本格的に使われる前の時代らしい質感があります。ヘリコイドを分解清掃し、新しいグリスを入れたものの、ピントリングには依然として独特のトルク感が残ります。

しかし、この時代の国産レンズに共通する“重めの回し心地”と考えれば、むしろ当時の設計思想や製造技術を感じさせる味わいとも言えるでしょう。

 

撮影テスト

前回取り上げた MAMIYA SEKOR F.C. と同一設計のレンズであるため、描写傾向も基本的には同じです。開放では写真の中心部のみがシャープに抜け、中心から外れるにつれて微細なフレアが被写体表面を薄く覆います。いわゆるオールドレンズらしい、柔らかく包み込むような質感表現です。

ただし、ピントが合った部分の像は四隅まで緻密に解像しており、線の細い繊細な描写が得られます。開放ではフレアの影響でコントラストが控えめになり、トーンは緩やかで滑らか。そのため、現代レンズにはない味わい深い描写を楽しむことができます。

ボケ味はやや硬めで、輪郭を残したザワつきのある後ボケが特徴的です。一方で前ボケはフレアに包まれ、非常に柔らかく溶けるような表情を見せます。像面の過剰補正気味の設計により解像力を優先していることが、こうしたボケの性質からも間接的に読み取れます。後のカラー時代のレンズではコントラスト重視の設計が主流となるため、ここまで積極的に過剰補正を行うことはほとんどありません。

近距離撮影では背景にグルグルボケが現れ、個性的な描写を楽しめます。絞りの効きも良く、絞り込むと一転してキリッとしたメリハリのあるトーンと、すっきりとした現代的な描写へと変化します。

F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)


F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)