おしらせ

2025/11/18

Leica Leitz APO-MACRO-ELMARIT-R 100mm F2.8

 


ライカRシステムの象徴的マクロレンズ

Leica Leitz APO-MACRO-ELMARIT-R 100mm F2.8(Leica R mount)

ライカ APO-Macro-Elmarit-R 100mm F2.8(通称 AME)は、1987年から2009年まで製造されたライカRシステム屈指の高性能マクロレンズで、無限遠から近接撮影まで対応する中望遠レンズとして初めてアポクロマート補正を導入した画期的な製品です。発表当時、その描写性能は衝撃的であり、瞬く間に画質の基準として広く認識されるようになりました。マクロ撮影における性能はもちろん、中望遠レンズとしてポートレート撮影でも優れた表現力を発揮します。

堅牢な鏡胴と組み込み式フード、そして光学的完成度の高さから、現在でも写真家や研究者の間では「Rシステムの憧れの一本」として長く愛用されています。ただし、設計の世代交代に伴い、近年ではインナーフォーカス方式とフローティング機構を備えた新世代のマクロレンズが登場し、徐々に新しい光学設計に追い抜かれつつあります。全群繰り出し方式を採用しているため、軽量化やコンパクト化には不利で、本体重量は760gにも達します。気軽に持ち歩ける携帯性よりも、画質と操作感を優先した「本気で撮るためのレンズ」と言えます。

設計構成は下図のようなガウスタイプをベースとする68枚で、コンピューター設計により高度に最適化され、色収差と歪みを徹底的に抑制、開放から極めて高い解像力とコントラストを誇ります。近接撮影性能を高めるため、ガウスタイプの後部に専用の光学群を追加しています。この追加群は近距離での描写を向上させる一方、遠距離撮影時には光学性能に一定の制約をもたらします[1]。とはいえ、マクロ域とポートレート域の描写力を向上させることに特化した、卓越した光学系と捉えるべきでしょう。

焦点距離100mm・開放F2.8というスペックは、マクロ撮影時での適度なワーキングディスタンスと取り回しの良さに加え、中望遠レンズとして理想的な画角を提供します。最短撮影距離は45cm、最大撮影倍率は1:2。専用のELPROクローズアップレンズを併用すれば、等倍撮影も可能です。

レンズは1986年から2005年の間に20000本が生産されていますが、2005年から2009年の間はデータがありません[2]。

レンズの構成図(トレーススケッチ):ガウスタイプを起点に、後部に正レンズと負レンズを追加した6群8枚構成です









 

参考文献・資料

[1] Erwin Puts – "Leica-R Lenses"

[2]  Camera wiki Leica forum: 100mm f/2.8 APO-Macro-Elmarit-R


中古相場・アダプターでの使用

販売は2009年に終了しています。当時の新品価格は27万円程度だったそうです。現在は中古品のみが市場に流通しており、相場は16万円~25万円程度と言われています。今回手にした個体は私自身で購入したわけではなく、写真光学研究会の会員の方からお借りしました。代々木の中古カメラ店が店をたたむ際に、安く譲っていただいたものだそうです。レンズはフランジバックの長いライカRマウントですので、アダプターを介して35mm一眼レフカメラとミラーレスカメラで使用できます。ただし、ライカMマウントを経由すると、中判デジタル機のGFXシリーズではアダプターの間口でケラれてしまいますので注意がいります。


重量(カタログ値) 760g, 最短撮影距離 0.45m, 製造年 1987-2009年, フィルター径 E60(60mm), 設計構成 6群8枚, 絞り F2.8-F22, 絞り羽根 7枚構成, フード組み込み, ライカRマウント
 
 

 

 

写真作例 

MTF曲線を見ても明らかですが、絞り開放でも、画面全体にわたって高いコントラストと均一な解像力・解像感が得られます[1] 。中心から周辺まで、非常に細かいディテールが鮮明なエッジ、微妙な階調の陰影によって精緻に再現されます。周辺光量の低下は開放でも小さく、絞りをf5.6まで絞ると画面全域の照度が完全に均一になります。驚いたことは、こうしたピント部の画質が絞り開放時とF5.6まで絞り込んだ時で、見た目には殆ど変化しないことです。

絞り込むことでコントラストは僅かに向上し、微細な質感がより明瞭に描写されます。また、f5.6まで絞り込んでもフォーカスシフトもほとんど認められません。深く絞り込むと、回折のため中心部のコントラストや解像感が僅かに低下するあたりは、多くのマクロレンズに共通する性質で、このレンズも例外ではありません。ただし、回折の影響はかなり改善しており、影響は他のレンズに比べ小さく感じます。デジタル撮影時にもパープルフリンジは全く見られず、歪曲収差はほぼゼロ。グルグルボケや放射ボケなどについても全く出ません。

発色は寒色寄りに転ぶという見解を作例付きでよく目にします。カラーバランスの補正を決めるコーティングの味付けがそのように設定されているためでしょう。ここはメーカーごとの匙加減により決まります。


F2.8(開放) まずはマクロ撮影のお手並み拝見。開放なのでピントは薄く、右側が被写界深度から外れてしまいましたが、中央と左側はしっかり被写界深度内に収まっています。素晴らしい結像性能です

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)














F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F5.6  Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf  (WB:日光)  強い逆光のためグレアが出ています

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)


F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)



F2.8(開放) Nikon Zf



F4 Nikon Zf










2025/11/15

Voigtländer SKOPARON 35mm F3.5 (Prominent)


あらら、プロミネント用アダプターに装着できないとは。想定外の出来事に、思わず心がときめくではないですか。

凹メニスカスの静かな主張:アダプターが使えないからオフロード走行でひた走る

Voigtländer SKOPARON 35mm F3.5

1950年代初頭はバックフォーカスを延長したレトロフォーカス型広角レンズが登場し始めた時期です。アンジェニュー・タイプR1やカールツァイス・フレクトゴンなどが先陣を切り、この分野のパイオニアになったことで知られていますが、フォクトレンダー社からも同種のレンズが市場供給されていたことは、しばしば見過ごされがちです。同社のレンジファインダー式カメラ「プロミネンⅠ型(1950年発売) 」 に搭載する広角レンズとして1954年に発売されたスコパロン35mm F3.5のことです[1]。

このレンズがあまり注目されないのも無理はありません。多くのレトロフォーカス型レンズが一眼レフカメラのミラー干渉を回避する目的で設計されたのに対し、スコパロンはフォクトレンダー社が自社のカメラに採用したビハインドシャッター方式に対応するための設計でした。後に一眼レフカメラ黄金時代が到来することを考えると、この特殊なカメラ機構への対応という変則的な事情が、スコパロンの技術史的な位置付けを曖昧にしてしまったのです[2]。

注目されない原因はもう一つあり、極めて特殊なフォーカス機構です。このレンズには光学系全体が鏡胴内部で前後に移動する、インナーフォーカスにも似た構造が備わっています。ただし、インナーフォーカスが光学系の一部のレンズ群のみを移動させるのに対し、スコパロンは全群繰り出し方式のため、マウント部に繰り出し量を制御するための機構が別途必要になりました。このような特殊性が、ノクトンやウルトロンなどに使われる一般的なプロミネン用アダプターの装着を不可能にしており、結果としてプロミネント本体で扱う以外の選択肢がありません。技術的な「時代の主流」から外れ、奇抜な独自路線を築いたフォクトレンダーらしいアプローチとも言えますが、現代のデジタルカメラとの相性は劣悪で、デジタルカメラでの作例が現在のインターネット上に皆無なのも、このマウント・フォーカス機構の特殊性に起因する事態と言えます。

とはいえ、手元に届いたのも何かの縁。マウント部にM42ネジを設置する加工を施し、直進ヘリコイドに搭載。下の写真のようにライカL39マウントレンズとしてミラーデジタルレスカメラで使用できるカスタム仕様にしました。

(a) M42リングを装着したところ。側面からイモネジで留めつつ、接着剤で補強をすれば耐久性的には十分かと思います (b) M42 to M39ヘリコイド(17-31mm)を装着したところ。白銀のスポーツカーにオフロード用タイヤをはめたような不思議な感覚です。これで結構な近接域まで寄れマクロレンズのようにも使えます


レンズ構成はレトロフォーカス型レンズの創成期によくある典型的なスタイルで、既存のレンズ構成をマスターレンズとし、前方に凹メニスカスレンズを据え付けた形態です[3]。本レンズの場合はマスターレンズがテッサータイプとなっています(下図)。一眼レフ用レンズとは異なり、バックフォーカスの延長量が一般的なレトロフォーカスレンズよりも短いため、凹メニスカスには度数の比較的の小さなものが採用されています。口径比もF3.5と無理がなく、黎明期のレトロフォーカスタイプにしては、案外とよく写るレンズなのかもしれません。

本レンズを設計したのはフォクトレンダー社でノクトンやウルトロン、カラースコパー、スコパゴンなどの設計を手がけたトロニエ博士(A.W.Tronnier)です[3,4]。1952年にレンズ構成の米国特許を公開しました[3]。 レンズは1954年から市場供給されています[1]。

左: A.W.Tronnier 45-46歳のイラスト(似顔絵),   右: Skoparon構成図(トレーススケッチ)




 

入手の経緯

このレンズをデジタルカメラで活かす事の出来るマウントアダプターがないため、中古市場での人気は今ひとつです。海外ではeBayなどのオークションサイトで110ユーロ/130ドル(20000円)前後からの値段で取引されてます。日本ではヤフオクやメルカリでの個人売買が15000〜20000円程度、ショップでは20000~25000円程度からです。私は202511月にメルカリにて状態の良い個体を見つけ購入に至りました。商品の説明には「外観・レンズともに非常に状態の良い美品」とあり、実際に届いた品も、わずかなホコリの混入を除けば申し分のないコンディションでした。プロミネント用アダプターに装着できないことが発覚したのは手元に届いた後です。どうしよう。自分が一番乗りになれるかもと予期せぬ事態にガッツポーズをしたものの、嬉しさ半分、困惑も半分です。


参考資料 

[1] Vogtlander Prominent カタログ "because the lens is so good" (1954)

[2] Rudolf Kingslake "a history of the photographic lens" / 「写真レンズの歴史」ルドルフ・キングスレーク クラシックカメラ選書11;  OPTICAL SYSTEM DESIGN By Rudolf Kingslake(1983) Academic Press Inc.

[3] 米国特許  US2746351A(1952年)

[4] Voigtländer "weil das Objectiv so gut ist", Voigtländer A.G., Kameras, Objectivem Zubehur; Voigtländer 1945-1986 UDO AFALTER(1988)

Voigtlander SKOPARON 35mm F3.5: 重量(実測) 230g, フィルター径 45mm, マウント規格 プロミネント外詰めマウント, 絞り羽 9枚構成, 絞り F3.5-F22, 最短撮影距離 2.3feet(約0.7m),設計構成 4群5枚レトロフォーカスタイプ, 発売年 1954年

 

撮影テスト

この時代のレトロフォーカス型広角レンズはコマ収差の対応方法が発見される前の製品ですので、開放では滲みを伴う軟調かつ柔らかい描写を期待することができます。ただし、今回取り上げるスコパロンは前玉に据えた凹メニスカスの度がそれほど強くないうえ、開放F値も3.5と無理のない設定になっていますので、画質的な破綻は無いのかもしれません。写真作例を見てみましょう。

F5.6 Nikon Zf(WB:日光)
F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)


F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光) abc


F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)




F5.6 Nikon Zf(WB:日光)
F5.6 Nikon Zf(WB:日光)


F5.6 NikonZf(WB:日光)
F3.5(開放) Nikon Zf (WB:日光)










とまぁ、見てのとおりに、予想といいますか期待は見事に外れ、かなりの優等生レンズでした。ライバルであるツァイスのBIOGONとライツのSUMMARONを迎え撃つだけのことはあります。開放でもピント部は隅まで高解像で端正な描写で、F2.8系のレンズよりも明らかに優れています。気づいたことと言えば開放で近接を取る際に、四隅の前ボケで像が少し流れることがあるくらいです。滲みは僅かでスッキリと写り、歪みは良く補正されています。トーンは見てのとおりに開放で軟らかく軽やかです。少し絞れば死角は全くありません。最高級カメラのプロミネントに搭載されるレンズというだけのことはあります。