Trioplanの素晴らしい描写力に出会ったのはドイツ人が開設しているこちらのWEBサイトである。初めて訪れた時の衝撃を今でもよく覚えている。このレンズを用いれば、ごくありふれた風景が今まで見たことも無いようなファンタスティックな光景に置き換わってしまうのだ。幻覚にも似た素晴らしい写真効果が得られるのである。
PART3:銘玉TRIOPLAN 100mm F2.8
Meyerの望遠系レンズには端正な写りが評判のTelefogar(テレフォガー)90mm F3.5やボケ・モンスターの異名を持つOrestor(オレストール) 135mm F2.8など注目度の高いレンズが揃っている。中でも最近、圧倒的な人気を誇るのがTrioplan(トリオプラン)100mm F2.8である。設計構成は廉価品扱いの絶えないトリプレットで、焦点距離は100mmとやや不人気のカテゴリーにある。レアな製品と言えるほど流通量が少ないわけでもない。何がそんなに人気なのかというと、このレンズでしか表現できない独特のボケ「バブルボケ」である。このレンズで撮ると被写体の背後に現れる点光源のボケが背景から剥離し、空間を漂うシャボン玉の泡沫(ほうまつ)のように見えるのだ。ユニークなのは大小不揃いのシャボン玉が立体的に浮き上がって見えるところである。シャボン玉の大きさが不揃いなのは望遠レンズ特有の圧縮効果によって近くの点光源と遠くの点光源が空間的に接近して見えることによる。また、立体的に浮き上がって見えるのはシャボン玉の輪郭に光が強く集まる火面(Caustics)と呼ばれる現象のためである。この種のボケは二線ボケやリングボケとともに、球面収差を過剰に補正することで発生する。光学系の能力を超えた無理な大口径化を根本原因とし、収差の脹らみを無理に抑え込んでいるため、絞りを開ける際に起こる急激な反動(高次球面収差の膨張による急激なフォーカスシフト)がシャボン玉の輪郭に光の集積部を生み出すのである[文献1,2]。100mmの焦点距離でF2.8の口径比を実現したTrioplanは、トリプレットタイプとしては異例の超大口径レンズである。画質的に無理な設計であることは明白だが、そのおかげで写真表現に新たな可能性が生み出されている点を見逃してはならない。Trioplanを用いた作例には収差の特性を取り入れたオールドレンズ的な演出効果が分かり易くあらわれている。これからオールドレンズをはじめようと意気込んでいる方にも自信をもってお薦めできる素晴らしいレンズだ。
Trioplanは1913年から1966年まで生産されたHugo Meyer社の主力ブランドである。今回取り上げた100mm F2.8のトリオプランは戦前にStephen Roeschleinが設計したモデルがベースとなっている。RoeschleinはPrimoplanの初期型を設計した人物でもある。製品名の頭に付くTrioはこのレンズが3枚玉のトリプレットであることを意味している。初期の製品は大判撮影用のモデルが中心であったが、1936年からはEXAKTA用とLEICA用に3種のモデル(10cm F2.8/10.5cm F2.8/12cm F4.5)が登場し、1940年からはEXAKTA用に5cm F2.8の標準レンズも追加発売されている。戦前のモデルは重量感のある真鍮鏡胴であったが、1942年から軽量なアルミ鏡胴に置き換わっている。また、戦後になって光学系が再設計され、解像力と周辺画質が向上している。戦前のモデルと戦後のモデルでは描写傾向がかなり異なるようでバブルボケが発生するようになったのは戦後になってからのようである。戦後の望遠モデルは焦点距離が100mmのみに1本化され、1951年から1966年まで15年間生産された。このモデルの対応マウントはM42/EXAKTA/Praktinaと少なくとも3種存在する。シルバーとブラック(希少)の2種のカラーバリエーションに加え、1958年からEXAKTA用に黒鏡胴ゼブラ柄モデル(Trioplan N)が追加発売されている。なお、確かなエビデンスの無い情報ではあるが、Meyer-OptikブランドがPENTACONブランドに置き換わった後も、Trioplan 100mm F2.8はプロジェクターレンズのDiaplan 100mm F2.8として存続したようである(Mr. Markus Keinathが描写傾向を同定し、海外のオールドレンズ掲示板で情報を広めている)。戦後の35mm判としてはExakta/Praktina/M42/Altix用に50mm F2.9の標準レンズも供給されていた。こちらのレンズは1963年まで生産されDomiplanに置き換わることで同社のラインナップから消滅している。詳細は不明だが他にも7.5cm F2.9や80mm F2.8などの希少モデルが存在していたようである。戦前のTrioplanはバリエーションが豊富にあるので、調べればいろいろでてくる。
Trioplan 100mm構成図(文献4からのトレーススケッチ)左が被写体側で右がカメラ側となっている |
参考文献1:球面収差の過剰補正と2線ボケ,小倉磐夫著, 写真工業別冊 現代のカメラとレンズ技術 P.166
参考文献2:球面収差と前景、背景のボケ味,小倉磐夫著, 写真工業別冊 現代のカメラとレンズ技術 P.171
参考文献3:PAT. No. DE1,805,326(21 October 1959 )
参考文献4:OBJEKTIVE FOR KLEINBILD KAMERAS, MEYER OPTIK 1959パンフレット
★入手の経緯
★撮影テスト
Trioplanは典型的な「球面収差の過剰補正型レンズ」である。開放ではハロを纏う線の細い描写となり、1~2段絞るとハロが消失し解像力とコントラストが向上、カミソリのような高いシャープネスが得られる。ただし、階調描写は絞り込んでも軟らかい。開放からヌケがよく、発色はほぼノーマルで色のりは良好である。トリプレット型レンズの弱点である周辺画質とグルグルボケは長焦点のために目立たず、四隅まで良好な画質が維持されている。背景にリングボケや2線ボケの傾向がみられ距離によってはザワザワと煩いボケ味となるが、反対に前ボケはフレアを纏う美しい拡散を示す。リング状のボケを防止するには高次の球面収差を補正すればよいが、シンプルなトリプレットの構成ではパラメータ不足のため不可能。Trioplanの独特のボケ味はこうして誕生している。
このレンズでバブルボケを効果的に発生させるには少しコツを掴む必要がある。まず、絞りは開放に設定し、フルサイズ機またはフィルムカメラ(35mm判)に搭載して撮影することが前提である。次に遠景にシャボン玉の生成原因となる光源を用意する。やや逆光気味のアングルで、カメラマンから10~15m位はなれた場所にテカテカと光る被写体をとらえればよい。遠景にはシャドー部をとらえ、シャボン玉の存在を強く引き立てると更に効果的である。撮影距離は2m~3mあたりが一番良く、これよりも近接側だと後ボケが綺麗に拡散しシャボン玉の輪郭が保たれないし、反対に遠方側ではボケが小さくなりすぎてしまう。以下作例。
★入手の経緯
このところ過熱気味なTrioplanのブームには目を見張るものがある。このレンズは過去に雑誌などで取り上げられた経緯がなく、知る人ぞ知る隠れ銘玉として、これまで一部のマニア層が細々と認知してきた。ところが、この数年で海外での再評価が進み、eBayではM42マウントのモデルが500-600ドルとかなりの高値で取引されるようになった。しかも、飛ぶように売れているのだ。いったい誰が買い漁っているのかは分からないが、状態のよい美品クラスの個体には800ドルを超える高値がつくこともある。1年前の2012年6月には200ドル、3年前の2010年には100ドルで取引されていた安価なレンズであったが、中古相場は過去3年間で4倍以上にも跳ね上がっているのだ。描写に特徴があるという理由だけで、ここまで注目されるオールドレンズは稀であろう。
さて、今回私が入手したTrioplanは2013年1月にeBay(ドイツ版)を介しドイツの古物商から落札購入した個体である。商品の解説は「光学系、駆動系とも非常にコンディションの良いレンズである。ガラスに傷、クモリ、カビはない。前後のキャップがつく。100%オリジナルである」とのこと。出品者がカメラの専門業者ではなく単なる古物商であることが懸念材料であったが、返品に応じる規定を宣言していたので、思い切って入札することにした。競売による落札価格は460ドルで送料18ドルとまぁまぁの値段になってしまったが、届いた品は概観のスレとホコリの混入のみで、良好な状態であった。
★撮影テスト
銀塩撮影: Kodak Gold 100(ネガ), YASHICA FX-3 Super 2000
デジタル撮影: EOS 6D
Trioplanは典型的な「球面収差の過剰補正型レンズ」である。開放ではハロを纏う線の細い描写となり、1~2段絞るとハロが消失し解像力とコントラストが向上、カミソリのような高いシャープネスが得られる。ただし、階調描写は絞り込んでも軟らかい。開放からヌケがよく、発色はほぼノーマルで色のりは良好である。トリプレット型レンズの弱点である周辺画質とグルグルボケは長焦点のために目立たず、四隅まで良好な画質が維持されている。背景にリングボケや2線ボケの傾向がみられ距離によってはザワザワと煩いボケ味となるが、反対に前ボケはフレアを纏う美しい拡散を示す。リング状のボケを防止するには高次の球面収差を補正すればよいが、シンプルなトリプレットの構成ではパラメータ不足のため不可能。Trioplanの独特のボケ味はこうして誕生している。
このレンズでバブルボケを効果的に発生させるには少しコツを掴む必要がある。まず、絞りは開放に設定し、フルサイズ機またはフィルムカメラ(35mm判)に搭載して撮影することが前提である。次に遠景にシャボン玉の生成原因となる光源を用意する。やや逆光気味のアングルで、カメラマンから10~15m位はなれた場所にテカテカと光る被写体をとらえればよい。遠景にはシャドー部をとらえ、シャボン玉の存在を強く引き立てると更に効果的である。撮影距離は2m~3mあたりが一番良く、これよりも近接側だと後ボケが綺麗に拡散しシャボン玉の輪郭が保たれないし、反対に遠方側ではボケが小さくなりすぎてしまう。以下作例。
F2.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Gold 100): いきない出ました。シャボン玉ボケ。開放ではアウトフォーカス部のハイライト域にハロ(滲み)が発生するが、フォーカス部ではハロがピシャリとおさまる。このレンズの収差の入り方は絶妙だ |
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F2.8(開放), EOS 6D(AWB): ボケ玉の外周部にエッジが残り、このレンズならではの独特の光強度分布が得られている
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F2.8(開放), EOS 6D(AWB): このシャボン玉ボケを効果的に発生させるには、絞りを開放にしたまま撮影距離が2~3mのところで撮影し、遠景にキラキラと光る光源を入れればよい
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F2.8(開放), EOS 6D(AWB): シャツを照らす木漏れ日。階調は軟らかく目に優しい描写だ |
F2.8(開放), EOS 6D(AWB): 開放からヌケはよい |
F2.8(開放): カラーネガ(Kodak Gold 100): 僕はこのTrioplanの描写が基本的にとても好きだ |
F2.8(開放) 銀塩撮影(Kodak Gold 100): シャボン玉はフィルム撮影においても発生する
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F2.8(開放),銀塩撮影(Kodak Gold 100): こちらもフィルム撮影による作例だ。大小大きさの異なるシャボン玉が浮き上がってみえる |
F4, EOS 6D(AWB): 前ボケは柔らかく拡散しとても綺麗である
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F5.6, EOS 6D(AWB): 発色なノーマルで色ノリもよい。絞って使えばヌケの良い優等生レンズに変身する
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本エントリーでHugo Meyer特集は最終回となる。同社のレンズには他にもKino PlasmatやMacro Plasmat, Ariststigmat、Telefogar, Bis-Telarタイプの構成をもつTelemegorなど気になる製品が数多くある。これらについても、いつか入手し取り上げてみたいと思う。