おしらせ

2024/10/22

KOWA Optical Works PROMINAR 50mm F1.4 (Kallo 140 mount)




興和光器の写真用レンズ part 2 
爆誕!ビハインドシャッターに適合した
超高速プロミナー 
Kowa Optical Works PROMINAR 50mm F1.4
1959年に興和光器製作所は35mm判レンジファインダーカメラのKALLOシリーズを刷新し、ファインダーにパララックスを自動補正できる高機能なブライトフレームを組み込んだKALLO 180と、KALLO 180の上位機種でレンズ交換を可能としたKALLO 140を発売します[1]。ボディもそれまでの丸みのあるコンパクトなデザインから角ばった形状で重厚感のある無骨なデザインに変更されました。注目されたのはKALLO 140の方で、レンズシャッター機としては世界初となる50mm F1.4の超高速PROMINARレンズを搭載し、「目よりもあかるい」をキャッチコピーにカメラ業界に一大センセーションを巻き起こします[2]。もちろん、それまで明るい標準レンズかなかったわけではありません。日本光学や帝国光学、東京光学などがそれ以前から明るいレンズを製品化していました。しかし、一般家庭にカメラが普及していなかった時代でしたので、大衆向けというよりは業務用の高価な製品でした。発売当時、サラリーマンの初任給は2万円程度の時代でしたが、KALLO 140はハイアマチュア向けの大衆機として25800円で販売されています[1,2]。
KOWA Prominar 50mm F1.4の構成図:カメラの説明書[5]からの転載。設計構成は4群7枚シムラー・ゼプタック型
 
カメラに搭載されたプロミナー50mm F1.4のレンズ構成は上図に示すような4群7枚で、前群側をゾナー、後群側をガウスとする折衷タイプです。前群側に正の屈折力を偏らせ後群径を小さく抑えることでビハインドシャッターに適合させており、光学系の全長も比較的短くできています。この種の構成には東京光学のシムラーとダルメイヤー社のセブタックがあります。曲率など細かいところに目を向けると、今回のプロミナーはゼプタックよりもシムラーにより近い設計であると判断できます[3]。ガウスタイプでは弱点とされている開放でのフレア(サジタルコマフレア)がこの種の構成では容易に改善できるとのことです[4]。一方で球面収差のコレクションフォームが色ごとに大きく異なり、カウスタイプに比べると軸上色収差の補正がより難しくなるそうです。光学系の対称性を崩したことによる長所・短所がそれぞれ出ているという事だと思います。まぁ、軸上色収差については焦点距離が長くないので目立つことはないでしょう。標準レンズならガウスタイプに対するアドバンテージは大いにあります。しかし、登場した時代が悪かった!。ガウスタイプに比べバックフォーカスが短く、標準レンズでは一眼レフカメラに適合しないのです。この設計構成の標準レンズがその後、広く採用される事はありませんでした。ただし、ミラーレス機全盛時代の今なら、この設計のレンズを「オールドレンズ」として見直す事に一定の意味があると思います。
興和光器がここまで明るいレンズを発売したのは前にも後にもこの製品のみでした。1960年代はレンジファインダー機が衰退し一眼レフカメラの全盛時代に入るわけですが、各社先を争うように、明るいレンズを搭載できるフォーカルプレーンシャッター搭載カメラへと主軸製品をシフトします。ところが興和光器はこの波に完全に乗り遅れてしまい、一眼レフカメラをレンズシャッター方式で作るという時代遅れの選択を取ります[1]。これ以降の同社のカメラに搭載されたレンズは、どんなに明るくてもF1.8までが限界でした。プロミナー50mm F1.4は興和光器が世に送り出した最初で最後のフラッグシップレンズとなってしまうのです。

参考文献
[1] カメラレビュー クラシックカメラ専科 No.40
[2] KALLO 140広告([1]にも収録されています)
[3]35mm判オールドレンズの最高峰「50mm f1.5」岡田祐二 上野由日路 著; OLD LENS.COM: SEPTAC 5cm F1.5
[4] Nikon ニッコール千夜一夜物語 第八十九夜 
[5] KALLO 140インストラクションマニュアル
[6] 「レンズ設計のすべて:光学設計の真髄をさぐる」辻貞彦著 電波新聞社
KOWA PROMINAR 50mm F1.4:  フィルター径 52mm, 最短撮影距離 1m, 絞り F1.4-F22, 絞り羽  5枚構成  , 重量  220g(実測) , KOWA 140マウント, 設計構成 4群7枚シムラー・ゼプタック型, 製造本数 約7000(推定), 発売年 1959年



入手の経緯
レンズは2018年に国内ネットオークションにてカメラ本体のKOWA 140とセットで25000円で出品されていたものを入手しました。レンズには若干のカビがありましたので、後群側を外し、絞りに面した面を拭いたところ完全に綺麗にしました。ガラス自体にクモリや傷はなく、バルサム剥離もない良好な状態です。カメラ本体の方も故障のない完全動作品でした。現在の相場は国内ネットオークションでカメラとのセットが45000円~60000円(状態依存)あたりでしょう。レンズにクモリやバルサム剥離がある場合には25000円程度で手に入ります。ちなみに海外ネットオークションでは、これらよりも更に高い値段で取引されています。KOWAブランドは国内よりも海外での評価の方が高い印象があります。
PROMINAR 50mm F1.4と特製ライカMアダプター。アダプターはジャンクのKALLO 140を利用して作成した。立派なカメラなので修理できる状態であれば修理して延命させた方が良いでしょう
 
撮影テスト
ガウスタイプとゾナータイプ、どちらの遺伝が優勢かと問われれば、それは勿論ゾナーだと答えたくなる写りです。線はやや太めで開放からフレアは少なく、中遠景を撮ってもスッキリと写ります。解像力よりも階調描写、グラディエーションの美しさで押すタイプのレンズで、開放からコントラストは良好、少し絞れば四隅までシャープな像が得られます。ちなみに長男のシムラーはゾナーの遺伝が優勢、次男のゼプタックはガウスの遺伝が優勢のようです[3]。像をレンズシャッターの狭い光路に通しているためか開放では四隅の光量落ちが若干大きく出ていますので、これを活かすことでダイナミックなトーン変化を楽しむことができます。ボケ味はゾナーに似ており安定感があります。背後ボケは概ね柔らかく、像は四隅で僅かに流れる程度で、ぐるぐるボケや放射ボケに至ることはありません。「ゾナーでいいじゃん」と言われれば確かにそう言いたくなる気持ちもわかりますが、この構成では同じスペックのゾナーに比べて歪みや球面収差がより良好に補正できるようです[6]。ガウスの血が入ったことによる効果でしょう。
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:日光A) あらら~。凄いトーン描写。開放でもフレアは少な目です。線が太く、階調で押すタイプのレンズです。このトーンの出方はかなり好きかも
F5.6 Nikon ZF(WB:日光A) 絞るとシャープですが、トーンはなだらかに出ています。
F5.6  Nikon ZF(WB:日光A)
F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)
F1.4(開放)  Kodak ColorPlus 200 (Noritsu 1100 scan)
F1.4(開放) Nikon Zf
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放)Nikon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放) Nukon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放)Nikon Zf(WB:曇天)

F5.6  Nikon Zf(WB:日光A)


 
プレートシールの謎に迫る
KOWA 140のボディにはシャッターボタンの下辺りに"Kowa"のネームプレートが貼り付けられています。ちょっとダサいので、できれば剥がしたい。じつは、KOWA 140というカメラは当初、KALLO 140の名称で発売されました。しかし、発売から1年経った1960年にブランド名がKOWAで統一されることとなったため、先に生産してしまったボディの上からネームプレートを貼り付けて対応したのだとか。事実なら、このプレートを剥がせば"KALLO"の刻印が現れるはず。あるいは何も刻印されていない可能性もあります。怖いもの見たさで剥がしてみたところ"Kallo"の刻印が登場しました。これで私のカメラはKALLO 140に逆戻りとなり、めでたしめでたしと。







2024/09/21

Kowa Optical Works PROMINAR 35mm F2.8

KOWA 140(KALLO 140)とKOWA KALLO WIDE

 

興和光器の写真用レンズ part 1

ワイドカメラブームの呼び水となった

カロと広角プロミナー

Kowa Optical Works PROMINAR 35mm F2.8

1954年2月、興和光器製作所(以下コーワと略称)は中判二眼レフカメラのKALLOFLEXを世に送り出し、カメラ業界に参入します[1]。翌1955年11月には35mmカメラのKALLO WIDEを発売、広角レンズを固定装着したレンジファインダー機としては同年発売されたOlympus WIDEに次ぐ日本で2番目のカメラとなります[2]。この製品は初めからOlympus WIDEを意識した作りになっており、Olympus WIDEにはない連動距離計を内蔵し、最短撮影距離は0.5mと短く、重量は同等、レンズも高性能で明るいものが搭載されているなど、全てにおいてワンランク上の製品仕様となっていました。小売価格はOlympus WIDEが16900円であったのに対し、KALLO WIDEは19800円とやや高い設定でしたが、非常によく売れました。ちなみに当時は大卒初任給が約1.5〜2万円の時代です。搭載されたレンズはPROMINAR 35mm F2.8で、豪華な4群6枚のダブルガウス型でした(下図)。この設計構成ならば口径比F2にも対応できたわけですが、無理をせずF2.8に踏みとどまったのは大正解でした。PROMINARの写りはたいへん評判がよくスナップシューターの間でたちまち人気となり、カロワイドともどもアマチュア・プロを問わず多くの写真家に愛用されました。また、1959年に登場するフラッグシップカメラのKALLO 140(KOWA 140)にも同一構成のまま交換レンズとして採用されています。こうしたプロミナーへの人気はやがてレンズのみ独立させて発売しようという動きに繋がり、100本程度と数は少ないものの1959年にライカマウントのPROMINARが単体でも試験販売されています[3]。当時はレトロフォーカス型広角レンズの性能がまだ発展途上だった時代でしたので、スッキリとシャープに写る明るい広角レンズの存在は大変貴重でした。

レンズを設計したのが誰なのか詳しい情報は見当たりません。コーワのレンズ設計者として記録に名前が出てくるのは、当時の光学設計部長だった小松聡一氏と、映写機用レンズの設計に関わっていた小澤秀雄氏くらいです[4,5]。ただし、この二人が写真用レンズの設計にどれだけ関与したのかまではわかりません。何か関連情報をお持ちの方がおりましたら、ご教示いただけると幸いです。

カメラは昭和の高度経済成長期に東京の街と人々を捉える作品を数多く残した、写真家・春日昌昭氏(1943‐1989)が愛用していたことで知られています。

PROMINAR 35mm F2.8レンズ構成:文献[3]に掲載されていた構成図をトレーススケッチしました。図の大元はKALLO 140の取扱説明書であろうかと思われます。左が被写体側で右がカメラの側です

参考文献

[1] 興和百年史 興和紡績株式会社、興和株式会社(1994年)

[2] カメラレビュー クラシックカメラ専科 No.40

[3]「世界のライカレンズ part 3」写真工業出版社

[4] 名古屋市工業研究所 講演会(1958年)

[5] ニデック創業までの歩み: https://www.nidek.co.jp/50th/

レンズの入手

今回はKallo Wide Fから取り出されSony Eマウントに改造されているレンズと、KOWA 140(Kallo 140)用交換レンズ(ライカMアダプター付き)の2本の製品個体を紹介します。改造レンズの方は最近、国内のネットオークションで24000円で購入しました 。流通はあまりなく、決まった相場もありません。ネットには製造された総数が約500本との推定情報があります(残念ながら、どこからの情報なのか参照元がありません)。KOWA 140マウントやライカマウントの個体が非常に高価なので、同レンスの評判や人気を考えると、このくらいの値段で入手できたのは幸運でした。KOWA 140用レンズに方は5年ほど前にカメラに搭載された状態でヤフオクに出品されていたジャンク品を偶然見つけ、即決価格で手に入れました。付属のカメラ本体はファインダー部分のガラスが割れており、シャッターと距離計が故障していましたので、修理は諦め、分解してアダプター作りの材料にしました。レンズの状態はとても良いものでしたので、これも幸運な買い物でした。希少性が高くオークションではレンズ単体で10~20万円もの値で取引されています。ライカマウントの個体に至っては20~30万円もの値がつきます。海外では更に高い値段がつくみたいです。

KOWA Prominar 35mm F2.8(KALLO WIDE F用): 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 0.5m, フィルター径 34mm, セイコー社MXLシャッター(最高速1/500), 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, 発売 1955年

KOWA Prominar 35mm F2.8(KOWA/KALLO 140用): 絞り羽 5枚構成, フィルター径 52mm, 最短撮影距離 1m, 発売年 1959年, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, 製造本数 約500本(推定)


  

撮影テスト

前評判どうりの高性能なレンズです。口径比に無理がないため開放でもスッキリと写り、コントラストは良好です。ガウススタイプらしさもよく出ており、中心部は解像力のある緻密な描写で、線も細く、開放では四隅に光量落ちが見られます。フレア(サジタルコマフレア)は開放時にデジカメによる拡大表示で判別できる程度で、薄っすらと綺麗に出ますが、コントラストに大きな影響はないようです。少し絞れば良像域は四隅まで拡大し、光量落ちも消え、薄いフレアも無くなり、全画面で均一な像が得られます。グルグルボケや放射ボケが顕著に目立つことはありません。鏡胴が小さく軽いため、スナップ撮影には適したレンズだと思います。まずはデジタルカメラでの写真作例、続いてカラーネガフィルムでの作例を提示します。

 

 デジタルカメラによる撮影

Prominar 35mm F2.8(Kallo 140用)+Nikon Zf

 

F5.6 Nikon Zf(WB:日光Auto) 












F2.8(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)F5.6での比較用作例はこちら




F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)


F2.8(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光A)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光A)  F5.6まで絞った写真作例はこちら
































































 デジタルカメラによる撮影 

Prominar 35mm F2.8(Kallo W用)+Nikon Zf


F5.6 Nikon ZF(WB:日陰)


F2.8(開放) Nikon ZF(WB:日陰)


F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日陰)




F4 Nikon Zf(WB:日陰)


F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日陰)
 
 ネガフィルム(Kodak ColorPlus 200)
による撮影 PROMINAR 2.8/35(Kallo 140用) 
 
F2.8(開放) Kodak 200

F5.6 Kodak ColorPlus 200

F5.6 Kodak ColorPlus 200

F5.6 Kodak ColorPlus 200