おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
大変感謝しています。是非御覧ください。こちらです。

2023/02/11

PETRI C.C Auto 28mm F3.5


ペトリカメラの主力広角レンズ

PETRI C.C Auto 28mm F3.5

ペトリカメラのネタもそろそろ今回で最後になりそうな頃合いですが、取り上げるのは同社が1966年頃に発売した焦点距離28mmの広角レンズPETRI C.C Auto 28mm F3.5です。このレンズは同年のフォトキナに新型一眼レフカメラのPETRI FTと共に出展されました[1]。28mmといえば古くから広角レンズの代名詞のような焦点距離で、各社ここには力を入れてきました。室内での撮影には広すぎず狭すぎずの絶妙な画角が要求されるわけで、焦点距離35mmでは画角が足らず、24mmではパースペクティブによるデフォルメが効きすぎる。焦点距離28mmのレンズはまさにこのような状況で活躍したわけです。

レンズの構成は7群7枚のレトロフォーカスタイプで(下図参照)、自動絞り機構を容易に組み込めるよう、絞りの位置を比較的前方に退避させる工夫が盛り込まれています[2]。レンズを設計したのは55mm F1.4や55mm F1.8(後期型), 21mm F4などペトリカメラの主要なレンズを手掛けた島田邦夫氏で、後群のパワー配置から見て明らかなように、1960年発売のNikkor-Hをベースに改良を施した製品であると判断できます。Nikkor-Hはコマ収差の新しい補正方法を切り拓いたレトロフォーカス型レンズの名玉で、これ以降の多くのメーカーの手本になった事で知られています[3]。島田氏の特許資料[2]によると「従来のレトロフォーカス型レンズでは絞りの位置がカメラのボディーに近すぎ、自動絞りの機構を組み込むには窮屈なのだが、(光学設計を工夫し)絞りを比較的前方に退避させることで、これに対応できるようにした」とのこと。ただし、コマ収差の除去がより困難になるため、同時にマスターレンズの側を変形トリプレットにすることで困難を解消したそうです。

Petri 28mm F3.8(左)とNikkor-H 2.8cm F3.5(右)の構成図。上が前玉側で下がカメラの側。Nikkor-Hは後群マスターレンズ側の配置を正負正正とすることでコマ収差が効果的に補正できることを実現した画期的なレンズですが、PETRIは明らかにこれを参考にしているように見えます。前群側の2枚で歪みを効果的に補正しています


参考文献

[1] PETRI@wiki: 「日本カメラショー・フォトキナ出品カメラ

[2] 日本特許庁 昭41-49384(1966年7月29日);特許公報 昭44-23393(1969年10月4日)「絞りを比較的前方に置いたレトロフォーカス式広角レンズ」 

[3] ニッコール千夜一夜物語:第十二夜 NIKKOR-H Auto 2.8cm F3.5

[4] PETRI @ wiki 「ペトリの社内資料レンズデータ編」に掲載されていた社内資料 


PETRI C.C Auto 28mm F3.5(1st model): フィルター径 52mm, 絞り F3.5-F16, 絞り羽 6枚構成, 重量 208.5g, 設計構成 7群7枚(レトロフォーカスタイプ), 最短撮影距離 0.6m, PETRIブリーチロックマウント

 

入手の経緯

レンズは2023年2月と3月に1本づつヤフオクから手に入れました。ペトリの35mmF2.8はだいぶ値上がりしてしまいましたが、このレンズはまだあまり認知されていないようで、国内のネットオークションでは5000円にも満たない安値で取引されています。自分が手に入れた1本めのレンズもオークションの記載にカビがあると記載されていたため入札されず、3000円+送料で手に入れることができました。届いたレンズを見ると傷やクモリのない悪くない状態で、カビもレンズ2枚目の裏側に小さなものが居座っている程度でした。前群の光学ユニット全体が回せば簡単に外れる構造になっていましたので、取り出して清掃しみることに。。。しかし、残念ながらコーティングにはカビ跡が残りました。写真には全く影響の出ないレベルですので、値段を考えれば充分な個体です。2本目のレンズもヤフオクからで、PETRIの一眼レフカメラ本体と標準レンズ、PETRIズーム、テレコンのセット品を5000円で入手しました。カメラやレンズはペトリにしては珍しく丁寧に手入れされており、カビやクモリ等のない良好なコンディションでした。

PETRI to LEICA Mアダプター:秋葉原の2nd Baseで購入できる特製品を使用しました


撮影テスト
開放から中央は滲みの少ないシャープな描写のレンズです。線は太く、解像力よりもコントラストで押すタイプですが、現代のレンズに比べればコントラストは緩めで、トーンもなだらかなオールドレンズらしい側面を備えています。開放では遠方撮影時に光量落ちが目立ちますので、気になる場合は少し絞る必要があります。写真四隅の倍率色収差はやや強めに出ています。この種の広角レンズにありがちな樽型の歪みはよく補正されていますが、この補正に関する影響で近接撮影力が弱いとの解説がNikkor-Hに対してあります[2]。このレンズもおそらく同様で、最短側では解像力が弱い印象を受けました。拡大すると像がベタッとしています。最短撮影距離が0.6mとおとなしめの設定になっているのも頷けます。
F3.5(開放), SONY A7R2(WB:日光) 今日もこの子に付き合ってもらいます


F8, Sony A7R2(WB:日陰)
F3.5(開放), Sony A7R2(WB:日陰) 近接での解像力はこんなもんです

F8, SONY A7R2(WB:日光) 基本的に線の太い描写です 

F8, SONY A7R2(WB:日光)レトロフォーカスタイプにしてはゴーストは出にくい印象です。歪みもよく補正されています

2023/02/08

トロニエの魔鏡 番外編:ANGULONからULTRAGONへの正常進化を辿る

トロニエの魔鏡  番外編

トロニエ博士と中判広角レンズ

Schneider Kreuznach ANGULON 65mm F6.8 and
Voigtlander Braunschweig ULTRAGON 60mm F5.5

ノクトンやウルトロンなど大口径レンズの設計で知られるトロニエ博士ですが、実は広角レンズでも重要な貢献があります。今回は「トロニエの魔鏡」番外編として、トロニエが設計した2本の広角レンズを紹介したいと思います。1本目はシュナイダー社から1930年に発表された密着型アナスティグマートのANGULON F6.8です。このレンズは1933年にリヒターが設計したトポゴンと並び称され、黎明期のレンズ史に必ず登場する広角レンズの名玉です。レンズ構成はゲルツ社のE.フーフが1892年に発明した反転ダゴール(ツァイス・アナスティグマート・シリーズ6)と同一の2群6枚・対称型で、前・後群の対称性を利用して歪曲と倍率色収差、コマ収差(メリディオナル成分)を自動補正している点は同一ですが、これを広角レンズ用に適合させているのが特徴です(下図・左)。イメージサークルは開放で80°、絞り込んで90°の対角線画角を包括でき、中判6x9フォーマットで使用できます。アンギュロンは1930年に発表され、焦点距離60mmの中判カメラ用モデルと、90mm, 120mm, 165mm, 210mmの大判カメラ用が製品化されました。たいへん高性能であるため設計変更もなく、1960年代半ばまで生産され続けています。レンズの構成図はシュナイダー社の社章にも採用されており、同社を象徴するレンズであったものと理解できます。
 
シュナイダー社の社章

アンギュロンの発表から22年、トロニエはフォクトレンダー在籍時代(1951-1952年)にアンギュロンの正常進化版で包括画角90°(絞れば100°)をカバーできる広角レンズのウルトラゴンを発表します。このレンズはアンギュロン同様の対称構成を維持しながら接合面を一部外し、空気レンズの設計技法を取り入れることで球面収差の補正効果を高めており(ルドルフの理論の応用)、開放F値はF4.5に到達しています(上図・右)。第1・第6レンズが負のメニスカスで、光学系が空気層を介して絞りの外側に向かって拡張していますので、開口効率が若干ながらも向上し、光量落ちが改善、イメージサークルも少し拡大しています[1]ウルトラゴンには前群側の張り合わせを1枚に省略し前後の構成を非対称にしたF5.5のモデルも存在しています(上図・中央)。このような非対称化はガウスタイプからクセノタールタイプに発展した過程を見ているようで、トポゴンとの折衷とみなす事ができます。構成枚数を減らすのは単なるコスト削減だったという見方も一部ありますが、そうではありません。薄いメニスカスレンズの製造はコストのかかるものですし、メニスカスレンズを薄く作ることで画角特性を向上させ、広角レンズとしての適正を向上させる効果があります。資料[3]によれば4枚目のガラス(後群側のG4)にはトロニエがアポ・ランサーの設計で前群に用いた1.5[マイクロシーベルト/h]の放射能ガラスが用いられており、市販品のガラスには若干の黄変がみられるそうです[2]。
ウルトラゴンは大判5x7用の焦点距離115mm F5.5のモデルが唯一製品化され、若干数ながら中古市場で流通しています。また、製品化には至っていませんが中判6x9用の60mm, 大判9x12cm用の80mm, 大判8x10用の150mmが計画されていましたが。今回手に入れた60mm F5.5に加え60mm F4.5, 80mm F4.5の存在が確認できますが、どれもフォクトレンダーの台帳には記録のない試作品のようです[4,5]。なお、後にシュテーブル社から発売された製版用レンズのEskofot Ultragonや日本製のズームレンズUltragonは、全く関係のないレンズです
トロニエの設計した広角レンズは対称型の密着アナスティグマートの歴史、空気レンズを取り入れた接合面の分離、および対称型から非対称型へと至る広角レンズ史の変遷をなぞるように辿っています。黎明期の広角レンズとトロニエの設計したレンズとの相関関係を下図に与えました。
写真レンズは一般に画角を広げるほど設計のハードルが高くなります。中心部から周辺部まで歪み、像面湾曲、非点収差、倍率色収差を補正して均一な画質を維持することは容易なことではありません。その点、対称型はこれら諸収差を前・後群で打ち消し合うことができるため、広角に有利な設計とされています。1900年に登場し対称型広角レンズの最も原始的なモデルと言われるハイペルゴンは僅か2枚の構成でしたが、完全な対称型のため、135度もの広大な包括画角で歪みと像面湾曲、倍率色収差は実質的にゼロとすることができました。ただし、球面収差と軸上色収差が補正できない原理的な欠陥のため明るくすることができず、開放F値は22がやっとでした。そこで、ツァイスのリヒターやシュナイダーのトロニエは対称構造を崩さずに球面収差や軸上色収差を補正できる広角レンズの開発に乗り出し、1930年代初頭にトポゴンF6.3やアンギュロンF6.8などを生み出しました。なお、トポゴンはA.クラークが1888年に設計したガウスタイプ、アンギュロンはH.フーフが1892年に設計した反転ダゴールを、それぞれ広角レンズに適合させるよう再設計したと捉えることもできます。トロニエがアンギュロンの開発時にダゴール特許をどこまで意識していたのかは不明ですが、アンギュロンには反転ダゴールの素性の良さが備わっている事が構成図から見ても明らかです


トロニエはフォクトレンダーへの移籍後も開発の手を緩めず、シュナイダー時代に設計したレンズの改良モデルを次々と発表しています。クセノンはウルトロン、アンギュロンはウルトラゴンへと発展しました。


参考文献・資料

[1] Lens Collectors Vade Macum
[2] Arne Croll, Voigtlander Large Format Lenses from 1949-1972(version Aug.21,2014); The 1st version of this article is published in View Camera, May/June 2005
[3] Tronnier, Albrecht Wilhelm: US patent no. 2,670,649, Germany no. 868,524
[4] Frank Mechelhoff: Voigtlander Ultragon 60mm Rollfilm (6x9) Versuchskamera
[5] 6x9cmのBessa IIに搭載され2014年のオークションに出品されている。
 
入手の経緯
ANGULON 65mm F6.8:レンズは2021年5月にeBayを介してイタリアのセラーから35000円(送料込)で購入しました。入手した個体はBertramという高級中判カメラ(6x9フォーマット)に搭載する交換レンズとして市場投入されたモデルで、レンズにはヘリコイドが内蔵されていました。オークションの記載は「珍しいBertram用のANGULON。レンズはクリーン。ヘリコイドもスムーズに動く。返品はできない」とのこと。状態の良い個体が届きました。SYNCHRO-COMPURシャッターに搭載されたモデルなら流通量が多く、もっと安い値段(200~250ドルくらい)で入手できると思います。
Schneider ANGULON 65mm F6.8(Bertram用): 絞り F6.9-F32, 撮影フォーマット 中判6x9, 重量 140g, フィルター径 43mm, 包括対角線画角 81°(f22) : 市場に流通している製品にはレンズシャッター方式のモデルが多く、LINHOFなどの中判・大判カメラの広角レンズとして供給されました。バリエーションとしては焦点距離65mmの中判用(6x9)と、焦点距離90mm(9x12 or 4x5inch),120mm(13x18cm), 165mm(18x24cm)、21(24x30cm)の大判用が存在します。また、珍しいところでは中判カメラのBerteam(6x9cmフォーマット)にXenar 75mm F3.5や105mm F3.5, Tele-Xenar 180mm F4.5と共に供給されたヘリコイド搭載タイプのAngulon 65mm F6.8や、M42マウントのVario Flex用(35mmフォーマット)にティルトシフト機構を備えたモデルが供給されています。アンギュロンは1960年代半ばまでのカタログ掲載を確認できますが、1968年のカタログには掲載されず、後継製品のSuper-Angulonに置き換わり製造終了となった模様です[2]


 

ULTRAGON 60mm F5.5: レンズは2016年4月にドイツ版eBayを介してハンブルグのコレクターから落札しました。商品の解説は「とても希少価値の高いコレクターグレードである」との触れ込みで、「フォクトレンダーのテクニカルコメントにも、このレンズの事は出てこない。とてもレアなレンズだ。レンズはスーパーコンディションで、シャッターは低速側も精確に動いている。セルフタイマーのみ時間が合わない。絞りは正しく機能しており、絞り羽根に油染みはない。外観に損傷はなくレンズはクリーンでクモリやカビはない。リンホフのレンズボードがついているが、ボードに装着すると絞りの可動部が絞りレバーに接触し開閉ができない。レンズはボードから簡単に外れる。ボードネジが見当たらない」とのこと。レアなレンズには入札が殺到するのが付き物ですが、ラッキーな事にセラーはドイツ国内への配送のみに対応すると宣言しており、支払いもペイパルはだめで銀行送金のみと厳しい条件を提示していました。試しに質問欄で日本への配送を申し込んでみたが丁寧に断られました。競買の敵が減るのはラッキーな事なので、これはこれでよし。配送の問題はドイツ在住の転送業者(在独日本人)に依頼することで解決しました。
Voigtlander ULTRAGON 60mm F5.5: 絞り 10枚構成, F5.5-F16, フィルター径 39mm, 重量 126g, 包括対角線画角は80°~90°あたり。Ultragon F5.5は後群だけでも撮影できるとのことです[2]

デジタルカメラでの撮影事例
Angulon 65mmとUltragon 60mmは中判6x7(6x9)フォーマットをカバーできるイメージサークルを持ちますので、デジタルカメラで広いイメージサークルを生かしながらの撮影を行うには、工夫が必要です。一つの方法は下に示すような横方向へのスライドさせる機能を持つ可動式アダプターを用いることです。このアダプターを用いれば4x5フォーマットの大判カメラの背面にFUJIFILMのGFXシリーズを装着させ、最大で88x44mm程度のイメージフォーマットに相当する写真画像を得ることができます。中判レンズの性能を十分に活かし切ることができます。以下ではフィルム撮影はもちろんのこと、このアダプターを用いてデジタル撮影も行いました。
可動式4x5 - GFXアダプターにFujifilm GFX 100Sを装着したところ。GFXを縦向きに装着し何枚か撮影した画像をあとでPhotoShopなどで統合すれば、中判レンズに備わった性能を余すことなく引き出すことができます。アダプターはeBay, Aliexpress, 国内の通販店(Discover Photo)などで購入できます


撮影テスト
どちらのレンズも開放から安定した描写性能で、四隅までスッキリとヌケのよい写真が得られます。アンギュロンは開放からコントラストが高く、滲みの全く出ないとてもシャープな描写でDAGORを彷彿とさせる性能です。これに対しウルトラゴンの開放は若干柔らかく線の細い画作りでありながら、コントラストを損なわない絶妙な設定となっています。1段絞れば滲みは消え、シャープネスとコントラストの向上がみられます。野球の投手で例えるなら、豪速球のストレートで真っ向勝負するアンギュロンに対し、変化球を織り交ぜ巧みな技で勝負するウルトラゴンといったところでしょう。両レンズの開放F値には0.5段分の差がありますので単純比較はできないものの、これら2本のレンズの開放描写の差はトロニエの設計理念の変化を反映したものなのかもしれません。
今回、計画性もなくシャッターのないアンギュロンに手を出してしまったため、アンギュロンのフィルム撮影が実現しませんでした。ソルトンシャターでも手に入れ、あとで写真を追加する予定です。

ULTRAGON + FHOTOX6789 Medium Format Film Camera
 
Ultragon + Fijifilm PRO160N(6x7 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)

Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x7 Medium format)




ULTRAGON +digital camera (GFX100S 2-3 shot composite)

Ultragon F5.5(開放) + 44x69mm digital ( GFX100S 3-shot composite)
Ultragon @F8 + 44x66mm digital (GFX100S 3-shot composite) 
Ultragon @ F5.5(開放) + 44x52mm digital (GFX100S 2-shot composite)

ANGULON + digital camera (GFX100S two-shot composite)

Angulon @ F6.8 + 44x62mm digital (GFX100S 2-shot composite)

Angulon @ F8 + 44x62mm digital (GFX100S 2-shot composite)