ペンタレフカメラのパイオニア
ミランダの交換レンズ群 part 2
ミランダカメラのコピー・アンジェニュー
ミランダカメラ AUTO Miranda 35mm F2.8
1960年代はアンジェニュー(フランス)の広角レンズを手本とする日本のメーカーが後を絶ちませんでした。アンジェニューとは言わずと知れたスチルカメラ用レトロフォーカスレンズとズームレンズのパイオニアメーカーで、1950年に一眼レフ用広角レンズの源流とも言われるANGENIEUX Type R1(タイプR1)を製品化した事で知られています。今回取り上げるミランダカメラの広角レンズもタイプR1を模倣した数あるコピー・アンジェニューの一つです。1960年代半ばにこの構成を模倣するというのも技術的に時代遅れではという印象を抱きますが、こうした事も現代のオールドレンズファンには嬉しい誤算でしかありません。ミランダ以外の国産レンズではペトリカメラのPETRI C.C Auto 2.8/35 (前期型)、コニカのHEXANON AR 2.8/35 (前期型)、旭光学(ペンタックス)のSUPER TAKUMAR 2.3/35などがタイプR1のコピーとして知られ、オールドレンズの分野では一目置かれています。いずれもタイプR1の性質を受け継ぎながら1960年代の改良されたコーティングと新しい硝材により、より高いシャープネスと鮮やかな発色を実現しています。スーパータクマーやペトリについては少し前に本ブログで紹介記事を出しましたので、本記事と一緒にご覧ください。双方とも開放でフレアの多い滲み系レンズで、アンジェニューの性格を色濃く受け継いでいます。オリジナルのType R1は今や8~10万円もする高嶺の花となりつつあるわけですが、今回ご紹介するレンズならば、状態の良い個体がまだ10000円以内で入手できます。さっそくレンズの設計構成を見てみましょう。
上図の左がオート・ミランダで右がアンジェニュー(タイプR1)です[1]。設計構成はテッサータイプのマスターレンズを起点に前群側に凹レンズと凸レンズを1枚づつ加えた6枚玉(5群6枚)で、コマ収差の補正に課題を残す古典的なレトロフォーカスタイプです。オート・ミランダは確かにType R1と同一構成ですが、前玉径や空気間隔がType R1よりも小さめに設計されており、レンズをコンパクトにする事を重視していたようです。このレンズはミランダカメラが一眼レフカメラのMIRANDA F(1963年発売)以降に搭載する交換レンズとして設計したもので、それまで興和からOEM供給を受けていたAutomex用Soligor MIRANDA 35mm F2.8(こちらはType R1とは異なる7枚玉)の後継レンズとして市場供給されました[2]。フレアっぽい開放描写とシャープで解像感に富む中央部、黎明期の古いコーティングから生み出される軟らかいトーン、鈍く淡白な発色などが、よく知られているType R1の特徴です。これらの何がオート・ミランダに受け継がれ何が刷新されているのかを論点としながら、レンズの描写を楽しんでみたいとおもいます。
Auto MIRANDA 35mm F2.8: フィルター径 46mm, 重量(実測) 189.6g, 絞り羽 6枚, 絞り F2.8-F16, 最短撮影距離 0.3m, MIRANDAバヨネットマウント, S/N; 64XXXXX, 設計構成 5群6枚レトロフォーカスタイプ |
参考文献・資料
[1] MIRANDA SENSOMAT through-the-lens exposure determination(英語版マニュアル)
[3] ミランダ研究会: MIRANDA SOCIETY JAPAN (xrea.com)
★入手の経緯
MIRANDAブランドは米国やEUなど主に海外で流通しており、本品も入手ルートはeBayです。レンズは2021年12月に米国のレンズセラー(日本人)から39ドル+送料18ドル(総額約7500円)で入手しました。オークションの説明は「中古のミランダ35mm F2.8。ケース付きである。日本製」と簡素でしたが、セラーのフィードバック評価が優秀であることやオークションの記載に問題点の指摘が無いこと、写真でみる限りガラスは綺麗だったので、直感を信じて博打買いしたところ・・・綺麗でした。eBayでの相場はコンディションにもよりますが60~90ドル(送料別)あたりでしょう。今回もMIRANDA純正品のライカLアダプターを使い、レンズをデジタルカメラにマウントして使用しました。
★撮影テスト
開放ではコマフレアが発生し一般的な感覚から言えば柔らかくボンヤリとした描写ですが、アンジェニュー・タイプR1を基準に考えればフレア量は少なく、そのぶんシャープネスは高めで発色も鮮やか。一方で解像力は平凡です。アンジェニューの発色は開放付近で温調方向にコケる傾向がありますが、ミランダは至ってノーマルです。開放で遠方を撮ると像面湾曲のためか四隅がピンボケを起こしています。風景撮影の際は基本的に絞る必要がありそうです。逆光でも前玉が小さいためなのかゴーストは気にならないレベルでした。背後のボケは安定しており、像が流れたりグルグルに至るような事はありません。デジタル撮影だとフィルム時代には問題にならなかった色収差がやや目立つようになっています。中判デジタルセンサーのFujifilmのGFX100SとフルサイズセンサーのSONY A7R2で写真を撮りました。続けてどうぞ。
★Fujifilm GFX100Sでの作例★
イメージサークルには余裕があり、中判デジタルセンサー(44x33mm)を搭載したFujifilmのGFXでも光量落ちが少しある程度で、ダークコーナーは全く出ません。開放では本来は写らなかった領域が写るため、画質が乱れ、四隅の像が流れています。
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation: NN) |
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation: NN) |
★Sony A7R2 での作例★
F4 Sony A7R2(WB:日光) |
F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 近接からポートレートくらいの距離ですとType R1よりもコマ収差は少なめで、コントラストも良好です |
F2.8(開放)sony A7R2(WB:日光) 拡大すると輪郭部が色づく色収差がやや目立ちますが、デジタル撮影だからでしょう。フィルム撮影では問題にはならなかったことです |
F2.8(開放)Sony A7R2(WB:日光) ところが、このくらい遠方になると開放では四隅の画質が怪しくなってきます。中遠景から遠景は絞って取るのが鉄則でしょう |
F8 sony A7R2(WB: 日光) 絞れば良像域が広がり、四隅まで十分な画質です |
F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 遠景ではこのとおりコマフレアは多めで、シャドー部の階調は浮き気味となり、四隅の画質がだいぶ怪しくなります |
F8 sony A7R2(WB:日光) 絞ればスッキリシャープです |
これまで構成が同一のコピー・アンジェニューを何本か試しましたが、描写はどれも少しずつ異なっており、性格の差異が当初思っていた以上に大きい事を今回のレンズから学びました。どれもザックリとした傾向は似ていますが、そこからの違いにはメーカーや設計者の趣味・嗜好が働いているように思えます。テキトーに作っていたわけはないはずです。同一構成のレンズの中にも、更なる多様性を生じさせる余地があるというのは喜ばしいことです。