おしらせ

2021/08/14

A.Schacht Ulm Travenar 90mm F2.8 R (Rev.2)

 

シャハトの一眼レフカメラ用レンズ part 3

ベルテレが設計した

テレゾナータイプの美ボケレンズ

A.Schacht Ulm TRAVENAR 90mm F2.8 R

L.ベルテレがA.シャハトに提供したレンズ設計の中で、いかにもベルテレらしい設計のレンズがこのトラベナー90mmです[1-2]。レンズ構成は典型的なテレゾナータイプで、1954年に設計されました[3]。この構成の原型はベルテレが戦前のツァイス・イコン社在籍時代にエルノスタータイプからの派生として誕生させたゾナー(SONNAR)135mm F4で、レンズは1932年登場のコンタックスI型とともに市場供給されました。僅か4枚の少ない構成枚数ながらも諸収差を合理的に補正することができるコストパフォーマンスの高いレンズの一つです。描写には安定感があり、シャープなピント部と美しいボケを特徴としており、A.Schacht社の交換レンズ群の中で群を抜く人気モデルとなっています。レンズの発売は1962年で、対応マウントにはM42, Exakta, Practina II, Minolta MD, Leica L39などがあります。

A.Schacht Travenar 90mm F2.8の構成図で、同社のカタログからトレーススケッチしました。設計構成は3群4枚のテレゾナータイプで、エルノスターからの流れを組む派生ですが、見方によってはダブルガウスの後群を屈折力の弱い正の単レンズ1枚で置き換えテレフォト性を向上させた省略形態とみることもできます[4]。「レンズ設計のすべて」(辻定彦著)にはテレゾナー型レンズについて詳しい解説があり、F2クラスの明るさを実現するには収差的に無理があるものの、F2.8やF3.5程度の明るさならば画質的に無理のない優れたレンズであるとのことです[5]
 
A.Schacht社と言えば戦後に登場した新興メーカーでしたので、1960年代のドイツでのブランドイメージはZeissやLeitz、Schneiderよりも格下、MeyerやISCO, Ludwigよりは格上で、Steinheilと同程度の中堅的な位置にいました[4]。カメラは生産しませんでしたが、1950年代から1960年代にかけて、スチル撮影用レンズ、引き伸ばし用レンズ、プロジェクター用レンズ、マクロ・エクステンションチューブなどを生産しました。主力商品はやはりスチル撮影用レンズで、シュナイダーからレンズの生産を委託されたりライツからLeica Lマウントレンズの生産の正式認可をうけたりと、同業他社から高く評価されていたようです。

参考/脚注

[1] Marco Cavina, Le Ottiche Di Bertele Per-Albert Schacht --Retroscena

[2] Erhald Bertele, LUDWIG J. BERTELE: Ein Pionier der geometrischen Optik, Vdf Hochschulverlag AG (2017/3/1)

[3] 特許資料 (1956年)L.J.Bertele, Switzerland Pat.2,772,601, Wide Angle Photographic Objective Comprising Three Air Spaced Components (Dec.4, 1956/ Filed June 13,1955)

[4] これはバックフォーカスを短縮させレンズを小さく設計できるようにした望遠レンズならではの性質で、レトロフォーカスとは逆の効果を狙っています。これは通常は後群全体を負のパワー(屈折力)にすることで実現しますが、テレゾナーやエルノスターなど前群が強大な正パワーを持つレンズでは後群側を弱い正パワー(屈折力の小さい凸レンズ)にするだけでも、ある程度のバックフォーカス短縮効果を生み出せるそうです

[5] 「レンズ設計のすべて」(辻定彦著) 電波新聞社 (2006/08)

[6] 1964年のドイツ国内におけるカメラ・レンズカタログを参照

A.Schacht Ulm TRAVENAR 90mm F2.8 R: 重量(実測)232g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 絞り羽 16枚構成!, 3群4枚テレ・ゾナー型, 1962年発売。本品はExaktaマウントのモデル, レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来、本品はEXAKTAマウント










 

入手の経緯

近年A.Schachtのレンズはどのモデルも人気・相場共に上昇傾向にありますが、このレンズに限っては元々人気があり、2014年頃で既に400ドルを超える相場で取引されていました。Schacht社の交換レンズの中では、M-Travenarと共に当時もっとも高額の取引相場であったと認識しています。現在もそのあたりで安定しています。今回の個体は2020年にeBayを介して米国のセラーから入手しました。レンズにはホコリが多めにあるが、カビ、クモリ、傷は無いとのこと。自分で清掃し概ね綺麗になったのはいいのですが、その後でよく検査をしたところ、前群側の貼り合わせ部分に針の先で突いたようなピンポイントのバルサム剥離がみつかりました。実写には影響の出ない問題ですので、まぁ良しとしています。

 

撮影テスト

このレンズを本ブログで取り上げるのは2回目です。7年前に取り上げた時とあまり変わらない評価になってしまいました。背後のボケは柔らかく滑らかで、水彩画のようなボケ味です。四隅まで像の流れを全く感じません。美ボケレンズを何本か紹介しろと言われれば、このレンズを取り上げると思います。ピント部の画質は四隅まで安定しており、テレゾナータイプらしい線の太い力強い描写を堪能できます。解像力はやや平凡ながらもコントラストとシャープネスで押し通すタイプで、発色も鮮やかです。力強い描写と鮮やかな発色、穏やかなボケが特徴の優れたレンズです。まぁ、オールドレンズは現代レンズに近づくにつれて、だいたいこんな感じの描写に画一化されていくんですよね。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光)


F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光)



F2.8(開放) sony A7R2(WB:⛅)

F2.8(開放) sony A7R2(WB:⛅)
 
欠点らしい欠点がない高性能なレンズでした。
過去の記事からも写真を少し引っぱっておきますので、一緒にご覧ください。
 
F2.8(開放) Nikon D3(AWB)



















F2.8(開放) Fujifilm X-Pro1(AWB)



















 

 

Travenar 90mm x Fujifilm GFX100S 

最後に、FujifilmのGFX100Sでの写真もどうぞ。このレンズは中判デジタルセンサーで使用した場合でも、ダークコーナーは全く出ません。しかも四隅まで画質は驚くほど安定しています。
 
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB: ⛅)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB: ⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(WB: ⛅)


2021/07/13

LOMO OKC6-75-1 (OKS6-75-1) 75mm F2 for KONVAS OCT-18 mount

シネレンズ最後の秘境
LOMOの映画用レンズ part 11

アグレッシブな設計で最高の性能を目指した
ロモのポートレート用レンズ

LOMO OKC6-75-1(OKS6-75-1) 75mm F2(OCT-18 mount)

焦点距離75mmの映画用レンズは本来の撮影フォーマットがAPS-C相当ですので、中望遠レンズというよりは望遠レンズのカテゴリーに入ります。一方で35mmライカ判(フルサイズセンサー相当)でもダークコーナー(ケラレ)の出ない個体が多く、ポートレート撮影にも適した画角で使えるため、昔からたいへん人気がありました。このクラスのシネレンズは焦点距離35mmや50mmのモデルに比べ、元々の値段(製造コスト)が高かったことや、望遠レンズのために市場供給された個体数が少なかったことなどから、コレクターズアイテムとなっています。フランスのKinoptik(キノプテック) や英国のCooke(クック)など、受注専門の高級メーカーのレンズにはオークションで50~75万円もの値がつき、Carl Zeissのシネプラナー85mmでさえ30万円あたりの値段で取引されています。一般庶民には既に手の届かない高嶺の花ですが、LOMOの製品ならば今はまだ手の届く価格帯にあります。ただし、お買い得だからと言っても、性能ではいっさい妥協したくないでしょうし、シネレンズならではの描写力を心行くまで楽しみたい。ならば、このレンズを選べば間違いないでしょう。LOMOの高性能レンズOKC6-75-1です。 
レンズの設計構成を下に示しました。コストのかかる分厚いガラスを多用しながらも貼り合わせ面を全て外し、設計自由度を最大数まで高めた6群6枚のガウスタイプで、攻めの姿勢をグイグイと感じるアグレッシブな構成が魅力です。ガラスの厚みで屈折力を稼げば、そのぶんガラス境界面の曲率を緩める事ができるので、収差を生みにくい構造になります。また、このレンズは空気層を利用して輪帯部の球面収差を減らす構造にもなっています。そのぶん空気境界面が多くなり光の乱反射が問題になりますが、マルチコーテイングを導入することでこの影響を食い止めています。お買い得などころか、西側諸国の製品を凌駕してしまうかもしれない大きなポテンシャルを感じるレンズです。


 
焦点距離75mmのシネレンズと言えば、1940年代中半に開発されたPO2-2がロシアでは始祖的な存在です。その後はレニングラードのLENKINAP工場でPO2-2をベースとする改良モデルのPO60(1950年代中半~)や、OKC1-75-1(1960年代~)が開発されています。これらはいずれも2つの貼り合わせ面を持つ4群6枚構成のレンズですので、PO2-2からの直接の流れを汲んだ製品と言って間違いありません。レンズエレメントの形状や各部の寸法も似通っています(上図・左と中央)。PO2-2の光学系は焦点距離50mmのPO3-3と酷似しており、1.5倍のスケール変換を施しただけのようです。このため、包括イメージサークルにはかなりの余裕があります。一方で今回取り上げるOKC6-75-1はLOMOの時代(1965年~)に開発された新設計のレンズで、それまでのモデルとは大きく異なる6群6枚構成です。ガラス面に使われているコーティングにはエレメントごとに、マゼンダに輝く種類のものとグリーンに輝くものが複合的にみられます。今回手に入れた3本の個体のうちの2本はマゼンダのコーティング色が濃く、光を通すと光学系全体が赤っぽく輝いて見え、残りの1本はマゼンダ色が薄いぶんだけ、光を通すと光学系全体がグリーンに輝いて見えました。ちなみに開放でのT値はどの個体もT2.3ですのでコーティング性能に差はなさそうです。光学系はこのモデルのために計算された専用設計のようで、同一構成のレンズがGOIのカタログ群やLOMOの資料等に見当たりません。1971年のGOIのカタログにもまだ掲載されていませんので、それ以降に登場したモデルのようです。レンズは旧ソビエト連邦が崩壊した1990年代前半まで製造されていました。
 
中古市場での相場
国内でのレンズの流通はまずないと思ってください。レンズはeBayを介してロシアやウクライナのセラーから購入することができ、取引相場は600ドルあたりからです。レンズは90年代前半まで製造されていましたので、まだ比較的綺麗な個体が流通しています。フィルターネジがメスネジではなくオスネジになっており、汎用フードはつきません。はじめからフードの付いた個体を選ぶことをおすすめします。
LOMO OKC6-75-1  75mm F2: 絞り羽根 8枚構成または11枚構成, 最短撮影距離 1m, 絞り F2(T2.3) - F16, 重量(実測/フード込み)340g, OCT-18マウントとOCT-19マウントのモデルが存在, マルチコーティング


 
 
アダプター
本レンズは映画用カメラのKONVAS(カンバス)に搭載する交換レンズとして、市場供給されました。マウント部はカンバスの前期型に採用されたOCT-18マウントで、アリフレックス・スタンダードマウントにも似ています。デジカメでこのマウント規格のレンズを使用するには、mukカメラサービスが3Dプリンタで製造し販売ているこちらのアダプターがよさそうです。私はこのアダプターの存在を知りませんでしたので、ポーランドのセラーがeBayにて8000~9000円で販売しているOCT18-Leica Mアダプターや、ロシアのRAFCAMERAがeBayで販売しているOCT-18→M58x0.75Mアダプターを使用し、カメラにマウントしました。後者の作り方や使い方については本ブログのOKC4-28-1の記事で取り上げています。
RAFCAMERAのOCT18→M58x0.75MとM46-M42ヘリコイド(17-31mm)を組み合わせて作った特製OCT18-Sony Eアダプターです





撮影テスト

開放から滲み一つでないスッキリとした描写で、解像力の高い高性能なレンズです。ただし、ピント部を大きく拡大してみると微かにフレアが覆っており、被写体を美しく描き出してくれます。トーンはとてもなだらかで特にシャドー部を丁寧に描写しており、開放での絶妙な柔らかさと相まって、素晴らしい質感表現が得られます。晴天でも乾いたようなカリカリ描写にはならず、繊細でダイナミックな階調変化を堪能できます。ボケは距離によらず安定しており、背後のボケは硬くならず綺麗に拡散しています。
 
F2(開放) sony A7R2(WB:⛅)モデルは彩夏子さん
 
このレンズに限った話ではありませんが、フィルム時代のレンズをデジタルカメラで使用する場合には、被写体の輪郭部などが微かに色づいて見える軸上色収差が目立ちます。高性能とはいえ、このレンズも開放での撮影結果を等倍まで拡大すると白っぽい被写体の周囲が色づいて見え、コントラストの低下の一因となっています。ただし、一段絞れば色収差は完全に消滅し、シャープネスの向上とともに高い解像感が得られるようになります。まぁ、私は些細なことは気にしないので開放でつかいますけれど。
適度な柔らかさを持ち合わせながらも大きな欠点はなく、質感表現に長けた、とても優れたレンズだと思います。
 
F2(開放)  sony A7R2(セピア)モデルは彩夏子(左)と清水ゆかりさん(右)
F2(開放) SONY A7R2(セピア)

イメージサークルの大きな焦点距離75mm以上の望遠用シネレンズには一般にハレーションの出やすいモデルが多く、同じクラスの焦点距離35mmや50mmのモデルに比べ、しばしばシャープネスやコントラストが低下気味になります。こうした現象が起こる原因は、おそらく光学系の流用、すなわち焦点距離の異なる複数のモデルに対し、共通の光学系を使用しているためであろうと考えられます。PO2-2とPO3-3がまさにそうですし、例えばKinoptikのシネレンズの場合は、焦点距離の異なる数多くのモデルに光学系の流用がみられ、望遠モデルのイメージサークルに至っては中判フィルムまで包括してしまいます。無駄に広いイメージサークルが迷い光の供給源となってしまうのです。これを回避するため、望遠シネレンズには後玉側に四角い窓のようなハレーションカッターを入れる事がしばしばあり、イメージサークルをトリミングしています。
本レンズの場合、イメージサークルは75mmのシネレンズにしては小さく、フルサイズセンサーこそギリギリでカバーしているものの、四隅の画角端にやや光量落ちがみられる程まで絞られています。光学系は75mmの焦点距離にあわせた専用設計になっているようです。ハレーションは出にくく、コントラストは良好で、発色も濃厚かつ鮮やかです。
F2()Sony A7R2(WB:⛅)


F2(開放) Sony A7R2(WB:⛅)
F2(開放) SONY A7R2(WB:⛅)

F2(開放) Sony A7R2(WB:⛅)
F2(開放) Sony A7R2(WB:⛅)
 
F2(開放) Sony A7R2(WB:日陰)

F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)














F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)


































































































F2(開放) SONY A7R2(WB:⛅)
F2(開放) SONY A7R2(WB:⛅)



 















LOMO特集は、いよいよ大詰めです。次回はエース級レンズのOKC1-50-6が登場します。