おしらせ


2015/07/03

Dallmeyer Speed Anastigmat 1inch(25.4mm) F1.5 C-mount






シネレンズ界の沼底に鎮座するマニア垂涎の一本
Dallmeyer speed anastigmat 1 inch (25.4mm) F1.5, c-mount
一部のレンズマニアたちがレンズの構成に惹きつけられて止まないのは、一つには知的好奇心で、そこに何か特別な意味を見出だそうとしているからであろう。今回取り上げるDallmeyer(ダルマイヤー)社の16mmシネマ用レンズSpeed Anastigmat (スピード・アナスティグマート)も手に取る者達を魅了し、虜にし、時には裏切り、狂喜させる罪深き魔性のレンズと呼ぶことのできる一本である。オークションでのレンズの中古相場は10万円前後とCマウント系レンズとしては比較的高価な部類にはいる。はたして、このレンズはオールドレンズ・ライフを豊かにするための道しるべとなりえるのか、それとも破滅への罠か。
レンズの構成はPaul Rudolph(パウル・ルドルフ)博士が1922年に考案したKino-Plasmat(キノ・プラズマート)と同一であり、下図のように大きく湾曲した凹メニスカスを絞りを挟んで対称に配置した独特な設計形態となっている。キングスレークの「写真レンズの歴史」(朝日ソノラマ)[文献1]にはKino-Plasmatタイプの構成に対する解説があり、「凹メニスカスをこのように配置することは球面収差の補正にきわめて有効であるが、画角が制限される。ただし、映画用として使うぶんには画角は狭くてもよいので、この点は問題にならなかった」と述べている。自分なりには周辺画質にある程度の犠牲をはらい中心解像力の高さと明るさを優先的に追求した冒険心溢れるレンズであると解釈することにした。F1.5の明るさを僅か6枚の構成で実現するというのは、たいへん画期的なことだったのであろう。

Speed Anastigmatの構成図 ( 文献[3]からのトレーススケッチ )
Speed Anastigmatとの出会いは2013年夏に京都で開かれたお散歩撮影会でのことである。神賀茂神社を回るグループでご一緒したホロゴンさんという方がこのレンズをPanasonicのミラーレス機につけて楽しんでいた。写真を拝見するとかなり面白そうな写りだったので興味を持つようになり、それ以来、レンズをeBayで探すようになった。ところが中古相場は1000ドル前後とCマウント系レンズにしては例外的に高く、火遊びをするにはやや危険な価格帯であった。手に入れるチャンスが転がり込んできたのは、まさに諦めようとしていたその時である。
重量(実測)124g(フード込で137g), 最短撮影距離 30cm, 絞りF1.5-F16, 絞り羽 8枚, Cマウント, 構成 4群6枚(キノプラズマート型), 推奨イメージフォーマット 16mmシネフィルムおよびSuper 16mmシネフィルム(拡張時), イメージサークルはフードを除去した場合においてAPS-Cをカバーできる


入手の経緯
このレンズは2014年3月にeBayを介してブレゲカメラ東京オフィスから落札購入した。全く同じレンズがヤフオクでも90000円のスタート価格(110000円の即決価格)で売り出されていたが、こちらはパスし、スタート価格が低く設定されているeBayでの落札を狙うことにした。オークションの記述は「Cマウントレンズのダルマイヤー・スピード・アナスティグマート。イメージサークルはAPS-Cセンサーをカバーすることができ、アダプターを用いてソニーNEXシリーズやオリンパス/パナソニックのMicro 4/3機に装着し使用できる。外観のコンディションはA/B++(エクセレント++)で、写真に提示するように鏡胴には中古品相応の使用感がある。光学系にキズ、クモリ、カビはなく、ピントリングやヘリコイドリングの動作にも問題はない。純正フードが付属する」とのこと。状態は良さそうである。eBayやヤフオクでの中古相場は900~1000ドル程度である。スマートフォンの自動入札ソフトでスナイプ入札を試みたところ、驚いたことに510ドル(5万5千円前後)で落札することができた。送料は世界各地へ一律30ドルと提示されていたが、今回は国内への発送なので送料の変更をリクエストし10ドルにしてもらうことができた。届いたレンズは僅かなコバ落ちのみで拭き傷すらなく、経年を考えると素晴らしい状態であった。
2017年にブラックモデルを入手する機会があり、レンズ内にカビがあったので分解し清掃した。中身の構成は確かにキノプラズマート型で前記の構成図どうりであった

 
参考文献
[1]  Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens;ルドルフ・キングスレーク著『写真レンズの歴史』朝日ソノラマ
[2] US Patent 1565205 (1922)
[3] Arthur Cox, THE MANUAL OF PHOTO TECHNIQUE (1943), P.153
こちらは2017年6月にeBayを介して僅か4万円強で入手したブラックタイプのモデル。これもラッキーな買い物であった


重量(実測)127g(フード込で139g), 最短撮影距離 30cm, 絞りF1.5-F16, 絞り羽 8枚, Cマウント, 構成 4群6枚(キノプラズマート型)

撮影テスト
このレンズは中心解像力が高いことに加え、開放ではフレアや滲みが強く発生するのが特徴である。逆光で用いるとしっとりとした湿気感の漂う雰囲気たっぷりの写真が撮れる。また、コントラストがたいへん低く発色も淡いので、ハイキー気味に撮影すると被写体を取り巻く空間をどこか現実離れした白昼夢のような世界に変えてしまう面白さがある。とても個性的な写り方をするレンズである。ただし、撮影条件に敏感で描写コントロールがとても難しいので、慣れないうちは期待どうりの写真を得ることができず苦労するかもしれない。上級者向けのレンズであることは明らかである。定格イメージフォーマットは16mmシネマ用フィルムである。M4/3機やAPS-C機など大きなイメージセンサーを持つデジタルカメラで使用する場合には、写真の四隅に向かって本来は写らない領域まで広く写るため、収差による画質の破綻が四隅で著しく目立つようになる。具体的には非点収差の影響による解像力の低下とピント部背後でのグルグルボケ、前方での放射ボケである(下の写真)。こうした画質の破綻にはシュールな雰囲気をつけ添える効果があるため、上手く利用すれば先の湿気感やデイドリームと相まって素晴らしい写真表現が可能である。なお、F2.8まで絞ればピント部の滲みはほぼ収まりコントラストが向上、F4まで絞ればフレアも消えスッキリとヌケのよい像になる。ここまで絞ると中心部はかなりシャープである。

撮影機材
Fujifilm X-Pro1 + C-Fxマウントアダプター(中国製ノンブランド)
Olympus Pen E-PL6 + muk selectオリジナル Cマウント-Penアダプター
上の写真はAPS-Cセンサーを搭載したX-pro1においてアスペクト比1:1のイメージフォーマット(15.6x 15.6mm)で撮影した写真である。レンズの方は16mmシネマ用フィルム(10.3x 7.5mm)に準拠した設計であり、これより大きなイメージフォーマットのカメラで用いると周辺部に激しいグルグルボケと放射ボケが出る。しかし、本来は写らない領域なので、これらがレンズ本来の特徴であると考えるにはやや無理がある。中央部を16mmシネフィルムの大きさに合わせトリミングすると、グルグルボケは大きくは目立たないレベルに収まっていることがわかる


Fujifilm X-Pro1(APS-C機)での撮影テスト
本品は16mmシネマカメラ用として設計されたレンズであるが、イメージサークルにはかなりの余裕があり、付属品の純正フードを外せばAPS-Cサイズのイメージセンサーにも対応可能である。フードをつけた場合には写真の四隅がケラれるが、カメラの設定でイメージフォーマットをアスペクト比1:1の正方形に変えてしまえば問題はない。とにかく雰囲気のよくでるレンズである。
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 絞りを開けるとモヤモヤとしたコマフレアが増え、しっとりとした印象の写りになる
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 開放では滲みもよくでる。F4まで絞る場合はこんな風に写る。私は開放描写の方がどちらかと言えば好きだ

F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(AWB, セピア): 純正フードをつけるとAPS-C機ではこの通りに四隅がケラれるが、逆にそれを活かすのも面白い。このシーンはカラーでも撮っており、こんな風に写る

F2.8, Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, セピア): 中心解像力は高く、繊細な写りである
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB, セピア): ややハイライト気味に撮影しフレアを際立たせている。いわゆる現代レンズ風な意味での「高描写」とはかけ離れた写り方をするレンズなので印象で勝負することになる
F5.6, Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 絞り込んでも遠方撮影時にはモヤモヤ感が残る
F2.8, Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 白昼夢。何かが写っていそうな気分になる不安感の残る写真だ。ごく一般的なレンズでこの場面を狙うなら人を入れて撮るのが定石であろう。しかし、このレンズを用いるならば話は別となる。どこか非現実感が漂い、しかし、ギリギリ現実の世界にとどまっているような画づくりは見るものを釘づけにするに違いない


 F2, Fujifilm X-Pro1(AWB): 四隅の妖しい写りを利用
F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB):  グルグルボケもこのレンズによる重要な写真表現のひとつだ

F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(Aspect ratio 1:1, AWB): 植物の葉と点光源ボケの境目を融合させている
F1.5(開放),  Fujifilm X-Pro1(AWB): しかし、本当によく回る・・・

F1.5(開放), Fujifilm X-Pro1(AWB): 時々ワープが起こるのも、このレンズの面白いところ。これはピント部前方に発生する放射ボケによるものである














Pen E-PL6(M4/3機):アスペクト比3:4
オリンパスのPenシリーズは写真のアスペクト比を設定することにより様々なイメージフォーマットに対応することのできる魅力的なカメラである。中でも特に有用性が高いと考えられるのはアスペクト比3:4(13x9.8mm)であり、Speed Anastigmatの規格である16mmシネマ用フィルム(10.3x7.4mm)や拡張規格のSuper 16mmシネマフィルム(12.5x7.4mm)に近いため、レンズ本来の画質が得られるのである。
F4, Pen E-PL6(AWB, Aspect Ratio 3:4): 絞ればスッキリとヌケが良く、かなりシャープである

F2, Pen E-PL6(AWB, Aspect Ratio 3:4): この通りポートレート撮影でも十分に威力のある写りである
F1.5(開放),  Pen E-PL6(AWB, Aspect Ratio 3:4): 絞りを全開にすると良像域は中心部のみとなり、中心から外れたところでは荒々しい像の流れに見舞われる


Pen E-PL6(M4/3機):アスペクト比16:9
続いて写真のアスペクト比設定を16:9に変え、少し大きなイメージフォーマットで撮影をおこなった。これぐらいのイメージフォーマットになると四隅の乱れがだいぶ目立つようになる。
F2.8, Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9): フレアをともなう妖艶な写りである
F2.8, Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9): あまり見すぎると乗り移ってきますよ。ホラ


F2.8, Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) : 中心部から写真の四隅に向かって画質の破たんが急激に進む。まるで急な坂道を転がり落ちるようである

F1.5(開放), Pen E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9, 階調補正:黒締め): セルフポートレート






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