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放射温度計とは物体から出ている熱放射(赤外光や可視光)の強度を測定し、そこから物体の温度を求める非接触型の温度計です。温度を求める原理には物理学のシュテファン=ボルツマンの法則とプランクの法則を利用しています |
何だって写真用レンズになる
Minolta放射温度計IR-630用レンズ Spiral-733 2.8/85
研究棟のごみ置き場で壊れた放射温度計のMINOLTA IR-630を拾いました。見るとレンズがついています。一応は大学のプロフェッサーの身分ですから、ゴミあさりなんて品格のない行為はいけません。キョロキョロとまわりを見回しサッと回収。ゴキブリ並みの行動力で獲物を確保しダッシュで立ち去りました。部屋に戻りこの子に電池を入れ自分の体温を測定してみると、何と733℃と表示されます。本体が完全にイカれているか、私がイカれた赤外発光体であるかのどちらかです。このまま墓場送りにするのはもったいないので、レンズのみを救出することにしました。分解すると綺麗なレンズではありませんか。構成はトリプレットで、イメージサークルはフルサイズセンサーを余裕でカバーしています。焦点距離は85mm前後で、絞りはついていませんが、口径比はF2.8あたりです。フランジバックは一眼レフでも十分に使える長さになっており、ヘリコイドもついています。M42マウントに変換し写真用レンズとして第二の人生を歩ませることにしました。この手のレンズを改造し流用することについてはミラーレス機が登場したおかげで、ずいぶんと度胸がつきました。
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ヘリコイドを近接側いっぱいまで回し軽く力をいれると、カチッという音がして光学ユニットがヘリコイドから外れます。マウント部は3本のビスでネジ止めされており、これを外せばヘリコイドがマウントごと本体から外れます |
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放射温度計の本体からレンズをとりはずしたところ。本体は故障しているのでこのまま廃棄しました |
レンズを外すには上の写真のようにマウント部のビス3本をマイクロドライバーで外します。すると、マウント部がヘリコイドごと本体から取り外せます。続いてM42マウントへの変換ですが、M42リバースリングとステップアップリングを用意します。リバースリングはeBayで9ドル(送料込み)、ステップアップリングはヤフオクにて500円程度で手に入ります。今回は43.5mm-49mmのステップアップリングを用いて解説していますが、据え付けがきついので、ひとつ上のサイズ(43.5mm-52mm)の方がよいでしょう。また、リバースリングもこれにあわせ、M42-52mmとなります。
M42リバースリング(左)とステップアップリング(右)。どちらも市販品として手に入れることができます |
レンズのマウント部に鏡胴側からステップアップリングを逆さに被せ、反対側(カメラ側)からM42リバースリングをはめ、ネジで合体させます。マウント部に対し2枚のリングで包み込むように固定するのです。あとは光学ユニットを取り付け、下方からフランジ調整用のM42マクロチューブ(2.7cm丈)を取り付ければ完成となります |
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焦点距離(推定) 85mm, 口径比(推定) F2.8, フィルター径 40.5mm, 構成 3群3枚トリプレット(推定), MINOLTA IR-630専用レンズ, ガラス表面にはコーティングが施されています |
ヘリコイドを近接側に繰り出すと、中からレンズ名とスペックが表れるようにしました. |
★撮影テスト
camera SONY A7
Spiral-733の写りに何を期待したらよいのでしょうか。愚問かもしれませんが、勿論それはシュールな世界を描き出す破綻した描写特性です。このレンズは写真撮影用ではないので、その期待に応える可能性は大いにあると考えられます。
イメージサークルはかなり大きく設計されており、中判カメラの6x6フォーマットにもケラれることなく対応できます。ただし、画質的な破綻が大きいので、おすすめはできません。今回はフルサイズセンサーを搭載したSONY A7で使用することにしました。しかし、それでも四隅における画質的な破綻は大きなものです。
Spiral-733はトリプレット型レンズですので写真中央部の解像力は高く、ハロやコマの少ないスッキリとヌケの良い写りとなります。コーティングの性能がよいためかゴーストやハレーションは出ず、階調こそ軟調ですが発色が濁ることはありません。像面が四隅に向かって近接寄りに大きく曲がっており、画面中央でピントを拾いながら画面いっぱいに被写体を捉えると、四隅ではピンボケを起こします。この手の像面湾曲レンズの特徴は後ボケが柔らかく綺麗に拡散することとフォーカス部の近くで放射ボケがみられることです。また、近接側ではグルグルボケもみられます。被写界深度が浅く見えるのも大きな特徴で、これは言わば写真の四隅に向かってティルトシフト(アオリ効果)が効いているのと同じことです。以下作例。
Sony A7(AWB)やりました!激しい像面湾曲と放射ボケが発生し、なんだか凄い写りです |
Sony A7(AWB): 基本的に日の丸構図になります。周辺部の像の流れを活かせば迫力のある演出効果が得られます |
Sony A7(AWB): ピントは中央にとっています。像面が大きく曲がっているため、中央から外れると直ぐにピンボケを起こします |
Sony A7(AWB): さすがにトリプレット。ピント部中央には高い解像力があります |
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Sony A7(AWB): 後ボケは柔らかくとろけるように拡散しています |
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Sony A7(AWB): このレンズの手にかかれば、玉ボケも放射状に流れてゆきます |
Sony A7(AWB): 収差設計の基準点が近接域なのかと思っていたら、遠方でもご覧のとおり高解像です |
酔いそうになるような激しい作例たちでしたが、最後までご覧いただきありがとうございました。レンズは写真仲間の「ぽんちゃん」にプレゼントしました。ぽんちゃんによる写真もこちらに掲示しましたので、ご覧ください。カメラはオリンパスPen(デジタル)です。