おしらせ


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2015/01/13

ROSS LONDON XPRES 75mm F3.5*



前玉を回すとボケ味が変わる
Ross London Xpres 75mm F3.5
古いフォールディングカメラにはピント合わせを行う際にレンズの前玉をクルクルと回転させ前方に繰り出す「前玉回転式」と呼ばれるピント調整機構を持つレンズがみられる。レンズの前玉・第1レンズを前方に繰り出し光学系を伸縮(構造変化)させ、これに伴うバックフォーカスの変化を利用してピント合わせを行うという方式である。現在のレンズでは光学系全体を繰り出すヘリコイド式が主流だが、この方式に比べると前玉回転方式は撮影距離に対する画質の変化(収差変動)が大きく、無限遠を基準にシャープで高解像な画質が得られるようレンズを設計する場合にも、ポートレート域から近接域にかけては収差を生かしたソフトな描写表現が可能である[文献1]。これは現代のフローティングシステムにも通じるダイナミックな画質設計であり、ヘリコイド式では十分な収差変動が起こらないレンズに対しては、ある種の柔軟性を提供することができる。たとえばテッサー型レンズは鋭く硬い描写傾向やザワザワと煩いボケ味のため用途が限定され人物のポートレート撮影には不向きとされてきたが、前玉回転方式を導入すればこの弱点が改善され、写真表現の幅をいっそう拡大させることができるのである。
 
Ross Xpresに採用された前玉回転方式のピント調整機構:写真の上段は近接撮影時、下段・左は無限遠撮影時に合わせているところ。前玉を回すと最前部の第一レンズのみが前方に繰り出される仕組みになっている。収差的にみれば正の第一レンズが前方に繰り出されると後部にある負の第二レンズの補正作用が弱まり球面収差の収差変動がおこる[文献7]。後ボケが柔らかくなるなどの効果が生まれる












 
今回取り上げる一本はオールドレンズ愛好家の諸先輩方が好んで使う英国最古のレンズメーカーRoss(ロス)社のXpres(エキスプレス)である。カラー撮影では独特の発色傾向を示しモノクロ撮影との相性も抜群、常に高い評価が飛び交いユーザー同士による異様な盛り上がりである。Xpresには何種類かのモデルがあり、私が入手したのは英国ホートン社(Houghton Butcher Co., UK)のEnsign Selfixという中判カメラに搭載され1950年代に製造されたレンズである。このカメラには6x9/6x6フォーマットと、セミ判にあたる6x4.5フォーマットの2種のモデルが存在し、それぞれにXpres 105mm F3.8と75mm F3.5が搭載されている。他には英国MPP(Micro Precision Products)製の二眼レフMicrocord(6x6フォーマット)用として1951年から供給されたXpres 77.5mm F3.5も存在する。いずれもレンズの構成はシャープな描写を特徴とするテッサータイプである。私が入手した個体はBORG製ヘリコイドユニットに移植された改造品であり、ピント合わせには従来からの前玉回転方式に加え新たに導入したヘリコイドが使用できる。2種類のピント調整機構を併用することで自由度の高い変化自在な描写変化を楽しむことができるユニークな仕様となっている。

絞り羽 9枚構成, 重量(実測) 85g(レンズヘッド本体), 152g(ヘリコイド等の改造パーツ含), 絞り値 F3.5-F22, 最短撮影距離 140cm(前玉回転のみ)/75cm (ヘリコイドにて10cm繰り出し時)/55cm(前玉回転とヘリコイドの併用時),  焦点距離 75mm, 光学系の構成 3群4枚テッサー型, ガラスにはシングルコーティングが施されている。レンズにはもともとフィルターネジが無いので内径32mmの被せ式フードを装着する。EPSILONシャッター(1-1/300)付。シリアル番号254xxx(1960年製)


XpresシリーズのルーツはJ.Stuart(スチュアート)とJ.W. Hasselkus(ハッセルカス)という人物が設計し1913年に登場した3群5枚構成の変形テッサー型(Xpres型)レンズである[文献2-4]。このレンズは当時まだ有効だったツァイスのテッサー特許を回避する目的から、わざわざ後群を3枚のはり合せに変えテッサー型の亜種として市場供給されていた。初期のモデルは口径比がF4.5(焦点距離約120mm ~約300mm)でスタートしているが、これでも当時としてはたいへん明るいレンズであった。1925年には口径比をF3.5まで明るくしたスチル用モデルとシネ用モデルが登場、1927年にはF2.9まで明るくしたシリーズも市場供給されている[文献4]。他には1920年代後半に導入されたXpres F1.9(シネマ用および小型ハンドカメラ用)や広角レンズのWide-Angle Xpresなども存在するが、今回取り上げるXpresとは構成の異なる別系統のレンズである。
 
入手の経緯
レンズは2012年1月にヤフオクを介してrakuringjpさんから落札した。BORG のヘリコイドに移植され無限遠のピント調整が施されており、M42レンズとして使用できる状態で出品されていた。オークションの解説を要約すると「いろいろな部品を使用しM42マウントに改造した。外観に僅かなペイント落ちがある。レンズには目立つキズ、クモリ、カビはない。強い光に透かしてみれば前玉に極小の点キズ2個、1mmのヘアーライン一本がある。後玉に目立つキズはない。イメージクオリティに影響のないレベルで気泡、ホコリがある」とのこと。レンズにはラバーフードとキャップ、フォクトレンダー製の被せ式ステップアップリングが付属していた。もともとフィルターネジを持たないレンズなので、ありがたい配慮である。商品は24800円の開始価格でスタートしたが、私以外には1件の入札があったのみで争奪戦にはならず25300円であっさり落札、経年劣化が徹底的に明示されているので安心して購入することができた。BORGのヘリコイドユニットだけでも新品で購入すれば1万円程度はするので、なかなかお買い得なショッピングであったと思う。
 
Bronica S2への装着
Xpresは中判カメラ用として設計されたレンズなので今回もBRONICA S2の出番である。このカメラはフォーカルブレーンシャッターを搭載した一眼レフカメラであり、中判の6x6フォーマットをカバーしている。普通の一眼レフカメラは撮影時にミラーが前方に跳ね上がる仕組みだが、このカメラは何とミラーが後方に倒れる仕組みになっており、バックフォーカスの短いレンズでもカメラにマウントさえできればミラー干渉の心配がない。カメラとしての合理性よりもレンズとの互換性を重視している点がこのカメラの著しい特徴で、オールドレンズの母機として運用する際に高い自由度を提供してくれる頼もしい存在である。ただし、Xpresのフランジバック長は75mm前後とBronicaマウントのフランジバックより30mmほど短いため、このままカメラにマウントできても無限遠までピントを拾うことはできない。そこで、以前Biotessarのブログ・エントリーで考案した方法を再び踏襲しレンズを前玉のフィルター枠の側からマウント、カメラの内部へ沈胴させて使用することにした。バックフォーカスを短縮させピントを無限遠まで拾えるようにするのが狙いである。試行錯誤の末、下の写真に示すような部品構成で実現できることがわかった。用いた部品は全て市販品なので、以下で述べる解説は誰にでもできる方法である。6x6フォーマットの中判カメラに装着すると、35mmライカ版換算で41mm F1.9相当の焦点距離と明るさ(ボケ量)を持つレンズとなる。
 
レンズをBronica S2にマウントするために集めた部品:(A)Bronica M57-M42アダプターリング; eBayにて香港のLens-Workshopから80ドルで購入した。(B)M42マクロ・エクステンション・チューブ; ここではフランジ調整用スペーサーとして用いる。ヤフオクやeBayにて様々な丈のものが3枚セットで売られている。内部の側面に反射防止処理が施された日本製の中古品が狙い目だ。(C)M42マクロ・リバースリング; フロント側のM42ネジをフィルターネジに変換するための部品。eBayにて中国製を9ドル(送料込)で入手した。(D)ステップアップリング; 量販店などで入手可能で値段は数百円~1000円程度である。(E)かぶせ式ステップアップリング; Xpresには前玉側にフィルターネジがないのでこれは重宝する。(F)Bronica用M57マクロチューブ;ヤフオクでは3000円前後で3本セットの中古品を入手できる。Bronicaの純正品もある。私は2400円で3本セットの非純正の品を手に入れたが反射防止処理が施されていた






まずは5枚のアダプターリング(A)(E)をつなぎ土台を製作する(下の写真・左側)。Bronica M57-M42アダプターリング(A)の後方背面側からM42マクロチューブ(B)をはめ、更にM42リバースリング(C)M42マウントのメスネジをフィルター用のオスネジに変換する。続いて、このオスネジにステップアップリング(D)を装着してネジ径をレンズ本体のフィルターネジと同じ30.5mm径に変換、かぶせ式ステップアップ・フィルター(E) のネジに繋ぐ。こうして5枚のリング(A)(E)で組み上げた土台をレンズ本体の前玉に装着する。最後にBronica用M57マクロエクステンションチューブ(F)を覆い被せ、土台最下部のM57-M42アダプターリング(A)のM57ネジに固定すれば完成(下の写真・右側)。あとはカメラにマウントするだけだ。
 
5つの変換リング(A)+(B)+(C)+(D)+(E)で土台(写真・左の下部)をつくり、レンズを前玉側から装着する。最後にマクロエクステンションチューブ(F)を被せ(写真・右)、(A)のM57ネジに固定すれば準備完了だ




M57エクステンションチューブ(F)のマウント側は57mm径(P1)の雄ネジとなっており、上の写真に示すようにBronica本体のヘリコイド部に設けられたM57ネジに装着できる。レンズ本体は土台(A)(E)を介し、カメラに対してフロント側(フィルターネジの側)からマウントされ、カメラ本体の内部に宙吊り状態で据えつけらる。これは言わば沈胴している状態なので、バックフォーカスが短縮され無限遠のフォーカスを拾うことができるというわけだ。前玉側はM42ネジとなっているので、ここにM42マクロ・エクステンションチューブを装着すればレンズフードの代わりとすることができる。また、レンズキャップの代わりにはM42ボディキャップを利用すればよい。この場合、M42ボディキャップはフードの先端に装着することもできる。不便なのは絞りの制御を行うごとにレンズをカメラ本体から取り外さなくてはならないことである。今のところ、この手間を避ける良い方法が思い当たらない。
 
撮影テスト
Xpresを用いていきなり驚いたのが独特の発色傾向である。このレンズは茶色や灰色といったロンドンによくある色と緑や赤など草花の原色を共にうまく出すことができ、フィルム撮影だろうとデジタル撮影だろうと関係なく味わい深い写真が撮れる。英国で盛んなガーデニングやアンティークを基調とする英国風インテリアなどの文化がこうした性格のレンズを造らせたのかもしれないが、とにかく雰囲気の良く出るレンズである。前玉を無限遠側に固定しヘリコイドでピント合わせを行う場合は開放からシャープで高コントラストな像となりヌケも良い。ただし、ボケ味は硬く距離によってザワザワと煩い背景になる。マクロ撮影の性能はとても高いと思われる。反対に前玉を近接側に設定する場合は若干ソフトな描写傾向になるが、後ボケはフワッと柔らかくボケ量も大きくなるうえ背景がフレアに包まれるため、美しいボケ味が得られる。前玉の回転により球面収差が過剰補正から完全補正を経て補正不足へと変化したのであろう[文献1,6,7]。今回はフルサイズ機Sony A7と銀塩中判機の2種類のカメラでレンズの撮影テストを行た。中判機で使用する場合にはポートレート域の撮影で背後に若干のグルグルボケがみられた。階調描写については35mm判カメラで使用する方が鋭く、中判機で用いる方が軟らかい印象をうける。
 
撮影機材
  デジタル撮影: Nikon D3, Sony A7
  銀塩撮影(35mm判): Yashica FX-3 Super 2000(film:Kodak Ultramax 400)
  銀塩撮影(中判):Bronica S2(film:Kodak Portra400, Fujicolor Pro160N)
 
F5.6 銀塩撮影(Kodak Ultra Max 400), 前玉回転を無限遠側に設定しピント合わせは直進ヘリコイドを使用しておこなっている。シャープネスが高くヌケもよいが、晴天下に絞って使うと階調が硬くなるのはまさにテッサ-タイプの特徴である。グリーンの発色が美しい
F5.6 Nikon D3(AWB)前玉回転を無限遠側に設定 , デジタル撮影でも雰囲気のあるいい色が出るのはこのレンズの持つ優れた長所である
F5.6 Nikon D3(AWB)前玉回転を無限遠側に設定テッサータイプならではの鋭い階調描写でありヌケも大変良い

F3.5 Nikon D3(AWB) 前玉回転をポートレート域に設定ハイキー気味の撮影でも雰囲気のある発色になる
 
中判カメラ(Bronica S2)での撮影テスト
レンズ本来の画質や収差設計がどうなっているのかを知るには、このレンズの定格イメージフォーマットに適合したカメラ(6x4.5フォーマットの中判機)で用いるのが良い。しかし、手元にこの規格のカメラがないので、今回は一回りおおきなイメージフォーマットのBronica S2(6x6フォーマット)で撮影テストをおこなうことにした。結論から言えば35mm判カメラ(フルサイズ機)で使用した時よりもボケ味は更に硬くなり、撮影画角が広がる分だけ背景にはグルグルボケが目立つようになった。こうした性質の変化を考慮し、中判機ではピント合わせの際に前玉回転を積極的に使用することをおススメする。階調描写は中判機で用いる方が軟らかく、シャドー部にむかって濃淡がなだらかに変化している。発色はやはり独特で、雰囲気がにじみ出るような描写傾向は中判機でも変わらない。

F5.6(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定


F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定
F3.5(開放), 銀塩撮影(Kodak Portra400+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定。この距離でもボケ味はやや硬めであるが、階調描写は中判機で用いる方が軟らかい印象である

F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定













F3.5(開放), 銀塩撮影(Kodak Portra400+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定

F3.5(開放), 銀塩撮影(Kodak Portra400+Bronica S2), 前玉回転を無限遠側に設定。中判機で用いると画角が広い分だけ背後にややグルグルボケが出ることもある。正月になると日本人はみんな手を合わせ、一年間の平和や幸福を願います

F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を無限遠側に設定





F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定


F5.6, 銀塩撮影(Fujifijm Neopan 100+Bronica S2), 前玉回転を無限遠側に設定






ボケ味の補正効果
前玉回転式レンズのRoss Xpresにはボケ味をコントロールできる特別な機能が備わっている。前玉を近接撮影側に回すと後ボケがフワッと柔らかくボケ量も大きくなるうえ、背景がフレアに包まれるため被写界深度は浅く見え、理想に近い美しいボケ味となる[文献5]。これは光学系の伸縮により球面収差が補正不足になることから来る副産物的な効果である[文献1,7]。反対に前玉を無限遠撮影側に回すと収差は過剰補正に変わる。解像力とヌケがよくなりシャープな像になるものの、後ボケの拡散は硬くボケ量も小さくなる。2線ボケを生むレンズはこのタイプの典型である。ボケの美しさとシャープネスは両立の難しいトレードオフの関係になっており、ボケの補正に偏重しすぎると解像力とコントラストを損ねソフトな描写傾向になるのであろう。
下の作例では絞りをF3.5に設定し前玉回転を無限遠側に目いっぱい回したときの撮影結果と近接撮影側に目いっぱい回したときの撮影結果を比べている。被写体背後のボケには明らかな差異がみられ、右側の写真の方がボケがフワッとしていて拡散が柔らかくボケが大きくみえることがわかる。
 
F3.5(開放) デジタル撮影, sony A7(AWB): 左は前玉を無限遠撮影側に回し球面収差を完全補正にした作例。右は近接撮影側に回し球面収差を補正不足にした作例

F3.5(開放) 中判カメラによる銀塩撮影(Bronica S2+ Fujicolor Pro160N), 左側は前玉を無限遠撮影側まで目いっぱい回した結果で、右側は反対に近接撮影側に目いっぱい回した結果である。左の写真では後ボケの拡散が硬くザワザワと煩いボケ味であるのに対し、前ボケの拡散はフワッと柔らかくなってる。一方、右の写真では背後のボケは依然として硬いが、左の写真に比べれば幾らかましなレベルになっている。Xpresは最短撮影距離をできる限り短くできるよう無限遠基準点で球面収差を過剰に補正に設定しているようで、ボケが硬いのはこのためであろう


参考文献
[1] 「レンズ設計のすべて」辻定彦著 P152(Tessar型 前玉フォーカッシング)
[2] Brit.Pat 29637(1913), GB191329637(1913) by J. Stuart and J.W.Hasselkus
[3]「写真レンズの歴史」ルドルフ・キングスレーク著
[4] Early Photography
[6] 「写真レンズの基礎と発展」小倉敏布 P199
[7] 「レンズテスト 第2集」 中川治平・深堀和良 P91(ゾナー40mm F3.5の解説文中)

2014/12/11

Ernst Leitz Summar(Mikro-Summar) 8cm F4.5


ライツ初期のマクロ撮影専用レンズ
Ernst Leitz SUMMAR 8cm F4.5
ある筋から山崎光学写真レンズ研究所の山崎和夫さんがご愛用のレンズと聞き、俄然興味を持ったのがSummar (ズマール)F4.5である。Summarの歴史を遡ると、何とLEICAの登場よりも古く、1907年には既にLeitzのハンドカメラとともに同社の広告に掲載されていた[文献1]。1910年にはマクロ撮影用モデルの原点と考えられる顕微鏡用のSummar 24mm F4.5が製造されている。Summarと言えばLeica用に供給された一般撮影用レンズの50mm F2が有名だが、このモデルが登場したのは1933年とだいぶ後の事である。
今回取り上げるのはマクロ撮影専用モデルとして設計されたSummar 8cm F4.5である。焦点距離8cmのモデル以外には24mm, 35mm, 42mm, 64mm, 10cm, 12cm, 24cmが存在し、ライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリ包括できるイメージサークルを持っている。いずれもヘリコイドの無いレンズヘッドのみの製品として供給され、私が入手した製品個体はマウント側がM25ネジ(ネジピッチ0.75)になっていた。一般撮影用レンズとしてカメラで用いるにはマウントアダプターを使い直進ヘリコイドに搭載するのがよい。光学系については記録がないものの、光の反射面の数からは明らかに4群6枚の標準的なダブルガウス型であることが判る。ただし、Vade Macum[文献2]にはダブルガウス型モデル以外にDialyt(ダイアリート)型に変更された後期型モデルが存在したという情報もある。全モデルにシリアル番号の刻印がなく、製造期間やモデルチェンジの経緯など詳しい事はわかっていない。鏡胴が真鍮製でありガラスにコーティングが施されていない事から推測すると、私が入手したのは戦前に生産された製品個体であろうと思われる。文献3には焦点距離8cmのモデルが等倍から7倍の撮影倍率で最適化されていると記載されている。なお、鏡胴にMikro-Summarと刻印されている製品個体も存在するが、いずれにしてもレンズの収納ケースにはMikro-Summarと記されているので差異はないと思われる。謎の多いレンズだ。
  • 文献1: Advertising by E.Leitz Wetzlar in Photographische Rundschau 1907, no. 13 (Click Here)
  • 文献2:Matthew Wilkinson and Colin Glanfield, A Lens Collector's Vade Mecum
  • 文献3:  Aristophoto instructions(Leitz catalog)

重量(実測) 73g, 絞り羽 10枚, フィルター径 23mm前後, 構成 4群6枚(ダブルガウス型), マウントスレッドM25(ネジピッチ0.75mm), シリアル番号未記載, 絞り値:2(F4.5), 4(F6.3), 6(F7.7), 12(F11), 24(F15.4), イメージサークルはライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリカバーできる。レンズ名はラテン語で「最高の」を意味するSummaを由来としている。




 
入手の経緯
このレンズは2013年10月にeBayを介して米国の古物商から落札購入した。出品者は写真機材が専門ではなく主にiPhoneの端末を売り、5回に1回程度の割合で写真機材を出品している人物だ。「ガラスはVery Nice」との触れ込みで、オークションの解説は「Ernst Leitzのマクロ撮影用レンズ。私はこれを用いて出品する商品の写真を大量に撮っていた。レンズに関する詳細はわからないが質問には何でも答える。キャノンAマウントレンズに変換できるアダプターをオマケでつけておく」とのこと。オークションの締め切り時刻は日本時間の明け方5時で、中国人ブローカー達もすっかり寝静まっている時刻である。ラッキーなことに配送先を米国のみに限定しているので、さっそく出品者に交渉し日本への配送について約束を得ておいた。配送額は12ドルとのことである。アンドロイドアプリの自動スナイプ入札ソフトで最大額を216ドルに設定し私も就寝・・・朝目覚めてビックリした。入札したのはたったの3名で落札額はたったの69ドル(+送料12ドル)である。eBayでの落札相場は350ドルから400ドル程度の商品なので、たいへんラッキーな買い物となった。2週間後に手元に届いた商品をみたところ、肝心の光学系はクリーニングマーク(拭き傷)すらない素晴らしい状態である。CマウントをL39/M39ネジに変換する純正アダプターも付属していた。

カメラへの搭載
このレンズはフランジバックが比較的長く、ミラーレス機はもちろんのこと一眼レフカメラで使用した場合にも無限遠のフォーカスを拾うことができる。レンズはマウント側のネジがM25(ネジピッチ0.75mm)になているので、市販のアダプターを用いてM42ネジやM39ネジに変換すれば直進ヘリコイドに搭載することができる。

M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載するために用いたアダプター。左がM39-M42変換リングで、右がM25-M39アダプター(入手したレンズに付属)。いずれもeBayにて同等品を入手することができる


 
撮影テスト
マクロ域での画質は素晴らしく、デジタルセンサーの分解能にも負けない高い解像力を備えたレンズである。フレアは良く抑えられておりスッキリとヌケが良く、コントラストや発色も良好である。階調は軟らかく中間階調は豊富に出ており、絞っても硬くなることはない。しかし、何より驚いたのはピント部の画質である。最初の3枚の作例セットを見ていただけるとわかるように、開放から最少絞りまで画質の変化がほとんどみられず、ピント部は恐ろしいほど安定している。点光源によるボケ玉の明るさが均一であることからも、このレンズが近接域で理想に近い収差設計(球面収差完全補正)を実現している様子がうかがえる。ただし、中遠景を撮影する際は解像力が若干低下し後ボケの拡散がやや硬くなるとともにコントラストもやや落ちる。これは古いマクロ撮影専用レンズに共通する傾向でもあり、収差の補正基準点を近接域に設定しているためである。焦点距離8cmは無理のない画角のようで、グルグルボケや放射ボケは全く見られない。口径食は開放で近接撮影時(写真1枚目)に僅かにみられる程度で問題となるレベルではない。逆光には弱いが、軟らかい繊細な階調描写と近接域での高解像な描写力が魅力の優れたレンズである。

F4.5(開放), Sony A7(AWB): ピント部の解像力はとても高く、現代のデジカメセンサーがもつ分解能にも負けていない。ボケ玉の明るさは均一で球面収差が良好に補正されている様子がわかる。開放からスッキリとヌケが良く、発色やコントラストは良好である

F7.7, Sony A7(AWB): ピント部の画質は絞っても大して変化しない。それだけ開放での描写に余裕があるためであろう。強い日差しにもかかわらず階調は軟らかさを維持している。中間階調が豊富に出ており背景のトーンがたいへん美しい

F15.4(最少絞り), Sony A7(AWB): 深く絞っても回折による解像力の低下はほとんど感じられない。画質に安定感のあるレンズだ

F4.5(開放), Sony A7(AWB): 口径食はほとんどない。シャドー部が良く粘るレンズである。中遠距離になるにつれ後ボケが硬くなるのは古いマクロ撮影用レンズに共通している傾向だ

F6.3, Sony A7(AWB): 少し前にElgeet Mini-Telの撮影で使った被写体である。このシーンでも試してみたかった。高解像なレンズなので凄い質感が出ている


2014/11/26

レンズ名の語源

世の中には数え切れない種類のレンズがあり、欧州の光学メーカーにはその一つ一つに固有の名称を与える素晴らしい伝統があります。こうした製品名には開発者の理念や製品コンセプトが反映していることが多く、レンズグルメの一人としては見逃すことのできない重要なポイントです。これは欧州のカメラ産業が日本のようなオールインワンでの製品開発を主流とはせず、カメラやレンズ、シャッターなどパーツ毎に開発と生産を分業する体制を敷いていたためではないかと考えられます。
さて、最近「カメラ名の語源散歩」(新見嘉兵衛著・写真工業出版社)という本を手に入れ読んでみましたが、とても興味深い内容でした。ぜひ購入されていてはいかがでしょうか。

本ブログで過去に話題にしたレンズやメーカー等についても、その名称の語源が沢山取り上げられていましたので、この本を含むいくつかの参考文献から関連情報を引用し、私のTEXT&表現で紹介させていただきました。参考文献を下記にあげさせていただきます。

参考文献
「カメラ名の語源散歩」新見嘉兵衛著・写真工業出版社
 最も充実した情報源です。この本に収録されている情報に多くを頼りました。
「フォクトレンダー VM & カールツァイス ZM レンズWORLD」 日本カメラMOOK
 P28にZeissとVoigtknderのレンズ名の由来が収録されています。
「ツァイスイコン物語」竹田正一郎著
 本の中の各所にZeissのレンズ名の由来に関する情報が網羅されています。
「ぼくらのクラシックカメラ探検隊フォクトレンダー」オフィスへリア
 本の中の各所にVoigtlanderのレンズ名の由来に関する情報が網羅されています。
Helmut Franz and Edward Reutinger, STEINHEIL MUNCHENER OPTIK MIT TRADITION

TEXT:Spiral
  • A.Schacht Traveron(トラベロン), Travenar(トラベナー), Travegar(トラベガー), Travegon(トラベゴン): 「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来。旅行に持っていけば大活躍するという意味が込められてるのだろう。携帯性の高いコンパクトなレンズが多い。
  • Agfa Solagon(ゾラゴン), Solinar(ゾリナー): ラテン語で「太陽」を意味するSolが由来。ソーラーカーやソーラーシステムとも同じ語源である。アニメAkiraで出てきた光学兵器もこんな名前だった。
  • Arsenal Vega(ベガ): ロシアのクセノタール型レンズに付与されるブランド名で七夕の織女星(琴座の一等星)Vegaが由来。ベガは赤い星だが、このレンズのコーティングもマゼンタだった。ちなみに、よくセットで仲良く売られている望遠レンズのTair(タイール)はわし座のアルタイル「彦星」である。偶然と言えば偶然なのだが。
  • Carl Zeiss Planar(プラナー):ドイツ語の「平坦な」を意味するPlan(ラテン語ではPlanus)が由来。平坦な像面が得られるという意味。こんな名前がついたのも、もともと製版向けが主だったためであろうか。
  • Canon:観音に由来しKwanon → Cannon(大砲の意) → Canon(規準の意)と変遷したと「カメラ名の語源散歩」に解説されている。大砲くらいで留めとくのが一番かっこよかったのに、フツーの名前になってしまった。
  • Canon Serenar(セレナ―):精機光学の社内公募によって選ばれたもので、セレン=澄んだという意味が込められているとももに、月面にある海の名称に由来している。
  • Carl Braun Braun-Paxette(パクセッテ): やはり同じ文献に解説があり、Carl Braun社の6x6判カメラ。ローマ神話の「平和の女神」を表すPaxが由来だそうである。カメラ名やレンズ名には神話を由来にするmのが数多くあります。
  • Carl Zeiss Biotar(ビオター): 文献2に解説があり、ギリシャ語で「生命」を表す接頭語Bioを由来としている。ただし、文献によっては若干異なる解釈もあるらしいことを読者の方から教えていただきました(感謝)。「もの」を意味するMetronを組み合わせBiometar(ビオメター), 「角」を意味するGonを組み合わせBiogon(ビオゴン), テッサーの改良という意味でBiotessar(ビオテッサー)とした。
  • Carl Zeiss Distagon(ディスタゴン):ラテン語の「遠くの、離れた」を意味するDistoに「角」を意味するGonを組み合わせた。焦点距離よりもバックフォーカスの長いレンズを意味する。
  • Carl Zeiss Flektogon(フレクトゴン):ラテン語の「曲がる、傾く」を意味するFlectoにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせたのが由来。融通が利くという意味で用いられるフレックスも元は同じ語源であり、やはり曲がるという意味もある。
  • Carl Zeiss Hologon(ホロゴン):ツァイスの超広角レンズ。Holoは「全部」を意味するギリシャ語接頭語で、これに「角」を意味するGonを組み合わせた。ホーロー鍋の語源にも関係しているのかもしれない。感じでは「琺瑯」だそうである。
  • Carl Zeiss Orthometar(オルソメタール):ギリシャ語で「正直、正」を意味する接頭語Orthoと、おなじく「もの」を意味するMetronの組み合わせ。Metronはメートルの語源でもある。湾曲なく真っ直ぐに写すという意味を感じる。
  • Carl Zeiss Protar(プロター):ギリシャ語の「元祖の、最初の」を意味するProtosが由来。これに関連して英語のPrototype(プロトタイプ)は試作品もしくは原型を意味する。
  • Carl Zeiss Sonnar(ゾナー):太陽を由来にもtsレンズ名は数多くある。このレンズもドイツ語の「太陽」を意味するSonneが由来となっている。ただし、Carl Zeissが工場を構えた地名Sonthofen(ゾントホーフェン)から来るという説もある。
  • Carl Zeiss Tessar(テッサー):ギリシャ語の「4」を意味するTessaresが由来で、このレンズが4枚玉であることを意味している。
  • Carl Zeiss Topogon(トポゴン):ギリシャ語の「地形」を意味するTopography、あるいはその語源となった「場所」を意味するToposに由来している。航空写真用であることを意味している。
  • Carl Zeiss Triotar(トリオター), Hugo Meyer Tripoplan(トリオプラン), Triplet(トリプレット):ラテン語の「3」を意味するTriplexが由来で、これらのレンズが3枚玉であることを意味している。
  • Chinon(チノン):創業時に三信光学であった時の製品名で、創業時の社長である茅野弘氏の名が由来。
  • Copal:創業者の小林氏のCoと前原春一氏のHalを組み合わせ、Co+Hal→Copalとなった。
  • Cosina:創業者の小林文治郎氏の出身地が長野県中野市越地区だったので、越地区のCosiと中野市のNaを組み合わせ社名にした。
  • Dallmeyer Rapid-Rectirinear(ラピッド・レクチリニア):「高速な」を意味するRapidと四角形(長方形・矩形)を意味するRectが由来。四隅まで歪まずに写る画期的なレンズであった。
  • ELGEET: 創業者の3人(London, Goldstein, Terbuska)の頭文字を組み合わせたL+G+Tが由来。
  • Ernemann Ernostar(エルノスター):Ernemann社のStar(星)という意味。
  • Ernst Leitz Ermar(エルマー), Ermax(マックス), Ermarit(エルマリート):会社名のErnst Leitzとレンズ設計者の名Max Berekを掛け合わせてできた名称。
  • Ernst Leitz Hektor(ヘクトール):ギリシャ神話でトロイ戦争に出てくる勇士の名が由来。ちなみにレンズの設計者Max Bekekは愛犬にHektorの名をつけていた。
  • Ernst Leitz Summar(ズマール),Summicron(ズミクロン),Summitar(ズミタール), Summilux(ズミルクス), Summarit(ズマリット): ラテン語の「最高の」を意味するSummaを由来としている。これに「小さい」を意味するMicroを組み合わせるとSummicron, 「光」を意味するLuxを組み合わせるとSummiluxとなる。
  • Ernst Leitz Thambar(タンバール):「まばゆいばかりの美しさ」を連想させるギリシャ語の「thambo」が由来(ライカ社)。
  • Futura Frilon(フリロン):同社のレンズ名は創業者Fritz Kuhnert一家の家族の名が由来。望遠レンズのTele Elorは妻Eleonore、EvarとPetarは彼の子供達EvaとPeterから来ている。ちなみに最も明るい最高級レンズのFrilonはクーネルト自身の名Fritzからである。
  • Goerz DAGOR(ダゴール):Doppel-Anastigmat Goerzの頭文字を組み合わせDAGORとしたのは有名な話だ。
  • Goerz DOGMAR(ドグマー):ラテン語で「信条」を表すDOGMAが由来。宗教性を帯びた名前には不思議な魅力を感じる。
  • Goerz Hypergon(ハイパーゴン):ギリシャ語の「過度」を意味するHyperと、「角」を意味するGonの組み合わせ。あるいみウルトラゴンにも似ている。巨大隕石が落ちて来るような名前である。
  • Hugo Meyer Helioplan(ヘリオプラン):メイヤーの広角レンズ。ギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosとドイツ語の「平坦」を意味するPlanを組み合わせた。
  • Hugo Meyer Tele-Megor(テレ・メゴール):「望遠」を意味するTeleにMeyer社のMe、同社の所在地GorlitzのGorを組み合わせたの由来。
  • Jhagee Exakta(エキサクタ):ドイツ語の「精密な」を意味するExaktから来ている。
  • Kern Switar(スイター):スイスの英語名SwitzerlandとAarauから来ている。
  • Kilfitt Zoomar(ズーマー): ズーマー社(キルフィット社)の社名でもありレンズ名でもあるZoomarは、ズームレンズの語源にもなっていりが、元来はブーンという音を表す擬声音で飛行機が急角度で上昇する意味。
  • KMZ Helios(ヘリオス):ロシアのKMZ社の標準レンズ。ギリシャ語の「太陽神」を意味するHeliosが由来。ラテン語ではSolというそうだ。
  • KMZ Jupiter(ユピテル):ローマ神話の最高至上の神の名。英語ではジュピターと読む。ロシアのゾナー型レンズにつけられる名称。
  • KMZ Mir(ミール):ロシア語で「平和」「世界」を意味するMIRが由来。広角レンズにつけられる名称。Flektogon 35mmのロシア版コピーはMir-1。
  • KMZ Orion(オリオン):ギリシャ神話の巨身美貌の狩人。オリオン座。ロシア版Topogonに用いられている。
  • KMZ Russar(ルサール):ロシア製超広角レンズ。「ロシア」を意味する英語のRussoが由来。ロシアが独自に生んだ最もロシアらしい超広角レンズ。良く写るらしい。
  • Kodak Ektar(エクター):米国メーカーのEastman Kodak Co.の略語EKCから作られたと推測される。
  • Kodak:創業者イーストマン氏の造語ではなく、どの国の人にも発音しやすい語が選ばれたといわれている。
  • Komura: 三協光機の社長小島氏のKoと専務の稲村氏のMuraを組み合わせKo+Muraとなった。
  • Konishiroku Hexar(ヘキサー), Hexanon(ヘキサノン): ギリシア語の「6」を意味するHexおよびその接頭語であるHexaが由来。ちなみにHexarはテッサー型なので6枚玉の意味とは関係なさそう。小西六右衛門の六か?。
  • KOWA PROMINAR(プロミナー): 英語の卓越を意味するPROMINENTが語源。
  • LZOS TAIR(タイ―ル):わし座の一等星Altair(アルタイル)が由来。アルタイルと言えば日本では「ひこ星」と呼ばれている。ちなみに、セットで仲良く売られていることの多いVEGAというレンズは七夕の織女星(琴座の一等星)、おりひめ星である。偶然と言えば偶然なのだが。
  • LZOS Jupiter(ユピテル):ローマ神話の主神。神々の王の名からとった。
  • Mamiya Sekor(セコール):Sekorはマミヤ光機から独立した世田谷光機が発売したレンズで、SEtagaya+KOkiでSekorとなった。しかし、Mamiya Sekorでレンズが出ているので、結局はマミヤの傘下に入ったという事だろう。
  • Metz Mechaflex(メカフレックス):メッツ社の4x4判カメラ。「機械」を意味するMechanik(メカニック)を由来としている説とMetz社のCameraの略という2つの説がある。前者の方がカッコいい。
  • Meyer Primagon(プリマゴン), Primoplan(プリモプラン),Primotar(プリモタール):ラテン語の「第一の、最初の」を意味するPrimoにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせ広角レンズPrimagon、ドイツ語の「平坦な」を意味するPlan(ラテン語ではPlanus)を組み合わせPrimoplanとした。Primoはドイツ語では「優秀な、最良の」を意味するPrimaと関連があるので、この意味を掛けているとも考えられる。
  • Minolta Rokkor(ロッコール):ミノルタが創業地である西宮市から近い神戸市六甲山にちなんで命名した。
  • O.P.L. Foca(フォカ):フランスのライカタイプのカメラ。フランス語の「焦点」を意味するFocusが由来。「カメラ名の語源散歩」によると、元来は「炉」を意味するラテン語で太陽の像を結ぶと黒紙が焦げるところから来ている。うーん。深い!
  • Orion精機 Miranda(ミランダ):Orion精機のカメラ。ラテン語で「感心な女の子」の意味。天王星の衛星の名にもなっている。こういう由来で名を決めた経緯にむしろ興味がわく。
  • Pentacon(ペンタコン):東ドイツVEBペンタコン社の社名およびレンズブランド名。「ペンタプリズム付きコンタックス」の意味。ちなみにPentagonは5角形でアメリカ国防総省の中枢にもなっているが、これとは全く関係ない。
  • Petri(ペトリ) 栗林製作所:栗林製作所のカメラの名称。キリスト教12使徒の1人「聖ペテロ」に由来している。3Mの微生物検査ツールであるペトリフィルムと関係があるのであろうか?
  • Petri Orikkor(オリコール):「お利口」からきていると想像しがちだが、ペトリのレンズにはOrikon(オリコン)という製品もあるため、どうも違うようだ。
  • Pentax Takumar(タクマー):Pentaxの創業者の関係者で梶尾琢磨氏(芸術家)の名からとったのは有名な話。また、ある筋から聞いたところでは「切磋琢磨」する意味とかけているらしい。
  • Plaubel Anticomar(アンチコマー):プラウベル社製レンズのブランド名。ギリシャ語で「非」を意味するAntiとコマ収差のComaを合成した名称。
  • Retina(レチナ):Kodakのカメラに用いられたブランド名で、ラテン語の「網膜」を意味する。
  • Rodenstock Eurygon(オイリゴン):ギリシャ語の「広い」を意味する接頭語Eury-に同じく「角」を意味するGonをかけあわせた名称。ヨーロッパを意味するEuroとは無関係(←私は長らくコレだと勘違いしていた)。
  • Rodenstock Heligon(ヘリゴン):太陽に由来するレンズ名は多いがヘリゴンはローデンストック社の大口径標準レンズに用いられたブランド名で、ギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせてつくられた。
  • Rodenstock Imagon(イマゴン):ラテン語で「映像」を意味するImagoとギリシャ語の「角」を意味するGonの合成だそうである。イメージという言葉も同じ語源であろう。
  • Roeschlein LUXON(ルクソン):「光」を意味するLuxが由来。
  • Schneider Angulon(アンギュロン):ラテン語の「角」を意味するAngulusから作られたと推測されている。写真を撮る際によくつかう「アングル」とも同じ語源であろう。
  • Schneider Curtagon(クルタゴン):ラテン語の「短くする」を意味するCurtoに「角」を意味するギリシャ語のGonを組み合わせた。
  • Schneider Radionar(ラジオナー):シュナイダーのトリプレット型レンズ。ラテン語の「光る」を意味するRadioが由来。「放射」を意味するRadiationという説もある。
  • Schneider Xenon(クセノン), Xenar(クセナー), Xenogon(クセノゴン), Xenagon(クセナゴン): 原子番号54の希ガス元素キセノン、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosが由来。キセノンランプにはこの元素希ガスが用いられている。
  • Soligor(ソリゴール): もとは日本のカメラ、写真レンズのOEMブランド名で世界中でつかわれていた。「Solid+Gold」が由来とされているが、「太陽」をあらわすSolだったという説もある。
  • SOM BERTHIOT FOLR(フロール): 1908年に同社の技術顧問兼レンズ設計士だったシャルル・アンリ・フロリアン(Charles Henri Florian)の名から来ていると思われる。
  • Steinheil Cassar(カッサー), Cassarit(カッサリート), Cassaron(カッサロン):「カメラ名の語源散歩」やFranz & Reutingerの文献などにSteinheil社の創業者C.A.Steinheilの頭字(C+A+S)が由来と解説されている。知らなかった!
  • Steinheil Culminar(クルミナー), Culmigon(クルミゴン): ラテン語の「頂上」を意味するCulmenが由来。これにギリシャ語の「角」を意味するGonを組み合わせた広角レンズCulmigonとした。もともとは最高級のレンズという意味が込められたのであろうが、トリプレットなど安価なレンズにも多用されていた。名前負けしている。
  • Steinheil Orthostigmat(オルソスティグマート):ギリシャ語で「正直、正」を意味する接頭語Orthoと「点、印」を意味するStigmaの組み合わせ。湾曲なく真っ直ぐに写るという意味が込められているのであろう。ツァイスのOrthometarも一部同じ由来であろう。
  • Steinheil Quinar(キナー), Macro-Quinar(マクロ・キナー): ラテン語の「5つの」を意味するQuinarius(ドイツ語のQuinar)に由来しており、同社のQuinarの設計は確かに5枚です。
  • Tamron(タムロン):創業時の泰成光学の設計者田村右衛門のTamuraが由来。
  • VEB Pentacon Practicar(プラクチカール):「実用」を表す接頭語のPractiが由来。東ドイツ製カメラのPracticaやPractinaも同様。
  • Voigtlander Apo-Lanther(アポ・ランター):アポはアポクロマートの略で色収差をできる限り小さくしたという意味。ランターはガラスに用いられた希土類元素Lanthanumからとった。
  • Voigtlander Collinear(コリニア):ラテン語の「同一の」を意味するColに「線」を意味するLineaを組み合わせた。全体として「同一線上の」の意味となる。
  • Voigtlander Heliar(ヘリアー):フォクトレンダーの名玉。ギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosが由来である。ちなみにヘリコイドとはまったく関係ない。太陽を語源とするレンズ名はHeligonやSoligon、Sonnarなど沢山あるが恐らく1901年発表のHeliarが一番最初ではないだろうか。
  • Voigtlander Nokton(ノクトン):夜を意味する接合辞のNoctあるいはNoctiが由来。またはラテン語の「夜の」を意味するNocturnusが由来。
  • Voigtlander Orthoscope(オルソスコープ):ペッツバールが設計し1851年に発売された広角レンズ。ギリシャ語の「真っ直ぐ、正」を意味するOrthoと、「観る、観察する」を意味するScopioを組み合わせたのが由来。
  • Voigtlander Septon(セプトン):ラテン語で「7」を表すSeptemが由来。
  • Voigtlander Skopar(スコパー), Skoparex(スコパレクス), Skopagon(スコパゴン):ギリシャ語で「見ることのできる」を意味する接尾語のScopeが由来。これにギリシャ語の「角」を意味するGonをSkopagonとなる。
  • Voigtlander Ultragon(ウルトラゴン):ラテン語の「極端」を意味するUltraと「角」を意味するGonの組み合わ
  • Voigtlander Ultron(ウルトロン):ラテン語の「極端な」を意味するUltraが由来。
  • Wollensak Velostigmat(ベロスティグマート):ウォーレンザック社の高速レンズ。ラテン語の「速い」を意味するVeloxが由来。
  • Zeiss Opton(オプトン):旧西ドイツのオーバーコッヘンを拠点としたCarl Zeiss社の旧称。ラテン語の「視覚」を意味するOpticusまたは英語の「光学」を意味するOpticsが由来。
  • Zenit:英語のZenith(天頂、絶頂)に当たる意味。
  • Zuiko(ズイコー):オリンパスのレンズ名。瑞穂光学研究所(ZUIho KOgaku Institute)の名称が由来。
  • Zunow:ズノー光学(旧帝国光学)の名称は、おそらく「頭脳」が由来。インパクトのあるブランド名だ。
他にも「これは面白い」という語源(レンズやメーカー名に関するもの)をご存知でしたら、掲示板等でお知らせください(できれば出典もお願いします)。リストに加えさせていただきます。

2014/11/25

Steinheil Culminar 85mm F2.8











ライトトーンの美しい階調描写が魅力
Steinheil Culminar 85mm F2.8
Culminar(クルミナー) 85mm F2.8はオーストリアの数学者J.M.Petzval(ペッツバール)が19世紀半ばに設計したOrthoscope(オルソスコープ)を祖とするポートレート撮影用レンズである[文献1]。Petzvalはレンズの設計に対する数学的理論の裏付けがまだ十分ではなかった時代に史上初めて収差理論をレンズの開発に導入した人物で、2本のレンズを世に送り出している。このうちの1本はVoigtlander(フォクトレンダー)社から1840年に発売されたPetzval式人像鏡玉で、当時まだF14程度がやっとだった写真用レンズの明るさをいきなりF3.4まで高めた歴史的銘玉である。Petzval式人像鏡玉は近年Lomographyから復刻版が発売され話題を集めた。一方、兄弟レンズのOrthoscopeが世に出るのはこれよりも少し後のことで、風景撮影に適したF8の広角レンズが1858年にVoigtlander社から発売されている。Orthoscopeにはやや大きい糸巻状の歪曲があり非点収差も大きいなど広角レンズとして用いるには四隅の画質に課題を残していたが、後群全体が弱い負のパワーを持ちテレフォト性を備えていたため、Steinheil(シュタインハイル)による1881年の修正を経ることで中望遠レンズとしての新たな活路が見いだされた[文献2,3]。このレンズはAntiplanet(アンチプラネット)と呼ばれるようになり、今回紹介するCulminarの原型となっている[文献4,5]。

Orthoscope(左)とAntiplanet(中央)の光学系は[文献2], Culminar(右)の光学系は[文献4]からトレーススケッチした。いずれも構成は3群4枚である


Culminar 85mm F2.8は1948年にSteinheil社製のカメラCasca IIの交換レンズとして登場した。ところが、Casca IIの売れ行きは全く不振だったため、後に対応マウントをライカM39(L39), M42, Exaktaにも広げ交換レンズ単体としても売られるようになった。このうちライカM39マウントのモデルは軽量で求めやすい価格帯にある位置づけが消費者層のニーズをとらえ、売れ筋商品として成功を収めた。今もeBayなどの中古市場に流通する製品個体はM39マウントのモデルが中心である。Leica用の中望遠レンズを供給するサードパーティ製品の市場において、Steinheilのブランド力に対抗できるライバルがいなかったのも成功の要因だったのであろう。
 
文献1:写真レンズのすべて 辻定彦
文献2:Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens
文献3:Adolph Steinheil,  Pat. US241438 
文献4:Helmut Franz and Edward Reutinger, STEINHEIL MUNCHENER OPTIK MIT TRADITION
文献5:「無一居」さん ブログコラム
 
入手の経緯
本品は2012年3月にeBayを介し中古カメラの売買を専門とするローマのセラー(ポジティブフィードバック100%)から落札購入した。これより少し前に他のセラーからM42マウントのモデルが出品されていたため私も入札したが、400ドルオーバーで他者の手にわたっていった。このレンズにはライカスクリューマウントのモデルも存在し、eBayでは350-400ドル程度で売買さている。今回のモデルはEXAKTAマウントなので少しは求めやすい価格になるのではと予想、スマートフォンの自動入札ソフトで最大入札額を301㌦に設定しスナイプ入札を試みた。商品の解説は「素晴らしい状態の完全動作品。EXAKTAでもテスト済み。フォーカスはスムーズで絞りの動きも良い。外観は僅かに使用感があるものの良好。硝子は素晴らしい状態(工場出荷状態に近い)で、カビ、クモリ、汚れ、その他何一つ問題はない。オリジナルレザーキャップとプラスティックケースがつく」とのこと。文面をそのまま信じるなら滅多に出ない素晴らしい状態であり争奪戦になるのではと予想していた。しかし、蓋をあけてみると205.5ドルで呆気なく落札、送料込みでも総額234.5ドルであった。国内での相場は不明だが2013年10月にヤフオクで出品された際は中古並レベルの品が21000円で落札されていた。届いた品は前玉に僅かな拭き傷があり絞り羽根に少し油染みが出ていた。オークションの解説がやや誇張気味だったのか、あるいは検査力の低いセラーに当たってしまったようだ。ただし、ガラスが傷みやすく傷の多い本レンズとしてはとても良好な状態であった。

重量(実測) 200g, 絞り羽 16枚, フィルター径 36.5mm, 最短撮影距離 1m, F2.8-F32, 光学系 3群4枚アンチプラネット型(テッサーを前後逆向きに据えたような構成), 対応マウント M39(L39), EXAKTA, M42, Casca II(本品はEXAKTA), レンズ名の由来はラテン語の「頂上」を意味するCulmen(「カメラ名の語源散歩」新見嘉兵衛著より)



撮影テスト
Culminarはオールドレンズらしいゆるい写りを存分に堪能できるレンズである。コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならなず、あっさりとした軽い印象の写りが特徴である。そのぶん階調は豊富で濃淡の変化を丁寧に表現できるので、空や雲の繊細でダイナミックなトーンを見事にとらえることができる。解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られずボケも安定している。ポートレート域では後ボケが硬めになり距離によっては2線ボケ傾向にもなるが、反対に前ボケは柔らかくフワッと拡散する。逆光には弱くハレーションがたいへん出やすいものの、ゴーストはあまりみられず発色が濁ることも少ないため、均一で美しい性質の良いハレーションである。これを写真効果として活かさない手はない。開放で逆光気味に構え露出オーバーで撮影すると淡泊で軽い仕上がりとなり、写真全体のイメージも明るく優しいものになる。美しいライトトーンの画はまるで白昼夢のようである。
このレンズにはダブルガウスやトリプレット、クセノターのようなゾクッとするような解像力もなければ破綻の見え隠れするような危うさもない、いわゆる「線の太い描写」の典型だが、テッサーのような鋭い写りにはならなず、穏やかで安定感のある写りを特徴としている。強いていればゾナーをかなり軟調にしたような性格と言ったらいいだろうか。ガラスの傷んでいる製品個体が多く描写性能については一部で酷評もみられるが、状態の良いものを探し当てれば味わい深い素晴らしい写りであることがわかる。軟調描写が好きな人にはたまらないレンズであろう。

撮影機材: Camera: Sony A7 + Metal Lens hood + Exakta-Emount adapter
F4, sony A7(AWB): コントラストが低く彩度が抑え気味でけっして派手にはならない。逆光でもシャドーが粘ってくれる
F2.8(開放), sony A7(AWB): 解像力は平凡だが開放でもハロやコマなどのフレア(滲み)は殆ど見られず、ボケも安定している

F2.8(開放), sony A7(AWB): 空の微妙なトーンをダイナミックに捉えることができるのは軟調レンズならではの長所である
F2.8(開放), Sony A7(コントラスト調整): 開放では少し後ボケが硬めになる


F2.8(開放), sony A7(AWB), +2EV(露出高め):  ひとつ前の写真と同じ場所にて逆光に構え、露出オーバーで撮影した。もう、夢の世界だ

F2.8(開放), sony A7(AWB): 前ボケの拡散も綺麗







2014/11/21

【続】Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3 撮影テストPart 2(大判撮影編)

 
Carl Zeiss Jena Doppel-Protar 128mm F6.3
Lens Test by LARGE FORMAT CAMERA
前エントリー(こちら)ではDoppel-Protar 128mm F6.3の撮影テストに中判カメラ(ネガ120フィルム)とデジタルカメラ(フルサイズ機)を用いたが、今回はいよいよ大判カメラによる撮影テストである。レンズは推奨イメージフォーマットが4x5インチの大判シートフィルム相当となっており、この規格で用いると35mm判換算でF1.76/35mm程度の明るい広角レンズとなる。メーカーの推奨する規格に準拠することで、レンズの潜在力を最大限に引き出すことができる。
 
撮影テスト(続編)
撮影機材
CAMERA: 大判カメラ
FILM: Fujicolor 160N(4x5判カラーネガ)
露出計:Sekonic Studio Delux L-398
Film Scan: EPSON GT-9700F
 
このレンズを中判カメラや35mm判カメラで使用した際はコントラストが低く、あっさりとした発色傾向であったが、大判カメラになるとコントラストが幾らか向上し発色にもレンズ本来の力強さがみられるようになる。また、開放で線の細い写りとなるのも大判撮影におけるこのレンズの特徴で、背後にフレアを伴いつつピント部は高解像で四隅までの画質の均一性も高い。柔らかさの中に芯のある繊細な写りが堪能できる。
逆光に対する弱さは相変わらずである。曇天時には発色が淡くなり、空が入るとハレーションも簡単に出る。これは主にガラス同士あるいはガラスと空気の境界部における迷い光(内面反射光)の発生が原因である。ただし、ゴーストが出たり不均一な塊(フレア塊)になることは少なく、薄いベールで1枚覆ったような均一で美しいハレーションである。発色は濁らずにクリアな状態を維持しているので、写真効果として積極的に活用することができる。
ボケは基本的に安定している。被写体までの距離によっては四隅で僅かに像が流れることがあるが、グルグルボケまで発展することはない。前ボケは柔らかく綺麗に拡散しており、反対に後ボケは像がフレアにつつまれソフトな印象が維持されている。コントラストの低いレンズなので、良く晴れた真夏のような空の下でも階調描写は硬くならない。

絞り: F6.3(開放), Lens:Doppel-Protar 128mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F:中判撮影の時にも感じたことだが、やはりハレーションが綺麗なのはこのレンズの大きな特徴である。前ボケは柔らかく綺麗に拡散している。反対に後ボケはやや硬いが、フレアにつつまれているのでソフトな印象を損ねることはない。解像力は開放から充分である。気になるほどでもないがアウトフォーカス部の周辺域で像が僅かに流れている
絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 6.3/128, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F, 上下を少しトリミングしている: 軟調系レンズなので、こういうシーンには強く、トーン描写が丁寧で暗部も潰れない。四隅の減光は装着しているフードが少し深すぎたせいかもしれない。この場所は有名な撮影スポットであるが、誰が撮っても同じような写真にしかならない難易度の高い場所でもある。決死の覚悟で人をいれることにした。中央にいるのは私だ

絞り: F11.3, Lens: Doppel-Protar 124mm F6.3, Film: Fujicolor 160N (4x5), Scannar: EPSON GT-9700F: 広角レンズならではのパースペクティブ(遠近感)もよく出ており、迫力がある。突然真っ白いドレスを着た女性が横切ったので、コレはチャンスと思い急いでシャッターを切った

2014/10/28

A.Schacht(シャハト) Ulm Travenar(トラベナー) 90mm F2.8 R (M42)

トラベナーと言えば典型的にはシャハト社のテッサー型レンズに多く用いられるブランド名です。レンズの解説本で3群4枚構成という記述をみつけテッサータイプだと思い込んでしまった私は、eBayでレンズを目撃するたびに『中望遠のテッサー型レンズって、どんな写りなんだろう』などと興味を募らせていました。あるとき入手し実写してみたところ、テッサーらしくない優雅な写りに衝撃をうけてしまいます。ボケ味は美しく滑らかで、しかも四隅まで整然としていて、まるで絵画のようです。コントラストが良好なうえ階調はなだらかで中間階調が良く出ています。発色、ヌケともに申し分なく、私の知っているテッサー型レンズに対するイメージは良い意味で吹き飛んでしまいました。テッサー型にも凄いレンズがあるんですよなどと方々で言いふらしていたら、ネットで同社のカタログを見つけてしまいます。構成は3群4枚のテレ・ゾナー型でした・・・。凍った。
滑らかなボケ味と美しい発色が魅力の
人気中望遠レンズ
A.Schacht Ulm Travenar 90mm F2.8 R
A.Schacht社はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物がミュンヘンにて創業したレンズ専門メーカーである。彼は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikon, Schteinhailなどに在籍し、テクニカルディレクターとしてキャリアを積んだ後、1948年に独立してA.Schacht社を創業、同社は1950年代から1960年代にかけてスチル撮影用レンズ、引き伸ばし用レンズ、プロジェクター用レンズ、マクロ・エクステンションチューブなどを生産している。なかでも主力商品はスチル撮影用レンズで、シュナイダーからレンズの生産を委託されたり、ライツからLeica Lマウントレンズの生産の正式認可をうけたりと同社は同業者からも高く評価されていた。A.Schacht社は1967年にConstantin Rauch screw factory に買収され、その後間もなくWill Wetzlar社に売却され消滅、レンズの生産は1970年まで続いていた。
今回紹介する一本はA.Schacht社の中でも大人気の中望遠レンズTravenar 90mm F2.8である。レンズの発売は1962年で対応マウントにはM42, Exakta, Leica L39に加え、Practina II, Minolta MDなどがある。レンズの構成は下図に示すような3群4枚のテレゾナータイプで、ZeissのLudwig Bertele(ベルテレ博士)が設計し、1932年にエルノスター型からの派生として設計したCONTAX SONNAR 135mm F4の流れを汲んでいる[参考1]。ただし、見方によってはダブルガウスの後群を屈折力の弱い正の単レンズ1枚で置き換えテレフォト性[注1]を向上させた省略形態とみることもできる。「レンズ設計のすべて」(辻定彦著)[参考2]にはテレゾナー型レンズについて詳しい解説があり、F2クラスの明るさを実現するには収差的に無理があるものの、F2.8やF3.5程度の明るさならば画質的に無理のない優れたレンズであるそうだ。なお、Travenar 90mm F2.8はゾナーの開発者L.Berteleが設計したという噂をよく目にし、証拠となる文献も提示されている[参考3]。Schachtは戦前のZeiss在籍時代からBerteleと親交があり、レンズ設計の協力を得られたのも、その頃からの縁のようだ。

注1:バックフォーカスを短縮させレンズを小さく設計できるようにした望遠レンズならではの性質で、レトロフォーカスとは逆の効果を狙っている。通常は後群全体を負のパワー(屈折力)にすることで実現するが、テレ・ゾナーやエルノスターなど前群が強大な正パワーを持つレンズでは後群側を弱い正パワー(屈折力の小さい凸レンズ)にするだけでも、ある程度のバックフォーカス短縮効果を生み出せる
参考1: Marco Cavina's Page:
参考2: 「レンズ設計のすべて」(辻定彦著) 電波新聞社 (2006/08)
参考3: Hartmut Thiele. Entwicklung und Beschreibung der Photoobjektive und ihre Erfinder,  Carl Zeiss Jena, 2. Auflage mit erweiterten Tabellen, Privatdruck Munchen 2007
Travenar 90mm F2.8の構成図。A.Schacht社のパンフレットからのトレーススケッチである。レンズ構成はエルノスターから派生した3群4枚のテレゾナー型である。正エレメント過多のためペッツバール和が大きく画角を広げるには無理があることから、中望遠系や望遠系に適した設計とされている。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがある。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げるには無理がでる。後群を正エレメントにするのは別にかまわないが、これではテレフォト性が消滅してしまうのではないだろうか。実は前群の3枚が全体として強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体としてテレフォト性を満たすことができるのである[文献2]

入手の経緯
2012年5月にeBayを介しチェコのカメラメイトから入手した。レンズは当初、即決価格250ドルで送料無料(フリーシッピング)の条件で出品されており、値下げ交渉を受け付けていたので230ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態については「コンディション(A)で、使用感は少なく完全動作」とのこと。カメラメイトはeBayに出店しているショップの中では比較的優良な業者なので、コンディション(A)ならば博打的な要素は高くはない。Travenar 90mmはSchachtのレンズの中でもここ最近になって中古相場が大きく上昇したレンズである。eBayでの相場は2014年11月時点でついに450ドルを超えてしまった。同社のレンズの中ではM-Travenar(マクロ・トラベナー) 50mm F2.8がこれまで最も高価なレンズであったが、現在はこのレンズが一番高価になっている。優れた描写力に加え、ベルテレが設計したという情報がそうさせたのであろう。

重量(実測)205g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 絞り羽 16枚構成, 3群4枚テレ・ゾナー型, 1962年発売。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である



撮影テスト
銀塩撮影 PENTAX MX + Fujicolor S400カラーネガ
デジタル撮影 Fujifilm X-Pro1 / Nikon D3
このレンズの特徴は何といっても穏やかなボケ味とシャハトらしい美しい発色である。解像感はマクロ域でやや甘くなるものの中距離以上では充分となり、開放でもハロやコマのないスッキリとヌケの良い写りである。コントラストは良好で色ノリも十分である。緑の発色が美しいのはシャハト製レンズの多くのモデルに共通する性質である。基本的にシャープな描写であるが絞っても階調の硬化は限定的で、なだらかな階調性を維持している。ボケは四隅まで整っており、滑らかなボケ味はまるで絵画のようである。穏やかな性質を備えた優れたレンズと言えるだろう。
F2.8(開放) Nikon D3 digital, AWB: このレンズのボケ味はどんな距離でも滑らかで美しい。忍び寄る夏の気配を写真に収めた

F2.8(開放)Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: 開放でも解像感は充分のシャープな描写だし、階調描写も軟らかい。おまけにボケがたいへん美しい。実によく写るレンズだ
F5.6 銀塩撮影(Fujicolor 業務用S400カラーネガ): 最短撮影距離(1m)ではややソフトな写りである。本来は中望遠から望遠域で力を発揮するレンズなのであろう





F2.8(開放) 銀塩撮影(Fujifilm業務用S400カラーネガ):シャハト製レンズは発色が独特で、不思議な魅力がある



2014/10/23

Goerz Berlin DAGOR(ダゴール) 60mm F6.8 Rev.2

Dagorは古いデンマーク貴族の出身で27歳の数学者Emil von Hoegh(エミール・フォン・フーフ)[1865--1915]が1892年に設計した対称型レンズ(ダブル・アナスチグマート)である。HoeghはレンズのアイデアをGoerz社に売り込み、アイデアを採用したGoerzは翌1893年にDoppel-Anastigmat Series IIIの名称でレンズを発売している。このレンズは高性能だったので発売直後から飛ぶように売れ、現在に至るまで累計数十万本が出荷されたと推測されている。Dagorの大ヒットでGoerz社はドイツ最大級の大手光学機器メーカーへと大躍進を遂げている

ダゴール実写テスト Part 2
Goerz DAGOR 60mm F6.8

前エントリーで取り上げたDoppel-Protar(シリーズ7)はGoerz(ゲルツ)社の傑作レンズDagor (ダゴール)に対抗するためCarl Zeissが総力をあげて開発したレンズである。次回はいよいよDoppel-Protarを大判カメラでテストするが、その前にライバルのDagorにどれだけの実力が備わっていたのかを見ておきたくなった。いいタイミングなので焦点距離60mmのDagorを取り寄せ、デジタル撮影と銀塩フィルム撮影の双方からレンズの実写テストを行うことにした。Dagor 60mmは推奨イメージフォーマットが40mmのモデルに次いで小さく、カタログスペックによると35mm判よりやや大きく中判6x4.5未満となっている。フルサイズ機で用いるには、理想に近いモデルである。なお、Dagorについての詳細は本blogで過去にも取り上げているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。記事へのリンクはこちら
構成は2群6枚の対称型である。発売当時はF7.7であったが後に口径を広げF6.8とした。これ以上明るくはできないものの球面収差と色収差をきわめて良好に補正し、コマ収差、非点収差、歪みも良好に補正できるなど、欠点の少ないレンズである
Sony A7へのマウントにはM42-Sony EカメラマウントとM42ヘリコイドチューブ(25-55mm)を用いている。レンズに適合するフード(20mm径前後)が見当たらないので、北方屋のエルマー専用フード(19mm径)に簡単な細工をして用いている
入手の経緯
レンズは2014年9月にeBayを介し米国のコレクターから落札購入した。売り手には過去に4045件の取引履歴があり、落札者評価は100%ポジティブと優れたスコアがついていた。商品の解説は「レアなゲルツ・ダゴール60mm F6.8(グラフィック用シャッター)ボード付き」との触れ込みで「グレートプライスで出品している。優れた広角レンズであり、シャープネス、コントラスト、色再現性においてローデンストックのアポ・ロナーに匹敵する性能である。包括イメージフォーマットは大判4x5inchにギリギリ届かず、無限遠撮影時には四隅がケラれる。レンズの状態は素晴らしく、絞りの開閉はスムーズ、シャッターは全速正しく切れている。入手困難な小さな木箱(オリジナル)と2.5インチのグラフィック用ボードが付属している。この焦点距離のDAGORは滅多なことでは市場に出てこないのでお見逃し無く!」とのことである。これ以外に更に自己紹介があり、ついでに読んでみると「私は売買暦15年のコレクターで、これまで様々な撮影用機材を幅広く扱ってきた。専門は古い大判撮影用品である。一つ一つ丁寧に清掃し、私の経験と能力を最大限活かしたオークションの記述を心がけている。もし商品に満足しなかったり、あるいは記述との相違があるならば返品に応じる(到着から14日以内)。」とのことである。商品は当初350ドルの即決価格+送料45ドルで売り出されていた。値切り交渉を受け付けていたので、送料の分に相当する45ドル安くして欲しいと持ちかけたところOKとの返答。総額350ドルで私のものとなった。5日後に届いたレンズをチェックするとガラスの表面に油脂の汚れや指紋がタップリと付着しており、一瞬クモリがあるのではと不安になったが、丁寧に清掃したところガラスに問題は無く、拭き傷すらない極上品であった。
Goerz Dagor 60mm F6.8: 絞り羽 5 枚, フィルター径 20mm前後, 構成 2群6枚Dagor型, シリアルナンバー 766834(1945-1948年Goerz America製),  推奨イメージフォーマットは36mmx54mmで35mm判より大きく中判6x4.5未満[参考:Goerz American 1951 Catalog], Kodamaticシャッターに搭載, ステップアップリングとM42リバースリングを用いてマウント部をM42ネジに変換した



撮影テスト
設計は古いが銘玉と賞賛されてきただけのことはあり、やはりとんでもなく良く写るレンズである。階調描写はとてもなだらかで濃淡の微妙な変化をしっかりと捉え、とても雰囲気のある写真に仕上がる。ノンコートレンズであることを考慮し逆光時はハレーションの発生量に注意しなければならないが、うまく使いこなせればスッキリとヌケが良く、濁りの無い軽やかな発色である。収差的には大変優れており、開放でもハロや色にじみは全くみられず、コマも良好に補正されコントラストは良好である。35mm判カメラで使用する場合の解像力は私が過去にテストした焦点距離90mmや120mmのモデルよりも明らかに高く、緻密な描写表現が可能である。ただし、これは90mmや120mmのモデルが性能的に劣るという事ではなく、これらのレンズはより広いイメージサークルで最適な画質が得られるよう中央の解像力を落としても四隅の画質を重視しているからであり、大きなフィルムで用いれば60mmのモデルと同等の描写性能となっている。ボケは距離によらずよく整っておりグルグルボケや放射ボケなど像の乱れは全くみられない。逆光に弱いことと開放F値が暗いことを除けば、短所らしい短所の見当たらない大変優れたレンズである。

撮影機材
デジタル撮影 SONY A7
フィルム撮影(銀塩カラーネガ)FujiFilm Super X-tra400, Kodak Ultramax 400



F6.8(開放), sony A7(AWB): 階調はなだらかで濃淡の微妙な変化をしっかりと捉え、雰囲気のある写真になっている

F6.8(開放), sony A7(AWB):開放でもコマやハロはみられず、コントラストも良好。とてもいいレンズだ!!


F6.8(開放), Sony A7(AWB): 解像力は開放でもかなり高く、後ボケは四隅までたいへんよく整っている
F6.8(開放), 銀塩撮影(Fujicolor X-Tra400): 今度はフィルム撮影。やはりしっかり写る


F6.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): コントラストは良好。スッキリとヌケがよい写りだ
F6.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): うーん・・・。このレンズにコーティングは不要なのだろうか

やはり予感は的中した。焦点距離の短いDagorは35mm判カメラとの相性が良く、結像性能は良好で階調性能にも安定感がある。メーカーの推奨イメージフォーマットを守ることがどれだけ大事であるのかを強く実感することができた。機会があればフルサイズセンサーにジャストサイズのDagor 40mmもテストしてみたいのだが、このモデルは更に希少性が高く、中古市場に出回ることはまず無いと思われる。
日本にはDagorに心酔し、このレンズを数百本も収集しているコレクターがいると聞く。Dagorには人を惑わす何か特別な魅力があるのだろう。今回の実写テストを通して、このレンズに備わった素晴らしい性質の一端を垣間見ることができた。