非球面を採用した史上初の市販レンズ
Elgeet Cine Navitar Wide Angle 12mm F1.2
米国Elgeet社(現Navitar社)のCine
Navitar(シネ・ナビター)は通称Golden navitar(ゴールデン・ナビター)とも呼ばれる16mmフォーマットの明るい中口径・広角シネレンズです[1]。1956年に登場したこのレンズは同社の他のモデルにはないゴールドの装飾帯が施されゴージャスな箱に納めらるなど、別格扱いされました。このモデルの何が別格なのかというと、実は市販された製品としては世界て初めて設計構成に非球面を採用した先駆的なレンズなのです[2]。設計構成は下図のような9枚構成の豪華なレトロフォーカス型で、最後群の赤で着色したレンズエレメントに非球面が採用されています。非球面の加工には膜研磨技術(Membrane polishing)という工法が用いられたそうですが、コストのかかる方法でした[3]。市販価格はたいへん高かったものと思われます。
非球面は大口径レンズにおける球面収差の補正と超広角レンズやズームレンズにおける歪曲収差の補正に大きな効果があり[4]、絞りを開放に近づけるほど大きなアドバンテージか得られます。ただし、深く絞る際は球面のみで構成された光学系の方が性能的にやや有利なようです。
イメージサークルは16mmフォーマットのシネレンズにしては広く、Nikon 1で使用できることは勿論のこと、マイクロフォーサーズ機でも撮影モードを3:4に変えればギリギリでケラレを回避できます。Nikon 1では35mm判換算で焦点距離35mm相当、マイクロフォーサーズ機(3:4モード)では焦点距離28mm相当の立派な広角レンズです。どんな写真が撮れるのか、ますます楽しみになってきました。
非球面は大口径レンズにおける球面収差の補正と超広角レンズやズームレンズにおける歪曲収差の補正に大きな効果があり[4]、絞りを開放に近づけるほど大きなアドバンテージか得られます。ただし、深く絞る際は球面のみで構成された光学系の方が性能的にやや有利なようです。
イメージサークルは16mmフォーマットのシネレンズにしては広く、Nikon 1で使用できることは勿論のこと、マイクロフォーサーズ機でも撮影モードを3:4に変えればギリギリでケラレを回避できます。Nikon 1では35mm判換算で焦点距離35mm相当、マイクロフォーサーズ機(3:4モード)では焦点距離28mm相当の立派な広角レンズです。どんな写真が撮れるのか、ますます楽しみになってきました。
Cine Naviter 12mm F1.2の構成図。文献[2]に掲載されていたものからのトレーススケッチです。左が被写体側で右がカメラの側で、最後群の赤で着色したレンズエレメントに非球面が採用されています |
★Elgeet光学
Elgeet(エルジート)は1946年に3人の若者(Mortimer A. London, David L. Goldstein, Peter Terbuska)が意気投合し、ニューヨークのロチェスターに設立した光学機器メーカーです。LondonはKodak出身のエンジニアでレンズの検査が専門で、GoldsteinとTerbuskaはシャッターの製造メーカーで知られるIlex社出身でした。3人は少年時代からの友人で、Elgeetという社名自体も3人の名の頭文字(L+G+T)を組み合わせたものです。彼らは1946年にアトランティック通りのロフトに店舗を開き、はじめレンズ研磨装置のリース業者としてスタート、すぐ後にレンズの製造と販売も手がけるようになりました。会社は1952年に300人弱の従業員を抱え、数千のシネマ用レンズ(8mm/16mmムービーカメラ用)や光学機器を年単位で出荷する規模にまで成長します。この時点で3人の役職はGlodsteinが社長、Terbuskaが秘書、Londonが財務部長でした。プロフェッショナル向けの廉価製品を供給するというスタイルが成功したのか事業規模は順調に拡大し、1954年には米国海軍(US Navy)にミサイル追尾用レンズNavitarの供給を行うようにもなっています。更に同社は1960年頃からNASAや国防総省との関係を強めてゆきますが、この頃から会社の経営は立ち行かなくなります。同時期に筆頭創設者のLondonが退職し、その2年後に同社は一時ドイツ・ミュンヘンのSteinheil社の所有権を獲得するものの直ぐに売却。2年後の1964年には株主総会が会社の再編を勧告し、Goldsteinは社長の座を追われています。株主総会から新社長に任命されたのはAlfred Watsonという人物ですが、それから2年後に会社の資本は株式会社MATI(Management
and Technology Inc)に吸収されています。なお、MATI社は1969年まで存続し消滅、Goldsteinはこの時にMATI社が保有していた資産の一部を購入し、D.O.Inc. ( 株式会社Dynamic Optics )を創設しています。しかし、この新事業は軌道に乗らず失敗し、新会社は1972年に閉鎖となっています。Goldsteinは1972年に改めてD.O.Industries ( Dynamic Optics工業社 )を設立し、事業を再々スタートしています。同社は1978年にNavitarのブランド名でスライドプロジェクター用レンズを発売し、1994年に顕微鏡用ズーム・ビデオレンズの生産にも乗り出しています。会社は1993年に株式会社NAVITARへと改称。1994年にはGoldsteinの2人の息子JulianとJeremyが父Davidから会社を購入し、兄弟で会社の共同経営にのりだしています。2人はどちらも日本在住の経験があり日本語を話すことができます。Jeremyは1984年と1985年に日本のKOWA(興和光学)に出向し、レンズの製造技術と経営学を学んだ経験があります。Navitar社はライフサイエンス関連の光学機器と軍需光学製品を製造・販売するメーカーとして今日も存続しています。
★参考文献・資料
[1] NAVITAR社ホームページ:About navitar
[2] A History of the Photographic Lens(写真レンズの歴史) Kingslake (キングスレーク) 著
[3] Wikipedia: Aspheric lens[2] A History of the Photographic Lens(写真レンズの歴史) Kingslake (キングスレーク) 著
[4] カメラマンのための写真レンズの科学 /吉田正太郎
ELGGET CINE NAVITAR Wide Angle 12mm F1.2: 最短撮影距離 1feet(約30cm), 絞り F1.2--F16, フィルター径 38.5mm, 構成 7群9枚レトロフォーカス型, Cマウント, 発売年 1956年 |
★入手の経緯
レンズは2019年10月にeBayを介し米国の個人出品者から100ドル+送料で落札しました。オークションの記載は「ガラスは綺麗でヘリコイド、絞りリングの回転はスムースだ。写真で判断してくれ」とのことで、安い!と思って飛びつきました。届いた個体はガラスのコンディションこそ良好でしたが、絞りに修理できない不良があり絞り羽根を除去、ヘリコイドがカッチンコッチンに重かったのでグリースを交換、ここまでしてどうにか使用できる状態となりました。米国では200ドル~300ドル程度で売られていますが、日本では認知度が少ないこともあり、決まった相場はありません。
★撮影テスト
このレンズは広角レンズとして設計されています。Nikon 1(Super
16フォーマット)では35mm判換算で35mm相当の焦点距離となりスナップ撮影に最適な画角となります。またマイクロフォーサーズ機の撮影フォーマット3:4で用いる場合には焦点距離28mm相当となり、遠近感を誇張させるダイナミックな写真にも対応できます。F1.2という非常に明るい口径比を考えると大変優秀なレンズで、非球面を採用した効果が出ています。中央はとても緻密で解像力があり線の細い繊細な描写で、歪み(樽状の歪曲)も16mmシネマ用レンズとしてはたいへん良く補正されています。この時代のレトロフォーカス型レンズはコマフレアの補正に重大な課題を残しており、本レンズも開放ではハイライト部が滲んで軟調気味になります。ただし、コントラストを大きく損ねる程の影響はなく、オールドレンズとして捉えるならば、この程度の軟調さはかえって良い味となります。逆光には強く、レトロフォーカス型レンズでは定番のゴーストも、このレンズの場合には全く見られません。ボケは概ね安定しており、グルグルボケが大きく目立つことはありません。
Olympus PEN E-PL7(WB:auto)
Aspect ratio 3:4(35mm換算で約28mm相当の焦点距離)
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) 驚いたことにマイクロフォーサーズ機の3:4モードでケラレなく使えました。35mm換算の焦点距離は28mmと立派な広角レンズです |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto)拡大すると薄いフレアが見られるものの解像力は良好で線の細い描写です |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) コントラストは良好です |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto)近接撮影時の方がコントラストは良好でシャープです |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) |
F1.2(開放) Olympus E-PL7(Aspect ratio:3:4, WB:auto) 逆光につよくゴーストはあまり出ません |
Nikon 1 J2(WB:日光日陰)
Aspect ratio 3:4(35mm換算で約28mm相当の焦点距離)
続いてNikon 1 J2での撮影結果です。このカメラには16mm映画用レンズのイメージフォーマット(Super 16)とほぼ同じ大きさの1インチセンサーが採用されており、この種のレンズには唯一無二の存在です。ただし、アダプターを介して社外レンズを使用する場合には本来備わっている露出計や拡大ピント合わせ機能が無効になるなど意地悪な仕様のため、オールドレンズユーザ達から総スカンを食らっているカメラです。実用性を確保するには海外で流通しているエミュレーションチップ搭載のアダプターを手に入れて用いるのが有効です。
F1.2(開放) Nikon 1 J2(WB: 日光日陰)近接時には少しグルグルボケが出ます |