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MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
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2024/10/27

Rodenstock Tiefenbildner Jmagon(IMAGON) 20cm F5.8

絵画主義者が発案した写真レンズの新境地、魔鏡イマゴン

Rodenstock Tiefenbildner Jmagon(IMAGON) 20cm F5.8

1930年にドイツの光学メーカー・ローデンストック社からひどく変わった不思議なレンズが登場します。それはIMAGON(より正確にはTiefenbildner-IMAGON)という名のレンズで、まるでレンコンの断面のような多数の穴を持つ複雑な絞り「イマゴンディスク」を内蔵していました。このレンズの吐く写真も独特で、残存収差を故意に残し、写実的な画作りから大きくかけ離れた甘くロマンチックな柔らかさと、毛糸のようなフワッとしたぼかし効果、写真というよりは絵画に近い描写を特調としていました。しかも、中心部の像は緻密で繊細です。たちまち世の肖像写真家達を魅了し、虜にしてしまいます。イマゴンは後に「ソフトフォーカス(軟焦点)レンズ」という新しいジャンルを切り拓くパイオニア的な存在となります。ただし、イマゴンを一括りにソフトフォーカスレンズの一種としてしまうことには反発もあります。レンズが生まれた経緯を知れば、そのことを容易に理解できるでしょう[1,2]。

レンズは写真家で絵画主義者のハインリッヒ・キューン(1866-1944)が発案し、後に光学メーカーのシュテーブル社(Optisches Werk Dr. Staeble & Co)を創業するフランツ・シュテーブル博士(1876-1950)による設計で1920年代に生み出されました。ハインリッヒ・キューンは光学的な作用により絵画と写真を補完させる実験的な試みを繰り返していました。彼が写真術を単なる記録以上のものに作り変えようとしたのは明白で、メニスカス単レンズの前方に網のような障害物を設置するというアイデアに到達していたようです。ただし、絵画のような特殊効果を得るまでには至らず、シュテーブル博士に自身のアイデアを相談、その後、二人は共同でイマゴンディスクのアイデアに到達します。彼らの着眼点は球面収差の精密なコントロールにありました[2]。

ハインリッヒ・キューン(1866-1944) 
(生成系AIによる似顔絵スケッチ)
 

写真レンズの絞りには球面収差を抑えハロの原因とボヤけた像を取り除く効果と、緻密でシャープな像(結像核)を生み出す2つの働きがあります。ハロと結像核のバランスは絞りの開閉である程度コントロールできます。しかし、このコントロールはある意味雑で、間を取るとどちらも中庸な結果となってしまいます。絵画と写真の境界を目指す二人は力強い結像核にボヤけた像を重ねる事が重要と考え、絞りの代わりとなり、これらを適度なバランスで合成することのできるレンコン状のディスクを開発します。当初のレンズは発案者の名前を取りAnachromat Kühn(アナクロマート・キューン)という名称で1920年代に発売されましたが、後の1928年にTiefenbildner-Imagonへと改称されます。"Tiefenbildner"(ティーフェンビルドナー)という聞き慣れない用語はドイツ語で芸術的な意味での「被写界深度の創造者、変調者、画家」と訳すのが最も適切なのだそうです[6]。"Imagon"はラテン語のIMAGOあるいは英語のIMAGEです。シュテーブル社の幾つかの発明特許は1930年にミュンヘンのローデンシュトック社に買い上げられており、IMAGONの発明もその中の一つでした[1,2]。レンズは1930年にローデンシュトック社の製品となり、写真館などで肖像写真に広く用いられるようになります。以後もレンズはプロフェッショナルフォトグラファーから長期に渡り愛用・支持され、大きな設計変更も無く1990年年代まで生産され続けられました[3,4]。

Imagonの構成図:Rodenstockのカタログ掲載図からトレーススケッチした
 

参考文献・資料

[1] A History of the Imagon lens by Dr. Alfons Schultz (archived)

[2] History, Characteristics and Opration of Imagon lenses,Pentaconsix.com

[3] Rodenstock 公式パンフレット 1986年4月

[4] Rodenstock Lenses for Large Format 1995

[5] Wolfgang Baier: Quellendarstellungen zur Geschichte der Fotografie. 2. Auflage, Schirmer/Mosel, München 1980, ISBN 3-921375-60-6, S. 536

[6] wikipedia: Imagon


入手の経緯

長期間製造されたこともあり、中古市場には比較的まとまった数の個体が流通しています。国内のネットオークションでは20cm H5.8が3~4万円程度で取引されており、古典レンズにしては手の出しやすい価格です。ただし、35mm判から中判6x6フォーマットまでに準拠した120mm F4.5は希少性が高く、800~1000ユーロ程度といい値段します。ちなみにライカマウントの90mm F4.5もあり知人に見せてもらったことがありますが、これはプロトタイプなので値段は不明です。購入時は交換用のイマゴンディスクが3枚全て揃っているかどうかが重要です。

 

Rodensock Tiefenbildner Jmagon(Imagon) 20cm F5.8: フィルター径 55mm, 設計構成 1群2枚, イマゴンディスク3枚付属 H=5.5-7.7, H=7.7-9.5, H=9.5-11.5, 撮影フォーマット 6x9(中判) - 9x12

 

撮影テスト

単玉だからと軽視すると、このレンズのグラマーな描写に度肝を抜かれることになります。もうメチャクチャいいです。ピント部は繊細で中央はかなり緻密な像になりますが、輪郭部がキラキラと光輝き、ドラマチックな写真が撮れます。イマゴンディスクはH=5.8-7.7が最も収差量が多く、続いてH=7.7-9.5, H9.5-11.5と続きますが、私にはハロの出方が少し控えめのH=7.7-9.5が最も使いやすく、このディスクを常用していました。


Kodak GOLD 200 (6x9 medium format)

Kodak Gold 200(6x9 format) filter:H7.7(開放) イマゴンの凄さは、もう充分にわかりました!KODAKは少し黄色っぽい感じに写ります




Kodak GOLD 200(6x9 format), filter: H7.7(開放)
 

 

Fujifilm Pro160NS(6x7 medium format)

Fujifilm Pro 160NS(6x7 format), filter: H7.7(開放) 富士フィルムのカラーネガではフィルムの特製からか、少し緑色っぽい発色です












2018/10/22

試写記録:Schneider Kreuznach REOMAR 45mm F2.8 改Leica-L

F2.8(開放)sosny A7R2(WB:auto)  開放ではピント部全体を薄いフレアが纏い、柔らかい描写傾向となります

F4  sony A7R2(WB:auto) 1段絞ればフレアは消え、スッキリとヌケがよく、コントラストは素晴らしいレベルで





F5.6 sony A7R2(WB:日光)  やや青みののったクールトーンな色味で、美しく仕上がります

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 再び開放。やはりピント部を薄いベールの様なフレアを纏いますが、中央はしっかりと解像しており線の細い繊細な描写です

F4  sony A7R2(WB:日光)もう一度絞ったショット。シャープでスッキリと写るレンズです


Camera SONY A7R2
Lens Schneider Kreuznach REOMAR 45mm F2.8







知人に代わってオークションで購入(代行落札)したレンズが数日間だけ我が家に転がり込んできましたので、軽く試写結果をリポートしてみたいともいます。ドイツのSchneider(シュナイダー)社がKodak(コダック)社のRetinette IA/IBというレンジファインダーカメラに搭載する固定式レンズとして1958年頃から1966年まで供給したReomar(レオマー)です。Reomarにはこれ以前の旧式のRetinetteに搭載されたモデルもありますが、開放F値がF4.5やF3.5とやや暗かったり、焦点距離が50mmであったりと、少し仕様が異なります。
今回紹介するReomar(後期型)にはSchneider社製の個体に加え、Rodenstock(ローデンストック)社製の個体があります。大衆機のRetinettiがヒットしたことで生産供給が追い付かず、Rodenstock社にOEM供給を依頼したためだという話を誰かに教えてもらったことがありますが、確かな情報ではありません。どなたか信ぴょう性の高い情報をお持ちの方は教えていただけると幸いです。


レンズのデザインが面白く、シャッターの部分に人物の上半身のイラストや集合写真、風景などが刻まれています。一体何だろうとよく見てみると、何とシャッターユニットにヘリコイドを内蔵しておりピント合わせができます。レンズシャッターなので、これにはビックリ。レンズ構成は3群3枚のトリプレットです。
絞り羽 5枚構成, 絞り指標 F2.8-F22,  設計 3群3枚(トリプレット), フィルター径 29.5mm, PRONTOR 250Sシャターに搭載, ヘリコイド内蔵



オークションに出品されていた段階で既にカメラから取り出され、ライカLマウントに改造されていましたので、アダプターを介してSONY A7R2で使用することにしました。スッキリとヌケのよいクリアな写りで、開放からコントラストの高いレンズです。細部に目を向けると写真の中央は開放で線の細い繊細な描写となり、滲みをまといながらもしっかりと解像しています。1段絞れば滲みは消えシャープネスが向上、カリッとした解像感の強い仕上がりとなります。カラーバランスはやや青みが強くなる傾向があり、白が引き立つクールトーンな描写です。クリアでヌケの良い性質と相まって、とても清楚で品のある味付けになります。

2017/11/20

G.Rodenstock Doppel-Anastigmat HELIGONAL 6cm F5.2








歴史の淀みを漂う珍レンズ達 part.4
クアドラプレットを組み込んだ
幻の広角レンズ
G.Rodenstock Doppel-Anastigmat HELIGONAL 6cm F5.2(ドッペル・アナスティグマート ヘリゴナル)
レンズの設計構成は描写の性格を決める重要はファクターなので、構成が特異なレンズには俄然興味が沸いてくる。1905年に登場したドイツ・ミュンヘンの光学メーカー、ローデンストック(G. Rodenstock)社のヘリゴナル(HELIGONAL)は、まさにそんなマニア心をくすぐるレンズの一つであろう[1]。このレンズは現存する個体数が極めて少ないため、レンズフリーク達が探し求める幻のレンズとして指名手配されている[3]。私も以前から気になりマークしていたが、ある日、偶然にも入手できたのでレポートしてみたい。
ヘリゴナルは1905年に登場し、少なくとも1911年まではエストニア向けのカタログに掲載があったため確かに供給されていた[3]。レンズについての資料は極めて少なく、キングスレークの本[4]に簡単な記載がある以外には、専門誌に掲載されていたチラシがネットで見つかる程度である[5,6]。しかも、チラシにはスペックに関する詳細が何一つ記されておらず、推奨フォーマットはおろか搭載されていたカメラが何であったかなど不明な点が多い。文献[7]には広角レンズと記されており、35mm換算で焦点距離21mmから30mm辺りの推奨画角とあるが、根拠となる資料がないうえ、どうも使用してみた感触では、30mmから40mm(中判6x6フォーマットか645フォーマット)あたりではないかと考えるようになった。
レンズの設計は前群にダブレット(2枚玉)、後群にプロターリンゼ型のクアドラプレット(4枚玉)を配置した独特な構成形態をとっており(下図)、前群を外した後群だけの状態でも、口径比F12のアナスティグマートとして撮影に使用できる。黎明期の広角レンズには珍しく前・後群が非対称のため、発売当初は専門誌からかなり酷評された[1,3]。当時の広角レンズはまだ対称型が主流で時代が早すぎたのであろう。しかし、実際には開放から充分な画質が得られることから、評価は次第に良くなっていったそうである。
G.Rodenstock Heligonal F5.2(1905-1911)構成図: 文献[2]からのトレーススケッチ(見取り図)。全群は2枚のはり合わせによるダブレット、後群はCarl Zeiss(パウル・ルドルフ設計)が1895年に発売した4枚玉のプロターリンゼ型クアドラプレットである




ヘリゴナルのような接合面を多く持つ密着タイプの設計構成はこの時代以前の主流であったが、レンズ設計の軸足はテッサーやダイアリートなど明るいレンズを設計するのに有利な分離タイプにシフトしてゆき、このレンズも短い期間の供給のみで、1912年の同社の輸出カタログでは姿を消している[8]。第一次世界大戦後にも同社から全く同名のレンズが発売され1925年頃まで供給されていたが、そちらはよくあるラピッドレクチリニアタイプのポートレート用レンズで、海外のオークションにも度々登場する[3]。

入手の経緯
今回のモデル(広角ヘリゴナル)を購入する場合、ポートレート用ヘリゴナルとの識別が大きなポイントになるが、ネットオークションでの識別は容易なことではない。唯一のヒントはローデンストック社のカタログに掲載されていたイラスト[3]であろう。これをみて鏡胴のデザインで判断することと、鏡胴側面に記載されたF5.2の口径比のみが確かな糸口となる。同社の製品台帳には1934年よりも前の情報が欠落しているため、シリアル番号から製品個体の製造年を割り出す事はできない[9]。
ある日、日本のヤフー・オークションに広角ヘリゴナルと思われる個体が登場。みるとシリアル番号が8000番台と極めて初期のレンズであったので、期待は一気に高まった。ポートレート用ヘリゴナルとの違いを知るマニアは日本にいくらもいないので、これは千載一遇のチャンスと入札、レンズは3万円ちょっとで私のものとなった。届いたレンズが広角ヘリゴナルであることを判断するには現物の後群がクアドラプレットである事を確認するだけだ。「レンズ神よ。これまで何度も幸運を分け与えてくれたが、今もう一度チャンスを分け与えたまえ~」。後群を覗き込むと思わず溜め息が出た。暗い反射が3個に明るい反射が2個のクアドラプレット。紛れもなく広角ヘリゴナルであった。
G.Rodenstock  Doppel-Anastigmat Heligonal 60mm F5.2: 絞り羽 10枚構成, 構成2群6枚ヘリゴナル型, 絞り 5.2/6.3/7.7/9/11/16/22/31/?, フィルターネジなし



参考文献
[1]Johnson, George Lindsay, Photographic Optics and Colour Photography: Including the Camera, Kinematograph, Optical Lantern, and the Theory and Practice of Image Formation., New York: D. Van Nostrand Company(1909)
[2]  構成図の掲載雑誌:Forsner's Fotografiska Magasin, Priskurant I, 1910-11, Stockholm Örebro
[3] camera-wiki, HELIGONAL
[4] 「写真レンズの歴史」キングスレーク著 朝日ソノラマ
[5] Rodenstock社の広告(1906年) フランス語(LINK)
[6] "LES ANASTIGMAT RODENSTOCK sont superieurs, Representant"  L.CAVALIER, PARIS (1908年)フランス語(LINK
[7] Lens Collectors Vade Mecum, 3rd edition
[8] G. Rodenstock Lenses of Quality Catalog 1912 for USA
[9] Rodenstockの台帳には1934年よりも古い記録がないため、いったい何本のレンズが作られたかなど、このレンズに関する確かなデータを得ることはできない

撮影テスト1
中判 6x9 format (PaceMaker SPEED GRAPHIC)
文献[7]にはレンズのイメージサークルが中判6x9フォーマットを余裕でカバーできるとあったものの、四隅の光量落ちが目立つ結果となった。ちなみにレンズを中判6x9フォーマットで用いた場合の撮影画角は、35mm判における焦点距離26mm相当とかなり広い。光量落ちを狙う場合はこれでもよいが、避けたいならば6x6よりも小さな撮影フォーマットがよいだろう。
開放から滲みやフレアは見られず堅実な写りで歪みもたいへん小さい。ボケは安定しており、グルグルボケや放射ボケなどは見られない。
F7.7, 銀塩カラーネガ6x9 format(Kodak Portra 400/彩度・減) 四隅の光量落ちがやや強い。好きか嫌いかと言われれば勿論すきだ
F7.7, 銀塩カラーネガ6x9 format(Kodak Portra 400)
F7.7, 銀塩カラーネガ6x9 format(Kodak Portra 400/彩度・減) 雰囲気を出すためシャッタースピードを上げて露出を少し落とし、光量落ちを目立つようにしている。また、フォトショップで彩度を少し下げている。中心は緻密に描写されている
F5.2(開放), 銀塩カラーネガ 中判6x9 format(Kodak Portra 400) 今度は露出をあげ、開放で撮影した。フレアは少なく、歪みは小さい








撮影テスト2
中判6x7フォーマット (PaceMaker SPEED GRAPHIC)
四隅に顕著な暗角が出たため、今度は中判6x7フォーマットで撮影してみた。依然として光量落ちの目立つ撮影結果であるが、かなり改善されている。
F8, 銀塩カラーネガ 中判6x7format(FUJIFILM PRO160NS)  太陽を入れたド逆光。この時代のレンズにしては、なかなかの逆光耐性で濁りはそれほどきつくない


F8, 銀塩カラーネガ 中判6x7 format(FUJI PRO160NS) 階調描写はドッペルプロタ―によく似ており、この時代のBテッサーF6.3に比べても明らかに軟らかい

F8, 銀塩カラーネガ 中判6x7 format(FUJI PRO160NS) まだ四隅の暗角はきつめだ。6x6でも広いということかな

F5.2(開放)銀塩カラーネガ 中判6x7format(FUJIFILM PRO160NS)  ボケ味は素直だ。
撮影テスト3
フルサイズフォーマット
CAMERA:  SONY A7RII
6x7フォーマットでも暗角は目立っていたので、645フォーマットあたりがジャストサイズのように思えてきた。最後にフルサイズフォーマットでの作例もみてみよう。
写りは中判カメラの時よりも明らかに軟調。開放から滲みやフレアなどはなく、少し淡いあっさりとした発色傾向とともに軽やかな心地よいトーンに仕上がる。フルサイズフォーマットでも画質的に無理はない。
F7.7, sony A7R2(WB:晴天) 発色は淡く、軽い仕上がりになる

F5.2(開放)  sony A7R2(WB:晴天, ISO1000) 35mmフォーマットでも無理のない撮影結果が得られる

F5.2(開放)  sony A7R2(WB:晴天, ISO1000)


F7.7, sony A7R2(WB:晴天、ISO1000) 逆光も平気






F7.7, sony A7R2(WB:晴天)

F11, sony A7R2(WB:晴天)

2015/07/31

Rodenstock Heligon 80mm F2.8 (Graflex XL)


知人からGraflex用のRodenstock Heligon(ローデンストック・ヘリゴン) 80mm F2.8を半日だけお借りし試写させてもらうことができたので軽く取り上げることにした。このレンズは2012年にeBayを介して写真機材専門業者から290ドルで入手したとのことだ。

 駆け足プチレポート 3 G.Rodenstock Heligon 80mm F2.8 (Graflex XL)
米国Graflex社が1965年から1973年にかけて生産した中判カメラのGraflex XLにはPlanarとHeligonの2本の交換レンズが用意された。勘の良い方は「オヤッ?」と思う事であろう。定番のXenotarではなくHeligonだからである。Xenotarと言えば質感を細密に写しとるシャープな描写で人気を博しRolleiflexやLinhofなどに供給され、Planarと双璧をなした名レンズである。ところが、Graflex XLではHeligonが選ばれた。理由を探るためGraflex XLの1967年のカタログを当たると「有名なZeiss Planarか新製品のRodenstock Heligonが選択可能だ。1本選ぶなら先ずは求めやすい価格で驚くほど高い性能を備えたHeligonをおすすめする」と当時の新型レンズHeligonを大きくとりあげ絶賛している。かつてプレスカメラ界の雄とまで言われたGraflex社が競合他社を相手に巻き返しをはかるには、独自色を強く打ち出しRolleiflaxやLinhof、Hasselbladに流れたユーザー達を呼び戻さなければならなかった。Rodenstockを採用したのは新型レンズの導入にその命運をかけたからではないだろうか。何だかとても良く写りそうな気配が漂うレンズである。
重量(実測)200g, F2.8-F32, 構成 6枚(Graflex xl catalog in 1967参照), 最短撮影距離 2.5ft (75cm), 推奨イメージフォーマット 中判6x7cm, フィルター径 40.5mm, 絞り羽 5枚構成, シャッター XL Compur (B,1-1/500s), レンズ名はギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせたのが由来とされている


撮影テスト
開放から破綻なくキッチリと写り、滲みやフレアはほぼみられない。コントラストが高くシャープでヌケの良いレンズである。シャープネスとコントラストはグラフレックス版Planarよりも高い印象をうける。発色は鮮やかで力強くカラーバランスも悪くないが、グリーンのハイライト域に粘りがなく黄色に転びやすい性質は以前取り上げたHeligon 50mm F1.9にもみられる共通の傾向である。解像力は良好であるが、背後のボケは開放でやや硬くザワザワと煩くなることがある。これは解像力を追求したことによる反動であろう。背後のボケがブワーッと力強く拡散し、前ボケが柔らかくとろけるようにみえるあたりは、いかにも大口径のダブルガウス型レンズにみられるボケ味であるが、この性質が中判用レンズでも観られたのはある意味で斬新であった。レンズ構成についてはGraflex XLの1967年のカタログに6枚という記載があるので恐らくダブルガウスであろう。今回は時間の関係により35mmフォーマットのみでの撮影だったので、周辺部の画質やグルグルボケについては評価できない。
F8 Nikon D3 digital,AWB: ブワ~ッと勢いよく拡散する背後のボケと、とろけるような前ボケ。ダブルガウス型レンズがなつかしい。発色は鮮やかで力強い
F4  Nikon D3 digital,AWB: スッキリとヌケが良くコントラストも良好である
F2.8(開放) Nikon D3(AWB): 開放では背後のボケがやや硬くザワザワと騒がしくなるが、ピント部はシャープで高解像だ
F2.8(開放) Nikon D3:解像力が十分にあり、開放でもキッチリと写るレンズであることがわかる

2011/09/14

Rodenstock Eurygon 30mm F2.8(M42) Rev.2 改訂版


クールトーンな西独のレンズ達 3:
無骨なデザインを纏った
青の伝道
私が初めて手に入れたオールドレンズは焦点距離35mmのFlektogonとAngenieuxで、どちらも温調な発色特性を持ち味とするレンズであった。ところが次に手に入れた本レンズの描写は、これらとはまるで異なっていた。はじめて試写した時の印象を今でもはっきりと覚えている。レンズをデジカメにマウントし恵比寿や代官山の町をぶらつきながら家族の姿を撮っていたところ、写るもの全てがクールトーンであっさりと上品に見え、「このレンズには何かあるな」という強い感触を得た。人の肌はやや白っぽく、地面やビルのコンクリートがやや青っぽく変色するのだ。それはツァイスのコッテリとした温調で華やかな色彩とは明らかに異なり、なおかつコントラストが低い事に由来する淡白な発色傾向とも異なっていた。その後、SchneiderやSchachtなど他の西独製レンズにおいても同様の性質があることに気付き、この種のレンズに対する興味はますます高まっていった。ある時、地元横浜市でオールドレンズの改造を手掛けるNOCTO工房でSchneiderのレンズが持つ青の魅力(シュナイダーブルー)の事を聞かされ、西独レンズ達のクールな発色特性に対する認識は揺るぎないものとなった。

今回再び紹介するEurygon(オイリゴン)30mm/F2.8はドイツ・ミュンヘンに拠点を置くG.Rodenstock(ローデンストック)社が35mm一眼レフカメラ用として少量だけ生産した焦点距離30mmの広角レンズだ。レンズ名は「広い」を意味するギリシャ語のEurysと、「角」を意味するGonを組み合わせたのが由来で、そのまま「広角」という意味になる。Rodenstockといえば1877年に行商人のヨーゼフ・ローデンストックが起業し、眼鏡造りで名を馳せた光学機器メーカーである。カメラ用レンズも1890年代に生産を始め、2000年までプロ向けの大判用レンズを造り続けていた。現在は企業活動を眼鏡の生産のみに一本化することで写真用レンズの生産から撤退している。Rodenstock社の製造台帳によるとM42マウントやEXAKTAマウントのEurygonが生産されたのは1956年から1960年にかけてであり、2本のマスターレンズに加えExaktaマウント用が1300本、M42マウント用が1400本製造されたと記録されている。光学系は6群7枚のレトロフォーカス型で、対応マウントは少なくともM42、EXAKTA、DKL(デッケル)の3種が存在していた。鏡胴の造りが良く、ラッパ型の独特な形状と無骨なゼブラ柄のデザインには強いインパクトを受ける。
Eurygonのレンズ構成は6群7枚のレトロフォーカス型である。上記の構成図は1959年の米国向けパンフレットに掲載されていた図をトレースしたものだ。1939年に生みだされた重金属を含む新種ガラスは青の短波長光に対する透過が悪いという欠点を持っており、青と黄のカラーバランスに深刻な影響を及ぼした。この欠点を補うためにアンバー系のコーティングが導入されカラーバランスの適正化が図られた(カメラマンのための写真レンズの科学:吉田 正太郎著)。硝材とコーティングの連携によるカラーバランスの適正化は、どのような撮影条件においても破たんなく安定でいられるのだろうか。おそらく、このあたりにクールトン軍団のレンズ達が持つ個性豊かな色彩の秘密が隠されているのだろう。
最短撮影距離 0.4m, 重量 305g, フィルター径 58mm, 焦点距離 30mm, 開放F値 F2.8, 絞り機構は手動。焦点距離の異なるゼブラ柄の姉妹品には50mm/F1.9の標準レンズHeligon(4群6枚)、100mm/F4(4群5枚)、135mm/F4(4群5枚)、180mm/F4.5(5枚構成)の3種の望遠レンズRotelar(ロテラー)、135mm/F3.5のYonar(イロナー)などがある。1959年当時の米国版カタログとドイツ版カタログには各レンズの価格が掲載されており、Eurygonが179.5ドル(425マルク)、Heligonが169.5ドル(405マルク)、Rotelar3種 144.5/144.5/139.5ドル(340/375/355マルク)、Yonar 285マルクと記されている。レンズの構成枚数から考えればEurygonの製造コストが一番高く、そのぶん値段も高かったのであろう
入手の経緯
私が以前に所持していたEurygonは一度売却してしまったので、今回のEurygonは買い戻した品となる。本品は2009年にeBayを介して米国大手中古カメラ業者のケビンカメラから入手した。商品ははじめ756ドルの即決価格で売り出されていたが、値切り交渉を持ちかけたところ680ドルで私のものとなった。商品の解説はMINTYで状態の良いレンズとの触れ込みだったが、届いた商品はマウント部にガタがあった。仕方なく修理に出して改善したのはいいが、最近になって後玉の外周部に薄いカビの除去跡を発見(カビではなく確かなカビの除去跡)、それを見た瞬間、思わず「しまった!見なければよかった。」とぼやいてしまった。気付かなければ幸せなことだってある。ケビンカメラからは前にも一度、明らかにクモリのあるレンズをMINTYとの触れ込みで購入したことがあった。米国の超有名店とはいえ説明不足は明らかで、この時以来、同店に対する私の信頼はガタ落ちである。なお、カビの除去跡は描写に全く影響の出ないレベルであった。私はコレクターではないので、手に入れたレンズを手放す日もそう遠くないが、このレンズを再び手放すとなれば安くなってしまうんだろうな~。やっぱり売却は無理か・・・。

撮影テスト
西独クールトーン軍団の描写に共通する独特の色彩については、以前から繰り返し紹介してきた。日光照度の高い撮影条件で青とその補色関係にある黄色のバランスが不安定化し、シャドー部が青、ハイライト部が黄色に引っ張られることで素晴らしい色彩が生みだされる。また、やや照度低い状況においても、白い壁や灰色のコンクリートが青に引っ張られて変色することもあり、これらは条件次第でさわやかな青にもなれば、病的な青にもなる。また、緑が照度に応じて青緑に転んだり黄緑に転んだり、コロコロと不連続に変色するのも面白い。Eurygonもこの種のレンズの性質を備えており、簡単に言ってしまえば制御不能なのだ。しかし、辛抱強く付き合っているといいこともある。このレンズでしか撮れない不思議な色彩に出会う事ができる。
Eurygonの撮影結果にはピント面に解像力があり、近接撮影でも開放絞りからスッキリと写る。周辺画質に歪みや像の流れなど大きな破たんはなく、画質の均一さという意味では良くまとまった優秀なレンズといえる。近接撮影時に開放絞りでグルグルボケが発生するが、1段絞れば治まり、2線ボケの無い穏やかで綺麗なボケ味となる。深く絞り込んでもシャドー部がカリカリと焦げ付くことは無く、階調は暗部に向かって緩やかに変化する。焦点距離30mmのレンズともなれば深い被写界深度を利用したパンフォーカス撮影も可能だ。以下では銀塩撮影(ネガフィルム)とデジタル撮影(Sony NEX-5)による作例を示す。
F4 銀塩撮影 FujiColor Reala 100(ISO100): ブルドックの前足や体毛、瞳などが青味がかっている。不思議な色彩が出ている
F2.8 Fujicolor SP400(ISO400): 葉の緑の色が照度に応じて不連続に変化する。日向では黄色に転び、日陰では青に転んでいる

F4 銀塩撮影 FujiColor Reala100(ISO100):   地面のコンクリートや背後のいろいろなものが青味を帯びている
F4 銀塩撮影 FujiColor  Reala100(ISO100): このように近接撮影でもスッキリとシャープに撮れる。多くの作例で画面全体に青の薄いベールがかかったような不思議な色が出る
F5.6 銀塩撮影 FujiColor Reala100(ISO100): そうかと思えば、この作例のようにノーマルな発色の時もある。緑の背景が絵のように綺麗だ
F4 NEX-5 digital, AWB: 写真用レンズとは球面ガラスを使って光線を屈折させ平面像を得る変換機構だ。この変換による画質の破たん(収差)はEurygonのような広い画角を持つレンズになるほど深刻であり、像が流れたり歪んだりと周辺画質に大きな影響が表れる。しかし、このレンズの場合はよく補正されており大きな破たんはないようだ
★撮影機材
銀塩撮影 Canon EOS kiss + M42-EOS adapter(中国製) + 八仙堂広角レンズ用メタルフード
デジタル撮影 Sony NEX-5 +kipon M42-NEX adapter + 八仙堂広角レンズ用メタルフード

Schneiderのレンズにおいて見出されている独特な青の発色はシュナイダーブルー(Schneider Blue)と呼ばれることがある。オールドレンズの描写力が持つ、現代のレンズにはない「味」を明確に指した表現だ。こういう表現が増えてゆけば、オールドレンズに対する価値認識は今よりもずっと向上するのであろう。EurygonやHeligonのようなRodenstockのレンズも、シュナイダーのレンズに良く似た発色傾向を示し、素晴らしい色彩を生み出すことができる。近いうちにシュナイダーブルーの発案者であるNOCTOの岡村代表がシュナイダー製レンズの描写に関する特集記事を発表される予定なので、是非ご覧いただきたい。