おしらせ

2013/08/29

Isco-Göttingen WESTROGON 24mm F4 (M42)

人の目の視野よりも遥かに広い画角で画面の四隅にメインの被写体を捉える広角レンズ。沢山の物が写り過ぎてしまうことから常用レンズには不向きだが、ここぞという時の一発勝負で面白い構図を実現させてくれる頼もしいピンチヒッターだ。中でも特に面白いのが焦点距離25mm未満の超広角レンズで、四隅をうまく使えば複数のドラマを一枚の写真に同居させることができる。単に風景(遠景)を撮るだけなら30mm~40mmの準広角レンズでも充分だが、超広角レンズは四隅に据えたメインの被写体と画面を支配する風景を高いレベルで融合させることができるのだ。被写界深度が極めて深いため数段絞るだけでパンフォーカスにもなる。

超広角レンズの戦国時代に登場した
ISCOの弩迫力レンズ
1950年に世界初のスチル撮影用レトロフォーカス型広角レンズとなるAngenieux Type R1 35mm F2.5が登場し10年の歳月が流れた。レトロフォーカスの仕組みは単にバックフォーカスを稼ぎ一眼レフカメラへの適合を助けるだけではなく、周辺光量の減少を防いだり、ペッツバール和を抑制し周辺画質を改善させるなど、広角レンズの設計に数多くの利点を生み出すことがわかっていた。こうした長所に目をつけたレンズメーカー各社は、超広角レトロフォーカス型レンズの実現に向け研究開発にしのぎを削っていた。しかし、包括画角を広げながら写真の隅々まで一定レベルの画質を維持するのは容易なことではなく、1959年にCarl Zeiss Jena Flektogon 25mmF4とAngenieux Type R61 24mmF3.5が登場するまで、この種のレンズが焦点距離を10mm短縮させるのに10年近くもの歳月を要している。
今回取り上げる1本はSchnaiderグループ傘下のIsco-Göttingen(イスコ・ゲッチンゲン)社が1959年に発売したM42マウントの超広角レンズWestrogon(ウエストロゴン) 24mm F4である。Schneiderグループと言えばLeitzへのOEM供給として1958年にSuper-Angulon 21mmを先行投入しており、後にレトロフォーカス型広角レンズの分野にも積極的に参入している。ただし自社ブランドによる超広角レンズは意外なことにWestrogonのみであった。本レンズの第一印象はやはり強烈なインパクトを放つ鏡胴のデザインであろう。FlektogonやEurygonのゼブラ柄デザインも凄かったが、Westrogonはそれらに勝るとも劣らない堂々とした存在感である。本品には焦点距離の異なる3本の姉妹レンズがあり、準広角レンズのWestron 35mm F2.8、標準レンズのWestrocolor 50mm F1.9, 望遠レンズのWestanar 135mm F4などがWestrogonと共に市場供給されていた。これらは明らかに旧東ドイツのZeiss製品に対抗することを意識したラインナップである。その決定的な証拠はレンズの光学設計(下図)の中からも読み解くことができる。

Westrogon 4/24の光学系。1960年のチラシからトレースした。構成は6群8枚のレトロフォーカス型。Carl Zeiss Jena Flektogon 35mmの光学系をベースとしており、第2群にはり合わせ面を持つ1群2枚の色消しユニット(新色消し)この部分で非点収差と倍率色収差を強力に補正することで四隅の画質を補強し、超広角に耐えうる性能を実現したものと思われる。
光学系は6群8枚で一見複雑で独特な構成にも見えるが、よく見ると第2群のはり合わせレンズを取り除けばFlektogon 35mm F2.8(初期型1950年登場)の光学系そのもので、後群はBiometarである。つまり、Westrogonは旧東ドイツのZeiss Flektogon 35mmおよびその設計の元になったBiometarから発展したレンズなのである。第2群には「新色消し」ユニットを配置し非点収差と倍率色収差を補正(詳細は上図のキャプションを参照)、更なる広角化のために四隅の画質を補強したレンズということになる。レンズを設計したのは東ドイツのVEB Zeiss Jena社でフレクトゴンの設計にかかわったRudolph Solisch(ルドルフ・ソリッシ)という人物で、1956年にZeiss JenaからISCOに移籍している(Pat. DE1.063.826)。最前部に大きく湾曲した凹レンズを据えているのはレトロフォーカス型レンズに共通する特徴で、バックフォーカスを延長し一眼レフカメラに適合させる働きがある。また、この部分に備わった光線発散作用により第2群の新色消しユニットで補正できない球面収差を補正することができる。両レンズ間の凸空気レンズの働きを利用すれば球面収差の中間部の膨らみを叩く事もでき解像力の向上に効果がある。
 
入手の経緯
2012年12月にebay(ドイツ版)を介しドイツの写真機材店から即決価格で落札購入した。商品ははじめ179ユーロで売り出されていたが値切り交渉によって159ユーロ(+送料40ユーロ)で手中に収めた。商品の状態については、「グット。鏡胴には僅かに傷がある」と簡素であったが、このセラーは大きな問題を抱えた商品以外で「グット」と簡単に評価するのが慣例文句のようなので、状態は良好と判断。商品は1週間で届き、やはり状態の良い文句なしの品であった。今回は幸運にも安く購入できたが、ややレアなレンズなので本来は200ユーロを超える額で取引されることも珍しくは無い。しかも、中古市場に出回る製品個体はEXAKTAマウントが大半であり、M42マウントの個体が出てくることは極めて稀。本来はもっと高価なのだと思う。ラッキーな買い物であった。
重量(実測)436g, 絞り羽 8枚, 最短撮影距離 0.5m, フィルター径 82mm, 絞り F4-F22, 半自動絞り, 焦点距離 24mm, 光学系は6群8枚構成のレトロフォーカス型, EXAKTAマウントとM42マウントの2種のモデルが存在する
撮影テスト
Camera: デジタル:EOS 6D / 銀塩:minolta X-700
EOS 6Dではフォーカスを無限遠近くにあわせると後玉のガードがカメラのミラーに干渉するので、ミラーアップ・モードで撮影することが必須となる。X-700ではミラー干渉の心配はない。

超広角レンズの描写性能で特に期待を寄せる部分は周辺部の画質だ。WESTROGONの場合は四隅のごく近くで解像力が不足し、開放では若干の周辺光量落ちもみられる。ただし、歪み(歪曲収差)は非常に良く補正されており、微かに樽型だが通常の撮影では殆んど判別できないレベルに抑えられている。ハロやコマは開放でも殆んど目立たずスッキリとヌケの良い写りだ。逆光撮影には弱く、撮影条件が悪いと画面の一端(空などの光源側)からフレアが発生しコントラストが低下気味になる。カラーバランスはノーマルで、フレアさえ出なければ発色も悪くない。黎明期の超広角レンズに解像力の高さを求めるのは期待のかけ過ぎであろう。広い包括画角の全画面に渡り、破綻の無い画質を実現する事が精一杯の目標だったからである。むしろ、これだけまともに写るWESTROGONの描写性能に敢闘賞を捧げたい。
F8, EOS 6D(AWB): このスカッとした開放感は超広角レンズならではのものだ!歪みは殆んど判別できない

F8, EOS6D(AWB): ホイアンの民芸品店。ろくろ台の上に陶土を置き変形させるところ。表情はサブの被写体として四隅に配置した
F8, EOS6D(AWB): そして完成!あっという間の出際良さで、さすがに職人だ。殆んど見ずに造っていたような作業工程だった
F11, 銀塩ネガ(Fujicolor S200): 今度はフィルム撮影。とてもヌケがよくコントラストも良好だ
F8, EOS 6D(AWB): 四隅の近辺で解像力不足がみられる
F11, EOS 6D(AWB): パンフォーカスによる一枚。フレアが出やすいのは、この種の超広角レンズによくあることだ。フードを装着すれば少しは改善するかもしれない(私はケラレの心配を憂慮し未装着)。曇り空のもとフレアが発生するとコントラストは下がり気味で、淡くあっさり目の発色傾向になる。写真はベトナムの日本橋で撮影したもの。この橋はホイアンを拠点に朱印船貿易で財を成した日本人が16世紀に建てたもので、ベトナム戦争でも破壊されず、現在は世界遺産の街ホイアンのシンボルになっている






F8, EOS 6D(AWB): 橋の袂(右下)、ピンク色の壁の付根あたりに注目。四隅での解像力不足が良くわかる。この橋の近くにある屋台でカメラオタク風の3人の外国人観光客(男性)に声をかけられた。3人は既に意気投合している様子で、そこに私がカメラをぶら下げて同席したというわけだ。相手の熱いまなざしに、はじめホモの男喰家集団ではないかと恐れたが、一人はオリンパスのフォーサーズ機にMFレンズを装着したフランス人、2名のアジア人の片方がM42のTakumarをEOS 5Dに装着しており、なんだそういうことかと安心した。その後、私のWestrogon+EOS6D渡すと楽しそうに試写していた。4人でベトナム風あんみつのチェーを食べながらレンズ話に盛り上がったひと時であった


F5.6, EOS 6D(AWB): 我娘もろくろ台を使った陶器造りに挑戦。楽しそう

超広角レンズは使っていてとても楽しいアイテムである。被写界深度が極めて深く目測でもピントあわせができるので、構図を考えることに集中できる。手に入れる機会があれば今度はBIOGON 21mmあたりにもトライしてみたい。


4 件のコメント:

  1. Flektogonの魅力に取り付かれた私は、Flektogon開発当時ハリー・ツェルナーの助手だったルドルフ・ソーリッシュがISCOに移って開発したというWestrogonに興味があり探しているのですが、未だに実物に出逢った事がありません。
    しかしZeiss JenaにしてもISCOにしても、20mm,25mm,35mmは作るのになぜ28mmだけは作らなかったのでしょうか。

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  2.  
    > ルドルフ・ソーリッシュがISCOに移って開発したというWestrogon

    これは知りませんでした。
    パテント資料などがあるのでしょうか。

    > Zeiss JenaにしてもISCOにしても、20mm,25mm,35mmは作るのに
    > なぜ28mmだけは作らなかったのでしょうか。

    Zeiss Jenaがプラクチカールブランドで
    供給した28mm F2.4がありましたよね。あまり出回りませんが。


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    1. Westrogonの件は以前、Zeiss特集のムック本に記載されていたのをそのまま鵜呑みにしているだけで正確性には欠けるかも、なのですが、構成図なんかを見ると、それなりに信憑性がありそうですね。

      Prakticar 28mmですが、私の手元にあるものはなぜかF2.8なんです。銘には確かにZeiss Jena,Made in GDRの刻印があるのですが…。マウントはPraktica BMですが、Prakticarの刻印はなく、Jenaの横に「P」の文字があります。
      Jena製28mmにも2種あるのでしょうか。

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    2. Carl Zeiss Jena P 28mm F2.8はPentacn 28mm F2.8と同じです。
      つまり実質メイヤー製です。「東ドイツカメラの全貌」に出ていますし、
      横に並べて比較すると両レンズは外観、中身が全く同じです。

      他にもMade in japanの Carl Zeiss Jena II 28mm F2,8もあり、ペンタックスKマウントのものが出回っています。何でもありですね。

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