おしらせ

2013/07/11

Carl Zeiss Jena Triotar 135mm F4(M42)


たかがトリプレット、されどトリプレット
旬のトリプレットを満喫する
僅か3枚のシンプルな構成でサイデルの5収差を全て補正できる合理的なレンズ設計の形態をTriplet(トリプレット)と呼ぶ。元はTaylor, Taylor & Hobson社から発売されたレンズの名称であったが、後に各社が同一構成のレンズを製品化し、この種のレンズ形態を表す一般用語として定着した。レンズの基本構成を発明したのは英国Cooke社のTaylorという人物で1894年のこと。下の図に示すように2枚の高屈折率な凸レンズの間に空気間隔を空け凹レンズを配置しているのが特徴で、レンズの枚数が少ないうえ貼り合せ面を持たないため、製造コストが安く済むという利点があった。しかし、廉価品という製品イメージが先行し、20世紀に入るとDagorやTessar、Sonnarなど他の種類のレンズが派手な活躍をみせる中、一時は影の薄い存在となっている。Triplet型レンズの光学系は各レンズが広い空気層を隔て配置されており、レンズ構成面の曲率をフラットに緩めることができる。このため諸収差が大きくなりにくく高度で複雑な収差設計が必要とならない。構成が単純なため収差を強力に補正することはできないが、構成が単純ゆえに収差をできる限り発生させない性質を持ち合わせているのである。製造コストだけでなく収差的にも生まれながらにしてエコな性格のレンズといえる。また、貼り合わせ面(新色消しレンズ)を持たないTriplet型レンズは硝材の選択幅が広く、戦後に普及しはじめた新種ガラス(1937年登場)にもいち早く適合、描写性能を著しく向上させている。トリプレットタイプのレンズは周辺画質こそ妖しいが、中央部の解像力が抜群に高くヌケも良いため、弱点の目立たない100mm以上の長焦点域において、当時はTessarタイプやGaussタイプのレンズの進出を許さない。事実、1950年代初頭に解像力80LINE/mmを誇り国産最高峰と称えられたのは長焦点のTriplet型レンズであった。Xenotar登場の直前のことである。この頃のTripletは廉価品という位置付けながらも下克上的な描写性能を備え、ある意味で面白い時期を迎えていたのである。
Triotarの光学系(1939年設計)。構成は3群3枚で分厚い2枚の凸レンズの間に広い空気間隔を空け凹レンズを配置している。このおかげで各レンズ構成面の曲率を緩めることができ、収差が大きくなりにくい。エコな性質の際立つ優れた設計構成である。一方、弱点はレンズ構成の釣り合いが悪く凹1枚+凸2枚とバランスを欠いているため、強い屈折力(負のパワー)をもつ凹レンズを用いたとしてもペッツバール和を押さえ込めず、広い画角でレンズを設計すると四隅の解像力が急激に落ち、グルグルボケも出やすいなど周辺部の画質が著しく低下すること。収差を生かす場合はともかく、一般論としては四隅における弱点が露呈しにくい長焦点レンズに適した設計構成とされている
今回取り上げる一本は1947年から1958年までドイツのVEB Carl Zeiss Jena社によって製造された長焦点トリプレットのTriotar(トリオタール/トリオター) 135mm F4である。生産本数は26700本で対応マウントにはM42、EXAKTA、旧CONTAX、LEICAスクリューなどがある。同社の中では廉価ブランドという位置付けにあるものの解像力やコントラストの高さは素晴らしく、ヌケも良いなど、この時代の製品としては最高水準の画質を堪能することのできるコストパフォーマンス抜群のレンズである。なお、Triotarには少し焦点距離の短い85mm F4も存在し、EXAKTA用と旧CONTAX用が市場供給されている。こちらのレンズは1932年のCONTAX発売と同時に登場し、後にEXAKTA用が追加発売された。他にもRollei B35/C35などのレンズ固定式カメラに40mm F3.5、またRolleicordなどの2眼レフカメラに75mm F3.5が供給された。戦前のモデルは重量感のある真鍮削り出しの見事な鏡胴であるが、戦後の1950年前後の製造ロットから軽量なアルミ鏡胴へと置き換わっている。このあたりの素材の変遷はZeissの他のレンズと同じである。

重量(実測) 470g, 最短撮影距離 1.1m, フィルター径 49mm, 絞り羽 15枚, 絞り F4-F22, 構成 3群3枚Triplet型, Tコーティング(単層コート), M42マウントの他に少なくともExaktaマウントやCONTAXマウント、ライカスクリューマウント(希少)が存在する。レンズ銘の由来はラテン語の「3」を意味するTriplexであり、このレンズが3枚玉であることを意味している

入手の経緯
本レンズは2012年12月にギリシャのM42レンズ専門業者Photoptic(旧stil22)から93ドル(71ドル+送料22ドル)で落札購入した。Photoptikは商品の検査がしっかりしており、安心して購入することのできる優良業者だ。いつものようにスマートフォンの自動入札ソフトで締め切り5秒前に入札するよう設定し、入札額を最大125ドルにセットしたところ、71ドルで落札されていた。商品の状態は「15枚の絞り羽を持つ。フロント・リアキャップがつく。完全動作する品だ。光学系はパーフェクトコンディション。製造時由来の気泡はある。これは普通のことで優良ガラスの証拠。イメージクオリティに影響は無い。他のエレメントはクリアでキズはない。M42スクリューである。世界中どこでも22ドルで送る。」とのこと。届いた品は勿論とても良好な状態であった。良く写りすぎるレンズなのでオールドレンズとしての魅力には乏しく、市場での落札相場は100ドル以下とたいへん安い。

撮影テスト
一般的にトリプレットの長所と言えば、中央の解像力が素晴らしく、ヌケ、発色、コントラストが良好なこと。逆に短所と言えば四隅の解像力が弱く、ボケは硬めで像がザワザワと煩くなること、グルグルボケが出やすいことなどであろう。ただし、Triotarのような長焦点レンズは画角が狭いので、四隅で起こる解像力の弱さとグルグルボケが目立つようなことはない。開放絞り値F4を採用したこともこの時代のトリプレットタイプとしては手堅い設計で、ピント部中央から四隅にかけて高い解像力を実現し、開放からハロやコマの無いスッキリとしたヌケの良い写りである。コントラストは開放から良好であるが、階調描写が硬くならないのはモノコートレンズならではの長所と言える。背景のボケが少し硬めでザワザワと煩くなるのはトリプレット型レンズに共通する特徴である。収差の補正パラメータが不足し高次球面収差を補正するだけの余裕が残っていないためであろう。発色にはこの時代のZEISS JENA製品によくある温調寄りの傾向がみられる。色ノリはとてもよい。以下作例。

CAMERA: EOS 6D
HOOD: 金属製望遠メタルフード(焦点距離80mm以上のレンズ用)

F5.6, EOS 6D(AWB): とてもいい描写性能だ。ヌケがよくスッキリと良く写る
F4(開放), EOD 6D(AWB): 開放でもピント部は高解像でヌケも良好だ。長焦点なのでグルグルボケはあまり目立たない

F4(開放), EOS 6D(AWB): 開放絞りでも中央部の解像力は充分に高く、コントラストも良好。高描写である


F5.6, EOS 6D(AWB):発色はこの時期のZeiss Jena製品らしく、やや温調気味である
F4(開放), EOS 6D(AWB): 後ボケは硬めなので、距離や被写体によっては背景がザワザワと煩くなることもある
今回のブログ・エントリーでは長焦点トリプレットの魅力について触れてみたが、実は焦点距離の短い50mm前後のトリプレットにも別の意味での魅力がある。高描写な中央部と、収差の影響をうける周辺部の画質的なギャップが大きく、この種のトリプレット型レンズならではの描写効果を楽しむことができるという。いずれ機会があれば本ブログで取り上げてみたい。

8 件のコメント:

  1. ツアイスのTriotarは1920年代中ごろの製造開始と推測しています。当初はF3もしくは3.5と明るく、短焦点Cマウントから大判カメラ用までのラインナップを誇ります。
    今では一眼レフで使いやすい7.5cmから12cm程度のものを見つけるのは、ほとんど不可能です。不人気でよほど生産数が少なかったからでしょう。

    ツアイスにおいてトリオター再設計の転機が訪れたのは、35mmフィルムを使ったレンジファインダー機やエキザクタの出現です。(だと思っています)
    同社ではF4や4.5の解放値でしかも中望遠系レンズでは、35mmフィルムより少し大きめのイメージサークルに設計しておけば、周辺収差は切り取られ、中心部のきわめて高解像部分が活かせることに注目しました。
    そしてもう一つの追い風はspiralさんもご指摘の新種ガラスの登場です。さらにはカメラの普及に伴う廉価版レンズの必要性も、トリオター再登場のきっかけになったと、いつもながら適当な想像をしています。

    またまた適当なことを申し上げましたが、このところのspiralさんの着眼点は幅がいっそう広がり、いつも興味深く拝見しておりますので、今後の掲載もおおいに楽しみにして期待しております。
    いつになくクソ真面目なレスですが、オールドレンズファンならぜひとも使っていただきたいトリオターです。

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    1. lense5151さん
      書き込みありがとうございました。

      Triotarブランドは1920年代中ごろからあるのですか・・・。
      古いブランドですね。

      > 同社ではF4や4.5の解放値でしかも中望遠系レンズでは、35mmフィルムより
      > 少し大きめのイメージサークルに設計しておけば、周辺収差は切り取られ、
      > 中心部のきわめて高解像部分が活かせることに注目しました。

      F4のTriotarは35mmフィルムよりも少し大きなイメージサークルを持つという
      ことは本当でしょうか!?興味あります。もしそうならば、lense5151さんの
      おっしゃるように、隅は捨てる設計だった・・・。

      >そしてもう一つの追い風はspiralさんもご指摘の新種ガラスの登場です。

      中玉の凹に高性能がガラスを使えば性能が大幅に改善するという意味でした。

      このレンズの中玉凹エレメントには、いつも気泡硝材がもちいられていますね。

      レンズの設計本には新色消しの張り合わせユニットを持つ場合、
      よほど上手い硝材選択をおこなわないと、多くの場合球面収差が
      増大してしまうと書かれています。
      つまりテッサーやガウス、ゾナーでは解像力が落ちるという意味です。


      >このところのspiralさんの着眼点は幅がいっそう広がり

      NOCTOがRadionarなどトリプレットをべた褒めする理由が
      知りたかったのです。単純な構成なのに、なぜトリプレットが
      テッサーやゾナーよりも高解像なのか・・・。はじめは疑問でしたが、
      深いカラクリがあったのですね。


      >オールドレンズファンならぜひとも使っていただきたいトリオターです。

      同感です。でも、トリプレットって実力相応の評価を得ていない気がします。今回のエントリーではトリプレットを援護したかったのです。


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    2. spiralさん、またまた誤解を招きそうな表現で申し訳ありません。

      イメージサークルの大きさについては、あくまでも推測であり確たる根拠がありません。
      大昔のレンズばかり使っていると、焦点距離の長さ=イメージサークルの大きさを連想します。

      実際にはそれこそディアドルフなどビューカメラを買って、覗き込んでみないと何ともいえません。
      ただ一般的には焦点距離が長いレンズほど周辺収差も少ないようですから、あながち推測ばかりとは言い切れない面もありそうです。

      いつもイメージサークルの大きなレンズは「大味な写り」だと言っていますので、戦後に現れたこのトリオターのようなレンズの描写の説明に矛盾が生じます。
      つまり、前回に取り上げていただいたエルジートなども含めて、大味どころか開放から細くて力強い線で描かれた描写には、改めて驚きを感じます。
      たとえばテッサーと比べると、その力は恐るべきものを秘めていると実感しています。

      さすがに「たかがトリプレット、されどトリプレット」です。

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    3. イメージサークルの件、補足していただきありがとうございました。
      テッサーとトリプレット。長所が異なるこの両者の比較は勉行になります。しばらくトリプレットを使ってからテッサーに戻ってみたところ、こんなふうに写るのかなどと言葉にはできない違いに驚いてしまいした。

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  2. こんばんは、はじめまして。
    凄く見やすいレイアウトで素敵なブログですね!
    このサイトに巡り合ってからM42に興味を持ち始め、ついにM42マウントに手を伸ばしてしまいました。笑
    Carl Zeiss Jena Tessar 50mm F2.8のアルミ製が明日届く予定です。

    本当に唐突な書き込みですみません、同じ横浜市民でテンションあがってしまいました。笑

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    1. log0817さん

      書き込みありがとうございました。
      横浜は日本におけるカメラ発祥の地(聖地)なのです(笑)。
      まぁ、それはよいとしまして、Tessarはよく写るレンズですが、古いものほど階調が柔らかいと評判です。デザインも昔のものは今のレンズと違って存在感がありますよね。
      このブログでも近いうち銀鏡胴の80mm F2.8を取り上げたいと思っています。
      log0817さんのTessarもそうですが、戦後のF2.8は実はハリーツェルナーという
      設計士が再設計したものです。この設計士はフレクトゴンやビオメタールを
      設計したことでもしられていますね。またおいでください。

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  3. spiralさんこんばんは。
    トリオターも良いレンズですねぇ。使ってみたくなりました。
    135mmだと先月、クルミナーがやって参りました。
    相変わらず曇りありとかだったので、バラしてキレイキレイしました。
    アルミ鏡胴で絞り羽根16枚・・・我が家のレンズで最大枚数です。
    なんとなくトリオターと同じ様ですが、今、こんなに多い枚数の絞りなんか、
    工数かかちゃって作らないんでしょうねぇ。
    そういえば、もう一つ面白いレンズで、キャサロンの1:2.8/50mmが来ましたよ。
    Edixa-Reflex用で、ソフトフォーカスレンズ?ってくらい解放からホワホワの癖玉みたいです。
    これも同じくバラして絞りまでリペアしました。
    spiralさんのせい?で1年でレンズ80本越えですwww

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    1. こんばんは
      80本とは、おそれいりました。私はダイエット中なので、できるだけ購入を控えてますが、まだまだ目標の12本(オールドレンズユーザーの平均)にはほど遠いです。

      トリプレットの良さって実はあまり語られてませんよね。長焦点なら素晴らしいとおもいます。

      そういえばキャッサロンもトリプレットじゃなかったでしたっけ?

      しかし、80本とはうらやましい。オールドレンズの相場は右肩あがりなので、高くなってから売れば大儲けでしょうね。

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