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オールドレンズ女子部
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オールドレンズ写真学校12月ワークショップ
今月は12月17日(日)の予定です。まもなく正式な発表と申し込みの開始が始まります。

2012/01/27

Arsenal Vega-12B 90mm F2.8 (P6 mount) ベガ12B



 
四隅までバリッと写る驚異の5枚玉
PART3: ARSENAL VEGA-12B 90mm F2.8
BIOMETAR/XENOTAR型レンズは旧東ドイツのCarl Zeiss Jenaと緊密な関係にあったロシア(旧ソビエト連邦)でも生産された。シリーズ第3回は老舗光学機器メーカーのARSENALが中判カメラ向けに生産したVega-12B 90mm F2.8である。ロシアで本格的なBiometar型レンズが造られたのは1970年頃からと意外に遅かった。それ以前にもVega-1(1957年試作)やVega-3(1964年発売)など近い構成を持つレンズは造られていたが、輸出先の西側諸国で1950年代前期に開示されたXenotar特許がロシア国外にレンズを輸出する際の障壁となったことから、ロシア政府はBiometar型レンズの開発プランを先送りしていたようである。ロシア製Biometar型レンズは1960年代末に引き伸ばし用のVEGA-5UとVEGA-6Uが開発されたのを皮切りに、特許の期限が切れる1970年代初頭からバリエーションを急激に増やし、一般カメラ用レンズはもとよりムービーカメラ用レンズや引き伸ばし用レンズ、ビューレンズにまで裾野を広げている。

左側は1957年にロシア政府の直轄光学研究所であるGOI(Gosudarstvennyy Optical Instituteによって試作されたVegaシリーズ初期の試作品Vega-1 5.2cm F2.8の光学系断面図である。GOIのカタログに掲載されているスケッチをトレースした。前群の構成がBiometar / Xenotar 型レンズ(右)とは明らかに異なっており、見方によっては変形トポゴンタイプと表現することもできる。右側はVega-12b 90mm F2.8の光学系。ロシアでは Biometar / Xenotar型レンズとその変形版レンズに対して慣例的にVEGAの共通シリーズ名が付与される。レンズ名の由来は七夕の織女星(琴座の一等星)Vegaである
今回手にするVega-12B 90mm F2.8は中判カメラのKIEV-6C/60用レンズとして1971年頃から生産されたBiometar/Xenotar型レンズである。ロシアンレンズの中でも描写には高い評価があり、知る人ぞ知る隠れ銘玉と評されている。Kiev-6CはCarl Zeiss Jenaの中判カメラPentacon Sixのロシア版コピーである事から、レンズは明らかにZeissのBiometar 80mmを意識した製品のようである。興味深いのは、このレンズが90mmという変わった焦点距離を採用している点であり、旧東ドイツのZeiss Jena1949年に試作した6本のBiometar 90mm F2.8(プロトタイプ版を思い起こさせる。戦後のロシアではCarl Zeissブランドのデッドコピーが数多く生み出されたことから、VEGA-12BはBiometarのプロトタイプをベースに設計されたコピーレンズなのではないかという考えに至るのは極自然な発想である。しかし、この筋書きには一つだけ不可解な点が残る。次の構成図を見て欲しい。
Vega-12BはXenotarのように絞りを挟んで同心円状に丸みを帯びたダルマのような形状でありBiometarとは明らかに異なる光学系である。このような形状は広角部の画質(画角特性)を重視する際に有効があり、非点収差の補正効果を高める働きがある

左からBiometar、Vega-12B、Xenotarである。Vega-12Bの光学系はBiometarよりも前群の構成レンズが薄く造られており、貼り合わせ面が平坦、全体的にダルマのような丸みのある形状であり、明らかにBiometarよりもXenotarに近い特徴を持つ。全く想像でしかないが次のようなストーリーが繰り広げられたと考えることができる。
  旧東ドイツでは工業製品の開発がロシア政府の厳重な管理下に置かれていた。それらの多くが兵器の開発につながるからである。Zeiss Jenaの光学製品も例外ではなく、カメラやレンズの設計資料はロシア政府の直轄光学研究所であるGOIの手に渡り、GOIはこの資料をもとにZeissブランドのコピー製品を試作、自国の光学機器メーカーに技術供与していた。1957年にGOIが行ったVega-1 5.2cm F2.8の開発も、前の年の1956年にZeiss Jenaが同じ焦点距離を持つBiometar 50mm F2.8の試作品を開発した事に連動している。Biometar 90mm F2.8やPentacon sixの開発資料も1950年代にはGOIの手に渡っていたはずである。ロシアではカメラやレンズの開発と西側マーケットへの輸出は外貨獲得の有効手段として重要視されていたため、本来ならば間もなくPentacon sixとBiometar 90mm F2.8のロシア版コピー製品が登場するはずであった。ところが製品の開発計画を狂わせる出来事が起こった。1950年代初頭、西側諸国でSchneider社がXenotarの国際特許を開示したのである。特許の内容は戦後の混乱で特許申請が遅れていたBiometarの設計に極めて近いものであったため、これが認可されたことはロシアのGOIにとって想定外の事件だったのであろう[注1]。自国の力が及ぶ東独ZeissのBiomtar特許だけならば第二次世界大戦の賠償問題に託けてどうにでもできたが[注2]、Xenotar特許は西独メーカーが保有する権利のため、ロシア政府が国外へレンズを輸出する際には国際法律上、どうあがいてもシュナイダー社に対しライセンス料を支払う義務が生じたのだ。こうしてロシアにおけるカメラとレンズの開発は1950年代にいったんは計画されたものの、XenotarやBiometarの国際特許が期限切れとなる1970年代初頭まで凍結されることになった。
 さて、15年の歳月が経ち開発計画がいよいよ再開となる頃、Xenotarの描写力に対する世間の評判はただ事ではなく、それは高性能なBiometarをも凌駕していた。そこで、ロシアのGOIは新型レンズVega-12Bの設計の模範をBiometarからXenotarへと変更したのである。そして、90mmという焦点距離だけがBiometar計画の面影として残った。つまり、ロシアは1970年代になってからXenotarに恋してしまい、許嫁のBiometarとの関係を捨て、浮気に走ったのではないかと言いたいのである。このシナリオは深読みのしすぎであろうか。

注1・・・Biometarは1949年に開発されているが、米国での特許取得が実現したのはそれから10年も後の1959年である。東独メーカーの自由な企業活動には一定の制限があったようである。

注2・・・実際、戦後に東独Zeissが生んだFlektogon 35mmのケースでは、西側諸国のメーカーがこのレンズに相当する特許を保有していなかったため、何の障害も無くコピーされMir-1となった。
フィルター径 58mm, 絞り羽の構成枚数 6枚, 絞り機構は自動絞り, 重量(実測) 372g, 最短撮影距離 0.6m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 4群5枚, ペンタコンシックスマウント(Kiev-6C/60)とKiev-88マウントの2種のマウント規格に対応している



後期型(左)は絞り羽の色がシルバー、前期型(右)はブロンズゴールドである
レンズの入手
eBayにはロシアやウクライナのディーラーがロシア製中古レンズを大量に出品しており、検索すれば大抵の製品はヒットする。Vega-12Bも常時出品されているので、じっくり時間をかけて探せば状態の良い品に巡り合うことができる。購入時の注意点として伝えておきたいのは製品の状態に対する格付けだ。ロシア製品を扱うディーラーの多くは商品の最上位の格付けに「NEW」の表記を使う習慣がある。MINT(新品同様の中古)の上に更にもう一つ上位の格付けを設けているのだ。中古品が基本のオールドレンズにNEWの表記を用いるのも変な気がするが、この格付けは本来、中古市場に大量に残存している80~90年代に生産されたロシア製品のオールドストック(販売歴のない古い在庫品)に対して用いられていた。しかし、最近では新品に近い中古品(いわゆるMINT状態の中古品)に対してもNEWの格付けを用いるケースが多くなっている。ロシア製レンズの輸入経験が豊富な知人によると、NEWの格付けを最高位に置く業者の場合、MINTやEXCELLENTの品質基準は一般の基準よりも低いケースが目立つという。MINT状態なので安心して購入したものの品質の低さにがっかりするケースがロシア製品には多いというのだ。ロシア製レンズを購入する場合には出品者の取引履歴や出品中の他の商品に対する記載を事前によく分析しておく必用がありそうだ。また、これは特殊な事情を背景に持つロシア製品に限った傾向なのでドイツ製品などに当てはまるものではない。
 さて、今回入手したVega-12BはeBayを介し、2011年8月にウクライナの中古レンズ業者から110ドル+送料の即決価格で落札購入した。商品の解説は「MINTコンディションのレンズ。ガラスはクリアで傷、ホコリ、カビ、クモリはなく、絞り羽根に油染みはない。鏡胴には傷やダメージは無い。レンズはPENTAX K20で実写テスト済み」とのこと。写真を見る限り状態はかなり良さそうに見えたが、MINTの上にNEWの格付けを置くセラーなので油断はできない。届いたレンズは少々のホコリの混入と拭き傷が2本あった。実用派の私には充分な状態であるが、やはり本来あるべきMINT CONDTIONではなかった。この一段階低い品質基準を「ロシアンMINT」と格付けしたい気分にさせられた。本品のeBayにおける相場は100-120ドル程度であろう。
 
撮影テスト
Vega-12Bは開放絞りからカッチリとシャープに写るレンズであり、柔らかさを残すBiometarとは描写設計がだいぶ異なっている。1段絞るとシャープな領域は画像中央部から四隅へ広がり、2段絞るあたりからは後ボケとの相乗効果によって、狙った被写体が浮き上がり立体的に見えるようになる。階調表現が鋭く硬質感が漂う描写のため、女性のポートレートなど柔らかさが求められるケースよりも男性の撮影や建造物、ブツ撮りなどの撮影に適している。もともと近接撮影に強く、最短撮影距離は僅か0.6mと短いので、花や虫などの接写にも対応できる万能性を有する。硬派な写りを好むユーザーの期待に確実に応えてくれる頼もしいレンズだ。後ボケは硬く、ザワザワと乱れることもあるが目障りな程にはならない。むしろこの硬さは絵画的な効果を生むので、積極的に利用すると面白い写真が撮れる。色再現は癖もなく忠実で、フレア対策がキッチリとできていれば色のりは良好だ。ただし、逆光撮影に弱く発色が淡くなるため、不要な光をしっかりとブロックする必要がある。屋外撮影時にはフードの装着が必須である。
 
フィルム(銀塩)撮影
CAMERA: EOS Kiss (スーパーの中古品売り場で1050円にて入手)
HOOD: minolta metal hood(80mmからの焦点距離に対応)
FILM: Kodak Super Gold 400/ EuroPrint 100
F5.6 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味) Biometar/Xenotar型レンズの長所を引き出すならば、四隅まで使い被写体を大きく撮るのがおすすめだ
F5.6 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味) 夕日をうけ発色が黄色みを帯びている
F5.6 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味) 2段絞れば周辺部もたいへんシャープな画質だ
F8 銀塩撮影(Kodak SG400, 露出は1段アンダー補正)
F11 銀塩撮影(Kodak SG400)  硬いボケの良さは像が崩れないことである。絵画のような美しいボケとなる
F8 銀塩撮影(Kodak SG400)
F2.8 銀塩撮影(Euro Print 100、露出アンダー気味)

デジタル撮影
Camera: Nikon D3
Hood: minolta metal hood(80mm規格)

F2.8 Nikon D3 digital(AWB): 中央部は絞り開放から高解像だ。ボケは硬いが目障りな程でもない。色のりはとても良い印象だ
 
F4 Nikon D3 digital(AWB): 1段絞れば高解像領域は周辺部(足下のあたり)にまで広がる。ジュースがそんなにうまいのか
F5.6 Nikon D3 digital AWB: 2段絞ると狙った被写体がフッと浮き上がり立体的に見える
F4 Nikon D3 digital AWB ISO 2000: 後ボケの硬さが油絵のような特殊効果を生みだす。像の輪郭が崩れない硬いボケならではの写真効果だ。世間にはフワッと溶けるような柔らかいボケを好む人が多いがこういうボケも悪くない


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5 件のコメント:

  1. ちょっと私の手に余るので、貼り逃げします。

    Four-membered photographic objective - US 2720139 A - IP.com
    http://ip.com/patent/US2720139

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  2. 変形Xenotar型ですね。別のWEBページにも
    同一設計の構成図が出ております。製品化はされていないようです。

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  3. やっぱり製品化はされてないのかー。
    残念。

    返信削除
  4. この90mmはKiev88で使っていて,Volna80やInduster80より寄れるのが使い勝手良く思っています.中判では周辺のボケに気を取られて中心部のボケを検討する事がありませんでした.硬いボケがよい,という評価は初めて伺いました.独自の視点で大変感銘を受けました.私は朴念仁なのでボケに注意をあまり払わなくて...

    絞り羽根がブロンズ色なのは,私の個体が修理で誤って塗料落とされたなど二次性変化を考えていましたが,こういう仕様なんですね!流石手抜きというか投げやりというか...

    毎回深い調査と考察で大変楽しみに読ませて頂いています.

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    1. 「硬いボケ」の良さ・・・。全くの思いつきですが、確かに
      あまり注目されない観点のようですね。

      ボケ味の面白さは、像を「どう壊すか」という表現の面白さですので、
      いろいろなバリエーションがあることは良い事なのだと思います。

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