ミサイルの弾頭に搭載された
テレビジョンレンズ
TAIR-62T 95mm F2.5
ロシア製レンズの中にはHelios-40TやMIR-1Tなど、レンズ名の末尾にTの頭文字がつくものがあり、テレビシステム用に生産されたレンズを意味しています。今回取り上げ紹介するTAIR-62Tもテレビシステム用ですが、用途がかなり特殊で、ロシア軍のTV誘導ミサイルKAB-500に搭載され用いられました。ミサイルの弾頭部に設置されたレンズからTV映像を送り、目標に向かってミサイルを誘導・着弾させるのです。レンズは着弾とともにミサイルもろとも爆破されてしまいますので、儚い命でしたが、この子は運よく私のところにやって来て、写真用レンズとしての第2の人生を歩むことになっています。ただし、フツーの写真用レンズ(民生品)に比べると良い意味でも悪い意味でも、耐久性が高く、作りがよく、飾りっ気がありません。護身用にもなるくらいの重量感がありますので、これを持って気軽に旅に出ようという気にはなれませんが、近所をスナップ撮影で回るくらいなら問題ありません。
レンズの特徴はマイクロフォーサーズをギリギリで包括できるイメージサークルを持つところです。じつはマイクロフォーサーズ用の望遠オールドレンズには選択肢が多くありません。マイクロフォーサーズ機でオールドレンズを用いる方の多くは、フルサイズ用につくられた標準レンズや中望遠レンズなどを望遠レンズに転用していますが、これですとイメージサークルが広すぎるためレンズ内に余分な光を多く取り込んでしまいます。コントラストは落ち、写真にシャープネスや鮮やかな色を求める際にはデメリットです。イメージサークルにジャストフィットするレンズを使うことは時にとても重要なのです。しかし、一方でレンズは望遠になるほどイメージサークルが大きくなる傾向がありますから、小さなイメージサークルの望遠レンズはマイクロフォーサーズ用としては大変貴重な存在です。
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ロシア軍のTV誘導ミサイルKAB-500(出展:Wikimedia Commons; Author:Евгений Пурель; 写真はwikimedia commonsのライセンス規則に則り借用しています)
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KAB-500の弾頭部。ガラス内の下の方にTair-62Tが確認できます(出展:Wikimedia Commons; Author:Евгений Пурель; 写真はwikimedia commonsのライセンス規則に則り借用しています) |
レンズの構成は下図に示すようなヘンテコな形態で、タイール型と呼ばれています。解像力やコントラストがやたらと高いのが特徴です。この基本構成は第二次世界大戦中にロシアの光学設計士David Volosov教授と彼の共同研究者であるGOI(State Optical Institute)のエンジニアたちの手でトリプレットからの派生として開発されました[1]。軍からの要望で暗い場所でも使用できる高速望遠レンズを開発することが目的でしたが、終戦後はシネマ用望遠レンズの基本構成としても積極的に採用されています。既存のレンズのどの構成にも似ていないロシア発祥の設計形態の一つといえます。
レンズ名の語源はわし座のアルタイール(日本では彦星)から来ています。ちなみにパートナーの織姫もレンズ名になっていて、こと座のベガにちなんだVEGAシリーズです。eBayなどでは彦星レンズと織姫レンズがセットで売られていることも多く、これはもう運命的としか言いようがないペアのようですね。
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Tair-62Tの構成図。GOIレンズカタログ[2]からのトレーススケッチ(見取り図) |
★参考文献
[1] TAIRの光学系特許:USSR Pat. 78122 Nov.(1944)
[2] Catalog Objectiv 1970 (GOI): A. F. Yakovlev Catalog, The objectives: photographic, movie,projection,reproduction, for the magnifying apparatuses Vol. 1, 1970
★入手の経緯・カメラへのマウント
レンズば2018年9月にeBayを通じてロシアのレンズ専門セラー(アンディさん)から21000円+送料の即決価格で購入しました。イーベイではこの方のみがレンズを出しているので、決まった相場はなく、彼の設定額が相場です。レンズのコンディションは「NEW オールドストック」とのことで、完璧なコンディションの個体が届きました。まぁ、オールドストックでない中古品が万が一あるとすれば、一度はミサイルに搭載されながらも発射されずに廃棄されたミサイルから出てきた個体なのでしょう。中古品が滅多に存在しないことは容易に想像ができます。
レンズにはヘリコイドがついていませんので、カメラにマウントするには改造が必要です。私はM52-M42ヘリコイド(25-55mm)のカメラ側をライカMマウントに改造し、これをレンズに装着してライカMレンズとして使用できるようにしました。マイクロフォーサーズ機で用いる場合、大きく突き出した後玉がカメラの内部(センサーハウスの土手)に干渉しますので、後玉先端部のレンズガードを少し削らないといけません。とても厄介な改造です。
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重量(実測) 454g, 絞り羽 11枚, 絞り F2.5-F22, フィルター径 52mm, 構成は3群4枚のタイール型
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★撮影テスト
レンズのイメージサークルは16mmシネマムービーに準拠していますので、マイクロフォーサーズ機で用いる場合、写真の四隅は本来は写らない領域です。四隅には光量落ちが出ますし、深く絞るとトンネル状のダークコーナーがあらわれ、ハッキリとケラれます。また、距離によっては背後にグルグルボケが出ますし、糸巻き状の歪みが生じ、真っ直ぐなものが曲がって見えます。マイクロフォーサーズ機では、こうした破綻を活かす方向で考える必要があります。もちろん、アスペクト比を変えたりセンサーサイズの小さいカメラを使えば、これらの破綻は回避できます。また、歪みや光量落ちは現像時にある程度補正できます。
レンズの描写は開放からスッキリとしていてヌケがよく、高解像で高コントラストです。ただし、トーンはなだらかで中間階調もよくでており、くもり日でも空の濃淡の微妙な変化までもしっかりと拾うことができます。発色は鮮やかでコンディションによっては気持ち悪いくらい鮮烈に写る事があります。ボケは前ボケも後ボケも均一に拡散し、バブルボケにはなりません。普通は前か後ろのどちらか一方が硬く、反対側は柔らかく写るのるのですが、このレンズの場合はいろいろな部分で普通のレンズの描写とは異なるようです。逆光には強く、ゴーストやハレーションはでません。
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F?(少し絞っています) Olympus E-P3(AWB) |
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F2.5(開放) Olympus E-P3(AWB)
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F2.5(開放) Olympus E-P3(AWB)
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F2.5(開放)Olympus E-P3(AWB)
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F2.5(開放)Olymus E-P3(AWB)
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F2.5(開放) Olympus E-P3(AWB) |