1950年代に活躍した超広角シネレンズと聞いて直ぐに浮かぶのは、レトロフォーカス型レンズのパイオニアメーカーである英国テーラー&テーラーホブソン社のSpeed Panchro 18mmとフランスのAnagenieux Type R2 18.5mmです。一方で東側諸国に目を向けるとロシア(旧ソビエト連邦)には高い光学技術があり、1950年代中半には両社の広角シネレンズに対抗できる製品がつくられていました。レニングラードのLENKINAP工場が1950年代中半から1960年まで生産したPO71と1960年にリリースした後継モデルのOKC1-18-1です。
サンクトペテルブルクからやってきた
ロモの映画用レンズ PART 1
LOMO OKC1-18-1(OKS1-18-1) 18mm F2.8
1952年に映画用カメラのKONVAS-1M(カンバス1M)が登場すると、これに搭載する交換レンズとしてPOシリーズのラインナップが大幅に強化されました。この時にリリースされた新しいレンズの供給元となった工場が、後に合併しLOMO(ロモ)の一部となるレニングラードのLENKINAP(レニングラード・シネマ器機)です。LENKINAPからは、旧来から存在したシネレンズ(PO2 75mm, PO3 50mm , PO4 35mm)の改良モデルにあたるPO60, PO59, PO56などがリリースされ、更にPO71 18mm, PO70 22mm, PO59 28mm, PO63 80mm, PO18 100mmなど、それまでにない新しい焦点距離のレンズも登場しました。1950年代末にこれらは再設計され、解像力を一層向上させたLENKINAP OKCシリーズへと姿を変えてゆきます。
今回取り上げるのは、その中で焦点距離の最も短いPO71(RO71)の後継モデルOKC1-18-1です[1]。ここまで広角のシネレンズともなると、常用ではなく室内など狭い空間でのシーンや、パースペクティブを強調したいシーンに限定して使われたに違いありません。市場に流通している個体数が極僅かなのは、このような事情を反映しており、探すとなるとなかなか見つけるのは難しい希少レンズです。
レンズの設計構成は下図に示す通りで、当時のレトロフォーカス型レンズで最高レベルの性能を誇ったVEB Zeiss JenaのFlektogon 35mm(フレクトゴン)をベースにしています。Flektogonは初期のレトロフォーカス型広角レンズにおいてコマ収差を有効に補正することのできる唯一無二のレンズでしたので、これを設計ベースに据えることは手堅い選択でした。OKC1-18-1には開放からフレアや滲みのない、Flektogonらしい描写性能が備わっています。
このレンズの外観の特徴は何と言っても巨大な前玉です。見ているだけでワクワクしてしまうのは、恐らく私だけではないとおもいます。なにしろコンピュータによる設計法が確立される前の時代の製品ですから、まず基本となるマスターレンズを設計し、前方に凹レンズを据えてバックフォーカスを延長させ、マスターレンズとの空気間隔をズームレンズのように伸縮させることで、画角を拡大させるアプローチがとられました[2,3]。基準となるマスターレンズは原則いじらないので、最終的に前玉がデカくなるのは当然です。その後のコンピュータに頼る設計技術の進歩がレンズ設計に自由度をもたらし、より小型で高性能なレンズがつくれるようになっていきます。
★参考文献
[1] 市場に流通している製品の独自調査により、PO71の最も新しい個体のシリアル番号が1960年製(N60XXX)であることを写真で確認しています。また、OKC1-18-1の最も古い個体のシリアル番号がやはり1960年製(N60XXXX)であることも写真で確認済です。
[2] 写真レンズの歴史 ルドルフ・キングズレーク著(朝日ソノラマ: 1999年)
[3] Joseph Bailey Walker, US.Pat.XXX(1932)
[4] GOI lens catalog 1970
Lomo OKC1-18-1 18mm F2.8: 重量(実測) 407g, マウント部ネジ径 M21, 絞り指標 T3.3(F2.8)-T22, 設計構成は6群8枚のレトロフォーカス型, 定格イメージフォーマット 35mmシネマ(APS-C相当) |
★入手の経緯
eBayでは状態の良い個体に500~600ドル程度の値が付きます。今回、私が手に入れた個体は2018年2月にeBayでウクライナのレンズセラーが400ドル代で売っていたものですが、値切り交渉の末に385ドル+送料の即決価格で手に入れました。オークションの記載は「レンズは完全な作動品で、未使用のようなガラスである。カビ、クモリ、拭き傷はなく、パーフェクトなコンディションだ」とのこと。届いた個体は記載通りの素晴らしいコンディションで、おそらくオールドストックであったものと思われます。レンズには下の写真のような美しい純正ケースとベークライト製キャップがついてきました。
レンズはこんな感じのお洒落なペーパーケースに入って届きました。ケースや前玉・後玉用キャップにはLOMOのロゴが入っています |
★デジタルカメラで使用する
レンズにはヘリコイドが付いていないので、ピント合わせをおこなうには外部のヘリコイドに頼る必要があります。マウント部は特殊な21mm径(M21x0.5)のネジですが、これをライカL39マウントに変換するためのマウントアダプター(写真・下)が市販されていますので、これを用います。ちなみにこのネジは少し前に取り上げたOKC1-22-1と同じ規格ですのでOKC1-22-1用で大丈夫です。このアダプターでライカL、更にはライカL→ライカMアダプターを用いてライカMマウントに変換し、そのままライカM→ミラーレス機アダプター(ヘリコイド付)に搭載すれば各社のデジタルミラーレス機で使用することができます。アダプターを3枚も使用していますがスクリューマウントなのでガタは出ず、快適に使用することができます。
M21-L39アダプター。eBayでOKC1-22-1用として販売されている |
★撮影テスト
35mmシネマフォーマット用レンズなので、イメージサークルはAPS-Cセンサーをカバーできます。中心部の解像力は良好で、開放から滲みやフレアはなく、スッキリとした描写の高性能なレンズです。ただし、軟調でトーンはなだらかなうえ、深く絞り込んでもシャープになりすぎることがないなど、絶妙なポジショニングです。ガラス境界面が多いからなのでしょう。おなじロモの広角レンズでもOKC1-22-1 22mm F2.8は、これよりも更にシャープなレンズでした。レトロフォーカスタイプなので、写真の四隅で光量落ちが顕著に目立つことは性質的にありませんし、ボケも安定しています。倍率色収差は少なく、デジカメで使用した場合でも像の輪郭が四隅で色付くことはほぼありませんでした。歪みは僅かに樽型です。ゴーストやハレーション(ベーリング・グレア)はこのクラスのレンズにしては出にくく、逆光時の描写には安定感があります。
Camera: Sony A7R2(APS-C mode)
TORUNOオープニングセレモニーにて
F2.8(開放) SONY A7R2(APS-C mode) モデルの清水ゆかりさん。接触するんじゃないかと思われるくらいに寄って、やっとここまでの構図になります。清水さんもこのレンズの存在感に驚いていた様子でした |
F4 SONY A7R2(APS-C mode) 解像力は良好です |
F4 SONY A7R2(APS-C mode) |
F5.6 SONY A7R2(APS-C mode) 歪みは僅かに樽側ですが、良好なレベルです |
SONY A7R2(APS-C mode) |
Camera: SONY A7R2
場所:伊豆大島
F5.6 sony A7R2(APS-C mode WB: 曇天) |
F5.6 sony A7R2(APS-C mode WB:曇天) |
F4 sony A7R2(APS-C mode WB:日陰) |
F4 sony A7R2(APS-C mode WB: 日陰) |
F4 sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰) |
F5.6 sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰) |
F5.6 sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰) |
Camera: SONY A7R2
F5.6 sony A7R2(APS-C mode WB:auto) |
F4 sony A7R2(APS-C mode WB:auto) |
Camera: FUJIFILM X-T20
場所:和歌山県 高野山
F8 Fujifilm X-T20(WB:Auto) |
F2.8(開放) fujifilm x-t20(WB auto) |
F8 Fujifilm X-T20(WB:auto, Aspect Ratio 16:9) |