ロシアの映画用レンズであるPOシリーズを片っ端から巡る旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。今回でPOシリーズは最終回となります。そして、PO59という正体のはっきりしない謎のレンズが最後に手元に残りました。このレンズについて私たちが知り得る数少ない情報は焦点距離と開放F値がPO3と同じ50mm F2であり、シネマ用レンズであることと、設計構成もPO3と同じオーソドックスなガウスタイプ(4群6枚)であること。そして、レニングラードのLENKINAPファクトリーだけが製造し、モスクワのKMZは製造しなかったことです。KMZのPO3と同一仕様のこのレンズが、何故、どういう意図で開発されたのかなど謎は深まるばかりですが、更なる手掛かりを得るべく、今回はPOシリーズと後に台頭する後継モデルのOKCシリーズの関係を整理してみました。すると、新たな事実関係が浮き彫りになってきたのです。
35mmシネマムービー用レンズ PART 10(最終回)
POのモデルナンバー59は
LOMOのエース級レンズへと脱皮するプロトタイプか!?
LENKINAP PO59(RO59) 50mm F2
LOMOのエース級レンズへと脱皮するプロトタイプか!?
LENKINAP PO59(RO59) 50mm F2
ロシアのシネマ用レンズの生産拠点は1960年代に再びレニングラードに戻りますが、その際に主導的な役割を果たした工場が、後に合併と再編を繰り返しLOMOへと統合されるLENKINAPとGOMZ(国立光学機械工場)でした。このうちLENKINAPからは映画用カメラのKONVAS-1MやAKS-1に搭載する交換レンズが、1950年代半ばから1963年頃までの期間にPOシリーズとして多数供給されています。中でもPOシリーズのモデルナンバー56以上の製品については、後のLOMOの時代(1965年ー)にOKCシリーズとして再リリースされる前身モデルとなります。POシリーズとOKCシリーズの関係をGOIのカタログに掲載されているデータシートや設計構成を頼りに結んでみると、以下のような対応が得られます。ただし、プロジェクター用レンズは除外しました。
LENKINAP PO59-1 2/50→?LENKINAP OKC1-50-1 2/50→LOMO OKC1-50-1
LENKINAP PO60-1 2/75→LENKINAP OKC1-75-1 2/75→LOMO OKC1-75-1
LENKINAP PO61-5 2.5/28→LENKINAP PO61-5→LOMO PO61-5(1970年製造終了)
LENKINAP PO62-2 2.5/40→LENKINAP OKC1-40-1 2.5/40→LOMO OKC1-40-1
LENKINAP PO63-1 2/80→LENKINAP OKC1-80-1 2/80→LOMO OKC1-80-1
LENKINAP PO70-1 2.8/22→LENKINAP OKC1-22-1 2.8/22→LOMO OKC1-22-1
LENKINAP PO71-1 2.8/18→LENKINAP OKC1-18-1 2.8/18→LOMO OKC1-18-1
POシリーズからOKCシリーズへのモデルチェンジには設計面で若干の改良が施されています。GOIのカタログで個々のモデルのスペックを確認すると、POシリーズとOKCシリーズでは光学系の各部の寸法が若干異なるうえ解像力などの基本性能に向上が見られます。ロシアの光学技術を監督するGOIはOKCシリーズの開発に際し、解像度が写真の中心で50本/mm、四隅で25本/mmをクリアするよう求めていました。フィルムの性能を活かしきる最低基準が25本/mmあたりなので、これは十分な性能と言えます。
今回紹介するPO59-1はこれまで情報が極めて少なく、海外のレンズマニアの間では正体不明のレンズとして扱われてきました。しかし、今回のようにPOシリーズとOKCシリーズの対応関係をモデルナンバーごとに整理してみると、このレンズはOKC1-50-1の前身モデルであったと捉えるのが妥当です。インターネット上には映画用カメラのAKS-1(ロシア版アイモ)のために製造された製品個体(PO59-1とPO59-2)と映画用カメラのKONVAS(ロシア版アリフレックス35)のために製造された製品個体(PO59-5)の写真が見つかり、レンズの名板からは、これらがいずれもLENKINAP製であることが確認できます。こうした情報を踏まえると、モデルナンバーの後ろについている「-1」や「-5」などの識別コードは本製品の場合には製造工場を表しているのでなく、改良モデルのバージョンを表していると考えるのが妥当です。市場に流通している個体量が極めて少ないうえシリアル番号も変則的なため、正式にリリースされたわけではなく、試作止まりのモデルだったのでしょう。
PO59-1の構成図はGOIのカタログにも収録がなく、どこにも公開されていませんが、光を通し反射面を観測すると明らかに4群6枚のオーソドックスなダブルガウス型です。ただし、後玉径はOKC1-50-1と大きく異なり、各部の寸法はむしろLENKINAP PO3やKMZ PO3に近いものとなっています。バージョンアップされたPO59-5の方がOKC1-50-1に近い設計となっている可能性がありますので、今後、機会があれば検証してみたいと思います。
PO59-1のベースとなったと予想されるLENKINAP PO3-3(写真・左)と、PO59をベースに開発されたと考えられるLENKINAP OKC1-50-1の最初期モデル(写真・右) |
★入手の経緯
流通量が極めて少ないレンズのため、本製品に対する決まった相場はありません。今回紹介するレンズは2018年4月にeBayを介しレンズを専門に扱うロシアのセラーから即決価格250ドル+送料で入手しました。オークションの記載は「カビ、クモリ、キズはない。フォーカスリング、絞りリングはスムーズに回転する。絞り羽に油シミはない」とのこと。レンズはインダスター22の鏡胴にぶち込む改造が施され、ライカL39マウントの状態で売られていました。ところが、届いた品をよく見ると杜撰な改造により光軸が傾いていました。このまま返品する事もできましたが何しろ珍しいレンズですし、何よりも光学系は無傷でしたので、鏡胴からレンズヘッドを取り外しPO3の鏡胴に入れ、マウント部をライカMに改造して使う事にしました。譲ってほしいという知人も既にいましたので、しばらく手元に残す十分な理由となりました。
LENKINAP PO59-1 50mm F2: フィルター径 32mm, 絞り F2-F22, 構成 4群6枚ガウスタイプ, 製造メーカー LENKINAP(LOMO), 推奨イメージフォーマット 35mmシネマフォーマット(APS-C相当) |
★撮影テスト
シネマ用レンズらしく、開放で高い解像感が得られるのはピント部中央の狭い領域のみです。これは、静止画ではなく動きのある動画を撮るという用途のためで、シネマ用レンズにはこのような画質設計のものが多くみられます。絞ると良像域は中央から写真の四隅に向かって広がり、ピント部の広い領域でシャープな像が得られます。コントラストは開放から良好で、スッキリとしたヌケの良い画質です。PO3は開放で僅かに滲みのある味付けでしたが、本レンズの場合は細部を拡大しても滲みはほぼ見られません。グルグルボケや放射ボケは全くみられず、開放での後ボケはPO3ほど硬くはないので、バブルボケっぽくなることもほぼありません。逆光時はハレーションが出やすいのでフードは必須だと思います。薄めの色のコーティングが施されており、発色はごく自然で癖はありません。
SONY A7R2(APS-C mode)
F2.8 SONY A7R2(APS-C mode, WB:日光) |
F2.8 SONY A7R2(APS-C mode, WB:日光) |
F2.8 SONY A7R2(APS-C mode, WB:日光) |
FUJIFILM X-T20
F2.8 FUJIFILM X-T20(WB:日光) |
F4 FUJIFILM X-T20(WB;日光) |
F2.8 FUJIFILM X-T20(WB:日光) |
F2.8 FUJIFILM X-T20(WB:日光) |
F2(開放) FUJIFILM X-T20(WB:日光) |
F4 FUJIFILM X-T20(WB:日光) |
F2(開放) FUJIFILM X-T20(WB;日光) |