おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
大変感謝しています。是非御覧ください。こちらです。

2016/02/03

VEB Pentacon PENTAFLEX Color(Domiplan) 50mmF2.8 (M42 mount)*









ある知人曰く、「ペンタコン製レンズの特徴は国産レンズには見られない魅力的なボケと適度な解像感、そして何よりレンズの安さである」。なるほど、このレンズはまさにそうだ。

東ドイツのペンタコンブランド PART 2
ドイツ製品最強のコストパフォーマンスを誇る
バブルボケレンズ
VEB Pentacon Pentaflex-Color (Domiplan) 50mm F2.8
その知人からマクロ域でバブルボケが出るレンズと教えてもらい、さっそく試してみることにした。旧東ドイツのペンタコン人民公社(VEB PENTACON)が一眼レフカメラのPentaflex SL(1967年登場)に搭載するキットレンズとして供給したペンタフレックス・カラー(Pentaflex color)50mm F2.8である。ドイツ製レンズの中では1、2位を争うロープライス製品であり、eBayでは30ユーロ前後で大量に売買されている。しかも、バブルボケが出るとなれば、手をださない理由はない。では、何故こんなに安いのか。実は最短撮影距離が0.75mとやや長く、バブルボケのスイートスポットであるマクロ域まであと一歩届かないのである。しかし、案ずることはない。この問題はマクロエクステンションリングやヘリコイド付きアダプターを併用することで簡単に解決できるのだ。
さて、製品のルーツを調べる中でバブルボケの出る理由については一定の理解が得られた。ペンタコン人民公社は1968年にレンズメーカーのメイヤー・オプティック(Meyer optik)を吸収しており、このレンズの正体はメイヤーのドミプラン(Domiplan) 50mmF2.8と同一、つまり1963年に姿を消したトリオプラン(Trioplan) 50mm F2.9の後継レンズなのである。トリオプランには焦点距離100mmと50mmの2種類のモデルがあり、どちらもバブルボケが顕著に発生するレンズとして有名である。
レンズの構成は下に示すような3枚構成のトリプレットタイプで、製造コストの低いシンプルな設計にも関わらず中心部の解像力は良好なうえ、シャープでヌケが良く、グルグルボケが出やすいのが特徴である。なお、ペンタフレックス銘のレンズには50mm F1.8(M42マウント)も存在し、これはメイヤー・オプティックのオレストン(Oreston)をベースとするガウス型レンズである。
Domiplanの断面図(左)およびPentacon DOMIPLANの構成図(右)。構成図は「東ドイツカメラの全貌」(Hummel, Koo 村山著, 朝日ソノラマ)からのトレーススケッチ(見取り図)





ペンタコン人民公社はメイヤー・オプティックを吸収した後、1971年にレンズの製品ラインナップを再構成し、メイヤーブランドの一部を同社のプラクチカール(Prakticar)ブランドへと置き換えている。ただし、どういう理由かは不明だがドミプランだけは例外的にプラクチカールファミリーに編入せず、Pentacon Domiplanとして存続させた。もしかしたら当初はテッサータイプのPrimotar 50mm f2.8をPrakticarに編入させる計画があり、席を空けておいたのかもしれない。
手に取ればDOMIPLANとPENTAFLEX-COLORが同一品であることを改めて実感できる。両者は銘板に刻まれた名称等を除き、細部に至るまで完璧に同一である




入手先
このレンズは2016年1月にドイツ版eBayを介しドイツの写真機材専門のセラーから32.5ユーロ(4160円)+送料9ユーロで落札した。オークションの記述は「新品同様。ドミプランの100%コピーである。レンズはプラクチカとCanon 600Dでテストした」とのことで、フロントキャップとリアキャップ、UVフィルター、Schachtの接写用マクロリング(6mm丈)が1枚付属していた。届いたレンズはパーフェクトに近い非常に良い状態であった。eBayでは今も流通量が豊富なレンズで価格もこなれているので、じっくりと探し、状態の良い個体を選ぶとよいであろう。
Pentaflex-Color/Domiplan: 重量 150g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.75m, 画角 47°, 絞り羽 6枚, 設計構成 3群3枚トリプレット型, 絞り値 F2.8-F22, 対応マウント M42, Exakta(Domiplanのみ), Domiplanについては極僅かにペンティナ(Pentina)マウントの個体も存在するようである(2016年1月にeBayで目撃)



撮影テスト
このレンズはフルサイズ機に準拠した設計仕様になっているが、バブルボケを生かす事を最優先に考えるなら、マイクロフォーサーズ機やAPS-C機などセンサーサイズが小さいカメラで用いることをおすすめする。例えばマイクロフォーサーズ機で用いると焦点距離100mm相当の望遠レンズとなり、望遠圧縮効果が起こるため、1枚の写真の中に大小さまざまな大きさのバブルボケを生み出すことができる。また、撮影倍率が2倍となり最短撮影距離の長いこのレンズの弱点が克服できるうえ、四隅の画質に弱点をもつトリプレット特有の問題も解決できる。それだけではない。トリプレット型レンズによく見られる非点収差由来のグルグルボケも殆ど目立たなくなるのだ。せっかくシャボン玉を送り出すのだからグルグルと回る嵐の中ではなく、穏やかなそよ風の中に放ちたい。そう思うのは私だけであろうか。
SONY A7での写真作例
F2.8(開放), sony A7(AWB):  手前にガラスがあるので後ボケが被写体の前方に写り込んでいる

F2.8(開放), sony A7(AWB): 

F2,8(開放), sony A7(AWB): 

F2.8(開放), sony A7(AWB):

F2.8(開放), siny A7(AWB):



Olympus PEN E-PL6での写真作例
バブルボケを大きく見せたいならば、レンズをヘリコイド付きアダプターで用いるか、マクロエクステンションリングを併用するのがよい。マクロエクステンションリングを用いる場合には、オリンパスPEN(M4/3)用かM42レンズ用のどちらかを手に入れればよい。
F2.8(開放), Olympus Pen EP-L6(AWB) + MACRO Extension Ring: 小さなバブルと大きなバブルが共存できるのは望遠レンズ特有の圧縮効果のおかげである。遠方のバブルが大きく誇張され、迫ってくるように見える


F2.8(開放), Olympus Pen EP-L6(AWB) + MACRO Extension Ring: 先代のトリオプランにも引けをとらないハッキリとしたバブルが出現している






2016/01/27

VEB Pentacon MC Prakticar 50mm F2.4 (PB)*

ペンタコン人民公社(VEB Pentacon)は1959年にドレスデンの5つのカメラメーカーが合併して誕生した旧東ドイツの国営企業である[文献1]。当初はカメラ&キノヴェルケ・ドレスデン人民公社という長い企業名であったが、1964年に改称しペンタコンとなった。設立時に合流したカメラメーカーにはツァイス・イコン社(ツァイスのカメラ部門)が含まれており、同社が1950年代に西側諸国に輸出した一眼レフカメラのブランド名Pentacon(ペンタプリズム付きコンタックスの意)を後に企業名として使うようになった。1968年にはレンズメーカーのメイヤー・オプティック(Meyer Optik)を吸収することでレンズの生産部門を獲得し、以後はドイツ統一後の1991年まで、カール・ツァイス人民公社(VEB Carl Zeiss Jena)とともに東ドイツ製レンズの主要な供給元となっている。本ブログでは数回にわたりペンタコン人民公社が生産した3本の標準レンズPrakticar 2.4/50, Pentaflex 2.8/50, Pentacon 1.8/50を取り上げる。どれもコストパフォーマンスが抜群に良いうえ描写には特徴があるので、これからオールドレンズを始めようと意気込んでいる方にはピッタリのレンズであろう。

東ドイツのペンタコンブランド PART1
エルノスターの末裔
シャープで立体感のある描写が魅力
VEB Pentacon Prakticar 50mm F2.4
同じトリプレットからの発展レンズ(4枚玉)でも前の特集で取り上げたフジノン(X-Fujinon  F2.2)とは異なる描写傾向をみせるのがペンタコン人民公社のプラクチカール(Prakticar) F2.4である。フジノンでは四隅まで安定感のある描写が特徴であったが、本レンズの場合には中心解像力が高く立体感に富むのが特徴で、フジノンでは出せなかった非点収差由来のグルグルボケが本レンズの場合には見られる。フジノンではややしっとり感のある開放描写を特徴としていのに対し、本レンズの場合は開放からシャープでヌケがよく、発色もコッテリとしている。四隅の画質がやや妖しく、高画質な中心部とのギャップが立体感に富む描写を実現している。同じ4枚構成である両レンズの描写傾向にここまで明確な違いがみられるのは、とても興味深い事である。
このレンズはソーシャルネットMFlensesのメンバーから情報をもらい興味を持つようになった。さっそく過去の文献を調べたところ、古い技術資料の中に設計図の一部を発見し確認をとることができた[文献2]。レンズの設計構成は1920年代にエルネマン(Ernemann) 社のベルテレ(L. Bertele)とクルーグハルト(A. Klughardt)が考案したエルノスターの基本形(下図)である。ペンタコン人民公社は設立時にツァイス・イコンもろともエルネマンを取り込んでいるので、プラクチカールF2.4はメイヤーの製造ラインから送り出されたにせよ、エルノスターの血統を受け継ぐ末裔と考えても間違いではない。レンズは1968年にMeyer-Optik社の3人のレンズ設計士Hubert Ulbrich、Wolfgang Hecking、およびWolfgangGrögerらによって設計されている[文献3]。
ところで、かつてエルネマン社の本社社屋であったドレスデンのエルネマン・タワーは後にペンタコン人民公社の本社社屋になっており、ペンタコンの社標(ロゴマーク)にはエルネマンタワーをモチーフとした絵が描かれている。エルネマンを呑み込んだペンタコンなので、よく調べれば今回のレンズに限らずエルネマンとの接点が他にもいろいろと見出せるのかもしれない。 
Pentacon MC Prakticar 50mm F2.4の構成図([文献2]からのトレーススケッチ)。左が前方の被写体側で右がカメラの側となっている。構成は4群4枚のエルノスター基本型で、1920年代にエルネマン社のレンズ設計士ベルテレ(L. Bertele)とクルーグハルト(A. Klughardt)がトリプレットの第1レンズと第2レンズの間に正のアプラナテックレンズを1枚加え、明るさを稼いで完成させたErnostar 100mm F2をべースとしている
入手の経緯
今回手にしたレンズは2014年1月に横浜の改造レンズ工房NOCTOから9450円で購入した。僅かにホコリの混入があるとのことで美品の状態であった。米国版eBayやヤフオクではあまり取引されていないレンズだが、ドイツ版eBayには大量に流通しており価格もこなれている。オーストリアのライカショップでは元箱付のオールドストック(新品同様)が60ユーロ+送料30ユーロで3本販売されていた。中古品の場合はドイツ版ebayで40~50ユーロ(+送料20ユーロ)程度が相場のようである。
最短撮影距離 0.6m, フィルター径 49mm, 重量 160g, 絞り羽 6枚構成, 絞り F2.4-F16, コーティングはマルチコート, 構成 4群4枚エルノスター型, マウント形状 プラクチカB(PBマウント), 設計は1968年[3], 製造期間 1979-1991年, 製造所 Kombinat VEB Pentacon Dresden


参考文献
  • [1] 東ドイツカメラの全貌 (朝日ソノラマ)
  • [2] BILD UND TON 1/1986(Scientific Journal of visual and auditory media "Entwicklungstendenzen der fotografischen Optik" Dipl.-Ing. Wolf-Dieter Prenzel, KDT
  • [3] GDR Pat. no70(Aug.1968), および後年提出されたオーストリア特許
撮影テスト
開放から中心解像力が高く、シャープで高コントラストなレンズである。少し絞ると階調描写は更に鋭くなりカリッとしてくる。ピント部は距離を問わずスッキリとしていてヌケがよく、フレアや滲みはほとんど見られない。四隅に向かって解像力が急激に落ち画質が妖しくなるため、中心部とのギャップが立体感に富んだ画作りを可能にする。このあたりは明るく画角の広いレンズによく見られる像面湾曲の影響であろう。F4あたりまで絞ればピントの合う被写界深度が広くなるので四隅まで均一に写るようになる。背後のボケは像が硬めでポートレート域をとる場合にはザワザワと煩く、2線ボケ傾向もみられるが、こうした性質を利用しバブルボケを狙うことも本レンズならば可能である。反対に前ボケは柔らかく、大きく滲みながら綺麗に拡散する。グルグルボケは開放時に近接域からポートレート域を撮影する際に発生し、1~2段絞れば全く目立たないレベルとなる。発色は癖などなく鮮やかで、ややコッテリ気味だ。逆光にさらし多少無理をさせても一定水準以上の結果をだしてくれる頼もしいレンズである。
F2.4(開放), sony A7(AWB):ピントは窓に写る遠方の木にとったので窓枠にはピントがあっていない。前ボケはフレアにつつまれ柔らかく綺麗。品のある繊細なボケ味である

F2.4(開放), sony A7(AWB): 中心解像力は高い。一方で四隅に向かって収差が急激に増し立体感に富んだ描写となる






F5.6, sony A7(AWB): 絞れば非の打ちどころのない優れた描写である。ボケは適度に柔らかく四隅まで安定感があり、ピント部も四隅までシャープでヌケがよく解像力も十分である
F2.4(開放), sony A7(AWB): 発色は癖などなくコッテリと鮮やか
F4, Sony A7(AWB): コントラストは高い
F2.4(開放), sony A7(AWB):背後のボケにかなり特徴がある。開放ではグルグルボケも出る

F4, sony A7(AWB): とてもシャープに写るレンズだ
F8, sony A7(AWB): 遠方撮影でも滲みやフレアが出ることはなく、スッキリとヌケがよい







F2.4(開放), Sony A7(AWB):続いてポートレート域。ボケはやや硬い。四隅が少しグルグルしている



2015/12/19

Fuji Photo Film X-Fujinon 50mm F1.9 (Fujica X-mount)*










Xフジノンの明るいノンガウス part 3(最終回)
これにて結成!フジノンのノンガウス3兄弟
Fuji Photo Film X-Fujinon 50mm F1.9
フジカ交換レンズ群の著しい特徴はコストを徹底して抑えるストイックなまでの開発姿勢がレンズのバリエーションに多様性を生み出している点である。レンズ構成はバラエティに富み、エルノスター型、クセノタール型、プリモプラン型、ゾナー型、ガウス型など何でもありのパフォーマンス空間が展開されていた。今回はその中から少し珍しい反転ユニライト型の設計構成を採用したX-Fujinon 50mm F1.9を取り上げる。この種の設計を広めたのは1960年代に中判カメラの標準レンズとして活躍したリンホフ版プラナー(G.ランゲ設計)である。本ブログでも過去にグラフレックス用に供給された同一構成のプラナーを取り上げているが、線の細い繊細な開放描写を特徴としていた。今回取り上げるフジノンは、このレンズにインスパイアされた製品であると考えられる。
レンズの設計はダブルガウスの前群側のはり合わせレンズを分厚い1枚のメニスカスレンズに置き換えた5群5枚の形態である(下図)。構成枚数がダブルガウスより1枚少ないうえ、後群のバルサム接合部が空気層に置き換えられているので、製造コストを抑えるには有効な設計であった。各エレメントを肉厚につくることで屈折力を稼ぎ、この種のレンズ構成としては異例のF1.9の明るさに到達している。このレンズは1970年代にM42マウントのフジカSTシリーズ用レンズとして登場し、X-Fujinonシリーズへの移行後(1980年~)も生産が継続された。
X-Fujinon 50mm F1.9の構成図。構成は5群5枚の反転ユニライト型(空気層入り)である。標準レンズでこのくらいの明るさを想定するなら通常は6枚構成によるダブルガウスを採用するのが定石であるが、本品は僅か5枚の構成でガウスタイプと同等の明るさF1.9を成立させている。接合面を全く持たないことも製造コストの圧縮には有利で、チープな製品を実現することにおいても高い技術力を投入することができた日本製品ならではの独自色を感じる  
入手の経緯
このレンズは2015年4月にヤフオクを介して東京の個人出品者から落札した。オークションの記述は「フジカAXシリーズのレンズ。状態は良好で奇麗。キャップはついていない」とのこと。スタート価格3000円、即決価格5000円で売り出されていたが、自分以外に入札はなく、開始価格3000円で私のものとなった。実に人気のないモデルである。届いたレンズは僅かなホコリと前玉にコーティングレベルのクリーニングマークが2~3本あるのみで、実用十分の状態であった。キットレンズとしての供給がメインだったのでカメラとセットで売られていることも多い。
Xフジノンのフランジバックは43.5mmとデジタル一眼レフカメラで用いるには短すぎるため、現代のカメラで使用する場合にはマウントアダプターを介してミラーレス機で用いることになる。どうしてもデジタル一眼レフカメラで用いたいならば、やや流通量は少ないがM42マウントの旧モデルを探すとよい。フジカXマウント用のアダプターがやや高価なので、アダプターを含めたトータルコストを考えると、M42マウントのモデルを選択した方が懐には優しい。
重量 150g, フィルター径 49mm, 絞り値 F1.9-F16, 絞り羽根 5枚構成,  最短撮影距離 0.6m, 構成 5群5枚(空気層入りの反転ユニライト型), 対応マウントはフジカXマウントとM42マウント, レンズは海外でPORSTブランドでも市販されていた




撮影テスト
開放ではピント部を僅かなフレアが覆いシャドー部の階調が浮き気味になるなど、オールドレンズにはよくある、いい場面もみられる。コントラストは低下気味となるが、これはXフジノンの明るい標準レンズに共通する性質なので、おそらく背後の硬いボケ味をフレアで覆い目立たなくするための意図的な描写設計なのであろう。フレアを抑えクッキリとしたシャープな像を求めるには一段以上絞って撮る必要がある。ポートレート撮影では背後のボケがザワザワと煩くなる事があるが、少し絞れば安定する。なお、グルグルボケや放射ボケは、このレンズに関しては全く出ない。発色はノーマルでシアン系の色乗りが力強く出るあたりは現代的な写りである。解像力は良好だが80年代のレンズとしてはごく平凡なレベルだ。
正直なところ大暴れの描写を求めていた私としては期待外れのレンズであったが、自分がレンズの描写に求める価値観やレンズとの相性がハッキリわかったので、それだけでも一つの収穫であった。

撮影機材 SONY A7, メタルフード使用
Photo 1, F1.9(開放) sony A7(AWB): 開放では極僅かにフレアが発生するが、これに独特の青みがかった発色が相まって肌が綺麗にみえる。解像力は高いしヌケもよい。絶妙なフレアレベルだ

Photo 2, F1.9(開放) sony A7(AWB): このくらいの距離では背後のボケが硬めでザワザワとうるさくなる。本レンズも含め5枚玉のレンズにはボケの硬いものが多い。ピント部の画質は四隅まで良好なレベルである






Photo 3, F1.9(開放) Sony A7(AWB): 厳しい逆光にさらしてみたが、空の色がちゃんと出た。ハレーション(ベーリンググレア)は出るがゴーストはでにくいようだ

Photo 4, F4 sony A7(AWB): これくらいが最短撮影距離。もう少し寄れるとよいのだが・・・

Photo 5, F4 sony A7(AWB): ハイライト部がもうちょい粘るといいのだが…ちなみにグラフレックス版プラナーはもっと粘った


 
今回の特集「Xフジノンの明るいノンガウス」ではガウスタイプのレンズとは異なる描写を求め、3本の明るい標準レンズを取り上げました。この中で私が一番気に入ったのは、皆さんご察しのことかもしれませんが、1本目の55mm F2.2です。理由は使っていて一番ワクワクしたレンズだからです。3本のレンズに共通する性質はレンズの構成枚数がガウスタイプよりも少ないことと、ボケ味が硬いことです。ボケ味が硬いのは球面収差の補正パラメータが不足しているからで、これは構成枚数が少ないことと密接に関係しています。補正パラメータの不足を収差の過剰補正で強引に処理していますので、その副作用としてボケの輪郭部に火面と呼ばれる光の集積部が生じ、ボケ味が硬くなるのです。この傾向が最も強かったのが4枚玉の55mm F2.2でした。バブルボケはオールドレンズに特有の描写特性であることを、改めて強調しておきたいと思います。
 

2015/12/18

Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F1.6(Fujica X-mount)*



Xフジノンの明るいノンガウス part 2
F1.6に到達した孤高のクセノタールタイプ
Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F1.6
クセノタール型レンズと言えばF2.8あたりまでが明るさの限界であると考えられてきたが、このレンズは例外的に明るく、なんとF1.6を実現している。構成図を下に示した[文献1]。恐らくこのタイプの製品の中では世界で最も明るいレンズなのであろう。富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が1970年代から1980年代にかけて生産したFujinonおよびX-Fujinon 55mm F1.6である。
クセノタールの構成で明るいレンズを実現するには、画角特性に目をつむり後群側の負のメニスカスレンズ(下図の右側から2番目のレンズ)を分厚く設計することが良いとされている[文献2]。このようなアプローチでF2前後の明るさを実現したレンズには英国のレイ(Wray)社が1944年に開発したユニライト(Unilite)がある。ところが今回取り上げるフジノンの場合には比較的薄いメニスカスを採用しながら、更にもう一段明るい驚異的な口径比に到達しているのだ。どういうマジックを使ったのか詳細まではわからないが、フジの高い技術力あってのレンズであることは間違いはない。

X-Fujinon 55mm F1.6の光学系(文献1からの見取り図):左が前方で右がカメラの側である。構成は4群5枚のクセノタール型。テッサーよりも解像力が高く、ダブルガウスよりも画角特性が優れフレア量が少ない分シャープなのが特徴である。明るいレンズを実現するために前群の正のレンズエレメントがたいへん分厚く設計されている。この種のレンズ構成としては1950年代に登場したビオメタール(Biometar)  F2.8 (ZeissのH.ツエルナー設計) とクセノタール(Xenotar)  F2.8/F3.5 (SchneiderのG.クレムト設計)が有名である

F1.6という奇妙な開放F値は想像を掻き立てられる興味深いスペックである。当初はF1.4を目指していたものの目標まであと一歩のところで届かず、志半ばにして開発を終えたかのようなメッセージを感じるのである。きっと、F1.5であれば焦点移動の許容幅に免じて押し通してしまうことも十分に可能だったはずであろう。しかし、それでは自分達の無念の思いを自ら書き消してしまうようなもの。そう考えたフジの開発者は一切の気の迷いもなく名板に口径比F1.6を刻んだのであろう(←いつものアホな妄想)。
 
富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が一眼レフカメラの生産に乗り出したのは1970年のフジカSTシリーズの発売からである。同社はこのシリーズに搭載する単焦点レンズを広角16mmから望遠1000mmまで20タイプも揃えており、標準レンズだけでも45mmから55mmまで何と7タイプも供給していた。レンズ構成もエルノスター型、ユニライト型、ガウス型、クセノタール型、プリモプラン型、反転ユニライト型、ゾナー型など多種多様で、何でも揃うフジカレンズのラインナップはマニア達を狂喜させる闇鍋のような状況になっていた。フジカSTシリーズは1979年まで生産され、1980年からは新型カメラのフジカAX/STXシリーズが登場、それまでM42マウントで供給されていた交換レンズ群(闇鍋)は一部のモデルが刷新されたのみで、ほぼ同じラインナップのまま新しいマウント規格(フジカXマウント)のX-Fujinonシリーズへと移行している。

重量(公式) 275g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.6-F16, 構成 4群5枚クセノタール型, 1970年にM42マウントの旧モデルFujinon 55mm F1.6(フジカSTシリーズ用)として初登場し、1980年のX-Fujinonへの移行後も生産が継続された。海外ではPORST名でも市場供給されている。対応マウントはSTシリーズ用に供給されたM42マウント(1970-1979年)とFujica AX/STXシリーズ用に供給されたFujica Xマウント (1980-1985年)の2種, M42マウントの前期型はモノコート仕様で同後期型とfujica Xマウントの後継モデルはマルチコート仕様(EBCコーティング)となっている





 
★参考文献
  • 文献1: Baris S.Bille WEB page, "X-FUJINON" 2015年秋までは閲覧できたが現在は閉鎖中となっている。フジカレンズの情報が完全に網羅され素晴らしい情報量を誇っていた。現在はキャッシュ検索のみにヒットする。
  • 文献2: 「レンズ設計のすべて:光学設計の真髄を探る」 辻定彦著
入手の経緯
レンズは2015年5月にドイツ版eBayを介し写真機材専門セラーのアラログラウンジさんから即決価格71ユーロ+送料7ユーロ(合計約10000円)で購入した。商品の解説は「グッドコンディションで使用感は殆どない。クモリ、傷はない。ホコリの混入はあるが撮影には影響ない。絞りに油シミはなく開閉は的確でスムーズ」とのこと。届いたレンズは極僅かなホコリの混入がある程度で、美品といっても過言ではない良好な状態であった。
このレンズはどういうわけか最近になって海外での相場が急騰しており、米国版eBayでの取引額は30000円前後を推移している。3年前は5000円~7000円程度で取引されていたレンズだが、フルサイズミラーレス機の登場によりフランジバックの問題が解消されると、中古相場は5倍程度にまで跳ね上がっている。ただし、日本やドイツなど一部の国は流行の波に乗り遅れていたため、最近まで驚くほどの安値で売られていた。私がレンズを探していた2015年春の段階で米国版ebayでの相場は2万5千円程度まで上昇しており、日本のヤフオクでは既にレンズが品薄状態になっていた。一方、ドイツ版eBayにはまだ豊富に流通しており6000円から10000円程度の即決価格で手に入れることができた。現在はドイツ版eBayでも品薄状態が続いている。
なお、入手の際にはダブルガウス型のX-Fujinon 50mm F1.6と混同しやすいのでご注意を。こちらの相場価格はこれまでどうりの安値で推移しているので、慌ててポチる人が後を経たないようである。
 
撮影テスト
クセノタールの構成でF1.6の明るさは衝撃的であると言わざるを得ないが、かなり背伸びをした製品であることを忘れてはならない。おおむねよく写るレンズではあるが、開放で最短撮影距離(0.45m)で撮る場合には画質的にかなりの破綻がある。この場合、ピント部は激しいコマフレアに包まれモヤモヤとソフトな描写傾向になる。コントラストは低く、四隅では顕著な解像力の低下がみられる。前ボケが硬いので収差変動がおこったようで、球面収差が補正不足のようである。ソフトな描写傾向を求める場合は別として、通常は絞って使う必要があるだろう。一方、被写体から少し距離を置くと画質は急激に改善する。最短撮影距離の設定を間違えているのではないか思う程の急激な変貌ぶりである。被写体まで0.6~0.8m程度距離をとれば開放でも実用的なレベルの画質となる。ポートレート域になるとコマフレアはだいぶ収まり、四隅の画質にはかなりの改善傾向がみられる。F2.8程度まで絞ればスッキリとヌケのよいシャープな像が得られ、四隅まで充分な解像力となる。背後のボケはやや硬めだがフレアに覆われているためか煩いほどではない。シュナイダーのクセノタールでは若干見られたグルグルボケであるが、本レンズの場合には距離によらず全く発生しなかった。

撮影機材 SONY A7, メタルフード
Photo 1, F4 sony A7(AWB): 中心部の解像力は良いものの最短撮影距離では四隅の画質が破綻気味になる。(こちら)に示すとおり開放ではコマフレアが多く、更に厳しいことに

Photo 2, F2.8 sony A7(AWB): 少し被写体から離れれば画質は急激に改善する。最短撮影距離の設定を間違えたのではないかと思うほどの変貌ぶりである。開放では(こちら)に示すようにコマフレアが残存し、発色は依然として淡白である
Photo 3, F1.6(開放) sony A7(AWB): 開放でもポートレート域ならば、このとおり画質的には問題ない

Photo 4, F2.8 sony A7(AWB):やはりクセノタール型はF2.8辺りからが安定感を感じる


















Photo 5, F5.6 sony A7(AWB): 


Photo 6, F2.8 sony A7(AWB): 
Photo 7, F4 sony A7(AWB): このくらい絞れば四隅まで十分な画質だ

Photo 8, F1.6(開放) sony A7(AWB): 
































2015/12/11

Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F2.2(Fujica X-mount)*









Xフジノンの明るいノンガウス part1
バブルボケの出るお値打ちレンズ
Fuji Photo Film X-Fujinon 55mm F2.2
オールドレンズの分野では2~3年前から世界的に流行しているバブルボケであるが、火付け役となったメイヤー社のトリオプラン(Trioplan)100mmは中古市場の相場がついに10万円を超え、流行前の10倍の価格にまで跳ね上がってしまった。入門者には手を出し難い高嶺の花である。しかし、バブルボケの性質自体は何も特別なことではなく、程度の差こそあれ古いトリプレット系レンズやその発展形態のエルノスター系レンズなどに普遍的にみられる描写傾向なので、探せばトリオプランのようなレンズは案外どこにでもある。ポイントは後ボケの硬いレンズである。10万円も出す必要はないので1本紹介しよう。富士写真フィルム株式会社(現・富士フィルム)が一眼レフカメラFujica AX/STXシリーズの交換レンズとして生産したX-Fujinon 55mm F2.2である。このレンズは1970年代に市場供給されたM42マウント(旧モデル)の後継製品として1980年に登場し、80年代半ばまで生産されていた。マウント規格はAX/STXシリーズへの移行に合わせて登場したフジカXマウント(2012年登場のフジXマウントとは互換性がない)である。設計構成は下図に示すような4群4枚のUNAR型で、事実なら20世紀初頭に姿を消した非常に珍しい設計構成ということになる。中古市場での流通量はとても多く、ヤフオクでは2000円から3000円程度で取引されているお値打ちレンズだ。Fujica AX用のマウントアダプターがやや高価なので、安く済ませたいならM42マウントの旧モデルでも設計は同一なので十分であると思う。ただし、M42マウントのモデルにはマウント部にプラスティックの小さなツメがありアダプターと干渉するので、棒やすりで削り落とす必要がある。また、初期のモデルはシングルコーティングなので、コントラストが高く発色の鮮やかな描写に拘るのであればEBCコーティング(マルチコーティング)が施されたM42マウントの後期モデルかFujica Xマウントの後継モデルを選択するのがよい。

X-Fujinon 55mm F2.2の構成図(文献1からのトレーススケッチ)。上が前玉、下がカメラ側である。設計構成はは4群4枚のUNAR(ウナー)型



参考文献
  • 文献1: Baris S.Bille WEB page, "X-FUJINON" 2015年秋までは閲覧できたが現在は閉鎖中となっている。フジカレンズの情報が完全に網羅され素晴らしい情報量を誇っていた。現在はキャッシュ検索のみにヒットする。

入手の経緯
このレンズはヤフオクを介し大阪の個人出品者から入手した。若干のクモリがあるとのことでキャップと保護フィルターがオマケでついていた。商品は開始価格500円でスタートし3人が入札、結局1300円+送料で私のものとなった。届いたレンズを清掃してみたところクモリの原因は汚れとカビの除去跡であった。カビ跡はコーティングの腐食なので除去できないが、清掃により実写に影響のないレベルまでクリアになったのでブログで紹介することにした。現在のヤフオクでの相場は2000円から3000円程度である。中古市場には大量に流通しており、じっくり探せばもっと安く手に入るかもしれない。フジカの廉価版キットレンズだったため、カメラとセットで売られていることも多い。
 
重量(実測) 130g, 絞り羽根 5枚構成, フィルター径 49mm, 画角 42°, 絞り値 F2.2-F16, 最短撮影距離 0.6m, 構成 4群4枚(UNAR型), 対応マウントはSTシリーズ用に供給されたM42マウント(1970-1979年)とFujica AX/STXシリーズ用に供給されたFujica Xマウント(1980-1985年)の2種, M42マウントの前期型はモノコートで同後期型とfujica Xマウントの後継モデルはマルチコート(EBCコーティング)となっている
撮影テスト
撮影していてとても楽しめるレンズである。開放で僅かに発生するフレアがしっとり感を演出し、とても雰囲気のある撮影結果になる。シャープネスやコントラストはそれほど悪くはなく、適度な解像感が維持されている。もちろん絞ればフレアは無くなりスッキリとヌケの良い描写でコントラストも一層向上する。発色は癖などなく色乗りもよい。開放では背後のボケが非常に硬く、ザワザワと強い主張を示し2線ボケ傾向もみられる。バブルボケがかなりハッキリと発生するので、うまく利用すれば幻想的な面白い写真になるであろう。反対に前ボケはフレアにつつまれ柔らかい拡散を示す。像面湾曲が良好に補正されているようでピント部は均一性が高い。ボケはよく整っており非点収差に由来する背後のグルグルボケは全く目立たないレベルである。オールドレンズの入門者のみならず、素直で大人しいレンズでは満足できないという上級者にもオススメのとても楽しいレンズである。以下に示すのはすべて開放での作例だ。

F2.2(開放), Sony A7(AWB): しっとり感があり、とても魅力的な開放描写だ。背後のボケがザワザワと主張したがっている。ハレーションが出やすいにもかかわらず開放からシャープネスは高くコントラストも十分。解像力も良好だ




F2.2(開放), Sony A7(AWB, ISO2500): やはり、こうなった。バブルボケの出るレンズであることがわかる。しかも、かなりしっかりと出るようだ。こうなったら・・・


F2.2(開放), Sony A7(AWB): 最短撮影距離で逆光にさらしレンズに無理をさせるまでのこと!。無理をさせればさせるほど、レンズは底力を見せるようになる


F4, Sony A7R2 (AWB) 















F2.2(開放), Sony A7R2 (WB:曇天)

F2.2(開放), Sony A7R2 (AWB)