おしらせ


MAMIYA-TOMINONのページに写真家・橘ゆうさんからご提供いただいた素晴らしいお写真を掲載しました!
大変感謝しています。是非御覧ください。こちらです。

2024/10/27

Rodenstock Tiefenbildner Jmagon(IMAGON) 20cm F5.8

絵画主義者が発案した写真レンズの新境地、魔鏡イマゴン

Rodenstock Tiefenbildner Jmagon(IMAGON) 20cm F5.8

1930年にドイツの光学メーカー・ローデンストック社からひどく変わった不思議なレンズが登場します。それはIMAGON(より正確にはTiefenbildner-IMAGON)という名のレンズで、まるでレンコンの断面のような多数の穴を持つ複雑な絞り「イマゴンディスク」を内蔵していました。このレンズの吐く写真も独特で、残存収差を故意に残し、写実的な画作りから大きくかけ離れた甘くロマンチックな柔らかさと、毛糸のようなフワッとしたぼかし効果、写真というよりは絵画に近い描写を特調としていました。しかも、中心部の像は緻密で繊細です。たちまち世の肖像写真家達を魅了し、虜にしてしまいます。イマゴンは後に「ソフトフォーカス(軟焦点)レンズ」という新しいジャンルを切り拓くパイオニア的な存在となります。ただし、イマゴンを一括りにソフトフォーカスレンズの一種としてしまうことには反発もあります。レンズが生まれた経緯を知れば、そのことを容易に理解できるでしょう[1,2]。

レンズは写真家で絵画主義者のハインリッヒ・キューン(1866-1944)が発案し、後に光学メーカーのシュテーブル社(Optisches Werk Dr. Staeble & Co)を創業するフランツ・シュテーブル博士(1876-1950)による設計で1920年代に生み出されました。ハインリッヒ・キューンは光学的な作用により絵画と写真を補完させる実験的な試みを繰り返していました。彼が写真術を単なる記録以上のものに作り変えようとしたのは明白で、メニスカス単レンズの前方に網のような障害物を設置するというアイデアに到達していたようです。ただし、絵画のような特殊効果を得るまでには至らず、シュテーブル博士に自身のアイデアを相談、その後、二人は共同でイマゴンディスクのアイデアに到達します。彼らの着眼点は球面収差の精密なコントロールにありました[2]。

ハインリッヒ・キューン(1866-1944) 
(生成系AIによる似顔絵スケッチ)
 

写真レンズの絞りには球面収差を抑えハロの原因とボヤけた像を取り除く効果と、緻密でシャープな像(結像核)を生み出す2つの働きがあります。ハロと結像核のバランスは絞りの開閉である程度コントロールできます。しかし、このコントロールはある意味雑で、間を取るとどちらも中庸な結果となってしまいます。絵画と写真の境界を目指す二人は力強い結像核にボヤけた像を重ねる事が重要と考え、絞りの代わりとなり、これらを適度なバランスで合成することのできるレンコン状のディスクを開発します。当初のレンズは発案者の名前を取りAnachromat Kühn(アナクロマート・キューン)という名称で1920年代に発売されましたが、後の1928年にTiefenbildner-Imagonへと改称されます。"Tiefenbildner"(ティーフェンビルドナー)という聞き慣れない用語はドイツ語で芸術的な意味での「被写界深度の創造者、変調者、画家」と訳すのが最も適切なのだそうです[6]。"Imagon"はラテン語のIMAGOあるいは英語のIMAGEです。シュテーブル社の幾つかの発明特許は1930年にミュンヘンのローデンシュトック社に買い上げられており、IMAGONの発明もその中の一つでした[1,2]。レンズは1930年にローデンシュトック社の製品となり、写真館などで肖像写真に広く用いられるようになります。以後もレンズはプロフェッショナルフォトグラファーから長期に渡り愛用・支持され、大きな設計変更も無く1990年年代まで生産され続けられました[3,4]。

Imagonの構成図:Rodenstockのカタログ掲載図からトレーススケッチした
 

参考文献・資料

[1] A History of the Imagon lens by Dr. Alfons Schultz (archived)

[2] History, Characteristics and Opration of Imagon lenses,Pentaconsix.com

[3] Rodenstock 公式パンフレット 1986年4月

[4] Rodenstock Lenses for Large Format 1995

[5] Wolfgang Baier: Quellendarstellungen zur Geschichte der Fotografie. 2. Auflage, Schirmer/Mosel, München 1980, ISBN 3-921375-60-6, S. 536

[6] wikipedia: Imagon


入手の経緯

長期間製造されたこともあり、中古市場には比較的まとまった数の個体が流通しています。国内のネットオークションでは20cm H5.8が3~4万円程度で取引されており、古典レンズにしては手の出しやすい価格です。ただし、35mm判から中判6x6フォーマットまでに準拠した120mm F4.5は希少性が高く、800~1000ユーロ程度といい値段します。ちなみにライカマウントの90mm F4.5もあり知人に見せてもらったことがありますが、これはプロトタイプなので値段は不明です。購入時は交換用のイマゴンディスクが3枚全て揃っているかどうかが重要です。

 

Rodensock Tiefenbildner Jmagon(Imagon) 20cm F5.8: フィルター径 55mm, 設計構成 1群2枚, イマゴンディスク3枚付属 H=5.5-7.7, H=7.7-9.5, H=9.5-11.5, 撮影フォーマット 6x9(中判) - 9x12

 

撮影テスト

単玉だからと軽視すると、このレンズのグラマーな描写に度肝を抜かれることになります。もうメチャクチャいいです。ピント部は繊細で中央はかなり緻密な像になりますが、輪郭部がキラキラと光輝き、ドラマチックな写真が撮れます。イマゴンディスクはH=5.8-7.7が最も収差量が多く、続いてH=7.7-9.5, H9.5-11.5と続きますが、私にはハロの出方が少し控えめのH=7.7-9.5が最も使いやすく、このディスクを常用していました。


Kodak GOLD 200 (6x9 medium format)

Kodak Gold 200(6x9 format) filter:H7.7(開放) イマゴンの凄さは、もう充分にわかりました!KODAKは少し黄色っぽい感じに写ります




Kodak GOLD 200(6x9 format), filter: H7.7(開放)
 

 

Fujifilm Pro160NS(6x7 medium format)

Fujifilm Pro 160NS(6x7 format), filter: H7.7(開放) 富士フィルムのカラーネガではフィルムの特製からか、少し緑色っぽい発色です












2024/10/22

KOWA Optical Works PROMINAR 50mm F1.4 (Kallo 140 mount)




興和光器の写真用レンズ part 2 
爆誕!ビハインドシャッターに適合した
超高速プロミナー 
Kowa Optical Works PROMINAR 50mm F1.4
1959年に興和光器製作所は35mm判レンジファインダーカメラのKALLOシリーズを刷新し、ファインダーにパララックスを自動補正できる高機能なブライトフレームを組み込んだKALLO 180と、KALLO 180の上位機種でレンズ交換を可能としたKALLO 140を発売します[1]。ボディもそれまでの丸みのあるコンパクトなデザインから角ばった形状で重厚感のある無骨なデザインに変更されました。注目されたのはKALLO 140の方で、レンズシャッター機としては世界初となる50mm F1.4の超高速PROMINARレンズを搭載し、「目よりもあかるい」をキャッチコピーにカメラ業界に一大センセーションを巻き起こします[2]。もちろん、それまで明るい標準レンズかなかったわけではありません。日本光学や帝国光学、東京光学などがそれ以前から明るいレンズを製品化していました。しかし、一般家庭にカメラが普及していなかった時代でしたので、大衆向けというよりは業務用の高価な製品でした。発売当時、サラリーマンの初任給は2万円程度の時代でしたが、KALLO 140はハイアマチュア向けの大衆機として25800円で販売されています[1,2]。
KOWA Prominar 50mm F1.4の構成図:カメラの説明書[5]からの転載。設計構成は4群7枚シムラー・ゼプタック型
 
カメラに搭載されたプロミナー50mm F1.4のレンズ構成は上図に示すような4群7枚で、前群側をゾナー、後群側をガウスとする折衷タイプです。前群側に正の屈折力を偏らせ後群径を小さく抑えることでビハインドシャッターに適合させており、光学系の全長も比較的短くできています。この種の構成には東京光学のシムラーとダルメイヤー社のセブタックがあります。曲率など細かいところに目を向けると、今回のプロミナーはゼプタックよりもシムラーにより近い設計であると判断できます[3]。ガウスタイプでは弱点とされている開放でのフレア(サジタルコマフレア)がこの種の構成では容易に改善できるとのことです[4]。一方で球面収差のコレクションフォームが色ごとに大きく異なり、カウスタイプに比べると軸上色収差の補正がより難しくなるそうです。光学系の対称性を崩したことによる長所・短所がそれぞれ出ているという事だと思います。まぁ、軸上色収差については焦点距離が長くないので目立つことはないでしょう。標準レンズならガウスタイプに対するアドバンテージは大いにあります。しかし、登場した時代が悪かった!。ガウスタイプに比べバックフォーカスが短く、標準レンズでは一眼レフカメラに適合しないのです。この設計構成の標準レンズがその後、広く採用される事はありませんでした。ただし、ミラーレス機全盛時代の今なら、この設計のレンズを「オールドレンズ」として見直す事に一定の意味があると思います。
興和光器がここまで明るいレンズを発売したのは前にも後にもこの製品のみでした。1960年代はレンジファインダー機が衰退し一眼レフカメラの全盛時代に入るわけですが、各社先を争うように、明るいレンズを搭載できるフォーカルプレーンシャッター搭載カメラへと主軸製品をシフトします。ところが興和光器はこの波に完全に乗り遅れてしまい、一眼レフカメラをレンズシャッター方式で作るという時代遅れの選択を取ります[1]。これ以降の同社のカメラに搭載されたレンズは、どんなに明るくてもF1.8までが限界でした。プロミナー50mm F1.4は興和光器が世に送り出した最初で最後のフラッグシップレンズとなってしまうのです。

参考文献
[1] カメラレビュー クラシックカメラ専科 No.40
[2] KALLO 140広告([1]にも収録されています)
[3]35mm判オールドレンズの最高峰「50mm f1.5」岡田祐二 上野由日路 著; OLD LENS.COM: SEPTAC 5cm F1.5
[4] Nikon ニッコール千夜一夜物語 第八十九夜 
[5] KALLO 140インストラクションマニュアル
[6] 「レンズ設計のすべて:光学設計の真髄をさぐる」辻貞彦著 電波新聞社
KOWA PROMINAR 50mm F1.4:  フィルター径 52mm, 最短撮影距離 1m, 絞り F1.4-F22, 絞り羽  5枚構成  , 重量  220g(実測) , KOWA 140マウント, 設計構成 4群7枚シムラー・ゼプタック型, 製造本数 約7000(推定), 発売年 1959年



入手の経緯
レンズは2018年に国内ネットオークションにてカメラ本体のKOWA 140とセットで25000円で出品されていたものを入手しました。レンズには若干のカビがありましたので、後群側を外し、絞りに面した面を拭いたところ完全に綺麗にしました。ガラス自体にクモリや傷はなく、バルサム剥離もない良好な状態です。カメラ本体の方も故障のない完全動作品でした。現在の相場は国内ネットオークションでカメラとのセットが45000円~60000円(状態依存)あたりでしょう。レンズにクモリやバルサム剥離がある場合には25000円程度で手に入ります。ちなみに海外ネットオークションでは、これらよりも更に高い値段で取引されています。KOWAブランドは国内よりも海外での評価の方が高い印象があります。
PROMINAR 50mm F1.4と特製ライカMアダプター。アダプターはジャンクのKALLO 140を利用して作成した。立派なカメラなので修理できる状態であれば修理して延命させた方が良いでしょう
 
撮影テスト
ガウスタイプとゾナータイプ、どちらの遺伝が優勢かと問われれば、それは勿論ゾナーだと答えたくなる写りです。線はやや太めで開放からフレアは少なく、中遠景を撮ってもスッキリと写ります。解像力よりも階調描写、グラディエーションの美しさで押すタイプのレンズで、開放からコントラストは良好、少し絞れば四隅までシャープな像が得られます。ちなみに長男のシムラーはゾナーの遺伝が優勢、次男のゼプタックはガウスの遺伝が優勢のようです[3]。像をレンズシャッターの狭い光路に通しているためか開放では四隅の光量落ちが若干大きく出ていますので、これを活かすことでダイナミックなトーン変化を楽しむことができます。ボケ味はゾナーに似ており安定感があります。背後ボケは概ね柔らかく、像は四隅で僅かに流れる程度で、ぐるぐるボケや放射ボケに至ることはありません。「ゾナーでいいじゃん」と言われれば確かにそう言いたくなる気持ちもわかりますが、この構成では同じスペックのゾナーに比べて歪みや球面収差がより良好に補正できるようです[6]。ガウスの血が入ったことによる効果でしょう。
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:日光A) あらら~。凄いトーン描写。開放でもフレアは少な目です。線が太く、階調で押すタイプのレンズです。このトーンの出方はかなり好きかも
F5.6 Nikon ZF(WB:日光A) 絞るとシャープですが、トーンはなだらかに出ています。
F5.6  Nikon ZF(WB:日光A)
F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)
F1.4(開放)  Kodak ColorPlus 200 (Noritsu 1100 scan)
F1.4(開放) Nikon Zf
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放)Nikon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放) Nukon Zf(WB:曇天)
F1.4(開放)Nikon Zf(WB:曇天)

F5.6  Nikon Zf(WB:日光A)


 
プレートシールの謎に迫る
KOWA 140のボディにはシャッターボタンの下辺りに"Kowa"のネームプレートが貼り付けられています。ちょっとダサいので、できれば剥がしたい。じつは、KOWA 140というカメラは当初、KALLO 140の名称で発売されました。しかし、発売から1年経った1960年にブランド名がKOWAで統一されることとなったため、先に生産してしまったボディの上からネームプレートを貼り付けて対応したのだとか。事実なら、このプレートを剥がせば"KALLO"の刻印が現れるはず。あるいは何も刻印されていない可能性もあります。怖いもの見たさで剥がしてみたところ"Kallo"の刻印が登場しました。これで私のカメラはKALLO 140に逆戻りとなり、めでたしめでたしと。