おしらせ

2021/06/13

A.Schacht Ulm S-TRAVEGON 35mm F2.8 R (M42 mount)


レンズ設計者のベルテレ(L.J.Bertele)は戦後にゾナー(SONNAR)を広角化させるもう一つのアプローチを開拓し、一眼レフカメラへの適合までやってのけます。こうしてうまれたのがトラベゴン(TRAVEGON)で、シャハトのためにベルテレがレンズ設計を提供しました。シャハトとベルテレは互いに支え合い困難を乗り越えてきた盟友と呼べる間柄であったようです。

シャハトの一眼レフカメラ用レンズ part 2
ベルテレの広角ゾナー part 2

ゾナーから派生した
レトロフォーカス型広角レンズ

A.Schacht Ulm TRAVEGON 35mm F2.8

ベルテレとシャハトの関係については、文献[1-2]に重要な記載が見られます。共にミュンヘン出身である二人は戦前のZeiss Ikon社に在籍していた時代から親交がありました。シャハトは1939年に故郷ミュンヘンのSteinheil社にテクニカルディレクターとして引き抜かれ移籍します。その間、ドイツではナチスドイツが台頭し、シャハトはナチスの熱狂的な支持者となってゆきます。移籍後のシャハトはSteinheilで潜水艦、装甲車両、軍用機の光学システムの開発に関わります。ベルテレも1940年にドレスデンのZeiss IkonからSteinheilへと移籍することを切望します。この時、シャハトはSteinheilの上層部にかけ合ってベルテレの採用を推薦します。しかし、Zeiss Ikonは天才設計者を手放すことを拒みました。シャハトは政治的な根回しで便宜を図るなどベルテレの希望をかなえるため手を尽くし、彼を助けました。そして、1941年にベルテレはついにSteinheilへの移籍を果たすのです。しかし、二人がSteinheil社に在籍した期間は、そう長くはありませんでした。

1945年にドイツは降伏し終戦を迎えます。ところが、シャハトは終戦後もナチ・イデオロギーを改めることはなく、そのことが原因でSteinheil社を解雇されてしまいます。経済的・社会的に孤立したシャハトは1948年に自身の光学メーカーA.Schcht社を興しますが、こんどはベルテレがレンズ設計者としてシャハトに助けの手を差し伸べることとなるのです。こうして生まれたのがシャハトのレンズ群で、今回ご紹介するTRAVEGONはその中でも、ベルテレらしさを放つ独創的なレンズでした。レンズ構成を下図に示しすが、設計はゾナー同様に3群構成で、SONNARの前玉を正の凸エレメントから負の接合エレメントに置換して生み出されたユニークな形態で、Carl ZeissのBIOGON同様に広角ゾナーの一形態と言えます。広く言えばこれはレトロフォーカス型広角レンズの仲間ですので、短い焦点距離でありながらもバックフォーカスが長く、SONNARファミリーでありながらも一眼レフカメラに適合しています。シャハトとベルテレの友情が生み出した他に類を見ない設計のレンズがTRAVEGONなのです。




TRAVEGONにはF3.5とF2.8の2種類がありますが、1950年代に作られたアルミ鏡胴のモデル(前期型)にはF3.5の口径比のみが用意されました。一方で1960年代に登場したゼブラ柄のモデル(後期型)にはF3.5に加えF2.8のモデルが加わっています。また、数は少ないですが、TRAVEGONのF3.5のモデル(前期型)にはALPAの一眼レフカメラに供給されたALPAGON 35mm F3.5があります。

参考文献

[1] Marco Cavina, Le Ottiche Di Bertele Per-Albert Schacht --Retroscena

[2] Erhald Bertele, LUDWIG J. BERTELE: Ein Pionier der geometrischen Optik, Vdf Hochschulverlag AG (2017/3/1)

[3] 特許資料 (1956年)L.J.Bertele, Switzerland Pat.2,772,601, Wide Angle Photographic Objective Comprising Three Air Spaced Components (Dec.4, 1956/ Filed June 13,1955)

A.Schacht Ulm S-TRAVEGON 35mm F2.8 R: 絞り羽 6枚, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 202, 絞り F2.8-F22, 3群7枚TRAVEGON型, この個体はM42マウント

レンズの相場

A.Schacht社のレンズは近年、再評価がすすみ、ベルテレの件もあって国際相場は上昇傾向にあります。トラベゴンも既にeBayでは400ドル以上の値で取引されています。ただし、日本ではこのような情報の流通が遅く、ヤフオクなどでは今だに3~4年前の値段(1.5~2万円程度)で取引されています。安く手に入れたいなら流通量こそ少ないですが、日本の国内市場が狙い目です。

撮影テスト

SONNARの形質を受け継いだ線の太い力強い描写が特徴で、欠点の少ない優秀なレンズです。開放からスッキリとヌケがよく、シャープな描写で発色も鮮やかです。フレアは開放でも殆ど出ません。ピント部の画質は四隅まで安定しており、レトロフォーカスレンズらしく周辺部の光量落ちも殆どありませんし、ボケも四隅まで安定しています。ただ、背後のボケはポートレート域でゴワゴワとやや固めの味付けになり、被写体までの距離や背後までの位置関係によっては2線ボケ傾向が見られます。もちろん近接では収差変動が起こり、ボケは綺麗になります。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)開放から充分なコントラストです。ボケが少し硬めですね

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) 歪みは微かに樽形ですが、よく補正されています

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 逆光にはそこそこ強いです



































 

Travegon+Fujifilm GFX100S

F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルフレームモード 少し左右をクロップ, Film Simulation: Standard)

F5.6 Fijifilm GFX100S(35mmフルフレームモード, WB:⛅)

F4  Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio: 16:9, FilmSimulation: E.B, Shadow tone :-2, Color:-2)

F4 Fijifilm GFX100S(Film simulation E.B, Shadow tone:-2, Color:-2)
F2.8(開放) Fijifilm GFX100S (35mmフルフレームモード, Film Simulation: Standard)

2021/06/02

試写記録: Astro Berlin Tachonar 75mm F1 modified to GFX mount


GFXで試写をしてほしいと依頼され、1週間程お借りしました。シネマ用レンズで知られるベルリン(旧西独)のアストロ社(Astro Berlin)が生産したTachonar 75mm F1です。Tachonarには焦点距離の異なる25mm, 35mm, 40mm, 50mm, 75mmが存在し、すべてF1の明るさです。シリアル番号から、本レンズは1960年頃に製造された個体であることがわかります。
今回入手した個体はデジタル中判センサーを搭載したGFXシリーズで使えるように改造されていました。このレンズには本来は絞りがありませんので写真撮影用に作られたレンズではありません。海外の文献にはサイエンティフィックな用途に用いられたレンズとの記載があります。一方で今回の個体には絞りを入れる大きな改造が施されていましたので、描写については本来ものであるか判りません。試写記録を残しておきますが参考程度にしていただくのがよいと思います。収差の大好きな方にはうってつけだと思います。
Astro Berlin Tachonar 75mm F1: 絞り羽 13枚, フィルター径 72mm前後, 重量(実測) 1015g, 改GFXマウント, 設計構成 5群5枚



設計構成は下図のような5群5枚で、エルノスターの前方に正のレンズを1枚追加し屈折力を更に稼いだような形態です。正レンズ過多でグルグルボケの原因になる非点収差が沢山出そうな構成です。

Astro Berlin TACHONAR F1: 構成は5群5枚で、エルノスターの前方に正レンズを一枚追加したような形態です。
 

撮影テスト
レンズは中判センサーを搭載したフジフィルムのGFXシリーズで使えるように改造されています。四隅は若干のケラレがみられますが許容範囲です。開放でグルグルボケが強烈に出るのが特徴です。中心はそこそこ解像しますが、四隅に行くにつれ収差の嵐に吞み込まれてゆきます。コントラストが低く歪みも大きいので、写真の用途に応じて絞りながら使うとよいでしょう。絞れば描写は大人しくなります。私は開放で使いますけれど。

F1(開放) Fijifilm GFX100S





















F1(開放) Fijifilm GFX100S










F1(開放) Fijifilm GFX100S
F1(開放) Fijifilm GFX100S
F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)















F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)




F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)


F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)