おしらせ


2014/10/23

Goerz Berlin DAGOR(ダゴール) 60mm F6.8 Rev.2

Dagorは古いデンマーク貴族の出身で27歳の数学者Emil von Hoegh(エミール・フォン・フーフ)[1865--1915]が1892年に設計した対称型レンズ(ダブル・アナスチグマート)である。HoeghはレンズのアイデアをGoerz社に売り込み、アイデアを採用したGoerzは翌1893年にDoppel-Anastigmat Series IIIの名称でレンズを発売している。このレンズは高性能だったので発売直後から飛ぶように売れ、現在に至るまで累計数十万本が出荷されたと推測されている。Dagorの大ヒットでGoerz社はドイツ最大級の大手光学機器メーカーへと大躍進を遂げている

ダゴール実写テスト Part 2
Goerz DAGOR 60mm F6.8

前エントリーで取り上げたDoppel-Protar(シリーズ7)はGoerz(ゲルツ)社の傑作レンズDagor (ダゴール)に対抗するためCarl Zeissが総力をあげて開発したレンズである。次回はいよいよDoppel-Protarを大判カメラでテストするが、その前にライバルのDagorにどれだけの実力が備わっていたのかを見ておきたくなった。いいタイミングなので焦点距離60mmのDagorを取り寄せ、デジタル撮影と銀塩フィルム撮影の双方からレンズの実写テストを行うことにした。Dagor 60mmは推奨イメージフォーマットが40mmのモデルに次いで小さく、カタログスペックによると35mm判よりやや大きく中判6x4.5未満となっている。フルサイズ機で用いるには、理想に近いモデルである。なお、Dagorについての詳細は本blogで過去にも取り上げているので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。記事へのリンクはこちら
構成は2群6枚の対称型である。発売当時はF7.7であったが後に口径を広げF6.8とした。これ以上明るくはできないものの球面収差と色収差をきわめて良好に補正し、コマ収差、非点収差、歪みも良好に補正できるなど、欠点の少ないレンズである
Sony A7へのマウントにはM42-Sony EカメラマウントとM42ヘリコイドチューブ(25-55mm)を用いている。レンズに適合するフード(20mm径前後)が見当たらないので、北方屋のエルマー専用フード(19mm径)に簡単な細工をして用いている
入手の経緯
レンズは2014年9月にeBayを介し米国のコレクターから落札購入した。売り手には過去に4045件の取引履歴があり、落札者評価は100%ポジティブと優れたスコアがついていた。商品の解説は「レアなゲルツ・ダゴール60mm F6.8(グラフィック用シャッター)ボード付き」との触れ込みで「グレートプライスで出品している。優れた広角レンズであり、シャープネス、コントラスト、色再現性においてローデンストックのアポ・ロナーに匹敵する性能である。包括イメージフォーマットは大判4x5inchにギリギリ届かず、無限遠撮影時には四隅がケラれる。レンズの状態は素晴らしく、絞りの開閉はスムーズ、シャッターは全速正しく切れている。入手困難な小さな木箱(オリジナル)と2.5インチのグラフィック用ボードが付属している。この焦点距離のDAGORは滅多なことでは市場に出てこないのでお見逃し無く!」とのことである。これ以外に更に自己紹介があり、ついでに読んでみると「私は売買暦15年のコレクターで、これまで様々な撮影用機材を幅広く扱ってきた。専門は古い大判撮影用品である。一つ一つ丁寧に清掃し、私の経験と能力を最大限活かしたオークションの記述を心がけている。もし商品に満足しなかったり、あるいは記述との相違があるならば返品に応じる(到着から14日以内)。」とのことである。商品は当初350ドルの即決価格+送料45ドルで売り出されていた。値切り交渉を受け付けていたので、送料の分に相当する45ドル安くして欲しいと持ちかけたところOKとの返答。総額350ドルで私のものとなった。5日後に届いたレンズをチェックするとガラスの表面に油脂の汚れや指紋がタップリと付着しており、一瞬クモリがあるのではと不安になったが、丁寧に清掃したところガラスに問題は無く、拭き傷すらない極上品であった。
Goerz Dagor 60mm F6.8: 絞り羽 5 枚, フィルター径 20mm前後, 構成 2群6枚Dagor型, シリアルナンバー 766834(1945-1948年Goerz America製),  推奨イメージフォーマットは36mmx54mmで35mm判より大きく中判6x4.5未満[参考:Goerz American 1951 Catalog], Kodamaticシャッターに搭載, ステップアップリングとM42リバースリングを用いてマウント部をM42ネジに変換した



撮影テスト
設計は古いが銘玉と賞賛されてきただけのことはあり、やはりとんでもなく良く写るレンズである。階調描写はとてもなだらかで濃淡の微妙な変化をしっかりと捉え、とても雰囲気のある写真に仕上がる。ノンコートレンズであることを考慮し逆光時はハレーションの発生量に注意しなければならないが、うまく使いこなせればスッキリとヌケが良く、濁りの無い軽やかな発色である。収差的には大変優れており、開放でもハロや色にじみは全くみられず、コマも良好に補正されコントラストは良好である。35mm判カメラで使用する場合の解像力は私が過去にテストした焦点距離90mmや120mmのモデルよりも明らかに高く、緻密な描写表現が可能である。ただし、これは90mmや120mmのモデルが性能的に劣るという事ではなく、これらのレンズはより広いイメージサークルで最適な画質が得られるよう中央の解像力を落としても四隅の画質を重視しているからであり、大きなフィルムで用いれば60mmのモデルと同等の描写性能となっている。ボケは距離によらずよく整っておりグルグルボケや放射ボケなど像の乱れは全くみられない。逆光に弱いことと開放F値が暗いことを除けば、短所らしい短所の見当たらない大変優れたレンズである。

撮影機材
デジタル撮影 SONY A7
フィルム撮影(銀塩カラーネガ)FujiFilm Super X-tra400, Kodak Ultramax 400



F6.8(開放), sony A7(AWB): 階調はなだらかで濃淡の微妙な変化をしっかりと捉え、雰囲気のある写真になっている

F6.8(開放), sony A7(AWB):開放でもコマやハロはみられず、コントラストも良好。とてもいいレンズだ!!


F6.8(開放), Sony A7(AWB): 解像力は開放でもかなり高く、後ボケは四隅までたいへんよく整っている
F6.8(開放), 銀塩撮影(Fujicolor X-Tra400): 今度はフィルム撮影。やはりしっかり写る


F6.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): コントラストは良好。スッキリとヌケがよい写りだ
F6.8(開放), 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): うーん・・・。このレンズにコーティングは不要なのだろうか

やはり予感は的中した。焦点距離の短いDagorは35mm判カメラとの相性が良く、結像性能は良好で階調性能にも安定感がある。メーカーの推奨イメージフォーマットを守ることがどれだけ大事であるのかを強く実感することができた。機会があればフルサイズセンサーにジャストサイズのDagor 40mmもテストしてみたいのだが、このモデルは更に希少性が高く、中古市場に出回ることはまず無いと思われる。
日本にはDagorに心酔し、このレンズを数百本も収集しているコレクターがいると聞く。Dagorには人を惑わす何か特別な魅力があるのだろう。今回の実写テストを通して、このレンズに備わった素晴らしい性質の一端を垣間見ることができた。

13 件のコメント:

  1. はじめまして。
    詳しい解説記事をいつも楽しく拝読しております。
    ダゴールの描写は素晴らしいですね。

    この記事に刺激され,最近ダゴール(125mm, F6.8)を購入しました。
    焦点距離は約2倍ですが,6x9の中判カメラで使うので,画角はほぼ同じです。もともと大判4x5か5x7用のレンズなので,広いイメージサークルの中心部分を使う点もほぼ同じ条件です。1923年頃の古いベルリンダゴール(ダイヤルコンパー)ですが,光学系はとても綺麗。eBayで100ドル程で購入しました。

    試し撮りをするのが少し楽しみ。

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    1. 包括できるイメージサークルは規格よりもだいぶ広いので、
      広角レンズとしても使用できますよね。
      コメントありがとうございます。

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    2. spiral様
      お返事ありがとうございます。

      >>包括できるイメージサークルは規格よりもだいぶ広いので、広角レンズとしても使用できますよね。

      そうですね。ダゴール125mmは6x9では長目の標準ですが,4x5では準広角,5x7では広角になると思います。古いレンズの場合,周辺画質は期待できないので,イメージサークルの2/3程をメインに使い後はアオリの余裕と考えています。私はスーパーアンギュロン(65/8)とテロマー(240/5.5)も6x9で使っていますが,どちらも4x5をカバーするレンズで使いやすい。画質も極めて優秀です。

      ダゴールはジンマー(105/5.6)やヘリアー(105/4.5)と比較する予定です。解像度等の光学性能は,ジンマー > ダゴール > ヘリアーだろうと考えていますが,階調やボケを含めた描写力は,ヘリアー ≈ ダゴール > ジンマー(?)と予想しています。(もしかして,ダゴール > ヘリアーか?)

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    3. 今週末はへリアー75mm F3.5を6x6とGFXで使おうと思っていたところでしたので、こういうお話しが聞けて嬉しいです。

      いま、手元にウルトラゴン 60mm F5.5という謎レンズがあり、これを使おうとスタンバっていますが、定格イメージサークルなど謎が多くて手探りするしかありません。

      コロナなので人を撮る機会は減っていますが、逆に海や山などには人が全然いないので、普段目にすることのできない風景に出会えます。三脚立ててじっくり撮るのも、いい時期ですよね。明日は三浦半島の浜辺に出かけてきます。比較の方、楽しみにしていますね。

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    4. spiral様,早速にお返事ありがとうございます。

      >>今週末はへリアー75mm F3.5を6x6とGFXで使おうと思っていたところでしたので、

      これは良いですね。ヘリアーは私も好きなレンズです。開放気味の時の柔らかで潤いのある描写とボケ。絞り込んだ時のハイライトが沸き立つような生き生きとした精鋭な描写。GFXの中判センサーならその特性を十分に取り込むことができると思います。

      >>いま、手元にウルトラゴン 60mm F5.5という謎レンズがあり、

      以前,大判用のウルトラゴン(115/5.5)をネットで見たことがあります。シンクロコンパーのテヒニカ4x5ボード付で,かなり高価だったと思います。もしかすると,60mmは中判(ベッサII用?)に縮小した広角レンズかもしれないですね。とすると,かなり貴重(希少)なレンズではないでしょうか。試写が楽しみです。

      >>三脚立ててじっくり撮るのも、いい時期ですよね。明日は三浦半島の浜辺に出かけてきます。

      三浦半島は良いですね。私は今は西日本に居りますが,昔は逗子に住んでいました。森戸海岸や城ヶ島,マグロ市場(だったかな?)を今でも懐かしく思い出します。

      私も今週末はダゴールとヘリアーを持ち出して,じっくり撮影しようかと思います。

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    5. コロナ下では、いつもと違う風景をじっくりと撮りたいですね。
      くれぐれも暑さにはお気を付けください。

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    6. 先週末にダゴール125/6.8の試し撮りをしました。

      ピントグラスを見た感じでは,精緻で鮮やかな画像の印象です。ただ,ヘリアー105/4.5やジンマー105/5.6と比べると,F値の明るいレンズの方がピントグラス上では良く見える。

      フィルム現像から戻ってきたらまたご報告する予定です。
      (まだ少し先になると思いますが。)

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    7. 大変遅くなりましたが,上に書きましたレンズの試写(ヘリアー,ダゴール,ジンマー)の画像を,日浦さんの"Camera Graphic"の機種別画像掲示板にアップしました。「リンホフテヒニカ23」の最後「オールドレンズの楽しみ」で,バンドルネームは「狸おやじ」です。

      お時間のある時にでもご覧いただけたらと思います:
      https://shiura.com/camera/bbs/joyful.cgi?read=1556&bbs=1&pg=0

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    8. 狸おやじ様
      ご連絡ありがとうございます。拝見しました。
      確かにジンマーが一番フツーな感じでした。ヘリアーが予想外にシャープなのは、自分の最近撮った前玉回転式の75mmF3.5でもそうでした。何年も前にブログで扱ったレンズヘッド版の75mm F3.5はもう少し柔らかく軟調な描写だったのですが、何がヘリアーの本当の姿なのかわからなくなってきました(笑)。

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    9. 掲示板を見て触発され、もっとちゃんと撮らなきゃななどと思い、
      こんなアイテムを手に入れました。
      これで、GFXにて6x9 FORMATのレンズの
      イメージサークルを隅々まで使えます。もちろんフィルムでも
      撮るつもりですけれど(笑)。

      https://www.amazon.co.jp/Fotodiox-Pro%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%97%E3%82%BF%E3%80%81Fujifilm-GFX%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%EF%BC%88%E3%81%AA%E3%81%A9GFX-View%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%81%A7%E3%80%81%E8%83%8C%E9%9D%A2Graflok%E6%A8%99%E6%BA%96-%E2%80%93-Shift-%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%97%E3%82%BF/dp/B06XKLNBT7

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    10. Mumumu/狸おやじ2021年11月22日 20:55

      早速のお返事をありがとうございます。

      仰るように,ジンマーは極めてフツーに写るのですが,やや面白みに欠けると思います。ヘリアーF4.5は8以上に絞ると非常にシャープになり,開放付近のソフトな印象とは別物です。絞った場合でも,光の発光部やハイライトが微かに滲んで「妖艶」な描写になることが多いのですが,前回の試写ではその特徴があまり出ませんでした。Spiral様の「めめ猫妖怪」さんの画像を拝見すると,開放でも非常にシャープですので,F3.5では球面収差がかなり改善していると思います。それでも「妖艶」な描写は健在で,ここにヘリアーの魅力があると感じます。

      続編では,湖でのヘリアーとダゴールの試写例を載せる予定です。

      GFXの大判用アダプターの噂は聞いていましたが,現物の写真を見るのは初めてです。これがあれば万能ですし,フィルムが絶滅しても大丈夫ですね。素晴らしいと思います。私もハッセルV用のアダプターを持っているのですが,デジタルバックは高価でまだ手が出ません。GFXは評判が良いので,中判デジタルカメラを買ってバックにつけるのが,現時点では一番理想的かもしれないですね。

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    11. リプライありがとうございました。

      >F3.5では球面収差がかなり改善していると思います。それでも「妖艶」な描写は>健在で,ここにヘリアーの魅力があると感じます。

      そうですね。GFXではなく本来の中判フォーマットや
      大判フォーマットなら立体感に加え柔らかさも出るかもしれません。

      >続編では,湖でのヘリアーとダゴールの試写例を載せる予定です。

      これは、たのしみにしています!


      >GFXは評判が良いので,中判デジタルカメラを買ってバックにつけるのが,
      >現時点では一番理想的かもしれないですね。

      横方向にGFXをスライドさせながら撮影し、2~3枚を
      後でつなげて1枚にしますので中判6x9以上6x12位までな
      カバーできるようです。デジタルカメラで中判のイメージサークルを
      いっぱいまで使えるのは大きなアドバンテージです。

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  2. Mumumu/狸おやじ2021年11月23日 16:48

    > 横方向にGFXをスライドさせながら撮影し、2~3枚を
    後でつなげて1枚にしますので中判6x9以上6x12位までな
    カバーできるようです。

    これは良いですね。
    テヒニカ23で使えそうなGFX用のアダプターを探した所,中国のJieying製のものが有りました:
    https://www.ebay.com/itm/125003704779?hash=item1d1acd29cb:g:~ucAAOSwm5BhkhNu

    スライドができないので用途は限られますが,中国は凄いなあ。
    発展性とパワーを感じます。
    これから中判もデジタルの時代になりそうで楽しみです。

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