おしらせ


2015/02/12

Voigtländer Heliar 7.5cm F3.5


 
1993年12月に刊行された朝日カメラ(別冊)「郷愁のアンティークカメラIII」にはレンズによって表現される「味」や「におい」と呼ばれるものをテーマにした松井満氏の記事があり、今でいうオールドレンズファン達の嗜好に触れている[文献1]。記事の一説を要約すると「写真は事物の単なる記録的再現ではなく、心理的な印象を捉えるべきものである。冷たい鮮鋭なレンズが退屈になり、自分の作画に何かが欠けているのにありきたりなく思っているアマチュアが今後ますますふえてゆくことに間違いあるまい。彼らはカメラのレンズが『良すぎる』ことに不満なのである」と述べ、さらに次のように続けている。「彼らは昔のカメラ(レンズ)が持っていたグラマー(うっとりさせる魅力)を自分の作画に盛りたがっている。具体的な例をあげればフォクトレンダーのヘリアーである」
 
グラマーな写りで世の肖像写真家達を魅了した
伝説の妖玉ヘリアー

Voigtländer HELIAR 7.5cm F3.5
Heliar(ヘリアー)はカメラメーカーとして世界最古を誇るVoigtländer(フォクトレンダー)社が戦前の高級カメラに搭載したフラッグシップレンズである。柔らかいながらも芯のある描写には肖像写真を美しく格調高い作品に仕立てる効果があり、職業写真家達から絶大な称賛を得ていた。レンズを開発したのはフォクトレンダー社のHans Harting(ハンス・ハーティング)博士[注1]で、トリプレットの前玉と後玉を貼り合わせのダブレットに置き換えることで1900年に初代Heliar F4.5を完成させている[文献2]。この置き換えにより中間画角から最大画角にかけての画質(いわゆる写真の四隅の画質)が改善し、トリプレット同等の明るさを維持しながら比較的広い実用画角を達成している。ただし、貼り合わせダブレットが球面収差を補正できないことからフレア量はむしろ多くなり、被写体を柔らかい収差のベールで包み込むHeliarならではの美しい描写力を生み出している。Heliarがポートレート用レンズとして絶大な名声を得たのは、この妖力があっての事に他ならない。

[注1] Carl August Hans Harting・・・1889年に数学、物理学、天文学で理学博士となり1897年から2年間ZeissでAbbeの助手を勤める。1899年にVoigtländerに移籍し31~32才の時に初代Heliarを完成させるが、1908年にドイツ特許庁に移籍しレンズ設計者としてはここで一線を退いている。第二次世界大戦後は東独VEB Zeiss社に招かれ戦後の復興に尽力した。[文献3]の「人物略伝」にHartingついての詳細な解説がある。
 
【構成図の系譜】:HeliarはVoigtländerのHarting博士が1900年にトリプレットの前・後群を貼り合わせレンズに置き換えることで完成した[文献2]。この置換により前・後群の外側表面の曲率を緩めることができ、中間画角から最大画角にかけての画質(非点収差の補正効果)が改善、包括画角をトリプレットよりも広い50°まで広げることが可能となっている。追加した貼り合わせダブレット(イエナガラスを用いた「新色消し」)が球面収差を補正できないことから結像は柔らかく階調も軟らかい描写となり、雰囲気のよくでレンズとして大変な評判となる。初代Heliarの設計は前・後群が完全対称であったがHartingは1902年に同一構成ながらも対称性を崩しペッツバール和の抑制と非点収差の補正強化を実現した第2世代の改良版Heliarを世に送り出している[文献4]。また、同年に登場したZeiss Tessarの後群接合部が正曲率であることによる重要な効果に気づき、Heliarにもこのアイデアの導入を試みた[文献3]。こうした着想を経て1902年に新型レンズを設計し1904年にDynar(ダイナー)の名で登場させている[文献5]。Dynarは開放F値がHeliarより一段暗いF5.5/F6で製品化されHeliarより安く売られたが、本来はHeliar同等以上の明るさにも対応できる光学性能があり、非点収差を除く全ての収差特性でHeliarを上回る好成績をたたき出していた[文献3]。そこで、第1次世界大戦後の1921年にRobert Richter(ロバート・リヒター)博士の手により再設計され、1925年頃に第3世代の新生HeliarとしてF3.5/F4.5の明るさで再登場することになる[文献6-8]。私が入手したHeliarもF3.5の明るさを持ちRichterの手で生み出されたDynarからの改良版で、シリアル番号を辿ると1930年代に製造された製品個体である。このシリーズも包括画角50°前後をカバーし焦点距離は2cmから30cmまで製品化されていた[文献12]。HeliarはH.Deser(デセール)による1933年の再設計でF2.8の明るさにも対応している[文献9]。ただし、性能的に厳しかったのか特許申請のみでF2.8の口径比では製品化されなかった。第二次世界大戦終戦後はSchneider社からの移籍で加入したA.W.Tronnier(トロニエ)がカラーフィルムに対応できる後継モデルのColor-Heliar(カラー・ヘリアー)F3.5をRichter版Heliarの構成で再設計し、中版カメラ用レンズとして製品化させている[文献10]。1999年からは日本のCosina(コシナ)がVoigtlanderブランドの商標使用許諾を取得しHeliarブランドを継承、2001年に101周年記念の復刻モデルとしてHeliar 50mm F3.5(ライカLマウント)を限定生産を実現している。また、2009年にはCosina版Bessaの発売10周年を記念して、Heliar 50mmF2(Lマウント)と50mm F3.5(Lマウント)を限定生産、また現行モデルとしてHeliar 40mm F2.8(ライカMマウント)を登場させている。現行のHeliar 40mmには光学系中央部に非球面レンズが用いられ、たいへん高性能なレンズとなっているそうである。いずれもRichter版Heliarの設計構成を踏襲した改良レンズである。いつか機会があれば、これらも取り上げてみたい
 
今回私が取り上げるモデルはRobert Richter(ロバート・リヒター)博士による1921年の再設計でF3.5の明るさとなった第3世代の改良版Heliar(1925年頃に登場)である[文献6]。Richterは後に航空撮影用レンズとして有名になるTopogon(Carl Zeissが1933年発表)を設計した人物で、Voigtländerに在籍した1914年から1923年の間にHeliar, Repro-Heliar(リプロ・へリアー), Apo-Skopar(アポ・スコパー), Collinear(コリニア)の再設計を手がけた[文献7, 文献11]。1923年にGoerz(ゲルツ)社に移籍した後、GoerzがZeiss Ikon社の設立母体としてCarl Zeiss財団に吸収合併されたため、1926年からはZeissのレンズ設計士となっている。私が入手したRichter版Heliarには1902年にハーティング博士が設計したDynar(ダイナー)の構成が採用されており、初代/2代目Heliarに比べるとシャープに写るレンズとなっている。これ以降Voigtländerは一部のモデルを除き収差的に高性能なDynarの構成にHeliarのブランド名を継承させている。
Heliarは一般にトリプレットからの発展形と紹介されることが多いが、途中でテッサーの血が入り、Richter版Heliar(1921年設計)以降ではテッサーの形質が優位に出ていることがわかる。初代/2代目HeliarはRodenstockのソフトフォーカスレンズImagonと比較されることが多く、そういう意味でも3代目以降とは比較にならないほどソフトなレンズだったのであろう。そうした視点で見ると第二次世界大戦後のColor-Heliarや現行のコシナ製Heliarは初代Heliar(トリプレット)とは別系統で、Dynar(テッサー)の血統を汲むレンズであると捉えるほうが、より自然な解釈のように思える。

重量(実測) 113g, 絞り羽 15枚構成, フィルター径 29.5mm, 最短撮影距離 0.7m, 絞り値 F3.5(F4.5)-F22, ヘリコイドつき, 光学系は3群5枚構成のDynar型でノンコート仕様, シリアル番号より1937-1939年に製造された製品個体と判別できる。メーカー推奨イメージフォーマットは中判4.5x6cm



文献1: 朝日カメラ(別冊)「郷愁のアンティークカメラIII」レンズ雑学辞典 1993年12月
文献2: 初代Heliar特許, US Pat. 716035, DE Pat. 124934
文献3: Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens/キングスレーク著「写真レンズの歴史」朝日ソノラマ
文献4: 2代目Heliar特許, DE Pat. 143889
文献5: Dynar特許, US Pat. 765006, DE Pat.154911, 124934, 143889,
文献6: 3代目Heliar F3.5, DE Pat.354263
文献7: Arne Cröll, View Camera May/June 2005, Voigtländer Large Format Lenses from 1949-1972 (Revised in Nov.17,2012)
文献8: New Heliar(3代目)広告, B.J.A 1925,p.359
文献9: Heliar(F2.8),  DE Pat. 636166
文献10: Color-Heliar特許, US Pat. 2645156, DE Pat. 888772
文献11: Matthew Wilkinson and Colin Glanfield, A Lens Collector's Vade Mecum
文献12: Voigtlander レンズカタログ 1927年
文献13: クラシックカメラ専科No.8: スプリングカメラ特集
文献14: 小西六本店 PR誌 昭和3年(1928年)3月

入手の経緯
2014年11月にドイツ版eBayを介してドイツのレンズ専門セラーから競売の末に落札購入した。レンズは特製アダプターを用いてM42マウントに変換されていた。オークションの記述は「M42マウントに変換したフォクトレンダー・ヘリアー75mm F3.5で、フォクトレンダーによって1930年代後半に造られたマスターレンズ(ムービー用の試作)である。ヘリコイド冠に距離指標がない。小さく軽いうえ、あらゆる用途に使用できる万能性を備えた実用的な焦点距離である。とても良いコンディションでフォーカスリングと絞りリングは良好に動作する。ガラスは素晴らしい。フォーカスレンジは0.7mから無限遠である。アダプターを用いれば殆どすべての一眼レフカメラで使用できる。このレンズはフルサイズフォーマットよりも広いイメージフォーマットを包括している」とのこと。写真を見る限りかなり綺麗な鏡胴でガラスの状態も良さそうである。この出品者からはシャッターユニットをもたない珍しいHeligon 80mm F2.8やKinoptikの高級レンズも同時に出品されており、やはり特性アダプターでM42マウントに変換されていた。スマートフォンの自動スナイプ入札ソフトで最大額を設定し放置したところ15人が入札し、翌日になって214ユーロで私が落札、ラッキーなショッピングであった。ただし、届いたレンズには若干の汚れが見られたのでメンテナンス業者に持ち込んで軽く清掃してもらった。メンテ料1万4000円を含めると4万5千円程度の出費となっている。

Bronica S2へのマウント
Heliarのフランジバックは75mm程度であるのに対しBronica S2のフランジバックは101.7mmと長いので、この差を切り詰めるにはカメラにレンズを沈胴させるしかない。今回もレンズを前玉フィルター側からマウントし、カメラの内部へと沈胴させて使用することにした。詳しいマウント方法が知りたい方はRoss Xpresを扱った前回のブログエントリー(こちら)に参考情報を掲載したのでご覧いただきたい。ここではレンズをマウントするのに用いた部品のみを列記する。全て市販で手に入るものばかりである。若干オーバーインフになる組み合わせを試行錯誤の末に実現した結果なので、もっと少ない部品数で済ませることも可能なのかもしれない。あくまで参考程度にしてほしい。
  1. 29.5 - 37mmステップアップリング:レンズのフィルター径を汎用的なネジ径に変換
  2. 37 - 46mm ステップアップリング:フランジ調整用
  3. M42(P1) - 46mmリバースカプラー(リバースリング): M42ネジへの変換用
  4. BronicaマクロエクステンションチューブNo.1: フランジ調整用
  5. Bronica M57 - M42(P1)アダプター: レンズをブロニカ本体にマウントするためのアダプター
M57-M42アダプターの前方にM42(P1)-58mmリバースカプラーと58mm綱手リング(八仙堂のプロダクト)を装着しレンズのフロント側を58mmのフィルターネジに変換しフードの装着を可能にしている




 
撮影テスト
戦前のフォクトレンダー社が大判撮影用のCollinear(コリニア)と共に最高級レンズに位置付けていたのがヘリアーである。開放では結像が柔らかく階調も軟らかいためソフトフォーカスレンズに近い写真となるが、ソフトとは言ってもこのレンズの場合には解像力を捨てたわけではなく、モヤモヤとした美しいフレアの中にピント部の緻密な表現がしっかりと残り、線の細い繊細な描写を維持している。少し絞れば、なだらかな階調を保ちながらコントラストが向上、深く絞ればスッキリとヌケの良い写りへと変化する。ポートレート写真のあるべき姿を写真レンズの描写設計にどう盛り込むのか、戦前のフォクトレンダーの出した答えがこのヘリアーなのであろう。コントラストは低くカラーでの発色も地味だが、階調の推移がなだらかなため、かえってそれが作画に深み(しっとり感)を与え、主張しすぎないフレアと相まって、写真を見た者に味や匂いを呼び起こさせる特殊効果のような働きをしている。ボケは美しく、四隅まで乱れることなく整っており、適度な柔らかさで拡散している。ソフトフォーカスレンズの美味しいところを少し分けてもらうことで雰囲気の良く出る開放描写を実現しているのだろう。現代のレンズに通じるクリアで雑味のない、「CDで聴く音楽」のような作画もよいが、このヘリアーの魅力はそこではない。
 
デジタルカメラ(Sony A7)による写真作例
F3.5(開放), Sony A7(AWB):

F3.5(開放), Sony A7(AWB): 



F3.5(開放), Sony A7(AWB):


F5.6, Sony A7(AWB):


F4.5, Sony A7(AWB)


F4.5, Sony A7(AWB)
F8, Sony A7(AWB):










F8, Sony A7(AWB): 絞ればこのとおりのにヌケは良い


F8, Sony A7(AWB): 絞っても階調が硬くなることはない
 
カラー・ネガフィルム(6x6 format)での写真作例
Camera: Bronica S2
Film: Fujifilm Pro 160NS, Kodak Portra 400 ブローニー・カラーネガ
露出計: セコニック スタジオデラックス
F3.5(開放), 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS (6x6 format) + Bronica S2: 

F3.5(開放), 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS (6x6 format) + Bronica S2:

F3.5(開放), 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS (6x6 format) + Bronica S2: 

F8, 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS (6x6 format) + Bronica S2:

F4.5 銀塩撮影, Kodak Portra 400 (6x6 format) + Bronica S2

F5.6, 銀塩撮影, Kodak Portra 400 (6x6 format) + Bronica S2
F3.5(開放), 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS (6x6 format)+ Bronica S2: 
F4.5, 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS(6x6 format) + Bronica S2, 黒絞め(階調補正を適用)

F4.5, 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS(6x6 format)+ Bronica S2, 黒絞め(階調補正)適用
F4.5, 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS(6x6 format) + Bronica S2: 
F3.5(開放), 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS(6x6 format)  + Bronica S2: 

F3.5(開放), 銀塩撮影, Fujifilm Pro160NS (6x6 format) + Bronica S2: 

 
ヘリアーと言えば昭和天皇ご夫妻の御真影(ごしんえい)にも採用されたことから日本では別格視されるようになり、昭和時代には写真館などで家宝のように大切に扱われてきたそうだ[文献13-14]。このレンズの描写は見たままの姿を忠実にとらえ再現するだけでなく、被写体の美しさを引き立て、格調高く仕立てる効果があり、御真影に採用されたのもそのためであろう。時代的に撮影に使用されたのはDynar型の3代目ヘリアーだったであろうと思うが、こういう歴史の舞台や映画の名作などで活躍したレンズに思いを寄せ、伝説と共に写真撮影を楽しむのも、オールドレンズの魅力の一つと言える。以下ではBessa66判のへリアーを最新のデジタル中判センサーを搭載したFujifilmのGFX100Sでも使用してみた。
 
Heliar 7.5cm F3.5 (Bessa66用): 前玉回転式, 最短撮影距離 1m, F3.5-F16, 絞り羽10枚, 重量(外部ヘリコイド除く) 75g

まずはスタジオ撮影の写真を何枚かどうぞ。スタジオのライティング光ではどうもレンズの特徴である柔らかさがうまく出せないのか、思っていた以上にスッキリとしてシャープで、解像感の高い現代的な写りとなった。背後のボケには安定感があり、グルグルボケが目立つことはなかった。
 
F3.5(開放, 外部ヘリコイドで合焦) Fujifilm GFX100S(AWB,NN,Color:-2)

F3.5(開放, 外部ヘリコイドで合焦) Fujifilm GFX100S(AWB,NN,Color:-2)









































F3.5(開放, 外部ヘリコイドで合焦) Fujifilm GFX100S(AWB,NN,Color:-2)























 
続いて屋外での写真を何枚か提示する。自然光で撮影すると被写体の表面を微かなフレアが覆っていることがはっきりと見え、しかも、シャープネスには大きな影響を及ぼさない程度の絶妙なフレアだ。トーンはやや軟調気味で雰囲気のある写りとなる。GFXの中判デジタルセンサーで使用する限りだが、四隅でもしっかりとピントが合い、解像感はピント部全体にわたり均一であった。本来のイメージフォーマットはもっと広い中判6x6なので四隅まで端正に写るのはごく当たり前なのであろう。前玉回転で合わせるとポートレート域で少しグルグルボケが目立つことがあった。

F3.5(開放, 前玉回転で合焦) Fujifilm GFX100S(WB:⛅, NN)

F3.5(開放, 前玉回転で合焦) Fujifilm GFX100S(WB:⛅, NN)

F3.5(開放, 前玉回転で合焦) Fujifilm GFX100S(WB:⛅)

F3.5(開放, 前玉回転で合焦) Fujifilm GFX100S(WB:⛅)

F3.5(開放, 前玉回転で合焦) Fujifilm GFX100S(WB:⛅)

F3.5(開放, 前玉回転で合焦) Fujifilm GFX100S(WB:⛅, NN)


2015/02/06

M52-M42 focusing helicoid*


M52-M42ヘリコイド(左)とM42-M42ヘリコイド(右)。どちらもマウント側(カメラ側)はM42ネジとなっている。M52-M42ヘリコイドの方が内径が広いためマウント側で大きくすぼんでいて、いわゆる土手にあたる部分の面積も広く造られている

 
太いヘリコイドによる照り返しの軽減効果を検証する
M52-M42フォーカッシング・ヘリコイド
今、私の中で一押しのホットなアイテムになるつつあるのがM52-M42直進ヘリコイドです。これまで用いてきたM42-M42ヘリコイドに比べ、①内径が広く、②カメラ側(マウント側)の出口が大きくすぼんでおり、③出口の土手に当たる部分が薄く造られているというのが構造上の特徴です。このためイメージサークルの大きなレンズを長丈ヘリコイドに搭載する際に懸念されていた「内部での照り返し」が緩和され、コントラストの悪化を防止できます。強い光を前方から当てると効果の差がよくわかりますので、早速見てみましょう。
下の写真の上段はM42-M42ヘリコイド、下段はM52-M42ヘリコイドをカメラのマウント側からみたものです。いずれもヘリコイドは丈の長い36-90mmのモデルで、前方に中版用レンズ(6x6フォーマットをカバーできるヘリアー)を搭載し、その前方から強い光を当てています。角度をいろいろ変え、照り返し光が一番きびしい(強い)状態を写真に収めました。双方の結果にかなりの差があることがわかります。M42-M42ヘリコイドによる結果では内部の側面と出口の土手にあたる部分で明るい光の反射がみられます。これに対し、M52-M42ヘリコイドは内部の側面までの懐が深く、土手も薄いため、顕著な光の反射はみられません。このような照り返し光はハレーションの発生原因となり、コントラストや発色などの写真画質に甚大な影響を及ぼします。M52-M42ヘリコイドの方が好ましい結果であることは一目瞭然です。同様の観測を35mm版レンズを搭載した場合でも試しましたが、この場合は双方のヘリコイドとも側面での顕著な照り返しはみられませんでした。したがって、ここでの結果はM42-M42ヘリコイドを貶めるものではなく、使用上の注意があることを明らかにしているだけです。中判用レンズや大判用レンズを丈の長いヘリコイドに搭載する機会がありましたら、ご参考になさってください。主に長丈ヘリコイドに頼る機会の多いミラーレス機での用途において発生する問題になろうかと思われます。

M42-M42フォーカッシング・ヘリコイド36-90mm(上段)とM52-M42フォーカッシング・ヘリコイド36-90mm(下段)における照り返し光の比較。搭載したレンズはHeliar 7.5cm F3.5(6x6 medium format)です。




M52-M42ヘリコイドのカメラ側は52mmネジ(1mmピッチ)になっていますので、ここにレンズを搭載するには工夫がいります。今回用いた中国製のヘリコイドには52mm-42mmのフィルター用ステップダウンリング(ネジピッチ0.75mm)の装着が可能です。また、このステップダウンリングの先にはレンズのマウント改造によく用いられるM42(ネジピッチ1mm)リバースカプラーも装着可能でした。中国製のアイテムはいずれもネジピッチの工作精度が悪いので公証規格が合わなくても装着できてしまいます。ある意味スバラシイと思えるファジィなアイテム達です(笑)。なお、M52-M42フォーカッシング・ヘリコイドは現在eBayから入手可能です。

2015/01/13

ROSS LONDON XPRES 75mm F3.5*



前玉を回すとボケ味が変わる
Ross London Xpres 75mm F3.5
古いフォールディングカメラにはピント合わせを行う際にレンズの前玉をクルクルと回転させ前方に繰り出す「前玉回転式」と呼ばれるピント調整機構を持つレンズがみられる。レンズの前玉・第1レンズを前方に繰り出し光学系を伸縮(構造変化)させ、これに伴うバックフォーカスの変化を利用してピント合わせを行うという方式である。現在のレンズでは光学系全体を繰り出すヘリコイド式が主流だが、この方式に比べると前玉回転方式は撮影距離に対する画質の変化(収差変動)が大きく、無限遠を基準にシャープで高解像な画質が得られるようレンズを設計する場合にも、ポートレート域から近接域にかけては収差を生かしたソフトな描写表現が可能である[文献1]。これは現代のフローティングシステムにも通じるダイナミックな画質設計であり、ヘリコイド式では十分な収差変動が起こらないレンズに対しては、ある種の柔軟性を提供することができる。たとえばテッサー型レンズは鋭く硬い描写傾向やザワザワと煩いボケ味のため用途が限定され人物のポートレート撮影には不向きとされてきたが、前玉回転方式を導入すればこの弱点が改善され、写真表現の幅をいっそう拡大させることができるのである。
 
Ross Xpresに採用された前玉回転方式のピント調整機構:写真の上段は近接撮影時、下段・左は無限遠撮影時に合わせているところ。前玉を回すと最前部の第一レンズのみが前方に繰り出される仕組みになっている。収差的にみれば正の第一レンズが前方に繰り出されると後部にある負の第二レンズの補正作用が弱まり球面収差の収差変動がおこる[文献7]。後ボケが柔らかくなるなどの効果が生まれる












 
今回取り上げる一本はオールドレンズ愛好家の諸先輩方が好んで使う英国最古のレンズメーカーRoss(ロス)社のXpres(エキスプレス)である。カラー撮影では独特の発色傾向を示しモノクロ撮影との相性も抜群、常に高い評価が飛び交いユーザー同士による異様な盛り上がりである。Xpresには何種類かのモデルがあり、私が入手したのは英国ホートン社(Houghton Butcher Co., UK)のEnsign Selfixという中判カメラに搭載され1950年代に製造されたレンズである。このカメラには6x9/6x6フォーマットと、セミ判にあたる6x4.5フォーマットの2種のモデルが存在し、それぞれにXpres 105mm F3.8と75mm F3.5が搭載されている。他には英国MPP(Micro Precision Products)製の二眼レフMicrocord(6x6フォーマット)用として1951年から供給されたXpres 77.5mm F3.5も存在する。いずれもレンズの構成はシャープな描写を特徴とするテッサータイプである。私が入手した個体はBORG製ヘリコイドユニットに移植された改造品であり、ピント合わせには従来からの前玉回転方式に加え新たに導入したヘリコイドが使用できる。2種類のピント調整機構を併用することで自由度の高い変化自在な描写変化を楽しむことができるユニークな仕様となっている。

絞り羽 9枚構成, 重量(実測) 85g(レンズヘッド本体), 152g(ヘリコイド等の改造パーツ含), 絞り値 F3.5-F22, 最短撮影距離 140cm(前玉回転のみ)/75cm (ヘリコイドにて10cm繰り出し時)/55cm(前玉回転とヘリコイドの併用時),  焦点距離 75mm, 光学系の構成 3群4枚テッサー型, ガラスにはシングルコーティングが施されている。レンズにはもともとフィルターネジが無いので内径32mmの被せ式フードを装着する。EPSILONシャッター(1-1/300)付。シリアル番号254xxx(1960年製)


XpresシリーズのルーツはJ.Stuart(スチュアート)とJ.W. Hasselkus(ハッセルカス)という人物が設計し1913年に登場した3群5枚構成の変形テッサー型(Xpres型)レンズである[文献2-4]。このレンズは当時まだ有効だったツァイスのテッサー特許を回避する目的から、わざわざ後群を3枚のはり合せに変えテッサー型の亜種として市場供給されていた。初期のモデルは口径比がF4.5(焦点距離約120mm ~約300mm)でスタートしているが、これでも当時としてはたいへん明るいレンズであった。1925年には口径比をF3.5まで明るくしたスチル用モデルとシネ用モデルが登場、1927年にはF2.9まで明るくしたシリーズも市場供給されている[文献4]。他には1920年代後半に導入されたXpres F1.9(シネマ用および小型ハンドカメラ用)や広角レンズのWide-Angle Xpresなども存在するが、今回取り上げるXpresとは構成の異なる別系統のレンズである。
 
入手の経緯
レンズは2012年1月にヤフオクを介してrakuringjpさんから落札した。BORG のヘリコイドに移植され無限遠のピント調整が施されており、M42レンズとして使用できる状態で出品されていた。オークションの解説を要約すると「いろいろな部品を使用しM42マウントに改造した。外観に僅かなペイント落ちがある。レンズには目立つキズ、クモリ、カビはない。強い光に透かしてみれば前玉に極小の点キズ2個、1mmのヘアーライン一本がある。後玉に目立つキズはない。イメージクオリティに影響のないレベルで気泡、ホコリがある」とのこと。レンズにはラバーフードとキャップ、フォクトレンダー製の被せ式ステップアップリングが付属していた。もともとフィルターネジを持たないレンズなので、ありがたい配慮である。商品は24800円の開始価格でスタートしたが、私以外には1件の入札があったのみで争奪戦にはならず25300円であっさり落札、経年劣化が徹底的に明示されているので安心して購入することができた。BORGのヘリコイドユニットだけでも新品で購入すれば1万円程度はするので、なかなかお買い得なショッピングであったと思う。
 
Bronica S2への装着
Xpresは中判カメラ用として設計されたレンズなので今回もBRONICA S2の出番である。このカメラはフォーカルブレーンシャッターを搭載した一眼レフカメラであり、中判の6x6フォーマットをカバーしている。普通の一眼レフカメラは撮影時にミラーが前方に跳ね上がる仕組みだが、このカメラは何とミラーが後方に倒れる仕組みになっており、バックフォーカスの短いレンズでもカメラにマウントさえできればミラー干渉の心配がない。カメラとしての合理性よりもレンズとの互換性を重視している点がこのカメラの著しい特徴で、オールドレンズの母機として運用する際に高い自由度を提供してくれる頼もしい存在である。ただし、Xpresのフランジバック長は75mm前後とBronicaマウントのフランジバックより30mmほど短いため、このままカメラにマウントできても無限遠までピントを拾うことはできない。そこで、以前Biotessarのブログ・エントリーで考案した方法を再び踏襲しレンズを前玉のフィルター枠の側からマウント、カメラの内部へ沈胴させて使用することにした。バックフォーカスを短縮させピントを無限遠まで拾えるようにするのが狙いである。試行錯誤の末、下の写真に示すような部品構成で実現できることがわかった。用いた部品は全て市販品なので、以下で述べる解説は誰にでもできる方法である。6x6フォーマットの中判カメラに装着すると、35mmライカ版換算で41mm F1.9相当の焦点距離と明るさ(ボケ量)を持つレンズとなる。
 
レンズをBronica S2にマウントするために集めた部品:(A)Bronica M57-M42アダプターリング; eBayにて香港のLens-Workshopから80ドルで購入した。(B)M42マクロ・エクステンション・チューブ; ここではフランジ調整用スペーサーとして用いる。ヤフオクやeBayにて様々な丈のものが3枚セットで売られている。内部の側面に反射防止処理が施された日本製の中古品が狙い目だ。(C)M42マクロ・リバースリング; フロント側のM42ネジをフィルターネジに変換するための部品。eBayにて中国製を9ドル(送料込)で入手した。(D)ステップアップリング; 量販店などで入手可能で値段は数百円~1000円程度である。(E)かぶせ式ステップアップリング; Xpresには前玉側にフィルターネジがないのでこれは重宝する。(F)Bronica用M57マクロチューブ;ヤフオクでは3000円前後で3本セットの中古品を入手できる。Bronicaの純正品もある。私は2400円で3本セットの非純正の品を手に入れたが反射防止処理が施されていた






まずは5枚のアダプターリング(A)(E)をつなぎ土台を製作する(下の写真・左側)。Bronica M57-M42アダプターリング(A)の後方背面側からM42マクロチューブ(B)をはめ、更にM42リバースリング(C)M42マウントのメスネジをフィルター用のオスネジに変換する。続いて、このオスネジにステップアップリング(D)を装着してネジ径をレンズ本体のフィルターネジと同じ30.5mm径に変換、かぶせ式ステップアップ・フィルター(E) のネジに繋ぐ。こうして5枚のリング(A)(E)で組み上げた土台をレンズ本体の前玉に装着する。最後にBronica用M57マクロエクステンションチューブ(F)を覆い被せ、土台最下部のM57-M42アダプターリング(A)のM57ネジに固定すれば完成(下の写真・右側)。あとはカメラにマウントするだけだ。
 
5つの変換リング(A)+(B)+(C)+(D)+(E)で土台(写真・左の下部)をつくり、レンズを前玉側から装着する。最後にマクロエクステンションチューブ(F)を被せ(写真・右)、(A)のM57ネジに固定すれば準備完了だ




M57エクステンションチューブ(F)のマウント側は57mm径(P1)の雄ネジとなっており、上の写真に示すようにBronica本体のヘリコイド部に設けられたM57ネジに装着できる。レンズ本体は土台(A)(E)を介し、カメラに対してフロント側(フィルターネジの側)からマウントされ、カメラ本体の内部に宙吊り状態で据えつけらる。これは言わば沈胴している状態なので、バックフォーカスが短縮され無限遠のフォーカスを拾うことができるというわけだ。前玉側はM42ネジとなっているので、ここにM42マクロ・エクステンションチューブを装着すればレンズフードの代わりとすることができる。また、レンズキャップの代わりにはM42ボディキャップを利用すればよい。この場合、M42ボディキャップはフードの先端に装着することもできる。不便なのは絞りの制御を行うごとにレンズをカメラ本体から取り外さなくてはならないことである。今のところ、この手間を避ける良い方法が思い当たらない。
 
撮影テスト
Xpresを用いていきなり驚いたのが独特の発色傾向である。このレンズは茶色や灰色といったロンドンによくある色と緑や赤など草花の原色を共にうまく出すことができ、フィルム撮影だろうとデジタル撮影だろうと関係なく味わい深い写真が撮れる。英国で盛んなガーデニングやアンティークを基調とする英国風インテリアなどの文化がこうした性格のレンズを造らせたのかもしれないが、とにかく雰囲気の良く出るレンズである。前玉を無限遠側に固定しヘリコイドでピント合わせを行う場合は開放からシャープで高コントラストな像となりヌケも良い。ただし、ボケ味は硬く距離によってザワザワと煩い背景になる。マクロ撮影の性能はとても高いと思われる。反対に前玉を近接側に設定する場合は若干ソフトな描写傾向になるが、後ボケはフワッと柔らかくボケ量も大きくなるうえ背景がフレアに包まれるため、美しいボケ味が得られる。前玉の回転により球面収差が過剰補正から完全補正を経て補正不足へと変化したのであろう[文献1,6,7]。今回はフルサイズ機Sony A7と銀塩中判機の2種類のカメラでレンズの撮影テストを行た。中判機で使用する場合にはポートレート域の撮影で背後に若干のグルグルボケがみられた。階調描写については35mm判カメラで使用する方が鋭く、中判機で用いる方が軟らかい印象をうける。
 
撮影機材
  デジタル撮影: Nikon D3, Sony A7
  銀塩撮影(35mm判): Yashica FX-3 Super 2000(film:Kodak Ultramax 400)
  銀塩撮影(中判):Bronica S2(film:Kodak Portra400, Fujicolor Pro160N)
 
F5.6 銀塩撮影(Kodak Ultra Max 400), 前玉回転を無限遠側に設定しピント合わせは直進ヘリコイドを使用しておこなっている。シャープネスが高くヌケもよいが、晴天下に絞って使うと階調が硬くなるのはまさにテッサ-タイプの特徴である。グリーンの発色が美しい
F5.6 Nikon D3(AWB)前玉回転を無限遠側に設定 , デジタル撮影でも雰囲気のあるいい色が出るのはこのレンズの持つ優れた長所である
F5.6 Nikon D3(AWB)前玉回転を無限遠側に設定テッサータイプならではの鋭い階調描写でありヌケも大変良い

F3.5 Nikon D3(AWB) 前玉回転をポートレート域に設定ハイキー気味の撮影でも雰囲気のある発色になる
 
中判カメラ(Bronica S2)での撮影テスト
レンズ本来の画質や収差設計がどうなっているのかを知るには、このレンズの定格イメージフォーマットに適合したカメラ(6x4.5フォーマットの中判機)で用いるのが良い。しかし、手元にこの規格のカメラがないので、今回は一回りおおきなイメージフォーマットのBronica S2(6x6フォーマット)で撮影テストをおこなうことにした。結論から言えば35mm判カメラ(フルサイズ機)で使用した時よりもボケ味は更に硬くなり、撮影画角が広がる分だけ背景にはグルグルボケが目立つようになった。こうした性質の変化を考慮し、中判機ではピント合わせの際に前玉回転を積極的に使用することをおススメする。階調描写は中判機で用いる方が軟らかく、シャドー部にむかって濃淡がなだらかに変化している。発色はやはり独特で、雰囲気がにじみ出るような描写傾向は中判機でも変わらない。

F5.6(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定


F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定
F3.5(開放), 銀塩撮影(Kodak Portra400+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定。この距離でもボケ味はやや硬めであるが、階調描写は中判機で用いる方が軟らかい印象である

F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定













F3.5(開放), 銀塩撮影(Kodak Portra400+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定

F3.5(開放), 銀塩撮影(Kodak Portra400+Bronica S2), 前玉回転を無限遠側に設定。中判機で用いると画角が広い分だけ背後にややグルグルボケが出ることもある。正月になると日本人はみんな手を合わせ、一年間の平和や幸福を願います

F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を無限遠側に設定





F3.5(開放), 銀塩撮影(Fujicolor Pro160N+Bronica S2), 前玉回転を近接側に設定


F5.6, 銀塩撮影(Fujifijm Neopan 100+Bronica S2), 前玉回転を無限遠側に設定






ボケ味の補正効果
前玉回転式レンズのRoss Xpresにはボケ味をコントロールできる特別な機能が備わっている。前玉を近接撮影側に回すと後ボケがフワッと柔らかくボケ量も大きくなるうえ、背景がフレアに包まれるため被写界深度は浅く見え、理想に近い美しいボケ味となる[文献5]。これは光学系の伸縮により球面収差が補正不足になることから来る副産物的な効果である[文献1,7]。反対に前玉を無限遠撮影側に回すと収差は過剰補正に変わる。解像力とヌケがよくなりシャープな像になるものの、後ボケの拡散は硬くボケ量も小さくなる。2線ボケを生むレンズはこのタイプの典型である。ボケの美しさとシャープネスは両立の難しいトレードオフの関係になっており、ボケの補正に偏重しすぎると解像力とコントラストを損ねソフトな描写傾向になるのであろう。
下の作例では絞りをF3.5に設定し前玉回転を無限遠側に目いっぱい回したときの撮影結果と近接撮影側に目いっぱい回したときの撮影結果を比べている。被写体背後のボケには明らかな差異がみられ、右側の写真の方がボケがフワッとしていて拡散が柔らかくボケが大きくみえることがわかる。
 
F3.5(開放) デジタル撮影, sony A7(AWB): 左は前玉を無限遠撮影側に回し球面収差を完全補正にした作例。右は近接撮影側に回し球面収差を補正不足にした作例

F3.5(開放) 中判カメラによる銀塩撮影(Bronica S2+ Fujicolor Pro160N), 左側は前玉を無限遠撮影側まで目いっぱい回した結果で、右側は反対に近接撮影側に目いっぱい回した結果である。左の写真では後ボケの拡散が硬くザワザワと煩いボケ味であるのに対し、前ボケの拡散はフワッと柔らかくなってる。一方、右の写真では背後のボケは依然として硬いが、左の写真に比べれば幾らかましなレベルになっている。Xpresは最短撮影距離をできる限り短くできるよう無限遠基準点で球面収差を過剰に補正に設定しているようで、ボケが硬いのはこのためであろう


参考文献
[1] 「レンズ設計のすべて」辻定彦著 P152(Tessar型 前玉フォーカッシング)
[2] Brit.Pat 29637(1913), GB191329637(1913) by J. Stuart and J.W.Hasselkus
[3]「写真レンズの歴史」ルドルフ・キングスレーク著
[4] Early Photography
[6] 「写真レンズの基礎と発展」小倉敏布 P199
[7] 「レンズテスト 第2集」 中川治平・深堀和良 P91(ゾナー40mm F3.5の解説文中)