おしらせ


2010/03/29

Steinheil MACRO-QUINON 55mm/F1.9 (M42)
シュタインハイル マクログィノン(マクロキノン)



シュタインハイル社といえば19世紀のドイツ写真工業の中でひときわ大きな存在感をみせたミュンヘンに拠点を置く光学機器メーカーです[1]。創業は1855年と古く、物理学者のカール・アウグスト・フォン・シュタインハイル(Carl August von Steinheil, 1801-1870)という人物が息子のフーゴ・アドルフ・シュタインハイル(Hugo Adolph Steinheil, 1832-1893)とミュンヘンに会社を設立し事業をスタートさせたのが始まりです。息子のアドルフは光学と天文学を専門とする技術者であるとともに、収差研究の第一人者ザイデルの友人でもありました。こうした好条件から彼はレンズの設計法を早い段階で手中に収め、天体観測用の望遠鏡や顕微鏡など計測科学の分野に数多くの光学製品を供給します。アドルフがザイデルの協力のもと1866年に開発した写真用レンズのアプラナートは史上初めて4大収差を補正した画期的なレンズでした。レンズの設計から製造まで一貫生産のできるシュタインハイル社は、19世紀のドイツ光学産業の中で名実ともに大きな存在感を示すようになります。

散り際の鮮やかさ、
シュタインハイル最後の輝き
Steinheil München Macro-Quinon 55mm F1.9(Rev.2)
アドルフの没後から70年の歳月を経た1960年代、カメラの潮流はレンジファインダー機から一眼レフカメラへと大きく転換しようとしていました。シュタインハイル社のレンズ製造本数は戦後の復興景気の波に乗り1955年に年産25万本の大台でピークを迎えますが、ここから僅か5年の間に年産8万本まで落ち込んでいました。会社の存続をかけ経営戦略の見直しを迫られていた同社は、当時の一眼レフカメラの急速な普及がマクロ撮影用レンズの分野に大きな商機をもたらすと予想し、経営を立て直すための大勝負に打って出ます。1963年に同社はフラッグシップであるQuinシリーズの全ラインナップ(広角35mmから望遠135mmまで4製品)にマクロ機能を強化した別バージョンを展開[2]、これから巻き起こるであろうブームの到来に社運をかけたのです。しかも、レンズは2段ヘリコイドを組み込んだ超高倍率で、性能面でも他社の追随を許さない特別仕様になっていました。当時は勿論ですが、今に至るまでマクロ撮影用レンズをここまでアグレッシブに取りそろえたメーカーは他にはありませんでした。しかし、同社が供給した高価なマクロレンズに対する市場の反応は鈍く、マクロ撮影のブームも大きなものにはなりませんでした。1966年に同社のレンズ生産量(年産)は一時1万本を大きく下回る戦後最低水準まで落ち込みます。その後1970年まで1万本強の水準に回復しますが、同社は深刻な経営難に陥ります[1]。
今回再び紹介するのはドイツの老舗光学機器メーカーのシュタインハイル社が1963年に発売したマクロ撮影専用レンズのマクロ・ヴィノン(MACRO-Quinon)55mm F1.9です[2]。同社のマクロQuinシリーズには本レンズ以外にMacro-Quinaron 35mm, Macro-Quinar 100mm, Macro-teke-Quinar 135mmなどがあり、これらは同じ焦点距離を持つポートレート用のQuinシリーズと並行して市場供給されました。レンズ名の由来はラテン語の「5つの」を意味するQuinarius(ドイツ語のQuin)です。レンズの構成枚数にかけた名称ならばQuinarとMacro-Quinarは確かに5枚玉ですが、本レンズは6枚玉なのでつじつまが合いません。もしかしたら「ザイデルの5収差」にかけているのかもしれません。レンズの設計構成は下図に示すような4群6枚のガウスタイプで、ポートレート用のAuto-Quinon 55mm F1.9と同一構成のまま近接域で最高の性能が出せるよう、撮影距離に対する収差変動を予め考慮に入れた過剰気味の収差設計になっていました。鏡胴の造りは見事としか言い様のない素晴らしいレベルです。老舗光学メーカーの根性が入ったレンズといえます。
Steinheil Macro-Quinonの構成図:文献[2]に掲載されているものをトレーススケッチした見取り図。設計構成は4群6枚のガウスタイプ。前群と後群のサイズに大きな差がある
レンズの特徴はマクロレンズとしては極めて明るい口径比F1.9を実現していること、そして最大撮影倍率が1.4倍もあることです。ここまで高い撮影倍率を実現させるには、ヘリコドによる繰り出し量がかなり大きなものとなり、普通に考えれば困難ですが、シュタインハイル社は2段ヘリコイドという機械的にかなり凝った仕掛けをもつ新しい機構を導入することで、技術的なハードルを乗り越えています。下の写真にはヘリコイドを繰り出したときの様子を段階的に提示しました。一段目のヘリコイドを目一杯まで繰り出したのが左の写真ですが、ここまでくると内部でロックが外れ、二段目のヘリコイドが繰り出せるようになります。二段目のヘリコイドを見一杯まで繰り出したのが右の写真ですが、この状態で撮影倍率は1.4倍に達しています。光学系をこれだけ繰り出した状態でも偏芯を起こさず光学性能を一定水準に保てるわけですから、レンズの製造工程には非常に高い工作精度や精密な組み立て、品質管理が要求されたに違いありません。マクロ・ヴィノンは当時の技術の粋を集めて作られた最高のマクロ撮影用レンズだったのです。

参考文献
[1]STEINHEIL MUNCHNER OPTIK MIT TRADITION
[2]公式カタログ:MACRO OBJECTIVE für EXAKTA, STEINHEIL OPTIK (1966)

左は1段目のヘリコイドを目いっぱい繰り出した状態です。このとき内部でロックがはずれ2段目のヘリコイドが出せるようになります。2段目を目いっぱい出した状態(右)で撮影倍率は1.4に達しています




入手の経緯
本品は2009年の11月にeBayを介して米国LAのカメラ業者から僅か375㌦の即決価格(送料込みの総額は400㌦)にて落札購入しました。出品者は誤ってレンズ名をマクロ・テレキナーと記して販売していたのです。しかも、レンズは希少価値の極めて高いM42マウント版です。中古市場に出回っている製品個体は殆どがEXAKTAマウントのモデルですから、M42マウントを実際に目にするのはこの時が初めてでした。これはラッキーと思い二度と訪れないチャンスを逃がすまいと「即決購入(Buy it now)」のボタンを押したところ「あなたがこの商品のページを表示している間に誰か他のバイヤーが購入しようとしている。その購入者は現在、価格交渉中なので早く支払った人のものになる(和訳)」とeBayのエージェントが緊急性を示してきました。一刻を争う事態なので、即決価格で落札しサッサと支払ってしまいました。購入当時の国内相場はexaktaマウントのモデルで10万円、eBayでは700㌦前後です。M42マウント用ともなればもっと高いでしょう。商品の解説は「長い間人気のマクロテレキナー。カビなし、へこみ傷もなし。僅かにチリが混入しているが清掃すれば除去は容易だ。レンズは凄く凄く良い状態で8.5/10ポイント。フードと純正キャップ、ケースが付く」とのこと。解説文で「凄く」を連呼していたので出品者の商品に対する自信を感じました。しかし、届いた品は傷やクモリなど大きな問題こそないものの、レンズ内にチリやゴミの混入が激しく、ホコリまみれの空き家みたいに酷い状態。清掃しなければ撮影はできないため、自宅近くの専門店に持ち込んでオーバーホールしてもらうことになったのでした。
オーバーホールから帰ってきたレンズはクリーンでクリアな状態に蘇りました。レンズを綺麗にして初めて分かったことですが、前玉の中央に点状の小さな打撲傷がみつかりました。レンズというものは清掃して綺麗になると、逆に様々な粗が見えるようになります。もちろん、写りには全く関係のないものです。
このレンズは6年間所持し、ブログ用の作例を撮った後に手放しました。私はコレクターではありませんので、ブログで使用したレンズは基本的に手放します。今所持しているレンズを絶滅させブログをやめるつもりです。レンズはeBayにて入手額400ドルのスタート価格で出品しましたが入札が殺到、途中で「いくらなら売るつもりだ?」とか、「1000ドルで売ってくれないか」など直接交渉のオファーが絶えない大変な人気ぶりでしたが、最後は1300ドルの高値で落札され、次のオーナーの元に旅立ちました。
重量(実測)494g, マウント形状 M42, フィルター径 54mm, 最大撮影倍率1.4倍(ワーキングディスタンス:4cm), 絞り羽 5枚, 絞り値 F1.9-F22, 光学系 4群6枚ダブルガウス型, 2段ヘリコイド仕様, M42, Exakta, Nikon Fマウントが存在する。シリアル番号から1965年前後に製造された製品であることがわかる


 
シュタインハイルのマクロシリーズ純正フード。2段構成になっており、1段目で35mmのQuinaron, 2段で55mmのQuinonに対応する。フィルター径(内径)は54mmの特殊な規格である

撮影テスト
マクロ撮影用レンズとは言っても口径比がこれだけ明るければポートレート用にも使用できるし、風景撮影にも対応できる広い画角をもっています。画質はやはり近接域でも十分に安定しており、開放からスッキリとヌケがよく解像力やコントラストは十分です。遠方撮影時にもフレアは出ず、とてもよく写るレンズです。
背後のボケはマクロ撮影に特化したことによる反動のため、ポートレート域で硬く、ザワザワと形をとどめた特徴のあるボケ味になっています。一方でターゲットとなる近接域では柔らかい綺麗な拡散に変わります。前ボケは距離によらず柔らかく、きれいに拡散しています。発色はとてもよく、現代のデジカメで用いても色鮮やかな写真が撮れます。さすがに、手持ちで近接域を開放F1.9で狙うのは被写界深度が薄すぎるため困難です。近接撮影の場合は三脚を立てて使うことになります。
F5.6, sony A7(AWB) これは、素晴らしくよく写るレンズである



F5.6, sony A7(AWB) 発色は良好だ




F5.6, eos kiss x3(AWB)三脚使用 : これだけ寄ってこの解像力はたいしたもの。フローティング機構のない古典的なマクロレンズとは言え、性能の高さには驚かされる



F5.6, sony A7(AWB)





F8, eos kiss x3 (AWB) 解像力、コントラストは十分






F5.6, sony A7(AWB)


続けて銀塩撮影による結果

F8, 銀塩撮影(Fujifilm C200カラーネガ)

F4, 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400カラーネガ)






F4, 銀塩撮影(Kodak Ultramax 400): 
F5.6,銀塩撮影(Kodak Ultramax 400)
F1.9(開放), 銀塩撮影(Kodak UltraMax 400)
F4, 銀塩撮影(Rollei Retro80S モノクロネガ)
F4, 銀塩撮影(Rollei Retro80S モノクロネガ)

過去の古いバージョンの記事(Rev.1)はこちらのアーカイブに移動しました。できれば、もうみないでください。

2010/03/07

Tomioka AUTO REVUENON 55mm/F1.2 (M42)
富岡光学 オートレフエノン



M42マウント用レンズの規格でF1.2の大口径を実現するには、後玉側の絞り連動ピンが邪魔になる。こうした困難を乗り越えるために本レンズでは極めて大胆な設計が導入された。後玉のガラスの一部を削り落としてしまったのである

OEMブランド 第三弾
後玉を削り落とした執念の傑作

 富岡光学は日本光学工業(現ニコン)のレンズ設計主任であった富岡正重が1924年に同社を退社後、旧東京市に設立した光学機器メーカーだ。戦時中は大砲や零戦の照準器などの光学兵器の製造を事業の柱に据え、その傍らで高性能な工業用レンズを製造していた。工場は1945年5月の爆撃によって焼失したが、終戦後の1949年に青梅市に疎開させておいた設備の一部を用いて事業を再スタートさせた。その後はヤシカの傘下に入り、カメラ用レンズや複写機用レンズなどを製造した。コンタックス用カールツァイスレンズを製造するなど技術力は国外からも高く評価されてきた。ローザー、トリローザー、トミノンなどの自社ブランドによるレンズも供給していたが、次第にOEM製品が中心となっていった。京セラとヤシカの合併を経て現在は京セラオプティックへと社名を変更している。富岡光学は優れた技術力により戦後のカメラ産業を陰で支えてきた一流名門企業である。
今回入手したのは富岡光学が製造したレンズの中でも絶大な人気を誇るAUTO REVUENON 55mm/F1.2である。確かなことはわからないが1970年頃に製造されたと言われている。REVUENON(レフエノン)という名はドイツの通販会社Quelle(クエレ)のカメラ部門REVUEが扱っていたOEMブランドで、このブランドの幾つかの商品を富岡光学が受注生産していたのだ。このレンズの特徴は何といっても、開放絞り値がF1.2と抜群の明るさを持つことであろう。本品以外にはコシナの製造した55mm / F1.2と、暗視スコープ用のNo-irisレンズCYCLOP-M1 85mm/F1.2(ロシア製)があり、いずれもM42マウント用レンズの規格として実現可能なギリギリの口径比を持つレンズだ。
本レンズにはコーティングの異なる2種類の個体の存在が知られている。一つはガラス面がホワイト・ゴールドに輝く単層コーティングのレンズであり、もう一つは若干数が製造されたタイプで、ホワイト・ゴールド色にパープルのかかったマルチコーティングのレンズである。両者には外観上の差異はなく、双方あわせて約3500本が製造された。富岡光学の製造した55mm/F1.2のレンズには他にも幾つかの姉妹品が存在し、CHINON, COSINON, YASHINONなどの名でも製品化されていた。また、若干数であるが自社ブランドTOMINON銘を冠する製品も存在し、希少価値の高さから市場では他のブランド銘の品よりも高値で取引されている。対応マウントはM42とペンタックスPKまで確認したが、他にもあるかもしれない。美しい輝きを放つコーティングと合皮のローレットが高級感を醸し出しており、とてもゴージャスはレンズだ。
富岡光学は優れたレンズを世に送り出していたが、OEM供給が主体であったため表舞台にはあまり登場することがなかった。そのことが知る人ぞ知るレンズという印象を与え、国内外のマニア達のハートをガッチリとつかんでいるようだ。自らを「信者」と称する熱狂的なファンがついているため、大胆な事を書くとこのブログも攻撃対象になってしまう。どうひまひょ。

重量: 337g , 最短撮影距離:0.5m, フィルター径:55mm, 焦点距離/絞り値: 55mm/F1.2-- F16, 鏡胴には絞り機構のAuto/Manual切り替えスイッチがある。後玉側のマウント部からは絞り連動ピンが出ている。後玉径が大きいため、ピン押し用の天板がついたアダプターを装着すると、無限遠近くで天板とレンズの後玉枠が干渉してしまう。マウントアダプターを装着する際には注意が必要で、本品には天板なしのアダプターを用いなけらばならない。連動ピンを押し込んで固定させることができれば、EOS5D等フルサイズセンサを搭載したカメラでもミラー干渉せず普通に使用が可能のようだ

★入手の経緯
今回入手した品は2009年12月にドイツ版eBayに出品されていたものだ。商品の記述には「光学系、外観とも綺麗だがローレット部の合皮が一部収縮して短くなり、つなぎ目が開いている」と書かれていた。WEBで調べたところ同様の不具合がREVUENONの古いレンズで多発しており、このブランドに特有の持病であることがわかった。出品当初のオークションの記述欄にはドイツ国内への配送に限定した商品であると書かれていたが、中国人バイヤーが掲示板で国際郵送に対応可能かどうかを問い合わせ、出品者から可能との返答を受けていたので、このまま私も入札に加わることにした。本品は国内の中古店相場が8万円~9万円、ヤフオク相場は6~7万円。eBayでも500㌦~600㌦程度する高級品である。懐事情を考えると私には到底落札などできる品ではない。一応入札はしてみたものの最初から諦めムードのため、スナイプ入札などは考えもしなかった。やる気のないまま前の日に210ユーロ(約27000円)の上限額を設定したまま放置しておいたのである。ところが翌日になって奇跡がおこった。何と僅か177ユーロ(約22500円)で落札されていたのである。出品者も取引連絡の中で「この品には誰も注目していなかったようだ。あんたはラッキーだねぇ。」と言い放っていた。ただし、ドイツからのDHLによる配送費用はバカ高く、40ユーロ(約5000円)もかかった。

ローレット部の合皮(モルトプレーン?)が収縮しつなぎ目が開いてしまう症状。REVUENONシリーズに良くある持病だ

★試写テスト
本品の最大の特徴は開放絞りにおける柔らかい結像と滑らかなボケ味、線の細い繊細な描写である。被写界深度は極めて狭く、きちんと合焦させるのは難しいが、ピント面にはしっかりと芯があるので、丁寧にピントを捉えれば絞り開放でも、そこそこシャープに結像する。アウトフォーカス部では二線ボケの傾向があると耳にしていたがテスト撮影では検出できなかった。少し絞ればピント面の結像は均質かつ大変シャープになり、繊細な線の細い描写にかわる。開放絞り付近では発色がやや淡泊でコントラストは控えめだが、F2あたりまで絞れば程よいレベルに改善する。
後玉を削ってまで実現した開放絞りF1.2にはどれだけの効果があるのだろうか。富岡光学の製造した55mmの標準レンズには開放絞り値がF1.4の製品も存在し、本品の半値以下の相場で売られているので、本品よりもこちらを購入するという選択もある。

F1.2(開放絞り;中距離)被写界深度が極めて浅いことがわかる(新宿区明治通り)

F1.2(近接) 開放絞りで接写撮影となると、このとおり視差が大きくボケは深い。ピント面はカミソリの刃のように薄いので、ピント面付近の結像もポワーンとソフトになってしまう。それにしても実に柔らかい描写だ。ただし、開放絞りではコントラストが少し低下気味である

F1.2/F1.4/F2/F4(中距離); ピント面のシャープネスの比較。開放絞りにおいても合焦面はシャープに結像し、芯のあるしっかりとしたピント面が得られる

上・下段ともF1.2/F1.4/F2/F4において中距離でボケ味を比較した撮影結果。F1.2とF1.4にけるボケ具合の僅かな差異を肉眼で判別することはできない。絞るとコントラストが向上している

F2 開放絞りからF2あたりまでは絞り値の変化に対しコントラストの改善が顕著だ。画質的にはF2が一番おいしい
 F2.8(中距離)三角コーナー:新宿区新大久保 
F4(近距離)細部まで解像されている。ここまで絞り込めばかなりシャープだ

 
F5.6 ここまで絞り込めば極普通の描写である。鹿児島→沖永良部島のエアコミューター
F8(遠景) 遠距離での撮影結果(新大久保で見つけた戦艦風のへんな建物)

★使用機材: Tomioka REUVENON 55mm/F1.2 + Eos kiss x3 + minolta hood (内径57mm)

絞り値f1.2とf1.4で撮影した画像を並べてみても、どちらがf1.2のものであるのかを肉眼で判別することはできなかった。残念ながら後玉を削ってまで実現したf1.2の優位性は極僅かなレベルであるといえる。しかし、がっかりしてはいけない。本レンズは何と言っても伝説のTOMIOKA銘を冠する逸品。カメラマンの所有欲を満たし、撮影に対する意欲を高揚させるなど、撮影者の心理面に及ぼす効果は大いに期待できる。本レンズを使えば良い写真が撮れるかもしれないという期待から、カメラマンの感性や集中力はいっそう研ぎ澄まされ、本当に良い写真が撮れてしまうのだ。開放絞りf1.2のアドバンテージは全く無いとは言いきれない。

2010/03/02

BEROGON 35mm/F3.5 (M42) ベロゴン

OEMブランド第二弾

ISCO製か? 旧西ドイツで生まれた謎のレンズ

 通常、レンズの銘板には製品のブランド名に加え、製造したメーカー名の刻印が記されている。しかし、オールドレンズの中にはメーカー名の無い製品がある。例えば有名なところでは、米国のVivitarやドイツのRevuenonなどのブランド製品である。これらはいわゆるバイヤーズブランドと呼ばれるものであり、通販会社や写真機材専門店などのディーラーが中小規模の光学機器メーカーと手を組んで製品化したブランドだ。発注元のディーラーは自社の販売網を提供し、製造メーカーは覆面商品をOEM供給するという相互依存の関係になっている。覆面とは言っても、製品の特徴を見ればどのメーカーが製造したものであるのか、多くの場合には直ぐに判明する。日本製のレンズではコシナや富岡光学などの製品が有名であり、数多くの銘玉を生み出している。しかし、中には製造元が全くわからないものもある。今回入手したBEROGONはそういう類のレンズである。困ったことに手がかりすらない。
 BEROGONを手にした最初の印象は、コンパクトで洒落たデザイン、そして重量が軽いことなどである。重量は実測値でたった148gしかない。光学系の構成は不明だが、開放絞りからそこそこシャープな結像を示し、ボケ味は硬め。収差は比較的小さく、画像周辺部まで均質で整った結像が得られ、癖のない色濃く自然な発色を示すなど、テッサー型のレンズに共通する特徴を感じる。描写は本ブログでも取り上げたマクロキラーやインダスター61L/Zに近い。おそらくテッサー型をベースとし、最前面に凸レンズを追加することによって包括角を広げ、レトロフォーカス化したものが本レンズの設計ではないだろうか。対応マウントはM42に加えエキザクタが存在する。
 ドイツの掲示板には本品がISCOによって製造されたとの自信たっぷりの記述を見つけることができる。Iscoの製品にはBeroを接頭語とするBerolinaブランドがあるからだろう。証拠は提示されておらず、予想の域を脱していない。他の候補としてはプラスティックの材質やデザイン、銘板に刻まれた字体の特徴からENNA社、もしくは同社のLithagonブランドと関連の深い製造プラントではないかとも思われる。はたして製造元はどこなのであろうか。
重量(実測):148g, 絞り値/焦点距離: F3.5-22/ 35mm, フィルター径:49mm, 最短撮影距離: 0.6m, 絞り機構: プリセット。レンズ構成は不明だが、前玉が奥まったところにあるのでフード無しでもある程度はフレアを防止できる

★入手の経緯
本品は2010年2月にYAHOOオークションを通じて神奈川の個人から7500円で落札購入した。オークションの記述は簡素なものであったが写真が鮮明であり、悪い記述が見あたらなかったので、そのまま入札に加わる。オークションは6500円でスタートしたが自分を含め3人の入札があったのみで、たいして盛り上がらなかった。おかげで安く入手できた。届いた商品の状態は良く、いい買い物であった。久々にヤフオクでのショッピングだが、eBayに比べ安全度が高いことを改めて実感した。ちなみに本品のeBayでの相場は100--150㌦くらいであろう。

★撮影テスト
F3.5とやや暗めの設計だが、開放絞りから実用的な描写力を持っている。

●ピント面は絞り開放から大変シャープ
●ボケは浅く硬めのティストで、アウトフォーカス部がやや煩くなる時がある
●すっきりとヌケが良く写る
●ガラス面のコーティングが単層のため逆光には弱く、ゴーストやフレアが豪快に出る
●画像周辺部の歪みは小さく結像が流れるようなことはなかった。周辺減光も気になるレベルではない
●グルグルボケの心配は無い
●発色は濃い。癖は無く自然であり、色の再現性は良好だ

F3.5 絞り開放でこの描写とは実に素晴らしい。シャープな結像と癖のない自然な発色だ

F3.5 開放絞りにおいてもピント面には解像感がある。ボケ味は硬めなので背景がザワザワと煩くなることがある。赤や緑の発色は色濃く、色の再現性は高い

F3.5 画像周辺部まで歪みは少ない。色の再現性は高く、カメラ側の設定に頼る必要はない

F5.6 実にすっきりとしたヌケの良いレンズである
F5.6 ガラス面に施されたコーティングが単層なので、逆光に弱くフレアが出やすい。ただし、フレアも使い方によっては上手く活用できる。幻想的な写真を撮るときには好都合な場合がある

F5.6 調子にのって羽目を外すと、このとおりに火傷する。物凄いゴーストとフレアだ

F5.6 岩の質感を上手く出すのはとても難しい。乾いたコンクリートの様な岩質になってしまうからだ。全体が暗くならない程度で露出をアンダー目にとり、ギリギリの補正をかけている

無名のレンズということもありBEROGONは安物だったのであろう。しかし、高い描写力を持つ優れたレンズであることは間違いない。おそらくは技術水準の高い名のあるメーカーが供給していたはずだ。どなたか情報をお持ちの方がおりましたら、ぜひ手がかりをお寄せください。

★撮影環境:BEROGON 35mm/F3.5 + EOS Kiss x3 + PENTACON HOOD

 

なぜ癖玉や珍品を好んで手に入れるのかと尋ねられることがあるが、どうも私には子供じみた変身願望があり、それを癖玉探しに求めているようなのだ。常識では理解できない凄い癖玉を探し求めているのである。例えて言うならば、製造メーカーは不詳、外観のデザインは平凡、描写力は全く駄目という具合に冴えないレンズなのだが、特定の使い方をしたり厳しい撮影条件下にさらすとレンズ工学的に型破りな性質が発症して、他のレンズでは到底真似できないようなとんでもない描写力が引き出せるレンズである。はたして、そんな凄い癖玉に出会うことは今後あるのだろうか。

2010/02/26

Fujita JUPLEN 35mm/F2.5 (M42) 藤田光学工業


OEMブランド第一弾
1957年登場。国産初の一眼レフカメラ用広角レンズ

 日本で初めて35mm一眼レフカメラが発売されたのは1952年(昭和27年)のことで、旭光学(現ペンタックス/HOYA)が市販化したアサヒフレックスI 型である。しかし、発売当初は交換レンズのラインナップに広角レンズが存在しなかった。
 一眼レフカメラ用の広角レンズは1950年にレトロフォーカスと名付けられた新しい設計によって実現可能になり、フランスの光学機器メーカーANGENIEUX(アンジェニュー)が世界で初めて広角レンズ(35mm/F2.5)を市販化した。旧東ドイツからは1952年にカールツァイス・イエナが同じ設計に基づくFLEKTOGON 35mm/F2.8を発売した。日本ではレトロフォーカス型広角レンズの開発が遅れ、アンジェニューによる市販化から7年経った後にようやく最初の国産品が現れた。1957年から藤田光学工業(株)が米国への輸出向け商品として製造したJuplen 35mm/F2.5である。
 同社は1956年にFUJITA 66という名の中判一眼レフカメラ(6x6cm判)を発売し注目されたメーカーだ。1967年5月の記録によると、このカメラはアメリカ・カナダ・フィンランド・スウェーデン・スイスなど世界30カ国へ年間12000台以上を輸出していた。それでも生産が間に合わず、受注の半分の量だったという。1957年からはM42マウント、Argus Cレンジファインダー、エキザクタ、アサヒフレックスなど幾つかのマウントに対応するレンズを生産した。レンズのラインナップは単焦点レンズだけで35mm/F2.5から400mm/F5.5まで9種類あったという。製造した自社ブランドにはFujita, Fujitar, Kalimar, and Kaligarなどがある。これらのレンズは北米を中心に様々なブランド名でOEM供給され、バイヤーズブランドにはOptinar, Peerotar, Soligor, Accura/Accurar, Taika Terragon, Gamma Terragonなどがある。
 藤田光学工業は1958年から国内でもJUPLENと同一の製品をFujitarのブランド名で発売した。鏡胴のサイズはAngenieuxやFlektogonよりも大幅にコンパクトであるが重量はほぼ同じなので、手に持った時の感触は予想以上にズシリと重い。絞りはカメラとの連携を一切おこなわないプリセット機構が採用されている。フジタ製レンズのプリセット機構はハッセルブラッドのCレンズに似ており、絞りリングの側面にあるボタンを押してあらかじめセットした絞り値を記憶しておくという仕組みになっている。開放絞り値をF2.5という半端な数値にしたのはAngenieux 35mm/2.5を意識したのであろうか。対応マウントにはM42, エキザクタ, アリフレックスなどがある。国産品としては珍しいゼブラ柄のデザインを採用し、オールメタルの存在感ある鏡胴が外観面の特徴だ。
 APS-Cサイズのセンサーを搭載したデジタル一眼レフカメラが主流となった今現在、人の目に近い画角を持ち、使いやすさと携帯性を両立させた焦点距離35mmの準広角レンズの存在意義は、ますます重要になっている。JUPLENはカメラ王国の日本が初めて市販化した一眼レフカメラ用広角レンズの第一号という位置づけにある記念すべき製品なのだ。


焦点距離/絞り値:35mm/F2.5--F22, 最短撮影距離: 48cm, フィルター径: 49mm, 重量(実測)232g,  カメラとの連携を一切おこなわないプリセット絞りなのでマウント部に絞り連動ピンは出ていない。絞りリングの側面から突きだしたボタンは絞りリングのストッパーとして働く。JUPLENと銘打たれたオリジナル・フロントキャップはたいへん個性的だ

純正の皮ケースが付属していた。前玉周りの名板にあるH.Cのイニシャルは何を意味するのであろうか?

★入手の経緯
 eBayを介し米国コネチカットの業者から2010年2月7日に落札購入した。レンズの状態については「とてもとてもクリーンなガラス」とあるのみで詳しくはなかったが、掲載されていた商品の写真が鮮明であり、出品者に対して事前に絞りリング等の機械動作が軽快であることの確認をとっておいたので、安心して入札できた。本品は入札の締め切り10時間前に57㌦の値をつけていた。値動きがあったのは1分前で一気に100㌦まで跳ね上がり、10秒前には137㌦まで上昇した。私は170㌦で自動入札を設定しておいたので難なく落札できた。送料35㌦込みの値段でも172㌦(約15700円)。 届いた品は状態の良い品であった。

★試写テスト:うーん。これぞ癖玉だ
JUPLEN 35mmを使ってみた感想は下記の通り。

●発色はクラシックレンズらしく淡泊・・・淡くて薄く、味わい深い。暖色系が強めに出る
●開放絞り付近ではソフトな結像になる。シャープネスは低い
●ボケは粗く乱れ気味。近接撮影時においてはアウトフォーカス部の結像が激しく崩れることがある
●絞り開放で撮影するとリングボケや二線ボケなど輪郭を強調するタイプのボケが強く発生し、撮影シーンによっては目障りになる。球面収差の補正が過剰気味のようだ

良くも悪くも古いレンズの特徴が強く表れ、現代のレンズとは異質の描写だ。国産初の広角レンズというだけあり収差の補正には改良の余地がたっぷり残っている。癖玉といってしまえばそれまでだが、そのおかげで個性的な面白いレンズに仕上がっている。

F2.5(左)/ F4(右): 開放絞りは結像がかなりソフトになる。コントラストは低く暗部に締まりが全くないため、この様にゆる~い雰囲気になる。ボケ味には滑らかさがない

こちらも開放絞りF2.5(上)とF4(下)における比較。ピント面は中央部レバーの根本辺りにとっている。開放絞りでは結像が甘く、ハイライト部がポワーンと輝いている

F4 暖色系(黄色)がやや強めのようだ。緑の草の葉や背景が現物よりも黄色っぽく、かつ若干薄め。花の紫色は現物の方がもっと青っぽい。最短撮影距離での撮影の場合、シーンによっては背景のボケ味が粗くガサガサと乱れる

F2.5(上段)/F4(下段) こちらも近接撮影。開放絞りではアウトフォーカス部の結像が滑らかさを欠いた目障りな乱れ方を示す

リングボケや二線ボケが出やすいので開放絞りの付近では球面収差の補正が過剰になるように思える

F2.5 このレンズの場合、接写をしない限りアウトフォーカス部の乱れは小さいので、思い切って絞りを開き、このレンズが本来持っている柔らかいボケ味を引き出すのもよい

F5.6  いずれにしても1~2段絞っておけば全く問題のないレンズだ

★撮影環境: EOS Kiss x3 + Fujita JUPLEN 35/2.5 + PENTACON Hood(径49mm)

PENTACONのフードがまるで純正フードであるかのように良く似合う

F2.5 38歳の誕生日を迎えたSPIRALを妻がJUPLENでパシャリ。またも内緒で新しいレンズを購入した事に妻は全く気付いていない
 
 開放絞りでの悪い描写ばかり指摘したが、シーン選びさえ間違えなければ開放絞りでも何ら問題はない。癖玉と言い切ってレンズのせいにしてしまうのではなく、撮影者がレンズの性質をきちんと把握し適切に使用することで、レンズの個性を最大限に発揮してやれば、レンズはカメラマンの意図に必ず応えてくれる。
 JUPLENの良さは何といっても独特なデザインであろう。こんなのを一眼レフカメラに付けていたら、誰だって「おおっ、何だアレ」と振り返る。生産された数が少なく希少価値が高いため、最近はFujitaブランドのレンズを集める収集家も現れてきた。JUPLENはタレント的な要素をもつ魅力的なレンズである。