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2015/03/24

【続】Schneider Kreuznach Xenotar 80mm F2.8 撮影テスト第2弾(中判6x6フォーマット編)

Xenotarは開放からシャープでヌケが良く、四隅まで解像力があり、背後のボケにユラユラとした不思議な特徴のでるレンズである。リンホフやローライフレックスなど一部の高級カメラにのみ供給されていた経緯もあり、マニア層を中心に熱狂的な愛好者がいることでも知られている
清涼感のある上品な写りが魅力の高性能レンズ
Schneider Kreuznach XENOTAR(クセノタール)80cm F2.8
Lens Test by Medium format CAMERA
3年前に書いたXenotarのブログ記事ではレンズの撮影テストに35mmフォーマットのデジタルカメラと銀塩カメラを用いたが、今回はいよいよ中判カメラによる撮影テストである。このレンズは推奨イメージフォーマットが中判フィルム(6x6フォーマット)に指定されており、規格どうり用いると35mm版換算で焦点距離43mm相当の標準レンズとなる。また、口径比F2.8は画質的に無理がなく、35mm換算でF1.5相当の大きなボケ量が得られるなど表現力も充分である。中判カメラで用いればレンズの潜在力を存分に引き出すことができるであろう。
 
Compur #1マウント, 重量(実測)184g,  S/N: 115*****(1970年に製造された157ロットの中の1本), フィルター径 49mm, 絞り羽 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), 構成は4群5枚のクセノタール型。このレンズはシャッターを内蔵していない仕様のため、おそらくフォーカルブレーンシャッターを持つフォールディングカメラ(Speed Graphic等)に搭載され使用されていたのであろう

今回、レンズをはじめて中判カメラで用いたところ、自分の知っているシュナイダーらしい色味がこのXENOTARでも顕著にみられるようになった。それは、ほんのりと青味がのり上品で清涼感のあるクールトーンなまとまり方をする描写のことである。この描写傾向はシュナイダー製レンズではクセノンの戦後型にもよく見られる。上手く使いこなせば見慣れた日常のワンシーンを良く晴れた日の清々しい朝の風景に変えてくれるに違いない。階調描写は中判カメラで用いる方がなだらかで軟らかく、35mm版カメラで用いる方が鋭くシャープな写りであった。では、写真作例を見てみよう。
  
撮影機材
CAMERA: BRONICA S2(中判6X6フォーマット)
FILM(ブローニー判・銀塩カラーネガ): FUJIFILM PRO160NS / KODAK PORTRA 400
露出計: SEKONIC Studio Delux L-398
クセノタールのフランジバックはブロニカ本体の規格より短いため無限遠のフォーカスを拾うことはできず、撮影は近接域のみとなる。無限遠のフォーカスを拾うにはレンズをカメラ本体の内部に沈胴させるかテレコンを使うなどの工夫が必要である。沈胴させる場合は鏡胴の細い前期型のみ可能で、鏡胴の太い後期型ではブロニカのマウント開口部に収まらない。
F5.6, 銀塩撮影( Fujifilm Pro160NS, 6x6)+Bronica S2:マクロ域にもかかわらず解像力は良好で四隅まで安定感のある写りである。階調はなだらかに推移しており暗部には締りがある



F5.6, 銀塩撮影(Fujifilm Pro160NS, 6x6)+Bronica S2:全体的にほんのりと青味がのり美しい仕上がりになっている。このネガフィルムは本来はノーマルな発色で知られているものの、クールな仕上がりとなった




F2.8(開放), 銀塩撮影( Fujifilm Pro160NS, 6x6) +Bronica S2:開放で近接域にも関わらず、収差的に安定しており、滲みの付け入る隙がない




F8, 銀塩撮影( Kodak Portra 400, 6x6)+Bronica S2:近接域に限定した撮影では一般に収差変動の結果からボケ味はどの作例でも柔らかくなる。Xenotar本来のボケ味を見るにはポートレート域で撮影しなければならないが、今回はその願いはかなわなかった。ポートレート域ではもう少しザワザワするものと思われる




35mm版カメラでの作例
2年前に撮影した35mm版カメラによる撮影結果も参考までに少しだけ示しておこう。1枚目が銀塩カラーネガによる作例、2枚目がデジタルカメラによる作例である。
F5.6 Black model,銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) : やはり35mm判カメラでは、より鋭くシャープな写りになる印象をうける
F4, Compurシャッター搭載モデル, Nikon D3 digital, AWB: 一段絞るだけで衣類の質感やホコリなどが細部までしっかりと解像されている

2013/12/09

KMZ VEGA-3 50mm F2.8 (Zenit 4/5/6 VIZ."Zenit-DKL")



銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART4: VEGA-3 50mm F2.8
やはり存在した!デッケルレンズのロシア版コピー
Vega-3(ベガ3)はロシアのKMZ社が旧ソビエト時代の1964年から1968年まで生産したZenit-4(ゼニット4)という一眼レフカメラに搭載したレンズである。カメラの方は4年間で19740台生産され、そのほぼ全てにVega-3が標準搭載されていた。Zenit-4はフォクトレンダー社が生産した一眼レフカメラ(デッケルマウント採用)のBessamatic (ベッサマティック)から産み出されたコピーカメラであり、Vega-3は紛れもなくロシア版デッケルレンズなのである。このカメラの交換レンズには他にRubin-1 37-80mm F2.8というズームレンズも存在していた。Rubin-1(ルービン1)はKilfitt(キルフィット)社がフォクトレンダーブランドとしてOEM供給した世界初のスチル撮影用ズームレンズのZoomar(ズーマー) 2.8/36-82mmから生み出されたコピー製品である。Vega-3にしろRubin-1にしろマウント部の形状はBessamaticと完全に一致するので、デッケルレンズ用アダプターに装着することが可能で、私の所持している中国製DKL-M42アダプターとDKL-Nikon Fアダプターでは絞りの連動も問題なく行えた。ところが通常のデッケルレンズよりもフランジバックが長く、正しい距離でフォーカスを得ることができない。レンズとカメラの間にスペーサーを入れフランジ長を補正する必要があることがわかった。さぁ、どうする。
重量(実測)100g, フィルター径 40.5mm, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 1m, 焦点距離50mm, 開放絞りF2.8, 構成4群5枚Xenotar型, Zenit-4/5/6マウント。レンズ名の由来は七夕の織女星(琴座の一等星)Vegaである

Vega-3の設計構成(下図)は高解像で硬階調な描写を特長とする4群5枚のXenotar /Biometarタイプである。構成図をよく見ると旧東独Zeiss JenaブランドのBiometarよりも旧西独のSchneider社が設計したXenotarに近い丸みを帯びたダルマのような形状になっていることがわかる(こちらを参照)。この丸みは元を辿ればXenotarタイプの母型となったTopogonの光学系から来ており、非点収差の補正効果を高める働きがある。Vega-3がXenotar同様にピント部の均一性と周辺画質(画角特性)を重視したレンズであることを意味している。
Vega-3の光学系。Zenit-4の技術資料からトレースした。左が前方で右がカメラ側となる。構成は4群5枚の典型的なXenotarタイプである
フランジバックの調整
Vega-3が採用しているZenit-4/5/6マウントは通常のデッケルマウント(Retina/Voigtlander-DKL)よりもフランジバックが2~3mm長く、そのままデッケルレンズとして用いると、無限遠の指標点でフォーカスがオーバーインフとなってしまう。指標どうりの正しい位置でフォーカスを拾うにはスペーサー(フランジ調整リング)を入れフランジバック長を補正しなければならない。レンズをミラーレス機で使用するならば解決ははやく、最近はやりのヘリコイドアダプターを用いてアダプターの伸縮によりフランジ長を補正すればよい。この場合は、例えばDKL-M42アダプターでレンズのマウントをいったんM42に変換し、M42ヘリコイドアダプターを介して各種カメラマウントに変換すればよいであろう。一方、レンズを一眼レフカメラで使用する場合には、いったんDKL-M42マウントアダプターを用いてマウントをM42に変換し、M42ネジに2~3mm厚のスペーサーを填めるのが簡単である。ネジマウントの構造はシンプルなのでスペーサーを填めるには好都合なのである。ただし、レンズをNikon Fマウントに変換する場合はM42-Nikon Fアダプター(補正レンズなし)を入れるだけで約2mm厚のスペーサーを入れることと同等になり、運がよければフランジ補正不要のままNikon Fマウントのカメラで使用できる。より精確なフランジ補正をおこないたいなら、ここから更にスペーサーを用いた0.1mmレベルの微調整が必要になる。この手のスペーサー(M42フランジ調整リング)はヤフオクで金属製のものが入手できる。プラ板やポリエチレン板などで自作してもよい。
DKL-M42アダプター(右)のマウントネジに自作のフランジ調整リング(黒い金属のリング)をはめ、その上からM42- Nikon Fアダプター(左)を用いてNikon Fマウントのカメラに搭載してみたところ、無限遠のフォーカスをほぼ精確に拾うことができた



入手の経緯
今回紹介するレンズは2013年11月に英国のeBayメンバー(個人出品者)から手に入れた。この出品者はレンズばかりを売っているので素人ではないと判断し購入に踏み切ることにした。レンズは45ポンド(75ドルくらい)+送料10ポンドの即決価格で売り出されていたが、買い手のつく気配は全くない。値切り交渉を受け付けていたので35ポンドでどうかとリクエストしたところ、直ぐに私のものとなった。商品の記述は「ベリーグッドコンディション。ガラスはクリーン、絞りはスムーズ、概観はグッドコンディション。ヘリコイドリングのギザギザに少し汚れがある。半世紀前のレンズにしては良好だ」とのこと。この出品者の他のレンズに対する紹介文を読む限りではオーバーな表現はない。届いた品はホコリや拭き傷すらない良好な状態であった。eBayでの相場は70ドル程度であろう。

撮影テスト
使用カメラ Sony A7(α7) AWB
Xenotar型レンズといえば、一般に四隅まで高解像で硬階調な写りを特長とし、鋭く硬質な解像感とともに被写体を細部まで緻密に描ききることを得意としている。Vega-3も確かに解像力は高く、開放でも四隅まで破綻のない画質である。しかし、Xenotarのような鋭さや硬さはなく、開放での写りは明らかに軟調気味で、絞っても適度な軟らかさが保たれている。こうした描写傾向はこのレンズのオールドレンズ的な長所として評価してよい点であろう。デジタル撮影の場合は開放で色収差の滲みがみられ、ハイライト部の周りが薄らと色づく事があった。ボケが硬く、ザワザワと騒がしく見えるのはXenotar型レンズによくある傾向である。距離によっては僅かだが背景にグルグルボケもみられる。
F8, sony A7, ISO4000 (AWB): 絞っても階調描写は硬くならず、なだらかな濃淡変化を維持している



F4, sony A7, ISO2000 (AWB): 軟調な階調描写はシルバーを美しく引き立たせる効果がある




F8, sony A7, ISO6400 (AWB): 最近のデジカメは高感度に強い。これがISO6400の画質なのかと自分の目を疑いたくなる写りだ



F2.8(開放), Sony A7(AWB):  ピント部は開放でも高画質だ。後ボケはザワつき気味で、若干グルグルボケも出ている

2013/11/20

Schneider-Kreuznach Retina-Tele-Arton 85mm F4 (DKL)





銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART2Retina-Tele-Arton 85mm F4
四隅まで高画質な
Xenotarタイプの中望遠レンズ
Schneider(シュナイダー)社もまたデッケルレンズに力を注いでいたメーカーであり、その徹底ぶりは同社が誇る主力ブランドのほぼ全てをラインナップ展開していたほどである。主にレチナ・デッケル機の交換レンズとして広角レンズのCurtagon(クルタゴン)、標準レンズのXenar(クセナー)とXenon(クセノン)、中望遠レンズのTele-Arton(テレ・アートン)、望遠レンズのTele-Xenar(テレ・クセナー)を生産していた。今回取り上げるデッケル特集の2本目は同社がTele-Xenarの上位ブランドとして1957年から1971年まで生産し、中望遠レンズの中核に据えてていたTele-Arton 85mm F4である。このレンズは口径比がF4と控えめで最短撮影距離が1.8mと長いため人気はなく、WEB上にも写真作例は少ない。中古市場では手ごろな価格で取引されているレンズである。ところが使ってみると驚いたことに実にシャープな写りなのである。知れば知るほどこのレンズの正体に興味がわいてきたので構成図を探してみたところ、下の図のようなものが見つかった。何と4群5枚のXenotar (クセノタール)である。Xenotarと言えば高解像で硬階調、切れ味の鋭い描写を特徴とし、中大判カメラ向けに供給された同社が誇るプロフェッショナル用レンズとして知られている。中古市場では現在も500-1200ドル程度と高値で取引される高級ブランドであるが、対するTele-Artonはデッケルレンズ自体が全体的に安値で取引されることもあり、僅か100ドルから150ドルで手に入る。Xenotarのシャープな写りを手軽に楽しむことができる穴場的なレンズと言えるのではないだろうか。
Tele-arton F4/F5.5の光学系(左が前方で右がカメラ側):Australian Photography Nov. 1967に掲載されていた図をトレーススケッチした。レンズの構成は4群5枚の望遠Xenotar型であり、普通のXenotarよりも前後群の間隔が広い。このタイプのレンズ構成は望遠レンズによくある糸巻き状の歪曲を後群の正の空気レンズで効果的に補正できるという優れた長所がある。一方で焦点距離(望遠比)を大きくとると球面収差の短波長成分のみがオーバーコレクション側に大きくなる短所がある(「レンズ設計のすべて」辻定彦著参照)。シュナイダーの望遠レンズ(焦点距離135mmと200mmの2種)がTele-XenarブランドがらTele-Artonブランドに置き換わらなかったのには、こうした性質を憂慮したためではないかと考えられる。なお、Tele-Artonには大判用(6x9や5x4)に供給された口径比F5.5、焦点距離180 /240 /279 /360mmのモデルも存在する。こちらは登場が35mm判よりも少しはやく、180mmF5.5のモデルが1955年から登場している。また、リンホフ用に1968年8月から供給された180mmF4のモデルは例外的に3群6枚構成である
Tele-Artonは旧西ドイツのBraun(ブラウン)社から発売されたレンジファインダーカメラSuper Colorette II (1956-1959製造)の交換レンズとして1957年に登場し、その後、Kodak社のレンジファインダーカメラRetina IIIS (Bessamatic互換)が1958年に採用した新規格のデッケルマウントにも対応している。1962年にはRobot用に90mmF4のモデルが108本、Edixa用(M42マウント)に85mmF4のモデルが100本造られ、更に1967年にはデッケルマウントの90mm F4も登場している。WEB上では各所で90mmのモデルが85mmのモデルの後継品であるとする見解を目にするが、この解釈はどうも間違いのようである。90mmの登場後も85mmのモデルの生産は続き、シュナイダーの製造台帳では1971年に生産された85mmの個体を確認することができるからである。そこで台帳上にて90mmF4のモデルのルーツを追うと、同社が1954年に僅か5本だけ試作したLongar-Xenotar 90mm F4という試作品に辿り着く。この記録は90mmのモデルが85mmのモデルよりも早く開発されていたことを意味しており、Tele-ArtonがXenotarをルーツとするレンズであることを裏付ける証拠にもなっている。設計者はギュンター・クレムト(Günther Klemt )であろう。

入手の経緯
本品は2013年9月にeBayを介し米国の古物商から即決価格166ドル(120ドル+送料30ドル+関税等仲介手数料16ドル)で落札購入した。オークションの解説は「西ドイツ製のTele-Arton。硝子に傷やカビ、汚れ、その他の悪い部分はない。フォーカスはスムーズで絞り羽の開閉はスムーズだ。鏡胴には軽度な傷があるが依然として新品に近いコンディションである。純正ケース、箱、ステッカー、マニュアル(1959年印刷)がつく」とのこと。状態はよさそうである。届いた品には後玉のコーティングに極軽い拭き傷があったものの、実写には影響の無いレベルである。eBayでの相場は100-150ドル程度であろう。
重量(実測)130g, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 6ft(1.8m), フィルター径(専用バヨネット式), 4群5枚Xenotar型, Kodak-Retina(DKL)マウント。EOS5D/6D系では無限遠近くを撮影する際にミラー干渉する。マウント部の溝はレンズファインダー機に対応するための距離計連動カムである。初期のデッケルレンズにはこのカムが多くみられるが、フォクトレンダー製レンジファインダー機の製造計画が進まず消滅している




撮影テスト
前エントリーで取り上げたテッサータイプのColor-Skoparとは発色の傾向が全く異なることが一目瞭然でわかるはずだ。Color-Skoparはテーマを選ばずにどんなシーンでも万人受けする写りであるのに対し、Tele-Artonはシュナイダーらしい青みの強い発色を特徴とする上級者向けのレンズである。使い方次第では美しく幻想的な写真効果が得られるが、使い方を誤ると重々しい病的な雰囲気に呑み込まれてしまうので、このレンズを用いる際にはテーマを慎重に選ぶ必要がある。明らかに普通の写りではないので、ツボに填るとオールドレンズの底力(奥深さ)を体感できるはずだ。例えば明け方や日没間際の低照度な条件でハイキーな写真を撮ると、この世のものとは思えない素晴らしい写真が撮れる。反対にアンダー気味に撮ると重苦しい雰囲気が増すが、こうした性質を廃墟など無機質なものを撮る際に積極的に活用するという手もある。開放から解像力、コントラストなどの基本性能がずば抜けて高く、硬質感の高い鋭くシャープ階調描写はクセノタール型レンズならではの特徴である。ピント部は四隅まで高画質で、控えめな開放F値のためボケは概ね安定している。ボケ味がクリーミーになるという事前情報を得ていたが、どうもよくわからなかった。

撮影条件
フィルム撮影: カラーネガフィルム Fujicolor SuperPremium 400  1本分を使用
デジタル撮影: EOS 6D(遠方撮影時にミラー干渉が起こるのでミラーアップモードで撮影)

今回は事情があり、このレンズと長く付き合うことができなかった。2013年9月22日の午後に京都で開催されたレイノカイのお散歩撮影会で撮った8枚の作例をお見せする。

F5.6, フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): シャドー部がクールトーン気味の発色になるのはシュナイダーレンズの特徴だ



F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): 開放でも画質には安定感があり、四隅まで高解像でボケも素直だ



F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): この距離でグルグルボケが出ないのは口径比が控えめであるおかげだろう



F5.6, EOS 6D(AWB): こんどはデジタル撮影。フィルム撮影の時と同様にクールトン気味な発色傾向が得られている
F5.6, EOS 6D(AWB): 近接撮影でも画質は良好である。 デジタルカメラには不得意な紫の発色だが淡白になならず忠実な色再現である

F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):ハイライト部のまわにのモヤモヤ感は出ていない。開放からキッチリと写るレンズだ
F5.6(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):緑が黄色に転びやすいのはシュナイダーのレンズによく見られる傾向だ







F5.6, EOS 6D(AWB)::再びデジタル撮影。ご覧と通りに優れた解像力である

2012/04/02

Nikon New Micro Nikkor 55mm F3.5(Nikon F mount)


四隅までカリッと写る驚異の5枚玉:PART5(最終回)
小穴教授のDNAを受け継いだ
日本製Xenotar型レンズ

1954年春、Schneider(シュナイダー)社の新型レンズXenotar(クセノタール)は東京大学の小穴教授によって日本の光学機器メーカーのエンジニア達に紹介され、アサヒカメラ1954年7月号にはレンズを絶賛する同氏の記事が掲載された。これ以降、Xenotarは光学機器メーカーによって徹底研究され、メーカー各社から同型製品が数多くリリースされている。アサヒカメラの記事の中で小穴教授はXenotarの設計で口径比をF3.5にとどめるならば、新種ガラスを使うまでもなく、Xenotar F2.8を凌駕する更に優秀なレンズができることを世のレンズ設計者達に唱えている。小穴教授は日本光学工業株式会社(現Nikon)設計部エンジニアの東秀雄氏と脇本善司氏にF3.5の口径比を持つXenotar型レンズの開発を依頼していた。東氏は小穴教授と東大時代の同窓であり、脇本氏は小穴教授の研究室を出ているという親しい間柄である。
1954年3月初旬、依頼を受け開発に取り掛かっていた東・脇本両氏はF3.5で設計したXenotar型レンズの優れた描写力、特に開放からのずば抜けた性能にひどく熱中していた。その数か月後にはアサヒカメラに記事が掲載されるが、その頃にはレンズの試作品が完成、1956年10月には製品化に至っている。Nikonのマクロ撮影用レンズの原点Micro-Nikkor 5cm F3.5である。このレンズは同社のレンジファインダー機Nikon S用に開発されたものであるが、発売から5年後の1961年に脇本氏によって一眼レフカメラに適合させるための修正設計が施され、焦点距離を5mm伸ばしたMicro-Nikkor 55mm F3.5(Nikon Fマウント)として再リリースされている。
左はXenotarで右はMicro-Nikkor 3.5/55の光学系。個々のレンズエレメントの厚みに差はあるが基本設計は大変良く似ている
Xenotar/Biometar型レンズのシリーズ第5回(最終回)は小穴教授のDNAを受け継ぎ、Nikonの脇本善司氏が再設計した日本版XenotarのMicro-Nikkor 55mm F3.5である。1961年に登場した初期の製品は等倍の最大撮影倍率を実現した手動絞り機構のレンズであるが、その2年後には最大撮影倍率を1/2倍に抑えた自動絞りのMicro-Nikkor Auto 55mm F3.5も発売されている。このレンズは1961年の登場後、19年に渡る生産期間で12回ものマイナーチェンジが繰り返され、13種が存在、後半に造られたAiタイプだけでも5種類の存在が確認されている。細かい仕様変更を除けば以下の6モデルに大別される。

1961 Micro-Nikkor 等倍撮影可能 手動絞り
1963 Micro Nikkor Auto 最大撮影倍率が0.5に変更、自動絞り導入
1970 Micro Nikkor Auto-P 金属ヘリコイドリング(後にゴム巻きへ)
1973 Micro Nikkor Auto-PC マルチコーティングの導入
1975 New Micro Nikkor ヘリコイドはゴム巻きのデザインへ
1977 Ai Micro Nikkor Aiに対応

ただし、光学系は脇本氏による再設計以降、一貫して同じものが使われ続けた。1980年にガウスタイプのAiS Micro-Nikkor 55mm F2.8が発売され生産中止となっている。
今回入手したモデルはMicro-Nikkorシリーズの5代目として1975年に登場したNew Micro Nikkor 55mm F3.5である。ガラス面にはマルチコーティングが施され、コントラスト性能をさらに向上させた製品である。描写設計はマクロ撮影に特化されており、近接撮影時に最高の画質が得られるようチューニングされている。Xenotar型レンズには収差変動が比較的小さいという優れた光学特性があるため、このような位置づけの商品が誕生するのはごく自然なことなのであろう。後に富岡光学も同型のマクロ撮影用レンズを開発している。
NEW MICRO-NIKKOR 55mm F3.5: フィルター径 52mm, 最短撮影距離24.1cm, 最大撮影倍率0.5倍, 絞り値 F3.5-F32, 構成 4群5枚クセノタール型, 重量(実測)242g, 基準倍率 0.1倍(被写体からフィルムまでの距離が66.55cm),Nikon Fマウント, ガラス面にはマルチコーティングが施されている

★入手の経緯
このレンズは今でも流通量が多く、中古店やヤフオクでは在庫が絶えることはない。今回の品は2011年12月にヤフオクを通じて前橋のハローカメラから落札購入した。商品には12000円の即決価格が設定されており、私を含めて8人が入札、4904円+送料別途で私が競り落とした。商品の状態は「ピントは正常、レンズ内には少なめのゴミあり。外観は少なめの使用感あり。」とのことでUVフィルターとキャップが付属していた。このショップは清掃を施していない全ての中古レンズに対して、「ゴミあり」と記すのが慣例のようである。ホコリの無い中古品なんて皆無なので、程度の幅を考慮した上での記述のようだ。届いた品は極僅かにホコリの混入があるのみの上等品であった。同品の中古相場は非Ai版で5000-7000円、Ai版とAi改造版では8000-10000円程度とロシアのVega-12Bよりも安い。世界で最も安いXenotar型レンズなのではないだろうか。

 

★撮影テスト
高解像で硬諧調な描写設計はXenotarを模範とする本レンズにも受け継がれており、ピント部はF3.5の開放絞りから高いシャープネスを実現している。手元の資料によると解像力は0.1倍の基準倍率(撮影距離66.5cm)における近接撮影時でさえ100線/mm以上と非常に好成績だ。F3.5の口径比は一般撮影の用途にはやや物足りないが、マクロ域での撮影には充分な表現力を提供してくれる。ガラス面にはマルチコーティングが施されており、高コントラストで発色は鮮やか。写りは現代的である。ただし、弊害もあり、晴天時に屋外で使用する際には階調変化が硬くなりすぎてしまい、シャドー部に向かって階調がストンと落ちる傾向があるので、黒潰れを回避するためには絞りすぎに注意し、コントラストの暴走にブレーキをかけなければならない。このレンズを使いこなすにはカメラマンの腕が問われるところだ。
レンズの設計はマクロ撮影に特化されており、球面収差は無限遠方の撮影時に過剰補正となっている。レンズの事に詳しいマイヨジョンヌさんを介してNikonの技術者の方にうかがった情報によると、このレンズは撮影倍率が1/30となる辺りを境にして、遠方側の撮影時では過剰補正により後ボケが硬くなり、逆にそれよりも近接の撮影では補正アンダー(補正不足)により、なだらかで柔らかいボケが得られるとのことだ。また近接撮影では像面湾曲もアンダーとなり、グルグルボケなどに無縁な穏やかな後ボケになるとのことで、近接でのブツ撮りに適したレンズといえそうだ。
F3.5 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): 開放からスッキリとしてシャープ。コントラストは高い
F5.6 銀塩写真(Kodak SG100): こちらも近接撮影。四隅まで均一性は高い
F3.5 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): 近接での作例。収差変動により後ボケは大変柔らかくなる。思い切って開放で撮ってみたが、ピント部は依然として四隅までシャープ。優れたレンズだ
F5.6 銀塩撮影(Kodak SG100): マルチコーティングのおかげで発色はかなり鮮やか。現代的な描写だ

F5.6  銀塩撮影(Fujicolor Superior200): ・・・これは笑える

F3.5 銀塩写真(Fujicolor Superior200) 階調はこのとうりに、かなり硬めだ
上段F3.5(開放)/下段F8: 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): 手元の資料によると、このレンズはフィルム面から被写体までの距離が66.5cmのところ(基準倍率点)で最高の画質が得られるよう設計されている。この作例はちょうどその辺りの距離で被写体を映したものだ。ピント部は開放から高解像で、ボケも硬くなりすぎずに穏やかだ。ただし、被写体までの距離がこれ以上離れると、いわゆる球面収差の過剰補正域となり、ボケが硬くなってしまう。このあたりが良くも悪くもマクロレンズの宿命なのであろう

F5.6 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200): 背後からパシャリとしてみたが、実はこちらを見ている・・・怖いよ~
F11 銀塩撮影(Kodak SG100): 黒つぶれ!このレンズを晴天時に屋外で使用する際は絞り過ぎに注意した方がよい。この作例のように階調がシャドー部に向かってストンと落ち、容易に黒つぶれを起こすからだ。とは申してみても、近接撮影時にはどうしても絞りたい。どう注意すればよいのだろう・・・。そうか、こういう時にこそ、シングルコーティングのオールドレンズを使いコントラストを圧縮すればよいのだ。マルチコーティングが一概によいとは言えない反例を提供している
シャープネスやコントラストなど典型的な描写力だけで比べるならば、Micro-Nikkorは銘玉Xenotarに勝るとも劣らない素晴らしいレンズである。しかし、中古市場における両者の相場には10倍以上の開きがある。この相場の差はレンズの実力ではなくブランド力の差なのだ。いつの時代も、その分野を開拓したパイオニア製品には最高の支持がつく。そのことは銘玉Sonnarと、そのロシア製コピーレンズであるJupiterの関係を見ても明らかである。Micro-Nikkor F3.5はニコンの高い技術力によって生み出された優秀なレンズであるが、やはりXenotarの模倣品である事に変わりはない。仮に実力でXenotarを凌駕していたとしても、高いブランド力を得ることはないだろう。

謝辞
Biometar/Xenotar型レンズのみをひたすら取り上げる5枚玉特集は今回のPART5で最終回となります。ようやくこの企画に一区切りをつけることができました。多くの方からアドバイスをいただき、回を重ねるたびに、この種のレンズに共通する描写の特徴が少しずつわかってきました。個人のBlogなので時々は誤った事も平気で書くことがありますが、私はレンズの専門家ではなく単なるオールドレンズユーザーなので、これからも思いきりの良さだけは大事にしていきたいと思っています。どうか暖かく見守ってください。また、発展途上の私に、どうか正しいレンズの知識をご教示ください。本特集でやりのこした事がひとつだけあります。ローライフレックスの時代から続くPlanar 80mm F2.8とXenotar 80mm F2.8の両横綱の一騎打ちです。Planarは既に入手しています。しかし、このレンズは厳密にはXenotarタイプではありませんので、これは別の機会とすることにしましょう。有意義な機会を与えてくださった諸氏に心から感謝いたします。

2012/04/01

Neo-Topogon regenerated from rear parts of 2 Xenotar




5枚玉特集・番外篇:XenotarをTopogonに戻す
マッドサイエンティストとでも何とでも言え!

Xenotarは前群にガウス、後群にトポゴンの構成を持つ混血レンズである。前・後群は絞り羽を挟んで鏡胴の前方と後方の両側から同一のスクリューネジで据え付けられている。これらが同一規格のネジで据えつけられている事を見落としてはならない。2本のXenotarから取り出した2つの後群を1本の鏡胴の前後双方向から付けると、何とTopogonが再生されるのである。はたして撮影に使用できるのであろうか。「こんなのは自然の摂理に反する」。「おのれ、SPIRALめ。気でも狂ったか!」などXenotarファンからヤジが飛んできそうだ。ひとまずヤジはかわし、この先祖帰りを果たした新種のTopogonを"Neo-Topogon"と称する事にする。マッドサイエンティストとでも何とでも言え!フハハハハ・・・。

手順1:Xenotar-1 の前群を外す

手順2:Xenotar-2 の後群を外す(左)。これをXenotar-1の前群として装着する(右)。
こうしてNeo-Topogonが完成
Neo-Topogonは本家Topogon同様にバックフォーカスが短いので、ヘリコイドユニットを介して一眼レフカメラに装着した場合にはマクロ域での使用のみに制限されてしまう。実際に丈の短いOASYS 7840ヘリコイドユニットを用いてPentax MXにマウントしてみたが、フォーカスを拾うことのできる最長撮影距離は約50cm程度と短いことがわかった。もう少し遠くのピントが拾いたいならば、M42-L39ステップアップリングを用いてライカスクリューマウントに変換し、ミラーレス機に装着するのがよいであろう。以下に一眼レフカメラによる近接撮影の結果を示す。

F8  銀塩撮影(Kodak SG400): アレレ。普通に写った!

F8 銀塩撮影(Kodak SG400): 絞れば中央はかなりシャープなようだ
 
F5.6  銀塩撮影(Kodak SG400):この絞り値では周辺がかなりソフトだ

銀塩撮影(Kodak SG400): 開放ではフレアがビシバシ発生し、かすんでしまう。このレンズはF8以上に絞って使うのが前提のようだ





絞れば、しっかりと写るではないか。アハハ。

2012/03/08

Schneider-Kreuznach Xenotar 80mm F2.8
(Compur/Prontar Shutter lens #0 and #1)



1953年(昭和28年)秋、東京大学の小穴純教授は日本光学(現Nikon)のエンジニア渡辺良一氏とともに、前年に発売されたSchneider-Kreuznach(シュナイダー・クロイツナッハ)社の新型レンズXenotar(クセノタール)がマイクロ・フィルミングの用途(新聞や書籍を35mmフィルムに縮写する用途)に適しているかどうかを調べる製品試験に当たっていた。二人はF8に絞ったレンズの描写性能を特殊な装置を用いて分析していた。分析結果を目の前にした二人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。Xenotarのとんでもない性能に驚愕していたのである。「このレンズは私が今まで調べたどのレンズよりも優秀だ」。小穴教授はそう言いながら渡辺氏の顔を覗き込むと、渡辺氏は苦笑し、「困ったレンズがでてきたものです」とつぶやいた。


翌年4月、小穴教授は東大の研究室に日本の主要な光学関係者を十数名招き、Xenotarの公開テストを実施した。比較用に国産の銘玉を数本揃え、開発したばかりの試験投影器を用いて、F2.8の開放絞りにおけるレンズの解像力を披露したのである。この試験器は画面中央部から周辺部まで、解像力の画角特性を詳細に検証できるというものであった。テストが始まると見学者達の間にどよめきが沸き起こった。Xenotarはこの公開テストでも国内の最高峰のレンズ達を全く寄せ付けない圧倒的な解像力を示し、その場に居合わせたエンジニア達にドイツレンズの底力を見せつけたのである[注1]。関係者達を震撼させたこの出来事は、後に「クセノタール・ショック(Xenotar SHOCK)」と呼ばれ語り継がれることになる。  


四隅までビシッと写る驚異の5枚玉

PART4: 銘玉XENOTAR(クセノタール/クセノター

前群にガウス、後群にトポゴンの構成を配し、奇跡的にも両レンズの長所を引き出すことに成功した優良混血児をXenotar/Biometar型レンズと呼ぶ。この型のレンズ設計は戦前からCarl Zeissによる特許が存在していたが、製品化され広く知られるようになったのは戦後になってからである。他のレンズ構成では得がたい優れた性能を示したことから一気に流行りだし、東西ドイツをはじめ各国の光学機器メーカーがこぞって同型製品を開発した。この種のレンズに備わった優れた画角特性(周辺画質)と解像力の高さは当時のダブルガウス型レンズの性能を遥かに凌ぎ、テッサーも遠く及ばないと称賛された程である。均一なピント部の画質に加え、広角から望遠まであらゆる画角設計に対応できる万能性、マクロ撮影への優れた適性、一眼レフカメラにも問題なく適合するなど多くの長所が見出され、テッサー、ゾナー、ガウスなど優れた先輩達がしのぎを削る中で大きな存在感を誇示している。

[注1]・・・当時の国産最高峰レンズ(75mm F3.5)の解像力は中心部で1mmあたり80線の微細ストライプを識別できるレベルに到達していた。また、ガウス型レンズについては当時ようやく中央部40線程度の解像力であった。これに対し、XenotarはF2.8という一段分大きな口径比であるにも関わらず、デビュー早々に中央部で180線/mm、周辺部でさえ50線/mmを超える驚異的な解像力をたたき出していた。
左はGaussタイプのBiotar F2, 中央はXenotar F2.8, 右はTopogon F6.3。Xenotarはガウスタイプの前群(緑の着色)とTopogonの後群(赤)を組み合わせたハイブリットレンズである
シリーズ4回目はドイツのSchneiderが1951年から35年以上もの長期に渡り生産していたXenotarである。ドイツ語ではクセノタール、英語ではクセノターと読む。レンズ名の由来は原子番号54のキセノン原子、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosである。このブランドは同社が中・大判カメラ用レンズの主力製品として力を入れ、Rolleiflex用に加え、Linhof-Technika用やSpeed Graphic用にSynchro-Compur/Pronter SVSシャッターモデルなどを生産、少なくとも9種類(75mm F3.5、80mm F2.8、80mmF2、100mm F2.8、100mm F4、105mm F2.8、135mm F3.5、150mm F2.8、210mm F2.8)を市場供給していた。レンズを設計したのは戦後のSchneider社でチーフデザイナーの座についたGünther Klemt(クレムト)で、Xenotar F2.8とF3.5の特許をそれぞれ1952年と1954年に西ドイツ、それらの翌年には米国でも出願している(US Pat.2683398/US Pat.2831395)。Xenotar F2.8は1952年から量産が始まり、はじめは焦点距離80mmの製品が二眼レフカメラのRolleiflex用に市場供給された。また、1956年には廉価版のXenotar 75mm F3.5も追加供給されている。KlemtはXenotarの他にもSuper Angulonを設計(1957年)、また公式な特許記録は見つからないがKodak Retina用に開発された戦後型のXenonシリーズ(Xenon/Curtar Xenon/Longer Xenon)についても彼が手がけた可能性が高いと言われている(A Lens Collector's Vade Mecum参照)。
今回入手した3本のXenotar 80mm f2.8はシュナイダー社が中判カメラ向けの交換レンズとして供給した大口径中望遠レンズである。この内の2本はフォーカルブレーン・シャッター方式を採用したカメラの交換レンズとして1958年に製造された銀鏡胴モデル(0番シャッター準拠)と1970年に製造された黒鏡胴モデル(1番シャッター準拠)、残る1本はレンズ・シャッター方式を採用したカメラの交換レンズとして1961年に製造されたシャッターユニット搭載モデル(Synchro-Compur 0番シャッター)となっている。製品のシリアル番号からシュナイダーの製造台帳を辿ると、銀鏡胴モデルとシャッター搭載モデルの2種についてはPRONTER SVSシャターに準拠した製品と記録されている。しかし、入手したシャッター搭載モデルには上位のコンパーシャッターが付いているため、製造台帳の記録は厳密ではないようだ。レンズは口径比だけでみるとF2.8とややおとなしい印象を受けるが、焦点距離が80mmある事を見逃してはならない。50mmの標準レンズ換算にするとF1.75相当とかなりの大口径レンズであり、その分だけボケが大きく表現力は高い。3本のレンズのうち比較的初期に生産された銀鏡胴モデルとシャッター搭載モデルの2本には中玉の多くにアンバー色のコーティングが用いられている。アンバーコーティングの導入はXenotarで使用された重金属入りの高級硝材がシアン系の光を透過させにくい性質を持つことに対応するもので、これによるカラーバランスの偏りを補正するために必要な措置であった。一方、1970年に製造された黒鏡胴モデルではアンバーコーティングの多くがマゼンダコーティングに置き換えられている。こうしたコーティングの変遷はシュナイダーの製品に限らず、ツァイスやロシア系レンズにも多く見られる傾向であり、個々のレンズの発色特性に大きく関係している。感触としてはアンバーコーティングを多用した古いレンズの方が青転びや黄色被りなどの発生が顕著で描写が安定しないものの、意外性に富み味わい深い発色が得られている。硝材の進歩とともにシアン光の透過率が向上し、これに合わせてコーティング色も変わっていったのであろう。初期の2本のXenotarがカラーバランスにやや不安定な性質を抱えているのに対し、黒鏡胴モデルはカラーバランスが常に安定しており優等生。オールドレンズ・フリークにおすすめしたいのは、もちろん初期の2本だ。
Xenotarには現代のガウス型レンズのような画面中央部の突出した解像力はないが、そのかわりに四隅まで解像力の落ちない優れた画角特性が備わっている。こういうのを均一性の高い画質とい呼ぶらしい。インターネット上にはXenotarで撮影した作例が数多く公開されている。その中には妙な迫力を感じるものが少なくない。その多くに共通する構図はメインの被写体をアップで撮るというものであり、ハッとするほどシャープな被写体が四隅いっぱいの大きさで広がり、背景のボケが生み出す立体感とともに、言葉にはできない圧倒的な迫力を生み出している。母親のTopogonから受け継いだ端正で高均一な描写特性と、父親のGaussから受け継いだ立体感に富む表現力を高水準で両立させた混血児Xenotarならではの描写表現といえるだろう。
 
Großes Fabrikationsbuch,
Schneider-Kreuznach band I-II,
Hartmut Thiele 2008
プロトタイプの登場
Xenotarは1951年に最初の試作レンズが造られた。Schneider社の生産台帳によると、その第一号は1951年8月に登場した4本のマスターレンズで、焦点距離は80mm、開放絞りはF2.8であった。このモデルは翌年から二眼レフカメラのRolleiflex用として量産が始まっている。続く1951年10月には105mm F2.8のマスターレンズが3本、11月には50mm F2.8が4本、翌1952年1月には150mm F2.8が16本、1952年4月には40mm F2.8のRobot用が5本、翌1953年1月には60mm F2.8が4本試作されている。1953年10月になると105mm F2.8の量産が開始され、続いて1954年2月には75mm F3.5のプロトタイプが4本、1955年5月には85mm F2.8が3本と135mm F3.5が4本試作されている。1956年8月になると75mm F3.5の量産が開始され、Rolleiflex用として市場供給されている。さらに、翌1957年3月には105mm F3のマスターレンズが4本試作されている。全てフォローしきれていないが、他には100mm F2.8や210mm F2.8、100mm F4なども市場供給されていた。また、Roleiflex 6000シリーズ用には80mm F2まで大口径化されたXenotarも販売されていた。しかし、こちらは5群7枚構成であり旧来のXenotar /Biometarタイプではない。なお、上記の試作品のうち40mm, 50mm, 60mm, 85mm, 105mm(F3)の5つのモデルは市場供給されていない。これらの情報はSchneider社の生産台帳(右の写真)に掲載されている。全ての情報を拾いきるのは大変な作業。私は途中で放棄し、おやつに走った。

 
入手の経緯
2011年夏、欧米の金融不安により円の為替レートは空前の1ドル78円まで上昇し、eBayでお買い物をするチャンスが到来していた。シンクロコンパーシャッターのXenotarは同年7月にeBayを介して米国カリフォルニアのSouthside Cameraから510ドルで落札購入した。送料込みの総額は総額542ドルである。この店は最近店舗を閉じeBayでのオンライン取引のみに移行したとのことだ。
Xenotar 80mm F2.8(Compur model): Synchro-Compur-P #0(M32.5マウント), S/N:73*****(1961年に製造された210ロットの中の1本), フィルター径 40.5mm, 絞り羽数 10枚, 絞り値 F2.8-F22( 手動絞り機構), 重量(実測)204g, レンズ構成 4群5枚, 焦点距離80mm, シャッターユニットは高級なSynchro-Compur 5枚羽シャッターで最高速度は何と1/500秒と高性能だ




オークションの解説は、「ガラスには全く問題がなく、クモリ、傷、カビ、バルサム切れ、吹き傷またはクリーニングマークはない。ほこりは少しある。絞り羽根は綺麗。シャッターは正常・精確に作動する。写真を細部まで注意深く確認してくれ。コンディションはVery Fine。8.9/10ポイント(この業者はMINTが9ポイントでオールドストックが10ポイントとの表記)。」とのこと。写真を見る限り外観は綺麗で合格で、硝子表面の状態もよさそうである。届いた商品には解説どうりにホコリのようなものがあり、中玉に1箇所、針の先でつついたレベルのコーティング剥離か気泡のようなものがあった。おそらく商品の評価を9ポイントにしなかったのはこの部分を考慮したのであろう。早速、メンテ業者に持ち込み清掃をお願いした。ところが2週間後に清掃からもどると、メンテ業者からショッキングな宣告をされた。ホコリかと思っていたものは実は薄いクモリであるというのだ。返品しようにも手を加えてしまったのでどうしようもない。トホホ・・・。仕方なく山崎光学写真レンズ研究所に持ち込み本格的に修理することとなった。思わぬ出費である。山崎さんにお世話になるのは、これで通算4回目だ。
     続いて黒鏡胴モデル(Black model)は2011年10月にeBayを介し米国アトランタのクオリティカメラ(取引件数10000万件弱、ポジティブフィードバック99.8%)から落札購入した。オークションは499ドルの価格でスタートしたが、私以外に入札があったのは1件のみで難なく競り落とせた。送料込みの総額は534ドルである。
Xenotar 80mm F2.8(Black model): Compur #1(M39マウント/ネジピッチ0.75mm), 重量(実測)184g, S/N:115***** (1970年に製造された157ロットの中の1本), フィルター径 49mm, 絞り羽 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), 光学系構成 4群5枚, 焦点距離80mm, 絞り指標の数字が天地反転しており、引き伸ばし用レンズのようにも見えるが、シュナイダー製レンズにはExaktaマウント用レンズにしろLinhof-Technika用レンズにしろ、理由はわからないが、一般撮影用レンズにおいて表記が反転しているものを多く見かける。レンズは米国の中古市場に多く出回っているので、おそらくフォーカルブレーンシャッターを持つフォールディングカメラ(Baby Speed Graphic等)に搭載され使用されていたのであろう
商品の解説は「状態の良い伝説のクセノタール。ローライフレックスに搭載されているものと同じだ。多くの人はクセノタールがツァイスのプラナーよりも優れていると信じている。ガラスは美しく、非常にクリアで、カビ、拭き傷、クモリ、コーティングの劣化等は無い。19枚の絞り羽根は綺麗でスムーズかつパーフェクトに作動し美しいボケを形成する。1970年に生産された1本で、非常にレアなタイプである。シュナイダーのオリジナル前後キャップがつく。コレクションにピッタリだ。」とのこと。レンズは落札から1週間後に届いた。小包を開け取り出すと、何と後玉に黒い何かでなすりつけられた様な跡がある。それが傷なのか付着物なのか判らなかったが、当然ながらの返品である。業者に返品の連絡をとる際、マクロ撮影した後玉の写真を見せたところ、「ショックだ。このレンズはあなたに発送する前に何人かが閲覧した。その際についた傷なのかもしれない。本当にすまない。送り返してくれ。返金する。」と返事が来た。「このレンズはなかなか手に入らない品だ。私も非常にショックだ。」と私からも返した。1週間後、返送したレンズを受け取った業者から再び連絡があり「私たちのメンテ業者に清掃を依頼したところ、後玉に傷のように見えた個所は粘着性の固形物が不着していただけで、丁寧にクリーニングしたところ完全に除去できた。除去跡はなく大変きれいだ。完全に改善したので望むなら無料で再送する。」と返してきた。こうして、このレンズは太平洋を1往復半し再び私の手に帰った。もちろん後玉の粘着物は綺麗に取り除かれクリーニングマークすらなく、すっかり綺麗になっていた。
最後の銀鏡胴モデル(Silver Model)は2011年11月に米国ラスベガスの古物商がeBayにジャンク品として出品していたもを激安価格で入手した。出品タイトルには「Schneiderのレンズ」とあるだけで、Xenotarとは一言も記していない。掲載されている写真を拡大し目を凝らしてみると、フィルター枠には確かにXenotarと書いてある。オークションの解説は「素人なので、詳しいことはわからない。国内(米国)のみへの発送」とあるだけなので、出品者に日本への発送を交渉しOKのサインをもらっておいた。高価なレンズであることに出品者はおろか誰も気づかなかったようで、他の入札も無いまま開始価格で私のものとなった。10日後に届いた商品を見てビックリ仰天。これで本当に中判カメラ用なのかと目を疑いたくなるほどメチャクチャ小さいのである。ここまで鏡胴が細くできたのは絞り羽の構成枚数が19枚と非常に多かったためであろう。
Xenotar 80mm F2.8(Silver model): Compur #0(M32.5マウント), S/N:56*****(1958年に製造された98ロットの中の1本), フィルター径 40.5mm, 絞り羽数 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), レンズ構成 4群5枚, 焦点距離80mm, 重量(実測) 240g
このレンズは前玉の外表面に重度のヤケがあり、後群にも1カ所だけカビ跡があったため山崎光学写真レンズ研究所で大修理をうけることとなった。修理を依頼するために山崎光学を訪ねた際、山崎さんと少しお話をする機会が得られた。何故かそこでズミクロンの話題になったのだが、その途端に山崎さんと意気投合し、そこから30分もの間、ズミクロンの設計に関するディープな特別講義をマンツーマンで受けてしまった。山崎さんのお話はご自身の思想や豊かな経験に基づく魅力溢れる内容で、何を尋ねても意味のある返答が帰ってくる。しかも、語りっぷりが見事なのだ。こんな講義をタダで受けられるなんて、こりゃラッキー。山崎さんからはレンズに関する貴重な資料のコピーを手土産にと持たされ、その日はいろいろ収穫のある一日であった。さて、修理から戻ったXenotarであるが、前玉は研磨と再コーティングで改善し、後玉のカビ跡も特製のカビ取り剤を用いて見事に改善、実力を引き出せるレベルを取り戻していた。
XenotarはRolleiFlex用に市場供給されたものが多く、単体で中古市場に出てくることは少ない。今回手に入れた3本のレンズともeBayでの相場は500~750ドル程度である。ただし、Linhof-Technika用のXenotarだけは大判用のためであろうか、相場価格が少し高く、1000~1500ドルで取引されている。また、今回は入手しなかったのだが、ガラス面にマルチコーティング処理が施されたExakta66用(ペンタコンシックスマウント)とRoleiflex 6000シリーズ用のモデル(80mm F2.8)もあり、中古相場は前者が800~1100ドル、後者は1200~1500ドル程度となっている。
 
M42ヘリコイドユニットへの搭載
シャッター用レンズは一般にヘリコイド(光学部の繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには改造が必要となる。一番簡単な改造は、別途単品で用意したM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。


M39-M42アダプターリング(赤の矢印)を介してヘリコイドユニットにマウントしたものが右側の完成品。このアダプターリングはeBayで5ドル程度(送料込)で売られている
黒鏡胴モデルはマウント部がコンパー1番シャッター(Synchro-Compur #0)に準拠したM39スクリューネジ(ネジピッチ0.75mm)となっており、M39-M42変換リング(写真の赤矢印)を介してヘリコイドユニットへと装着することができる。ただし、一般的なM39マウントとはネジピッチが異なるため、変換リングをねじ込むことができるのは7割程度の位置までである。かなり強引な装着法ではあるが、しっかりとはまるので、強度的には問題ない印象だ。一方、銀鏡胴モデルとシンクロコンパーモデルの2種はマウントネジが0番シャッター(Synchro-Compur #0)に準拠したM32.5のスクリューネジとなっており、そのままではヘリコイドユニットに装着できない。いろいろ試行錯誤した結果、レンズに付属しているボード装着用リングを用いてM42マウント化できることがわかった。下の写真のようにM39-M42変換リングをレンズのマウント部と装着用リングの間に挟んで固定するのである。都合良く変換リングの内枠に装着用リングがピッタリとはまり動かない。Yes We Can!
 

ただし、この方法による改造はマウント部の耐久性に若干の不安が残るので、心配ならば改造店などに持ち込み、きちんと改造してもらった方が良い。私にはこれで充分だ。
こうして、大がかりな改造もなく3本のレンズをM42ヘリコイドユニットへと装着することができた。ちなみに私が入手したヘリコイドユニットは最近発売されたばかりの中国製の高伸張タイプで、eBayでは常時売られているアイテムだ。フォーカスはややオーバーインフ気味になるものの、スペーサーをはめて調整すればピッタリ無限遠点に合わせることもできる。また、M42-Nikonアダプターを介してNikonの一眼レフカメラに装着する場合にも、補正レンズなしで無限遠のフォーカスを拾うことができる。フルサイズ機でもミラー干渉はない。ちなみにRolleiflex用のXenotarはレンズを取り出した後にシャッターを分解し取り除く必要があり、改造の難易度はやや高そうである(thanks to adequate information from Mr Kitaguni)。
Sony A7への装着例。ミラーレス機で使用する場合にはヘリコイド鏡胴の側面での反射がハレーションを引き起こす可能性があるため、対策には万全を期すのがよい。写真のように一回り太いM52-M42ヘリコイドを用いたり、ステップダウンリングでイメージサークルを必要最低限の大きさにトリミングしておくと効果的である



Bronica-M42マウントアダプターを介してXenotarをBronica S2にマウントした。80mmのXenotarではレンズをカメラの内部に沈胴させるなど特別なことをしない限り無限遠のフォーカスを拾うことはできない。ここではマクロ域の撮影結果のみをお見せする

撮影テスト
Xenotarは高解像で硬諧調な設計理念を徹底的に追及したレンズである。解像力では銘玉Summicronと肩を並べ、キレのある描写は現代のレンズと比べても全く見劣りしない高い水準にある。コントラストはモノコート時代のレンズということで決して高くはないが、暗部には驚くほど締まりがあり、硬質感のある鋭い階調表現は鷲の目と呼ばれたテッサーを彷彿させる。キレと鋭さの相乗効果を意味するシャープネス(解像力×諧調の鋭さ)は極めて高いレベルに達している。大口径レンズにしては光学系のバランスが比較的良く、高分散・低屈折率の高級硝材がふんだんに使われていることもあり、非点収差が良好に補正されている。このため、ピント部は四隅までビシッとシャープで像面湾曲も殆どない。アウトフォーカス部もグルグルボケや放射ボケは極僅かに発生するレベルまで抑えられている。どういう原理かは知らないが、このレンズにはコマフレアが殆ど出ずヌケが良い。コマフレアの特効薬と言えば、真っ先に思い浮かぶのは空気レンズである。ある本ではXenotarがズバリ空気レンズの効果を取り入れていると解説している。しかし、光学系図の一体どこに空気レンズがあるのか私には一見しただけでは判断できない。球面収差の補正は開放絞りからスッキリとシャープに写る完全補正型である(ただし完璧な完全補正レンズは存在しないので、厳密には僅かに過剰補正になっている)。開放からみられるフォーカス部のキレをうまく生かせば、後ボケとの相乗効果により、狙った被写体だけをフッと浮かび上がらせ立体的に見せることができる。ピント部の細かいところに目を運ぶと、大抵のオールドレンズではモヤモヤとソフトな像になるが、Xenotarでは質感がキッチリと保たれ、髪の毛の1本1本、衣服に付着した糸くずなど細部に至るまでギッシリと高密度に描ききっている。ただし、階調表現は鋭く硬質感が漂うため、女性のポートレートなど柔らかさが求められるケースには向かず、男性のゴツゴツとした肌や建築物、ブツ撮りなど細部の質感が求められるケースに適している。後ボケは硬いが完全補正型のためか目障りな乱れ方にはならない。注目すべきは近接撮影時のボケ味であり、ガウス型レンズとは異質の独特なボケ方を示す。ガウス型レンズでは像の輪郭が拡散するように柔らかく、なだらかにボケるが、Xenotarでは像が崩れずに形を保ちながらユラユラとゆらめくように見えるのだ。ちょうど水面から浅い水底を眺るときのような光景だ。発色はやや青が強く、シュナイダー製レンズに特有のクールトーン調である。この性質は前期型の2本(シルバーモデルとシャッター搭載モデル)において特に顕著に表れるようで、シャドー部、夕刻など低照度の条件下、逆光撮影などでは青みが特に増す。この種の青は肌の色再現に素晴らしい効果を生むときもあれば、血色の無い冷たい色となることもある。官能的な表現、病的な美しさなどに通じており、玄人受けする発色特性といえるだろう。また、ときどき黄色被りを起こすこともあり描写には不安定な面白さがある。後期型の黒鏡胴モデルは発色が比較的安定しており前期モデルの2製品よりも色再現性は高い。
Xenotarの描写設計には万人受けする柔らかな階調を徹底排除したある種の潔さ、あれもこれもと欲張らず一つの特徴を究極まで高めた強くたくましい根性を感じる。戦後のドイツの光学産業が持てる技術の粋を集め造り上げた傑作レンズの一つであることに違いはない。
 
中判銀塩撮影
camrea: Bronica S2, film: Fujifilm Pro160NS and Kodak Portra 400
 
F5.6(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:条件の厳しいマクロ域での撮影にもかかわらず、ピント部・背後ともに安定感のある写りである
F5.6(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:銀塩ネガ・フィルムとの愛称はとても良く、やや青みののった上品な発色となっている
F2.8(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:開放から全く隙の無い写りだ
F8(銀塩), Kodak Portra 400(6x6)+Bronica S2:近接域に限定した撮影なので収差変動の結果からボケ味はどの作例でも柔らかいが、ポートレート域ではもう少しザワザワするものと思われる
35mm版カメラ
銀塩ファイル無撮影 camera: Pentax MX/MZ-3, film: Fujifilm Superior 200 and SuperPremium400, Kodak Pro XL100

デジタル撮影 camera: Nikon D3, Sony A7
 
F5.6 Black model,銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) :  こういう具合に被写体をアップで撮影するのがオススメだ。本当はパパイヤ鈴木さんのようなアフロヘアの人物を撮りたかった

F4, シャッター搭載モデル(compur-shutter model), Nikon D3 digital, AWB: こんどはデジタル撮影。現代のレンズによくあるコテコテとした発色に浸っていると、時々こういうあっさりとした発色に心地よい感触を覚える。解像力も十分で一段絞るだけで衣類の質感やホコリなどが細部までしっかりと描写されている。被写体は義妹と婆ちゃん



F8, シャッター搭載モデル(Comppur shutter model), 銀塩撮影(Fujifilm SuperPremium 400, Pentax MZ-3): レンズはモノコート仕様なのでコントラストは決して高くないが、それでも暗部が浮き上がることなく、シャドー部に向かって階調がストンと落ちてゆく傾向がある。曇天時の撮影ではシュナイダー製レンズらしいクールトーンな発色となっている
F8, silver-model, 銀塩撮影(Kodak Pro XL100)  このとおり隅々までバキバキの解像力だ。この作例では発色が少し黄色に転んでいる

F8, Sony A7(AWB), ロマネスコというローマのカリフラワ種で味はブロッコリーに近い

F8, Black model, sony A7(AWB): シュナイダーのレンズは青黄色系統のバランスが他のメーカーのレンズに比べ転びやすいのが特徴で、光の当たり方で発色が大分違って見える





F5.6, Xenotar Black Model 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) 黒潰れは避けられているが、やはりシャドー部に向かって階調がストンと落ちる感じだ
左 F2.8(開放)/右 F5.6, silver model,  銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) このレンズは収差の補正が完全補正型であり、ご覧の通り開放絞りからトップギアが入っている。開放でもピント部には充分な解像力があり、暗部には締まりがある
F2.8(開放) Black model, sony A7(AWB), 開放でのショットも一枚入れておく。やはりボケに特徴がある

F2.8, Black model, Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影時のボケには大きな特徴があり、アウトフォーカス部の像が形を崩すことなくユラユラと見える。これもXenotarらしい描写表現である。点光源が青っぽくなるのは、このレンズにはよくあること。作例は人面果実

クセノタールらしさを表現するキーワードはズバリ「色」「ボケ味」だ!
Xenotarがいかにシャープなレンズと言えども、コンピュータで設計された現代のレンズを基準に考えれば平凡なものである。このレンズの価値は失われてしまったのであろうか。
そんな事は無い。デビュー当初は圧倒的なシャープネスで中判界に君臨していたが、年を重ねるうちに他のオールドレンズ同様、味のある発色特性で勝負のできる「変化球」を身につけた。今更こんな切り出し方をするのも変な展開であるが、このレンズの描写の真の特徴は「色」なのではないだろうか。オールドレンズらしい味のある発色特性を備え、ここまでシャープに写る製品が、現代のレンズも含め他にあるだろうか。少し描写の傾向は異なるが、ズミクロンはそれに近い系統なのであろう。近接撮影でのユラユラとしたボケ味もXenotarならではの特徴であり、ガウス型レンズ全盛の現代では得ることのできない描写表現の一つといえるだろう。そして、何よりも大切なのは、このレンズが日本の光学機器メーカーを驚愕させ、日本のカメラ産業は世界一だなどと浮かれる技術者達の鼻をへし折った「銘玉」であるということだ。私にはこれだけ揃えば切り札としては充分。性能では表しきれない計り知れないものを背負い、ユーザーに揺るぎない自信を与えてくれるオールドレンズ・クセノタール。写真の良し悪しを左右するのはレンズではなく人なのだと、最後にそっと教えてくれる素晴らしいレンズなのだ。