銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART2: Retina-Tele-Arton 85mm F4
四隅まで高画質な
Xenotarタイプの中望遠レンズ
Schneider(シュナイダー)社もまたデッケルレンズに力を注いでいたメーカーであり、その徹底ぶりは同社が誇る主力ブランドのほぼ全てをラインナップ展開していたほどである。主にレチナ・デッケル機の交換レンズとして広角レンズのCurtagon(クルタゴン)、標準レンズのXenar(クセナー)とXenon(クセノン)、中望遠レンズのTele-Arton(テレ・アートン)、望遠レンズのTele-Xenar(テレ・クセナー)を生産していた。今回取り上げるデッケル特集の2本目は同社がTele-Xenarの上位ブランドとして1957年から1971年まで生産し、中望遠レンズの中核に据えてていたTele-Arton 85mm F4である。このレンズは口径比がF4と控えめで最短撮影距離が1.8mと長いため人気はなく、WEB上にも写真作例は少ない。中古市場では手ごろな価格で取引されているレンズである。ところが使ってみると驚いたことに実にシャープな写りなのである。知れば知るほどこのレンズの正体に興味がわいてきたので構成図を探してみたところ、下の図のようなものが見つかった。何と4群5枚のXenotar (クセノタール)である。Xenotarと言えば高解像で硬階調、切れ味の鋭い描写を特徴とし、中大判カメラ向けに供給された同社が誇るプロフェッショナル用レンズとして知られている。中古市場では現在も500-1200ドル程度と高値で取引される高級ブランドであるが、対するTele-Artonはデッケルレンズ自体が全体的に安値で取引されることもあり、僅か100ドルから150ドルで手に入る。Xenotarのシャープな写りを手軽に楽しむことができる穴場的なレンズと言えるのではないだろうか。
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Tele-arton F4/F5.5の光学系(左が前方で右がカメラ側):Australian Photography Nov. 1967に掲載されていた図をトレーススケッチした。レンズの構成は4群5枚の望遠Xenotar型であり、普通のXenotarよりも前後群の間隔が広い。このタイプのレンズ構成は望遠レンズによくある糸巻き状の歪曲を後群の正の空気レンズで効果的に補正できるという優れた長所がある。一方で焦点距離(望遠比)を大きくとると球面収差の短波長成分のみがオーバーコレクション側に大きくなる短所がある(「レンズ設計のすべて」辻定彦著参照)。シュナイダーの望遠レンズ(焦点距離135mmと200mmの2種)がTele-XenarブランドがらTele-Artonブランドに置き換わらなかったのには、こうした性質を憂慮したためではないかと考えられる。なお、Tele-Artonには大判用(6x9や5x4)に供給された口径比F5.5、焦点距離180 /240 /279 /360mmのモデルも存在する。こちらは登場が35mm判よりも少しはやく、180mmF5.5のモデルが1955年から登場している。また、リンホフ用に1968年8月から供給された180mmF4のモデルは例外的に3群6枚構成である |
Tele-Artonは旧西ドイツのBraun(ブラウン)社から発売されたレンジファインダーカメラSuper Colorette II (1956-1959製造)の交換レンズとして1957年に登場し、その後、Kodak社のレンジファインダーカメラRetina IIIS (Bessamatic互換)が1958年に採用した新規格のデッケルマウントにも対応している。1962年にはRobot用に90mmF4のモデルが108本、Edixa用(M42マウント)に85mmF4のモデルが100本造られ、更に1967年にはデッケルマウントの90mm F4も登場している。WEB上では各所で90mmのモデルが85mmのモデルの後継品であるとする見解を目にするが、この解釈はどうも間違いのようである。90mmの登場後も85mmのモデルの生産は続き、シュナイダーの製造台帳では1971年に生産された85mmの個体を確認することができるからである。そこで台帳上にて90mmF4のモデルのルーツを追うと、同社が1954年に僅か5本だけ試作したLongar-Xenotar 90mm F4という試作品に辿り着く。この記録は90mmのモデルが85mmのモデルよりも早く開発されていたことを意味しており、Tele-ArtonがXenotarをルーツとするレンズであることを裏付ける証拠にもなっている。設計者はギュンター・クレムト(Günther Klemt )であろう。
★入手の経緯
本品は2013年9月にeBayを介し米国の古物商から即決価格166ドル(120ドル+送料30ドル+関税等仲介手数料16ドル)で落札購入した。オークションの解説は「西ドイツ製のTele-Arton。硝子に傷やカビ、汚れ、その他の悪い部分はない。フォーカスはスムーズで絞り羽の開閉はスムーズだ。鏡胴には軽度な傷があるが依然として新品に近いコンディションである。純正ケース、箱、ステッカー、マニュアル(1959年印刷)がつく」とのこと。状態はよさそうである。届いた品には後玉のコーティングに極軽い拭き傷があったものの、実写には影響の無いレベルである。eBayでの相場は100-150ドル程度であろう。
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重量(実測)130g, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 6ft(1.8m), フィルター径(専用バヨネット式), 4群5枚Xenotar型, Kodak-Retina(DKL)マウント。EOS5D/6D系では無限遠近くを撮影する際にミラー干渉する。マウント部の溝はレンズファインダー機に対応するための距離計連動カムである。初期のデッケルレンズにはこのカムが多くみられるが、フォクトレンダー製レンジファインダー機の製造計画が進まず消滅している |
★撮影テスト
前エントリーで取り上げたテッサータイプのColor-Skoparとは発色の傾向が全く異なることが一目瞭然でわかるはずだ。Color-Skoparはテーマを選ばずにどんなシーンでも万人受けする写りであるのに対し、Tele-Artonはシュナイダーらしい青みの強い発色を特徴とする上級者向けのレンズである。使い方次第では美しく幻想的な写真効果が得られるが、使い方を誤ると重々しい病的な雰囲気に呑み込まれてしまうので、このレンズを用いる際にはテーマを慎重に選ぶ必要がある。明らかに普通の写りではないので、ツボに填るとオールドレンズの底力(奥深さ)を体感できるはずだ。例えば明け方や日没間際の低照度な条件でハイキーな写真を撮ると、この世のものとは思えない素晴らしい写真が撮れる。反対にアンダー気味に撮ると重苦しい雰囲気が増すが、こうした性質を廃墟など無機質なものを撮る際に積極的に活用するという手もある。開放から解像力、コントラストなどの基本性能がずば抜けて高く、硬質感の高い鋭くシャープ階調描写はクセノタール型レンズならではの特徴である。ピント部は四隅まで高画質で、控えめな開放F値のためボケは概ね安定している。ボケ味がクリーミーになるという事前情報を得ていたが、どうもよくわからなかった。
撮影条件
フィルム撮影: カラーネガフィルム Fujicolor SuperPremium 400 1本分を使用
デジタル撮影: EOS 6D(遠方撮影時にミラー干渉が起こるのでミラーアップモードで撮影)
今回は事情があり、このレンズと長く付き合うことができなかった。2013年9月22日の午後に京都で開催されたレイノカイのお散歩撮影会で撮った8枚の作例をお見せする。
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F5.6, フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): シャドー部がクールトーン気味の発色になるのはシュナイダーレンズの特徴だ |
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F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): 開放でも画質には安定感があり、四隅まで高解像でボケも素直だ |
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F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): この距離でグルグルボケが出ないのは口径比が控えめであるおかげだろう |
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F5.6, EOS 6D(AWB): こんどはデジタル撮影。フィルム撮影の時と同様にクールトン気味な発色傾向が得られている |
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F5.6, EOS 6D(AWB): 近接撮影でも画質は良好である。 デジタルカメラには不得意な紫の発色だが淡白になならず忠実な色再現である |
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F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):ハイライト部のまわにのモヤモヤ感は出ていない。開放からキッチリと写るレンズだ |
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F5.6(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):緑が黄色に転びやすいのはシュナイダーのレンズによく見られる傾向だ |
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F5.6, EOS 6D(AWB)::再びデジタル撮影。ご覧と通りに優れた解像力である |