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2015/08/10

Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 ( P6 /M42/Exakta)




こんなに凄いレンズが目の前に現れ自分めがけて突進してきたとしたら、避けずに正面から受け止めてしまいそうだ

駆け足プチレポート 4 
Zeiss Jenaのデラックス・ゾナー! 
Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8 (Pentacon 6/M42/Exakta)
胴回りの長さはちょうどメガホンと同じくらいであろうか。旧東ドイツのVEB Carl Zeiss社が生産したプロフェッショナル向け望遠レンズのSonnar (ゾナー)180mm F2.8である。重量はレンズだけでも1.37kgありカメラに搭載し手持ちで撮影していると3分で腕が痛くなるが、本来の母機であるペンタコン・シックスに搭載した場合の画角とボケ量は35mm版換算で100mm F1.5相当という無敵のハイスペックを誇る。このレンズに心酔している愛好者は多く、シャープでヌケの良いピント部と安定感のある大きなボケを実現した非の打ち所のない写りが特徴である。先代は1936年に登場した有名なコンタックス用ゾナー 18cm F2.8(通称オリンピア・ゾナー)で、ナチス・ドイツがベルリンオリンピック開催にむけドイツの威信を諸外国に示すため造らせたレンズとして知られている[文献1]。世界最高の光学技術を駆使し、コストやポータビリティを度外視して生み出されたオリンピア・ゾナーは圧倒的な描写性能で当時の人々の常識を覆えし、驚きと感動を与えた歴史的名玉として今も広く認知されている。
Sonnar 180mm F2.8の構成図。VEB Carl Zeiss Jena社のレンズカタログJENA-S 2,8/180mm に掲載されていた構成図のトレーススケッチである[文献2]。レンズ構成はエルノスターから派生した3群5枚のテレゾナー型である。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがあるためである。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げることは困難になる。テレ・ゾナーは望遠系に適した設計なのである。ならば、後群を正エレメントにしたことでテレフォト性が消滅してしまうのではと心配される方もいるかもしれない。実は前群が強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体として十分なテレフォト性が得られるのである[文献3]
レンズ構成はZeissのL. Bertele(ルードビッヒ・ベルテレ)がエルノスターの発展形態として導き1929年に発表した3群5枚のゾナー[文献4]、およびこれをベルテレ自身が望遠仕様に再設計したオリンピア・ゾナー(1936年発売)を祖としている。戦後に旧東ドイツのVEB Carl Zeiss JenaのEberhard Dietzschがオリンピア・ゾナーの後継製品として35mm判カメラと中判カメラの双方に対応できるよう再設計したものである[文献1,4]。Eberhard DietzschはFlektogon 20mm F4や20mm F2.8の設計者でもある。少なくとも3種類のマウント(Exakta、M42、Pentacon Six)に対応していた。レンズは1956年から1990年初頭まで34年もの間生産され、大きく分けると4つのモデルが市場に出回っている。初代は1956年に登場し1963年まで製造されたアルミ鏡胴モデルで、ローレット部にレザーの装飾が施されているのが特徴である。続く2代目は1961年から1963年まで生産され鏡胴がブラック・アルマイト仕様に変更されたモデルで、プラスティック製フォーカスリングの周りにアーモンド形状の突起がデザインされているのが特徴である。このモデルはどういう由来か「スター・ウォーズ・エディション」と呼ばれている[文献5]。3代目は今回のブログで取り上げているゼブラ柄のモデルで、1963年に登場し1967年まで製造された。最後の4代目は1967年から1990年初頭まで製造された黒鏡胴のモデルである。このモデルには製造時期に応じて2つのバージョンが存在し、1978年を境にこれより前がシングルコーティング仕様の前期バージョン、これより後の製品は名板にMCのロゴのあるマルチコーティング仕様の後期バージョンとなっている。巨漢と引き換えに得た明るい開放描写なのだから、見かけ倒しであるはずはない。なんだか驚異的に写りそうな予感のするレンズである。
TripletからErnostarを経由し、Sonnarに発展する系譜。Sonnarは後群のレンズ枚数に応じ3種に大別される。下段・左から望遠レンズに特化した後群1枚構成のタイプ (Tele-Sonnar型とも呼ばれる)で、標準画角から中望遠まで対応できる後群2枚構成のタイプ、おなじく標準画角から中望遠まで対応でき球面収差の補正効果を向上させた後群3枚構成のタイプである。テレ・ゾナーは後群を1枚に省略し張り合わせを消滅させているので、後群2枚型とは、ちょうどテッサーに対するトリプレットのような関係に相当する。つまり球面収差のコントロールが容易なので中心解像力は2枚型よりも更に高い










Carl Zeiss Jena Sonnar 180mm F2.8: 重量(実測) 1.37kg, フィルター径 86mm, 絞り値 F2.8-F32, 最短撮影距離 1.7m, 絞り羽 6枚, 構成 3群5枚, シングルコーティング, 対応マウント Pentacon six(本品)/ Exakta / M42 (ExaktaとM42はZeissの純正アダプターをP6マウントレンズに被せ対応),  鏡胴に三脚用の回転式台座が付属。本品は西側諸国への輸出用に造られた製品個体のためフィルター枠の名板にはCarl zeiss jenaの代わりにaus jenaの商標が用いられており、レン名も"S"となっている

入手の経緯
数年前に地元横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプター専門店のmuk select[脚注]でショッピングをした際、店主から「これ、使ってみる?」と誘われお借りしたのが今回のレンズである。ここまで巨大なレンズともなると自分では絶対に購入しないので良い機会をいただいた。ただ、よく写りすぎるレンズのためかBlog記事にするにはイマイチ論点が掴めず時間だけが過ぎてしまった。かなり使い込まれた製品個体であったがガラスの状態は悪くはない。eBayでの中古相場は250ドルから300ドル程度であろう。

文献1 Marco Cavina's Page;"ZEISS TIPO SONNAR ED IL GENIALE FILO CONDUTTORE CHE COLLEGA TUTTE LE VERSIONI DEL CAPOLAVORO DI LUDWIG BERTELE"
文献2 Lens Catalog "JENA-S 2,8/180mm", VEB Carl Zeiss Jena, 1961
文献3 「レンズ設計のすべて」 辻定彦著
文献4 L. Bertele, Patent DE530843 (1931)
文献5   Photography Obsession
 
撮影テスト
ゾナーシリーズは一般に中心解像力が控えめでシャープネスやコントラストなど階調性能で勝負するレンズが多いが、このレンズに関してはゾナーのわりに解像力は良好なレベルである。もちろんコントラストはたいへん良く、発色は鮮やかで力強い。カラーバランスは概ねノーマルで、開放で遠景を撮る際に希に黄色に転ぶ癖がみられたくらいである。この癖は同時代のツァイス・イエナ製レンズに多く見られるものである。ピント部は開放からきっちりと写り線が太く、ハロやコマなどのフレアは全く見られずにスッキリとヌケの良い描写である。ただし、遠景を撮影すると解像力がやや落ちるとともに前ボケがモヤモヤとフレアにつつまれる傾向がみられた。これは恐らくレンズが遠景用ではなく中距離で最高の画質が実現されるように最適化されており、遠方時は球面収差がオーバーコレクションに転ぶためであろう。少し絞るだけで解像力は急激に回復し、遠方でも緻密な描写が得られる。ボケは乱れることなく四隅まで安定しておりグルグルボケや放射ボケはみられない。前後のボケはポートレート域でも近接域でも滑らかで美しいが、遠方撮影時は背後のボケ味が少し硬くなり反対に前ボケはフレアに包まれモヤモヤすることがある。さすがにプロフェッショナル用レンズというだけのことはあり写りはまさしく一級品、たいした弱点が見当たらない。クラシック・ゾナーの系統の中ではContarex用Sonnar 85mm F2と並び、画質的にもっとも高水準なレンズではないだろうか。

撮影機材
Nikon D3(AWB), 純正フード使用, P6-Nikon Fマウントアダプター
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 開放にも関わらずいきなりの高描写。ノックアウトされそうになった。解像力もゾナー系統にしては悪くないレベルだ



F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 「忍び足・・・」 コントラストは高く、スッキリとヌケの良い写りで発色も鮮やか





F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 基本的には線が太くシャープな描写だ
F2.8(開放), Nikon D3(AWB): ボケは四隅まで安定しており、グルグルボケや放射ボケはみられない。このレンズ構成の場合、2線ボケが出るとしたら遠方撮影時と言われているが(参考:「レンズ設計のすべて」辻定彦著)、通常の撮影で2線ボケが目立つことはまずない

F2.8(開放), Nikon D3(AWB): 景色を開放で狙うのは定石ではないが、ここはあえてレンズの大きなボケ量とピント部のキレを信じて開放にしてみたところ、これは凄いと驚いた。この距離からでもピント部前方がよくボケており、超大口径レンズの底力を感じる1枚である。収差の補正基準点が無限遠方ではなく中距離のポートレート域に設定されているようで、遠方撮影時には、かえって解像力が落ちているようだ。また、遠方撮影時は球面収差が過剰補正のようで、開放で遠方を撮影すると前ボケにモヤモヤとしたフレア(ハロ)が発生する。その際、発色はやや黄色に転ぶが、コントラストは依然として良い。絞れば解像力は急激に改善しハロも収まる

F11, Nikon D3(AWB): ご覧のとおりに絞ると発色はノーマルである。このくらいの距離だと解像力・コントラストはともに良好でシャープな描写である。さすがにプロ用のレンズというだけのことはある
 
脚注
muk(エム・ユー・ケー) カメラサービス
http://blog.monouri.net
横浜の関内に店舗を構えるマウントアダプターや撮影機材を専門とするお店です。横浜にお立ち寄りの際は、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。私の自宅からは車で10分のところにあります。

2014/10/28

A.Schacht(シャハト) Ulm Travenar(トラベナー) 90mm F2.8 R (M42)

トラベナーと言えば典型的にはシャハト社のテッサー型レンズに多く用いられるブランド名です。レンズの解説本で3群4枚構成という記述をみつけテッサータイプだと思い込んでしまった私は、eBayでレンズを目撃するたびに『中望遠のテッサー型レンズって、どんな写りなんだろう』などと興味を募らせていました。あるとき入手し実写してみたところ、テッサーらしくない優雅な写りに衝撃をうけてしまいます。ボケ味は美しく滑らかで、しかも四隅まで整然としていて、まるで絵画のようです。コントラストが良好なうえ階調はなだらかで中間階調が良く出ています。発色、ヌケともに申し分なく、私の知っているテッサー型レンズに対するイメージは良い意味で吹き飛んでしまいました。テッサー型にも凄いレンズがあるんですよなどと方々で言いふらしていたら、ネットで同社のカタログを見つけてしまいます。構成は3群4枚のテレ・ゾナー型でした・・・。凍った。
滑らかなボケ味と美しい発色が魅力の
人気中望遠レンズ
A.Schacht Ulm Travenar 90mm F2.8 R
A.Schacht社はAlbert Schacht(アルベルト・シャハト)という人物がミュンヘンにて創業したレンズ専門メーカーである。彼は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikon, Schteinhailなどに在籍し、テクニカルディレクターとしてキャリアを積んだ後、1948年に独立してA.Schacht社を創業、同社は1950年代から1960年代にかけてスチル撮影用レンズ、引き伸ばし用レンズ、プロジェクター用レンズ、マクロ・エクステンションチューブなどを生産している。なかでも主力商品はスチル撮影用レンズで、シュナイダーからレンズの生産を委託されたり、ライツからLeica Lマウントレンズの生産の正式認可をうけたりと同社は同業者からも高く評価されていた。A.Schacht社は1967年にConstantin Rauch screw factory に買収され、その後間もなくWill Wetzlar社に売却され消滅、レンズの生産は1970年まで続いていた。
今回紹介する一本はA.Schacht社の中でも大人気の中望遠レンズTravenar 90mm F2.8である。レンズの発売は1962年で対応マウントにはM42, Exakta, Leica L39に加え、Practina II, Minolta MDなどがある。レンズの構成は下図に示すような3群4枚のテレゾナータイプで、ZeissのLudwig Bertele(ベルテレ博士)が設計し、1932年にエルノスター型からの派生として設計したCONTAX SONNAR 135mm F4の流れを汲んでいる[参考1]。ただし、見方によってはダブルガウスの後群を屈折力の弱い正の単レンズ1枚で置き換えテレフォト性[注1]を向上させた省略形態とみることもできる。「レンズ設計のすべて」(辻定彦著)[参考2]にはテレゾナー型レンズについて詳しい解説があり、F2クラスの明るさを実現するには収差的に無理があるものの、F2.8やF3.5程度の明るさならば画質的に無理のない優れたレンズであるそうだ。なお、Travenar 90mm F2.8はゾナーの開発者L.Berteleが設計したという噂をよく目にし、証拠となる文献も提示されている[参考3]。Schachtは戦前のZeiss在籍時代からBerteleと親交があり、レンズ設計の協力を得られたのも、その頃からの縁のようだ。

注1:バックフォーカスを短縮させレンズを小さく設計できるようにした望遠レンズならではの性質で、レトロフォーカスとは逆の効果を狙っている。通常は後群全体を負のパワー(屈折力)にすることで実現するが、テレ・ゾナーやエルノスターなど前群が強大な正パワーを持つレンズでは後群側を弱い正パワー(屈折力の小さい凸レンズ)にするだけでも、ある程度のバックフォーカス短縮効果を生み出せる
参考1: Marco Cavina's Page:
参考2: 「レンズ設計のすべて」(辻定彦著) 電波新聞社 (2006/08)
参考3: Hartmut Thiele. Entwicklung und Beschreibung der Photoobjektive und ihre Erfinder,  Carl Zeiss Jena, 2. Auflage mit erweiterten Tabellen, Privatdruck Munchen 2007
Travenar 90mm F2.8の構成図。A.Schacht社のパンフレットからのトレーススケッチである。レンズ構成はエルノスターから派生した3群4枚のテレゾナー型である。正エレメント過多のためペッツバール和が大きく画角を広げるには無理があることから、中望遠系や望遠系に適した設計とされている。正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えている。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現しているが、このレンズの場合にはErnostar同様に弱い正レンズを据えている。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがある。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げるには無理がでる。後群を正エレメントにするのは別にかまわないが、これではテレフォト性が消滅してしまうのではないだろうか。実は前群の3枚が全体として強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体としてテレフォト性を満たすことができるのである[文献2]

入手の経緯
2012年5月にeBayを介しチェコのカメラメイトから入手した。レンズは当初、即決価格250ドルで送料無料(フリーシッピング)の条件で出品されており、値下げ交渉を受け付けていたので230ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態については「コンディション(A)で、使用感は少なく完全動作」とのこと。カメラメイトはeBayに出店しているショップの中では比較的優良な業者なので、コンディション(A)ならば博打的な要素は高くはない。Travenar 90mmはSchachtのレンズの中でもここ最近になって中古相場が大きく上昇したレンズである。eBayでの相場は2014年11月時点でついに450ドルを超えてしまった。同社のレンズの中ではM-Travenar(マクロ・トラベナー) 50mm F2.8がこれまで最も高価なレンズであったが、現在はこのレンズが一番高価になっている。優れた描写力に加え、ベルテレが設計したという情報がそうさせたのであろう。

重量(実測)205g, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F2.8-F22, 焦点距離 90mm, 絞り羽 16枚構成, 3群4枚テレ・ゾナー型, 1962年発売。レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である



撮影テスト
銀塩撮影 PENTAX MX + Fujicolor S400カラーネガ
デジタル撮影 Fujifilm X-Pro1 / Nikon D3
このレンズの特徴は何といっても穏やかなボケ味とシャハトらしい美しい発色である。解像感はマクロ域でやや甘くなるものの中距離以上では充分となり、開放でもハロやコマのないスッキリとヌケの良い写りである。コントラストは良好で色ノリも十分である。緑の発色が美しいのはシャハト製レンズの多くのモデルに共通する性質である。基本的にシャープな描写であるが絞っても階調の硬化は限定的で、なだらかな階調性を維持している。ボケは四隅まで整っており、滑らかなボケ味はまるで絵画のようである。穏やかな性質を備えた優れたレンズと言えるだろう。
F2.8(開放) Nikon D3 digital, AWB: このレンズのボケ味はどんな距離でも滑らかで美しい。忍び寄る夏の気配を写真に収めた

F2.8(開放)Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: 開放でも解像感は充分のシャープな描写だし、階調描写も軟らかい。おまけにボケがたいへん美しい。実によく写るレンズだ
F5.6 銀塩撮影(Fujicolor 業務用S400カラーネガ): 最短撮影距離(1m)ではややソフトな写りである。本来は中望遠から望遠域で力を発揮するレンズなのであろう





F2.8(開放) 銀塩撮影(Fujifilm業務用S400カラーネガ):シャハト製レンズは発色が独特で、不思議な魅力がある



2010/11/01

ENNA München TELE-ENNALYT 135mm/F3.5


うーん・・・
デザインが良いから許します。ハイ

Enna社は戦後の旧西ドイツで廉価なレンズを生産していた新興メーカーだ。センセーショナルな製品を世に送り続けてきた元気の良い企業として知られている。1953年に西ドイツでは初となるレトロフォーカス型広角レンズのLithagon 35mmを発売すると、1955年には驚異的な光学性能を持つ大口径中望遠レンズのEnnaston 85mm/F1.5(後にEnnalytに改名)や、東西ドイツで初となる焦点距離28mmの一眼レフ用広角レンズUltra-Lithagon 28mm/F3.5を送り出し話題となった。Ennastonは希少価値が極めて高く、現在の中古相場では3000㌦以上の高額で取引されることもある。続く1958年に発売した9枚玉のSuper-Lithagon 35mm/F1.9は開放絞り値がズバ抜けて明るく、世界で最も明るいレトロフォーカス型広角レンズとして注目を集めた。また、1961年に当時としては解放F値が極めて明るい巨大な望遠ズームレンズのTELE-ZOOM 85-250mm/F4を発売しモンスターの愛称で呼ばれた。このようにEnna社は派手な光学性能を持つレンズを次々と発表し、存在感のあるメーカーに成長した。
今回入手したTele-Ennalyt 135mm/F3.5は同社が1955年に発売した単焦点望遠レンズのブランドである。光学系は1949年に登場したたシュナイダーのTele-Xenar 135mm/F3.5(ゾナーから発展した4群5枚構成)に大変良く似た設計で、Tele-Xenarが持つ第2群目の張り合わせ構造を分離した5群5枚の設計となっている。初期のものはアルミ製の鏡胴であるが今回入手したゼブラ柄の個体は60年代初頭に行われたモデルチェンジによって世に出た第二世代の製品で、M42マウントとEXAKTAマウントに対応する2種が供給されている。なお、1963年代には本品を更に大口径化させたF2.8の開放絞り値を持つモデルも追加されている。デザインは存在感たっぷりのゼブラ柄で、安価な価格とともに消費者へのアピール度は充分である。ひとつ残念なのは絞りリングの制御をヘリコイドの繰り出し機構と分離させなかった点であろう。製造コストを安く抑えるために構造を単純化させたとはいえ、絞り値の設定時にもう片方の手を使いヘリコイドリングを押さえおかないとピントがずれてしまう。同様の難点は広角レンズのLithagonにも見られる。
焦点距離135mm/絞り値F3.5--F22, 最短撮影距離1.5m, フィルター径52mm,重量(実測)266g(フード込みで294g), 光学系は5群5枚で絞り羽根は12枚構成、絞り機構はフルマニュアル。M42マウントとEXAKTAマウントに対応する2種が存在する。OEM供給された同一品がTele-SandmarやTele-Ennastonなどの名で発売されている。ただし、これらはEXAKTAマウント用のみである

ENNA社は1964年までに累計400万本ものレンズを生産している。しかし、同社の製品が高いブランド力を獲得することはなかった。1965年頃からはOEM生産が主体となりドイツ国内外を問わず様々なバイヤーズブランド名でレンズを供給した。この頃の製品は製造コストの削減が優先され、絞り機構がフルマニュアルへと退化し、鏡胴の素材にはプラスティックが使われるようになっている。同社は1990年代までレンズやスライドプロジェクター等の光学機器の生産を続けていたが、現在はカメラ用レンズの生産から撤退している。Enna社の製品や歴史についてはFriedrich-W.Voigt著の"ENNA TASCHEN BUCH"(1965 Heering-Verlag)に詳細な情報が記されている。
★入手の経緯
本品は2010年6月にeBayを介し、中古レンズを専門とするギリシャのトップセラーstill22から落札購入した。オークションでは「12枚の絞り羽根、パーフェクトなボケ」との触れ込みで、「鏡胴はEXCELLENT++コンディション。鏡胴には少し使用感がある。前玉コーティングにクリーニングマークがあるが撮影結果に影響はない。他のレンズエレメントはクリアー。各部の動作、絞りは精確かつスムーズに動く。フォーカスリングの動作もスムーズかつ精確。」と解説されていた。オークションの締め切り間際に最大落札価格を102㌦に設定して入札したところ61㌦であっさりと落札できた。送料込みでの総額は84㌦であった。この業者にはこれまでも良い品を売っていただき、だいぶお世話になっている。商品に対する記述が的確で過去に一度も裏切られたことがない。今回も勿論、記述どうりの商品が届いた。
★撮影テスト
がんばれENNAと言いたいところだが、描写力については廉価製品らしさが滲み出ている。ボケ癖や周辺画像の流れなどはなく素直な結像が得られるが、シャープネスは平凡でコントラストも高くない。
Tele-Ennalytの光学系は5群構成であり、当時の135mm望遠レンズの大半が3群ゾナー型や4群の設計を採用したことを考えると異例の構成群数となる。5群というのは大方のレトロフォーカス型広角レンズと同じ群数で、光の反射防止膜の進歩によって当時ようやく実用的な画質を維持できるようになった敷居の高い構成だ。わざわざ無理をして5群構成に踏み切った経緯はわからないが、その反動が撮影結果にハッキリと出てしまっているのではないだろうか。ちなみに本ブログで過去に取り上げた5群構成のLithagonもコントラストの低いレンズであった。本レンズを屋外で使用する際にはしっかりとフードでハレ切りをしておかないとフレアが発生しやすく、暗部が浮き気味でメリハリのない軟調な撮影結果に陥りやすい。また、開放絞りでは残存球面収差が大きいようで鮮明感は高くない。被写体の輪郭部に弱いハロが生じることもある。いずれも深く絞れば問題ない。カラーバランスには癖はなく自然な色の出方である。細かいことではあるが、解像度の高いデジタル一眼につけて使用すると開放絞り付近で軸上色収差による色滲みを拾い、ピント合わせの際にピント面近くにある像の輪郭部が前ピンで赤、後ピンで青に色付いて見えることがある。また、ハイコントラストな撮影シーンに対して中間階調が省略気味になる点も気になる。ベンチマーク的な性能は平凡なわけだから、描写面でもう少し個性が欲しいところだ。
F3.5(開放絞り) NEX-5 digital, AWB: 開放絞りではあまり解像力が高くない。コントラストも低め

F8 NEX-5 digital,AWB:   あまりシャープなレンズとは言えないが絞ればこれくらいは鮮明になる。コントラストのつき具合も良好だ

 ★撮影機材
Sony α NEX-5 + ENNA Tele-Ennalyt 135/3.5 +純正メタルフード
このレンズは描写力に期待するよりも、派手なゼブラ柄のデザインを楽しむというのが正しい付き合い方のように思える。まぁ、こういうレンズもありだと思う。


2010/10/08

Schneider-Kreuznach TELE-XENAR 135mm/F3.5 テレクセナー(M42)

ゾナー型からの発展として初めて5枚玉に移行した
名門シュナイダーの望遠レンズ

Tele-Xenar(135mm/F3.5)はドイツの名門光学機器メーカー、シュナイダー・クロイツナッハ社が1949年から1970年代まで製造した単焦点望遠レンズだ。Xenarと言えば本来は同社のテッサー型レンズ(3群4枚の光学系)を思い浮かべるが、本品はどういうわけだかテッサー型ではない。実は本レンズの前身が1940年に発売されたXenar 135mmで、こちらは確かに3群4枚であった。しかし、1949年に設計が変更され同社の望遠レンズが4群5枚構成になったのを機に、ブランド名もTele-Xenarとなったのだ。光学系は戦前から望遠レンズの傑作として名高いツァイス・ゾナー135mm(3群4枚)の発展型で、ゾナーの特徴を継承し第2群が2枚のレンズをはり合わせた構造になっている(下図)。構成枚数が1枚多い4群5枚構成となることで、ゾナー型レンズよりも収差のコントロールがより高度になった。一般に望遠レンズは球面収差などの単色5収差が発生しにくく、広角・大口径標準レンズに比べて高度な光学系を要する必要がないため、画質的には優位とされている。4枚玉以下のシンプルな設計が多いため、望遠レンズには古くからハイコントラストな画質を提供できる優れた製品が多くある。本レンズの設計がゾナータイプよりも1枚多い構成を採用した事にどんな意図があったのかはわからないが、追加する場所を後玉寄りにとることで光の内面反射の増加を最小限に抑え、ゾナーと同等の画質を実現していると考えられる。後年、本レンズによく似た設計をエナ社のTele-Ennalyt 135mm/F2.8や三協光機のコムラー135mm/F2.8などが採用しており、tele-xenarの設計開発に端を発するこの種の光学系の普及はゾナーからの発展形態の典型となっている。なお、1970年代に製造された後期型のSL-Tele Xenar 135mm/F3.5では光学系が更に改良され、2群目の貼り合わせが分離した5群5枚構成となっている。

光学系のスケッチ。左がTele-Xenar 135mmで右がSonnar 135mm
今回入手したTele-xenar(テレクセナー)135mm/F3.5はシュナイダー社のシリアル番号表から、同社が1968年~1970年頃に製造した個体である。光学系の設計自体は1949年の登場時と同一であるが何度かマイナーチェンジを繰り返しているため、コーティングやガラス硝材等は初期の物に比べいくらか改良されていると思われる。最短撮影距離が2mと長めであることは不満だが、無理の無い設計と高度な収差のコントロールにより、欠点の少ない安定した画質を実現している。鏡胴はシュナイダーらしい頑丈な造りで、お洒落なシルバーのラインや合皮を用いているなどデザインに個性がある。また、この時期のレンズとしては珍しくフードをレンズ本体のフィルター枠に対して逆さ付けすることができる。マウント部が通電する材質になっているため、PENTAXの銀塩カメラで使用する際にはフォーカスエイドが有効となり、合焦をランプの点灯と電子音で知らせてくれるようになる。同時期に発売された姉妹品として、28mm/F4と35mm/F2.8のCURTAGON、シフトレンズで35mm/F4のPA-CURTAGON、50mm/F1.9のXenon、50mm/F2.8のXenar、200mm/F5.5と360mm/F5.5のTele-Xenar、ズームレンズのVARIOGON 45-100mm/2.8とTele-Variogon 80-240mm/F4がある(詳しい仕様についてはシュナイダーのホームページ(こちら)の製品カタログPDFファイルを参照できる)。このうち、CURTAGON 35/2.8については過去に本ブログで取り上げた。
純正フードはレンズ本体のフィルター枠に逆さに付けることができるよう工夫されている。純正キャップにもネジ山が切られており、フードの上からねじ込んでとり付ける
戦後の写真用レンズは光の反射防止膜(コーティング)技術の進歩を背景に、テッサーやゾナーといった4枚玉のシンプルな設計が王道だった時代から脱し、より高度な光学設計を追求する時代へと移行していった。いち早く5枚玉による望遠レンズとして世に送り出されたTele-xenarは、こうした潮流の中において、先駆的な位置づけにあるレンズと言えるだろう。
焦点距離/開放絞り値:135mm/F3.5、光学系の構成:4群5枚、重量(実測):312g(純正フードまで含めると352g),フィルター径52mm, 最短撮影距離:2m, 対応マウントにはM42, EXAKTA, デッケル, ライカL39, ALPA, Rollei SL等がある
マウント部近くにはレリーズ穴があいており、絞り機構のA(オート)/M(マニュアル)スイッチもみられる。また、マウント部には絞り連動ピンがついている

★入手の経緯
本品は2010年7月4日にeBayを介してギリシャの有名業者still22から送料込みの153㌦(13800円)で落札購入した。商品には箱と純正フードが付き、"MINT-" コンディション(殆ど新品)と紹介されていた。オークションではかなり競り合うのではないかと予想していたが、入札締め切り1分前になっても70㌦代と盛り上がりに欠けていた。締切20秒前に最高入札額180㌦でスナイプ入札したところジリジリと値が上がりはじめたが、最後は131㌦であっさりと落札できた。eBayでの相場は150-200㌦程度なので今回はお得なお買い物。届いた商品はピカピカの新品のような個体で、経年を考えれば奇跡的な保存状態であった。
★撮影テスト
過去にCURTAGONやXENONなどシュナイダーが製造したレンズを何本かテストしてきたが、どれも素晴らしい描写力を持ち、開放絞りでも画質の低下が少ない安定感のあるレンズばかりであった。シュナイダーのレンズには手堅い設計仕様のものが多く、あまり冒険をしないという企業イメージがある。本レンズも例外ではない。
Tele-Xenarのピント面は開放絞りでも球面収差や像面湾曲、非点収差が顕著化せず、画像端部まで均質でシャープな画質を実現している。ピントの山は大変つかみやすい。デジイチで使用する場合にはイメージセンサーが持つ高い解像力のためか、色収差(軸上色収差)を拾い、ハイライト部の輪郭が色づくことがある。この種の収差は結像を甘くする一因として厄介であるが、実際にレンズを使用した感覚としては充分にシャープで、ピント面の先鋭感は開放絞りからでも実用的なレベルである。アウトフォーカス部の結像は乱れることなく素直で良く整っており、2線ボケ等は検知できない。ボケ味(後ボケ)はとても滑らかで好印象だ。発色はあっさり、すっきりしており落ち着いた自然な仕上がりとなる。優れたレンズだ。
F5.6銀塩(FujiFilm PRO-400H):まずはフィルムによる銀塩撮影。ピント部はとてもシャープ
F3.5 digital(sony alpha  NEX-5): 開放絞りでもこのとおりにシャープ。発色は癖もなくごく自然で派手さはない
F5.6 digital(NEX-5): 背景のボケは滑らかで綺麗。近接撮影にしてはピント面の解像が高く、充分な画質だ。ちなみに被写体はいつものばぁちゃんで、彼女の自宅前の花を撮影していると、どこからともなく現れる。「あんた写真部なの?」と話しかけられて知り合った。撮影テストと掲載に好意的に応じてくれる貴重な人物
左F8 銀塩(UXi-200)  / 右F11 銀塩(UXi-200): こちらも銀塩フィルムでの撮影結果だ。落ち着いた自然な色が出ている。右の写真は左の飛行機の機内から撮影した雲海の様子。濃淡の微妙な変化を楽しめる

★使用機材
銀塩カメラでの撮影
PENTAX MZ-3 + Schneider Tele-Xenar 135mm/F3.5 + フィルム(efiniti UXi super 200)
デジタル一眼での撮影
Sony α NEX-5 + Schneider Tele-Xenar 135mm/F3.5