おしらせ


2016/08/08

Carl Zeiss Pro-Tessar 35mm F3.2, 85mm F3.2, 115mm F4 and Tessar 50mm F2.8(Prologue)


特集コンタフレックスのプロ・テッサー(プロローグ)
肉厚ガラスで奏でる美しい旋律
プロテッサー(Pro-Tessar)は旧西ドイツのツァイス・イコン(Zeiss-Ikon)社が1957年から1975年まで生産した一眼レフカメラのコンタフレックスIII型以降のモデル(Contaflex III、IV、Rapid、Super、Super(new)、Super B、Super BC、S)に供給したコンバージョンレンズ群である。米国をはじめとする西側諸国への広告戦略がうまくゆき、コンタフレックスシリーズは人気商品となった。カメラにははじめからテッサー(Tessar) 50mm F2.8が標準搭載されており、テッサーの前玉をPro-Tessarの各モデルに交換することで広角35mm、中望遠85mm、望遠115mm、等倍マクロ撮影、ステレオ撮影などに対応することができた。レンズのラインナップは下記のとおりである。
  • Pro-Tessar 35mm F4およびF3.2(改良型)
  • Pro-Tessar 85mm F4およびF3.2(改良型)
  • Pro-Tessar 115mm F4
  • Pro-Tessar M1:1 50mm F5.6(マクロ専用)
  • Steritar B(ステレオ撮影用)
焦点距離35mmと85mmのモデルははじめF4の口径比で登場したが、1962年に同一構成のまま口径比をF3.2まで明るくした新モデルに置き換わっている。レンズを設計したのは名玉ローライフレックス版プラナーの設計者として知られるギュンター・ランゲ(Günther Lange)で、1955年と1956年に出願した本レンズの米国特許の記録がみつかる[文献1,2]。
Pro-Tessarファミリーの構成図(文献[3]からのトレーススケッチ(見取り図))。上方の青で着色した部分が前群側(コンバージョンレンズの側)で、黄色に着色した部分が後群側(カメラの側)という位置関係になっている。青で示したコンバージョンレンズ群を交換することで様々な焦点距離や用途に対応させることができた



プロ・テッサーの魅力は何と言っても肉厚ガラスを用いた異様な設計形態であろう(上図)。焦点距離35mmのモデルにもかなりの肉厚ガラスが備わっているが、85mmや115mmのモデルに至っては、もう見事としか言いようがない。このような設計形態はレンズをコンパーシャッターに無理やり適合させるところから来ており、シャッターの狭い開口部に光を通すため、前群側で屈折力を大いに稼ぐ必要があった。シャッターの制限から来るハードルを高い技術力で突破してしまうあたりは、いかにもツァイスらしい製品と言える。なお、Zeiss-Ikon社がこうまでしてシャッターへの適合に拘ったのは、同社が二大シャッターメーカーのコンパー(Compur)とプロンター(Prontar)を傘下に入れてしまったためであると言われている。シャッターの生産量を維持するという経営面での事情と、何でも作れてしまうZeissの技術力が重なり、このような異様な設計形態を生み出す原動力になった。これは驚くべき事例である。
 
プロテッサーをデジタルカメラで用いる
プロ・テッサーはコンタフレックス用テッサー50mm F2.8の後群側をマスターレンズとするコンバージョンレンズ群である。テッサーの前玉はバヨネット方式になっており、これを外してプロ・テッサーに取り換える仕組みになっている(下・写真参照)。レンズを現代のデジタルカメラで用いるにはコンタフレックスの本体に固定されているマスターレンズをシャッターユニットごとカメラから取り出し、デジカメ用のマウントに改造すればよい。私は手元にあったPK-NEXアダプターを使いSony Eマウントに変換することにした。これさえあれば、プロ・テッサーシリーズ全てをデジタルカメラで用いることができる。肉厚ガラスを通り、狭いトンネルをくぐり抜けた光はデジタルカメラのセンサーにどんな像を結ぶのか。興味は増すばかりである。
PK-NEXアダプターに搭載したコンタフレックス用テッサー。前玉はバヨネット方式で据え付けられており、これを外してプロ・テッサーと交換する仕組みになっている



プロ・テッサーを設計したGランゲは同時代にJベルガー(J.Bergar)らと共にマスターレンズをガウスタイプ(Satz-Planar 50mm f2)とする別バージョンのコンバージョンレンズ群を設計しており、製品化はされなかったものの、1957年に広角レンズのプラナー・ゴン(Planar-Gon)35mm f4と望遠レンズのプラナー・テル(Planar-Tel)85mm f4を開発し試作品の段階まで漕ぎ着けている[4]。やはり、これらも肉厚の光学エレメントを多用したレンズであった。
 
参考文献
[1] 焦点距離85mmと50mmのモデルの米国特許:G.Labge, US Pat.2816482(Filed in 1956)
[2] 焦点距離35mmnのモデルの米国特許:G.Lange, US Pat.2835168(Filed in Aug.1955),  US.Pat 2844997(Filed in Nov.1956)。なお、115mmについてはG.Langeとの関連を示す記録がない
[3] 構成図:PHOTO-REVUE(French Magazine), Nov.1956, pp.284
[4] Walter Owens, Vintage Camera Lenses

2016/08/07

E.Krauss Planar-Zeiss 60mm F3.6 写真作例追加

E.Krauss Paris Planar-Zeiss 60mm F3.6
写真作例の追加
だいぶ前に書きました「Carl Zeissの古典鏡玉part 3: Planar初期型」の写真作例を追加しました。この記事は内容が少し古くなってきましたので、いずれ新たな知見を加えブラッシュアップをはかるつもりです。今回は作例のみ。
Eクラウス(E.Krauss)社のプラナー(Planar-Zeiss)は1年半ぶりに使用しましたが、やはり素晴らしいレンズでした。開放では柔らかさのなかに緻密さがあり、とても繊細な写りです。
F4, sony A7(AWB): 線の細い繊細な描写です
F3.6(開放), sony A7(AWB): ここちよい柔らかさが生きています
F3.6(開放), sony A7(WB:曇天): 開放でも中心解像力は充分。前ボケには美しいフレアがのり、しっとり感がただよっています

F5.6, sony A7(AWB):絞ればシャープ。さて、これは何処でしょう?こたえは・・・
F8, Sony A7(AWB): 蒸気汽車の中でした
F4, sony A7(AWB): 

F5.6, sony A7(AWB): 少し絞れば遠景も充分にシャープです
このレンズが製造されたのは1905年頃ですが、現代のデジタルカメラで使用しても、満足のゆく写真が撮れます。このレンズとの出会いは生涯忘れることがないでしょう。
 

2016/05/17

VEB Pentacon auto 50mm F1.8 (M42) Early model and Late model



東ドイツのペンタコンブランド PART 5
コストパフォーマンスの高い
ペンタコンブランドの中核レンズ
Pentacon Auto 50mm F1.8 (M42 mount)前期型/後期型
オールドレンズの入門者に最適なレンズを話題にする際に必ず登場するのが、旧東ドイツのペンタコン人民公社(VEB PENTACON)が生産した高速標準レンズのペンタコン(Pentacon) 50mm F1.8である。開放では微かに滲む柔らかい描写になり、絞れば現代のレンズのようにシャープでスッキリとした写りとなるため、あらゆる場面でオールラウンドに用いることのできる万能なレンズとして知られている。最短撮影距離は0.33mとたいへん短く、スナップでのマクロ撮影にも充分に対応できる。ロシア製レンズすら寄せ付けない圧倒的なコストパフォーマンスと美味しいところを詰め込んだ欲張りな製品仕様のため、ビギナーにはモテモテ、マニアからは羨望の眼差しと容赦のない厳しいコメントが絶えない。低価格帯オールドレンズの中では台風の目と言っても過言ではないスター性のあるレンズである。
レンズのルーツは旧東ドイツのメイヤー・オプティック(Meyer-Optik)が1960年代から1970年代初頭にかけて生産したダブルガウス型レンズのオレストン(Oreston)50mm F1.8である。メイヤー・オプティックは1968年にペンタコン人民公社へと合流し、1971年から自社の全てのブランドを人民公社のブランド(Pentacon / Prakticar / Pentaflex)で供給するようになった。前期型オレストンと全く同一のデザインのまま名板のみをすげ替えたもので、ごく初期の製品には「PENTACON ORESTON」と記された過渡的な個体もみられる。レンズは一眼レフカメラのプラクチカLシリーズ(M42スクリューマウント)に搭載する製品として登場し、ガラスにはシングルコーティングが施された。1979年になるとマルチコーティングに対応した後期型が登場、M42マウントのプラクチカLシリーズに加えバヨネットマウントのプラクチカBシリーズにも対応している。前期型と後期型の描写傾向には大きな差はないので、光学設計は一貫して同じものが用いられていたと思われるプラクチカLシリーズ後期型は一部の個体がレヴューノン(REVUENON)の名でも市場供給されていた。
レンズは中古市場で今も豊富に取引されており、ドイツ本国での価格は30ユーロから(日本では8000円前後から)と大変こなれている。F2をきる明るさとコストパフォーマンスの高さから、ペンタコンブランドの普及価格帯の中で中核的な製品に位置づけられていた。
左はPentacon auto 50mm F1.8(シリーズL)、右はPentacon Prakticar 50mm F1.8(シリーズB) の構成図。文献[2][3]からのトレーススケッチである。上が前方で下がカメラの側という配置である。両レンズはおそらく同一の設計であろう。構成は4群6枚のスタンダードなダブルガウス型である。後群側の張り合わせ面に曲率がないのは製造コストを抑えるためであろう


参考文献
  • [1] 東ドイツカメラの全貌 (朝日ソノラマ)
  • [2] BILD UND TON 1/1986(Scientific Journal of visual and auditory media "Entwicklungstendenzen der fotografischen Optik" Dipl.-Ing. Wolf-Dieter Prenzel, KDT
  • [3] OBJETIVOS para cameras reflex, VEB Carl Zeiss Jena DDR and Kombinat VEB Pentacon Dresden レンズカタログ

入手の経緯
Pentacon MC 50mm F1.8(前期型 / Early model)
このモデルはヤフオクでも流通しており、価格は中古並品で8000円、状態の良い個体は8000-12000円程度で手に入れることができる。もちろんドイツ版eBayなどを経由し本国から輸入する方が、これよりも安い価格で入手できる。本品は2016年2月にドイツ版eBayを介し個人出品者から約5400円(35ユーロ+送料8ユーロ)の即決価格で購入した。オークションの記述は「2インチのレンズでキャップとフードが付属する。スーパーショットが撮れるトップレンズだ。状態は外観、機能ともとても良好である。光学系はオーバーホール済みで傷、カビ、クモリ等ない。100%オリジナルである」とのこと。前期型の本レンズのほうが後期型よりも個体数は少なく、若干高値で取引される傾向がある。届いた品は光学系がほぼ新品同様で、鏡胴にも僅かにスレがある程度の美品であった。
Pentacon auto 50mm F1.8 前期型(Early model): 重量(実測) 208g, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.33m, フィルター径 49mm, 絞り F1.8, F2-F16, M42マウント, 4群6枚ガウス型, 製造 VEB Pentacon, シングルコーティング仕様, Meyer-OptikのOrestonに鏡胴のデザインが全く同一のモデルが存在する。開放絞りF1.8の直ぐ横にF2の絞りが用意されているのは前期型にみられる特徴で、後期型では省略されている


Pentacon MC 50mm F1.8(後期型バージョン1/Late model ver.1)
マルチコーティング化がはかられた後期型の初期のモデルで、流通量はペンタコンシリーズのなかで最も少ない。ヤフオクでの相場は中古並品が7000~8000円、状態の良い個体では10000円程度である。本品は2016年6月にドイツ版eBayを介し、ハンブルグの大手カメラ店アナログ・ラウンジから約4500円(30ユーロ+送料8ユーロ)の即決価格で購入した。商品の解説は「完全に動作する。良好なコンディションで使用感は少ない」とのこと。届いたレンズはホコリの混入がやや多目にみられたが、絞りの側から軽く清掃したらマトモなレベルになった。光学系はバラしていないので、ピントの精度等に影響は出ていない。
Pentacon auto MULTI COATING 50mm F1.8(後期型バージョン1 Late model: version1 ): 重量(実測) 195g, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.33m, フィルター径 49mm, 絞り F1.8-F16, M42マウント, 4群6枚ガウス型, 製造 VEB Pentacon (Meyer Optik), マルチコーティング仕様(後期型ver.2とはコーティングの種類が異なる)



Pentacon MC 50mm F1.8(後期型バージョン2/Late model ver. 2)
このモデルはeBayやヤフオクで豊富に流通しており、価格は中古並品で7000~8000円、状態の良い個体でも10000円程度で手に入る。本品は2016年3月にドイツ版eBayを介し、ハンブルグの大手カメラ店アナログ・ラウンジから約5500円(30ユーロ+送料8ユーロ)の即決価格で購入した。商品の解説は「完全に動作する。良好なコンディションで使用感は少ない」とのこと。このセラーは商品の在庫が豊富で、レンズ名を検索をかけると常時20~30本の在庫がヒットする。記述の精度は怪しいが、同時配送の場合にはリクエストに応じ送料を1本分にしてくれるサービス精神のあるセラーだ。14日間の返品規定もあるので安心して購入することができた。届いたレンズはガラス、鏡胴ともたいへん綺麗であった。
Pentacon auto MULTI COATING 50mm F1.8(後期型バージョン2 Late model:version 2): 重量(実測) 195g, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.33m, フィルター径 49mm, 絞り F1.8-F16, M42マウント, 4群6枚ガウス型, 製造 VEB Pentacon (Meyer Optik), マルチコーティング仕様(後期型Ver.1とはコーティングの種類が異なる)



撮影テスト
前期モデルも後期モデルも描写傾向は概ね似ており、開放でのホンワリとした柔らかい描写は細部の質感よりも雰囲気を優先させたい場面での撮影に効果がある。また、1段絞るとキレのよい階調描写、高いコントラスト、コッテリとした色のりへと変わる。被写体を細部の質感に至るまで力強くシャープに描き切ることができ、準マクロ域での撮影にも充分な画質を提供できる。安いのにとてもよく写るレンズである。ただし、解像力は可もなく不可もなくで、一部の高級レンズの開放描写にみられる線の細い繊細な描写までを期待することはできない。このあたりは廉価レンズ相応の性能であると受けとめざるをえない。背後のボケはポートレート域でやや硬く、距離によっては2線ボケが出たりザワザワと騒がしくなることもあるが、近接域では柔らかく綺麗に拡散している。反対に前ボケはポートレートでも柔らかい。グルグルボケはポートレート域で背後に僅かにみられるものの顕著に出ることはない。前期型と後期型はどちらも絞り羽が6枚構成であるが、絞ったときの羽根の形状が異なり、前期型は角ばった六角形になるのに対し後期型は丸みを帯びた六角形になる。このため背後のボケ玉の形状には若干の差が見られた。

APS-C mode(SONY A7)による作例
レンズのイメージサークルはフルサイズフォーマットに準拠した設計になっているが、このレンズを用いる大多数がエントリーユーザーからミドルレンジユーザーであることを考えると、APS-C機やM4/3機での作例を提示することにも一定の意味がある。まずはSONY A7をAPS-Cクロップモードに設定して撮影した結果を提示する。レンズ本来の35mm判の画角よりも狭い範囲の領域を撮影することになるので、画面の四隅で発生する諸収差の影響が緩和され、グルグルボケは完全に目立たないレベルとなる。
後期型(Late model)@F1.8(開放) Sony A7(APS-C mode, AWB): いきなりコレには驚いた。実力のあるレンズであることは間違いない
前期型(Early model)@F1.8(開放), Sony A7(APS-C mode, AWB):  今度は厳しい逆光にさらし、表現力にどれだけの幅があるのかを確認してみる。結果はこのとおりで、美しいハレーションがたっぷり出ているにも関わらず発色が濁るなどの破綻はない。ある程度までなら厳しい逆光にも耐えてくれる頼もしいレンズである
前期型(Early model)@F4, sony A7(APS-C mode, WB:太陽光): コントラスト、発色、ピント部の質感表現など申し分のない高い描写性能だ。APS-Cフォーマットならグルグルボケはほぼ出ないと判断してよさそうである
後期型(Early model)@F2.8, Sony A7(APS-C mode, AWB): 近接域でも安定感のある描写性能である。参考までにこちらには絞り(F1.8/F2.8/F4)ごとの画質変化を示した。開放では柔らかく、階調もやや軟調気味で発色は僅かに淡い
後期型(Late model)@F2.8, Sony A7(APS-C mode, AWB):この場面での開放F1.8での作例をこちらに掲示した。1段絞ってからの高いシャープネスはこのレンズの大きな特徴と言えるだろう。前ボケは基本的に柔らかく拡散している
後期型(Late model)@F4, Sony A7(APS-C mode, AWB): トーンもなだらかで、とてもいい


後期型(Late model)@F1.8(開放), sony A7(APS-C mode, AWB): 開放では衣服が薄っすらとしたフレア(コマフレア)に覆われ、素晴らしい質感表現である。一方、背後のボケは硬くザワザワとしており2線ボケ傾向に陥ることがわかる。球面収差が過剰気味に補正されているレンズの典型的な描写傾向である
後期型(Late model)@F2.8, Sony A7(APS-C mode, AWB): 1段絞るだけでフレアは消え、ピント部はスッキリとヌケがよくシャープな描写になる。2線ボケもだいぶ収まっている







 
FF mode(SONY A7)による作例
続いてフルサイズフォーマットでの撮影結果を示そう。同じ撮影画角で写真を撮る場合にはFFモードの方が被写体に一歩近づくことができるので、ボケ量はAPS-C機の時よりも絞りに換算して約1段分大きくなる。広い包括画角をカバーするので写真の四隅には収差の効果(影響)がみられるようになる。
後期型(Late model)@f2.8, sony A7(Full size mode,AWB): フルサイズ機で使用する場合、ポートレート域では僅かにグルグルボケが出始める。それにしても、こんなポーズをとるようになったのは、この後に出てくるモデルさんの影響か・・・


後期型(Early model)@F2.8, Sony A7(Full size mode, WB:電球): F2.8まで絞ればシャープで、現代のレンズに近い高水準な描写性能である。解像力は可もなく不可もなくで十分なレベルである

前期型(Late model)@F2, Sony A7(Full-size mode, WB:太陽光): 前期型にはF1.8の開放絞りの直ぐ横にF2の絞りが用意されている。後期型にはないプレミア仕様なので使わない手はない。F2が用意されている理由は直ぐにわかった。絞り値としての差はわずかであるが、作例のようにフレア(滲み)の発生量は急激に抑えられピント部はスッキリとしている。F2はフレアのコントロールを可能にする"スイッチ"のような役割を担っていたのである


前期型(Early model)@F1.8(開放), Sony A7(Full-size mode, AWB): 前ボケは柔らかく滲んでいる。開放からパキッとシャープに写る現代的なレンズでは、こういう印象的な写真にはならない。過剰補正レンズは前ボケにフレアが出るのが特徴だ







前期型と後期型の描写比較
最後に前期型と後期型の描写比較の結果を提示する。開放での滲みは極僅かに前期型の方が強い。これに関連するためか或いはコーティングの性能の差によるのかは判断できないが、開放でのコントラストは後期型の方が少し高く、前期型に比べ暗部が僅かに引き締まる。ただし、ピント部中央や四隅の解像力など結像性能全般には差が見られなかった。絞り羽の形状が前期型は角ばった六角形になるのに対し後期型は丸みを帯びた六角形になる。このため、ボケ玉の形状には僅かな差が見られた。
SONY A7(APS-C mode, AWB):左列は前期型、右列は後期型を用いている。上段はF1.8(開放)、中段はF2.8、下段はF4で撮影した。両モデルの描写傾向はたいへんよく似ており、開放では柔らかく、背後のボケはザワザワと硬い。背後の手すりには2線ボケ傾向がみられる。1段絞ればボケは安定する。写真での比較ではごくわずかな差であるが、レベル曲線をみると後期型の方が暗部が僅かに締まっておりコントラストは若干高い。マルチコーティングの効果であろう。写真中央部の花を拡大したものを下に示す
ひとつ前の写真の中央部を拡大したもの。開放では両レンズとも僅かに滲みがみられるが1段絞れば収まる。右上のボケ玉の輪郭には火面とよばれる光の集積部がみられる。ザワザワとした硬いボケになる原因はコレである。両レンズは絞り羽の形が若干異なる。中段・右上のボケ玉を見てもらうとわかりやすいが、前期型と後期型ではボケ玉の形状に僅かな差が見られた

SONY A7(APS-C mode, AWB):左列は前期型、右列は後期型を用いている。上段はF1.8(開放)、中段はF2.8、下段はF4で撮影した。やはり、両モデルの描写傾向はたいへんよく似ており、開放で柔らかく、1段絞るとヌケがよくスッキリとした描写になる




こちらには上の比較写真を更に大きなサイズで掲示した。

2016/04/21

VEB Pentacon(Meyer-Optik Diaplan) 150mm F2.8 x Speed Graphic



東ドイツのペンタコンブランド PART 4(後篇)
スピードグラフィックで辿りつく
バブルボケフォトの極大点
VEB Pentacon (Diaplan) 150mm F2.8
ペンタコンAV(ダイアプラン)シリーズで最大の口径を誇る150mm F2.8は中判6x6フォーマットのMalisixという投影機に供給されたプロジェクターレンズである。イメージサークルには余裕があり、中判6x9フォーマットまでを余裕でカバーできる。フォーカルブレーンシャッターを搭載した万能カメラのスピードグラフィックに取り付け、特大サイズのバブルボケフォトを楽しもというのが今回の企画である。ちなみに中版6x9フォーマットで撮影した場合の撮影画角は35mm版換算で65mm相当と標準レンズ並みの広さとなる。イメージサークルを余す所なく活用した写真には一体どれほど大きなバブルボケが写るのか。想像するだけで胸がいっぱいになり、鼻血が出そうである。このレンズの中判カメラによる実写はこれが初めてなのではないだろうか。

入手の経緯
前回の記事で紹介したPentacon AV 150mm F2.8(M42改造)は記事を公開した直後に売却してしまった。しかし、その直後に中判カメラによるテストを思い立ち、再び買いなおすことに・・・。レンズは2016年3月にドイツ版eBayにてレンズヘッドの状態で売られていたものを90ユーロ+送料20ユーロの即決価格で入手した。この時点では誰も関心を寄せないレンズであったため、他に入札はなく、難なく私のものとなった。しかし、1か月たった現在では出品される商品に多くの入札が集まるようになり、レンズヘッドの落札額も1.7~2万円程度まで上昇している。
PENTACON 150mm F2.8, 重量(実測) 約400g(レンズヘッドのみ), 絞り無し, 設計構成は3群3枚のトリプレット型, 鏡胴径 62.5mm, 鏡胴は金属製, 設計構成 3群3枚(トリプレット型), マルチコーティング, Malisix 6x6 120 Slide Projector用レンズ, イメージサークルは中判6x9フォーマットをギリギリでカバーできる。大判4x5inchでは写真の四隅がケラれていた
スピグラで撮影中の私。Baush and Lomb Baltar 75mmf2.3 +Sony A7で近所の知り合いに撮っていただきました(Photo by S. Shiojima)

撮影テスト
ボケ量はさすがにフルサイズ機で用いた時とは比べ物にならないほど大きい。ただし、画角が35mm版換算で65mm相当まで広がったのは大誤算であった。望遠圧縮効果が弱まりバブルの大きさが均一になってしまうとともに、グルグルボケが目立つようになり、画面の四隅でバブルが平べったく変形してしまうのである。フルサイズ機で用いたときのような迫力のあるバブルボケにはならない。グルグルボケは主張が強いうえ比較的多くのレンズに見られる性質なので、ある意味でボケが平凡になってしまうのである。バブルボケフォトを楽しむにはボケ量の大きさも重要であるが、無理してボケ量を稼ぐのではなく、望遠圧縮効果を活かし大小さまざまなサイズのバブルを発生させるほうが奥行き感に富む迫力のある写真が得られる。グルグルボケもできれば無い方がよい。このレンズはフルサイズ機にマウントし望遠レンズとして使用するほうが、真価を存分に発揮できると思う。


Photo 1,  F2.8, 中判6x9(銀塩撮影/ Fuji Pro160N), SpeedGraphic (Pacemaker):さすがにボケ量は大きい。35mm版換算でF1.2の標準レンズと同等のボケ量が得られる

Photo 2, F2.8, 中判6x9(銀塩撮影/ Fuji Pro160N), SpeedGraphic (Pacemaker):オールドレンズ写真学校の講師の方です




Photo 3, F2.8, 中判6x9(銀塩撮影/ Fuji Pro160N), SpeedGraphic (Pacemaker): 中判6x9フォーマットだとグルグルボケが目立つようになり、四隅でボケが平べったく変形してしまう。撮影フォーマットはもう少し小さい方がよさそうだ







Photo 4,  F2.8, 中判6x7(銀塩撮影/ Fuji Pro160N), SpeedGraphic(Pacemaker):6x9フォーマットは広すぎると感じたので、今度は6x7フォーマットに変更してみた。ボケにはかなり特徴が出ている。娘から光のオーラが立ち上がり北斗の拳になってしまった

2016/03/05

VEB Pentacon (Meyer-Optik Diaplan) 150mm F2.8 (Projector lens)



 前エントリーで取り上げたPentacon AV 80mm F2.8は鏡胴の素材がプラスティックであったが、今回の望遠モデルは耐久性のあるメタルになっており貫禄は充分。ボケ量の大小を決める口径サイズは同シリーズで最大を誇る


東ドイツのペンタコンブランド PART 4(前篇)
ダイアプラン系列で最大の口径を誇る
バブルボケレンズの王者
VEB Pentacon (Diaplan) 150mm F2.8 改M42
プロジェクター用レンズのPENTACON AV/ DIAPLANシリーズは改造して写真撮影に転用することでバブルボケを発生させることができるため、高価なトリオプラン100mm F2.8の代用品になるレンズとして脚光を浴びている[文献1]。今回はその中で最大の口径を誇るペンタコン(AV) 150mm F2.8を取り上げてみたい。ボケ量は口径の大きなレンズほど大きく、口径比がF2.8の場合には長焦点レンズであるほど大きなボケ量となる。150mmの焦点距離を持つ本レンズの場合、得られるボケ量はF0.9相当の極めて明るい標準レンズと同等で、マクロ域での撮影のみならずポートレート域で人物を撮る際にも、背後の空間に大きなバブルを発生させることができる。しかも、本レンズの場合には望遠圧縮効果が有利に働くので、バブルボケの出方が平面的にはならず、大小さまざまなサイズのバブルが空間内を浮遊するような奥行き感のある写真が得られるのである。実はこの150mmのレンズを用いた写真がまだ殆ど公開されていないため、どれほど凄い写真が撮れるのか全く知られていない。レンズヘッドの購入額は約1万円強。1万円で未知の扉を開くことができるのは、オールドレンズ遊びを趣味とするグルメ人として冥利に尽きることだと思う。
ペンタコンAVには焦点距離150mmの製品以外に複数のモデルが存在し、私が把握しているだけでも9種類を確認している[注1]。このレンズの先代はメイヤー・オプティックのDiaplan(ダイアプラン)150mm f2.8であるが、メイヤーは1968年にペンタコン人民公社に吸収され、それまでのメイヤーブランドは1971年以降にペンタコンブランドへと置き換わっている。なお、ダイアプランとペンタコンAVの光学設計は全く同一である。
  
先代のMeyer-Optik DIAPLAN 150mm F2.8。外観だけでなく、中身(設計)も全く同一である


注1… Diaplan/Pentacon AVシリーズには焦点距離や口径比の異なる9種類のモデル2.4/60, 2.8/80, 3.5/80 2.8/100, 3/100, 3.5/100, 3.5/140, 2.8/150, 4/200が存在する。このうち2.4/60は私がこちらで検証したようにレンズ構成が変則的なダブルガウス型のためバブルボケが出る保証はないが、他は全て3枚玉のトリプレット型である。今回入手した150mmf2.86x6フォーマットのMalisixという中判スライドプロジェクターに供給された交換レンズである。理由はよくわからないが、Malisix用のモデルのみ鏡胴が金属製で銘板にAVの表記がない。

参考文献・サイト
[文献1] レンズの時間VOL2 玄光社(2016.1.30) ISBN978-4-7683-0693-2
 
入手の経緯
2016年1月にドイツ版eBayを経由しアルパフォログラフィーというカメラ屋からレンズヘッドのみを90ユーロ(+送料12ユーロ)の即決価格で購入した。オークションの記述は「プロジェクター用レンズのPentacon (Diaplan) 150mm F2.8。鏡胴径は62.5mmでカメラマウントはない。傷、カビはない」とのこと。マウント部に傷がない品なのでオールドストックであると判断し購入に踏み切った。届いたレンズは撮影に影響のないレベルのホコリがみられる程度で、コンディションの良い個体であった。焦点距離150mmのモデルは流通量が少なく直ぐにはみつからなかったので、長らく探した末の入手である。
PENTACON 150mm F2.8, 重量(実測) 約400g(レンズヘッドのみ), 絞り無し, 設計構成は3群3枚のトリプレット型, 鏡胴径 62.5mm, 鏡胴は金属製, マルチコーティング, Malisix 6x6 120 Slide Projector用レンズ

カメラへのマウント
このレンズにはヘリコイドはおろかマウント部すら付いていないため、改造にかなりの工夫を要する。改造における最大の難関は62.5mmもある太い鏡胴をヘリコイドにどうやって据え付けるのかである。しばらくのあいだ試行錯誤を繰り返していたが、ある時にミノルタのメタルフードD52N2が鏡胴にピタリとはまることを発見、このフードをレンズヘッドの後玉側に被せて固定し、レンズヘッドのマウント側を52mmのフィルターネジにすることができるようになった。あとは、そのまま中国製のM52-M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載すれば、M42レンズとして使用可能である。M52-M42ヘリコイドはeBayにて50ドル程度から入手することができる。レンズの光軸が傾いてしまったりズレてしまうのを予防するため、レンズヘッドの土台部分に58mm-52mmカプラーを填めてみた。こうすることでレンズヘッドフードの内側にある平らな部分に乗り安定する。なお、レンズの鏡胴内やヘリコイドの内側には反射光防止用の植毛を貼っている。これだけの対策でハレーションはかなり抑制され、写真のコントラストもだいぶ向上している。本レンズのようにイメージサークルの大きなレンズではハレーション対策に万全を期す事が肝心なのである。
 



このレンズにはフィルターネジがないので、ステップダウンリングを前玉側にエポキシ接着した。これで、フードやキャップを装着することができる

撮影テスト
遠方に点光源をとらえ撮影したところ、焦点距離150mmの本レンズでもトリオプランの開放描写を彷彿させる輪郭のハッキリとしたバブルボケを確認することができた。しかも、本レンズの場合は大きなボケ量と強い望遠圧縮効果のため、大小さまざまな大きさのバブルを近接撮影時のみならずポートレート撮影時においても発生させることができる。バブルボケの出るレンズは収差(球面収差)が過剰に補正されており背後のボケは硬くザワザワとしているが、反対に前ボケはフレアに包まれフワッと柔らかく拡散するのが特徴で、これが本レンズの場合にはキラキラと輝きながら滲む素晴らしい写真効果を生む。過剰補正のためピント部は薄いハロに覆われ、ポートレートで人物を撮るのに適した柔らかい描写となっている。コントラストは低く階調はたいへん軟らかいが、中間部の階調はよく出ている。長焦点レンズということもあり、画質は四隅まで大きな乱れもなく安定している。ボケも四隅まで整っておりグルグルボケや放射ボケは全く見られない。撮影時は半逆光の条件が必須となるので、バブルを引き立たせるには望遠レンズ用の深いフードを装着し、ハレーション対策にしっかり取り組んでおくことがポイントになる。それではダイアプランシリーズ最大のバブルボケをご堪能いただきたい。
 
撮影に使用したカメラはSony A7
Photo 1, sony A7(AW:晴天,カラーバランス補正あり): 柔らかく、軟らかい描写がこのレンズの特徴だ。JPEG撮って出しのオリジナル画像はこちら


Photo 2, sony A7(AWB, 色調補正済): 自転車のハンドルから光のオーラが立ち上がっているが、これも収差の仕業であろう。少し口径食が出たのは深いフードを装着してしまったため。フードの丈を調整をした。補正前のオリジナル(JPEG撮って出し)はこちら

Photo 3, sony A7(WB:晴天, カラーバランスとコントラスト補正済): 背後の空間には輪郭部のはっきりしたバブルが発生する。JPEG撮って出しの補正無し画像はこちら
Photo 4, sony A7(WB 晴天, コントラスト+50, 明るさ+50): 




Photo 5, sony A7(WB 晴天, 補正なし): 前ボケにはフレアがかかり柔らかい

Photo 6, sony A7(AWB): 続いてポートレート。このスケールでも大小大きさの異なるバブルが出た

Photo 7, sony A7(WB 晴天): 

Photo 8, sony A7(AWB): 前ボケはフレアをまといながらキラキラと綺麗に滲む
Photo 9, sony A7(AWB):後ボケはもちろんのことだが、思っていた以上に前ボケがいい!フワッと綿のように拡散している。こうなったら・・・・
Photo 10, sony A7(AWB): : 調子に乗って前ボケによる表現を堪能するまでのこと

Photo 11, sony A7(AWB): : 再び近接撮影で、こんどはピントをきちんと合わせてみた。トリプレットはもともと中央が高解像なのだ
Photo 12, sony A7(AWB): ピント部はやや滲にをともなう柔らかい描写である。ポートレート撮影で女性を撮るにはよいレンズだ



Photo 13, sony A7(AWB): 





Photo 14, sony A7(AWB):