おしらせ


2010/07/12

Asahi Opt. Fish-eye-TAKUMAR 17mm/F4(M42)


一般撮影に魚眼レンズが使えることを広く認知させた銘玉

魚眼レンズとは180度以上の極めて広い視野角を持つレンズであり、全周(円周)魚眼と対角線魚眼の2種に大別される。このうち全周魚眼とは画面対角線よりもイメージサークル径が小さいレンズのことをいう。上下左右すべての方向で180度以上の画角が得られ、写真に写る画像は円形となる。天体撮影や気象観測、監視カメラ、高山でのパノラマ撮影などで用いられることが多い。これに対し対角線魚眼は画面対角線よりもイメージサークル径が大きいレンズであり、写真に写るのは通常の四角い画像となる。一般撮影にはこちらのタイプの方が向いている。
Fish-eye(魚眼)という言葉が初めて使われたのは米国の物理学者R.W.ウッドによる1911年の著書Physical Optics(物理光学)の一節である。まずウッドは湖面おける光線の屈折について、我々が高校物理で学ぶ屈折の法則を論じている。次にピンホールカメラを水中に設置して造ったFish-eyeカメラと称する実験装置を用いて、魚の視点で水中から眺める水上の景色が180度の視野角をカバーできることを実証、これがFish-eyeという言葉の起源となった。よくある誤解だが、魚眼レンズは魚の目に似せて造ったわけではない。
工業製品として造られた最初の魚眼レンズは英国の光学機器メーカーR & J Beck Ltdが1924年に製造した全周魚眼タイプのHill Sky Lens、写真撮影用としてはニコンが1938年に気象観測のために開発した180度の視野角を持つ全周魚眼レンズが世界初である。ニコンは1962年に一眼レフカメラに搭載できる世界初の全周魚眼レンズFisheye Nikkor 8mm/F8を発売した。この製品はフォーカスリングがついておらず、深い被写界深度を生かしたパンフォーカスでの撮影を前提とする焦点固定式レンズであった。後玉がカメラ側に大きく飛び出しているのでミラーアップの状態で撮影を行うという制約があり、バルブモードで天球撮影を行うなどの特殊用途を想定して造られた。これに対し旭光学(現PENTAX)は一般撮影での用途を想定した対角線魚眼レンズの開発を推し進めた。1962年に同社から発売されたFish-eye-Takumar 17mm/F11はミラーアップなしで撮影できる世界初の対角線魚眼レンズである。このレンズも焦点固定式であったが、同社は5年後にフォーカス機構を持ち開放絞り値を大幅に明るくした後継品を発売した。
今回取り上げるFish-eye-Takumar(フィシュアイ・タクマー)17mm/F4(旭光学、1967年発売)はフォーカスリングを持つ初の魚眼レンズである。一般撮影での用途を想定した製品であり、本品が発売された直後から魚眼レンズによる写真作品が数多く現れるようになった。本品は写真撮影の分野に新しい可能性を切り開いた歴史的な銘玉なのである。
鏡胴は薄くコンパクトでパンケーキレンズ風に造られている。フィルター枠の部分を回転させると内蔵カラーフィルターがリボルバー式に入れ替わるユニークな構造を持っている。180度の対角線画角を持つため、足のつま先から頭上方向まで一枚の写真に一気に写すことができ、何とも気持ちがよい。
TAKUMARブランドは安いというイメージが一般的な認識として定着しているが、本品は珍しいレンズなのでeBayでの中古相場は500㌦もする。国内中古相場は5万円前後であろう。ちなみに後継のSMC(マルチコーティング)版のレンズは本品よりも更に100-200㌦程高値だ。
重量:228g, 画角180度,  最短撮影距離:0.2m, レンズ構成:8群8枚, 絞り羽:5枚, 絞り値:F4-F22, 3種の切替式のフィルター(L39UV/Y48/O56)を内蔵する。本品はフィルムの現像でお世話になっている自宅近くのカメラ店の店員さんにお借りしたレンズだ

TAKUMARというブランド名は旭光学の初代社長・梶原熊雄氏の弟でレンズの開発にあたった梶原琢磨氏の名から来ており、「切磋琢磨」にも通じる所から名付けられた。梶原琢磨氏は技術者であり写真家でもあったが、後に油絵画家に転向している。

★撮影テスト
魚眼レンズは光屈折を利用して人間の目の能力を超えた180°以上の視野角に渡る像を平面状の感光体に射影する。屈折の法則により視野角が深いほど像が圧縮されるため、外周に向かうほど撮影像が樽状に歪む(歪曲収差)。通常の写真撮影用レンズ、特に広角レンズでは歪曲収差が補正され歪みが目立たないようになっているが、魚眼レンズはこの歪曲収差を残している点が特徴である。外周では像が小さく縮み中央部では大きく広がることから、歪みを効果的に取り入れたユニークな作品を造り出すことができる。
Fish-eye-Takumarはガラス面のコーティングが単層であるうえにフードをつけてハレ切りをおこなうことができない。そのため逆光にはめっぽう弱く、視野角内に太陽光源の侵入を許すとゴーストやフレアが盛大に発生する。屋外で本品を使用する際には充分に気を付けなければならない。最短撮影距離が20cmと短く、近接撮影にはなかなか強い。犬や猫などの顔をアップで撮影する最近流行の構図にも取り組めそうだ。
 

F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): たまに使用するとスカッと開放感のようなものを感じてしまうレンズだ。画像端部では像の歪みが大きく、建物がバナナのように曲がってしまうのが面白い。右下の女の子のあたりにゴーストが盛大に発生している。レンズにはフードがつけられないので太陽光源には注意を払いたい

F4 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): 被写界深度の極めて深いレンズとはいえ、近接撮影ではこのとおりにしっかりボケてくれる、ボケ味は悪くない。最短撮影距離まではもう少し寄れるが、これ以上寄ると前玉を爪で引っかかれそうなのでやめておいた
F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): なぜかこのレンズを用いると縦の構図が多くなってしまう。このレンズのオーナーの方も同じような事を言っていた

★内蔵されているオレンジフィルターを使って遊ぶ
本来はモノクロ撮影でコントラストを向上させるために用いられるカラーフィルターだが、せっかく内蔵されているので、あえてカラー撮影で使ってみても面白い。レトロな雰囲気を演出したり、ちょっと非現実的な作風にしてみたりと、使い方によってはなかなか良い効果を生む。
F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): こちらは太陽光を積極的に導入した作例だ。左下にゴーストが発生しているが、オレンジフィルターを用いた作例ではあまり目立たなくなっている
F11 銀塩撮影(Fujicolor Reala ACE 100): こちらはオレンジフィルタを用いて撮影し、後でカラーバランスを調整して仕上げた。金属の光沢感がとてもいい雰囲気になった

★撮影機材
PENTAX MZ-3 + 旭光学 Fish-eye-Takumar 17mm/F4 + FujiColor ネガ(Reala ACE 100)

2010/07/10

Carl Zeiss SKOPAREX 35mm/F3.4


重厚感のあるクールトーン調の色再現が魅力

 今回取り上げるSKOPAREX(スコパレックス)35mm/F3.4は西ドイツのカールツァイスが1970年代初頭に同社のICAREX 35TMやZeiss Icon SL706という名の一眼レフカメラに付ける交換レンズとして発売した。姉妹品のDynarex 135mm / F4や本ブログで過去に扱ったUltron 50mm/ F1.8とともに元はフォクトレンダー社のブランドであったが、1969年に同社がツァイス・イコン(旧西独)に吸収合併されたのを機にツァイスの手によって一眼レフカメラ用のレンズとして造りかえられた製品だ。フォクトレンダー社製のレンジファインダー機向けに造られた先代のSKOPAREXとは設計が異なる。フォクトレンダーの商標は1974年にツァイスからシンガポールのローライに譲渡され、ローライから後継品のCOLOR-SKOPAREXが発売さている。このレンズは本品と同じM42マウントの一眼レフカメラ用レンズであるが、設計には再度手が加えられている。

フィルター径:56mm(特殊), 重量223g, 焦点距離35mm, 絞り:F3.4~16, 最短撮影距離:0.3m, M42マウント用。絞りリングにはクリック感が無く、絞り羽は無段階で開閉する。ULTRON同様にフィルター部がねじ込み式ではなくバヨネットタイプなので、純正のフードやフィルターしかつかない

★入手の経緯
 本品は2010年4月下旬にeBayを介してポーランドの大手中古点から210㌦(配送代を含む総額250㌦)で購入したが、ガラス内にゴミやチリが多く清掃が必要であったため、受け取り後1週間以内に返品するという取引規定のルールに従い、1週間だけ試し撮りをした後に返品した。出品時の解説はこの業者の決まり文句「Grass Condition mint-(←光学系ほぼ新品同様). Cosmetic See Picture」である。同じ業者から過去にレンズを7本購入したが、そのうちの5本に重大な欠陥が見つかり返品ている。フードが付いていなかったりキャップがなかったりと、オークションの記述どうりに商品が届かないこともあった。レアな商品を多数そろえているが、品質管理にかなり問題のある業者なので注意したほうがよい。商品は返品発送後、僅か3日で相手方の郵便局に届き保管状態となったため、業者にメールでその事を伝え、取りに行くよう催促した。それから2週間が経過したが返金がなかったため、業者にメールで連絡をとり返金を催促し了解の返事をもらった。しかし、さらに1週間も返金がなく放置されたので、最後はeBayのBuyer Protectionサービスを発動してeBayスタッフの仲介で返金させた。

Skoparex 35/3.5(右)と姉妹品のUltron 50/1.8(左)。イカレックス用に開発された姉妹品には他にも標準レンズのテッサー50mm/F2.8、望遠レンズのダイナレックス135mm/F4などがあり、どれもデザインが良く似ている

★撮影テスト
 本品は重厚でクールトーン調のやや地味な色再現が特徴である。鮮やかさや派手さはなく、良くも悪くもツァイスらしくないレンズといえる。開放絞りからキッチリとシャープに写り、絞り込むにつれ解像感が増してゆく。ボケは硬めで開放近くでは滑らかを欠いたり崩れたりもある。なお、開放絞りでは隅の像が流れるとの指摘がある。EOS Kiss(APS-Cセンサー)で使用した限りでは全く気になるレベルではなかった。

F5.6 少しアンダー目に撮影すると重厚感が更に増す
F5.6 派手な発色は期待しない方がよい。気のせいか妙に立体感があるようにも見える
F5.6 絞り羽根の6角形が独特なボケ味を演出している
開放絞り(写真・左)では2線ボケが発生し、やや滑らかさを欠いた煩いボケ味となる
F4 一段絞れば2線ボケもおさまりボケ味は問題ない。少し結像が硬いのはシャープなレンズである証拠だ
F11 絞り込めばパンフォーカス撮影もこなす
F8 ピント面の解像感はなかなか高い

★撮影機材
EOS Kiss x3 + SKOPAREX 35mm/F3.4 + SKOPAREX/ULTRON純正ラバーフード(S56)


本品の描写に関する事前の情報収集にはたいへん苦労した。書籍や海外のWEBを調べていてもユーザーのレビューが少なく肝心なことが殆どでてこない。それだけ特徴が掴みにくいレンズということなのだろうか。

2010/07/03

シュナイダーとイスコ 第5弾:Isco-Göttingen WESTRON 35mm/F2.8(M42) ウエストロン

ISCO Westron 35/.2.8(左手前)とCZJ Flektogon 35/2.8(右奥)

Carl Zeiss Jenaをライバル視した
WESTシリーズの広角レンズ
 1960年代初頭は東独のCarl Zeiss Jena(CZJ)社がスター軍団(FLEKTOGON / PANCOLOR / SONNAR)を揃え、技術力とブランド力において世界最高の光学機器メーカーとして君臨していた。ライバルとなるシュナイダーグループ傘下のISCO社は大胆にも東独スター軍団に良く似た名称で、安くて良く写る対抗商品(Auto WESTシリーズ)を発売し、王者Zeiss Jenaに挑んだのである。WESTシリーズの構成とスター軍団の製品の対応関係は下記のようになっている。

広角レンズ 
ISCO: WESTROGON 24mm, WESTRON 35mm
CZJ:   FLEKTOGON 20/25/35mm

標準レンズ
ISCO:   WESTROCOLOR 50mm/F1.9
CZJ:      PANCOLOR 50mm/F1.8

望遠レンズ 
ISCO:   WESTANAR 135mm/F4
CZJ:     SONNAR 135mm/F4

 WESTシリーズを世に送り出すことはISCOにとって大きな賭けであったに違いない。西独製であることを明示したWESTの名で西ドイツ国民のハートをガッチリ掴むか、さもなくば模倣品を造るダサいメーカーとしてブランド力を失墜させる事になるからだ。


Westron 35/2.8(左)と姉妹品のWestrocolor 50/1.9(右)。両者のデザインは良く似ている。AUTO WESTシリーズのレンズはどれも鏡胴が太く、フィルター径は54mmとこのクラスにしてはかなり大きめだ

 今回取り上げるのはISCOが1960年代初頭に発売したWESTシリーズの広角レンズ、WESTRON 35mm/F2.8である。同じ焦点距離を持つCZJ社のFLEKTOGON 35mmをライバルに見据えた製品だ。マニュアル・フォーカス・フォーラムという海外のマニア専門の掲示板への書き込みによると、当時のWESTRONの製造コストはFLEKTOGON 35mmの1/4程度だったという。この製造コストでFLEKTOGONの性能にどこまで迫るのか、描写の差異にも興味が湧く。

フィルター径:54mm, 最短撮影距離:0.33m, 絞り値:F2.8-F16, 焦点距離35mm, 重量(実測):252g,絞り羽根の枚数:12枚。M42とEXAKTAの2種のマウントに対応している

★入手の経緯
 本品は2009年10月にeBayにてチェコの業者が即決価格179㌦で出品していたものであり、値切り交渉により150㌦(13500円)で手に入れた。送料32㌦込みの総額は16000円程度であった。この出品者はレアなアイテムを大量に取り扱っている写真用レンズを専門とする業者だ。eBayでの成績は667件の取引でポジティブ評価が100%と優秀である。どの商品に対しても「クリーンな光学系、スムーズな(フォーカスリングの)ローテーション」が紹介文句である。商品に対する大きくハッキリとした写真を提示してくれるので、光学系の状態と外観については安心できる。商品は落札10日後に届いていたが、旅行中であったため商品を開封したのはそれから2週間後となった。開けてみるとフォーカスリングの回転がカッチンコッチンに硬く片手では回らない。返品規定にあった期限をとっくに過ぎていたので、やむを得ず所持することになった。これも何かの縁であろうと自分を慰め、ドイツカメラ専門店でオーバーホールしてもらった。
 本品の海外(eBay)での中古相場は200㌦程度(過去3件の事例)で、何と今となってはフレクトゴン35とほぼ同じ価格である。国内では流通量が少なく相場はよくわからないが、銀座のL社では過去に22000円で売られていたのを憶えている。中古市場での流通量から言えば、本品はややレアなレンズと言える。ブランド力の低い製品のため発売当時は全く売れなかったのだろう。それが希少価値を高める原因になり、製造から半世紀が経った今、ライバルと肩を並べるほどの価格で取引されているのである。

★撮影テスト
 WESTRONの持ち味は柔らかい結像と開放絞りでのしっとり感、滑らかで美しいボケ味であり、前回のブログエントリーで扱ったWESTROCOLORの傾向に良く似ている。球面収差をきっちり補正するのではなく、適度に残すことでフワッと柔らかい結像を狙っている。開放絞りではフレアやハロが発生しやすく、暗部がやや浮き気味になり、被写体表面の小さな凹凸にメリハリがなくなる。ただし、拡大表示でもしない限り解像力の低下は気になるレベルではないし、ピントの芯もしっかり出ている。良い方向に評価すれば、軟調でしっとり感のある描写を楽しむことのできる個性豊かなレンズである。一段絞ればコントラストは向上し、カリッと硬質で鋭い描写に変化する。アウトフォーカス部の結像はどのような撮影距離においても穏やかで安定している。2線ボケやグルグルボケなどのボケ癖は出ない。優れたボケ味で勝負するレンズと言えるだろう。

F2.8 DIGITAL(EOS kiss x3): 絞り開放ではコントラストが低下し、タマネギ表面の凹凸の解像がやや甘くなる。しかし、気になる程甘いわけではなく、拡大表示でもしない限りはこれで充分だ
 
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): 2段も絞ればバリッと硬質化し、細部まで解像感のある描写だ
F4 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 背景の建物の柱がフワッと柔らかくボケている
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): ボケ味は柔らかいうえに滑らかなので、大変綺麗である。ボケ癖はなく、アウトフォーカス部はどのような距離においても穏やかで素直だ
 
F2.8 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 屋根の瓦のしっとり感を開放絞りで上手に引き出してみた。コントラストの高いレンズでは瓦がコンクリートのように乾いた質感になってしまうことがよくある
F5.6 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): フードを装着していても晴天下ではフレアが豪快に出る 
F5.6 DIGITAL(EOS kiss x3): 最短撮影距離だと、このくらいの倍率になる


フレクトゴン35との描写の比較
「お前は誰だ! ・・・お前こそ誰だ!!」
WESTRONとFLEKTOGONのピント面におけるシャープネスとボケ味を近距離と中距離における撮影結果で比較した。
 下の作例は開放絞りF2.8と、そこから1段絞ったF4における中距離撮影の結果である。バスの正面の丸いライトの辺りにピントを合わせている。レンズの個性が最も良く出る開放絞り(F2.8)において、両者の描写は全く異質であることがわかる。WESTRONはしっとり柔らかいのに対し、FLEKTOGONは絞り開放からバリッとシャープで、バスの表面の凹凸をキッチリ解像している。コントラストはFLEKTOGONの方が高く、暗部が落ち着いて階調表現に締まりがある。
F2.8  銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 左側かWESTRONで右側がFLEKTOGONによる撮影結果
F4 銀塩(Fuji Color Super Permium 400): 両レンズともシャープネスとコントラストが向上している

 1段絞ったF4ではWESTRONの画像のコントラストが急激に高くなっている。中央部ピント面における両レンズの解像力は僅差だ。画像端部(例えばバスの屋根の付近)の結像はFLEKTOGONの方が、まだだいぶシャープである。WESTRONによる結果には像面湾曲収差が出ているのかもしれない。
 次にボケが大きくなる近接撮影において、絞り開放(F2.8)にける両レンズのボケ味とピント面のシャープネスを比較した。下の写真の①でピント面のシャープネスを比較し、②の部分でボケ味を比較している。

DIGITAL(EOS kiss x3): 開放絞り(F2.8)にて近距離を撮影した。図の①と②の箇所について、両レンズの描写を比較した結果が以下の画像だ

DIGITAL(EOS kiss x3): ①の拡大図。開放絞りでWESTRONの結果にはフレアが発生し、暗部が明るく浮き上がっている。フレクトゴンの方がコントラストが高く、締まりのある結果が得られていることがわかる


DIGITAL(EOS kiss x3): ②の拡大図。両レンズとも素直で自然なボケ味である。背景の木に注目すると、WESTRONの方がボケ味が柔らかく滑らかであることがわかる。シャープなレンズほどボケ味が硬いというセオリーどうりの結果なので、驚くことではない

以上、WESTRONとFLEKTOGONのボケ味と解像力について描写を比較した。両レンズは性質が違いすぎるため、優劣をつける事はできないが、アウトフォーカス部の美しさとしっとり感を優先するならばWESTRON、シャープでハイコントラストな描写を優先するならばFLEKTOGONを選びたい。


★撮影機材
Pentax MZ-3 / EOS Kiss x3 + ISCO WESTRON 35mm/F2.8 + Steinheil Metal hood(filter size:54mm)



 ISCOを含むシュナイダー・グループのレンズを取り上げ、今回が5本目となった。5本のレンズに共通する性質は柔らかいボケ味であり、どのレンズもアウトフォーカス部の結像がフワッと大きく滲んで見えた。この性質をベースにシュナイダー・クロイツナッハのXenonとCurtagonはコントラストを向上させピント面の解像力を高めたチューニングになっている。一方、ISCOの2本のレンズはボケ味の滑らかさに力を入れているようだ。どのレンズも個性的で優れた描写力を備えている。

2010/06/17

シュナイダーとイスコ 第4弾: Isco-Göttingen WESTROCOLOR 50/1.9 (M42) ウエストロカラー


庶民の味方ISCOのレンズは
安くて良く写るドイツ版タクマーでございます 

 シュナイダー・クロイツナッハ社は傘下にIsco-Göttingen(イスコ・ゲッチンゲン)という名の子会社を持つ。ISCOという社名はシュナイダーの創設者の名を含むIoseph Schneider CO.の頭文字から来ており、親会社とどういう関係にあったのか興味が絶えない。創業は第2次世界大戦前の1936年であり、ナチスドイツ政府によってシュナイダー社から分社化され、ドイツ・ゲッチンゲン市を拠点にスタートした。大戦中は航空撮影用レンズの製造を手がけおり、政府によってクロイツナッハ市の親会社から移動を命じられてやって来たA.W.トロニエの設計・指揮のもと45000個の航空写真用レンズ(ウルトロンタイプとクセナータイプ)を製造したと言われている。
ISCOとSchneiderの双方から開放F値や焦点距離のダブる同一仕様の製品が数多く発売されており、Schneiderが高級レンズ、ISCOが廉価製品を製造するという役割分担の企業イメージが一般的な認識として定着している。たしかにISCOのレンズはどれも安い(ISCORAMAだけは別格)。しかし、設計が全く異なるものばかりであり、廉価版というよりは関連の無い別のブランド製品を作っていたというのが実態に思える。
 今回取り上げる1本はISCOが1960年代前半に製造したWESTROCOLOR 50mm/F1.9という名のガウス型高速標準レンズだ。レンズの名称から本品は明らかにカール・ツァイス・イエナの高速標準レンズであるPANCOLOR 50mmを意識した製品である。ちなみに、同じ時期に発売された姉妹品(ゼブラ柄のAUTO WESTシリーズ)には超広角のWESTROGON 24mm/F4、広角のWESTRON 35mm/F2.8、望遠のTELE-WESTANAR 135mm/F3.5などがあり、これらも当時のツァイス・イエナが製造していたFLEKTOGONやSONNARのレンズ名の一部を真似た名である事がわかる。要するにISCO WESTシリーズは東独スター軍団に対する対抗商品なのである。なお、対応マウントはM42とEXAKTAの2種が用意されている。親会社のシュナイダーから類似製品(Xenon 50mm/F1.9)が出ており、本品との性質の差異に興味が湧く。

フィルター径:54mm, 絞り値;F1.9-F22 /焦点距離:50mm, 最短撮影距離:0.5m, 重量(実測):226g, 光学系の構成は4群6枚のガウス型, 絞り羽根の枚数:12
 
★入手の経緯
 本品は2010年3月1日にeBayを介してギリシャの有名・優良業者still22から購入した。商品の状態はエクセレントであり、「レンズのエレメントはすべてクリアー。絞りリングとフォーカスリングはともにスムーズで精確に動作する。鏡胴には使用感がある」とのこと。このレンズはISCOの中でも珍しいタイプであり中古市場にはあまり出回っていない。過去に出品された時には200㌦付近まで値が上がった。150㌦を投入し入札したところ何と88㌦(約8000円)で呆気なく落札してしまった。送料込みでも10000円程度だ。一体、どうしたのだろうか。有名なstill22の品なので商品の品質に大きな外れはない。届いた商品はやや羽根にオイルがまわっていたが、羽根の開閉はスムーズで支障はなく、他の部分は解説のとうりであった。

★撮影テスト
 開放絞りでは結像がやや甘くコントラストは低下気味になるものの、しっとりとした描写が楽しめる。シュナイダーの製品に良く似てボケ味が柔らかく色ノリがよい。中でも青や緑が鮮やかでとても綺麗である。絞り羽根の枚数が12枚もあり、開口部はどのような絞り値でも真円に近い形になるので綺麗なボケとなる。グルグルボケや2線ボケは出ず、どのような距離においても穏やかで素直なボケ味であることが本品の特徴だ。1~2段絞ればコントラストば向上し、結像はスッキリとシャープになる。以下作例。

F1.9 開放絞りでは結像がやや甘くコントラストも僅かに低下気味だがしっとりとしたいい雰囲気が出ている。発色はとても鮮やで安価なレンズとは思えないいい描写だ。レンズ専門のメーカーというだけのことはある
F4 2段絞ればカリッとシャープになりコントラストも向上する
F4 ボケ味がフワッと柔らかいところはシュナイダーのクセノンに良く似ているが、グルグルと流れることはなく素直で穏やかなところがクセノンとは異なる。質の高いボケ味と言える
F5.6 ややフレアが出てしまったが、絞ってしまえばコントラストは高く、階調表現もなだらかで良く写るレンズだ

F5.6 良い味出してる椅子を発見!と、ここでコントラストの高いシビアな撮影条件を試してみた。やや白飛び気味となった

★上位のモデルにあたるSchneider-Kreutznach Xenon 50/1.8との描写の比較
 WestrocolorとXenonはともに焦点距離が50mmで開放絞りがF1.9、光学系は4群6枚のガウス型レンズだ。同じシュナイダーグループから同一仕様のレンズを2本も出す必要が何故あったのか?両レンズを揃えたので、これを機に差異を調べてみた。

Xenon 50/1.9(左)とWestrocolor 50/1.9(右)。Xenonの方が一回り小さい

XenonとWestrocolorを比べると後玉のサイズはWestrocolorの方が若干大きく、Xenonの方がやや画角が広い。世にある多くのレンズは表示よりも焦点距離が僅かに長く製造されているのに対し、Xenonの焦点距離は厳密に50mmなのだと思われる。このあたりはライカと関係の深いシュナイダーならではの仕様といえる。厳密な焦点距離を持つライカのレンズに基準を合わせているということであろう。このようにXenonとWestrocolorは設計が異なるため、上位版/廉価版という関係の製品ではなく、全く別の製品のようである。
撮影結果の比較からはXenonのほうが開放絞りでコントラストやシャープネスが高くカリカリとした描写になることがわかる。対するWestrocolorは開放絞りでの描写がやや甘く、コントラストも低めのしっとりした描写だ。一段絞ればXenonとの差はなくなり、スッキリとシャープでコントラストも向上する。ボケ味は両レンズとも柔らかいが、Xenonの方がクセが強くザワザワと煩くなったりグルグル流れることがあった。

左はXenonで右はWESTROCOLOR。双方とも開放絞りF1.9で撮影した。Xenonは開放絞りでもコントラストの低下は少ない。対するWestrocolorは少し白っぽくなっている。ヌイグルミの右側の樹木を比較すると、左側のXenonはザワザワと煩いのに対し、右側のWestrocolorは穏やかだ。三脚をたてて撮影したので気付いたのだがXenonの方が少し画角が広い

ピント面の拡大写真。双方とも開放絞りF1.9での撮影結果だ。Xenonの方が解像感があるのに対しWestrocolorは結像がやや甘い
Xenon 50/1.9(左)とWestrocolor 50/1.9(右)のボケ味の比較。双方ともF1.9にて撮影した。Xenonは背景の結像がグルグルと流れている様子がわかる。Westrocolorの方が周辺部まで均質で素直なボケ味のようだ

 シャープで高コントラストなXenon、ボケ味の優れたWestrocolorという描写面での差異がよくわかった。

★撮影機材
EOS Kiss x3 + WESTROCOLOR + Steinheil metal hood (54mm特殊径)


 フィルター径が54mmと特殊なのには困った。このレンズは高級ブランドというわけではないし、純正フィルターやフードがあるわけでもない。何か理由でもあるのだろうか?偶然に手元にあったシュタインハイルのMACROシリーズの純正フードが54mm径に対応する品なので代用してみたところ・・・あんれまぁ、ピッタリお似合いですこと。

2010/06/11

CBC COMPUTAR 35mm/F2.8(M42) コンピュータ


監視カメラ用レンズの世界トップシェア企業が限定生産した珍しいM42マウントレンズ

 「ずいぶんと個性的な名前だな?」と興味を抱き、eBayを介してギリシャの中古レンズ業者still22から僅か62㌦で購入したのが、今回取り上げる単焦点レトロフォーカス型広角レンズのCOMPUTAR(コンピュータ) 35mm/F2.8だ。ちなみに電子計算機を意味するCOMPUTERとは一字違い。わかっていることは、これが日本製であることと望遠レンズ(135mm/F1.8という驚異的なスペックを持つM42マウント用)の姉妹品があることのみ。「逆輸入よろしく頼みます!」とstill22に告げ送ってもらった。届いたレンズを手にして、本やインターネットで製造元を調べてみたが、困ったことに何一つ手掛かりが掴めない。仕方なく諦めてヤフオクに出品したところ、その直後に「フレクトゴンのnavyblueさん(山形)」から一報が届いた。navyblueさんの仕事の取引先にCBC株式会社という企業があり、ここが製造している監視カメラ用レンズのブランドの名がCOMPUTARであるというのだ。CBC社に電話で問い合わせてみたところ「確かに15年程前にペンタックス・スクリューマウント向けに若干数を限定製造した覚えがあるが、正規に販売した商品ではない」との返答。面白い!そして、製造元は判明した。本品は監視カメラ用レンズで世界トップシェアを誇るCBC株式会社がM42マウントのラインセンサー用高性能カメラを造るという取引先の要望に応じ、若干数を限定生産したレンズである。確認は取っていないが電話で応対してくださった方のお話から察すると、取引先はペンタックスのようである。本品と同じ外観を持つ同一品らしきレンズが監視カメラ(CCTY)用としても販売されている。こちらは多分、c-mountであろう。
 CBC株式会社は1925年に創業以来、化学品、合成樹脂、医薬品、農薬、食品、医療機器、監視用レンズやカメラ等のセキュリティ機器、情報通信機器部品、アパレル等の輸出入と国内販売、及び製造などを手がける商社とメーカーの機能を兼ね備えた企業である。もんじゃ焼きで有名な東京都中央区の月島に本社を置き、国内外に多数の事業支店を持つ。会社名のCBCは旧社名(中外貿易株式会社)の頭文字(Chugai Boueki Co.)とのこと。
フィルター径:49mm 焦点距離:35mm/絞り値:F2.8-F16, 最短撮影距離:0.5m, 重量(実測):196g, 絞り羽根:5枚, 光学系の構成は不明。デザインは過去に本ブログで取り上げた50mmのMCペンタコンに良く似ている。

★入手の経緯
 本品は2009年12月にeBayを介し、ギリシャの業者still22 から送料込みの総額62㌦(約5500円)で落札購入した。この業者はクラシックレンズを専門とする優良・有名業者のため、品質には全く不安はなかった。オークションの記述は適確で、レアな商品を多く取り扱うため人気が高い。オークションに掲載されていた商品の状態はEXCELLENT++コンディションで「鏡胴に僅かな使用感がある。光学系は全エレメントがクリア。機構的にはパーフェクト。絞りは適確かつスムーズに動作し、絞りリングやフォーカスリングはスムーズで適確に回転する。」とのこと。届いた商品は全くその通りであった。
 
★試写テスト
使ってみたところ、思っていた程カリカリした描写にはならず階調は軟らかい。CBC社の方の話によると製造された時期は1995年頃とのこと。この頃の品ならば高級・廉価品を問わず、低分散・高屈折率のガラス素材が使われ、マルチコーティング処理が施された現代的な性能を備えたレンズであろう。デジタル一眼レフカメラ(APS-C)につけて撮影テストをした印象は下記の通り。

●開放絞りではコントラストの低下が顕著で結像が甘く、コマが出ているのかピント面はややぼんやりとする。その影響のためかピントの山はやや掴み難い。1段絞れば無難にスッキリ写るようになる。

●最新のデジタルカメラで使用する場合には倍率色収差が顕著にみられ、近接~中距離の撮影において白っぽい被写体の輪郭部が色づいて見えることがある。最近のデジカメは解像度が高く一昔前のレンズの性能を遥かに超えているので、この種の色収差をはっきりと拾う。

●背後には2線ボケが生じていることがしばしばある。ただし、コマフレアが残存しているおかげなのかザ、ワザワ乱れたり崩れたりする程までにはならなかった。

●画角の広い銀塩カメラやフルサイズセンサを搭載したデジイチを用いなかったので、画像周辺部の歪みについて、踏み込んだ事は何も言えないが、建築物に対する撮影においては何ら気にならないレベルであった。

以下作例

左F2.8/右F8 開放絞りにおける結像は甘い。周辺部の歪曲は肉眼では判断できないレベルだ。銀塩カメラやフルサイズセンサのデジカメを用いて、更に広い画角で撮影すれば、もう少し差が出るかもしれない
F2.8 開放絞りで近接撮影の場合は、このように結像が甘くなる。このぼんやりポワ~ンとした解像感の無さは一般撮影で生かすことのできる優れた描写力だ
F2.8 アウトフォーカス部はどのような距離でも乱れたり崩れたりすることなく常に穏やかだ
F5.6 このとおり1-2段絞れば普通に鋭いレンズとなる。コントラストも良好で階調変化はなだらかだ

左:F2.8/右:F5.6 絞り開放ではコントラストの低下が顕著だが、1-2段絞ればメリハリのきいたシャープな描写になる
F5.6 1~2段絞ると肩の辺りに色にじみが出た。しかし、同じ35mm/F2.8のシュナイダー・クルタゴンの方がもっと激しい色にじみであった
F4  ボケ味の柔らかさ(硬さ)はごく普通のレベル。フワッと表現できる程でもなければ、硬いわけでもない

F5.6 ヒヒーン。鼻息荒らそうで、なんだかエロティック

★撮影環境
EOS Kiss x3 +CPC COMPUTAR 35/2.8+  PENTACON metal HOOD

このレンズは意外にも開放絞りの付近でしっとりした描写力を持っている。1~2段絞ればカリッとシャープになるなど一般撮影において充分に楽しめるレンズだ。