おしらせ


2018/01/14

LOMO/LENKINAP OKC1-22-1 (OKS1-22-1) 22mm F2.8





豪快なハレーションを解き放つ
軽く、小さく、短く、安く、しかも高性能、
最短20cmでマクロまでこなす万能広角シネレンズ
LOMO/LENKINAP OKC(OKS) 1-22-1, 22mm F2.8
ミラーレスタイプのAPS-C機やマイクロフォーサーズ機をメインに使うオールドレンズのエントリーユーザーから、おすすめの広角オールドレンズ(できればリーズナブルなもの)を紹介してほしいと相談を受けることが時々あります。一見簡単そうな相談に思えますが、条件をよく整理してみると「短い」+「小さい」+「軽い」+「安い」+「オールドレンズ(つまり金属製)」とかなりハードルが高く、しかも相手は女子なので、ご飯や花・小物を撮ります。寄れることが必須・・・。すぐに答えが出ません。
ご存知のように広角レンズとは焦点距離の短いレンズですが、一般にフルサイズ機で使用する場合は40mm未満、APS-C機では焦点距離24mm未満くらい、マイクロフォーサーズ機では焦点距離20mm未満くらいからのレンズが該当します。フルサイズ機に対応したレンズを探すほうが選択肢が圧倒的に多いわけですが、ここまで短い焦点距離となると、デカくて重いレンズばかりです。軽くて小振りなミラーレス機の長所を完全に打ち消してしまい、バランスも悪いので、これではいけません。残る選択肢はイメージサークルの小さいハーフサイズカメラのレンズとシネレンズですが、こんどは安い広角オールドレンズがなかなか見当たりません。今回紹介するOKC1-22-1 22mm F2.8はオールドレンズの知識が豊富な仲間達に相談し、議論を繰り返す中から得られた、全ての条件を満足する限られた回答の一つです。これより条件の良いオールドレンズがありましたら、ぜひ教えてください!
OKC1-22-1はロシアのロモ(LOMO :レニングラード光学機械連合)が1950年代のLENKINAP(Leningrad Kino Apparatus:レニングラードシネマ器機)時代から少なくとも1992年頃まで生産していた、APS-C相当のセンサーサイズまでをカバーできる35mm映画用レンズです。レンズの設計構成は下図のような5群6枚で、ビオメタールからの発展形として旧東ドイツZeiss Jenaが供給したレトロフォーカスタイプの広角レンズFlektogon(フレクトゴン)を手本にしています。初期のレトロフォーカスタイプの中では開放からシャープでヌケがよく、フレアの少ない抜群の描写性能を備えた優れた設計構成として知られています。レンズはヘリコイドを持たないレンズヘッドの状態で売られていますので、このままではピント合わせができません。デジカメでの撮影に用いるには、いったんライカMマウントに変換し、ヘリコイド付きアダプターに搭載するのがよいでしょう。
1950年代後期のLOMO設立前にLENKINAPファクトリーで生産された初期型のOKC1-22-1。経年による使用でこすれた部分から真鍮の地金が出ている。和のテイストを感じさせるカッコイイデザインだ




OKS(OKC) 1-22-1の構成図: Catalog Objectiv 1970 (GOI)からトレーススケッチした見取り図。設計構成は5群6枚のフレクトゴン型
入手の経緯
レンズは2017年12月にeBayを介してウクライナのセラーからレンズヘッドの状態のものを119ドル+送料の即決価格で購入しました。オークションの記載は「MINT CONDITION(美品)。レンズの性能はコリメーターでチェックしている」とのこと。届いたレンズは充分に綺麗な状態でした。レンズヘッドはeBayに豊富に流通しており、価格も美品が150ドル(+送料)辺りからの値段で手に入ります。LENKINAP製やKONVASマウントの個体は珍品のためか、これよりも値が張りました。
LOMO OKC1-22-1  22mm F2.8: 絞り羽根 8枚構成, 最短撮影距離(ヘリコイドアダプター5mm繰り出し使用時) 0.2m, 5群6枚レトロフォーカスタイプ(フレクトゴン型), 実焦点距離21.1mm, 重量(レンズヘッドのみ)45g,    推奨イメージフォーマットはAPS-C相当(35mm映画フォーマット) 製造期間1950年代より1990年代




マウントアダプター
レンズにはヘリコイドが付いていませんしマウント形状はM21(0.5mmピッチ)ネジですから、このままでは撮影に使うことはできません。デジタルミラーレス機で使用するにはウクライナのua-artprojectcomというセラーがeBayで販売している「HELICOID FOCUSING PART FOR OKS1-22-1 F/2.8 22mm」を購入するか、ロシアのRafCameraがeBayで3000円程度で市販しているM21x0.5 - M39x1アダプターを手に入れ、マウント部をライカL39マウントに変換します。

HELICOID FOCUSING PART FOR OKS1-22-1 F/2.8 22mm (ua-artprojectcom)

続いてライカLMリング(eBayでは500円程度)を使いマウント部をライカMマウントに変換、最後にライカMマウントレンズ用のアダプター、もしくはRafCameraのアダプータを用いた場合にはライカMマウントレンズ用のヘリコイド付きアダプターに搭載します。アダプターまで含めると予算総額は高くなってしまいますが、ミラーレス機ユーザーにとって、ライカLMリングやライカMマウント用のアダプターは他のレンズにも流用できる使用頻度の高い必須アイテムですので、揃えておいて決して損ではありません。ヘリコイドアダプターの繰り出し量は僅か5mm程度ですが、それでも、このレンズを搭載すると20cmまで寄れ、充分な近接撮影力が得られます。なお、私は下の写真に示すような自作カプラーで対応しました。参考までにカプラーづくりの材料は(1)26-28mmステップアップリング(28mm側のネジ山をルーターで削る)、(2) C-mount > Leica Lステップアップリング、(3)ライカLM変換リング、(4)エポキシ接着剤です。
このレンズにはフィルターネジがありませんので、被せ式のレンズキャップをつける必要があります。ホームセンターにゆくと椅子の足に被せるゴムキャップ(内径31mm)が100円程度で買えますので、丈もぴったりでおススメです。


LENKINAP OKC1-22-1 22mm F2.8:絞り羽 8枚構成, 絞り値 T3.1-16,  最短撮影距離(ヘリコイドアダプター5mm繰り出し使用時) 0.2m, 5群6枚レトロフォーカスタイプ(フレクトゴン型), 推奨イメージフォーマットはAPS-C相当(35mm映画フォーマット), 赤紫のPコーティングが蒸着されている
LOMO OKC1-22-1  22mm F2.8: 絞り羽根 8枚構成, 最短撮影距離(ヘリコイドアダプター5mm繰り出し使用時) 0.2m, 5群6枚レトロフォーカスタイプ(フレクトゴン型), 実焦点距離21.1mm, 重量(レンズヘッドのみ)45g,  こちらは1978年製の個体で、コーティングはシアン系と紫の混合。逆光で虹のシャワーのようなハレーションが豪快に出る
こちらは、1966年製造の個体でLOMO銘が入っている。LENKINAP製の個体と同じ赤紫色のコーティングが施されており、逆光でも虹のハレーションが出ない
LOMO OKC1-22-1: 重量(実測) 125g, 絞り羽 8枚構成, 絞りF2.8-F16, 最短撮影距離(規定) 1m, ヘリコイド付 フィルター径 55mm: こちらはKONVAS(OCT-18)マウント用に作られた珍しい個体。KONVASは市販のアダプターがあるので、無改造のままミラーレス機で使用することができる。私が入手したのはeBayでポーランドのセラーが販売していたOCT18 - LEICA Mアダプターです(下の写真)。




eBayにてポーランドのセラーから9500円で入手したOCT18 - LEICA Mカスタムアダプター。造りはとてもよいが、たまにしか売っていない

撮影テスト
プロフェッショナル向けの映画用レンズには設計に無理のない堅実な描写の製品がそろっています。本品も開放からスッキリとヌケがよく、四隅まで滲みの少ないシャープな描写です。コントラストは良好でどこまでも優等生なレンズですが、逆光になるとシャワーのような美しいハレーションが爆発的に発生し、豹変します。発色はノーマルで歪みは極僅かに樽型。工夫次第で素晴らしい写真効果が得られる、とても楽しいレンズです。
ちなみに、LENKINAP製の個体は逆光でもシャワーのハレーションが出ることがありませんでした。コーティングの違いからでしょうか。

LOMO製 OKC1-22-1での写真作例
 
F3.5辺り, Fujifilm X-T20(AWB):
F3.5辺り, Fujifilm X-T20(AWB):

F3.5辺り, Fujifilm X-T20(AWB):
F2.8(開放), FUJIFILM X-T20(AWB): 逆光ではゴーストに加え、シャワーのような美しいハレーションがビシバシと出る

F4辺り, Fujifilm X-T20(AWB):

F3.5辺り, Fujifilm X-T20(AWB): ガラスが1枚入っており、太陽光が写り込んでいる


F4, FUJIFILM X-T20(AWB):  

F4, FUJIFILM X-T20(AWB):  

F2.8(開放) FUJIFILM X-T20(AWB): 

F4, FUJIFILM X-T20(AWB): 


F2.8(開放), FUJIFILM X-T20(AWB): 

F4, FUJIFILM X-T20(AWB): 
F5.6, Fujifilm X-T20(AWB)
F4辺り, Fujifilm X-T20(AWB)
F4辺り, Fujifilm X-T20(AWB):
F2.8(開放)FUJIFILM X-T20(AWB):逆光時のハレーションは開放では放射状だが・・・。


F16辺りFUJIFILM X-T20(AWB) : 深く絞ると、このようになる。ハウルの動く城か?







LENKINAP OKC1-22-1での写真作例

F2.8(開放)FUJIFILM X-T20(AWB)

F2.8(開放)FUJIFILM X-T20(AWB)

FUJIFILM X-T20(AWB)

F5.6, Fujifilm XT-20(AWB)

F2.8(開放) FUJIFILM X-T20(AWB)

F5.6 FUJIFILM X-T20(AWB)
F5.6 FUJIFILM X-T20(AWB)

F5.6 FUJIFILM X-T20(AWB)














2018/01/11

AIRES H CORAL 4.5cm F1.9



アイレスカメラの高速標準レンズ part 1
クセノンを手本につくられた
アイレスのメインストリームレンズ
AIRES Camera TOKYO, H CORAL 4.5cm F1.9
アイレス写真機製作所(Aires Camera)は当初レンズの開発部門を持たない二眼レフ専門のメーカーとしてスタートし自社のカメラに搭載するレンズはニコンやオリンパスなどから供給を受けていたが、1953年末に東京・世田谷にあった昭和光機のレンズ研磨部門を傘下に置き、レンズの自社生産に乗り出している。1954年6月に発売したAIRES 35Iを皮切りに主力製品を35mmレンズシャッターカメラにシフトすると、これ以降のカメラには自社製レンズのコーラル(CORAL)を搭載している。1955年10月発売のAIRES 35IIIに搭載したHコーラル(H CORAL) 4.5cm F2はレンズシャッター機に搭載された国産初のF2級大口径レンズということで話題を呼んだ。このレンズはシャープな描写で知られるドイツ・シュナイダー社のクセノンを手本に設計されており[文献1]、自社のカメラにはシャープな大口径レンズを搭載したいという理念があったようである。
今回紹介するH CORAL 4.5cm F1.9は同レンズF2からの改良としてAires 35IIIL(1957年10月発売)、Aires IIIC(1958年3月発売)、レンズ交換のできる最高級機のAires 35V(1958年10月発売)、Aires Viscount (1959年6月発売)、Aires Radar-Eye(会社倒産前の1960年5月に発売)など数多くのカメラに搭載されたアイレスカメラを代表する標準レンズである。レンズ名の頭につくHのイニシャルは数の接頭語HEXAから来ており、レンズが6枚玉のガスタイプであることをあらわしている。他のコーラルも4枚玉にはQ(Quad)、5枚玉のP(Panta)、7枚玉のS(Septa)など設計構成に応じたイニシャルを冠した。Hコーラルには口径比が更に明るくなったF1.8のモデルもあるが、市場に供給された数はF1.9の方が圧倒的に多い。
では、Hコーラルの写りはクセノン的なのかと言われると、これが全くそうではないところが興味深く、面白いところなのだ。ピント部は開放でフレアが多く、ソフトな味付けで、明らかに収差レンズのカテゴリーに入る製品と言える。F2前後の標準レンズには堅実な写りの製品が多いので、これは貴重な1本と考えてもよい。勿論、設計ミスなんかではない。

Aires H CORAL 4.5cm F1.9の構成図:米国向けのチラシからのトレーススケッチ(見取り図)。設計は4群6枚の準対称ガウス型 

入手の経緯
交換レンズを手に入れたければAires 35V用に供給された個体を探せばよく、アダプターもミラーレス機用がeBayのレア・アダプターズから市販されている。ただし、このカメラやレンズは米国での販売実績が大半だったので、日本の中古市場を探し回っても見つかることはまずない。やや希少なためかカメラ本体はeBayで350~400ドルもの高値で取引されている。本品は故障したAires Viscountから救出した個体である。ガラスには4~5本程度の薄い拭き傷とコーティングに1mm程度の無色のシミがみられたが、実写には影響のないレベルであった。M52-M42直進ヘリコイド(17-31mm)に移植し、末端をソニーEマウントに変換して使うことにした。

Aires H Coral 4.5cm F1.9(改造SONY Eマウント): フィルター径 43mm,  絞り F1.9-F16, 設計構成 4群6枚 準対称ガウス型, シングルコーティング, テッサータイプのQコーラル4.5cm F2.8と並ぶアイレスカメラの代表的なレンズであり、同社の数多くのカメラに採用された実績をもつ


参考文献
[1] クラシックカメラ専科 No.22 朝日ソノラマ

撮影テスト
一般にF2前後の開放F値をもつ戦後の標準レンズは設計に無理がなく、収差が十分にコントロールされている製品が多い。こうしたレンズは端正でシャープな描写のため、色味やボケ味などに特徴を見出すしかないが、その点からいえば今回のレンズは全く心配はいらない。クセノンのようなスッキリとしたヌケの良い描写との接点はなく、開放ではフレア(コマ収差由来のフレア)が顕著に発生する。滲みを伴うしっとりとした味付けで、雰囲気の良くでる写真に仕上がる。もちろん絞ればスッキリとしたヌケの良い描写で、シャープネスやコントラストが向上する。オールドレンズがブームとなり、収差レンズに対するかつてない評価と需要が高まる中、本品は再評価されてもよい1本と言えるであろう。

F1.9(開放) sony A7R2(WB:曇天)  開放では被写体をコマフレアが覆い、柔らかい雰囲気となる

F4, SONY A7R2(WB:日光): 少し絞ればスッキリとした、ごく普通の写りとなる

F4, SONY A7R2(AWB): 高伸長な直進ヘリコイドに搭載したので、だいぶ寄れるようになった
F2.8, SONY A7R2(AWB):ボケは距離によらず、安定している

F1.9(開放), SONY A7R2(WB:照明1) このレンズを使うからには、基本的に絞り全開でいきたい

F1.9(開放), SONY A7R2(WB:Auto): 雰囲気を楽しむレンズに違いない。現代レンズと一緒に使ってみては、いかがであろうか


2018/01/03

KMZ VEGA-9 50mm F2.1, converted from Krasnogorsk-1・2・3 to Leica L/M





ロシアの16mmシネマムービー用レンズ part 2
35mmフォーマットをカバーできる
ユニライトタイプの映画用レンズ
KMZ VEGA-9(ベガ9) 50mm F2.1(ライカL改造
16mmフィルムの映画用カメラに供給されたレンズはイメージサークルが小さく、使用できるカメラが限られるため、35mmフィルムの映画用レンズに比べ手頃な価格で手に入れることができるが、中には16mmフィルムを大幅に超える広いイメージサークルを持つレンズがあり、マイクロフォーサーズセンサーやAPS-Cセンサーを搭載したミラーレスカメラでも撮影を十分に楽しむことができる。ロシアのKMZ(クラスノゴルスク機械工場)がソビエト時代の1965年から1989年にかけて映画用カメラのKrasnogorsk-1・2・3とともに市場供給したVEGA-9(ベガ9)50mm F2.1は、まさにそういう類のレンズであろう。このレンズを搭載したKrasnogorsk-3は生産台数10万台を超える記録的なヒット商品となり、映画撮影はもとよりテレビ局のニュース取材などにも使われた映画用カメラの名品として知られている。現在でも流通価格の安さからアマチュア映画界では高い人気を集めており、このカメラを取り巻く幅広い付属品と活動的なコミュニティが存在する。Krasnogorskマウントのレンズについては、ロシアのRafCameraやCameraGunからミラーレス機用のマウントアダプターが市販されており、eBayで手に入れることができる。
Vega-9のレンズ構成は下図に示すような4群5枚で、英国Wray社のC.G.Wynee(ワイン)が1944年にガウスタイプからの発展形として考案したUnilight(ユニライト)を源流としている。ガウスタイプよりレンズを1枚減らしコスト的に有利としながらも、口径比F2では収差的にガウスタイプに肉薄する高い性能を実現できる[文献1]。一般にユニライトタイプはガウスタイプに比べ、画角を広げる際に四隅で色滲み(倍率色収差)と像面湾曲が目立つ特徴がある。歪み(歪曲収差)についてもガウスタイプは樽型であるのに対し、ユニライトタイプは糸巻き型となっている[文献2]。

VEGA-9のレンズ構成図:GOI lens Catalog[文献3]に掲載されていた構成図からの見取り図(トレーススケッチ)である。設計構成は4群5枚のUnilight型で、ガウスタイプの後群側にあるはり合わせユニットが一枚の凹メニスカスに置き換わっている
入手の経緯
eBayにはかなりの数の個体が流通しており、相場は実用レベルが50~60ドル、美品が60~80ドル程度からとこなれている。本品は2017年12月にウクライナの個人セラーがeBayに出品していたものを4800円(送料込み)の即決価格で落札購入した。コンディションは「ガラスはクリーンで傷はない。新品のようなコンディション」とのこと。届いたレンズはホコリも少なく良好なコンディションであった。

VEGA-9(Krasnogorskバヨネットマウント):絞り羽根 10枚構成,  絞り F2.1-F22, 焦点距離 50mm, フィルター径  40.5mm, 最短撮影距離 0.9m, 設計構成 4群5枚ユニライト型, 推奨イメージフォーマット 16mmシネマフィルム, 本品はMIR-11(ミール11) 12.5mm F2.2やVEGA-7 (ベガ7) 20mm F2、ズームレンズのMeteor 5-1(メテオール5-1) 17-69mm F1.9などと共に市場供給された


VEGA-9を取り上げようと思ったのは、イメージサークルが一回り広いシネマ用35mmフィルム(APSCフォーマット相当)を包括できるという事前情報を得たからである。デザイン的にもゼブラ柄の絞り冠が美しく、スペックは50mm F2.1と申し分ない。ここまで条件の揃ったシネレンズならば、本来はもう少し高値で取引されてもおかしくないが、ユーザーレビューが極めて少なく、中古市場の取引相場は状態の良い個体でも3500円程度からとジャンクレンズ並みの扱いをうけている。いったい何が不人気なのかと試しに買ってみたところ、原因は何となく理解できた。最短撮影距離が0.9mと長いことに加え、これを克服するための直進ヘリコイドへの移植(改造)にかなり手こずるのである。レンズは後群側の鏡胴径が43mmと微妙に太く、バックフォーカスも短かいなど、このままの市販のM42直進へリコイドに搭載するのは不可能であることがわかる。代わりに太いM46ヘリコイドやM52ヘリコイドに搭載するという手もあるが、バランス的にみるとミラーレス機との相性が悪く、外観もヘリコイドの部分が大きくなるため、スマートな改造には見えない。通常、こういう場合にはレンズ本体のヘリコイドを捨て、レンズヘッドだけの状態にしてからM42直進ヘリコイドに移植するのだが、これは同時に美しいゼブラ冠を捨てることにもなる。スッキリとした解決策が見当たらない所に不人気の原因があるのだろう。それでも太いヘリコイドに乗せ不格好になるよりはマシなので、レンズヘッドのみをM42ヘリコイドに移植することにした。ところが、鏡胴からレンズヘッドを抜き出してみたところ、更なる困難が待ち構えていた。なんと絞り冠の制御をレンズヘッドに伝える連動部が前玉側ではなく後玉側についており、直進ヘリコイドに移植しても、このままでは絞りの制御ができないのである。久々にエグい難問を突き付けられプルプルと悶絶してしまった。何かよい改造方法はないものかとノギスを片手に試行錯誤を繰り返していたところ、メシを食べ終わったあたりで良いアイデアが浮かんできた。うまくゆけば一連の問題がいっぺんに解消できる。ならば、さっそく実践だ!
アイデアとはレンズヘッドをM42直進ヘリコイドの奥の方にマウントするというものだ。ヘリコイドの内部には新たにマウント用の土台を設置する必要があるが、こうすることで絞りの制御はフィルター枠を回すだけとなり、同時にフランジバックも稼げるので、カメラとの互換性において有利になる。計算上では直進ヘリコイドに乗せることで最短撮影距離を0.9mから0.4mまで短縮させることができ、ライカLレンズとして使用可能になる。素晴らしい!。そして、最後の極めつけはVEGA-9本体のヘリコイドからとりだしたゼブラ冠を、移植先である直進ヘリコイドのM42ネジ(レンズ側)に取り付けてしまうというアイデアだ。以下では改造手順のヒントを写真で示してゆく(あくまでもヒントなので細い所は質問せずにご自身で考えてください)。

改造の手順
まずは、VEGA-9本体の鏡胴からレンズヘッドを抜き出す。鏡胴の後群側を手で押さえ、フィルター枠を持って前群側を手で回すと、鏡胴が真っ二つに分離でき、下の写真のようなレンズヘッドが取り出せる




次に移植先のM42直進ヘリコイド(最短15mmのタイプ)に手を加え、カメラ側のマウント部分をM42ネジからL39ネジ(ライカスクリュー)に変換する。一つ重要なポイントを言い忘れたが、直進ヘリコイドは内部に天板を持ち鏡胴内が途中で少しくびれているタイプを選ばなければならない(理由はあとでわかる)。M42ネジの「呼び長さ」(←ネジ用語)を棒ヤスリあるいはグラインダーで削り(写真・左)、ある程度まで短くしたら(写真・中央)、M42-M39マウントステップアップリング(1mmピッチ)を被せる(写真・右)。削りすぎずにネジ山をいくらか残す程度にとどめておくのがポイントだ。削りくずが出のでヘリコイドを一度分解してから削り、最後に洗浄したほうがよいだろう。ステップアップリングが根元まで回せることを確認したら、取れないようエポキシ接着剤で固定する。このステップアップリングはeBayで極限られたセラーから入手可能である。
余談ではあるが、ステップアップリングを装着した分だけマウント部が嵩上げされているので、話題のAFアダプターTECHARTのLM-EA7に搭載した場合にもモーターカバーに干渉することなく、問題なく使用できる。


続いて、下の写真の左側のように直進ヘリコイドの内壁にフェルトを貼りつけ内径を少し狭くしておき、ヘリコイドの奥の天板にステップダウンリングを逆さ向きの状態でエポキシ接着する。接着の際は接着面にサンドペーパーをかけエタノールで油分を除去しておけば接着強度が向上する。エポキシ接着剤は軽金属用を用意し、安物ではなく溶接の代用にもなる最強レベルのものを使用することをオススメする。恐らくこれで大人が力いっぱい引っぱっても、あるいは木槌で叩いてもビクともしない耐急性になっているが、強度がまだ不安だという方はドリルで下穴をあけたあとハンドタップでネジ山を作り、ネジで固定するとよいだろう。さて、接着が十分に硬化したら、今度は写真の右側のように39-40.5mmフィルターステップアップリングとM39-M42マウント変換リングを組み合わせた部品を直進ヘリコイドのM42ネジに装着する。







そろそろゴールは近い。VEGA-9本体から取り出したヘリコイド冠を先ほど取り付けた39-40.5mmステップアップリングの上に被せ、ネジ止めまたは接着により固定する(下の写真・左および中央)。最後にVEGA-9のレンズヘッドを内部の27mm径のネジに据え付ければ完成だ。レンズヘッドとゼブラ冠の間に隙間ができてしまうので、40.5-38mmステップダウンリングをレンズヘッド側にエポキシ接着剤で固定しておくと仕上がりが綺麗になる(下の写真・右)。





悩むだけの価値はあった。デザインの美しさを継承しながらも、本体のヘリコイドを捨て直進へリコイドに搭載したことで十分な近接撮影能力を獲得、しかもライカLマウントに変換できているので、ミラーレス機との互換性は高い。さっそくレンズをカメラに取り付け試写してみたところ、イメージサークルはやはり広く、確かにAPS-Cセンサーをフルカバーしていた。久しぶりにスカッとする気持ちの良い改造ができた瞬間であった。不遇な扱いを受けてきたこのレンズにも少しは光が差すに違いない。

VEGA-9(L39改):最短撮影距離(改造後)0.4m, 絞り羽 10枚構成, 絞り F2.1-F22, 重量(改造後) 164g, ライカLマウント改造, フィルター径 40.5mm




さて、完成したレンズを眺めていると、前玉まわりの銘板をクルクルと手で回して外せることに気が付いた(写真・下)。この銘板は取り付け方から察するに、どうもイメージサークルをトリミングする働きがあるように思えてきた。銘板を外してみたところ、何とイメージサークルが拡大し、フルサイズセンサーをギリギリでカバーしてしまったのだ。最後に訪れた想定外の衝撃に、目から鱗が飛び落ちた。

前玉まわりの銘板を外すとフルサイズセンサーをカバーできるレンズへとブーストアップする。四角で僅かにケラれるが許容範囲だ



参考文献
[1] Rudolf Kingslake, A History of the Photographic Lens/キングスレーク著「写真レンズの歴史」朝日ソノラマ
[2]「レンズ設計のすべて―光学設計の真髄を探る」 辻定彦(電波新聞社)
[3] Catalog Objectiv 1970 (GOI): A. F. Yakovlev Catalog,  The objectives: photographic, movie,projection,reproduction, for the magnifying apparatuses  Vol. 1, 1970

撮影テスト
ピント部のど真ん中はたいへん緻密で解像力があるものの、中央から少し外れると途端に描写が甘くなるのは、いかにもシネレンズらしい写りだ。線の細い美しい描写はこのレンズ最大の長所といえる。開放からすっきりとしていてコントラストは良好だが、トーンはなだらかで階調描写には適度な軟らかさがある。ボケは硬くザワザワとしており、フルサイズ機で用いる場合には距離によって背後に若干のグルグルボケが出ることもある。同じ硬めのボケでもペトリのレンズような質感を潰したボケではなく、表面の質感を残した細かいボケ味となっている。カラーバランスは癖などなく至ってノーマル。歪みは確かに糸巻き状であった。フルサイズ機で用いると四隅に僅かなケラれがみられるが、趣味で写真を撮る分には全く問題のないレベルであろう。光量の落ち方がたいへんなだらかなので、使い方ひとつで中央を引き立たせる素晴らしいグラデーション効果を得ることができる。欲を言えばもう少し立体感が欲しいところだ。まずはフルサイズ機のSONY A7R2による写真作例から見てみよう。
F2.8, sony A7R2(WB:日陰 ISO1600) 四隅の光量落ちは積極的に活用するのがよい。線が細い描写だ







F2.8, sony A7R2(WB:日光 ISO1600)  トーンもシャドーからハイライトまで全域でよく出ている




F2.8(開放), sony A7R2(WB:日光 ISO1600) フルサイズ機で用いる場合、距離によっては少しグルグルボケがでることもある。

F2.1(開放) sony A7R2(AWB)+Techart LM-EA7: 開放でもスッキリとしていて透明感のある描写だ。背後のボケはザワザワとざわついている
F8, sony A7R2(WB: 日光)+Techart LM-EA7: 充分に絞って遠方を撮るとケラれは顕著に目立つはずだが、この写真が示すようにVEGA-9では、それほど目立つものにはならない。フルサイズ機との組み合わせでも十分に運用できるレンズだ

F2.1(開放), sony A7R2(WB: 日陰)+Techart LM-EA7: ど真ん中はシャープで緻密。開放でこのレベルとは大した性能だ


続いて、APS-C機あるいはマイクロフォーサーズ機での写真作例だがレンズを貸している知人達から提供してもらう予定だ。