おしらせ


2017/05/17

Petri Camera Co. High-Speed Petri part 3: KURIBAYASHI C.C. Petri Orikkor 50mm F2(M42 mount)


ペトリカメラの高速標準レンズ part 3
ペトリブランド初の一眼レフ用レンズ
KURIBAYASHI C.C. Petri Orikkor 50mm F2(M42 mount)
ペトリの一眼レフ用レンズの特徴はシャープな開放描写と独特な背後のボケ味であることを繰り返し伝えてきたが、今回はこの描写傾向のルーツを求めオリコール(Orikkor) 50mm F2の前期型を取り上げることにした。オリコールはペトリカメラが栗林写真機製作所時代の1959年に世に送り出した同社では初となる一眼レフカメラのペトリペンタ(Petri Penta)に搭載された交換用レンズである。これから一眼レフの分野に参入しようと意気込む同社が知力を尽くして開発し、後の1960年代に高い評価を得るペトリブランドの標準レンズ群を生み出す礎となった。レンズの設計構成は独特で、ガウスタイプの変形であることは間違いないが、後群に3枚のレンズをはり合わせた独特なレンズユニットを持ち、4群7枚の構成になっている(下図)。このレンズユニットは一眼レフ用オリコールの初期型のみに採用されたもので、バックフォーカスを確保しながら50mmの標準画角を達成する役割があったと伝えられている[文献1-2]。ただし、1961年発売のPetri Penta V2用に供給されたOrikkor 50mm F2(後期型)とこれ以降の後継モデルではオーソドックスなガウスタイプ(4群6枚)の構成に戻っている[文献3]。
レンズを使ってみたところ、予想に反して開放ではピント部に絶妙な柔らかさが漂い、人物のポートレート撮影で力を発揮できる繊細な質感表現のレンズであることがわかった。一方、ペトリならではの絵画のようなボケ味はこの頃のレンズから既に備わっており、過剰気味の収差補正と適度な残存収差による独特な味付けが、このレンズにおける大きな魅力となっている。戦後のメイヤーのレンズにもどこか通じる味付けではないだろうか。


Kuribayashi C.C. Petri Orikkor 50mm F2: 7 elements in 4 groups(文献[1,4]からのトレーススケッチ)
参考文献・資料
[1]写真工業 7月号(1959年)写真工業出版社
[2]Petri@wiki 「ペトリ一眼レフ交換レンズの系譜 標準レンズ編」
[3]Petri Penta V2 取扱説明書; PETRI PENTA V2 Instruction Book(英語);
[4]Petri Penta Instruction Book, P15
Kuribayashi C.C. Petri Orikkor 50mm F2(前期型): フィルター径 49mm, 重量(実測) 180g, 絞り羽 10枚構成, 絞り F2-F22プリセット式, 最短撮影距離 約0.5m(1.75 feet弱), 設計構成 4群7枚変形ガウス型,  M42マウント, Petri Penta用の標準レンズとして供給された。なお、レンズのガラス表面には同社が独自にコンビネーション・コーティング(C.C)と呼んでいるシングルコーティングが蒸着されている。また同レンズの初期ロットにはC.Cとは別のAmber-magenta combination Coating(A.C)が蒸着されている場合もある。C.Cではレンズエレメントごとにアンバー系とマゼンダ系のコーティングが複合的に用いられているが、A.Cでは全てのエレメントがアンバー系のコーティングとなっている[Thanks to Rikiya Kawada]



 ★入手の経緯
ネットオークション(ヤフオク)での相場は5000円程度とペトリのF2級レンズとしては高めの値段で取引されている。マウントがM42なので使えるカメラが多く、設計構成が特殊なうえ、流通量もペトリのレンズにしては少な目だからであろう。今回のレンズは知人からの借用品である。硝子に大きな問題はなく、少し傷がある程度で実用十分のコンディションであった。

撮影テスト
これまで本ブログの特集記事で紹介した2つのモデル(55mm F1.8や55mm F2)とは開放での描写傾向が若干異なることがわかった。近接撮影時は開放からシャープであるものの、遠方撮影時になるとピント部に絶妙な柔らかさが漂う。肌の質感表現は素晴らしく、ポートレート撮影にも充分に対応できる繊細かつ上品な味付けといえる。絞ればもちろんシャープでヌケの良い描写となる。背後のボケはいかにもペトリらしく、開放付近では線描写が激しくバラけながらフレアを纏い、輪郭をとどめながら質感表現のみを潰したような独特なボケ味が、絵画のような背景描写をつくり出している。グルグルボケや放射ボケが目立つことはない。2線ボケもここまで過度だと見事としか言いようがない。この味付けは栗林時代に既に確立していたのである。

F8, sony A7(WB: 晴天): 過剰補正傾向の強いレンズなので、ある程度の近接撮影にも画質的に耐えてくれる
F2(開放), sony A7RII(WB:曇天)  迫力のあるボケ味はやはりペトリのレンズならではのもの
F2(開放), sony A7RII(WB:曇天) 絵画と写真の融合・・・全部写真です
F2(開放), sony A7(AWB):近接撮影の場合は開放からシャープに写る

F4, sony A7(WB: 晴天):  ポートレート域はもとより、近接撮影でも依然としてボケ味が硬く、独特の味付けになるのは、ペトリレンズならではの特徴といえるだろう。凄い!
F2(開放), sony A7(WB:曇天):ポートレートになるとピント部の描写傾向は柔らかく、絶妙な質感表現となる
F4, sony A7(WB:曇天):絞ったときの引き画。スッキリとヌケが良く、シャープネスな描写だ

2017/04/30

PETRI CAMERA Co. High-speed Petri part 2: Petri 55mm F2




ペトリのレンズが気になりはじめたのは一人の写真家が2年前のある日、フェイスブック版MFlensesに投稿した一枚の写真を見てからだ。それは、新緑を背景に一列に並んだティーカップを撮影した何でもない構図の写真であったのだが、今まで見たこともない独特なボケ味に度肝を抜かれ、思わずシェアしてしまったのを今でも覚えている。

ペトリカメラの高速標準レンズ part 2
線描写のバラけっぷりが
背景を絵画に変える
PETRI CAMERA Co., Petri Automatic 55mm F2 and C.C Auto 55mm F2 
ペトリカメラが一眼レフカメラ用として供給した最初の高速標準レンズは栗林写真機製作所時代のオリコール(Kuribayashi Orikkor) 50mm F2で、1959年発売のペトリペンタ(Petri Penta)に搭載する交換レンズとして登場した[0]。1960年代に入るとブランド名はオリコールからペトリ(Petri)に改称され、それまで焦点距離が50mmだった同社の標準レンズは、この頃から55mmで作られるようになる。カメラの方はペトリペンタV(1961年発売)、V3(1964年発売)、V6(1965年発売)、ペトリFT (1967年発売)など新製品の発売が相次ぎ、これに合わせてレンズのほうも鏡胴のデザインや光学設計が短い期間に何度もマイナーチェンジされた[1]。Petriシリーズの第2回はペトリペンタV用に供給されたPetri Automatic 55mm F2(上写真・右)、ペトリV6用に供給されたPetri C.C Auto 55mm F2(上写真・中央)、ペトリV6II用に供給されたPetri C.C Auto 55mm F2(上写真・左)の3本を取り上げたい。
レンズ構成はいずれも典型的な準対称ダブルガウス型で(下図)、前回の記事で取り上げた上位モデルの55mm F1.8と同一の光学系を使い、絞りの動きを制限したり、内部に絞り冠を設置するなどリミッターを設けることで、口径比をF2に制限している[1]。描写傾向も基本的には上位のモデルと同じで、力強く描かれた絵画のようなボケ味とシャープな開放描写がこのモデルの大きな魅力となっている。
Petri Penta V2 取り扱い説明書からのトレーススケッチした55mm F2(旧型)の構成図(見取り図)
ペトリの55mm f1.8にはペトリフレックス7に供給された旧設計のPetri Automatic 55mm f1.8(通称「旧型」)と、ペトリV6の登場から供給された新設計のPetri C.C auto 55mm f1.8(通称「新型」)があり[1]、今回取り上げるPetri 55mm F2は同社がこれらの口径比をF2に制限し廉価モデルとして発売したものである。私が入手した3本の個体のうち2本(AutomaticとシルバーのC.C auto) は旧型、残る1本(ブラックのC.C Auto)は新型の設計をベースにしていることを、レンズ面における光の反射パターンから同定している。
3本の中で最も古いモデルのPetri Automatic 55mm f2は絞りが全開にならないよう動きに制限を加えることで口径比をF2にしており、オート時にはいったん絞り羽が見えなくなりF1.8のモデルと同じ口径比となるものの、カメラのシャッターが降りて絞り制御レバーが押し込まれると、絞り羽が僅かに顔をだし、F2相当に絞り込まれる仕組みになっている。マウントアダプター等でデジカメに搭載する場合には、自動絞りレバーは用いないので、必要に応じてスイッチをオートにすればリミッターは解除され、高速なF1.8での撮影が可能になる。これは、ある種のブーストスイッチともいえるし、妄想を広げるなら(やや見掛け倒しではあるが)「過剰補正/完全補正切り替えスイッチ」ともとれる。このスイッチをオンにして口径比をF1.8にすると若干明るくなるものの、背後のボケが硬くゴワゴワと力んだ描写となり、オフにすると若干絞るので少し暗くはなるが、ボケはより素直になり、解像力やコントラストが若干向上するというわけである。ただし、実写テストによるF2とF1.8の比較では、こうした違いを見出すことはできず、両モデルの描写は極めてよく似ていた・・・(空騒ぎでしたスミマセン)。
C.C auto 55mm F2についてはレンズの内部に絞り冠が設置され、口径比がF2に制限されているので、残念ながら上記のように手動でブーストさせることはできない。
 
[0]「オールドレンズとシネレンズで遊ぶ」 詳しい解説があり、レンズの特徴がよくわかる写真も掲載されている
[1] Petri@Wikiの特集記事「ペトリ一眼レフ交換レンズの系譜 標準レンズ編
[2] Petri Penta V2 Instruction Book
[3] Petri@Wikiの特集記事:c.c Auto 55mm f1.8
 
本当に同一設計なのか?
F2とF1.8が同一の光学系であるという仮説に対する確かな証拠は今のところペトリ@wikiにも提示されていない。自分もF2の新旧各モデルのガラスに光を当て、各レンズエレメントからの光の反射を観察してみたが、光の反射パターンはF1.8の新旧それぞれのモデルのパターンと見分けのつかないレベルまでよく似ており、仮説はホントのように思える。ちなみに、新型と旧型の反射パターンは大きく異なるため、これらの分別は容易だ。この仮説の核心に迫るには、やはり光学系をバラすしかない。今回は旧型のAutomatic F1.8とAutomatic F2を分解し、ノギスで各レンズエレメントの大きさや厚みをチェックすることにした。結論から先に述べると、両モデルに差は見られなかったので、光学系は同一であるという判断に至った。
左はPetri Automatic 55mm F2(S/N: 170304) で、右はPetri Automatic 55mm F1.8(S/N: 91986)。両レンズとも設計は「旧型」である



両モデルの前玉の直径は34.94mmで同一。厚みにも差はなかった





玉を抑えるトリムリング(カニ目リング)の内径には明らかな差があり、F1.8のモデル(右)が内径33.54mmであるのに対し、F2のモデル(左)は内径31.49mmと一回り狭い。上の写真からも明らかに左の方がリングの幅が広いが、外径は同じなので、そのぶん内径が狭いことが見てわかる


ノギスによる計測対象は前玉の直径以外にも、前玉の厚み、前群全体の厚み、後群全体の厚み、後玉の直径、前・後群の絞り側のエレメントの直径、絞り全開時における絞り周辺部の鏡胴内径など多岐にわたるが、全ての点検項目で両レンズのスケールが一致した。同一光学系であるという判断に疑いの余地はなく、ペトリ@wikiに掲示されている情報をコンファームする結果となった。

入手の経緯
Petri Automatic 55mm F2 (S/N: 170304)は2017年3月にヤフオクを介して兵庫県の古物商から購入した。オークションは500円の開始価格のまま誰も入札しなかったので、この値段で自分のものとなった。商品の記載は「中古品につき外観に傷・汚れがある。ジャンク品なので返金は不可」とのことで、ガラスの状態には何も触れていないので博打的に手を出すことにした。届いたレンズには前玉の裏に汚れがあったので分解し清掃したところ綺麗になった。分解も慣れたものだ。

Petri Automatic 55mm f2(S/N: 170304) Petri Penta V(1960年発売)用、およびPetri Penta V2(1961年発売)用, 絞り F2-F16, 絞りの開閉を制限し口径比をF2としている,最短撮影距離 0.6m, 重量(実測) 205g, フィルター径 52mm, 設計構成 4群6枚準対称ガウス型, Petriブリーチロックマウント, 光学系はPetri Automatic 55mm F1.8(通称「旧型」富田良三氏による設計[3])と同一である可能性が高い



続くPetri C.C Auto 55mm F2(S/N: 203343)は2013年2月にヤフオクを介してカメラ(PETRI U VI)付きのものを1000円で落札した。カメラの方はシャッターが壊れミラーも脱落しておりジャンクとの扱いであったが、レンズの状態については何も触れていなかったので、やはり博打にうって出ることにした。ハズレくじを引くと分解清掃をするという趣味の悪い罰ゲームであるが、コンディションの良い個体が届いた。シルバーカラーは少し珍しい。カメラの方はマウント部を取り出し、アダプターをつくるための材料にした。 
Petri C.C Auto 55mm F2 (S/N: 203343) Petri Penta V6前期型(1965年発売)用, フィルター径 52mm, 設計構成 4群6枚準対称ガウス型, 絞り F2-F16,  最短撮影距離 0.6m, Petriブリーチロックマウント, 光学系はPetri Automatic 55mm F1.8(通称「旧型」富田良三氏による設計[3])と同一である可能性が高い
最後の1本Petri C.C Auto 55mm F1.8(S/N: 248448)は2017年3月にヤフオクを介して1本目のレンズと同じ兵庫県の古物商から購入した。オークションの記載は「中古品につき外観に傷・汚れがある。ジャンク品なので返金は不可」とのこと。500円の開始価格のまま誰も入札せずに自分のものとなった。届いたレンズには前玉の裏に汚れがあったが、分解し清掃したところ綺麗になった。分解・清掃は慣れたものだが、こう毎度毎度だとかったるくなる。

Petri C.C Auto 55mm F2(S/N: 248448) Petri V6II用,  フィルター径 52mm, 設計構成 4群6枚準対称ガウス型, 絞り F2-F16, 最短撮影距離 0.6m, Petriブリーチロックマウント, 光学系はPetri C.C 55mm F1.8(通称「新型」島田邦夫氏による設計[3])と同一である可能性が高い



撮影テスト
描写に定評のある上位モデル(F1.8)と同じ設計なので、本モデルも高性能であると考えて間違いはない。
ピント部中央は開放からとてもシャープなうえ解像力も十分で、安いのに感心する写りだ。背後のボケには独特の々しさがあり、2線ボケを超越した線描写のバラけっぷりが不思議に調和した旋律を奏で、ハイライト部を覆うフレアと相まって、力強く描かれた絵画のようなボケ味を作り出している。前ボケは柔らかく綺麗に拡散しており、グルグルボケや放射ボケが目立つことはない。中央のシャープネスは新旧両モデルでほぼ互角の性能であったが、四隅では旧型よりも新型の方がフレア量が少なく若干シャープな像が得られた。発色は新型の方がトリウムガラスの影響からか温調方向にコケる傾向がみられた。
当初は口径比をF2に制限したことで収差設計がいくらか過剰補正から完全補正にシフトしていると予想したが、使ってみた印象では依然として過剰補正の特徴を強く残しており、明るさこそやや異なるものの、ピント部のシャープネスやフレア量、ボケ味などにF1.8のモデルとの差を見出すことはできなかった。
F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2 (旧型 S/N: 203343)+ sony A7(WB:晴天) 


F2.8, Petri Automatic 55mm f2(旧型 S/N: 170304) + sony A7(WB: 日陰)




F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2 (旧型 S/N: 203343)+sony A7(WB:晴天): 背景が絵画にしか見えない(笑)。知人に貸したブロニカ。ペッツバールをマウントして、楽しそうにつかっている


F2(開放), , Petri C.C Auto 55mm F2 (新型S/N: 248448)+ sony A7(AWB) 開放からスッキリとヌケがよい。シャープネス、コントラストは十分
F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2(新型 S/N: 248448)+ sony A7(AWB) 背後のボケは非常に硬く、輪郭を保ちながら質感を潰したような面白いボケ味になっている
F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2 (旧型 S/N: 203343)+sony A7(WB:晴天) これだけ寄っても、平気によく写る。接写に強いレンズだ

F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2(新型 S/N: 248448)+ sony A7(AWB)  中心解像力は充分だ

F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2(新型 S/N: 248448)+ sony A7(AWB) 
F2(開放), Petri C.C Auto 55mm F2 (旧型 S/N: 203343)+ sony A7(WB:晴天)



2017/04/07

PETRI CAMERA Co. High-speed Petri part 1: Petri 55mm F1.8



ペトリカメラの高速標準レンズ part 1
滲んだ水彩画を手でこすったような
独特なボケ味が魅力
PETRI CAMERA Co., Petri C.C Auto 55mm F1.8
ペトリカメラの代表的な高速標準レンズといえば、やはり1960年代に一眼レフカメラ用として大量に供給されたPetri C.C Auto 55mm F1.8であろう。力みの入った妖しいボケ、緻密で高解像なピント部、美しい軟調気味のトーン、温調にこけるノスタルジックな発色など、オールドレンズのツボを見事におさえており、雰囲気のよくでる描写、そして何よりも激安であることが、このレンズの大きな魅力となっている。レンズのガラス面には感染力の強いペトリ菌が高い確率で潜んでいるという報告例があり、オールドレンズファンをアッと言う間に虜にしてしまうと噂されている。アサヒカメラが1967年に掲載したレンズの解像力に関する性能評価の記事では、このレンズがクラス最高水準の測定値をたたき出し、コストパフォーマンスの良い優れたレンズであると評価された。
ペトリカメラが口径比F1.8の高速標準レンズを作りはじめたのは1962年登場のペトリフレックス7に搭載する交換レンズからで、Petri Automatic 55mm F1.8(上写真・中央)が最初である。これ以降の1960年代は一眼レフ用標準レンズに55mm F2と55mm F1.8の2種類が同時に供給された。カメラの方はペトリV6(1965年発売)やペトリFT (1967年発売)など新製品の発売が相次ぎ、これに合わせてレンズ名もPetri C.C Autoに改称されるとともに、鏡胴のデザインや光学設計が頻繁にマイナーチェンジされた。
シリーズの第1回はペトリV6用に供給されたPetri C.C Auto 55mm F1.8(上写真・右 S/N:164323)とペトリFT用に供給されたPetri C.C Auto 55mm F1.8(上写真・右 S/N:477318)の2本を取り上げてみたい。
Petri V6 instruction book(説明書)からトレーススケッチしたPetri C.C Auto 55mm F1.8の構成図。左が前方となっている。構成は4群6枚の準対称ダブルガウス型
設計構成は両モデルとも4群6枚の準対称なダブルガウス型(上図)である。インターネット上でペトリ情報の収集と分析をすすめているペトリ@wikiには同社の高速標準レンズに関する重要な記述がある[記事1 in petri@wiki]。特に興味深いのは55mm F1.8の設計構成に旧型と新型がある点で、Petri Automaticからの流れを組む旧型がどこかで新型に置き換えられた経緯についての慎重な推理が展開されている。また、新型についても後群2枚にトリウムガラスが使われたペトリFT用の最初期のモデル(ここでは新型前期モデルと呼ぶ)が、間もなくこの部分をランタンガラスで置き換えた後期モデルに入れ替わる経緯が論じられている[記事2 in Petri@wiki ]。私が今回入手した3本のレンズはペトリ@wikiのなかの「旧型(s/n 91986)」および「新型前期(s/n 164323)」と「新型後期(s/n 477418)」のそれぞれに対応している。ちなみに、C.Cの記号はペトリカメラが独自に名前をつけた、同社のガラスに使用されているコーティング「コンビネーション・コーティング」を意味している。
下の写真はこれら3本のレンズを前群側から比較したものである。光の反射パターンが旧型(写真中央)と新型(写真の左右)では大きく異なっており、新旧のモデルはレンズエレメントの曲率に差のある、異なる設計であることがわかる。一方、左右の新型モデルを比べると中玉側の光の反射色に明らかな差があり、前群側のコーティングの種類にも変更が施されていることがわかる。ガラス硝材が異なれば透過光の波長分布が変わるのでコーティング編成が変わるのは当然で、ペトリ@wikiで述べられている推理をリコンファームしたことになる。ペトリ@Wikiには私が入手したものと同型の新型前期モデルと新型後期モデルについての詳細な比較分析があり、新型前期モデルからは人体に影響のないレベルの微量な放射能を検出できることが明らかにされている。なお、レンズを設計したのは旧型が富田良三氏、新型が島田邦夫氏である[記事3 in Petri@wiki]。
中央は旧型のPetri Automatic、左右は新型のPetri C.C Auto。点光源からの光の反射を比べると旧型は反射が左右にばらけており、新型は反射が纏まっている。前群の光学設計が異なることが明らかに判る。また、新型の間にもコーティング色に差が見られ、前期モデル(右側)ではマゼンダ色に見えるコーティングが、後期モデル(左側)ではパープル色に変化している





入手の経緯
黒鏡胴(新型後期モデル)のPetri C.C Auto 55mm F1.8(S/N:477318)は2017年2月にヤフオクを介して、千葉の古物商からカメラ(ペトリFT)付きのものを1000円+送料で入手した。オークションの記述は「ジャンク品として出品している。レンズは綺麗。シャッターには不具合がある」とのこと。目的はレンズなのでカメラがジャンクでもかまわない。ペトリブランドの中古相場は総じて安く、オークションでは状態に応じて1000~5000円程度、中古店では5000円~10000円(カメラ付き)程度で流通している。ジャンクとして出回っている個体の大半でカビが発生しているので、安い個体はオーバーホールをしてから使う事が前提となる。今回はカメラがジャンク、レンズは綺麗とのことで入手したものの、届いた商品には前玉の裏と後玉にカビがあったので、自分で分解し清掃した。

Petri C.C auto 55mm F1.8 (新型後期モデル S/N:477318): 絞り羽根 6枚構成、フィルター径 52mm, 最短撮影距離 0.6m, Petriブリーチロックマウント
黒鏡胴(新型前期モデル)のPetri C.C Auto 55mm F1.8(S/N: 164323)とシルバー鏡胴(旧型)のPetri Automatic 55mm F1.8(S/N: 91986)は2017年2月にヤフオクを介してカメラ(ペトリV6)付き、ズームレンズPetri 85-200mm付き、露出計付きのセットのものを長津田のリサイクル業者から576円+送料で落札した。オークションの記述は「ジャンク。部品取りにどうぞ」とのことで詳しい記載はなかった。届いた品は黒鏡胴(新型前期モデル)が完全に綺麗なガラスであったが、ズームレンズとシルバー鏡胴(旧型)のAutomatic 1.8/55には中玉にカビがいたので分解し清掃することになった。ジャンクとはいえ、ペトリの中古価格は異様なほど安い。この値段ならオーバーホールのいい練習材料になる。
Petri Automatic 55mm F1.8(旧型モデル S/N: 91986), 絞り羽根 6枚構成, フィルター径 55mm, 設計構成 4群6枚ガウス型, 最短撮影距離 0.6m, Petriブリーチロックマウント



Petri C.C Auto 55mm F1.8(マウント部を52mmネジに改造, 新型前期モデル S/N: 164323 ), 絞り羽根 6枚構成, フィルター径 55mm, 設計構成 4群6枚ガウス型, 最短撮影距離 0.6m, トリウムガラス使用モデル, Petriブリーチロックマウント
デジタル一眼カメラで使用する
ペトリマウントのフランジバックはキャノンやニコンなど大方のデジタル一眼レフカメラよりも短い。レンズをデジタル一眼カメラで使用するにはミラーレス機に搭載する以外に方法はない。現在のところミラーレス機で使用するためのアダプターの市販品は存在せず、eBayにSony Eマウント用とFujifilm FXマウント用の改造アダプターが時々登場する程度である。レンズを使用するには工房等にマウント部の改造を依頼するのも一つのてである。あるいはペトリカメラがかつて市場供給していたPETRI-M42アダプター(下の写真)の中古品を手に入れ、レンズのマウント部をM42ネジに変換、M42ヘリコイドとミラーレス機用スリムアダプター(カメラマウント)を組み合わせSONY EマウントやOlympus マイクロフォーサーズマウント、Fujifilm Xマウントなどに搭載するという手もある。なお、最近eBayにこのPETRI-M42と同等のアダプターが出ているとの情報がある。





もうひとつのアプローチはジャンクのペトリ製カメラからマウント部を取り外し、マウントアダプターを自作するという方法である。ただし、いずれのアプローチにおいてもフランジバックは自分で微調整しなければならず、一般ユーザーには敷居が高い。また、レンズ本体を購入後に本体の値段を超える投資が必要になる。

SONY Eマウントへの改造例。M52-M42ヘリコイドを用いたダブルヘリコイド仕様なので、被写体にグッと近寄り、接写ができるようになっている

 
撮影テスト
Petri 55mm F1.8は中古相場がたいへん安いにもかかわらず、オールドレンズとしてのツボをついた楽しいレンズである。どのモデルもピント部中央は開放から緻密でシャープ、トーンは軟調気味で軟らかく、中間部の階調がよく出ているものの、淡泊にはならず発色もしっかりとしている。背後のボケはどのモデルもゴワゴワと硬く力んだ性格で、力強く描かれた絵画のようにみえるところが独特で非常に面白い。また、2線ボケが顕著にみられ、これがフレアをまといながら綺麗に滲み、妖しい雰囲気を醸し出している。安いのに、とてもワクワクするレンズだ。逆光ではゴーストやハレーションが出やすいので、コントラストを維持したいならフードをつけたほうがよいだろう。旧型よりも新型の方がピント部四隅でのフレア量が少なく、その分だけシャープでコントラストは良い。新型前期モデルはトリウムガラスを用いているため後群側のガラスに若干の黄変がみられ、他のモデルよりも発色が温調気味であった。
どのモデルも個性が強く、味わい深い素晴らしい描写のレンズでありながら、ピント部はシャープでメリハリがあるところがスバラシイ。私個人としては温調でノスタルジックな描写を楽しむことのできる新型前期モデルが3本の中では最も好きなレンズだ。



C.C auto 55mm F1.8(新型前期モデル S/N 164323)@ F1.8(開放) + sony A7(WB:晴天, ISO2000): これも凄い。近接時のみならずポートレート時にもワクワクするようなボケ味が体験できる。ピント部の解像力は良好で線の細い繊細な描写。階調は軟らかく、中間部のトーンが豊富に出ている


Automatic 55mm F1.8(旧型モデル S/N: 91986)@F1.8(開放)+sony A7(WB:auto)

Automatic 55mm F1.8(旧型モデル S/N: 91986)@F1.8(開放)+sony A7(WB:auto): 旧型の開放描写は新型よりも若干ソフトな印象だ
C.C auto 55mm F1.8(新型後期モデル S/N 477318)@ F5.6 + sony A7(WB:晴天) 後期モデルの方がスッキリとヌケが良く、さらにフレア量が少ない印象だ


C.C auto 55mm F1.8(新型後期モデル S/N 477318)@ F4 + sony A7(WB:晴天) 

Automatic 55mm F1.8(旧型モデル S/N: 91986)@F1.8(開放), ゴワゴワとした歯ごたえのあるボケ味が、絵画のような面白い雰囲気をつくりだしている。ペトリのレンズの大きな特徴だ





C.C auto 55mm F1.8(新型前期モデル S/N 164323)@ F1.8 + sony A8(WB:日陰):近接では収差変動により球面収差がアンダーになるので、背後のボケは柔らかくとろけるように綺麗だ。黄色っぽく写るのは後玉のトリウムガラスが黄変しているためだ

C.C auto 55mm F1.8(S/N 164323)@ F2.8 + sony A8(WB:日陰) やはり前期モデルは温調気味の美しい発色だ
C.C auto 55mm F1.8(S/N 477318)@ F4 + sony A7(WB:日光) レンズの元々の最短撮影距離は0.6mだが、改造時にヘリコイドに搭載したため、とても寄れるようになった
C.C auto 55mm F1.8(S/N 477318)@ F4 + sony A7(WB:日光)

Automatic 55mm F1.8(旧型モデル S/N: 91986)@F1.8(開放)+sony A7(WB:晴天), やっぱり水彩画だ!
C.C auto 55mm F1.8(S/N 164323)@ F2.8 + sony A7(WB:曇天):
C.C auto 55mm F1.8(S/N 164323)@ F4 + sony A7(WB:曇天):

上下段ともC.C auto 55mm F1.8(S/N 477318@ F1.8(開放), sony A7(AW 日陰) こっ、これはすごい。シャーマンか
C.C auto 55mm F1.8(S/N 164323)@ F4 + sony A7(WB:晴天):  逆光ではハレーションが盛大に出るも、淡泊になりすぎず堪えている。こんなに雰囲気のある描写がこんなにリーズナブルなレンズで実現できることが素晴らしい。私たちは一体、何にお金をつぎ込んでいるのであろうか




 
Fujifilm GFX100S + C.C auto 55mm F1.8(新型後期)
PETRIの標準レンズはどのモデルもイメージサークルに余裕があり、中判デジタル機のGFXセンサー(44mmx33mm)をフルカバーできる。四隅での光量落ちも全く見られない。GFXでの写真も何枚か掲載しておく。
  
C.C Auto 55mm F1.8 @ F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:⛅, Film Simulation: NN)

C.C Auto 55mm F1.8 @ F4 Fujifilm GFX100S(WB:⛅, Film Simulation: NN)



2017/03/29

写真作例の追加:VEB PENTACON 150mm F2.8

VEB PENTACON 150mm F2.8のブログエントリーに写真作例を追加しました。ブログエントリーはこちらです。



2017/03/28

High-speed Petri part 0 (prologue): ペトリの高速標準レンズ part 0(プロローグ)


ペトリカメラの高速標準レンズ 
part 0(プロローグ)
ペトリカメラ(Petri Camera Co.)は大正時代にカメラの製造をはじめた日本では古い歴史を持つカメラメーカーです。創業は1907年で、栗林庸二という人物が彼の友人や親族ら20名と東京都下谷区(現在の台東区付近)に立ち上げた栗林製作所を前身としています(文献[1-3])。この製作所の当初の事業内容はカメラや写真用品の販売と修理でしたが、1917年にカメラの開発にも着手し、社名を栗林写真機械製作所へと改称しています[2-3]。1920年代になると同社初のカメラであるスピードレフレックス(手札判乾板を使用する木製一眼レフ、1926年発売)や、これを小型化したスピードベビーレフレックス(アトム判乾板を使用、1927年発売)、アルミ合金製のミクニカメラ(ハンドカメラでレンズはコンパー付のドイツ製、1928年発売)、木製のファーストカメラ(ハンドカメラ、1929年発売)等を次々と世に送り出し、カメラメーカーとして認知されるようになります[2]。1928年に開催された大礼記念国産振興東京博覧会ではスピードレフレックスやミクニカメラが優良国産賞を受賞し[4,5]、栗林写真機械製作所の製品は一定の地位を得るようになります。1930年に創業者・栗林庸二が死去すると、事業所の経営は妻の栗林繁代に引き継がれます。この頃の栗林写真機械製作所は世界的な不況の余波を受けて経営が行き詰まり、大規模なリストラと事業規模の縮小を余儀なくされています[3]。カメラの需要が戻るのは日本経済が好転する1932年頃からで、同所はアルミ製のファーストカメラ(1932年発売)やロールフィルムに対応したファーストロールカメラ(1933年発売)など新製品を投入して事業を立て直します[2]。
第二次世界大戦が勃発すると下谷区の本工場と足立区梅島の分工場は軍の指定工場となり、同所はカメラの生産から離れて軍需品の生産を余儀なくされます。戦時中は主に潜水艦用の潜望鏡や爆撃機の距離計や照準器などを生産していましたが[3]、終戦直前の1945年に東京大空襲で下谷工場が大破し、栗林写真製作所は大きな被害をうけます。

同メーカーについてはペトリ@wikiに素晴らしい情報が掲示されており[8]、このWEBページに情報を供給している2chペトリカメラまとめサイトが現存するペトリカメラに関するあらゆる情報の整理と検証を続けています。WEBページは一般公開され誰でも閲覧できますので、本記事をまとめる際にも大いに参考にさせていただきました。このページには元ペトリの技術者や設計者の方からいただいた貴重な資料が満載されており、ペトリカメラ情報の中枢となっています。

さて、第二次世界大戦が終結すると、栗林写真機製作所は消失した下谷工場のかわりに梅島の分工場を本工場としてカメラの生産ラインを再建します。戦後はスプリングカメラのカロロン(1949年発売)や二眼レフカメラのペトリフレックス(1952年発売)などを発売しますが、徐々に35mm判のレンジファインダー機や一眼レフカメラへと軸足を移してゆきます。1959年に同社初の35mm一眼レフカメラとなるペトリペンタを世に送り出すと[3.7]、これ以降の栗林写真機製作所は一眼レフカメラの生産に力を注ぐようになります。同社がカメラの名称にペトリの商号を使うようになったのは1949年からで、ローマ法王ペトリ一世の高潔な人格と優れた才能、後世に永くその名を伝えられた故事にちなんで名づけられたとされています[7]。1962年には海外への輸出に力を入れるため梅島工場を立て直し、全長800メートルの長大な組み立てベルトコンベアーを導入して生産ラインを強化、社名も海外進出を考慮しペトリカメラへと変更しています[7]。ペトリの黄金期はこの頃で、1963年当時のペトリカメラは生産品の60%を海外(世界56か国)への輸出に当て、輸出量も前年比1.6倍~1.8倍で伸びていました。ペトリの工場では2600人の工員が働き、月産33000台以上のカメラを製造していたと記録されています[3]。

戦後の日本の一眼レフカメラはニコンFが頑丈さを武器に世界の報道分野を席巻してゆきますが、対するペトリは「ニコンのカメラと機能は一緒で価格は半値」をキャッチコピーに、アマチュア層に向けた低価格な商品を供給しています。レンズについては廉価製品ながら高級メーカーの製品に勝るとも劣らない優れた性能を誇っていました[6]。本ブログでは数回にわたり、ペトリカメラが1960年代に生産した一眼レフカメラ用の高速標準レンズを取り上げ紹介してゆきます。安いのに高性能!そんな意外性を楽しんでください。嬉しいことにクセもかなりあります。掲載予定のモデルは55mm F1.4, 55mm F1.7, 55mm F1.8, 55mm F2の4種類です。

参考文献
[1]日本写真機工業会編 戦後日本カメラ発展史 昭和46年3月1日 株式会社東興社
[2]研究報告「栗林写真機製作所の乾板カメラ(間違いだらけの文献、資料を正す)」小林昭夫 2015年5月AJCC研究会
[3]1910/1963 PETRI STORY, Petri Camera Comp. INC.:ペトリの公式資料ではあるものの記載の間違いや不可解な個所が非常に多く、全てをうのみにしないほうが良い
[4]三栄堂本店広告 アサヒカメラ(昭和3年9月)
[5]皆川カメラ店広告 アサヒカメラ(昭和4年4月)
[6]クラシックカメラ選書-22 レンズテスト第1集;クラシックカメラ選書-23 レンズテスト第2集
[7]ペトリカメラのしおり ペトリカメラ株式会社(発行年記載なし・昭和38年頃)[
[8] petri@wiki : ペトリ関連情報の中枢で、素晴らしい情報量です。  https://www52.atwiki.jp/petri/