おしらせ


2012/11/27

Leitz Hektor 2.5/85 and Hektor 2.5/120(M42 mount lens modified from Projection lens)


上段はM42ヘリコイドユニットを介してカメラに搭載したHektor 8.5cm F2.5。下段は特製ヘリコイドアダプターを介して搭載したHektor 12cm F2.5

ライツのスライドプロジェクター用レンズ2
HEKTOR 2.5/85 and HEKTOR 2.5/120
Leitz(ライツ)社のレンズと言えば目玉が飛び出るくらいに高価なものが多いが、スライドプロジェクター用レンズに限っては絞り機構やヘリコイドが省かれているためなのか例外的に安く、50~85ドル程度からと手軽に手に入れることができる。ある時にeBayを介して英国の中古カメラ業者からLeitzのプロジェクター用レンズをM42マウントに変換することのできる一品モノの特製ヘリコイドアダプターを手に入れ、一般撮影に転用するという遊び方の存在を知ってしまった。この種の転用は海外のマニア層の間で一昔前から行われているようで、インターネットで検索するとかなりの数の写真作例が出てくる。Leitz以外にもDallmeyerやTaylor-Hobson, Angenieux, Schneiderなど有名メーカーがレンズを供給しており、どれも写真用レンズに比べると手頃な値段である。
今回取り上げるレンズはLeitz社が1954年にスライドプロジェクター用として発売したHektor(ヘクトール) F2.5である。Hektorといえば1930年代に同社の設計士Max Berek(ベレク)[1886-1949]がトリプレットをベースに開発したレンズが元になっている。幾つかの設計バリエーション(3群4枚/3群5枚/3群6枚など)が存在するが、3群構成であることがHektor銘を冠するレンズの共通則となっている。本レンズの場合は設計構成が3群4枚であり、第2群が貼り合わせレンズに置き換わっていることがトリプレットからの改良点である(下図参照)。貼り合わせ面を用いて球面収差を強力に補正することで更なる大口径化を実現している。Hektor F2.5は同社のスライドプロジェクター(PradoシリーズやPradovitシリーズ)に標準搭載され1963年まで市場供給されていた。ところで、Hektorというレンズ名であるが、ギリシャ神話でトロイ戦争に出てくる勇士の名が由来で、設計者Berekの愛犬ヘクトールの名でもある。

 Hektor 125mm F2.5(一般撮影用)の光学系トレース。今回取り上げている2本のHektorと同一の3群4枚構成であり、3枚玉のトリプレット(3群3枚)を起点に第2群(図の中央部)を2枚の貼り合せレンズ(ダブレット)に置き換えたのが特徴である。この貼り合せ面(ストッパー面)から負の球面収差を故意に発生させて元の球面収差と相殺消去させるというテクニックが実装され、口径比はF2.5まで明るくなっている。本レンズの弱点は凹凸レンズのパワーバランスの悪さ(凹レンズのパワー不足)からくる大きな像面湾曲(ペッツバール和)であるが、長焦点であれば問題ない。軸上色収差が大きく色にじみの出るレンズとして知られている
 本レンズが開発された1950年代初頭はプロジェクター・ランプの性能が今のようには良くなかった。スクリーンへの投影像に十分な明るさを確保するためには部屋の明りを消し、暗幕カーテンで窓を覆う必要があった。搭載するレンズはできる限り大口径にするほうが光源の明かりを有効活用できるため有利だが、画質的には厳しい条件になるため、明るさと画質の間にはトレードオフの関係があった。広角レンズを用いてスクリーンとプロジェクターの間の距離を詰めることでも投影像を明るくはできるが、Hektorのようなトリプレットの性格を持つレンズでは周辺画質が厳しいため、ある程度は長焦点にしておくことが望ましかった。ただし、口径比を一定にしたまま長焦点化(つまり大口径化)しすぎると、球面収差が膨らんで今度は解像力が維持できない。レンズに要求される解像力はマイクロ・フィルム(新聞や図書などを35mmフィルムに縮小転写したもの)の投射において文字が判読できる程度以上だったはずである。こうした事情の元でLeitzが選んだ妥協点は焦点距離の異なる3種のレンズを用意することであった。投影像が明るくピント部中央の解像力は高いが周辺画質が厳しい焦点距離8.5cmのモデル。これとは対照的に投影像は暗めで解像力はやや控えめなものの、ピント部の均一性が高く四隅まで画質が安定している12cmの長焦点モデル。そして、両者の中間的な位置付けで、よく言えばバランス、悪く言えば妥協を図った焦点距離10cmのモデルである。焦点距離10cmのレンズ一本で勝負するには画質的にも明るさ的にも厳しかったため、わざわざ3種類のモデルが同時供給されたのであろう。しかし、後にプロジェクター・ランプの性能(輝度)が向上し、レンズの方も1960年に高性能なColorplan F2.5が開発されたことで技術的な問題は解消されてしまう。Hektorは一線を退き、Leitzのプロジェクター用レンズは90mmの焦点距離を持つColorplanに一本化されている。
ところで、1954年のLeitzのカタログにはHektor3兄弟に加えElmaron 10cm F2.8が掲載されている。こいつの役割はなんだったのであろうか・・・。

左はHektor 12cm F2.5で右はHektor 8.5cm F2.5。これら以外にもHektor 10cm F2.5が製品として供給されていた
入手の経緯
今回入手した2本のHektorはブログの読者の方からお借りしたものだ。少し前のColorplanの記事に興味を持たれたSさんがHektorを所持しているので使ってみてくれとレンズを提供してくださった。偶然にもご近所様だったのでレンズの方は手渡しでお借りすることができた。2本のHektorのうち焦点距離12cmのモデルはColorplanの時に用いた特製ヘリコイドユニットに搭載可能であったが、焦点距離8.5cmの方は鏡胴径が小さかったため、市販のM42ーM42ヘリコイドユニットに搭載し使用することにした。2本のレンズともeBayでは50~75ドル程度で入手できる。ちなみに後継品のColorplanは80~100ドル前後で取引されている。

M42ヘリコイドユニットへの搭載
本品のようなプロジェクター用レンズはヘリコイド(光学ユニットの繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには別途用意したヘリコイドユニットに搭載する改造が必要となる。一番簡単な改造方法は、市販品のM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。Hektor 8.5cmは鏡胴の口径がM42マウントのネジ径よりも若干小さいので、セロハンテープを巻いて厚みを与えるだけでヘリコイドユニットにすっぽりと填めることができる。


Heltor 8.5cmの鏡胴(後玉側)にセロハンテープを鏡胴に巻いているところ。鏡胴に厚みを与えることでM42ヘリコイドユニットにピッタリとフィットさせるようにした

今回使用したM42-M42ヘリコイドユニット(25-55mm)。3ヶ月前までeBayにて78ドル(送料込み)で売られていたが、このところ急に相場が下がり今では49ドル(送料込み)で入手できるようになった。ヘリコイドの深さにはやや空間マージンがあるので、M42-Nikon Fアダプター(補正レンズ無しのタイプ)を追加すればNikonの一眼レフカメラにも装着可能だ。もちろん無限遠のフォーカスを拾うことができる
一方、Hektor 12cmの方は鏡胴径が46mm弱と更に厚くM42ヘリコイドユニットには収まらないものの、Colorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドユニットに装着可能であることがわかった。市販のヘリコイドユニットを用いるのであれば、どうにかして鏡胴に厚みを与えM52-M42に装着するか、あるいはM46-M42ヘリコイドユニットにギリギリ収まるのかもしれない。
Hektor 12cm F2.5は前回のColorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドアダプターに装着し使用可能となった。こちらのレンズは鏡胴径が46mm弱とやや太いため、市販のM42ーM42ヘリコイドには装着できない
撮影テスト
Hektor F2.5はスライドプロジェクター用に設計されたレンズであり、3~7m程度の撮影距離で最高の画質が得られるようチューニングされている。これはポートレート撮影に適した距離であるが、遠方では解像力が落ちるので風景撮影には向かない。発色はこのレンズ特有の大きな軸上色収差のためか赤みがかる傾向があり、また屋外での逆光撮影にはたいへん弱くフレアが発生すると発色が途端に淡くなる。逆光撮影に対する弱さは、おそらくガラス面に敷設されたコーティングが太陽光を基準にしたものではなく、プロジェクターランプから出る光を基準に設計されているためなのであろう。ランプの光源から出る光の周波数成分に対して反射防止効果が最も高くなるようコーティングの厚みが調整されており、太陽光に対しては、かえって効果が落ちるのである。
Hektorは3枚玉のトリプレットから派生したレンズである。戦後の再設計で性能が向上したとは言え、良くも悪くもトリプレットの性質を受け継いでおり、撮影結果にはオールドレンズの性格がハッキリと表れる。ピント部中央の解像力はとても高いが、画角を広げると非点収差が急激に増し周辺像が妖しくなる(Hektor 2.5/85)。また、大口径化しすぎると球面収差の膨らみが急激に増すため画面全体が柔らかい描写となる(Hektor 2.5/120)。同じ構成でありながらやや異なる性質を持つ3本のHektor F2.5(8.5cm/10cm/12cm)を使い分けてみるというのも楽しそうな遊び方だ。
Hektor 8.5cm F2.5: スッキリとヌケがよく、ピント部中央は高解像だが非点収差が強いため四隅に行くほど解像力が顕著に落ちる。撮影距離によってはアウトフォーカス部でグルグルボケが目立つ。シリーズの中では比較的画角が広く設計されている事に加え、スクリーンへの投影を意識し像面湾曲の補正を徹底した結果、非点収差の補正力不足に陥ったのであろう。周辺画質の妖しさを生かした写真作例を狙いにゆきたいレンズだ。

Hektor 12cm F2.5: 画角が狭い長焦点レンズなので四隅まで画質が安定しておりグルグルボケも目立たない。ピント部中央の解像力は8.5cmのモデルの方が高い印象だが、ピント部の均質性ではこちらのレンズの方が上をゆくようだ。ただし、ハイライト部からは美しいハロがモヤモヤと出るなど結像がソフトになる。シリーズの中では最も大口径なモデルなので、その分だけ球面収差の膨らみが大きいためであろう。女性の肌を綺麗に撮るにはちょうど良い。

以下作例。いつものように修正・無加工で、カメラから出したJpeg形式のダイレクト画像だ。
Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: 逆光にさえ気をつければとてもよく写るレンズだ。周辺像が妖しい





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 12cm F2.5のHektorは8.5cmF2.5のモデルよりも大口径の分だけ球面収差が大きいようで、モヤモヤとしたハロがまとわりつき像はソフトになる。ボケは綺麗だ





Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: ご覧のとおりピント部中央の解像力はかなり高い





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: この場面ではグルグルボケを狙ったのだが誤算であった。12cmのHektorの方はボケに安定感がある。像はやはりソフトで女性の肌を撮るにはちょうどよさそう



Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: こちらのHektorはボケがしっかり回っている





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 逆光にはめっぽう弱く屋外での撮影時にはフレアが出やすい。露出アンダーでごまかしているが、やはり全体的に白っぽくなってしまう。色にじみがやや目立つ

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影ではやはり絞りの必要性を感じる。作例は最短撮影距離でのショットだ。本レンズに使用した特製ヘリコイドは繰り出し機構にストッパーがないため、接写時に繰り出しすぎるとヘリコイドからレンズユニットがポロンと脱落する危険性がある














2012/10/22

コンタックス・ゾナーの末裔達3:Valdai Jupiter-3 50mm F1.5(LTM) and KMZ Jupiter-8 50mm F2(LTM)


結像が柔らかく、階調が軟らかいレンズと言えば、ハロやコマの影響で大抵はコントラストが低く発色は淡泊になりがちである。しかし、Jupiterシリーズはどうもこの典型には当てはまらないという印象をうける。コントラストの基本水準が高いためなのであろうか。開放付近でボンヤリとしたソフトな性格を示しながらも、コッテリとしたパンチ力のある色ノリが効き、頼りなさというものを全く感じさせないのである。

やわらかくも力強い
オールド・ゾナーの写りを手軽に楽しめる
ロシア製レンズ

シリーズ第3回はロシア製ゾナー型レンズのJupiter-3 50mm F1.5とJupiter-8 50mm F2である。これらは戦前にCarl Zeissによって開発されたSonnar 50mm F1.5(3群7枚構成)とSonnar 50mm F2(3群6枚構成)を始祖とする改良レンズである。戦前のSonnarには補正の難しい球面収差があり、開放付近では解像力の低下やハロの発生が顕著にみられたが、戦後のSonnarシリーズではガラス硝材の高性能化によって球面収差が効果的に補正できるようになり、解像力が向上、ハロも減少しコントラストが向上したことで、ヌケの良いシャープに写るレンズへと変貌を遂げている。一方、Sonnarとは腹違いの兄弟にあたるJupiterシリーズの描写には戦後のSonnarシリーズほどの洗練感はなく、そのおかげで階調描写には軟らかさが残っている。この性質は絞り込んでも失われることが無く、戦前のSonnarに近い豊饒な性格を引き継いでいるのである。シャープネスを向上させようと思えばできたはずであるが、ロシア人の美意識がそれを拒んだのか、あるいはベルテレ無き戦後の東独ツァイスから的確な支援が得られず、技術情報の不足と試行錯誤の過程によって偶然にもこのような特徴が導かれたのかもしれない。何はともあれ、やわらかい描写を優先させたことで本家Sonnarとの差別化を図ることができたのは、Jupiterにとって幸運だったに違いない。


Jupiterシリーズの兄弟レンズ達:左奥はJupiter-9, 中央手前はJupitere-3, 右奥はJupiter-8である。なお、レンズ名の由来はローマ神話の最高至上の神の名ユピテル
Jupiter-3とJupiter-8が登場したのは1950年で、設計者はKMZ(クラスノゴルスク機械工場)のロシア人技士M.D.Moltsevである。MoltsevはIndustar 50やJupiter-9の設計者としても知られている。初期のモデルは開発元のKMZが生産し、Leicaスクリュー互換のZorki(ゾルキー)マウント用と、旧Contax互換のKiev(キエフ)マウント用の2種が市場供給された。その後はZOMZ(ザゴルスク光学機械工場)やArsenal, Valdaiなどもレンズの生産に参入している。Jupiter-3は1988年、Jupiter-8は1992年以降まで生産されていた。
ロシアのカメラやレンズに詳しいSovietCamera.COMによると、Jupiter-3とJupiter-8には、それぞれ前身となるZK 50mm F1.5およびZK 50mm F2と呼ばれるモデルが存在し、1947年から1949年までKMZによって生産されていた。この頃までの光学系はSonnarのフルコピーだったという見方が強い。一方、現在KMZを傘下に持つZenitのホームページにはJupiter-3に関する貴重な記述がある。そこには、ツァイスから接収したガラスのストックが1953年に枯渇したため、Jupiter-3はロシア産の硝材に適合するようロシア国内で1954年に再設計され、リムの形状(レンズの曲率)が修正されたのだと記されている。Jupiter-3は翌1955年のモデルチェンジを境にシリアル番号がリセットされており、この時に新しい光学系へと置き換えられたものと考えられている。ただし、1949年に発効されたKMZの公式資料[1]には既にJUPITERシリーズの名称がついたレンズが登場している。これらの情報から総合的に判断すると、ZKと初期のJUPITERにはドイツ産ガラスが使われており、JUPITERシリーズは1953年に国産ガラスに適合させる再設計が施されたという判断になる。ZKからJUPITERへの名称変更は、国産ガラスを用いた再設計とはリンクしていないのだ。


[1] KMZ(ZENIT)の公式資料: КАТАЛОГ фотообъективов завода № 393(1949)





  

Jupiter-3: 光学系の構成 3群7枚, 絞り羽 13枚, 最短撮影距離 1m, 絞り F1.5-F22, フィルター径 40.5mm,重量(実測) 135g,  対応マウントはライカスクリュー(L39)互換のZorkiマウントと旧コンタックス互換のKievマウントの2種、シングルコーティング
Jupiter-3生産年表
  • 1947-1950:KMZがゾナーをベースにJupiter-3の前身となるZK 50mm F1.5を開発。Zorki用とKiev用が市場供給される
  • 1950:レンズの名称をJupiter-3に改称しKMZが生産を継続する
  • 1953: ツァイスから接収したJupiter-3用の硝材が枯渇する
  • 1954: ロシア国内で再設計される
  • 1955: シリアル番号がリセットされる。恐らく新しい光学系に変更
  • 1955-1956: KMZが生産
  • 1956-1975: ZOMZが生産を引き継ぐ
  • 1975-1988: Valdaiが生産を引き継ぐ
Jupiter-8: 光学系の構成 3群6枚, 絞り羽 9枚, 最短撮影距離 1m, 絞り F2-F22, フィルター径 40.5mm,重量(実測) 130g, 対応マウントはライカスクリュー(L39)互換のZorkiマウントと旧コンタックス互換のKievマウントの2種、シングルコーティング
Jupiter-8生産年表
  • 1947-1950:KMZがゾナーをベースにJupiter-8の前身となるZK 50mm F2を開発。Zorki用とKiev用が市場供給される
  • 1950:レンズの名称をJupiter-8に改称
  • 1950-1956: KMZがKievマウント用を生産
  • 1954-1981: ArsenalがKievマウント用モデルの生産をKMZから引き継ぐ
  • 1951-1990年代: KMZがZorkiマウント用を生産
なお、1970年代半ばにArsenalも少数だがZorkiマウント用モデルJupiter-8H(希少)を市場供給している。

入手先
Jupiter-3は2011年2月にウクライナの大手中古カメラ業者ペテルズブルグ・ディールから250㌦(送料込みの総額260㌦)の即決価格にて落札購入した。この業者は取り扱う商品の当たり外れが大きく、MINT(美品)と格付けされた商品でさえ全く油断できないことで知られている。購入した商品ついては同業者の付与する最高ランクのNEW ITEM(新品同様品)であったため、相場より高めだが迷わず購入した。JUPITER-3は劣化してしまった製品が多いので状態の良い品にはなかなか出会えない。カラーバリエーションにはブラックとシルバーの2種がありブラックモデルの方が流通量が少なく希少性が高い。製造年度が87年と記されており、88年まで製造されていた最後期の製造ロットである。現在のeBayにおける中古相場はシルバーモデルの劣化品で150㌦程度、状態の良好な品の場合には200~250ドル程度であろう。届いたレンズはガラスや外観こそ非常に綺麗な状態であったが、ヘリコイドリングの回転が重たかった。
続くJupiter-8は2012年5月にeBayを介してロシアのRUSSCAMERAから66ドルの即決価格(送料込みの合計86ドル)で入手した。状態は「新品」とのことで、レンズキャップとプラスティックケースが付いてきた。届いた個体は前玉に僅かなクリーンングマーク(拭き傷)が見られたものの、程度の良い綺麗なレンズであった。eBayでの取引相場は状態の良いもので50-70ドル程度であろう。

撮影テスト
Jupiterシリーズの特徴は何と言っても開放付近でみられる柔らかい結像、絞っても失われることのない軟らかい階調描写、そして、コッテリとした力強い色ノリではないだろうか。しっとりとした雰囲気の中にパンチ力の効いた高発色な性質が同居し、オールド・ゾナーならではの独特な描写表現を生み出すのである。
 
Jupiter-3 50mm F1.5: 開放絞り付近では解像力が低く、たいへんソフトな性格である。ハイライト部からは綺麗な滲み(ハロ)が発生し、画面全体としても薄い絹のベールを一枚被せたようなフレアっぽい写りとなる。一方、F2.8まで絞ると解像力とコントラストが向上し、スッキリとしたヌケの良い像が得られる。発色は開放付近で黄色(黄緑色?)に転ぶ傾向がみられ、絞るとノーマルになる。色ノリは開放から良好で、フレアが出るにも関わらず淡泊になることはない。絞れば濃度が増し、更に鮮やかになる。ただし、フィルム撮影では絞り込んだ際に色飽和を起こすケースがしばしばみられた。 ネガフィルム(フジカラー)との相性はとても良く、発色はノーマルである。開放付近でみられるボンヤリとしながらも色ノリのよい描写がとても印象的だ。背景のボケは穏やかで安定感があり、グルグルボケや放射ボケには無縁である。
 
Jupiter-8 50mm F2: 開放からスッキリとヌケが良く、コントラスト、色ノリともに良好だ。ハロはアウトフォーカス部にハイライト域がある場合でのみ僅かに発生する。深く絞れば解像力も向上し、シャープな像が得られる。背景のボケは僅かにグルグルと回るが、これは光学系の凹凸レンズの構成比から見ればごくあたりまえで、6枚玉のJupiter-8は凸レンズがやや過多となるため非点収差の影響が出やすいのだ。発色についてはJupiter-3と良く似た傾向を示す。


撮影機材
レンズ JUPITER-3  50mm F1.5 / JUPITER-8 50mm F2
デジタル撮影 Fujicolor X-Pro1


JUPITER-3@F1.5(開放)+ Fujifilm X-Pro1,AWB:  モヤモヤ、フワッとやわらかい結像だ。ボケも綺麗だ




Jupiter-3@F2.8 +Fujifilm X-Pro1, AWB: 少し絞ってもアウトフォーカス部のハイライト域は依然として綺麗に滲んでくれる。階調変化がなだらかなので後ボケが煩くなりすぎることはないようだ。色ノリはとても良いが、この作例では色飽和気味になっている

Jupiter-3@F1.5 +Fujifilm X-Pro1,AWB: こちらも開放でのフレアっぽい作例だが色ノリは充分によい



Jupiter-3@F1.5 +Fujifilm X-Pro1,AWB: カラーバランスが黄色に転んでいる。ちなみに室内灯は白色蛍光灯だ。アウトフォーカス部がフレアに包まれモヤモヤとしている。前ボケはとろけるように柔らかい




Jupiter-8@F2(開放)+Fujifilm X-Pro1,AWB: こんどはJupiter-8。線は細くないが開放からそこそこシャープに写る。色ノリも良好だ。フレアは開放でアウトフォーカス部にハイライトがある場合のみ僅かにでる


Jupiter-8@F2.8+Fujifilm X-Pro1,AWB: 一段絞るとコントラストが向上し、発色は更に鮮やかになる。炎天下という悪条件でも階調は硬くならないようだ

Jupiter-3@F5.6 +Fujifilm X-Pro1, AWB:  再びJpiter-3。絞ると発色はさらに鮮やかになる


Jupiter-3@F2 +Fujifilm X-Pro1, AWB: 僅かにピントを外すと柔らかく印象的に写る。今の場合、ピント部は赤ちゃんの側に置いている。階調がなだらかで美しい

Jupiter-3@F1.5 +Fujifilm X-Pro1, AWB:




Jupiter-8@F5.6+Fujifilm X-Pro1、AWB: Jupiter-8も絞り込めばこの様に高解像な写りである







「ソフトで色鮮やか」。やはり、この特徴こそがオールド・ゾナーの長所ではないだろうか。マイルドなやさしいフレアの中からガツンとインパクトのある高発色な被写体が浮かび上がる様子は、空気との境界面が少ないシンプルな設計のゾナーだからこそ実現できる大技だ。古いダブルガウス型レンズもコマ収差によってソフトな味を引き出せるが、こんなにも高発色にはならないし、現代のダブルガウス型レンズでは高発色な性質と引き換えに、フレアっぽいソフトな結像が得難くなっている。